ウエディングベール

珊 瑚 集
来るぞ来るぞ
冬の朝明るいドアと表札と
大根にょっきり三時間目のチャイム鳴る
柿落葉きょうは小さなお客さま
金色のシュシュと青空冬帽子
綺麗な膝小僧ですね小春
豆腐顔して天保五年の冬辿る
雪女指で辿ってみる地球
冬の森年間パスを更新す
アノラック自然クラブの足音が
大人ばかり来るぞ来るぞと寒鴉
寒椿ぽつぽつ森を明るくす
献上の酒や醤油や春を待つ
つじ あきこ
家の前が小学校の通学路になっている。
毎 朝、 子 ど も 達 の 声 や 足 音 が 聞 え て く る。
一人増え二人増え、縦になったり横になっ
たりするのを見送りながら一日が始まる。
小 学 生 よ り 早 く 中 学 生 も 通 る。 ザ ッ ク が、
歩いているみたいだった背中も、あっとい
う間に逞しくなる。
ある日、うつむき加減で歩いていた子が
恥ずかしそうに、嬉しそうに手を振ってい
る。 迎 え に 来 た の は き っ と 友 達。 何 だ か、
私まで嬉しくなってくる。
学校のチャイムに合わせて、元気に飛び
出していく子ども達。まるで校舎の深呼吸。
そして下校のチャイムが響いてくると、辺
り は 一 気 に 賑 や か に な る。 こ の か さ 高 く
なった感じが私は好き。
ふっと、かばん持ちしながら帰った懐か
しい記憶と、友だちの顔が浮かんだ。
珊 瑚 集
うみたてたまご
小春日や炒飯しようかナンもある
直向きな金色毛虫十二月
辻 響子
ずっと前になりますが、その方の、子供
貰 っ て く れ へ ん? の 呼 び 掛 け は、 本 当 に
びっくりしました。
立ち漕ぎのタータンチェック冬美空
凸柑を貰ひし移動映画館
勿 論、 そ の 時 は 丁 寧 に お 断 り し ま し た。
ベ ビ ー カ ー に 孫 娘 を 乗 せ て い た し、 元 気
以 来 ど れ だ け の 子 供 を 譲 り 受 け、 子 育 て
ある日、あまりに器量良しさんだったか
ら、 く だ さ い と 返 事 を し て し ま い ま し た。
てくれました。
子育ては大変だもん、と断り続けたけれ
ど、その方は出会う度、貰ってと声を掛け
いっぱいのワンコも連れていましたしね。
冬深しうみたてたまごひいふうみい
親子丼食べませうねと落葉焚
冬木立群青色に囲まるる
桃色や鴨居に主を待つ春着
に精を出したことか。真っ直ぐ育つ子、挫
初笑ヘチマたはしの種の出て
子供貰って、今日もその方に呼び止めら
れました。
そうです、いくつもの花々がうちの庭に
増えていきました。
ける子、もう大変。
十歳と並び俎始かな
お陰さまで柚子と金柑の甘煮がたっぷり
出来上がりましたけど。
カンヴァスに姿勢正せり年新た
初夢や今の私はこんなもん
珊 瑚 集
ひと息
文化の日幕があがれば桃太郎
黄落期給食室に光るもの
ウエディングベールなびかせ冬の森
雪蛍森の木椅子に赤子かな
木屋町を台車暴走して師走
しぐるるや魚がゐない川魚屋
年の瀬の琴寝かせたり立たせたり
寒晴やひと息つけるポン菓子機
占ひの声つつねけて暮の市
酢なまこに甘えさせすぎ甘えすぎ
何の紐だろう真冬の昼明かり
冬蠅の跳び立つところ緋毛氈
辻 水音
子供の頃に受けた体験は心理的な打撃が
強く、精神的なストレスが残り、トラウマ
になると言われている。が、かなり繊細で
感情の豊かな人ではないかと思われる。
息子が三歳の時、百貨店の三階から転落
した。クリスマスの買い物中、ちょっと目
を離したすきの出来事で、何がどうなった
のやら…。事態がつかめたのは「早く乗っ
てください!」と言う救急隊員の声を聞い
てからだった。
消防法では、ドアの外に出たら、再び入
ろうとしても開かないようになっているそ
うだ。小さな脳みそで必死に考えたものは
たった一つ、手すりを乗り越えるしかない、
と思ったのだろう。私は今でも昨日の事の
ように思い出すが、トラウマどころか、息
子は全く覚えていないらしい。
命を助けてもらって以来、目には見えな
い守護の力というものをふっと思う時があ
る。
珊 瑚 集
水脈
月球儀の海広々と星月夜
しずしずと歩くロボット朝時雨
初恋の形状記憶枇杷の花
枯葉踏む音ふと変わり橅林
冬晴れの空の鳥籠鳴きやまず
空に向きわたる航跡去年今年
初寝覚めダイヤ掴みし手のままに
石鹸はギリシャの香りお正月
針山の一針一針寒に入る
白馬の夜ムーンウォークで雪女
大根の芯に水脈空に伸ぶ
カップルはそろいのピアス青木の実
のざき まみこ
子供ノススメ
何が子どもの特性か聞かれると悩むけれど
我慢が苦手、を挙げたい。
もちろん親や外からの制約で実際には我慢
をする事も多そうだが、我慢は子ども本来
の特性ではなく、学習によると思える。
翻って大人の中の子ども性を探すと、まず
頭に浮かぶのがオーナー企業の社長で、彼
ら彼女らは自分のスタイルを曲げる事の少
ない毎日を送っているように見える。
岐路に立った際の最終判断を自分でして、
食事ひとつでも開始も終了も自分にあわせ
てもらえる。仕事の責任を背負うのは大変
だろうが、日常のストレスは低いのではな
いか。
実際に事業主と呼ばれる人は、顔の色つや
も良く、ハリのある声で好みの話題を話し
ている印象が強い。
おそらく我慢は身体に悪いのだ。自分を抑
えて大人の顔をしていることも。
子どものおすすめである。
鬼貫青春俳句大賞受賞作品
七種
眠ろうか飛べないてんとう虫のまま
花つきキュウリ手紙でも書こうかな
昼顔が横向く横から風が吹く
朝顔が咲いた横顔が目覚めた
勢いのバイク一台ふうせんかずら
秋の蚊に差し上げましょうこの殺気
どの手にもつなぎたい手が母の日に
蠅捕リボンあざやかに鳥取県
一日中寝込み花盗人を待つ
信じきるまでにしばらく春の雪
いま君はおたまじゃくしのような嘘
春の夢くすりの音をきいていた
寝てるから春の日差しと指つなぐ
消えていく記憶生まれるクロッカス
ゆりかもめ結婚するか見ていろよ
きつく抱きしめて男の耳つめた
わたししか毛布しかない君がくる
明日にしてください白菜煮てるから
冬の陽にあたらず君と暖かい
耳たぶを休めに君と萩の花
胎内の色して黄花コスモスは
秋の机午後のあかるさ落ちてくる
これは恋なのか枝豆はじき出す
林田 麻裕
百日草まっ赤にうたい出す夜明け
白い息対決ヤカン対わたし
花槿しっかり立っている人よ
翼から焦げ出してくるカーネーション
前カゴが笑う明日は七種だ
大笑い秋の体がぱっくりと
蒸しますね緋鯉の口の中よりも
投句欄
勾 玉 集
白
寿
の
七
草
粥
や
声
太
く
初 雪 の こ ん こ ん こ ん こ 河 原 町
豊田信子
修 行 僧「 お ー う 」 と 一 声 冬 の 空
待
状
は
定
い ろ は
年 後
冬 空 を 蹴 り 尻 回 す 逆 上 が り
招
佐藤千重子
る
日 向 ぼ こ 窓 辺 の 猫 に こ ん に ち は
来
日 脚 伸 ぶ 自 由 時 間 が 長 す ぎ る
も じ ゃ も じ ゃ と 牡 ラ イ オ ン の 寒 い 貌
放 課 後 が あ っ た 日 兎 を 飼 っ て た 日
鳥
白 鳥 来 気 象 予 報 士 声 や さ し
小
武智由紀子
大 根 焚 誘 っ た 友 は 捻 挫 し て
花
咲
い
て
巡
回
療
所
田邉好美
診
朝
の
雨
の
音
し
て
薺
粥
松 明 け て な に や か に や の な に の こ と
早
屠 蘇 の 座 は 豊 か に 老 い て 箸 三 膳
中川久仁子
霜 月 の 闇 引 き こ ん で 琳 派 展
一 本 の 冬 木 あ の 日 の よ う に 抱 く
の
ウ ミ ウ シ の 眠 り の 中 へ 寒 昴
梅
勾 玉 集
勾玉集を読む はしもと風里 ○ 放課後があった日兎を飼ってた日
千重子
課を放つ。改めて見ると面白い言葉ですね。そう
そう兎飼ったりしてたね。
○ 霜月の闇引き込んで琳派展
由紀子
可愛らしい琳派の作品と闇の不思議な取り合わせ。
展覧会場で素敵な演出でも成されていたのか。
梅の花咲いて巡回診療所 好美
診療所と言えど、のどかささえ感じるのは梅の花
のせいかしら。紅梅ですね、きっと。
修行僧「おーう」と一声冬の空 信子
冷たい空気を震わせて、冬空へ響きます。
白鳥来気象予報士声やさし いろは
い ま や ア ナ ウ ン サ ー を 凌 ぐ 人 気 の 予 報 士。 思 わ ず
天気予報に見入ります。
久仁子
○ 屠蘇の座は豊かに老いて箸三膳 これはもう「豊かに老いて」がいい。読み手も豊
かな心持ちに。
血の色の鶏冠つんつん寒日和 夏子
鶏冠の赤さがこんなにも際立つのは寒日和だから。
日向へと足が向きます青木の実 和代
本当に。日の温みのうれしいこと。大きな葉の陰
に真っ赤な実を見つけると尚更うれしくて。
夕映えに色を重ねて冬紅葉 ひむれ
しみじみと美しい。体感するこの季節この時間。
○
山茶花や声かけてみる知らぬ人 了子
美しい山茶花の前にいて、この時間を誰かと共有
したくなった私。
一日を叱ってばかり冬銀河 一代
ああ今日も叱ってばかりと空を仰ぐ日々もあり
ますって。
二人して老いることにも倦きて春 みち子
老いていくにもそれなりの時間が必要で、そりぁ
途中で倦きちゃったりね。
空気だけ美味し山里冬紅葉 美津子
だけ、の断定が何だか可笑しい。
○ 冬すみれ包まれている自由かな
洋子
自由が保障されているような安心感。
代々の次男は美男雪だるま さくら
長男は?って聞きたくなるのが人情で。
二十年会わずとも友年賀状 曜子
何年会わずとも心の通じ合うのが真実の友。
ブティックに白猫二匹冬隣 ナミヱ
ブティックの猫、美しそうですね。
やっと冬来たぞ来たぞと演歌聴く 久美子
そういえば演歌は冬に合う。
初湯かなわたしはわたしの乳房抱き 沙良
わたしわたしのリフレインが心に残ります。
貴美子
○ 弱腰をみなでつつこむおでん鍋 おでん鍋を囲んで、つっこまれるほうも楽しんで
いるようですね。
琥 珀 集
ゐない
はしもと 風里
着ぶくれて風に溺れてゐるやうだ
赤ん坊急に泣きだす冬紅葉
冬夕焼練香水の仄とかな
あらたまのだんだんダイヤ似合ふ指
両成敗ホットワインが喉通り
パレットにのこるサインや雪もよひ
絶筆のさくらのピンク春を待つ
大寒のゴム手袋の赤さかな
試着室の三方鏡寒に入る
寒い朝デビッド・ボウイはもうゐない
琥 珀 集
ハモニカ
おーた えつこ
冬の蝶空をふはりとひらくかな
冬かもめ結婚式に急げ急げ
留袖が重すぎるのよ冬かもめ
オルガンの響きのなかへ冬日差し
小春日の新郎は我が息子です
冬の園銀の扉をひらくべし
チャペルから出て一族や冬晴るる
婚礼の列に遺影も冬晴るる
留袖を脱ぐきつねうどんが食べたい
薔薇買うてうすむらさきの冬の夜
琥 珀 集
亥の神さま
辻 水音
笹子鳴くお偉いさんが社殿から
金バッジつける一団初氷
着ぶくれて集合写真膨るるよ
朱の色映し御手洗の川冴ゆる
三寒匹温献木の混みあうて
風花や亥の神さまの言ふとほり
みとれてゐればきりもなき雪しづく
土鈴を買ひにじやりじやりと雪踏んで
酢もづくの箱が空つぽ菖蒲の芽
冬の猫糺の森へ行つたきり
琥 珀 集
ぬったりゆっくり
のざき まみこ
十一月リトマス試験紙みな青く
十二月の顔にハローと挨拶を
息白しゴリラも私も息白し
床暖でぬったりライオン冬籠り
毛皮帽じっと見つめるアムールトラ
フラミンゴ寒晴に緋色したたらせ
ひろさんのコート目で追うシロミミズクほう
シンバルで果てる第九よ寒夕焼
冬銀河ゆっくり充電EV車
星冴える江ノ電白く走り去り
琥 珀 集
冬の森
火箱 ひろ
森深く冬の閂朱儒の沓
芽吹く日を待つ乳色の森の朝
神さまは怖いやさしい寒椿
寒晴や古代の石がちょとのぞく
かの世思えば糺の森の寒鴉
寒鴉不協和音は古代から
今朝の雪きのうのことば消えのこる
永遠も刹那も鳥も冬の森
大寒をわれら昭和の顔をして
神さまは見えないけれど日脚伸ぶ