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後 沢 昭 範
「幕末単身赴任 下級武士の食日記」 青木
を命ぜられ、家族を和歌山に残して江戸に
直己著
単身赴任します。
日 本 放 送 出 版 協 会、 平 成17年12月 発 行、
伴四郎は几帳面な性格であったらしく、
194ページ、700円
1ヶ月近く掛けて大阪・伏見・中津川・下
諏訪・軽井沢・高崎・大宮などを経て江戸
に入るまでの赴任道中記から始まり、江戸
なか や しき
は赤坂紀伊国坂の紀州藩中屋敷で長屋住ま
いをしながら、日々の出来事を、事細かく
日記に書き留めています。この日記は、現
在、両国の江戸東京博物館に寄託されてお
り、江戸時代を知る貴重な資料となってい
ます。本書は、伴四郎の日記に博識の著者
の解説を加え、伴四郎を案内役にして、江
戸の下級武士や庶民の姿を紹介していきま
す。著者は虎屋文庫研究主幹を務め、和菓
単身赴任…。何やら身につまされる方々
子の調査・研究の第1人者。食文化史、日
もいらっしゃると思います。現代サラリー
本近世史などにも通じ、大学や NHK の講
マンのみならず、江戸時代にも大勢の単身
師も務めます。
赴任者がいました。奥方が江戸屋敷にいる
さて、伴四郎にとって、初めての江戸の
殿様と違い、江戸詰の武士の大半が単身赴
街は、大きさといい、賑わいといい、驚き
任です。
の連続です。そして仕事の様子や同僚藩士
さか い はん し ろう
本書の主人公は、紀州藩士酒井伴四郎28
との付き合い、こまめな自炊の工夫、街へ
才。30石取りの下士です。時は幕末、万延
出ての外食、名所巡り、名物の食べ歩き、
元年(1860年)。2月には、大老井伊直弼
見せ物小屋、湯屋、はたまた横浜まで出か
暗殺の“桜田門外の変”が起きています。
けての異人見物等々、日記には、彼の日常
この年の旧暦5月、伴四郎は江戸藩邸勤務
生活が、生き生きと描かれています。
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現在で言えば、差詰め、県庁の若手職員
おごり」とか「風薬かわり、ぶたにて酒三
が東京事務所勤務で単身赴任したようなも
合呑」などと書かれています。
のですが、彼の仕事は、殿様の装束の責任
伴四郎の普段は、長屋の同僚と同じく、
4
4
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者膳奉行格衣紋方の助手と言ったところで
自炊が中心で、おかずの作り置きなど、つ
す。勤務は月に10日前後、それも半日程度
ましい生活振りが伺えますが、その一方で、
づつで、至ってのんびりしています。
しばしば江戸市中の食べ歩きに精を出しま
日記では、政治向きのことには殆ど触れ
す。蕎麦、寿司、鰻等々、現代の私達にも
ておらず、もっぱら日常の生活、それも食
馴染みの和食の定番が次々と登場し、単身
べ物のことが実によく出てます。そこから
赴任者の食生活に華を添えます。伴四郎は、
透けて見える江戸の人々の生活ものんびり
実によく食べ、同僚と酒を飲みます。
したもので、私たちが日本史で習った“幕
その一方で、甘党でもあったらしく、彼
末の緊迫感”の様なものは感じられません。
が口にした江戸市中の名物も次々と登場し
歴史を語る時、どうしても体制を変える大
ます。勤務地の江戸屋敷に近い麹町の「お
きな出来事、表舞台で活躍した人、為政者
てつ牡丹餅」、隅田川の東岸墨堤の「桜餅」、
の姿が中心にならざるを得ませんが、いつ
浅草観音の「浅草餅」、あちこちでちょっ
の世も、多くの庶民は、自分たちなりの
と寄って食べる好物の「汁粉」等々。現代
ペースと感覚の中で日々を過ごしているの
の和菓子に通じる基本的なものが出来上
でしょう。
がっていたことが解ります。ちなみに墨堤
幕末には、今日に通ずる和食の文化が完
の桜は八代将軍徳川吉宗が植えさせたもの
成したと言われますが、日記からもその様
です。ここの桜餅は、近くの寺の門番をし
子が窺われます。同時に、その端々から、
ていた人が桜の葉を塩漬けにして、餡を入
明治維新、そして文明開化につながる新た
れた餅を包んだのが始まりで、今も当時か
な素地が出来つつあったことも読み取れま
らの店が続いているそうです。使われてい
す。
る葉は私たちが見慣れている染井吉野では
例えば、明治の文明開化の象徴「牛鍋」。
なく、大島桜で、現在は伊豆地方のものが
それまでの肉食禁忌の呪縛から解放されて
多いそうです。著者は、文政七年の記録に
牛鍋などが一気に登場したように思ってい
あった、桜葉の使用枚数から、この店の
たのですが、伴四郎の日記によれば、いわ
桜餅の数を推算します。この年はおよそ
ゆる“薬食い”の域であったとしても、幕
三八万個、1日当たり千個を超える売り上
末には人々の間で、かなり肉食が広がって
げで、店の繁盛振りが伺えます。余談です
いたようです。本人も風邪を理由に、牛鍋
が、桜餅は、桜の葉のほのかな香りと塩味
ならぬ“豚鍋”をつつきながら酒をよく呑
が、餅の風味と味を引き立てていますが、
んでいます。日記に時々、「ぶた買い、大
この香りは、葉を塩漬けにして発酵させる
ぼくてい
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過程で生まれたクマリンという芳香物質
えます。
で、生葉ではこの香りはしません。
確かに、ヒトと接する時、(事前情報が
読むにつれ、幕末の下級武士や庶民の、
あるにせよ、)まずは否応なしに外見から
おおらかで生き生きとした日常の姿が浮か
入ります。そして、その時の第一印象がか
び上がってきます。池波正太郎の小説に登
なり尾を引き、かつ当たっている場合が多
場する武家や町人のゆったりした日常、江
いのも事実です。また、ヒトの場合とは
戸の北斎漫画に見るユーモラスな庶民像な
ちょっと違いますが、店先で美味しそうな
どが、二重写しになります。
和菓子を選ぶ時、商談で小豆の品定めをす
る時など、まずは外観です。さほどに外見、
「人は見た目が9割」竹内一郎著
外観、見た目は威力絶大です。そう言えば、
新 潮 社、 平 成17年10月 発 行、191ペ ー ジ、
演劇や漫画も“見る”と言います。
680円
著者は、職業柄、自分が書いた同じ戯曲
で同じ台本なのに、俳優や演出の違いに
よって出来映えが天と地ほどの差が出た
り、同じ漫画原作で同じセリフなのに、漫
画家の力量で名作にも駄作にも変わってし
まい、その開きに唖然とすると言います。
確かに、テレビのドキュメンタリー番組で、
にな がわ
舞台演出家 蜷川幸夫氏の演劇指導を見る
機会がありましたが、練習につれ、素人目
にも、俳優達の演技が変化し、独特の雰囲
気の舞台に仕上がって行くのに驚いた記憶
があります。同じ「言葉」を使っていても、
ドキッと来るタイトルです。小学校で先
受け手への伝達力は、全く異なったものに
生からよく言われた「人を外見だけで判断
なってしまうのです。このことは、“言葉
してはいけません。」とはまるで逆。カバー
による伝達力より、言語以外の要素の方が
も「理屈はルックスに勝てない!」「日本
伝達力というか影響力が大きい”ことを意
人のための非言語コミュニケーション入
味します。
門!」と刺激的です。
ちなみに、(どの様な場面かにもよりま
著者は劇作や漫画の原作を業とし、長年、
すが、)アメリカのある心理学者によると、
舞台の演出や俳優の教育を手がけて来まし
「ヒトが他人から受け取る情報の割合」を
た。それだけに、学者や評論家的な人たち
調べた結果、“顔の表情で55%、声の質や
とら
とは違った独特の鋭い目でヒトの本性を捉
大きさ・テンポで38%。そして話す言葉の
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ま
ま
ま
内容はたったの7%”というレポートがあ
けり」「良い間、悪い間、抜けてる間」「ト
るそうです。実際には、身だしなみや仕草
イレの距離、恋愛の距離」「舞台は人生だ」
なども影響しているのでしょう。それにし
「行儀作法もメッセージ」、そして第11話「顔
ても、コミュニケーションの主役は「言
色をうかがおう」と続きます。ここでは、
葉!」と思っていたのに、何とも驚きです。
言語以外の情報を全てひっくるめて「見た
しかし言われてみれば、パーセンテージの
目」と捉え、幅広い視点で話が進みます。
是非はさておき、思い当たるものがありま
演出家は、「仕 草 の伝達力」を巧みに使
す。
います。例えば、自信の無い人は自分の縄
また、これとは少し異なる次元ですが、
張りの中にいたがります。舞台では、自信
イギリスのある動物行動学者が作成した
のない課長は常に部下を自分の席に呼びつ
「ヒトの動作の信頼尺度」なるものがあり
け、その雰囲気を出します。登場人物が緊
ます。それによると、一番信頼出来て、嘘
張しているシーンでは、声のトーンを高く
の無いのが、①緊張で生じる動悸や発汗な
早口にします。うわずった状態を演出する
どの「自律神経信号」、次いで、②緊張し
のです。また、あからさまに否定出来ない
て貧乏揺すり、リラックスして足を組むな
場面では、同意の頷 きが過剰になります。
し ぐさ
うなづ
どの「下肢信号」、そして③緊張による胸
「ハイ」なら同意、「ハイハイ」なら不承不
の張り過ぎ、自信が無くて胸が内に入り込
承ということになります。腕組みは否定の
むなどの「体幹(胴体)信号」、④組んだ
意志を表します。また、男が大きく足を開
手の中で指が微妙に動いてしまうなどの
いて座るのは、自分を大きく見せたいとい
「見分けられない手振り」など、何れも無
う気持の表れで、大きな夢を追う主人公を
意識の動作や反応が挙げられます。続いて、
演じる時の定番です。確かに、戦国武将が
⑤「見分けられる手のジェスチャー」、⑥
膝をぴったりくっつけて陣中の床几に座っ
「表情」となり、最も信頼出来ない情報が
たのでは様になりません。役者自身もその
⑦「言葉」だそうです。何やら、“尋問の
様に演技することによって段々と気持ちが
心得”のような感じです。言葉の大切さと
大きくなるそうです。漫画では、これらを、
裏腹に、言葉の危うさも見えてきます。と
登場人物の顔形・表情や仕草、画面構成等
ころで、「下肢信号」ですが、“足先が相手
で、読者に見えるように描きます。
の方を向いていない時は好意的でない”場
言葉がコミュニケーションの基本であ
合が多いとのことです。ご注意あれ。
り、商談なら、更に企画書などの資料が威
本書は、第1話「人は見た目で判断する」
力を発揮するのは確かなのですが、同時に、
から始まって、「仕草の法則」「女の嘘が見
演出家よろしく身だしなみに気を配り、女
破れない理由」「マンガの伝達力」「日本人
性なら化粧にも凝り、相手の前では、意識・
は無口なおしゃべり」「色と匂いに出でに
無意識の内に仕草を加え、より効果的に表
しょうぎ
ざま
こ
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現し、訴えようとしている自らの姿に気付
ションの大切さが言われます。私達の日常
くことになります。私達は知らず知らずの
生活も仕事も、全て人との関係で成り立っ
うちに非言語による伝達も駆使しているの
ています。本書では、特に“言葉以外の要
です。これは〔ノンバーバル(非言語)・
素が如何に多くの情報を提供しているの
コミュニケーション〕と言われ、場面によっ
か”、著者の経験から、演劇や漫画での表
ては、絶大な影響力を発揮します。
現を採り上げながら、その影響の大きさを
ノンバーバル・コミュニケーションの研
示すとともに、背景にある心理的な要素に
究は、特に、多民族国家のアメリカで発達
ついても分かり易く解説していきます。
しています。異なる人々に「より伝えよう」
勿論、パフォーマンスだけで、ことが成
とすれば、言葉の工夫と併せ、ノンバーバ
就するわけではありません。日常生活や仕
ル・コミュニケーションが大切になります。
事の場面でのコミュニケーションは、正し
挨拶の時の握手、驚いた時の大きく両手を
い事実認識とそれを的確に表現する言葉が
広げるジェスチャー等々、言葉以外の表現
基本というのも事実です。時には説明資料
も総動員し、感情を、意志を、自信の程を、
も必要でしょう。その上で、それらをより
相手により伝えようとします。「秘すれば
印象深く、より効果的に伝え・訴え・印象
花」ということで、「お互いに、語らず、
づける要素として、意識的なもの・無意識
察する」のが日本流、「相手に、わからせ、
的なものを含め、本書で採り上げる多くの
自分を通す」のが欧米流と言われます。こ
非言語的伝達があり、その影響が予想外に
の辺りに“日本人のコミュニケーション下
大きいということかと思います。そして、
手”のルーツがあるように思えます。
最後に大事なのは信頼関係ということで
最近、いろいろな場面で、コミュニケー
しょうか…。
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