新しい医療事故調査制度・・・・死因究明と再発防止を根付

ディスカッション・ペーパー:
2014 年 10 月 18 日(土)午後、京都リサーチパーク(京都市中京区)において、
「医療事故調査制度の
発足と医療現場の対応」と題するフォーラムを開催します。フォーラムでは、制度についての賛否ではな
く、当該制度をいかに運用するか、育てていくかという視点から建設的な議論を行いたいと考えておりま
す。
今月号では、講演者の皆様から、フォーラムでの議論の視点等について整理いただきます。
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「新しい医療事故調査制度・・・・死因究明と再発防止を根付かせる」
石川 寬俊
関西学院大学教授、弁護士
1.医療事故調査制度をめぐる動き
さる 6 月 18 日、平成 27 年 10 月 1 日施行の医療法改正による、第三者医療事故調査機関の設置を含む新
たな医療事故調査制度が発足した。ここに至る約 10 年の経過がある。
平成 11 年、横浜市立大学病院での患者取り違えや都立広尾病院での消毒液誤注入事件など、世間の耳目
を集めるような医療過誤事件があい次ぎ、医療関係者が医師法の異状死届出義務違反や刑法の業務上過失
致死罪で起訴されるという事態が起きた。その中で平成 16 年 4 月 13 日最高裁判決は当該医師が診察して
いた患者が医療事故により死亡した場合も届出義務の対象であると明示した。平成 10 年頃から増加しつつ
あった医療事故の立件送致件数が平成 17 年前後には 100 件近くになり、刑事裁判での有罪件数もその大部
分は略式命令の罰金であるとはいえ、平成 17 年には 47 件に至った。医師法 21 条による異状死の届出は、
平成 9 年には 7 件であったが、最高裁判決が出た平成 16 年には 255 件にも達した 1 が、同条の届出義務の
範囲をめぐって医学界の議論があった。
平成 16 年 9 月、日本医学会傘下の 19 学会から「診療行為に関連した患者死亡の届出について-中立的専
門機関の創設に向けて」との共同声明が発表され、届出制度の統括は警察検察機関でなく第三者からなる
中立的専門的機関が望ましいと、その創設を提唱した。平成 19 年 4 月厚労省に「診療行為に関連した死亡
に係る死因究明等の在り方に関する検討会」が設置され、平成 20 年 6 月に医療安全調査委員会設置法案大
綱案が公表されたが、委員会が死因の解明を行った上で重大な過失行為について警察への通知を行う(警
察庁・法務省と合意した)との点で、医学界の反発は極めて強く、政権交代による民主党が大綱案に沿っ
た法制化は行わないと方針を示したことで、立法の動きはしばらく止まっていた。
平成 24 年 2 月に厚労省の「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」が設置され、第
三者機関から警察への通報は行わず医師法第 21 条には手をつけない医療事故調査制度がとりまとめられ、
同 25 年 11 月の社会保障審議会医療部会の了承を経て、今年の国会に医療法の改正法案が提出され、よう
やく 6 月に法案成立にこぎつけた。
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2.改正医療法の内容(6 条関係)
医療法第 6 条に 10、11、15~27 の枝番を追加する改正法で、わかりづらい条文であるが、日経新聞に掲
載された別表「医療事故調査の枠組み」が簡便である。
その概要は、病院等の医療機関と第三者機関(医療事故調査支援センター)との関係が基本で、
Ⅰ-病院等の管理者は、医療に起因すると疑われる事故が発生すれば、
①医療事故調査支援センターに報告(届出)、
②遺族等にあらかじめ説明(以上、6 条の 10)
、
Ⅱ-病院等の管理者は、医療事故が発生した場合は、
①原因を明らかにする調査を行う、
②調査を行うに医療事故調査等支援団体へ必要な支援を求める、
③調査結果は事故調査支援センターに報告、
④遺族等にあらかじめ説明(以上、6 条の 11)
Ⅲ-医療事故調査・支援センターは、
①病院等の報告による収集した情報の整理・分析、
②情報の整理・分析の報告
③事故調査結果の管理者及び遺族への報告、
④調査実施に関する相談に応じ支援(以上、6 条の 16)
Ⅳ-医療事故調査・支援センターの権限
①管理者や遺族から調査依頼があった場合に必要な調査
②管理者に対する説明を求め、資料提出その他の協力を求めることができる
③管理者は前項の求めを拒めない、拒めばその旨公表できる(以上、6 条の 17)
④調査業務に関して守秘義務(6 条の 21)
⑤調査業務等の一部を医療事故調査等支援団体に委託できる(6 条の 22)
とされている。
(日本経済新聞新聞(夕刊)平成 26 年 8 月 21 日より)
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3.医療への信頼回復のために
人口が日本の約 2 倍とされるアメリカの報告では、医療事故による年間死者は 21 万~44 万で、全米の
年間死亡総数の 6 分の 1 に当たると推定されている 2。
日本では医療事故の統計がほとんどなく、厚労省の試算では、医療事故で亡くなる人は年間 1300~2000
人とされている。今回の医療事故調査制度は目的を「原因究明及び再発防止を図り、これにより医療の安
全と医療の質の向上を図る」とし、わが国で初めて、1-管理者に医療事故の届出を義務化し、2-院内調査
で事故原因を調査させ、3-調査結果を遺族へ報告、4-遺族から第三者機関への調査依頼、する道を開いた。
制度の中核をなす「医療事故」の定義や「医療事故調査・支援センターに関し必要な事項」は厚生労働省令
で定めることになっており、医療事故調査に係るガイドラインが検討され策定されつつある。
かねて医療事故の被害を受けた患者や遺族は、事故の真相究明と再発防止を強く求め、そのうえで原状
回復、反省謝罪、損害賠償を要求してきた。なぜ亡くなったのか原因を突き止め再発防止をきちんとする
ことが、死者の尊厳を守るため不可欠と考えるからである。しかし事故と向き合い患者と共に事実を解明
する姿勢に欠けるところが多いため、医療機関への不信を募らせて医療紛争となった例は枚挙に暇がない。
そこから、今回成立した事故調査制度を眺めれば、次のような問題点が浮かび上がってき、是正配慮が必
要である。
まず、1-原因究明の調査主体が当該病院であり専門家として自律性、自浄作用に依拠している点は制度
設計として十分にありうる選択肢であるものの、調査委員会の中立性、透明性、公平性の確保が図られね
ば、身内の甘い調査だとの批判は避けがたい。委員の選定は、中立、公平を旨とするなら、調査対象とな
る医療従事者は委員から除く配慮は必須であるし、 専門性をも確保するためには医療事故調査等支援団体
への支援要請が簡易にできる体制整備が要求される。続いて、2-報告調査が義務付けられる「医療事故(医
療に起因または起因が疑われる死亡等で管理者が死亡等を予期しなかったもの)
」の範囲が地域や医療機関
ごとの恣意的運用にならないよう、ことに合併症として届出を回避することにならないように、ガイドラ
イン等の適切な運用が期待される。さらに、3-遺族への説明・報告が診療録等の資料・情報を共有する形
で行う実務が望まれ(そうでなければ証拠保全が必要になる)
、遺族の第三者機関への調査申請を妨げるこ
とのないように相談窓口の設置と調査費用への配慮が必要となろう。
これら 3 点は、参議院厚生労働員会での附帯決議に織り込まれており、医療事故調査の目的である真相
究明および再発防止を全うし、自主調査を前提とする医療界の自律性が問われる注目点でもある。
注
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2
平成 23 年略式 1 件(公判 2)、24 年略式 6 件(公判 1)25 年略式起訴 6 件(公判 0)
James,JohnT.PhD”A New,Evidence-based Estimate of Patient Harms Associated with Hospital Care”
Journal of Patient Safety2013:9(3);122-128.
【事務局より】
ご参考①:成立した法案
※リンク先 PDF の 11 頁の「第四条 医療法の一部を次のように改正する」以下が、医療事故調査・支援制度に関する
規定です。
ご参考②:「大綱案」
※「大綱案」にリンクを貼っておりますが、リンク先ファイルの 1 から 12 頁が大綱案で、13 頁以降は別の資料です
のでご注意ください。
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