1- 2012 年 12 月 8 日 関西農業史研究会 地域認識 - ka

2012 年 12 月 8 日
関西農業史研究会
地域認識における風土論復権の試み
大島真理夫
はじめに
・『土地希少化と勤勉革命の比較史』(ミネルヴァ書房、2009 年 )への限界感=「土地希少化」とい
っても、地域における土地利用の具体的なあり方をふまえる必要=風土論をふまえた普遍性への模索
・2010 年 5 月「黒正塾講演会」で、経済史の発展について、「マラソンレース型」、「サファリラリー
型」と言いながら、具体的な用意なし→川喜田二郎「世界農業の 4 大型」への遭遇→報告のきっかけ
1.風土論、地理的視点の展開- 20 世紀前半-
(1)( 例示 )村松 繁樹( 大阪 市立大 学教授)・ 川喜田二 郎( 大阪市 立大学 助教授 )著『 人文地理学入
門』(ミネルヴァ書房、1950・51 年に上下 2 巻本、1954 年に合冊本)。新制大学用の教科書として出
版。【資料①】に目次掲載。
(2)その他の例
(ア)R.ムケルジイ著(綜合インド研究室訳)
『印度農業経済論』
(同研究室刊、1943 年)
(Radhamal Mukerjee,
The Rural Economy of India, London: Lomgmans, Green and Company, 1926) 。ムケルジイ(1889 ~ 1968 年)
は、長くインド・ラクナウ大学で教えた巨人的学者で、経済学、社会学、政治学、文明論、芸術、論
理、道徳、哲学、瞑想、宗教について 50 冊以上の著書がある(G.R.Madan, Radhamar Mukerjee: An Eminent
Scholar, Saint and Social Worker, Radha Publications, 2008) ・・・その農業地理の概観【資料②】、日本の位置
づけ【資料③】
(註は、Walter Weston, "The Geography of Japan," National Geographical Magazine, July 1921.)
(イ)和辻哲郎『風土-人間学的考察-』(1935 年):モンスーン型、沙漠型、牧場型という類型。気候
風土→その地域の人間精神の特徴へ直結。(例)日本:熱帯と寒帯の二重性→しめやかな激情・戦闘的
恬淡。『倫理学』(1942 ~ 49 年)において、発展的に展開。
(ウ)Clarence Fielden Jones, Economic Geography, New York: The Macmillan Company, 1941. 何回も再版され
た標準的教科書か。B5 版サイズで、629 ページ。英国の農場経営例を借用。
2.風土論、地理学批判- 20 世紀後半-
(1)和辻風土論批判:岩波文庫版「解説」(井上光貞)に紹介された批判(資料引用は省略)
①戸坂潤(1937 年)「和辻博士・風土・日本」(戸坂潤全集第 5 巻、勁草書房、1967 年):日本主義イ
デオロギーの最もハイカラな形態、ヨーロッパ的カテゴリーと大和魂的国粋哲学とのミックス、日本
文化・東洋文化は史的唯物論では説明できないことの強調が最後のねらいどころ、自然と人間の心情
との科学的因果関係は関心の外。
②飯塚浩二「地理学の方法論的反省」(1944 年)(同『地理学批判-社会科学の一部門としての地理学
-』帝国書院、1947 年 、所収)・・・「モンスーン型」→人間の社会的・歴史的存在→農業、工業、商
-1-
業的生活様式の比重、「熱帯植民地住民の怠惰・貯蓄心欠如」→熱帯的風土ではなく、植民地政策に
原因。
③高島善哉「風土に関する八つのノート」
(『一橋新聞』1965 ~ 1966 年。同『現代日本の考察』所収、
高島善哉著作集第 4 巻、こぶし書房、1998 年)。高島の問題関心は、階級と民族(ナショナリズム)の
関係。第 5・6 ノートが和辻批判。(ア)自然と文化の関係=解釈されただけ。(イ)歴史的風土的な存在
としての人間=象徴天皇制の基礎づけ。批判としては、戸坂潤と同一。高島の独自性は、生産力論(マ
ルクスの「生産力+生産関係=生産様式」論)への風土論の接続。生産力=人間の自然への働きかけ
→歴史的社会的な人間+社会的自然→生産力理論へ but 方法論的提言以上の展開は見られない。
(2)経済地理学批判:川島哲郎「経済地域について-経済地理学の方法論的反省との関連において-」
(経済地理学会第 2 回大会報告、1955 年 4 月 29 日)(『経済学雑誌』32 - 3・4、1955 年)。(経済地域
について)「それは地表の地質的、地形的構造によって付与されるものでもなければ、地表上に分布
する動植物の被覆によって与えられるものでもない。人種的存在としての人間そのものによって刻印
されるものでさえない。あるいはまた宗教、イデオロギー等々の観念的存在としての人間によって浮
きたたされるものでもない。まさしく人間の経済的活動とこの活動がそのもとでいとなまれる経済的
諸関係によって生みだされるものである。」その例:工業地域、農業地域、鉱業地域、漁業地域、商
業地域;重工業地帯、軽工業地帯;水田地帯、桑畑、畑地;「物質的生産諸力の一定の発展段階に照
応する生産諸関係の総体としての経済地域の基本類型」:社会主義経済地域、人民民主主義経済地域、
高度資本主義経済地域、後進資本主義経済地域、半封建的経済地域、植民地経済地域、半植民地経済
地域等々。地域性とは克服すべき対象:「生産諸力の完全な局地的性格からの脱却、完全な均等配置」。
「地域性の克服こそ、階級の止揚とともに、人類が達成しなければならない、そしてまた達成しうる
二大目標である。この二つの目標の絡みあいを明らかにすることこそ、わが経済地理学に課せられた
最も根本的な課題であるとはいえないだろうか。」
(3)加用信文「日本農法の性格」(『日本農業発達史』第 9 巻、1956 年。参考までに【資料④⑤⑥】。
同『日本農法論』御茶の水書房、1972 年、に再録):第 1 節「農法の東洋的特質について-水田・無
畜 農業の 論理の 検討 -」(水田 ・畑作 対置論 批判= 「農法 のメカニ ズムは共通」、有畜 農業・無畜農
業対置批判=耕耘方法)、第 2 節「自由式農法の意味するもの」、第 3 節「封建制下の主穀式農法-日
本農法の「原型」-」=「西欧の典型的な形態である三圃式よりも遅れた粗放的な一圃式」と規定す
る。
『日本農法論』からの引用【資料⑦】(初出は、「農法の意義」『体系農業百科事典』1965 年):農法
の発展段階(イギリス基準)
3.風土論の新たな展開
(1)飯沼二郎『農業革命の研究-近代農学の成立と破綻-』(農山漁村文化協会、1985 年)
夏季の乾燥度に注目【資料⑧】の 4 類型
問題点:(ア)視点が乾燥湿潤度に限定。(イ)除草への強い関心。(ウ)耕種農業に視点限定=牧畜への無
関心。
-2-
(2)川喜田二郎「(世界)農業の 4 大型」
類型区分の要因
(ア)気候区分:温量指数(WI)=Σ(各月平均気温中 5 ℃以上に出る数値)(0 °~ 240 °以上)と乾
湿指数(HI)= P(年間降水量㎜)÷(WI + 20)[WI100 °以下]or(WI + 140)[WI100 °以上](3.0
°以下~ 10.0 °以上)の組み合わせによる気候区分
(イ)植生の区分
(ウ)土壌の区分
(エ)土地生産力の区分
(オ)農業経営の 4 大型
園芸型:(米作)日本中南部・華南・インドシナ半島・ジャワ・インド連邦、(乾燥地帯のオアシス)
エジプト・スペイン・パキスタン・黄河上流寧
夏
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畑作型:(麦作主穀式農業)ヨ
ーロッパ中部・西部・南部、
中国華北、日本北海道
農牧型:西北ヨーロッパ(ス
カンジナビア諸国)・北部ロシ
ア・シベリア、東部カナダ・
合衆国東北隅の酪農地帯
放牧型:乾燥地帯の遊牧、ツ
ンドラ地帯のトナカイ遊牧
(村松繁樹・川喜田二郎『人
文地理学入門』ミネルヴァ書
房、1950 年。後、『川喜田二郎
著作集』第 2 巻、中央公論社、
1996 年に所収)
4.日英比較
スコットランド・ホワイト
ヒルロック農場
( 1) 摂 津 国 武 庫 郡 西 昆 陽 村 氏 田 家 の 農 業
経営【資料⑨】
総面積
( 2) ス コ ッ ト ラ ン ド ・ ホ ワ イ ト ヒ ル ロ ッ 常設放牧地
ク農場【資料⑩】【資料⑪】【資料⑫】
イングランド・ノーフォー
ク州ウェストウッド農場
525エーカー・210ha100%) 520エーカー・208ha(100%)
385.5エーカー・154.2ha73%)107エーカー・42.8ha(21%)
輪作農地・放牧地114エーカー・45.6ha(22%) 350エーカー・140ha(67%)
羊毛生産に特化した農場(ほとんどの収
入は、羊毛から)
( 3) イ ン グ ラ ン ド ・ ノ ー フ ォ ー ク 州 ウ ェ
森林
20エーカー・8ha(4%)
住居・建築物用地5.5エーカー・2.2ha(1%)
53エーカー・21.2ha(10%)
10エーカー・4ha(2%)
ストウッド農場【資料⑬】【資料⑭】【資料⑮】【資料⑯】
大都市市場に近く、畜産物(肉牛・豚・ニワトリ・鶏卵・牛乳・羊毛)・農産物(小麦・大麦・野菜
( キャベ ツなど)・ 根菜(スウ ェーデ ンカ ブ・飼 料ビー ト・ カブ・ ジャガ イモ・ ニンジ ンなど)の販
売に特化した農場
(4)生産要素投入の比較
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要素投入の日英比較
経営面積
労働力数
摂津国武庫郡西昆陽村氏田家
(寛政4年・1792年)
2.96ha(表作)
2.68ha(裏作)
2.82ha(平均)
家族労働力:2
長年季奉公人:男2.7、女2.0
日傭労働:年間60人程度
合計6.9人/年
イングランド・ノーフォーク州ウェストウッド農場(1930年代)
208ha(農場全体面積)
農業労働者:24人(21才以上16人、21才以下6人)
役畜・農機具
馬16頭
「覚帳」に記述なし(ゼロということ
トラクター、脱穀機(スレッシングマシン)・飼料粉砕機など多くの農機具
ではない)
羊260頭(羊毛用)
収穫
麦(小麦・大麦):250,320kg(作付面積59.6ha×4,200kg:1992年の穀物ha単位
収量の3分2で計算)
子羊350頭:17,500kg(50kg×350頭;羽幌町資料)→枝肉8,750kg(50%)
表作:米(全経営面積換算)70.4
肉牛100頭:70,000kg(1頭700kgで計算。東京都卸売市場食肉市場の資料)→
石・10,561kg(1石150kgで計算)
枝肉42,000kg(60%)
裏作:麦(同上)33.3石・5,000kg(同
豚400頭:40,000kg(1頭100kgで計算。同上資料)→枝肉24,000kg(60%)
上)
ニワトリ300羽:600kg(1羽2kgで計算)
鶏卵:90,000個(300羽×300個)
牛乳:5,475千kg(乳牛300頭×50kg×365日)
カロリー表示
米・麦のカロリー基準:350kcal/
100gと仮定
表作:36,963.5千kcal
裏作:17,500千kcal
合計:54,463.5千kcal
土地:0.052ha(0.3倍)
1,000千kcal当 労働:0.157人(7.5倍)
たりの投入要 役畜(2頭の場合):0.037頭(2.64
素
倍)
農機具:
麦:876,120千kcal(350kcal/100g×250,320kg)
子羊:20,125千kcal(230kcal/100g×8,750kg)
肉牛:147,000千kcal(350kcal/100g×42,000kg)
豚:60,000千kcal(250kcal/100g×24,000kg)
ニワトリ:1,500千kcal(200kcal/100g×600kg)
鶏卵:8,100千kcal(1個90kcal×90,000個)
牛乳:3,832.5千kcal(70kcal/100g×5,475千kg)
合計:1,116,677.5千kcal
土地:0.186ha
労働:0.021人
役畜:0.014頭(馬)
農機具
おわりに
日英比較の含意:日本は労働使用型(英国の 7.5 倍)かつ家畜使用型(英国の 2.64 倍)、英国は土地使用
型(日本の 3.3 倍)
農業の要素投入パターンに類型設定の必要:単純に、農業=「労働使用型」という規定は出来ない(『土
地希少化と勤勉革命の比較史』への反省)
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