平成21年度 理数教育ステップアップ研修 実践記録 生徒が主体的に考え、公式を導きだす課題の工夫 -中学校第3学年数学「三平方の定理」の指導を通して- (実践者 燕市立燕中学校 若林 丈二) 生徒にとって、直角三角形は、小学校時代から直角三角形の三角定規を扱っているように見 慣れた図形である。にもかかわらず、三平方の定理に気づかないのは、これまで直角三角形の 各辺の長さを2乗する機会にも、またその必要性にも出合わなかったからである。 それでは、直角三角形の各辺を2乗し、斜辺の2乗とそれ以外の2辺の2乗の和の関係を考 察しようという直接的な問いかけをするとよいかということになるが、こうしてしまうと、生 徒の課題解決への主体性が薄れてしまう。そこで、面積と関連させて線分の長さを求める作業 を通して、生徒が主体的に考え、発見したのだという自信や喜びを感じさせ、定理を導くこと ができるような教材を扱うことにした。 その結果、生徒は必要な辺の長さを既習の図形の求積方法を活用し、式に表すことができた。 そして、自らの手で三平方の定理に気づくことができた。 1 「理数の面白さや深く追究する楽しさなどを味わわせる」ための構想 (1)本単元における「理数の面白さや深く追究する楽しさなどを味わわせる」ための構想 三平方の定理は図形の基本となる教材であり、現実世界の諸事象の解明に役立ち、その利用価 値は大きい。三平方の定理のもつ価値については、大きく次の3つにまとめることができる。 ①直角三角形の3辺の長さに関する関係を表す。 ②直角三角形の辺上の正方形の面積に関する関係を表す。 ③平面上の2点間の距離を表す。 したがって、これらの三平方の定理のもつ価値を生徒自身に納得させることが三平方の定理の 学習の中核にならなければならない。これらの価値は、一つの数理をいろいろな観点から見たと き発見される内容であり、できるだけ統合した形で指導を試みたいと思う。 (2)本時における「理数教育の面白さや深く追究する楽しさなどを味わわせる」ための構想 三平方の定理は歴史的には測量術の一つとして直角をつくる必要性から、3辺の比が3:4: 5や5:12:13のとき、直角三角形になることを、体験的に考え出したことが起源であると 言われている。現代社会に生きる生徒に、三平方の定理をいかに関わらせれば「解決しなければ ならない問題である」という意識を生じさせることができるであろうか。 教科書教材における三平方の定理は、「方眼紙などを用いて面積から導入する方法」「直角三 角形の相似から導く方法」の二つがある。このような教材では、生徒に三平方の定理を学習する 価値や論理的な必然性を持たせることは難しい。ある課題を解決する中で定理に気づき、それを 体系化していく過程を重視する立場にたって、「座標平面上の2点間の距離を求める」ことを導 入課題とし、これを正方形や直角三角形の面積を考えることにより理解させ、その解決過程で定 理が導かれるようにしたい。 -1- (3)指導と評価の計画(全10時間) ◎ ねらい 学習活動における 観 時 ①…学習活動 具体の評価規準 点 評 評価方法 価 基 準 十分満足できる(A) おおむね満足できる(B) 関考表知 ◎三平方の定 1 理を導くこ とができる ①線分の長さ ○線分の長さを 自力解 ○様々な解決方法 ○補助線を引き、 ○ の求め方を 図形の性質を利 決の観 を考えて、線分の 図 形 の 性 質 を 利 考える。 察 用して求めよう とする。 長さを求めようと 用 し て 、 線 分 の している。 ②線分の長さ ○座標表面上の ワーク ○ を求める。 線分について、 長さを求めよう としている。 シート ○2つ以上の方法 ○補助線を引き、 工夫して長さを で求めることがで 線 分 の 長 さ を 求 求めることがで 発言内 きる。 めることができ きる。 容 る。 ③三平方の定 ○線分の長さを ○2つ以上の方法 ○文字を使って、 ○ 理を導く。 求めることを通 で、導くことがで 三 平 方 の 定 理 を して、三平方の きる。 定理を導くこと 導くことができ る。 ができる。 ◎三平方の定 ○直角三角形の 2 理を理解し 2辺の長さから ~ それを適用 残りの1辺の長 4 して線分の さを求めること ○ ワーク ○直角三角形の2 ○ 直 角 三 角 形 の シート 辺の長さから、残 2辺の長さから、 りの1辺の長さを 残 り の 1 辺 の 長 発言 長さを求め ができる。 とができる。 ることがで ○三角形の辺の きる。 すばやく求めるこ さ を 求 め る こ と ○ 数値が与えられ ができる。 机間指 ○直角三角形であ ○ 直 角 三 角 形 で 導 るかどうかを、計 あるかどうかを、 ているとき、直 算によってすばや 計 算 に よ っ て 識 角三角形かどう く識別することが 別 す る こ と が で か判定すること できる。 きる。 ができる。 ◎三平方の定 ○三平方の定理 ○三平方の定理を ○ 三 平 方 の 定 理 ○ 5 理を用いて のよさに気づき ワーク 用いると、直接測 を 用 い る と 、 直 ~ 図形の計量 平面・空間図形 シート らなくても計算で 接 測 ら な く て も 9 などに活用 の計量に活用し 求められることの 計 算 で 求 め ら れ することが ようとする。 発言 できる。 良さに気づき、平 る こ と の 良 さ に 面・空間図形の計 気 づ き 、 平 面 ・ ①平面図形へ ○図形の中に必 利用するこ 要な直角三角形 ○ 机間指 量に活用して、次 空 間 図 形 の 計 量 導 とができる を見いだすこと 々に課題を解決し に 活 用 し て 課 題 ようとしている。 を 解 決 し よ う と ・正三角形の高さと面積 ができ、平面図 ○見通しをすばや している。 ・三角定規の3辺の長さの 形の計量に工夫 く立てて、直角三 ○ 直 角 三 角 形 を -2- することができ 角形を見いだし、 見 い だ し 、 平 面 ・円の弦や接線の長さ る。 平面図形の計量に 図 形 の 計 量 に 工 ・座標平面上の2点間の ○三平方の定理 割合 距離 工夫することがで 夫 す る こ と が で ○ を用いて、平面 きる。 図形の長さ、距 ○三平方の定理を 離、面積などを 用いて長方形の対 ○ 三 平 方 の 定 理 求めることがで 角線の長さや2点 を 用 い て 長 方 形 きる 間の距離などを、 の 対 角 線 の 長 さ ②空間図形へ ○図形の中に必 きる。 手際よく求めるこ や 2 点 間 の 距 離 ○ 利用するこ 要な直角三角形 とができる。 などを求めるこ とができる を見いだすこと ○見通しをすばや とができる。 ・直方体の対角線の長さ ができ、空間図 く立てて、直角三 ○ 直 角 三 角 形 を ・錐体の高さや体積など 形の計量に工夫 角形を見いだし、 見 い だ し 、 空 間 することができ 空間図形の計量に 図 形 の 計 量 に 工 る。 工夫することがで 夫 す る こ と が で ○三平方の定理 きる。 ○ きる。 を用いて、空間 ○三平方の定理を ○ 三 平 方 の 定 理 図形の長さ、面 用いて、直方体の を 用 い て 、 直 方 積、表面積や体 対角線の長さや立 体 の 対 角 線 の 長 積などを求める 体の体積、表面積 さや立体の体積、 ことができる。 などを、手際よく 表 面 積 な ど を 求 求めることができ め る こ と が で き る。 る。 10 課題学習 (4)評価規準 【数学への関心・意欲・態度】 直角三角形の性質を調べたり、それらを図形の性質の考察や計量に用いたりするなど、数学的 活動の楽しさや数学的に考えるよさが分かり、それらを意欲的に問題の解決に活用しようとする。 【数学的な見方や考え方】 直角三角形について基礎的な知識を身に付け、見通しをもち、数学的な推論の方法を用いて論 理的に考察することができる。 【数学的な表現・処理】 直角三角形の考察において推論の筋道を簡潔に表現したり、図形の性質を計量に用いて、数学 的に処理したりすることができる。 【数量、図形などについての知識・理解】 直角三角形の性質、三平方の定理の意義を理解している。 (5) 本時の計画(1/10時間) ①本時のねらい 座標平面上の線分について、工夫しながらその長さを求め、三平方の定理を導き出すことがで きる。 -3- ②展開 時間 2分 学習活動 1 課題を把握す る。 教師の働きかけと予想される生徒の反応 支援・評価・留意点 導入課題 1目盛り1㎝とするとき、下の図の XYの長さを求めましょう。 X 2 15分 次の課題を考 Y 課題1 え、解決を図る。 下の図のような斜めの線分の長さは (グループ学習) 求められるだろうか。工夫して求め てみよう。 ○他にも方法がないか促 す。 ○面積などを利用して求 求めることができた人は、2通り 以上の方法で求めてみよう。 めればよいことに気づ かせる。 ○補助線を引き、直角三 角形や正方形を書き、 X 面積から求められるこ とに気づかせる。 ○三角形のパズルを4枚 与えて正方形を作らせ る。 Y ○文字を使って表すこと に気づかせる。 黒板に出て発表してもらう。 3 発表 ☆【数学への関心・意欲・態度】 (大きな方眼を用意しておき、図と式を記 入する。) 線分の長さを図形の性 質を利用して求めようと する。 4 15分 次の課題に 取り組む。 (グループ学習) 課題2 横8、縦5離れている線分の長さ を求めましょう。 ○他にも方法がないか促 す。 ○合同な直角三角形を利 X 用すれば求めることが できることを気づかせ る。 ○補助線が引けない場合 は引き方や直角三角形 についてヒントを出す。 Y ○三角形のパズルを4枚 与えて正方形を作らせ -4- る。 5 発表 ○文字を使うことを気づ 黒板に出て発表してもらう。 かせる。 (大きな方眼を用意しておき、図と式を記 入する。) ☆【数学的な見方や考え方】 座標表面上の線分につ いて、工夫して長さを求 めることができる。 6 次の課題に 15分 課題3 取り組む。 横 a, (グループ学習) 縦b離れている線分XYの ○文字を使うことを気づ 長さを求めましょう。 かせる。 X ○他にも方法がないか促 す。 b Y 7 a 発表 ☆【数学的な見方や考え方】 線分の長さを求めるこ とを通して、三平方の定 χ×χ= a ×b× 1/2 ×4+(a -b) 2 2 χ =2 a b+ a -2 a b+b χ 2= 2 理を導くことができる。 2 a 2 +b2 χ×χ+ a ×b× 1/2 ×4=(a +b)2 χ2 +2 a b= a 2+2 ab +b2 χ2= a 2 +b2 8 3分 次時の予告 を聞く。 次の時間はこの式を利用して、いろい ろいろな長さや面積を求めてみましょ う。 (6) 評価 評 価 項 目 【数学への関心・意欲・態度】 十分満足できる状況(A) 様々な解決方法を考えて、 おおむね満足できる状況(B) 補助線を引き、図形の性 線分の長さを図形の性質 線分の長さを求めようとし 質を利用して、線分の長さ を利用して求めようとする。ている。 を求めようとしている。 -5- 【数学的な見方や考え方】 2つ以上の方法で求める 座標表面上の線分につい ことができる。 補助線を引き、線分の長 さを求めることができる。 て、工夫して長さを求める ことができる。 線分の長さを求めること 2つ以上の方法で、導く を通して、三平方の定理を ことができる。 文字を使って、三平方の 定理を導くことができる。 導くことができる。 2 授業の実際 (1)導入問題について 生徒全員が課題を明確に把握していた。何をやるかを捉えられていた。 (2)課題1について 「三角形のパズルを4枚与えて、正方形をつくる」「既習事項を参考にする」など重点的に個 別指導を行い、生徒が作業などを通して問題を解決することができた。グループ内でよく話し 合いが行われた。 解法① X χ χ 4 Y 4 4 4 χ2 =(1/2×8×4)×2 解法② X χ Y 4 4 χ2 =8×8-1/2×4×4×4 -6- (2)課題2について 課題1をヒントに正方形を作り、発表者が根拠を挙げて説明することができた。 解法① 8 X χ 5 5 Y 8 χ2 =13×13-1/2×5×8×4 1辺が13㎝の正方形の面積と、その中にでき る1辺がχ㎝の正方形の面積に注目した。 解法② X χ 5 χ 8 Y 3 3 1辺がχ㎝の正方形を直角三角形と正方形 で表した。 χ2 =(8×5×1/2×4)+32 (3)課題3について 次時に行い、三平方の定理を導きだすことができた。 -7- 3 実践の考察とまとめ (1)課題について 生徒は三平方の定理を学習して「今まで求められなかった斜辺を簡単に求めることができるよう になったので良かったです。」という感想をもった。直角二等辺三角形や直角三角形をならべ換え て正方形を作り既習の求積方法を使って数や文字で表すことを利用して未知の線分(斜辺)を表す ことができた。生徒はこれまで数値で表すことできなかった長さを他の数量を用いて表すことがで きる不思議さを知ることができた。また、「斜辺の求め方が分かると、今まで分からなかった座標 上の三角形や立方体にも応用できると思う。今までの勉強がつながると思います。」という感想を もつ生徒もみられた。これは生徒が直角三角形を見つけ出し、斜辺を求めるという三平方の定理を 使える場面に気づき、どのように活用できるかを考えることができたからである。 本時、三平方の定理の導入では線分の長さを求めることから定理を発見していくことをねらった。 最終的に文字で表し、一般化するところまで至らなかった。課題の数や内容を考え、時間的な面で ゆとりをもたせる工夫が必要であった。1時間ではやや無理があり、2時間をかけてじっくり操作 を通して考えさせたい内容であった。 (2)スモールステップの課題提示について 課題1では、解法①と解法②が生徒から出された。生徒の感想に「課題1については、自分で解 決できなかったが、課題2では友達のアドバイスをもとに自分の力で解くことができたのでうれし かった。」というものがあった。初めて学習する内容で課題の糸口が見つけにくいものには抵抗感 をもつと思われる。ここでスモールステップの課題にすることや類似の課題を用意することで、解 決の方向を見つけ、生徒の学習意欲を継続することができた。課題相互の関連性を踏まえ、課題1 と課題2を連続させて設定したことは意義があったと思う。 (3)操作活動ときまりの発見について 「パズルを4枚使って正方形を作る」→「正方形の面積を文字や数量で表す」→「二次方程式を 立てて解く」ことで、今まで求めることのできなかった直角三角形の斜辺の長さをを求められるこ とを理解できた。また、直角二等辺三角形のパズルを4枚組み合わせてできる正方形と、その内部 の正方形の面積の関係を表して斜辺の長さを求める方法も出され、2通りの考え方が出された。こ のことを活用して課題2では課題1の解法②を活用して式に表す反応がみられた。課題1での操作 活動が課題2でも課題解決に生かされていた。 課題1の解法①を課題2で活用する方法は生徒の様子をみると出にくかった。正方形の「まん中 に空洞をつくる」ことを指示すれば、もう少しスムーズに直角三角形を組み合わせ、正方形をつく ることができ、考えの広がりが期待できたと考える。 (4)生徒の考えや交流について 生徒の感想に「パズルみたいで楽しく解くことができた。」とある。図形を書いて考えるより、 直角三角形のパズルを使ったことにより、生徒たちの意見の交流や、教え合いなどがみられ、グル ープでの話し合いが有効であった。 生徒は今まで求めることができなかった斜辺の長さを図形の求積や二次方程式等を使って求める ことができた。この解決過程を通して三平方の定理を導きだすことができ、「数学の面白さや深く 追究する楽しさを味わわせる」ことができたと考えている。 -8-
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