一例:価値デザインを包含した製品開発戦略

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★
論文
企業成長への資源提供を支援する収益性確保のためのマーケティングROIフレームワーク
∼一例:価値デザインを包含した製品開発戦略∼
笊 ――― はじめに:(過剰)減少するマーケティング資源
笆 ――― マーケティング ROI の一枠組み
笳 ――― 収益性を確保する製品開発戦略の一モデル:価値デザインを包含した製品開発戦略
笘 ――― まとめと今後の課題
井上 哲浩
● 慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 教授
2006 年から 5 年間の各年のドル建て GDP を,
西本 章宏
財務省貿易統計の円対ドル年平均外国為替相場
● 小樽商科大学 商学部 准教授
(http://www.customs.go.jp/tetsuzuki/kawas
永井 隆男
e/kawase2011/)で,筆者が評価した GDP の
変化のグラフである。2007 年,米国でのサブ
● 株式会社ミツカングループ本社 西日本支社 営業推進部
プライム・ローン問題に端を発した米国住宅
バブル崩壊に端を発する多分野での資産価格
笊――― はじめに:(過剰)減少する
マーケティング資源
の暴落,そして翌年 9 月の投資会社リーマ
ン・ブラザーズの破綻というリーマン・ショ
ックの影響を如実に日本経済が受けているこ
日本経済の縮退は激しい,と言われる頻度
とは,図から明らかである。
が,ここ数年で高まっていることは間違いな
全体としての日本経済の縮退は,当然,そ
い。図− 1 は,世界銀行(http://data.world-
れを構成している企業の縮退も包含している。
bank.org/data-catalog)が公表した日本の
マーケティング予算に関しても,例外ではな
い。営業,市場調査,ブランド管理など多様
■図―― 1
なマーケティング課題の中で,人件費を除い
日本の GDP の変化: 2006 年∼ 2010 年(兆円)
て,最も予算規模が大きいものが広告・販売
520.0
促進費であろう。 図− 2 は,株式会社電通が
毎年公表している日本の広告市場規模につい
500.0
て 2006 年から 5 年間,マス 4 媒体とインター
480.0
ネットそして SP に関して,筆者が合算した
総広告市場規模の変化を表したグラフである。
460.0
総広告市場も,米国発の世界規模での経済縮
退の影響を受け,市場が縮退していることは
440.0
2006年
2007年
2008年
2009年
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マーケティングジャーナル Vol.31 No.2(2011)
2010年
明らかである。
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企業成長への資源提供を支援する収益性確保のためのマーケティング ROI フレームワーク
■図―― 2
の景気縮退環境下でのマーケティング・マネ
日本の総広告市場規模の変化:2006 年∼ 2010 年(兆円)
ージャの内部マーケティングの課題の主たる
7.00
ものの一つである。本論の主張の一つは,費
用としてではなく投資として,マーケティン
6.50
グ支出をとらえ,投資の対収益効果を事前に
そして事後に明らかにすることで,全体的縮
6.00
退以上のマーケティング資源への縮退を避け
5.50
ることができる,というものである。そのた
めの枠組みとして,マーケティング ROI
5.00
2006年
2007年
2008年
2009年
(Return On Investment)の一枠組みを提唱
2010年
する。また管理体型の一つとしてマーケティ
ここで,2007 年を起点とし,2009 年の
ング ROI を執行することにより,適切で効果
GDP の縮退率と総広告市場規模の縮退率に注
があり,無駄のない効率的なマーケティング
目したい。GDP に関して,2009 年は約 470.7
資源配分を行うことができるようになり,収
兆円で 2007 年は約 516.3 兆円であり,縮退率
益性が確保されることから,企業が成長する
は 91.2%(=470.7 ÷ 516.3)である。そして総
ための資源をマーケティング戦略が提供し支
広告市場に関して,2009 年は約 5.85 兆円で
援することができる,というのが本論の主張
2007 年は約 6.96 兆円であり,縮退率は 84.1%
の二つ目である。
(=5.85 ÷ 6.96)である。つまり企業がマーケ
本論では,次節でまず提案するマーケティ
ティング活動に提供した予算そして資源は,
ング ROI の枠組みに関して述べ,③節でマー
全体的な縮退以上に削減されていた可能性が
ケティング ROI の一例として,収益性を確保
示唆される。
するための製品開発戦略の一モデルを紹介し,
この理由としていくつかのことが考えられ
最後に今後の課題について述べることにする。
る。第一に,マーケティング支出の景気に対
笆――― マーケティング ROI の一枠組み
する弾力性が高い点がある。景気が悪くなれ
ば,まずマーケティング支出,例えば広告宣
伝費を削減しようとする傾向が,この点であ
マーケティング ROI という概念は,比較的
る。費用の「絶対性」が高ければ弾力性は低
新しい概念であるが,マーケティング成果を
く,「絶対性」が低ければ弾力性は高くなるこ
測定し統制し管理するという視点からは古い
とが期待される。つまり,マーケティングの
概念である。投資(Investment)の I は,コ
弾力性の高さは,絶対的費用である性質が低
ストであり比較的容易に測定可能である。難
いことを含意している。
しいのは,収益(Return)の R である。端緒
マーケティング支出は絶対に必要な費用で
的研究である Ambler (2001)は,Return の
ある,ということを取締役会などの意思決定
測度を,外部のみならず,内部に対する
組織に認識させ理解してもらうことが,昨今
Return も包含し類型化している。外的測度に
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マーケティングジャーナル Vol.31 No.2(2011)
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論文
は,認知,マーケット・シェア,相対価格,
Return の指標として,第一に設定すべきは,
顧客満足度,知覚品質,ロイヤルティなどが
財務情報(BS/ PL)関連の指標であろう。売
あげられている。内的測度には,目標の認識,
上高,営業利益,単位当り貢献利益,自己資
目標へのコミットメント,積極的なイノベー
本利益率 ROE,総資産利益率 ROA などが考
ションのサポート,学習意欲,相対的な従業
えられる。あるいは集計単位である企業や事
員満足度などがあげられている。マーケティ
業の財務情報ではなく,そのベースとなる非
ング ROI という枠組みではないが,関係性マ
集計単位である顧客の再購買率,発注間隔,
ーケティングや顧客生涯価値の分野の枠組み
機会あたり発注購買額なども Return 指標と
も援用可能であろう。例として,Rust, Zei-
なりえる。あるいはこれらの実際の行動や結
thaml, and Lemon (2000)による,価値エク
果ではなく,それらに先立つ購買意図,再発
イティ,ブランド・エクイティ,保持エクイ
注意向なども,拡大した概念として財務情報
ティによる顧客エクイティの測定枠組みは,
関連の指標として整理することも可能であろ
そのまま Return を把握するものとして活用
う。
可能であろう。それを発展させた Rust,
井上(2000)は,この財務情報関連の指標
Lemon, and Zeithaml (2004)は,ROM
を Return とした,初期のマーケティング
(Return On Marketing)として,マーケティ
ROI モデリングの研究である。その研究では,
ング投資を顧客生涯価値ならびに顧客エクイ
媒体計画というマーケティング問題において,
ティの純増分で評価する枠組みを提供してい
テレビ,新聞,雑誌,ラジオの各媒体出稿量
る。本論では,Inoue (2010)を一部修正し
を独立変数とし,新製品購買意図やキャンペ
た枠組みに基づき,財務情報(BS/ PL)関連
ーン認知率などを従属変数すなわち Return
の指標,社会心理的(Psychosocial)指標,
としたモデリングを行い,Return を最大にす
そして情動反応(Emotional/ Bio-Response)
るための最適媒体出稿量の算出枠組みを提案
指標で Return をとらえることにする(図− 3)。
している。
第二の指標は,社会心理的指標である。マ
■図―― 3
ーケティング努力の内,財務情報に直接影響
マーケティング ROI の一枠組み
を与えるものもあれば,間接的に影響を与え
るものもある。その理由には,時間的なラグ
R O I
の存在,流通構造の問題,コミュニケーショ
ンの問題,購買と消費の場の異質性の問題な
財務情報指標
ど,様々な齟齬が原因として考えられる。ま
たマーケティングの基礎をなす学問体系の一
社会心理的指標
つが,社会学,心理学,社会心理学などの影
響を強く受けている消費者行動論であること
情動反応指標
からも,マーケティングにおいて社会心理的
指標は,多用されてきた。関与度,好意度,
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企業成長への資源提供を支援する収益性確保のためのマーケティング ROI フレームワーク
親近感などが,社会心理的指標の例としてあ
覚の関連性を,「全く関連がない」∼「非常に
げられる。
関連がある」という尺度で分析することを提
具体的なマーケティング問題としては,ブ
ランド・マネジメントがあげられる。
案している。あるいはテキスト・マイニング
(e.g., 上田,黒岩,戸谷,豊田 2005)も一つ
木,
井上(2008)に示されたレクサスのブラン
の感性を測定するために用いることのできる
ド・ピラミッドでは,核心として「高級の本
アプローチである。
質の追求」が,姿勢として「想像力,自信と
これらの尺度や技法を用いることで感性を
思いやり」が,提供する価値として「感動の
測定する以外に,感性を直接,生体的に測定
時間の提供,ときめきとやすらぎ」が,そし
することもできる。池尾,青木,南,井上
て手段として「時間の尊重,一人ひとりへの
(2010)の第 8 章で,マーケティング調査に用
おもてなし,二律双生,I.D.E.A.L.」が,基本
いられている生体情報とその測定技術を図− 4
思想として掲げられている。いずれも,社会
のようにまとめている。生体情報には,fMRI
心理的指標である。次の③節では,このブラ
を用いて測定される脳内血流,EEG を用いて
ンド・マネジメントの側面から,収益性を確
測定される脳波,GSR を用いて測定される皮
保するための製品開発戦略の一モデルを紹介
膚電位,そしてアイカメラを用いて測定され
することにする。
る視線や瞳孔がある。Fukushima, Inoue, and
第三の指標は,情動反応指標である。生体
Niwa (2010)は,Oyama and Hirohashi
反応に関する研究は,マーケティングにおい
(2010)による GSR ベースのリアプノフ指数
ては依然,端緒的であるが,考慮すべき側面
とフラクタル次元を用いて,生体反応を測定
であると考え,本論の枠組みに包含している。
し,生体反応の次元に関するテレビ広告効果
社会心理学的指標では完全に包摂することが
を考察した研究である。
難しい感性的な側面が,注目されつつある
図− 3 で示されたマーケティング ROI の管
(e.g., 大澤,西原 2010)。しかしながら,感性
理枠組みは,第一に,財務情報,社会心理的,
を測定することは容易ではなく,様々なアプ
そして情動反応という 3 つの指標でとらえら
ローチがある。鈴木,行場,川畑,山口,小
れる Return と投資 I との関係を明らかにする
松(2006)は,モダリティ・ディファレンシ
こと,第二に,これら 3 つの指標間の関係を
ャル法を活用し,視覚,温覚,嗅覚,痛覚,
明らかに,最終的に財務情報関連指標で
聴覚,冷覚,味覚,身体運動,触覚という感
Return を特定化可能とすること,そして第三
■図―― 4
マーケティング調査に用いられている生体情報とその測定技術
生体情報
測定技術
脳内血流
脳波
皮膚電位
視線・瞳孔
fMRI(functional Magnetic Resonance Imaging)
EEG(Electro Encephalo Graphy)
GSR(Galvanic Skin Response:皮膚電気反射)
アイカメラ
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に,これらを事前そして事後で行い,マーケ
言えよう。これらの問題に対して,技術経営
ティング・ナレッジを資産化することである。
である MOT,ブランド・マネジメントなど
次節では,具体的な事例を紹介する目的から,
様々な見地から多様な研究が対処してきた。
社会心理的指標を把握しつつ,財務情報に関
MOT の見地からのこれら諸問題に対処した
して評価し,収益性を確保するための製品開
研究の一つである延岡(2006)は,企業が行
発戦略の一モデルを述べることにする。
った差別化によって顧客の「支払意思額
WTP(Willingness To Pay)」が高まること
笳――― 収益性を確保する製品開発戦
略の一モデル:価値デザイン
を包含した製品開発戦略
が,価値を獲得し維持していくための条件と
述べている。そしてその条件として,第一に,
自社に差別化を実現するだけのモノづくりの
能力があり,第二に,その差別化が競合企業
本節では, 図− 3 における第二水準の社会
に対して持続的な優位性を持ち,第三に,そ
心理的指標を把握しつつ,第一水準である財
の差別化に対して顧客が価値を認め付加的対
務情報で評価し,収益性を確保し,企業が成
価を支払ってくれる,という三条件をあげて
長するための資源を提供するマーケティング
いる。しかし条件を明示したにとどまり,具
ROI の一例を提示したい。
体的な WTP を高める枠組みに関しては,延
薄型テレビの主要部品の一つであるフラッ
岡は提供していない。後述するモデルは,ま
ト・パネル・ディスプレイ業界は,競争の激
さに具体的にどのように自社のモノづくり要
しい業界の一つである。パナソニック,富士
素を,どのように用いて差別化し,どのよう
通日立プラズマディスプレイ,サムソン,LG,
に表現し顧客に理解してもらうかを明らかに
フィリップス,友達光電,奇美電子など名だ
するものであり,最も WTP が高くなる製品
たる企業が,高い開発技術水準,高い生産技
開発戦略そしてマーケティング戦略の示唆を
術水準で競い合っている。しかしながら,高
与えるものである。したがって,これ以上の
い技術水準が健全な収益性をもたらしている
記述は留めておくことにする。
とは必ずしも言えないのが現状である。青木
Vargo and Lusch (2004)のサービス・ド
(2011)の言う,オーバー・シューティングで
ミナント・ロジックも,MOT 同様にこれら
ある。同様に,ノートブック PC 業界におい
の問題に対処するアプローチの一つである。
ても,非常に薄型で軽量という高い技術水準
19 世紀以降のモノを中心とした経済学やマー
で開発された製品を提供している企業が,高
ケティングではなく,モノそのものに加えて
い収益性を確保しているわけではない。デジ
サービスを中心とした交換モデルの重要性を
タル・カメラ業界でも同様であり,多くの例
提示した概念である。Vargo and Lusch は,
を挙げるのは難しいことではなかろう。
Vargo and Lusch (2008a;b)を経て,新たな
差別化,価値獲得,脱コモディティ,価値
10 の根本前提を提示している。それらは 1)
共創,関係性・絆の構築など様々な概念が,
サービスは交換の根本的基礎である。2)間接
この問題に対処するために考えられてきたと
的交換は交換の根本的基礎を覆い隠す。3)財
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はサービス提案のための配給メカニズムであ
は,コモディティ化であり性能や便宜性の向
る。4)オペラント資源は競争優位性の根本的
上によるコモディティ化への抵抗であり,第
資源である。5)全ての経済はサービス経済で
3 の方向性は機能的ブランドであり用途開
ある。6)顧客は常に価値の創出者である。7)
発・カテゴリ創造による価値転換であり,そ
企業は価値を提供することはできず,価値提
して第 4 の方向性は経験的ブランドであり経
案を提供することができるのみである。8)サ
験価値の共創と関係性の構築である。
ービス中心の見解は本源的に顧客志向であり
ブランド価値を測定する方法は,多岐にわ
顧客関係的である。9)全ての社会そして経済
たる。上述の
木,井上(2008)に示された
活動者は資源統合者である。10)価値は便益
レクサスのブランド・ピラミッド( 図− 5 )
受益者によって独自にそして現象学的に常に
のような形状の価値体系もあれば,「購入軸」
決定される。これらの根本的基礎から示唆さ
「商品軸」「行動軸」などのような 3 軸 3 次元
れるように,モノではなくサービスを中心に
でブランド価値を体系化し管理している組織
マーケティングを考えて,競争優位性を確保
もある。また Aaker(1997)が提示した,
しようとするアプローチである。
Sincerity(Down-To-Earth,Honest,Wholesome,Cheerful),Excitement(Daring,
ブランド・マネジメントの見地からのこれ
ら諸問題に対処した研究の一つである青木
Spirited,Imaginative,Up-To-Date),Com-
(2011)は,脱コモディティ化に向けたブラン
petence(Reliable,Intelligent,Successful)
,
Sophistication(Upper Class,Charming),
ド構築の方向として,価値の内容が感性的価
値であるか機能的価値であるか,価値の所在
Ruggedness(Outdoorsy,Tough)という
や価値様式が属性で価値提供しているか使用
Big Five と呼ばれる 5 つの構成概念で測定さ
文脈や価値共創であるか,という二つの軸で
れるブランド・パーソナリティに関して,ブ
4 つの方向性を提示している。第 1 の方向性
ランド価値体系を把握している組織もある。
は,イメージ・ブランドであり感性的・意味
多岐にわたるブランド価値を測定するアプロ
的・象徴的価値の強化であり,第 2 の方向性
ーチの内,最も頻繁に用いられているものが
■図―― 5
商品開発の基本となるレクサスブランドピラミッド
核心
高級の本質
の追求
姿勢
想像力、
自信と思いやり
価値提案
感動の時間の提供
ときめきとやすらぎ
時間の尊重
手段
一人ひとり
への
おもてなし
二律双生
卓越した商品=I.D.E.A.L
(印象的・動的・優雅・先進的・普遍的価値)
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Gutman (1982)ならびに Reynolds and Gut-
図− 6 に示しているように,Gutman の手
man (1988)による手段‐目的連鎖の枠組み
段‐目的連鎖構造に基づくが,単にブランド
であろう。
の連鎖構造を識別するだけでなく,最終的な
手段‐目的連鎖構造によるアプローチは,
成果変数として WTP を用いることで,WTP
「属性→機能的帰結→心理社会的帰結←価値」
を最大化するブランドの価値連鎖構造を明ら
という社会心理学に基づく枠組みをブランド
かにすることができる。具体的には 図− 7 に
管理に適用しようとする試みである。丸岡
示されているように,製品設計属性は,企業
やブランド間で異なることは稀であるため,
(1997)などのラダリングによってブランド価
値構造を識別し評価する試みがこれまでなさ
ブランド間で同質的であると仮定するが,属
れてきた(e.g., Inoue, Kobayashi, and Umem-
性の組合せの結果,消費者が処理する機能的
oto 2004; Inoue, Imamura, Kobayashi, and
帰結や心理社会的帰結そして価値は,ハイパ
Umemoto 2007)。しかしブランド価値構造を
ー・パラメータとしてモデリングされる属性
識別したにとどまり,そのブランド価値構造
■図―― 6
は,顧客がより高い対価を支払っても良いと
手段‐目的連鎖構造に基づくブランド価値デザインと
WTP 最大化の枠組み
認めているのか,という基本的な問題への回
答を提供できていない。先の MOT での問題
価値
と合わせて,具体的にどのように自社のモノ
づくり要素を,どのように用いて差別化し,
心理社会的帰結
どのような価値をデザインし,それをどのよ
うに表現し顧客に理解してもらえば,最も
WTP が高くなるかというマーケティング戦
機能的帰結
略の示唆を具体的に与える価値デザインを包
含した製品開発戦略を,以降,提示する
属性
。
(図− 6)
■図―― 7
本論で提示されたモデルの概念図
属性 A(=a1,…,a10):Hyper-Parameter
y
To Pa
δ1
λ1
10)
v
,
・
1, ・ ・
10)
V (=v
価値 ・・,p
= p 1, ・
結 P(
帰
的
会
・ , f 10)
心理社
1, ・ ・
F (=f
結
帰
機能的
Willing
γ1
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ness
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の階層モデル構造の結果,企業やブランド間
結,そして「これを使うと自分が健康を気遣
で異質であると仮定する。
っているように思う」「これを使うと自分の時
具体的には,WTP は,下記のように機能
間の使い方がうまいように思う」などの 8 個
的帰結 F n ,心理社会的帰結 P n ,価値 V n(例
の価値をインタビューやテキスト・マイニン
では,n=10 で共通であるが,帰結や価値毎に
グから抽出し分析に用いた。なおバーン・イ
異なる n でも良い)の加重平均として特定化
ンは 1000 回,その後,MCMC 反復を 10000
される:
回行った。
WTP= 切片項 + γ1 ・機能的帰結 1 +・・・
その結果,下記の連鎖構造を一部とするブ
心理社会的帰結 1 +・
・
・+λ・価値
+・
・
・+φ
+δ・
1
1
1
ランド価値構造が識別された:
属性「つゆの色が淡い」
ただし,各ウェイトβ(= γ,δ,λ)は,
↓
属性をハイパー・パラメータとする下記の階
機能的帰結「自分にできない料理ができる」
層モデルで特定化される:
↓
・
・+α10・属性 10 +ε
β = 切片項 +α1・属性 1 +・
ここで,φならびにεは,正規分布に従う誤
心理社会的帰結「これを使うと自分が家庭
差項であり,それらの分散は逆 Wishart 分布
的な人のように感じる」
↓
に従うと仮定する。すると,MCMC と呼ばれ
る Markov-Chain-Mote-Carlo 法(e.g., Cong-
価値「これを使うと自分がよい妻であるよ
don 2003)を適用し,上位モデルもベースモ
うに思う」
デルも正規分布に従うため,完全条件付分布
そしてこのブランド価値構造において,パ
を導出することができ,計算がやや複雑な
ラメータ計算結果から,「つゆの色が淡い」と
Metropolis-Hastings 法ではなく平易な Gibbs
いう製品設計属性と,特に「これを使うと自
サンプリング法によりパラメータを計算する
分がよい妻であるように思う」という価値を
ことができる。
密接に関連付けたマーケティング戦略,コミ
永井(2010)は,本モデルをつゆ調味料カ
ュニケーション戦略を展開することで,WTP
テゴリに適用した研究である。2009 年 10 月 8
がさらに 145.9 円上昇することが導出された。
日から 14 日の間に収集した主婦サンプル 144
ここで特に強調したい点は,製品設計属性は,
名からなるデータであり,東京を中心とする
どの企業のどのブランドにも共通であるが,
関東エリアから 73 名,大阪を中心とする関西
ハイパー・パラメータによる階層モデルによ
エリアから 71 名を収集した。「かつおだしの
って帰結や価値がブランド毎に異質的なモデ
旨味がある」「かつおだしの香りがする」など
リングを許容することにより,どの属性や帰
の 11 個の属性,「醤油がわりに使える」「だし
結や価値の側面で差別化することで,そして
がわりに使える」などの 12 個の機能的帰結,
その差別化ポイントを顧客に理解してもらう
「これを使うと自分が優しい女性であるように
ことで,ブランド毎に最も WTP が高くなる
感じる」「これを使うと自分がかわいらしい人
ブランド価値構造を具体的に識別できている
のように感じる」などの 11 個の心理社会的帰
点である。
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仮に現時点で,この商品の通常の店頭売価
業が成長するための資源を提供するマーケテ
が 250 円であり,4000 万本年間に販売されて
ィング戦略への示唆が例示されたのである。
いるとしよう。年間の売上高は 100 億円とな
笘――― まとめと今後の課題
るが,その際に,製造原価が 50%で間接費が
10%,つまり製造マージンが 10%であるとし
よう。すると現時点での営業利益は 10 億円と
マーケティングへの投資は必要なものであ
なる。ここで先の計算結果から導出された
る,というのが本論の主張の一つである。投
「淡いつゆで,よい妻に」キャンペーンを展開
資としてマーケティング資源を管理し,事前
することで WTP は 395.9 円(=250+145.9)に
そして事後においてその成果たる Return に
高めることができる。売上本数が 4000 万本の
関して統制を行うことが,今後のマーケティ
ままという楽観的な予測も可能であるが,
ング戦略そしてマーケティング資源の醸成に
395.9 円という売価設定により実質的に 25%減
必要であると考えている。本論では,価値デ
の 3000 万本というシナリオを設定すれば,売
ザインを包含した製品開発戦略を一例として
上は約 120 億円となり,生産ロットの減少に
マーケティング ROI の枠組みを説明した。
マーケティング ROI が直面する課題は,少
より製造原価が 1%分上昇するため製造マージ
ンは 9%に減少するという設定のもとでさえ,
なくない。第一に,Investment と Return の
営業利益は約 10.8 億円となり,結果として約
関係をより正確に把握するためのマーケティ
0.8 億円の上昇を営業利益にもたらすことにな
ング・サイエンスやマーケティング工学
(e.g., 片平 1987)が,より重要になってくる
る。
であろう。
要するに,提示されたモデルに基づけば,
図− 3 における第二水準の社会心理的指標の
第二に,マーケティング ROI の最終的な評
一つである手段‐目的連鎖の枠組みに従いブ
価や意思決定は,やはり財務情報に関連する
ランド価値構造を把握し,どの属性や帰結や
側面に基づいて行われるべきである。したが
価値の側面で差別化することで,そしてその
って,財務情報関連指標と社会心理的指標の
差別化ポイントを顧客に理解してもらうこと
関係,そして財務情報関連指標と情動反応指
で,ブランド毎に最も WTP が高くなるブラ
標の関係,あるいは社会心理的指標と情動反
ンド価値構造を具体的に識別できるかが具体
応指標の関係を把握する,特定化することも
的に示された。つゆ調味料は,典型的なコモ
重要となるであろう。ここでやはり,マーケ
ディティ化したカテゴリであり,価格競争が
ティング・サイエンスやマーケティング工学
激しく厳しい収益性にさらされているカテゴ
の知識が求められることになることが,予想
リであるが,マーケティング ROI の一モデル
される。
に従い,自社ブランドにとって好ましい差別
第三に,組織の問題がある。マーケティン
化点としての帰結や価値(よい妻),それを具
グ ROI が有効に統制され管理されるには,マ
現化する製品設計属性(淡い色)を明らかに
ーケティング組織の在り方が鍵だと感じてい
し,財務情報に評価し,収益性を確保し,企
る。組織構造,組織文化に加えて,Return を
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企業成長への資源提供を支援する収益性確保のためのマーケティング ROI フレームワーク
事前に決定し,事後に統制し評価する組織が
かもしれない。
マーケティング組織から独立していることも
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好ましいと考えている。
第四に,組織間取引の問題がある。消費財
において,マス広告はプル型と教科書的には
考えられているが,実際には流通との取引を
促進するプッシュの効果も無視できない。I
と R の関係に,このような組織間取引構造を
包含する必要がある。
第五に,動態性もマーケティング ROI のモ
デリングの枠組みに考慮する必要がある。例
えば t 期において,あるマーケターがパート
ナー候補 A 社と B 社を ROI で比較検討し,結
果として A 社を採用したとしよう。もし B 社
も ROI の枠組みを保有し A 社のより高い
Return を算出することに自信があったならば,
B 社はそのマーケターに対して評価を下げる
ことは間違いない。ならば t +1 期において,
そのマーケターが次のキャンペーンで ROI に
関して比較検討し B 社に依頼をしようとして
も,おそらく B 社は拒否する可能性が高い。
このような多段階で動態的な側面を ROI モデ
リングに包含しなければ,長期的に好ましい
Return を算出するマーケティング戦略を識別
することができない。
そして第六に,I はコストとして容易に把
握できるかもしれないが,冒頭で述べたよう
に企業資源が全体として枯渇しているのは間
違いない。限られた I を有効に使うのも重要
であるが,顧客を外部資源としてとらえ,I
に包含し考慮することも新しいマーケティン
グ戦略のモデルと考えている。Vargo and
Lusch (2008a)の第 9 番目の根本的前提「全
ての社会そして経済活動者は資源統合者であ
る」は,さらに新たな可能性を含意している
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マーケティングジャーナル Vol.31 No.2(2011)
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マーケティングジャーナル Vol.31 No.2(2011)
井上 哲浩(いのうえ あきひろ)
1987 年関西学院大学商学部卒業。
1996 年 Anderson Graduate School of Management,
University of California, Los Angeles, Ph.D.(Marketing)。
関西学院大学商学部専任講師,助教授,教授を経て,
現在,慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授。
西本 章宏(にしもと あきひろ)
2005 年関西学院大学商学部卒業,2007 年同大学大
学院商学研究科修了。
その後,日産自動車株式会社(宣伝部)を経て,
2011 年慶應義塾大学大学院経営管理研究科後期博士
課程所定単位取得退学。
現在,小樽商科大学商学部准教授。
永井 隆男(ながい たかお)
1995 年 岐阜大学農学部卒業。
1997 年 岐阜大学大学院農学研究科修了。
1997 年
株式会社中埜酢店(現 株式会社ミツカン
グループ本社)入社。
2010 年
慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了
(企業派遣)
。
現在,株式会社ミツカングループ本社 西日本支社
営業推進部 営業企画課。
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