点眼剤と眼疾患

点眼剤と眼疾患
参天製薬株式会社
ライセンシング室長
疋田光史
情報化社会といわれて久しいが、我々はこの情報を感覚器官により得ている。いわゆ
る五感(見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触れる)から得ているが、80%以上は見ることによる、
すなわち、視覚により入手している。日本は高齢化社会を迎え、最近では QOL(Quality Of
Life)の重要性が唱えられているが、その QOL を文字って情報の 80%を得ている視覚の
QOL を Quality Of Vision(QOV)と我々眼科分野では称している。
全体の医療用医薬品の総売り上げに占める眼科医療用医薬品の売り上げは 3.5%しか占
めていないことから、一般社会における眼科に関する理解は必ずしも高いとはいえない。
薬学部の学生さんですら、医薬品のイメージは経口薬・注射薬であり、点眼薬ではなく、
循環器用薬、中枢薬であり、眼科薬ではない。そこで、本講演では「眼の構造、眼科疾患、
点眼剤、点眼容器、点眼時の留意点、点眼剤における DDS(Drug Delivery System)、眼科
手術」に関して製剤見本を使用しながら説明を加え、皆さんの眼に関する理解の向上を図
りたい。
まず、視覚器官である眼の構造はよくカメラにたとえられる。たとえば、角膜は UV
フィルター、虹彩は絞り、水晶体はレンズ、毛様体筋はピント調節、網膜はフィルムに相
当する役割を果たしている。
次に、眼の病気としては以下のような疾患に関して典型的な症例をもとに説明を加え
るとともに、その治療に用いられる点眼薬を紹介する。
麦粒腫は日本各地でその病名が「めいぼ、めばちこ、ものもらい、ばか」などと呼び
名がいろいろあり興味深い。麦粒腫や細菌性角膜症などの細菌感染性の外眼部疾患の治療
にはクラビット点眼液で代表される抗菌点眼薬が用いられる。
ウイルス感染によって引き起こされるヘルペス性角膜炎はヘルペスウイルスに選択性
の高いゾビラックス眼軟膏の出現により治療が可能となり、かつてに比べて失明にいたる
率が格段に低下した。
アレルギー疾患は近年増加の一途をたどるが、眼疾患も同様で、花粉シーズンのアレ
ルギー性結膜炎はその代表である。その治療にはリボスチン点眼液のような抗アレルギー
点眼薬あるいは症状が重いときにはフルメトロン点眼液に代表されるステロイド点眼薬が
用いられる。
最近、ドライアイという疾患名がポピュラーになってきたが、この疾患はエアコンの
普及、VDT 作業の一般化、テレビゲーム、携帯メールの普及が少なからず原因となってい
る。すなわち、空気の乾燥や瞬きの数の減少により眼の表面が乾燥しやすくなっているか
らである。ドライアイの治療には、ソフトサンティアに代表される人工涙液による水分補
給とともにヒアレイン点眼液のように角膜の創傷治癒を促進する点眼薬が用いられる。ま
た、コンタクトレンズ装用者、特にソフトコンタクトレンズ装用者は眼表面の水分が蒸発
しやすくなっている。このコンタクトレンズ材質はマイナス荷電しているので、プラス荷
電したポピドンを含む人工涙液を点眼すると、コンタクトレンズ表面にしっかりと馴染み、
水分を含んだポピドンがコンタクトレンズに「うるおいのベール」をつくり、乾燥による
不快感を改善することが出来る。この理論から開発された商品として「うるおいコンタク
ト」を紹介する。
眼球は眼圧により球状に保たれており、眼圧は房水により調節されている。房水は毛
様体上皮から産生され、経線維柱帯流出路(85%)と経ぶどう膜・強膜流出路(15%)から
流出されるので、眼圧はこの産生と流出のバランスにより調整されている。この眼圧が高
くなると視神経障害を発症し緑内障に至る。最近の疫学調査によると日本人では眼圧が正
常範囲(21mmHg 以下)であっても視神経障害が出現する、いわゆる正常眼圧緑内障の患
者数が多いことが明らかになり、健康診断での眼底検査の重要性が指摘されている。緑内
障の治療には房水産生阻害作用を有するチモルトール点眼液に代表されるβ遮断薬点眼液、
経ぶどう膜・強膜流出路からの房水流出促進作用を有するプロスタグランディン点眼薬が
主に処方されている。
点眼剤は水性の一剤形が最も理想の剤形であるが、その他の剤形としては主薬が水に
溶けない場合は懸濁性点眼剤、油性点眼剤あるいは眼軟膏が、主薬が水に不安定な場合は
点眼時前に溶解する用時溶解点眼剤がある。容量から区別すると、二次汚染を防ぐための
防腐剤を含み、1~2週間で使い切る Multi-dose タイプ(5ml 容量がほとんど)と防腐剤
を含まない1回使用で捨てる Unit-dose タイプ(0.3ml~0.5ml)の二つのタイプがある。
点眼液中には主薬のほかに、主薬を溶解するための可溶化剤、水溶液中での安定性を高め
るための安定化剤、等張化剤、緩衝剤、pH 調整剤、防腐剤、粘秱化剤などが含まれる。点
眼剤の処方は有効性、安全性、安定性およびさし心地を考慮して決定される。
点眼容器は識別性や操作性に優れていることが重要である。すなわち、患者さんにと
ってラベルが見やすい表示になっているか、点眼液の残液量が見やすいか、キャップの識
別が容易か、シュリンクラベルやキャップが開けやすいか、お年寄りや握力の弱い患者さ
んでも点眼しやすいか、ということ考慮する必要がある。また、2006 年 6 月の弊社に対す
る脅迫事件を振り返りながら、不正加工防止包装に関して説明する。
点眼による薬物投与は、眼疾患、特に外眼部の疾患には全身投与(経口投与、静脈内
投与、筋肉内投与)に比べて標的組織への薬物の移行量が多く有効である。しかし、点眼
された薬物は涙液で希釈され、瞬目することにより鼻涙管を通じてその 80%近くが排出さ
れてしまう。そして、副鼻腔に達した薬物は効率よく粘膜から吸収されて血中に移行する。
したがって、循環器に作用するβ遮断薬を含むような点眼液は、特にその全身に対する副
作用を防止する上からも、正しい点眼方法を用いるべきである。すなわち、①感染防止の
ための点眼前手洗いを行い、点眼容器の先端が眼瞼や睫毛に触れないようにする、②鼻涙
管への流出を防ぐために、点眼後、閉瞼するか涙嚢部を軽く押さえる、③薬物による接触
性皮膚炎を防ぐために、あふれた点眼液をふき取る、ということが大切である。
ある大学病院の眼科を受診された患者さんでは点眼剤を2剤以上処方されている場合
が 50%以上もあるという調査結果がある。涙液の交換率は約 5 分であることから、2種類
の点眼液の点眼間隔は5分程度あけることがそれぞれの点眼液の効果を確実に得るために
は重要である。
点眼剤での DDS の例として、点眼時溶解型製剤として開発されたカリーユニ点眼液を
取り上げて、その製剤設計について解説する。抗白内障点眼薬として古くから使用されて
きたピレノキシン点眼液は、その開発当初は主薬であるピレノキシンが水溶液中で不安定
であるため錠剤と溶解液の組み合わせの用時溶解型点眼液であった。その後、錠剤を顆粒
に変えた溶解時間を短縮する改良品が開発されたが、依然として用時溶解型であり、水溶
液中での安定性が極めて悪く 25℃保存で 1 週間後には残存率は 93.4%、2 週間では 84.6%
であった。ピレノキシンの物理化学的特性は以下のようなものであった。すなわち、①溶
液状態では不安定、固体状態では安定、②中性からアルカリ性で溶けやすく、酸性では溶
けにくい、③ナトリウム塩になると溶けやすい、であった。この性質を理解したうえで、
緩衝力を有していない pH4 の水性懸濁液の製剤を開発した。この酸性溶液中では主薬のピ
レノキシンは溶解しないので溶けていないピレノキシン、すなわち懸濁状態のピレノキシ
ンは室温で3年間安定である。この点眼液を結膜嚢内に点眼すると、緩衝力を有する涙液
(pH7.4)にふれ pH は上昇し、かつ、涙液中の Na イオンと混ざるので、懸濁ピレノキシ
ンは数秒で溶解する。これを、我々は新しい DDS として「点眼時溶解型点眼液」と名付け
た。
最後に、近年の眼科手術の進歩は著しいが、もっとも普及した白内障手術について、
手術時に用いる粘弾性物質、眼灌流液、眼内レンズのサンプルを用いて解説する。