応用言語学演習Ⅱa 春学期レポート課題 障害科学類 2 年 S.M Kanazawa, Y. (2015). Do Listening and Oral Reading of Visually Presented English Words Affect Implicit Lexical Recognition Memory? : An Empirical Study With Japanese Learners of English. ARELE : annual review of English language education in Japan, 26 , 141-156. Abstract ■本研究の目的は、日本人英語学習者の偶発的な L2 単語レベルの記憶跡形成における音読・リスニング・ 繰り返しの効果を明らかにすることである。 ■偶発学習の枠組みの下で実験的手順を用いて、 英語の熟達度の高い 32 人の参加者を個別にテストした。 ■韻決定タスク 1は学習中に利用され、認知テストはテスト中に実行された。 ■認知テストから挙がったデータは記憶パフォーマンスを測るために収集・分析された。 ■学習中に大きな声での音読を指示された単語は、記憶テストでかなり高い得点を出した。 ■視覚と聴覚の両方に同時に示された単語は、記憶テストでかなり低い得点を出した。 ■音読は L2 単語レベルの記憶跡を強固にする。 ■リスニングに特有の状況で見られた否定的な結果から、結果に影響する更なる 2 つのあり得る要因を説 明できると考察された。 1. Introduction 1.1 Quality of Processing ■語彙獲得は EFL における最重要トピックの一つで、その成功の基本となる人間の記憶の認知メカニズム を調査することが大切だ。 ■Tulving(1985)をはじめとした多くの研究によって、リコールテストや認知テストなどの記憶テストにお いて、言語刺激を処理する異なる状況は異なる記憶跡の強さを生むとわかっている。 ■より強い記憶跡を形成する要因に、目的項目の提示頻度による処理の量と、LoP モデル 2に示されるよ うな質的に深い処理をたどった目的項目は長期記憶に保存されるという処理の質が挙げられる。 ■LoP モデルでは、ある項目を一度の出会いの中でどれ程精密かつ十分に符号化してより強い記憶跡を形 成するかが重要な要因となり、同じ処理段階の中で起こる異なる処理ではその精密さが異なるため記憶跡 の程度も異なる。 1.2 Variety of Phonological Processing ■音韻的処理と記憶の間には関係性があることが先行研究により示されている。 ■先行研究の中には、音韻的過程は意味的過程よりも効果が低いとされるもの(Craik & Tulving, 1975 / Craik & Watkins, 1973)がある一方、繰り返しや記憶テストの音韻的特徴づけによってその効果が逆転す る可能性を示すもの(Nelson, 1977 / Morris, Bransford, & Franks, 1977; Tajika, 2000)もある。 ■音韻的段階の中にも様々な処理があるとし、その効果を詳細に調べる必要がある。 ■本研究では、韻決定タスクにおいて、視覚的に表示される単語を大きな声で読むよう指示されたり、聴 覚的表示を伴わせたりしたら、記憶パフォーマンスに異なる効果があるかを調査する。 1.3 Vocabulary Acquisition and Phonological Processing ■L1 の獲得において、新しい語彙を学ぶ際、音韻的過程の能力は重要であり、音韻的ワーキングメモリー は新しい語彙の学習に直接的に関わる(Gathercole & Baddeley, 1993)。 ■先行研究では、L2 獲得や外国語語彙学習では音韻的知識の使い方や音韻的記憶体系が重要で、音韻的側 面を含むであろう語形的側面は無条件に獲得されるので、偶発的学習は音韻的側面から起こりやすいとさ れる。 1.4 Purpose, Research Questions of the Study ■本研究の目的は、英単語処理の異なる音韻的側面が日本人英語学習者の偶発的な記憶跡形成に影響する のかどうか、そしてそれがどのように行われるのかを調査することである。 ■本研究の RQ は、視覚的に示された英単語の音韻的処理を伴う音読(OR)や同時的リスニング(SL)は、偶 発的な L2 単語レベルの記憶パフォーマンスにおける良い効果あるいは悪い効果をもたらすのかである。 1 Craik & Tulving(1975)が用いた、参加者が 2 つの表示された単語が互いに韻が合うかどうかを判断するタスク。当 時は実際に音を聴いたり話したりすることはなく明白な音は用いられなかった。 2 The levels of processing の略。構造的処理、音韻的処理、意味的処理の順に深い処理となり、記憶に残りやすくな る。 ■RQ を調査するにあたり、以下の異なる 4(2×2)つの状況が立てられた。 (a)視覚的かつ聴覚的に示される単語の音読(OR+SL+) (b)視覚的かつ聴覚的に示される単語の黙読(OR-SL+) (c)視覚的に示される単語の音読(OR+SL-) (d)視覚的に示される単語の黙読(OR-SL-) 2. Method 2.1 Participants ■実験において英語の高い熟達が見られた 32 人の日本人が対象(多くが大学院生/男性 14・女性 18 人 /平均年齢 33.34 歳:標準偏差 11.56/TOEIC の平均得点 759.33:標準偏差 184.35) 2.2 Materials ■実験に使われた単語は Yokokawa(2006)のよく知られている単語の一覧から選ばれた。 ■96 の目的単語は 4 つの条件群に再分割された。 ■各群の間に形(文字数) 、音(音節数) 、意味(BNC 3の頻度と親近度)に着目して大きな違いはない。 ■選ばれたすべての単語は 1 音節で 3 文字、4 文字、5 文字のいずれかで、その割合は各群の間で均等化 されている。 ■統計的分析では親近度に着目して 4 つの条件群の中に大きな違いを検出しなかった。 ■それぞれの目的刺激は、韻決定タスクの実行に必要なために先に表示される 1 つの単語と組み合わされ た。 ■先行表示単語は全て高頻度の動詞で、半分が目的単語と同韻を含み、もう半分は含まないとの基準で選 ばれた。 ■テスト中の誤答選択肢としての 96 の別の名詞も、学習中の目的単語とは異なりかつ同じ規則の下で選 ばれた。 ■目的単語と誤答選択肢の親近度、頻度に関して各群の間に大きな違いは検知されなかった。 2.3 Procedure ■実験は個別に行われ、学習中と試験中の 2 つで構成された。 ■学習中の韻決定タスクでの 4 つの学習形態の順番は参加者間で様々で、先行表示単語は 1600 ミリ秒間、 目的単語は 3000 ミリ秒間、この順で提示された。 ■音読が含まれた 2 つの状況(OR+)では、状況ごとに異なるタイミングでビープ音が流された。 ■参加者は韻を含むと思った場合は B キー、含まないと思った場合は N キーを押した。 ■参加者には、単語の意味は考えず、2 語が互いに韻を含むかどうかを決めることに集中するよう指示さ れた。 ■学習時間を終えて 3 分間の休憩後、学習中に参加者に知らせない形で視覚認知テストが実施された。 ■参加者は提示単語を学習中に見たと思った場合は B キー、見ていないと思った場合は N キーを押した。 2.4 Data Analysis ■従属変数を認知テストでのそれぞれの条件における正しい反応の割合とした。 ■反応時間は認知的処理の稼働時間を計測するデータを得るために収集・分析された(e.g. Jiang, 2012)。 ■独立変数を学習中における符号化の 4(2×2)つの異なる音韻的方法として分析した。 3. Results ■認知テストの問題への正答割合は音読がある場合に高く、同時的なリスニングがある場合に低くなった。 ■認知テストの問題における反応時間は同時的なリスニングを伴う場合に長くなった。 ■同時的リスニング主作用は大きいと明らかになったが、音読の主作用はそれほど大きくはなかった。 4. Discussion 4.1 Positive Effect of Oral Reading British National Corpus の略。イギリスの多くの学術機関や出版社が参加し設立された連合が管理する大規模な電 子データベースのこと。 3 ■正答の割合から、大きな声での音読は視覚的に示される単語の偶発的な記憶跡をより強める。 ■この結果は、視覚的に示された単語の音読はより高次の処理活動でその単語の精密な心的表象がつくら れるとする先行研究によって説明できる。 4.2 Negative Effect of Listening? ■リスニングが学習中に目的単語の音韻的処理と同時に起こるとき、反復プライミング効果 4 は認知タス クの段階で弱められたり失われたりした。 ≪4.2.1 Sound as a distracting factor≫ ■視覚と聴覚の同時に起こるインプットは、認知的に 2 つの符号をつなげることでその刺激をより確信的 に音韻的に表出するという結果になることを期待することがもっともらしい。 ■しかし、複数の言語的刺激が同時に符号化されるときに働く選択的注意によって、どちらのインプット の方法も無視されたり、他の刺激現象に干渉されたりし、認知テストでの記憶における悪い影響につなが る。 ■また、日本人 EFL である参加者が聞いた発音と自分自身のカタカナ発音の知識が異なった(Otaka, 1998)ため、聴覚的にインプットした情報を語彙項目を思い出す手がかりとして使わなかった可能性がある。 ≪4.2.2 Transfer appropriateness≫ ■LoP に矛盾する TAP 5によると、記憶パフォーマンスは単語を再認する状況が単語を符号化する状況と 一致するときにより高くなる。 ■テスト時は視覚的表出のみだったため、聴覚的記憶跡はあったとしても使われなかった可能性がある。 ■TAP 検知時に、最も強い反復プライミング効果が検出された先行研究(Franks, Bilbrey, Lien and McNamara, 2000)は、本実験での反応時間と反復プライミング効果の結果に合致する。 5. Conclusion 5.1 Summary of Key Findings ■本研究では、以下に示されるように音韻的処理水準の中に精密さの違いがあることが明らかとなった。 (a)視覚的に表示された単語の音読はより強い付随的な語彙の記憶跡の形成をもたらす。 (b)単語に対する同時の読みとリスニングはより強い付随的な語彙の記憶跡の形成に効果がない。 (c)音読することは書かれた単語を聞くよりも強い付随的な語彙の記憶跡をより強くもたらす。 5.2 Pedagogical Implications ■日本の英語教育において軽視されがちな音読は、付随的記憶跡形成における効果的な活動で無意識的な 語彙学習においても効果があるので、教師によって推奨されるべきである。 ■音読ではより軽い認知的負荷でのより精密な処理が可能で、意識的にでも無意識的にでもインプットの 長期的記憶保持がなされる。 ■単語の意味に多大な注意を向けないときに音読の効果が存在するので、重要単語は大きな声で大規模に 読むこともまた奨められる。 ■音読は授業だけでなく個人的な学習においても活用されるべきだ。 ■教師は生徒に語彙項目を覚えさせる際、英単語の視覚的・聴覚的な同時提示は注意を削ぐので回避すべ きだ。 ■4.2 で示されたことから、教師は生徒に英語の正しい発音を教えたり触れさせたりすることが重要であ る。 5.3 Further Study ■音韻的側面は、L2 語彙処理の広い理解と記憶が結合し他の深い処理と統合されたときのみ 2 つに寄与す る。 ■意味的処理などのより深い水準の処理と、音韻的表現と単語のより深い特徴との間にある関係性を、よ り精密に研究する必要がある。 ■今後の研究では、本研究での発見と第二言語語彙処理・獲得のメカニズムのより深い理解をつなげるこ とが期待される。 4 5 前もって提示した情報が再度提示されることで処理が促進されること。 転移適応性処理のことで、Morris, et al.(1977)が報告した。 論文に対する自分の考察 本論文における調査結果では、英単語を同時に見聴きすることはその単語を記憶に残す効果が低く、語 彙形成につながりにくいことがわかった。一方で、4.2.1 において同時的リスニングは日本人英語学習者に 特有の現象として、自分の英語がカタカナ語的な発音になってしまうがために、聴いた単語と既知の単語 情報を結びつけることができなかった可能性が示唆され、5.2 でこの解決には生徒がより本物の英語の発 音を学んだり触れたりする機会の重要性が述べられている。 では、実際の学校現場で、生徒の語彙形成を効率よく行いつつ、発音にも十分気を配った授業はどのよ うにつくられるべきなのだろうか。自分が受けてきたこれまでの英語の授業でもよく経験した、英単語が 表示されたカードを教師が一枚ずつ発音しながら見せ、それに続いて生徒が音読する、という手法は多く の学校でも用いられてきたのではないだろうか。しかし、本論文の結果から、この方法は英単語を視覚的 かつ聴覚的に同時に示しており、生徒の語彙を増やすことに効果的にはつながっていないと考えられる。 研究データでは、視覚的に示された英単語に同時的な聴覚的刺激がなくかつ音読するという条件において、 参加者がより多くの語彙を記憶することができていたことを鑑みれば、英単語が表示されたカードを教師 が読まずに提示し、生徒に音読させるというのが以上の方法を工夫するのであれば効果的なのではないだ ろうか。ただし、これだけでは生徒が正しくない発音やネイティブとはかけ離れた発音で音読してしまい、 実験内で指摘されたように聴いた単語と既知の単語情報との連結が難しくなる可能性がある。これに対し ては、前もって単語に対する発音意識を高めるような機会、たとえば文章を生徒が音読する際に教師が発 音への訂正を入れたり、単語を覚える作業としてではなく単語の発音を理解する作業として教師が単語と 発音記号が書かれたカードを提示して発音しリピートさせたりするなど、何を目的とした活動なのかを分 けて授業を構成する必要があるだろう。 一方で、今回の実験は、英語の熟達度が高い日本人学習者が対象であり、馴染みの深い英単語の異なる 提示条件による記憶への影響を調べた。つまり、参加者にとってその英単語が新出単語ではなかった可能 性が大いにある。認知テストにおいては、実験での学習中にその単語が提示されていたか否かを参加者に 問うものであったが、そもそも持っていた語彙知識も少なからず使用された可能性があり、この可能性に は良い方向に影響したものと悪い方向に影響したものの両方が考えられる。良い方向に影響した可能性と しては、提示された単語がよく知っているものであったために、その単語に対する抵抗感が少なかったこ とと、発音を分かっていたために音読がスムーズに進んだことが挙げられる。反対に、馴染みのある単語 を使用したことによって、自分がこれまでに獲得した語彙知識が認知テストにおける判断をぶれさせたと いう、悪い影響を与えた可能性も否めないのではないだろうか。 以上の実験での参加者・使用語彙、そしてそれに伴う可能性は、実際の学校現場における生徒の語彙知 識拡大に関わるだろう。日本の英語教育現場においては、英語を学校ではじめて学習する者も多く、生徒 の英語熟達度は低い。彼らの多くにとっては、教科書に出てくる単語、特に新出単語は馴染みの深いもの ではない。これらのことは、本論文内の実験条件とは異なるものなので、この結果を学校現場にそのまま 活用することができるのかどうかは考えなくてはならない事項である。学習者がはじめて見る単語に対し てどのような提示方法・記憶方法が最も有効であるのかについて、直接的に調べることのできる実験を踏 まえた更なる研究が必要であると考える。 また、今回の実験は視覚表示の英単語が条件として必ずあるものだった。しかし、個人の間で、目から 入った情報を記憶するのが得意な場合と耳から入った情報を記憶するのが得意な場合があるという、前提 としてある条件がすでに得意・不得意に関わっている可能性も考えられる。現代は、授業をクラスにいる 生徒全員にとってより分かりやすいものとするためのユニバーサルデザイン化がますます求められている。 今後は、様々なアプローチからの研究を試み、ある条件・行動が英単語の処理や記憶にどう影響するかを 調査することに加え、実際の学校現場においては、それらの研究結果から分かったことをもとにしながら、 生徒一人ひとりやクラス全体の傾向・特徴・実態を把握した上で彼らにとってはどのような方法がより効 果的なのかを考慮する必要があるのではないだろうかと考える。
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