レストランから始まり、苦しんだ歴史

究極のサービス
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2011年4月26日 火曜日
前回のコラムで、大分県日田市豆田地区にある小さなホテルを取り上げた。そして、このホテル風早が阿蘇や由布院などの有名観光地だけでなく、博多や
北九州のような産業集積地に囲まれている立地を逆手にとって、「観光地のハブ」となっていることを解説した。普通の町にある宿に泊まった客が、レンタカー
を借りて、周辺の観光地を回るというモデルを作り上げたのだ。
そして売上高が120%増となっているこのホテルが、どのように客数を伸ばし、しかも経営効率を高めているのか解き明かしていく。
レストランから始まり、苦しんだ歴史
現在は宿泊施設として成功しているホテル風早だが、実はレストランとしてスタートしている。
それは1988年のこと。九州を縦断する高速道路が開通すると、北部九州の大消費地を商圏と捉え、レストラン「欧風懐石 秋子想」をオープン
した。
今も、その建物が残っている。豆田のレトロな街並み合った、古民家風のしゃれたレストランである。落ち着いた雰囲気のこのレストランは、
博多や小倉から来る観光客を対象に、客単価約4000円を想定して営業を開始した。
レストランの開業当初、豆田を訪れる観光客すらほとんどいなかった。ほかにレストランがなかったのだから仕方ない。そして集客に苦しみ、
厳しい経営状況が続いた。
ところが、5~6年過ぎたころから、徐々にレストランに客が増え始めた。町にレストランが10軒ほどできたころから、この古い街並みを訪れる
観光客が増えたのだ。そして、ホテル風早の原点となるレストランも、経営が少しずつ軌道に乗り始めた。
そして、次に開業したのがホテル風早だった。
1996年、レストランの隣に、ホテルを建築したのだ。そして昨年、宴会用施設「アプロディール 紙音」を開業した。ブライダルや弔事、パーティ
などで利用できるようにしている。この宴会場は、レストランとホテルの間に設けられた。宴会場ができたことで、レストラン「秋子想」はパーティ
の待合室とした。レストランを宴会場に集約した形だ。
今、レストランで提供している料理は、洋食でもなければ和食でもない。一部の料理はフランス料理のようにも見えるが、和食のテーストも
失っていない。肉料理や魚料理はフランス料理風に調理され、バターやオリーブオイルを使ったソースがかかっている。コース料理ではパンや
スープも出てくる。
一方、前菜は和食の会席料理に近い。重箱に野菜の煮物やエビが入っている。フォークとナイフがテーブルに置かれているが、一緒に竹の
箸もある。ご飯と味噌汁も出てくる。和洋折衷というか、両方の料理の「いいとこ取り」のようなメニューになっている。
現在、レストラン「秋子想」は、宴会場内に移ったことで多くの客を収容できるようになった。また厨房も格段に広くなった。そして、効率的に調
理できることもあって多くの客をこなせるようになり、回転率も上がった。それによって、より価格を下げて料理を出すことができるようになった。
この好循環で、かつては来店しなかった地元住民がランチで気楽に利用するようにもなった。
宿泊業の経営環境は、震災前から厳しかった。旅館の営業軒数は1980年代をピークに、その後はじわじわと下がり続けている。2009年度は
5万軒を割った。客室数も、同時に減少し続けている。
一方で、ホテルは増加の一途を辿っている。客室数も増え続け、2009年度はとうとう旅館の客室数を上回った。これは中小旅館の減少を、大
型ホテルの増加が補っている構図だと理解することができる。
ホテル・旅館の営業件数(厚生労働省)
ホテル
旅館
1991年
5,837
74,889
度
個人客にとって、旅館の宴会場は必要ない。稼働率が上がらないのに、宴会場をそのまま放 1992
6,231
73,889
置している旅館が多い。たまに使われるが、掃除や空調などのコスト負担が重くのしかかる。
1993
6,633
73,033
価値を生まないムダな空間となっているのだ。
1994
6,923
72,325
1995
7,174
71,556
かつては旅行会社経由の予約が多かった。それが個人客の増加によって、今では直接予約
1996
7,412
70,393
するケースが増えている。インターネットの予約サイト経由も増えている。つまり、旅行会社に
1997
7,769
68,982
頼っていればよかった時代から、自ら広告宣伝を打ち、集客する時代になっている。だが、対
1998
7,944
67,891
応できている旅館やホテルは少ない。
1999
8,110
66,766
バブル期に過剰な設備投資を実施して、その返済に未だに苦しんでいる施設も多くある。一
2000
8,220
64,831
方、ホテルや旅館は設備型の産業なので、一定期間ごとに修理・改修を行わなければならな
2001
8,363
63,388
い。しかし、集客できない施設は、それもままならず、悪循環に陥っている。
2002
8,518
61,583
2003
8,686
59,754
ホテルは増えているが、決して楽観できる状況ではない。宴会場やレストランを持つシティホ
8,811
58,003
テルは、旅行スタイルの変化や長引く不況によって、震災前から経営状況が厳しかった。一方 2004
8,990
55,567
で宿泊特化型のビジネスホテルが、都内や多くの地方都市にチェーン展開している。この動き 2005
9,180
54,107
によって、結果として営業軒数は増え続けているが、ホテルの淘汰も進んでいることは間違い 2006
2007
9,442
52,295
ない。
2008
9,603
50,846
2009
9,689
48,967
従業員3人の人気ホテル
旅館の減少には、いくつかの要因が考えられる。例えば、かつては団体客が中心だったが、
今は個人客の比率が増えてきている。ところが、旅館は団体客を前提に設計されていることが
多い。
このように、ホテルや旅館をめぐる経営環境は非常に厳しい。ホテル風早の置かれた環境も同じである。さらに立地という点からすれば、高
速道路が通過してしまい、有名観光地に囲まれている状況は、かなり厳しい経営になってもおかしくない状況といえる。
では、なぜホテル風早が、売り上げを倍増させているのか。
その背景には、経営効率向上の戦略がある。
秘密は、レストランと宴会場をホテルの別棟として持っていることにある。ホテルが観光客という「外需」を引きつけ、そして宴会場は近隣住民
の「内需」を取り込む。当初は、レストランが高い客単価設定で、外需を狙ったが、宴会場と一体になって効率を高めたことで、客単価が低い近
隣住民客中心の施設として生まれ変わった。
主な「外需」は観光客である。その動向は、天候やインフルエンザなどに大きく影響を受ける。外国人観光客を狙えば、為替変動にも左右さ
れる。つまり、外需に大きく依存した経営モデルは、長期的な安定経営には向かないのだ。自助努力が効きにくい、とも言える。
そこでホテル風早では、ホテル、レストラン、宴会施設の「ハイブリット経営」を通じて、観光客と地元客をうまく集客し、需要の平準化に努めて
いる。その上で、少ない従業員で、より高品質のサービスを提供するように考えてきた。
ホテルの運営はわずか3人のスタッフで回す。掃除や朝食の準備は、レストランのスタッフが兼務でこなしている。一方、ホテルは1泊朝食付
きが基本コースとなっているが、宿泊客が夕食を希望する時は、併設するレストランで食べてもらう。
また、レストランと宴会場の優先順位を明確にしている。収益に大きく貢献するブライダルは、原則3カ月以上前に予約してもらう。次に弔事、
そしてパーティなどの予約を受け付ける。レストランは優先順位が最も低い。
つまり、収益力の高い宴会の予約がない時だけ、レストランを営業する。宴会があれば、レストランを休業して、同じスタッフが宴会を担当する
わけだ。各施設間で効率的に人員配置できるようにしている。
また、宿泊客がレストランに夕食を食べに行く場合、経費削減のためにホテルの空調を切っている。この空調は一括管理しており、レストラン
でメーンの肉料理を出すタイミングで、ホテルに連絡が入って、部屋の空調を入れる…。そんなきめ細かい経費節減の努力が続いている。
夕食風景
廊下はカーペットではなく、板張りにしている。これも、経費節減と品質向上につながっている。板張りはほこりが目立つ。そして、カーペットよ
りも清掃が簡単である。したがって、ほこりを容易に見つけられて、しかも清掃が簡単にできるというわけだ。
スタッフの定年は88歳に設定している。長く働けるようにした上で、年齢が上がるにつれて作業現場を配置転換する。また、閑散期には様々
な職業の研修をしてもらい、外部委託している作業を、次々と従業員でこなせるようにしてきた。
目指すは100年企業
このようにして、「ちょっと良い日常」を提供するコンセプトを明確にしてきた。このコンセプトに沿って、施設の雰囲気や料理内容、部屋や風呂
を徐々に改修してきた。そして、サービスの質を高めるための努力と工夫を続けている。この結果、従業員の最適配置が可能になり、最低人員
で高品質のサービスを提供できるようになってきた。
さらに、レストランと宴会場の連携で経営が安定して、高い顧客満足を効率的に提供できる体制が整っている。
経営戦略はまだまだ続く。なぜなら、創業1988年のこの企業は、これから100年続く企業になることを目指しているからだ。
そのため、例えば宴会場では、短期的な利益を求めた効率経営には走らない。特にブライダルは、均一化された内容のプログラムを販売する
のではなく、カップルごとにどのような結婚式にしたいのか、要望を細かく聞いていく。
本人だけでなく、家族や参加者全員に満足してもらうためだという。そして、結婚した後は、七五三や還暦など、様々なイベントで宴会場を繰
り返し利用してもらうことを目指している。これが実現すれば、将来は顧客データベースが、1つの家族の歴史を紡いでいくことになる。
短期的な利益でなく、地域とともに永続する事業モデル――。
こうした努力によって、宿泊客からは高い評価を受けている。世の中に数多ある人気旅館のような、天然温泉は持っていない。リゾートホテ
ルのような豪華絢爛たる設備もない。それでも、良質なサービスが評価されて、旅行雑誌で九州地区のトップホテルに選ばれたこともある。
ホテル風早が持つホテル、レストラン、宴会場のサービスは、極端に言えばどこのシティホテルにもあるだろう。だが、そんな設備が整ったシ
ティホテルが、宿泊特化型のビジネスホテルに押されて、苦境に陥っている。シティホテルの目指す方向、業務改革の行く末を、この田舎町に
ある小さなホテルが示しているのではないだろうか。
究極のサービス
客も驚く「究極のサービス」を求めて全国を歩く著者。日本各地で見た「至極のおもてなし」を詳細にリポートし、さらにそのバックヤードに潜入
する。そこにはサービスを支える驚愕の仕組みがあった。
工学博士でもある著者は、サービスという数値化しにくい「商品」を、理論的・体系的に捉え、サービス企業の未来像を明確に描き出してい
く。
日本で勃興する「究極のサービス企業」を見よ!
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内藤 耕(ないとう・こう)
工学博士、独立行政法人産業技術総合研究所サービス工学研究センター副センター長。サービス産業生産性協議会業務革新フォーラム推進
委員会委員、日本小売業協会流通業サービス生産性研究会コーディネーター等を務める。主な著書に、『サービス工学入門』(編著、東京大
学出版会)、『江戸・キューバに学ぶ“真”の持続型社会:資源制約を環境サービスで乗り越えろ!』(共著、日刊工業新聞社)、『サービス産業
進化論』(共著、生産性出版)、『サービス産業生産性向上入門-実例でよくわかる!』(日刊工業新聞社)、『「最強のサービス」の教科書』(講
談社)など。
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