医療事故調査制度における産婦人科死亡事例の 報告に関する基本的な

産婦人科医会・学会の医療安全担当者のための
医療事故調査制度における産婦人科死亡事例の
報告に関する基本的な考え方
日本産婦人科医会・日本産科婦人科学会
平 成 28 年 1 月
医療事故調査制度における産婦人科死亡事例の報告に関する基本的な考え方
日本産婦人科医会・日本産科婦人科学会
平成 28 年 1 月
医療事故による死亡事例の原因分析には、医学・医療の高い専門性が求められることか
ら、医療事故は医療者自らが調査し原因を解明することが必要である。医療事故調査制度
(以下、本制度)はこのことを制度付けたものである。しかし、一方、本制度では患者遺
族は第三者機関に報告することができず、そのため遺族が警察へ告訴すれば、医療事故の
捜査や調査に警察・司法当局が関与する可能性が残されている。したがって、医療事故に
よる死亡事例が起これば、その報告の必要性の有無は、報告の基準に基づいて判断される
が、その際、遺族も当事者である医療者も納得している必要がある。そして、報告された
死亡または死産事例が、それぞれの施設による医療事故調査委員会あるいは第三者機関で、
公正に原因分析が行われ、遺族も国民もそして医療者も納得するように、運営され、本制
度が定着することが、医療事故に対する警察・司法の介入の必要性をなくすために、最も
重要と考えられる。
本制度はまず、制度で定められた類の医療事故を“医療事故調査・支援センター(日本
医療安全調査機構)”に報告することから始まる。そこで問題となるのが個々の死亡症例
が定められた類の医療事故に該当するかどうかの判断である。その判断は管理者に委ねら
れているとはいえ、実際は報告すべきかどうか迷う例も多々あると思われる。そこで、日
本産婦人科医会と日本産科婦人科学会は、合同で「本制度に対する医会と学会の基本的な
考え方(報告すべき事例かどうかの考え方)
」を作成した。
但し、ここに示す基本的な考え方は、あくまでも助言を求められた支援団体またはその
協力者として、管理者に助言する産婦人科医会・学会の医療安全担当者の参考になるよう
に作成したものである。最終的な判断は、助言者の考え方を参考にして、病院等管理者が
行うものである。
医療事故に遭遇した場合、医療事故調査・支援センターへの報告の要否を適切に判断す
るために、都道府県産婦人科医会等の医療安全担当者は、予め、地域の産婦人科医及び産
婦人科を有する病院の管理者に、支援団体に相談することを強く勧めていただきたい。な
お、本制度はわが国初めての制度であり、本年 6 月には見直しが予定されている。この「考
え方」は現時点のものであり、最終的のものではない。今後必要があれば、さらに良いも
のに修正していく予定である。
なお、本制度においては病院等管理者が医療事故調査・支援センターに報告をしないと
決定した医療事故については、遺族はセンターに事故調査を依頼することができない。そ
のため、遺族が死亡または死産の原因究明を強く望む場合には警察に届け出る可能性があ
る。このように、医療事故事例をセンターに届けないとの判断に関して、遺族の納得が得
られない事例については、病院等管理者はセンターに報告する方がより良い対処となる場
合もあることを念頭に入れておくことが大切である。
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医師法 21 条に基づく警察への届け出についての現時点の学会と医会の考え方は以下の
とおりである。
異状死として警察に届け出なければならない事例
(医師法 21 条によるもの)
○ 施設管理に関連するもの
(火災等に関連するもの、地震や落雷等、天災によるもの)
○ 自殺(本人の意図によるもの)
○ 院内で発生した殺人・傷害致死事件
○ その他の事故死・不審死など
(通常の診療関連死は含まれない)
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省令
<報告すべき医療事故に関する省令と通知>
平成 27 年 10 月 1 日から改正医療法に基づく医療事故調査制度(以下、本制度)が開始
された。医療事故調査(以下、事故調)の対象となるものは、医療に起因し、又は起因す
ると疑われる死亡または死産で管理者が予期しなかったもの、と厚労省令で定められてい
る。過誤の有無は問わない。また、通知では、事故調への報告対象となる「医療」の範囲
に含まれるものとして、手術、処置、投薬及びそれに準じる医療行為(検査、医療機器の
使用、医療上の管理など)が考えられ、制度における事故調の対象とはならない具体例と
して、施設管理に関連するもの、併発症(提供した医療に関連のない、偶発的に生じた疾
患)
、原病の進行、自殺(本人の意図によるもの)
、その他院内で発生した殺人・傷害致死、
等を、挙げている。
また、本制度では、省令で、予期されていたものとして以下の事項を挙げ、そのいずれ
にも該当しないと管理者が判断したものが報告の対象とされている。
一
管理者が、当該医療の提供前に、医療従事者等により、当該患者等に対して、当該死
亡又は死産が予期されていることを説明していたと認めたもの
二
管理者が、当該医療の提供前に、医療従事者等により、当該死亡又は死産が予期され
ていることを診療録その他の文書等に記録していたと認めたもの
三
管理者が、当該医療の提供に係る医療従事者等からの事情の聴取及び、医療の安全管
理のための委員会(当該委員会を開催している場合に限る。)からの意見の聴取を行
った上で、当該医療の提供前に、当該医療の提供に係る医療従事者等により、当該死
亡又は死産が予期されていると認めたもの
但し、予期については、一般的な死亡の可能性についての説明や記録ではなく、当該患
者個人の臨床経過等を踏まえて死亡が起こりえることについての説明及び記録であるこ
と、適切な説明を行い、医療受給者の理解を得るように努めること、が求められている。
事故調で報告の対象となる基本的要件は以下の 2 つである。
1.「医療に起因する(疑いを含む)死亡又は死産」
且つ
2.「死亡又は死産を予期しなかったもの」
3
死産
<死産事例に関する考え方>
本医療事故調査制度では、「病院、診療所又は助産所の管理者は、医療事故(医療行為
に起因し、または起因すると疑われる場合で、かつ、当該医療機関の管理者が予期しなか
った死亡及び死産事例)が発生した場合には、医療事故調査・支援センターに報告しなけ
ればならない」とされている。
○ (通知)では、ここで言う「医療」の範囲に含まれるものとして、手術、処置、投薬
及びそれに準じる医療行為(検査、医療機器の使用、医療上の管理など)が考えられ
る、とされているが、死産については特に以下の通知がなされている。
死産についての通知:
 「医療に起因し、又は起因すると疑われる、妊娠中または分娩中の手術、処置、
投薬及びそれに準じる医療行為により発生した死産であって、当該管理者が当
該死産を予期しなかったもの」を管理者が判断する。
 人口動態統計の分類における「人工死産」は対象としない。
※ 死産についてのみ特記された通知には、意識的に前述医療行為の後の(検査、
医療機器の使用、医療上の管理など)が省かれている。これは、事前に医会
と学会が厚労省に対し、
“死産には妊娠経過中の突然の胎児死亡が非常に多
く(約 2000 例)含まれるため、これを報告対象としないことを要望し、そ
れが受け入れられた結果である”
。
○ 死産の定義
ICD-10 には、死産は胎児死亡と表示され、妊娠期間に拘わらず受胎による生成物が母
体から完全に排出されるに先立って胎芽・胎児が死亡した場合と定義されているが、死産
証書は 12 週以降の死産児に発行される。従って、本制度で報告の対象となる死産は妊娠
12 週以降の事例とされている。
以上を鑑み、医会と学会は、本制度上医療事故調査・支援センターに報告すべき死産事
例についての考え方を、支援団体に協力する都道府県産婦人科医会等の参考として整理し
た。次頁以下にその例を挙げ“注”として解説を加える。
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死産
I. 報告対象とならないと判断される死産の例
(1)
「医療行為に起因しない」死産
1. 定期妊婦健康診査等の外来診療でたまたま見つかった胎児死亡注 1
2. 原病の進行注 2
 常位胎盤早期剥離による胎児死亡
 妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病などの産科合併症・産科異常による胎児死亡
 胎児異常(先天異常・多胎)による胎児死亡
 臍帯・胎盤の異常による胎児死亡
 胎児の未熟性に伴う妊娠早期の死産
3. 併発症(提供した医療に関連のない、偶発的に生じた疾患)による胎児死亡
注1
外来診療で診断された胎児死亡のみでなく、入院管理中の胎児死亡も含まれる。
注2
胎児の状態悪化を示唆する所見を認めていない状況で発生したものが該当する。
状態悪化が懸念される直接的な症候を認め、経過観察中あるいは予後改善のため
の医療介入中に胎児死亡が発生した場合には、医療に関連していると判断され報
告の対象になることがある。但し、胎児死亡の可能性などが十分に説明され、記
録されていれば「予期していた」と判断され報告の対象にならない可能性が高い。
(2)医療行為に起因するが、事前に「予期した」として説明・記録がなされていた死産
1. 羊水・絨毛検査、胎児採血による胎児死亡注 3
2. 胎児および胎盤等の手術を含む治療中または術後の胎児死亡注 4
3. 外回転中の胎盤早期剥離等による胎児死亡注 5
4. 妊娠中の外科的手術や浸襲的検査等による胎児死亡注 6
注 3 羊水・絨毛検査における羊水穿刺・絨毛採取や胎児採血は一定頻度で流産や胎児
死亡を合併することが知られている。検査前に流産や胎児死亡の発生する可能性に
ついてその頻度を含め、適切に説明され、同意が得られている場合には「予期され
ていた」と判断され、報告の対象にならないと考えられる。これらの検査は、元来
胎児死亡のリスクがあり、それを承知した上で患者の希望で施行されるものだから
である。なお、説明内容は診療録に記録しておくとともに、同意書の取得も必要で
ある。
注 4 胎児治療の対象となり、臨床的に有用性が認められている疾患がある。以下に示
す胎児治療法には侵襲性があり、一定の頻度での胎児死亡のリスクを伴う。胎児治
療実施に際し、事前に胎児死亡や流産の発生する可能性についてその頻度を含め、
適切に説明され、同意が得られている場合には「予期されていた」と判断され、報
告の対象にならないと考えられる。なお、説明内容は診療録に記録しておくととも
に、同意書の取得も必要である。以下に例を挙げる。
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死産
胎児貧血:胎児輸血
双胎間輸血症候群(TTTS):胎児鏡下レーザー手術
胎児胸水:胸腔・羊水腔シャント術
胎児頻脈性不整脈:経母体抗不整脈薬
無心体双胎:ラジオ波凝固術など
下部尿路閉鎖:膀胱・羊水腔シャント術など
注 5 胎位異常に対して外回転術が行われるが、その手技が常位胎盤早期剥離の原因と
なることがある。同手技を行う前に、胎児死亡の発生する可能性についてその頻度
を含め、適切に説明され、同意が得られている場合には「予期されていた」と判断
される可能性があり、報告の対象にならないと考えられる。なお、説明内容は診療
録に記録しておくとともに、同意書の取得も必要である。
注 6 妊娠中に母体の治療が優先される状況で外科的手術や侵襲的検査が行われること
があり、その手術や検査が、胎児死亡や流産につながる可能性がある。このような
場合についても具体的に胎児死亡などの発生する可能性についてその頻度を含め、
適切に説明され、同意が得られている場合には「予期されていた」と判断され、報
告の対象にならないと考えられる。なお、説明内容は診療録に記録しておくととも
に、同意書の取得も必要である。
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死産
II. 報告対象と判断される死産の例
(医療行為に起因しまたは起因したと疑われ、しかも予期できないと考えられる事例)
1. 妊娠中の薬剤投与に起因する胎児死亡注 7
2. その他、何らかの医療行為に伴った予期せぬ胎児死亡
注 7 アナフィラキシーショック等薬剤投与によって発生した有害事象に伴って胎児死
亡が発生した場合は「医療に起因する」と判断され、かつ「予期されていない」場
合は、報告の対象と考えられる。一方、その薬剤が医学的に胎児死亡を起こす可能
性が十分に考えられるが、母体に対して投与が必要で、投与前に胎児死亡の可能性
について適切に説明が行われ、同意が得られていた場合には「医療に起因する」が
「予期されていた」と判断され、報告の対象にならないと考えられる。また、その
薬剤が胎児死亡を起こすことが医学的に非常に考えにくい場合には、「医療に起因
しない」偶発的な胎児死亡と判断され、報告の対象にならないと考えられる。
III. 報告の要否を個々に検討すべき死産の例
1. 分娩中に発生した胎児死亡注 8
2. 母体適応・胎児適応で行った急速遂娩(鉗子・吸引分娩、子宮底圧迫法、帝王切
開)に関連した胎児死亡注 9
注 8 報告対象となる死産事例に関しては、妊婦健診で偶然発見される胎児死亡の数が
約 2,000 例と非常に多く、本制度の対象とすることが適切でないとの判断から、死
産に限っては“医療管理”を“医療行為”に含めないとの見解で厚生労働省と合意
している。しかし、
“分娩管理”に限っては“医療行為”に含まれる可能性があり、
病院等管理者が“分娩管理”に起因したまたはその疑いがあると判断する場合は、
胎児死亡または死産を予期したかどうかで、報告すべき事例かどうかの判断が分か
れる。
① 「予期した」と判断される可能性が高い例
 胎児の状態悪化の徴候が明らかで、診療担当者がそれを認識し、急速
遂娩などの対処を行ったが間に合わず死亡した様な例で、その説明が
適切に行われていた、と管理者が判断した場合
 合併症やリスク因子のため、分娩中の胎児死亡の可能性があり、その
ことを適切に説明され同意が得られている、と管理者が判断した場合
②「予期しなかった」と判断される可能性が高い例
 分娩中適切なモニターが行われず、胎児死亡・死産に至った、と管理
者が判断した場合
 陣痛促進薬の投与中の胎児死亡で、胎児死亡のリスクを高める特段の
理由もなく、その可能性について説明されていなかった、と管理者が
判断した場合
注 9 急速遂娩の適応が胎児状況の悪化で上記の①に該当するような症例は、
「予期して
いた」と判断される可能性が高い。
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手技施行前の胎児に死が逼迫しておらず、高度の胎児機能不全以外の適応で施行さ
れた急速遂娩術では、「死産を予期していた」とは判断されず、かつ「医療行為に
起因するまたは起因する疑いがある」と判断され、報告の対象となると考えられる。
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妊産婦死亡
<妊産婦死亡事例に関する考え方>
妊産婦死亡は、一部の例外を除き、ほとんどの事例は基本的に報告の対象になると考え
られる。
○ 報告対象とならないと判断される妊産婦死亡の例
(1)
「医療に起因しない」事例
1. 原病の進行注 1

悪性疾患(胃癌、尿管癌、悪性リンパ腫、骨髄異形成症候群、等)合併妊娠
における悪性疾患の進行が原因となった死亡

脳血管異常や重症心疾患などを合併した妊娠で、原病の悪化が原因であるこ
とが明らかな死亡(死亡後に明らかになった事例も含む)
2. 重篤な産科合併症の悪化
産科合併症の診断が確定した後に、医療介入の余地なく、原疾患が悪化して妊産
婦死亡に至ったことが明確な事例(全く医療管理に起因しないと判断されるもの)
注 1 原疾患の診断が確定した後、原疾患の治療中ないし経過観察中に、原疾患の悪化
によって妊産婦死亡となった場合、妊産婦死亡としては「提供した医療に関連のな
い」と考え、「医療に起因する」死亡には該当しないと判断され、報告対象となら
ない可能性が高い。ただし、事前に原疾患における考えられる経過と対応について
適切な説明が行われている必要がある。一方、現疾患の治療を担当した医療者(他
科)には、当該死亡がその医療管理に起因したかどうかの判断を行う必要が生じる。
(2)医療に起因するが、
「予期した」として説明・記録等がなされていた事例
1. 極めてリスクの高い症例(前置癒着胎盤など)で帝王切開が必要であり、しかる
べき施設において、輸血用血液や麻酔医確保等十分な準備の下、かつ、大量出血
のリスクについて充分な説明と同意の下で行われた手術の事例など
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妊産婦死亡
○ 報告の要否を個々に検討すべき事例
1. 上記に該当すると明瞭に判断できない事例は個々に検討を要するが、基本的には
報告する方向で考える方が良い(第三者の監督下で原因を緻密に分析することで、
患者家族の納得が得られ易くなると考える)
。
☆
本制度においては、管理者が医療事故調査・支援センターに医療事故の報告をしな
い限り、遺族はセンターに事故調査を依頼することができない。妊産婦死亡は発生
頻度が極めて低く(2 万分娩に 1 件程度)、大多数の施設は取り扱い経験に乏しい。
また、医事紛争となる可能性も高く、遺族が妊産婦死亡の原因究明を強く望む場合
には遺族側が警察に届け出る可能性がある。このような遺族の納得が得られない事
例については、センターに報告する方がより良い対処となることもある。
☆
日本産婦人科医会では、厚労科研研究班(池田班)との共同事業として妊産婦死亡
症例の登録および原因分析・再発防止のための継続的取組を行っている。妊産婦死
亡は原因や経過を問わず全例、日本産婦人科医会の登録事業に報告する必要がある。
症例検討評価報告書が作成され、医療機関に送付されるが、遺族に開示する必要は
なく、医療機関の再発防止に役立てることが目的である。
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新生児死亡
<新生児死亡事例に関する考え方>
○ 新生児の死亡に関しては仮死で出産したなど分娩管理に関連する事例は、死産事例に
関する考え方を踏襲する。
○ 致死的な先天異常などは報告対象とならないと考えられる。
○ 乳幼児突発性危急事態などは医療に関連したかどうかが分かりづらく、予期せぬ死亡
に該当するので報告する方が良いと考えられる。
○ その他の例については、小児科領域の専門団体と協議した上で考え方を示す。
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