東京大都市圏における持家取得者の住居移動 - CSIS

(社)日本都市計画学会 都市計画論文集 Vol.46 No.3 2011 年 10 月
Journal of the City Planning Institute of Japan, Vol.46 No.3, October, 2011
東京大都市圏における持家取得者の住居移動に関する研究
A study on the Residential Relocation within the Tokyo Metropolitan area
佐藤英人*・清水千弘**
Hideto Satoh*, Chihiro Shimizu**
The purpose of this study is to analysis in a residential relocation of a purchasing own houses within the Tokyo
metropolitan area using geographic information systems (GIS). An understanding of relationship between an aging
society with decreasing population and urban structure has been a major focus of research in urban studies. Previous
studies which attempt to explain a residential relocation in terms of aging society only to focus on a destination
because of limitations in questionnaires, interviews, and case studies. Understanding a mechanism of a residential
relocation within the metropolitan area under an aging society, we try to analyze not only a destination but also an
origin at the same time. In this study we explored how households move from previous addresses to new addresses as
the purchasing own houses using OD data.
Keywords: Tokyo metropolitan area, residential relocation, home ownership, aging society with decreasing population
東京大都市圏,住居移動,持家取得,少子高齢化
1.はじめに
国立社会保障・人口問題研究所の推計値によれば,東京
大都市圏(東京都,神奈川県,千葉県,埼玉県)の人口は
2015 年の約 3,250 万人をピークに漸減するとされ,少子高
齢化に伴う本格的な人口減少が目前に迫っている(1)。戦後
一貫して増加を続けてきた人口が減少に転じることで,平
面的な拡大(郊外化)を続けながら人口を吸収してきた郊
外住宅地では,急速な高齢化とともに住み手を失った空家
や空地の増大が懸念されている(2)。
1960 年代以降,東京大都市圏の郊外住宅地には,自然豊
かな住環境を求めて,当時子育ての最中にあった団塊世代
が多数転入し,ホワイトカラーの夫と専業主婦の妻,その
子どもから成る核家族世帯が集住した(3)。しかし郊外住宅
地の開発から 30 年以上が経過した昨今,
団塊世代はすでに
定年退職期を迎え,高齢者に類する年齢に達している。加
齢に伴う身体機能の弱化は,急峻な坂道・階段を伴う長距
離の歩行を困難にさせるため,郊外住宅地が団塊世代の老
後も引き続いて豊かな住環境を提供する保証はない。その
ため近年では,徒歩圏内で日常生活が充足できるように,
高齢世代が郊外の戸建住宅を手放して,都心方面の集合住
宅へ住み替えるケースが散見されている(4)。
さらに団塊世代の子世代(団塊ジュニア世代)は,結婚
適齢期を迎え,親元や賃貸住宅から持家を取得するライフ
ステージにある。住宅価格の高騰が鎮静化した現在では,
団塊ジュニア世代は住宅需要が逼迫していた団塊世代のよ
うに,都心から遠距離の郊外に向かう必然性はなく,都心
から比較的近距離の都心周辺部に持家取得が可能である。
つまり,少子高齢化に伴う人口減少が,人口を吸収しな
がら発達してきた郊外住宅地に大きな変質を迫り,一方で
は人口維持可能な住宅地と,他方は人口減少に歯止めがか
* 正会員
**正会員
帝京大学経済学部(Teikyo univ.)
麗澤大学経済学部(Reitaku univ.)
からず衰退を余儀なくされる住宅地に選別されよう。
郊外住宅地の縮退や選別に関する研究は,近年議論の俎
上に載せられている。既存研究を大別すると,①住み替え
に伴う住居移動を世帯のライフステージとの関連から分析
したもの(5),②住宅地の居住継続性を高齢化や住宅の更新
可否から分析したもの(6),③空間データを用いて地域全体
の人口推計を試みたもの(7)に整理される。
これらの既存研究では,住宅の更新が困難な狭小住宅地
や交通利便性の低い住宅地を中心として,居住世帯の世代
間交代が促進されず,郊外住宅地の縮退と選別が都市内部
で,いわばモザイク状に進行していくことが示された。
しかし既存研究の多くは,調査手法の限界やデータの不
整備等により,特定の住宅地を対象とした着地に焦点を定
めた分析,もしくは市区町村やメッシュ単位データから,
人口増減を相対的に比較した分析に限られ,縮退と選別が
どこで進行するのか,その空間的特性は判然としない。
前述したように,人口が減少に転じるのであれば,とり
わけ若年世代は持家を郊外に求める必然性が低下するため,
彼らの持家取得に伴う住居移動が都心方面に内向移動する
可能性は高い。また,すでに郊外住宅地に居住している団
塊世代も,来るべく後期高齢期に備えて日常生活を維持す
る上で不便な郊外の持家を手放し,若年世代と同様に内向
移動する者は少なくなかろう。そのため,都心からある一
定の距離帯に位置する郊外住宅地では,人口減少に歯止め
がかからず次第に衰退するものと推測される。
そこで本研究では,東京大都市圏を事例として郊外住宅
地の縮退と選別が進行する地域の空間的特性を明らかにす
るため,持家取得に伴う住居移動の世代間比較を試みる。
なお,分析にはアンケート調査から得られた OD
(Origin-Destination)データを用いる。
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3.分析対象者の属性
本章は分析対象者の基本属性を整理して,その特徴を明
らかにする。
前述したように,本研究で用いるアンケート調査の実施
期間は 2000 年 8 月から 2010 年 3 月までの 9 年 7 か月であ
る。そのため調査期間内の持家取得年齢で単純に集計して
しまうと,たとえば,2000 年 8 月に 30 歳で取得した者と
2010 年 8 月に 30 歳で取得した者を同義とみなすことにな
る。また,持家は取得時点の世帯のライフステージによっ
て,戸建と集合の別や取得地などが大きく異なる。こうし
た問題を回避し世代間比較が明確に示されるように,本研
究ではまず,分析対象者を出生年次別に集計することにし
た。出生年次を整理すると,1970~79 年出生(2010 年 3 月
31日時点の年齢が満30~39歳)
が40,434人
(全体の42.3%)
,
1960~69 年出生(満 40~49 歳)が 39,513 人(同 41.4%)
,
1950~59 年出生(満 50~59 歳)が 11,627 人(同 12.2%)
,
1940~49 年出生(満 60~69 歳)が 3,963 人(同 4.1%)とな
っており,比較的若い世代から構成されている。
つぎに出生年次別に持家取得時点の家族構成をみていき
たい(図-1)
。若年世代から整理すると,1970 年代出生で
は DINKs 世帯の割合が高いのに対して,1960 年代出生か
ら 1950 年代出生までは核家族世帯の割合が拡大する。
当然
100%
その他の世帯
80%
核家族世帯
60%
40%
DINKs世帯
20%
単身世帯
1940
1942
1944
1946
1948
1950
1952
1954
1956
1958
1960
1962
1964
1966
1968
1970
1972
1974
1976
1978
0%
年
図-1 持家取得時点の出生年次別家族形態
4000
3000
人
集合住宅
2000
1000
戸建住宅
0
年
1940
1942
1944
1946
1948
1950
1952
1954
1956
1958
1960
1962
1964
1966
1968
1970
1972
1974
1976
1978
2.データ
本研究では(株)リクルート住宅カンパニーが 2000 年 8
月以降,継続的に実施している「マイホーム購入者アンケ
ート」のデータを用いた。分析対象者は同社が発行する住
宅情報誌や運営するホームページ等で募集し,調査票を郵
送にて配布・回収した。なお回答内容の真偽を確認するた
め,調査票とともに売買契約書のコピーを徴した。主な調
査項目は,回答者の属性(性別・年齢・世帯構成等)と前
住地・現住地の状況(住居表示・居住形態・間取り等)
,持
家取得の経緯・理由などから構成される。
アンケート調査の対象者は,2000 年 8 月から 2010 年 3
月までに首都圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、茨
城県の県南)に新居を購入し,売買契約もしくは工事請負
契約を締結した,締結時 30 歳から 69 歳までの買主もしく
は契約主である。上記調査から抽出された短期転売や賃貸
目的の購入者,首都圏以外からの転入者などを除く 95,537
名が本研究の分析対象者となる。なお調査期間内に複数回
新居を購入した場合は,
初回購入分のみを分析対象とした。
このデータには持家取得直前(以下,前住地と略す)の
住居表示と持家取得地(以下,現住地と略す)の住居表示
が町丁目レベルで収録されているので,この OD データを
分析することで,これまで明らかにされてことなかった持
家取得者個人の住居移動を精密にトレースすることができ
る。そこで本研究では東京大学空間情報科学研究センター
(CSIS)が提供している「号レベルアドレスマッチングサ
ービス」を利用して,住居表示(地理識別子)を緯度経度
のポイントデータに変換し,GIS を用いて持家取得者の住
居分布と移動を分析した。
図-2 出生年次別持家種別
のことながら,これは出産に伴う家族人員の増加というラ
イフステージの成長によるものである。一方,1940 年代出
生はライフステージ上の衰退期に該当するため,子どもの
離家によって家族人員が減少し DINKs 世帯の割合が再び
上昇している。なお,その他の世帯の多くは三世代家族で
あり,比較的高齢の出生年次で拡大している。
さらに出生年次別に持家の種別を考察する(図-2)
。分析
対象者全体でみると,戸建住宅が 27,036 人(全体の 28.3%)
であるのに対して集合住宅が68,482 人
(同71.7%)
であり,
この母集団は総じてマンション志向の住宅購入者から構成
されているといえる。
ただし出生年次別に分解してみると,
出生年次間には有意な差が認められ,若年世代ほど戸建住
宅の取得率が拡大する一方で,高齢世代ほど集合住宅の取
得率が拡大している。これは若年世代ほど家族人員が増加
するため,前住地よりも広い居住スペースを希求するのに
対して,高齢世代は子どもの離家によって家族人員が減少
することから,前住地である郊外の戸建持家を手放して集
合持家に住み替える点と符合する。
続いて出生年次と居住形態の変化を明らかにするため,
前住地と現住地の居住形態を比較する。表-1 ならびに表-2
によると 1960 年出生と 1970 年代出生では,賃貸住宅や社
宅・寮から持家住宅へ移動する傾向が強い。一方,1940 年
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18%
表-1 出生年代別住宅取得パターン(集合住宅を取得)
前住地の
居住形態
1940年代出生
人
%
1960年代出生
人
%
1970年代出生
人
%
16%
14%
賃貸
社宅・寮
726
540
23.4
17.4
3,305
2,095
38.3
24.3
16,166
6,644
57.6
23.7
19,679
4,018
70.2
14.3
集合持家
938
30.2
2,027
23.5
2,579
9.2
884
3.2
戸建持家
親族持家
757
144
24.4
4.6
669
539
7.7
6.2
433
2,228
1.5
7.9
212
3,230
0.8
11.5
3,105
100.0
8,635
100.0
28,050
100.0
28,023
100.0
総計
茨城県
1950年代出生
人
%
神奈川県
千葉県
埼玉県
12%
東京都
10%
8%
前住地の
居住形態
表-2 出生年代別住宅取得パターン(戸建住宅を取得)
1940年代出生 1950年代出生 1960年代出生 1970年代出生
6%
%
18.5
人
797
%
28.7
人
5,500
%
49.9
人
8,276
%
68.5
4%
社宅・寮
集合持家
106
149
13.4
18.8
704
591
25.4
21.3
2,784
1,362
25.2
12.3
1,876
568
15.5
4.7
2%
戸建持家
親族持家
345
45
43.6
5.7
518
165
18.7
5.9
616
767
5.6
7.0
233
1,120
1.9
9.3
0%
総計
791
100.0
2,775
100.0
11,029
100.0
12,073
100.0
5km圏
10km圏
15km圏
20km圏
25km圏
30km圏
35km圏
40km圏
45km圏
50km圏
55km圏
60km圏
賃貸
人
146
注:ただし,住宅取得パターン不明者を除く。
4.持家取得前後の住居分布と移動
前章では分析対象者の基本属性を出生年次別に整理して,
その特徴を明らかにした。本章では出生年次の特徴を踏ま
えた上で,持家取得前後の住居分布と前住地と現住地の 2
点を結んだ住居移動を分析する。
まず全体の傾向を把握するために,分析対象者全体の前
住地分布をセクター別(都県別)ならびに同心円別(都心
距離別)で考察する。なお,都心距離は東京駅を都心とし
て計算した。図-3 の前住地分布によると,高い数値を示す
地域は,東京都内 15km 圏の 11,540 人(全体の 12.1%)
,東
京都内 10km 圏の 9,895 人(同:10.4%)
,神奈川県内 20km
圏の 4,734 人(同:5.0%)となっており,分析対象者の約
6 割までが都心 25km 圏以内の都県を前住地としている。
市区町村別にみると,
東京都世田谷区が 2,859 人
(同:2.9%)
,
東京都練馬区が 2,698 人(同:2.8%)
,東京都江戸川区が
2,683 人(同:2.9%)と続く。
つぎに分析対象者全体の前住地と現住地の分布をGIS で
比較した。それぞれの分布から求めた標準偏差楕円の統計
量は,前住地分布では長軸が 19.3km,短軸が 14.6km,面
積が 882.5km2,角度が 308.1°となっており,東京都渋谷
区富ヶ谷付近を重心としている。一方,現住地分布では長
軸が 19.4km,短軸が 14.5km,面積が 885.5km2,角度が
308.0°となっており,重心は前住地のそれとほぼ等しい。
確かに前住地と現住地の 2 点を結んだ住居移動の距離分
布を集計し,その平均値を計算してみると,分析対象者全
体の約 7 割までが 10km 以内の移動にとどまり,平均移動
距離は約 9.1km である(図-4)
。なお,前住地と現住地が同
一町丁目の場合は移動距離を 0Km として計算し,その割
合は全体の約 12.2%(11,631 人)にのぼる。つまり,分析
対象者全体の傾向としては,前住地と現住地の分布に大き
な空間的な差は認められず,持家取得時に実施される住居
2.5
万人
100%
2
80%
1.5
60%
1
40%
0.5
20%
0%
0
0km
4km
8km
12km
16km
20km
24km
28km
32km
36km
40km
44km
48km
50km~
代出生と 1950 年代出生は持家住宅から再度,
持家住宅に移
動する,いわゆる住宅の二次取得の傾向が強い。カイ 2 乗
検定の結果,帰無仮説が有意水準 1%で棄却され住宅取得
パターンは出生年次間に有意な差がある。
図-3 都県別都心距離帯別の前住地分布
図-4 住居移動の距離分布
移動は比較的短距離であるといえる。
ただしこの短距離移動は,すべての都心距離帯で一様に
みられるものではなく,住居移動の発地となる前住地の距
離帯によって,かなりのばらつきが認められる。図-5 は前
住地の都心距離帯別に平均移動距離を集計したものである。
これによると,平均移動距離は都心 5km 圏の 6.8km を最小
値として,郊外に向かうほど徐々に値が増加する。都心
60km 圏では 5km 圏の約 2.3 倍に相当する 15.4km に達して
いる。さらに,前住地の都心距離帯別に都心距離差を集計
すると,都心 5km 圏から 25km 圏までは外向移動に振れて
いるのに対して,都心 30km 圏以遠では一貫して内向移動
に振れている。したがって,分析対象者全体からみれば,
その該当数は少ないものの,第 1 章で述べたように,前住
地が外部郊外(Outer Suburb)に位置しているほど,都心回
帰の傾向を強めている。
以上のように分析対象者全体で考察すると,前住地と現
住地の分布には大きな空間的な差は認められないが,この
2 点を結んだ移動距離には,前住地の都心距離帯によって
かなりのばらつきが存在する。このばらつきは,持家取得
時点の世帯のライフステージが起因していると推察される。
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18%
都心(東京駅)
‐15
‐10
‐5
0
5
‐1.2 ‐2.4 ‐3.6 (a)=前住地の都心距離
(b)=現住地の都心距離
(b)‐(a)=都心距離の差
正の値ならば外向移動
負の値ならば内向移動
‐4.5 ‐5.8 ‐7.5 ‐11.0 km
1.6 20km圏
現住地
0.2 30km圏
35km圏
40km圏
45km圏
50km圏
55km圏
60km圏
図-6 都心,前住地,現住地の位置関係と
60㎞圏
55㎞圏
50㎞圏
40㎞圏
35㎞圏
30㎞圏
25㎞圏
45㎞圏
60㎞圏
55㎞圏
50㎞圏
45㎞圏
40㎞圏
35㎞圏
30㎞圏
25㎞圏
20㎞圏
5㎞圏
60㎞圏
55㎞圏
50㎞圏
0%
45㎞圏
2%
0%
40㎞圏
4%
2%
35㎞圏
6%
4%
30㎞圏
8%
6%
25㎞圏
10%
8%
20㎞圏
12%
10%
図-7 出生年次別にみた前住地と現住地の距離帯分布
0%
2.5 15km圏
25km圏
12%
3.7 10km圏
(b)
10
4.7 5km圏
(a)
14%
5㎞圏
図-5 距離帯別平均移動距離
1970年代出生
16%
14%
15㎞圏
5km圏
10km圏
15km圏
20km圏
25km圏
30km圏
35km圏
40km圏
45km圏
50km圏
55km圏
60km圏
0
20㎞圏
18%
1960年代出生
16%
2
15㎞圏
60㎞圏
55㎞圏
50㎞圏
45㎞圏
18%
4
前住地
40㎞圏
7.7 6.8 35㎞圏
0%
30㎞圏
2%
0%
25㎞圏
9.9 4%
2%
5㎞圏
8
6%
○前住地
●現住地
4%
10.2 9.4 8.6 8.9 8.9 8%
6%
20㎞圏
9.6 10%
8%
15㎞圏
9.1 10
12%
10%
5㎞圏
11.4 12%
10㎞圏
12
14%
10㎞圏
14
1950年代出生
16%
14%
15㎞圏
15.4 16
6
18%
1940年代出生
16%
10㎞圏
km
10㎞圏
18
1940
年代
20%
40%
29.6%
1950
年代
26.6%
1960
年代
26.4%
1970
年代
26.6%
60%
29.3%
41.1%
33.8%
39.7%
30.8%
25.3%
内向移動
80%
滞留
100%
42.8%
48.0%
外向移動
距離帯別平均都心距離差
注:滞留とは移動距離が 0km の場合を示す。
第 3 章で言及したように,持家は取得時点の世帯のライフ
ステージによって戸建と集合の別や取得地が大きく異なる
ため,出生年次別に分解して考察する必要があろう。
そこでまず,出生年次別に前住地と現住地の都心距離帯
分布を比較する。図-7 によると,1940 年代出生では都心
5km 圏の割合が 4.2%から 8.2%へ拡大しているのに対して,
都心 20km 圏と 30km 圏,35km 圏ではその割合を縮小させ
ている。1950 年代出生は,同様に都心 5km 圏の拡大と都
心 20km 圏の縮小がみられるものの,総じて前住地と現住
地の空間的な差は軽微といえる。
続く1960年代出生と1970
年代出生は,先の出生年次と比較してやや異なった傾向を
示している。前住地で高い割合を示していた都心 15km 圏
と 20km 圏では,その割合を大きく縮小させている一方で,
都心 5km 圏と 30km 圏以遠では拡大する傾向にある。とり
わけ 1970 年代出生に着目すると,前住地の都心 15km 圏お
よび 20km 圏の割合はそれぞれ 15.9%,
17.3%と比較的高い
割合を示していたが,現住地のそれらは同様に 13.5%,
13.7%と縮小している。さらに 1940 年代出生では割合が大
幅に低下した都心 30km 圏と 35km 圏では前者が 10.4%か
ら 11.1%へ,後者が 10.0%から 11.2%へわずかながら拡大
しており,現住地の分布は都心志向と郊外志向に二極化す
図-8 出生年次別の移動方向
る傾向にあるといえる。
つぎに出生年次別の移動方向をみていこう。図-8 による
と,1940 年代出生では前掲図-7 に示したように,都心への
内向移動の割合が他の出生年次よりもわずかながら高く全
体の 29.6%を占めている。1950 年代出生では滞留の割合が
他の出生年次よりも比較的高く全体の 33.8%を占めている。
その一方で 1960 年代出生と 1970 年代出生は,前述したよ
うに,郊外への外向移動の割合が高く,前者が 42.8%,後
者が 48.0%となっている。つまり,すべての出生年次が一
様に都心回帰の様相を強めているのではなく,移動距離と
移動方向には出生年次間に差があることが明らかとなった。
以上のように前住地および現住地の分布と平均移動距離
を考察すると,出生年次間にはそれぞれ特徴がある。なか
でも,1970 年代出生では外向移動が卓越しており,昨今議
論されている人口の都心回帰とは相対する動向として注目
されよう。そこで次章では,今後の住宅地の方向性に大き
な影響を与える 1970 年代出生に着目して,
彼らの持家取得
行動を検討する。
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Journal of the City Planning Institute of Japan, Vol.46 No.3, October, 2011
5.1970 年代出生の持家取得の特徴
前章では出生年次別に持家取得前後の住居分布と移動を
考察して,
とりわけ 1970 年代出生が外向移動することを明
らかにした。1970~74 年出生は,いわゆる団塊ジュニア世
代(あるいは郊外第二世代)と呼ばれ,今後,住宅地の世
代間交代に大きな影響を与えると予測されている(8)。そこ
で本章では 1970 年代出生に着目し,
彼らの前住地と現住地
分布を比較して住宅取得行動を分析する。
前住地と現住地分布を空間的に比較するために,前章と
同様,GIS で分布の標準偏差楕円を求めた。なお,現住地
分布については,集合住宅を取得した者と戸建住宅を取得
した者とに大別して考察した(図-9)
。
まず前住地分布における標準偏差楕円の統計量をみると,
長軸が 19.5km,短軸が 14.7km,面積が 901.6km2,角度が
308.0°となっており,渋谷区上原付近を重心としているこ
とがわかる。つぎに集合住宅を取得した者の現住地分布を
みると,その標準偏差楕円の統計量は長軸が 18.5km,短軸
が 13.1km,
面積が 759.3km2,
角度が 308.7°となっており,
渋谷区神山町付近を重心としている。続いて戸建住宅を取
得した者の現住地分布であるが,同様のそれは長軸が
23.5km,短軸が 18.4km,面積が 1356.7km2,角度が 305.9°
となっており,中野区弥生町付近を重心としている。つま
り,前住地と現住地の分布を比較した場合,集合住宅を取
得した者は,現住地よりもやや内向に作用し,都心方面に
集中する傾向にある。逆に戸建住宅を取得した者は,現住
地よりも外向に作用しており,郊外方面に分散していると
理解できる。したがって,1970 年代出生における外向移動
の原動力は戸建住宅の取得によるものといえる。
確かに戸建住宅を取得した者は外向に作用しているが,
この外向移動は,かつて団塊世代(あるいは郊外第一世代)
が経験したドラスティックな人口の郊外化と軌を一にして
いるとは言い難い。前掲図-9 のように,神奈川県内では JR
東海道線,埼玉県内では JR 高崎線や東武東上線沿線等,
交通利便性の高い地域を除くと,
その分布は概ね都心40km
圏以内に集中している。すなわち 1980 年代から 1990 年代
前半にかけて開発が進められた都心 40km 以遠の外部郊外
(Outer Suburb)への転入は限定的である。地価高騰によっ
て住宅需給が郊外へシフトしたこの期間に,都市構造が職
住分離の様相を強め,団塊世代の多くの就業者がラッシュ
を伴う長時間・長距離通勤を余儀なくされた。しかし本研
究で考察した 1970 年代出生の戸建住宅取得者は,
第 1 章で
言及したように,都心から遠距離の郊外に向かう必然性は
なく,都心から比較的近距離の都心周辺部もしくは交通利
便性の高い主要鉄道沿線に戸建住宅を取得している。
この点を明確に表しているのが,都心距離帯別の累積度
数分布である(図-10)
。累積度数が 80%を超える都心距離
は,前住地で 35km であるのに対して,集合住宅を取得し
た者では 33km,戸建住宅を取得した者では 41km となって
いる。つまり 1970 年代出生の戸建住宅取得者は,前住地と
比較して外向移動をするものの,その移動距離はわずか
5km 程度にとどまる。同様の傾向は既存統計の数値からも
確認できる。たとえば平成 20 年住宅・土地統計調査による
前住地
現住地(集合住宅)
現住地(戸建住宅)
図-9 1970 年代出生の住居分布
注:内円は分布の標準偏差楕円を表し,
外円は都心 40km 圏を示す。
(社)日本都市計画学会 都市計画論文集 Vol.46 No.3 2011 年 10 月
Journal of the City Planning Institute of Japan, Vol.46 No.3, October, 2011
と,持家を取得した普通世帯数の割合(入居時期別都心距
離帯別)は,都心 40km 圏以内で,1991-95 年の入居者が全
体(約 57 万世帯)の 70.4%(約 40 万世帯)であるのに対
して,2001-05 年入居者のそれは全体(約 125 万世帯)の
78.4%(約 98 万世帯)となっており,近年では若年世代ほ
ど都心に至近な地域に持家を取得する傾向が示されている
(図-11)
。したがって,かつて団塊世代が集住した既存の
郊外住宅地に若年世代が流入する動きは必ずしも活発とは
いえず,都心 40km 以遠に立地する多くの郊外住宅地では
世代間交代が進展されぬまま,比較的早い段階で高齢化と
人口減少に直面すると推測される。
取得が可能となった。つまり,近年の持家取得を伴う住居
移動は,1940 年代出生の一部を除くと,郊外から都心に回
帰するのではなく,むしろ前住地周辺を着地とする短距離
移動から構成されているといえよう。
持家取得者の住居移動が短距離移動から構成されている
点については,最寄駅や商業施設,病院等の生活支援施設
への近接性や前住地と現住地の標高差などの要因が考えら
れる。これらの検討は爾後の課題としたい。
<付記>
本研究は東大空間情報科学研究センターの研究用空間デ
ータ利用を伴う共同研究(研究番号:286)の成果である。
100%
100%
90%
90%
80%
80%
<補注>
70%
70%
(1)文献1)による。
60%
60%
(2)文献2)による。
50%
50%
(3)文献3)による。
40%
40%
30%
30%
70km圏
(8)文献15)による。
km
60km圏
0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 55 60
(7)文献14)による。
0%
50km圏
0%
(6)たとえば文献9)~13)など。
10%
40km圏
前住地
30km圏
現住地(戸建住宅)
(5)たとえば文献5)~8)など。
20%
20km圏
10%
現住地(集合住宅)
(4)文献4)による。
1991‐95年入居
10km圏
20%
2001‐05年入居
<参考文献>
図-10 1970 年代出生に
図-11 入居時期別都心距離
1)国立社会保障・人口問題研究所(2007)
『日本の都道府県別将来推計人
おける住居地の都心距離別
帯別による持家を取得した普
口-平成19 年5 月推計,平成17(2005)~47(2035)年-』厚生統計協会
累積度数分布
通世帯数の累積度数分布
P217 2)江崎雄二(2006)
『首都圏人口の将来像-都心と郊外の人口地理学』
資料:平成 20 年住宅・土地
専修大学出版会P.P.134-150 3)三浦展(1999)
『
「家族」と「幸福」の戦後史
統計調査による。
-郊外の夢と現実』講談社 P224 4)矢部直人(2003)
「1990 年代後半の東
6.まとめ
最後に本研究で得られた知見を整理して,今後の研究課
題を示す。
2000 年 8 月から 2010 年 3 月までに東京大都市圏内で実
施された持家取得者の住居移動を考察すると,分析対象者
全体の傾向としては,前住地と現住地の分布に大きな空間
的な差は認められず,平均移動距離は約 9km にとどまるこ
とが明らかとなった。
ただし出生年次別に分解してみると,
分布と移動距離には差が生じており,なかでも若年世代に
あたる 1970 年代出生の住居移動は外向に作用している。
こ
の外向移動の原動力は,広い居住スペースを希求する戸建
住宅取得者によるものだが,都心 40km 以遠に立地する郊
外住宅地への移動は,交通利便性の高い主要鉄道沿線を除
くと限定的である。したがって,彼らの外向移動は,かつ
て団塊世代が経験したドラスティックな人口の郊外化と軌
を一にする動きとはいえず,世代間交代が進展しない都心
40km 以遠の郊外住宅地では,比較的早い段階で高齢化と
人口減少に直面する可能性は高いと推測される。
住宅価格が高騰した 1980 年代から 1990 年代前半におい
て持家を取得するには,前住地から外向移動せざるを得な
かった。しかし住宅価格の高騰が鎮静化した昨今,少子高
齢化に伴う人口減少を目前に控え,都心から遠距離の郊外
住宅地に持家を希求せずとも,都心から至近の地域で持家
京都心における人口回帰現象―港区における住民アンケート調査の分析を
中心にして」
『人文地理』55-3 号 P.P.79-94 5)菊地吉信・野嶋慎二(2003)
「地方都市における民間分譲住宅地の開発実態と居住者移動に関する研
究」
『都市計画論文集』38-3 号 P.P.61-66 6)木村慶一・桜井康宏(2005)
「地
縁性と居住経歴からみた福井市郊外民間戸建住宅団地の居住者特性―地方
都市郊外における居住の継続性に関する基礎的研究」
『都市計画論文集』
40-3
号 P.P.529-534 7)谷武(2004)
「公団が管理する高齢者向け優良賃貸住宅の
居住者属性と入居までの経緯に関する研究」
『都市計画論文集』39-3 号
P.P.415-420 8)三輪康一・安田丑作(1993)
「ニュータウンにいたる住み替え
過程に関する研究」
『都市計画論文集』28 号 P.P.475-480 9)井川進・樋口秀
(2002)
「地方都市中心部の市街地変容と居住継承に関する研究―長岡市に
おけるケーススタディ」
『都市計画論文集』37 号 P.P.589-594 10)小浦久子
(2004)
「郊外住宅団地の居住実態と市街地の持続に関する研究」
『都市計
「都心居住高
画論文集』39-3 号 P.P.625-630 11)松本暢子・大江守之(1995)
齢者とその家族の居住継承に関する研究―墨田区東向島地域におけるケー
ススタディ」
『都市計画論文集』30 号 P.P.73-78 12)松本暢子(2000)
「東京
山の手住宅地における戸建住宅の更新と居住の継続性に関する研究―世田
谷区梅ヶ丘地区におけるケーススタディ」『都市計画論文集』35 号
P.P.343-348 13)三輪康一・安田丑作・末包伸吾(1996)
「郊外住宅団地にお
ける人口・世帯変動特性と住宅更新に関する研究―神戸市の郊外住宅団地
における高齢化の進展と戸建住宅地の更新の分析を通じて」
『都市計画論文
集』31 号 P.P.463-468 14)長沼佐枝・荒井良雄・江崎雄二(2006)
「東京大
都市圏郊外地域の人口高齢化に関する一考察」
『人文地理』58-4 号 P.P.63-76
15)北浪健太郎・岸井隆幸(2003)
「多摩ニュータウン第2 世代の居住地移
動に関する研究」
『都市計画論文集』38-3 号 P.P. 85-90