3章 世襲保護・新規参入阻害社会から、世襲排除・新規参入促進社会へ 都市研究センター研究員 久繁 哲之介 格差問題が国会や論壇で重要課題として 野口 「私が最も強く言いたいことは、日 議 論 されている。格 差 の議 論 は、規 制 緩 和 本 も新 しい勢 力 が古 い勢 力 を打 ち倒 せる社 (構造改革)の是非に置換されることが多く、 会になってほしいということです。実は、相続 踏 み込 んだ意 見 や施 策 立 案 には至 りにくい 税 の問 題 もそこに関 わります。「相 続 税 を安 傾向がある。なぜなら、是の立場から論じると く」という主張は古い勢力の生き残りを助ける 「格差放置」と判断され、非の立場から論じる ことになります。」 と「国 策 である構 造 改 革 への反 対 者 」と判 断 されることを恐れるからであろう。 和田 「相続税で思い出したのですが、背 筋 が寒 くなるような体 験 を紹 介 します。ちょう 日本の規制緩和は 1989 年の日米構造協 どバブルの頃に、有名私立中学向けの進学 議を契機に 1997 年の日米規制緩和対話を 塾 に通 う子 供 が電 車 の中 で「お父 さんは東 経 て、国 内 大 資 本 の賛 同 を得 て推 進 されて 大を出たけれど、こんな電車に乗って会社に きた。規制緩和を要求し続けてきたのは国内 通 わなければならない。どうせ土 地 を持 って 外 の大 資 本 である。彼 ら大 資 本 は規 制 緩 和 る奴 らには勝 てないよ」という話 をしていた の恩恵から「高収益市場と安い労働力」を得 (中 略 )現 実 に80年 代 の後 半 から学 力 低 下 て、強者としての立場や収益力を高めている。 が目立つようになってきた。(中略)日本の資 その一方で、国内小資 本産業衰退 やワーキ 産承継システムは問題が多く、たとえば介護 ングプア増加など多くの「弱者」を生んだ。強 を負 担 するのは社 会 なのに、資 産 は子 供 だ 者 は富 み、弱 者 は衰 弱 する構 図 は2章 で指 けが当然のように相続している。私は俗風会 摘したとおりである。 という老人専門の病院に勤めていたので、本 格 差 の解 消 は、無 理 もしくは不 要 という指 当にこの問 題を実 感 しています。ろくに介 護 摘がある。しかし、国民の「格差への不満」は もせずに病院や特別養護老人ホームに親を 解 消 もしくは緩 和 する努 めは必 要 である。で 放 り込 み、亡 くなったとたんに子 供 たちが集 は、格差への不満の温 床はどこにあるのか。 まって遺 産 相 続 の喧 嘩 を始 めるようなことが 本 人 の努 力 ではどうにも対 応 できない「親 の しょっちゅうあるんです。この介護問題に対し 職業・資産」による格差であろう。この指摘は て、私 が考 えた第 一 の解 決 策 は相 続 税 をう 論 壇 でも活 発 である。例 えば、「論 争 ・中 流 んと高くして、親を引き取ったり介護した子供 崩 壊 (中 公 新 書 ラクレ)」では次 のように論 じ にだけ介 護 減 税 を つける。 第 二 に、介 護 を られている。 公的 制度 化 するかわりに相続 税をうんと高く する。」 ①野 口 悠 紀 夫 氏 と和 田 秀 樹 氏 の対 談 より (敬称略) ②金子勝氏の論文より を相 続 人 1人 が相 続 する場 合 、20%減 額 値 は基礎控除内となり相続税が免除される。一 1995 年の SSM(社会階層と社会流動性) 方、同じ土地をテニスコート(更地)で相続人 調査のデータに基づく社会学者の不平等分 1人が相続する場合、7900 万円の相続税が 析 も相 次 いでいる。(中 略 )なかでも重 要 な 課 される。現 行 税 制 は公 益 性 と公 平 性 に著 指摘は、資産格差と社会的流動性の低下で しく欠 けている。同 じ評 価 額 3億 円 の土 地 で ある。社 会 的 流 動 性 の低 下 を平 たく言 うと。 あっても、市民に「憩いと交流の場」を提供す 医者の子は医者、官僚子は官僚(中略)とい るテニスコートで相続する者には更地評価の った具 合 に階 層 が固 定 化 する現 象 を指 す。 7900 万円の相続税を課すのに、個人的な節 (中略)しかし何といっても象徴的なのは国会 税 目 的 の 為 にシャッターを 閉 じた商 店 で相 議 員 だ。いまや世 襲 議 員 は143人 を数 え、 続 する者 には相 続 税 を免 除 する。公 益 性 と 議員の 3 割を占める。この国は、いつの間に 都 市 活 性 化 の観 点 から課 税 方 法 は逆 が望 か北朝鮮のような世襲制の国になっている。 ましい。つまり、市 民 に憩 いと交 流 を提 供 す る施 設 には事 業 承 継 税 制を適 用 する。個 人 「格 差 は親 (の職 業 ・資 産 )次 第 」という国 的 な節 税 目 的 のシャッター商 店 街 には更 地 民 の不 満 を解 消 ・緩 和 するため、都 市 政 策 としての税 制 を 課 す。 特 に後 者 は極 めて重 で対応可能な施策を以下に提案したい。 要 である。節 税 目 的 に残 存 する中 心 市 街 地 日本の都 市 部では、テニスクラブやゴルフ シャッター商 店 街 は世 襲 が不 可 能 となり、中 練 習 場 の閉 鎖 が相 次 いでいる。ある調 査 に 心 市 街 地 は意 欲 ある新 しい担 い手 により活 よれば、民 間 テニス施 設 数 は 1996 年 の約 性化する。「中心市街地衰退、郊外発展」現 2200 から 2002 年には約 1700 に減少した。6 象 は商 業 の担 い手 との観 点 から見 れば、新 年間で施設数にして 500、割合にして2割強 規 参 入 排 除 社 会 (中 心 市 街 地 )は衰 退 し、 のテニスクラブが閉 鎖 した。この傾 向 は今 も 新規参入が容易な社会(郊外)は発展するこ 続 いている。その主 な理 由 は土 地 税 制 にあ とを示す象徴でもある。 る。テニスコートなど「更地」には、多くの自治 上記提案の理念は「 世襲排除、新規参入 体が固定資産税と相続税に最高税率を課し 促 進 」 社 会 の実 現 にあ る。これは都 市 活 性 ている。かたや、宅地とオフィスや商店街など 化 に止 まらず、日 本 経 済 活 性 化 にも必 要 で 事業用地の税率は驚くほど優遇されている。 ある。なぜなら、現 在 の「 世 襲 保 護 、新 規 参 「シャッター商 店 街 」が様 々な支 援 を受 けな 入 排 除 」社 会 は「格 差 は親 (の職 業 ・資 産 ) がら今 も多 く存 続 する理 由 の一 つは、「事 業 次第」など格差問題の温床だからである。 承 継 税 制 」等 を悪 用 した個 人 の節 税 対 策 に ある。 事業承継税制は 400 ㎡までの事業用地の 評価額を 20%に減額して優遇する措置であ る。例えば、評価額3億円の商店用地 400 ㎡ 【 引用文献 】 「論争・中流崩壊(中公新書ラクレ 2001)」
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