バイオマテリアルからみた再生誘導治療

●第 46 回日本人工臓器学会大会 特別講演
バイオマテリアルからみた再生誘導治療
京都大学再生医科学研究所生体組織工学研究部門生体材料学分野
田畑 泰彦
Yasuhiko TABATA
1. 再生誘導能力をもつ次世代型バイオマテリアル
バイオマテリアル(生体材料)とは,生体内で用いる,あ
るいは細胞,タンパク質,細菌などの生物成分と触れて用
いるマテリアルである。これらのバイオマテリアルは,今
日の外科・内科治療において広く利用され,その役割が大
を再生修復する 1) ∼ 5) 。これまでのような治療薬のみを
DDS の対象とするのではなく,細胞の組織再生能を高める
タンパク質や遺伝子を「Dr ug =薬」と考えれば,DDS は再
生誘導治療に必要不可欠な技術となる 3),6) ∼ 8) 。
2. 再生誘導治療を支えるバイオマテリアル
きいことは疑いない。これまでのバイオマテリアルの開発
イモリのしっぽが再生する現象をヒトで誘導し,治療に
では,血栓を作らない性質,細胞や組織となじむ性質,溶
役立てようとする試みが,再生誘導治療である。その基本
血や炎症を起こさない性質などに主眼が置かれてきた。つ
アイデアは,自己のもつ自然治癒力を活用することである。
まり,生体に対して積極的に働きかけるのではなく,細胞
細胞の増殖・分化能力を最大限に高めることにより,創傷
や組織に悪い刺激を与えず,生体とうまく融合させるとい
治癒を促すアプローチは,体にやさしい理想的な治療法と
うマテリアル設計である。
なる。
治療用材料や人工臓器以外のバイオマテリアル領域にド
この再生誘導治療には 3 つの目的がある。第 1 の目的は,
ラッグデリバリーシステム(Drug Delivery System, DDS)
これまでにない新しい治療法を創製することである。第 2
がある。これは,治療薬をマテリアルと組み合わせ,治療
の目的は治療適用の拡大である。従来の治療が適用外とな
効果を最大限に高めるための技術である。この DDS 研究
る高齢の患者や合併症をもつ患者に対して,自己の自然治
でも,生体のもつ炎症・異物防御システムに刺激を与えず,
癒力を高めることによって治療を受けられるようにするこ
うまくそれを回避できる方向でマテリアル開発が進められ
とである。第 3 の目的は,自然治癒力のもとである細胞の
てきた。
増殖・分化能力を増強することによって,病気の悪化進行
しかしながら,近年,バイオマテリアルは大きく変化し
を抑制することである。現在,再生誘導治療の目的として
てきている。生体から排除されず,生体になじみ,融和す
は 1 番目のイメージが強いが,いずれの目的も重要であり,
る性質を求めるのではなく,逆に,生体に積極的に働きか
むしろ,第 2,第 3 の目的のほうが,治療の観点からの実用
ける性質をもつマテリアルの研究開発が始まっている。そ
性は高いと考えられる。もちろん,再生誘導治療にも長所
の代表例が,生体組織の再生誘導治療(一般には,再生医
と短所があるが,生体融和型のバイオマテリアルを利用し
療と呼ばれている)へのバイオマテリアルの応用である。
た従来の再建外科や臓器移植の欠点を補い,治療の選択肢
バイオマテリアルを活用することで,細胞の増殖・分化能
が増すことから,近年,第 3 の治療法として期待されてい
力に基づく自然治癒力によって創傷治癒を促し,生体組織
る。加えて,内科的な薬剤投与手段により,組織の再生誘
導能力を高め,肝硬変,慢性腎炎,肺線維症,拡張型心筋症
■著者連絡先
京都大学再生医科学研究所生体組織工学研究部門生体材料
学分野(〒 606-8507 京都府京都市左京区聖護院川原町 53)
E-mail. [email protected]
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などの難治性慢性線維性疾患の悪化を抑制あるいは治療し
たり 8),血管壁にできた瘤(動脈瘤)を生体組織によって完
全に閉鎖してしまうという画期的な血管内カテーテル治療
人工臓器 38 巻 1 号 2009 年
などの試みも始められている 9) 。このように,今後は,自
要である。また,移植細胞の生物機能の増強を目指した遺
然治癒力を利用した再生誘導治療の概念は,外科,内科を
伝子核酸導入のためのバイオマテリアル技術の開発も大切
問わず,あらゆる治療領域において,重要な役割を演じて
である 5),7),11) 。ウイルスを用いない遺伝子発現増強技術
いくと考えられる 4),5),8),9) 。
として,細胞内でのプラスミド DNA の徐放化 10),あるい
再生誘導治療の基本概念は,細胞の能力を活用すること
はリバーストランスフェクション法 11),12) も期待されてい
であるが,細胞の与え方によって大きく 2 つに分けられる。
る。これらの 2 つの技術は,再生医療だけではなく,それ
1 つ目は,外から移植した細胞によって生体組織の再生を
を学術的に支える幹細胞とその周辺環境に関する基礎生物
誘導するアプローチである。2 つ目は,体内に存在してい
医学研究にも応用できる。
る細胞を活用する方法である。人工的に作製できるバイオ
生体内において,不安定で寿命の短いタンパク質や遺伝
マテリアルや利用可能な生体シグナル因子(ペプチド,タ
子を利用するには,DDS 技術が必要不可欠である。われわ
ンパク質,遺伝子など)を用いて,もともと体内に存在し
れは,生物活性をもつ細胞増殖因子,タンパク質および遺
ている細胞を必要部位に呼び込み,その部位における生体
伝子などの徐放化ができる生体吸収性バイオマテリアルか
組織の再生修復を誘導する(体内再生誘導)。
らなるハイドロゲルを開発してきた。すでに,この徐放化
この両方のアプローチが現実味を帯びてきた背景に,2
技術によって様々な生体組織の再生誘導が実現されてい
つの研究分野の進歩があることを忘れてはならない。1 つ
る 1),3),5),13) 。例えば,ゼラチンハイドロゲルからの塩基性
目の研究分野は,再生現象にかかわる細胞についての基礎
線維芽細胞増殖因子(bFGF)の徐放化技術は,虚血性疾患
生物医学(再生医学と呼ばれる)であり,もう1つがバイオ
に対する血管誘導治療や,骨,軟骨,脂肪,皮膚真皮,およ
マテリアルである。細胞の再生誘導能力を活用した治療を
び胸骨と胸骨周辺軟組織の再生治癒促進治療を可能にして
実現するためには,細胞が増殖・分化しやすい環境を作る
いる。bFGF 徐放化による血管誘導治療効果は,正常動物
技術・方法論が必要となる。この研究領域は,生体組織工
だけではなく,自然治癒力の劣っている糖尿病あるいは高
学(ティッシュエンジニアリング)と呼ばれ,次世代のバイ
脂血症疾患をもつ動物においても認められている 4) 。血管
オマテリアル学と位置づけられる 2) ∼ 5),7)
。
誘導治療のヒト臨床試験がすでに始まり,良い成績が得ら
再生誘導治療の目的は,欠損した生体組織の再生誘導と,
軟骨,
れている 14) 。bFGF 徐放化による糖尿病性皮膚潰瘍,
荒廃した臓器の機能代替による病気の治療である。この目
および歯周組織などの再生誘導治療の臨床試験でも,良い
的を達成するために,バイオマテリアルは以下のような重
。bFGF 以外の細胞増
治療効果が認められている 15)(図1)
要な役割を果たしている。①生体内での細胞の増殖・分化
殖因子として,神経細胞のアポトーシスを抑制する作用を
のための足場 1), 2),②生体組織の再生誘導のための生体内
もつインシュリン様増殖因子(IGF)
-1 の徐放化による難聴
スペースの確保,③生体内での生体シグナル因子の生物活
治療 16) の臨床試験も始まり,現在,19 施設で異なる疾患に
性の制御 4) ∼ 6),10),④細胞の単離,増殖,分化のための培養
対する臨床研究が進められている(表1)。
足場と装置 2),3),および⑤細胞の生物機能の増強,改変で
ある 7) 。
できる。例えば,bFGF と肝細胞増殖因子(HGF)とを同時
バイオマテリアル技術を利用した再生誘導治療
3.
ハイドロゲル技術により複数の因子を徐放化することも
の実際
に徐放化することによって,より成熟度の高い新生血管を
得られることがわかっている 17) 。また,血小板豊富血漿
(PRP)をハイドロゲルと組み合わせることで,血小板中に
欠損部周辺組織の再生能力が高い場合には,欠損部へ生
含まれる細胞増殖因子の混合物が徐放化され,骨,半月板,
体吸収性の足場あるいはスペース確保のためのバイオマテ
脊髄核などの再生修復も実現している。徐放化技術によっ
リアルを与えるだけで,欠損組織の再生誘導は可能とな
て,PRP の問題であった治療効果のバラつきも解消され
る 1)
。しかし,欠損部周辺組織の再生能力が低いあるいは
望めない場合には,これらのバイオマテリアルのみでは,
た 4),5) 。
いかに優れた能力をもつ細胞でも,酸素および栄養の供
生体組織の再生誘導は期待できない。そこで,細胞,タン
給がなければ,生体内ではその生存も生物機能の発現も期
パク質,あるいは遺伝子の利用が必要となる 1) ∼ 3),6),10) 。
待できない。bFGF 徐放化による血管誘導技術は,膵ラン
十分な数の質の高い移植細胞を得るためには,例えば,バ
ゲルハンス島,肝細胞,心筋細胞,腎尿細管上皮細胞,ある
イオマテリアル足場とバイオリアクタなどを組み合わせる
いは ES 細胞などの生体内での機能維持ならびに治療効果
ことによって,培養時の細胞の周辺環境を整える工夫が必
を有意に増強させた。加えて,生体外で作製した組織様構
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(a)
(b)
図1 塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)徐放化ハイドロゲルを利用した,下肢虚血治療に
対する血管再生誘導治療(a)と歯周組織の再生誘導治療(b)
表1 細胞増殖因子の徐放化技術を用いた再生誘導治療の臨床研究
疾患・手術名
増殖因子
効用
施設数
心臓グラフト手術
ASO,Burger 病
糖尿病症皮膚潰瘍
歯周組織炎
感音声難聴
半月板損傷
顔面形成
術後正中創形成
軟組織形成
顔面神経麻痺
指切断形成
bFGF
bFGF
bFGF
bFGF
IGF-1
PRP
bFGF
bFGF
bFGF
bFGF
bFGF
血管新生
血管新生
血管新生,皮膚新圧促進
歯槽骨再生
神経変性の抑制
軟骨再生
軟骨再生,軟組織再生
胸骨再生,血管新生
脂肪組織再生
神経機能回復促進
血管新生,組織再生
1
4
3
3
2
1
1
1
1
1
1
ASO, 閉塞性動脈硬化症 ; IGF-1, インシュリン様細胞増殖因子 1; PRP, 血小板豊富血漿
造物の移植効率と治療効果とを改善させることもわかって
いる 1),4),5)
。このように,細胞移植治療の成績向上のため
能を備えている。そこで,我々はこの 2 つの作用を同時に
もつ,天然の足場に近い機能性足場のデザインを試みた。
には,血管新生技術が key となると考えられる。また,縫
前述の BMP-2 徐放化ハイドロゲル材料から 3 次元スポンジ
合糸に bFGF 徐放化ハイドロゲルをコーティングして使用
足場を作製した。足場内のスポンジ構造の維持が細胞の増
することで,自己の治癒能力の乏しい場合にも,癒合不全
殖・分化には必須であり,β - リン酸 -3- カルシウム(TCP)
を起こさず,早期の創傷治癒が認められている 18)
。
粉末を組み込むことで,スポンジの力学強度を高めた。こ
骨形成因子(BMP)-2 は,ラット,ウサギなどで強力な骨
の力学補強により,期待通り,骨髄由来間葉系幹細胞の増
誘導活性が報告されている。しかしながら,サルのような
殖と骨分化の促進が認められた 5) 。また,このスポンジは
高等動物では,高い投与量が必要であった。そこで,我々
BMP-2 を徐放し,皮下埋入時にスポンジ周辺部と内部に骨
が生体吸収性ハイドロゲルを利用して BMP-2 を徐放した
形成が認められた。癌の再発防止のための放射線照射は,
ところ,動物種によらず,低い投与量で異所性および同所
癌切除後の骨欠損部における自己再生能力を消失させる
性の骨再生を増強できることがわかった 5)
。
が,BMP-2 含浸力学補強スポンジと骨髄細胞の混合物は,
天然の足場(細胞外マトリクス)は,細胞の増殖・分化の
通常の方法では治療効果が期待できない放射線照射骨欠損
ための基材と,細胞増殖因子の作用を促すという 2 つの機
部においても,有意に骨再生修復を誘導することがわかっ
10
人工臓器 38 巻 1 号 2009 年
文 献
た。
細胞増殖因子タンパク質ではなく,遺伝子を利用した生
体組織の再生誘導も試みられている 3) ∼ 5),7),10) 。例えば,
プラスミド DNA の徐放化が遺伝子の発現レベルを高め,
発現期間を延長,また,small interfering RNA(siRNA)の
徐放化が毛髪成長を促進,あるいは慢性腎炎の抗線維化治
療を実現させた 4),5) 。siRNA を用いた細胞分化の制御も可
能となりつつあり,DDS 化 siRNA は,幹細胞の生物医学研
究や移植細胞の機能改変のための有効な技術として期待さ
れる。
4. ますます高まるバイオマテリアル技術の重要性
これまで述べてきたように,生体内の欠損部に外科的に
再生誘導の場を作る「外科的再生誘導治療」とは異なり,線
維化組織を消化分解することで,臓器内に再生誘導の場を
確保し,周辺の正常組織の再生誘導能力を介して,難治性
慢性線維性疾患の治療を行う「内科的再生誘導治療」の試
みも始まっている 3) ∼ 5),8) 。「外科的再生」と「内科的再生」
のいずれも,生体のもつ潜在的な再生誘導能力を引き出し,
それを利用して病気の治療のきっかけを与えるという点で
共通している。細胞増殖因子,プラスミド DNA,および
siRNA の DDS 化により,自然治癒力を高め,線維化疾患の
悪化抑制とその発症抑制が可能になってきている 3) ∼ 5),8) 。
近年,増殖・分化能力の高い「万能」細胞が入手でき,ま
すます再生医療=細胞移植治療というイメージが定着して
しまった感が強い。このイメージが間違っていると言って
いるわけではない。しかし,細胞移植することなく,もと
もと体の中に存在する細胞の能力をうまく活用すること
で,再生修復を可能とする次世代のバイオマテリアル学が
現実となってきている。また,生体内での細胞の治療効果
が,バイオマテリアル技術と組み合わせることによりで高
まることが報告されている 19) 。DDS 技術も含めた再生誘
導バイオマテリアルが研究開発され,すでに臨床において
その再生誘導治療効果が確認されている(図1,表1)。細胞
の増殖・分化を完全にはコントロールできない現在の科学
技術レベルを考慮すると,現時点では,生体内に存在する
細胞の能力を活用するという治療アプローチが現実的であ
る。このアプローチであれば,
「もの作り日本」の優位性を
活かせることも疑いない。再生誘導治療の最終目的は,再
生現象の科学的解明ではなく,患者の病気を治すことであ
る。患者は新しい治療法を待っている。先端医療における
バイオマテリアルのポテンシャルを再認識していただき,
バイオマテリアル学がより大きく展開することを願って止
まない。
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