147 エンドメトリオーシス研会誌 2 0 0 8;2 9:14 7−15 1 〔一般演題/臨床―異所性〕 精査により診断に至った重症慢性骨盤痛を伴う異所性子宮内膜症の2例 1)慶應義塾大学医学部産婦人科学教室 2)同・泌尿器科学教室 3)新川崎こびきウィメンズクリニック 4)日本鋼管病院産婦人科 5)同・外科 古谷 正敬1),浅田 弘法1),内田 浩1),久慈 直昭1),丸山 哲夫1),青木 吉村 泰典1),大東 貴志2),木挽 貢慈3),升田 博隆4),青木 類4),中村 緒 言 大輔1), 修三5) を強く希望し受診した. 異所性子宮内膜症は比較的稀な疾患であり, 内診所見:子宮および付属器に異常所見を認め 患者の訴えに注意を払わないと発見が遅れるこ ず.ダグラス窩に圧痛を伴う硬結を認めた. とも少なくない.とくに膀胱や腸管に病巣があ 経腟超音波断層検査:異常所見認めず. る場合,骨盤痛,排尿障害,排便障害といった MRI 検 査:通常撮像画像で異 常 認 め ず(図1 日常の QOL を著しく障害する症状に患者は苦 (a) ) .臨床症状より腸管子宮内膜症が疑われ しむこととなる.今回われわれは慎重な術前評 たため,ゼリー法による MRI を行ったところ 価のうえ診断に至った直腸子宮内膜症の症例お 直腸に2ヵ所病巣を同定した(図1(b) , (c) ) . よび膀胱子宮内膜症の症例を経験したので報告 大腸鏡検査:直腸前壁に隆起性病変を認めた (図2) .粘膜面は正常であった. する. 症 例 1 以上より腸管子宮内膜症と診断,疼痛の改善 2 9歳,未婚,0経妊0経産. を目的として手術を行うこととなった. 3歳時に月経困難症状を主訴に近医を 現病歴:2 手術所見:外科の協力のもと,腹腔鏡下子宮内 受診したところ,明確な異常は指摘されなかっ 膜症病巣切除を行った.MRI 検査所見に一致 た が 臨 床 症 状 か ら 子 宮 内 膜 症 と 診 断 さ れ, して直腸 Ra 部および Rs 部に病巣を認めた(図 GnRHa の投与を繰り返し受けた.2 6歳時に子 3(a) ) .Ra 部の病変はダグラス窩閉鎖部に巻 宮内膜症性卵巣嚢腫が発見され,腹腔鏡下嚢腫 き込まれるように存在していたが,ダグラス窩 切除術を受けた.その際の腹腔内所見としては を解放したのち,粘膜面まで達することなく切 他にわずかに腹膜病変を認めるのみであった. 除可能であった.切除部はモノフィラメント吸 手術から1年ほど経過し,月経時の激しい腸蠕 収糸を用いて数針の Z 縫合で1層に修復した. 動痛,下痢を自覚するようになった.近医を受 Rs 部は粘膜面までの切除を要した(図3(b) ) . 診したが内診上異常を認めず,さらに MRI 検 病巣切除部は粘膜面をモノフィラメント吸収糸 査を施行するも異常は認められなかった.対症 により連続縫合し,筋層およびしょう膜をモノ 療法として低容量ピルおよび鎮痛剤の投与を継 フィラメント吸収糸により数針の Z 縫合を行 続されたが,疼痛の改善は得られなかった.そ い2層に修復した.手術時間5時間3 1分,術中 の後,疼痛はさらに増悪し,1ヵ月の半分の期 出血量9 0ml. 間を自宅で過ごさなければならず,疼痛の改善 病理検査所見:直腸粘膜直下の筋層内に子宮内 148 古谷ほか (a) (a) 図1 (b) (b) ( (c) c) MRI 画像 (a)T2強調画像,通常撮像画像. (b) (c)T2強調画像,ゼリー法.直腸内に充填されたゼリーに より矢印に示した直腸病変が明らかとなった. 服を行っていた.3 1歳時より挙児希望にて近医 受診し,子宮内膜症性卵巣嚢腫を指摘されてい た.また月経時に膀胱周囲の疼痛があり,排尿 時の疼痛と頻尿感は増強していた.この症状に 対して鎮痛剤の投与のみで経過観察されていた が,症状の増悪がみられたため疼痛の精査加療 を主訴に当院へ受診となった. 内診所見:子宮前壁およびダグラス窩に圧痛を 認めた. 経腟超音波断層検査:内診のため排尿後の状態 で検査を行ったところ,子宮前壁に子宮腺筋症 と思われる腫瘤を認めた.また両側卵巣は,子 宮内膜症性卵巣嚢腫と思われる嚢腫像を認め た.臨床症状より膀胱子宮内膜症の可能性を疑 図2 大腸鏡所見 直腸前壁1/3周に粘膜隆起を認める(矢印) . い,膀胱に尿を充満させ超音波検査を行ったと ころ,膀胱壁に腫瘤を認めた(図4) . MRI 検査:子宮前壁の子宮腺筋症から連続する 膜腺様構造を認めた. ように膀胱へ浸潤する隆起性病変を認めた(図 1 手術後経過:術後6日より食事開始し,術後1 . 5) 日に腹腔内ドレーン抜去,術後1 8日に退院とな 膀胱鏡検査:膀胱頂部に隆起性病変を認めた った.手術後,月経時の腸蠕動痛および下痢は .粘膜面は正常であった.尿管口は両側 (図6) ともに病変から距離があることを確認した. 軽快した. 症 例 2 以上より骨盤子宮内膜症,膀胱子宮内膜症と 3 3歳,0経妊0経産. 術前診断し,疼痛改善を目的とした手術を行う 9歳時より月経困難に対し鎮痛剤の内 現病歴:2 こととなった. 精査により診断に至った重症慢性骨盤痛を伴う異所性子宮内膜症の2例 149 (a) 図3 図4 (b) 手術所見 (a)直腸 Rs 部病変(矢印) . (b)直腸粘膜合併切除を要し内腔に達した(矢印) . 経腟超音波断層検査所見 膀胱充満時の超音波像.膀胱に突出する腫瘤像 を認める(矢印) . 図6 膀胱鏡所見 膀胱粘膜に不整形の隆起を認めた(矢印) . 手術所見:子宮内膜症病巣切除,癒着剥離術, 子宮腺筋症切除術と同時に,泌尿器科の協力の もと腹腔鏡下膀胱部分切除を行った.膀胱子宮 窩は癒着により閉鎖しており膀胱腹膜が子宮前 壁 に 引 き つ れ る よ う に 癒 着 し て い た(図7 (a) ) .病変部が膀胱と子宮の間にあるので, まず病巣を膀胱側につけるように膀胱を子宮か ら剥離し,膀胱鏡を用いて病巣部をマーキング した後(図7(b) ) ,一部を腹腔と交通させて, 図5 MRI 画像 T2強調画像.子宮前壁の子宮腺筋症病変(矢頭) と連続するように膀胱壁の腫瘤性病変を認め(矢 印),膀胱子宮内膜症と考えられる. 残りは腹腔鏡下に膀胱を部分切除した.切除部 はモノフィラメント吸収糸,連続2層縫合で修 復した.これに加え,子宮前壁の子宮腺筋症切 150 古谷ほか (a) 図7 (b) 手術所見 (a)膀胱子宮窩は癒着により閉鎖していた. (b)膀胱鏡を用いて膀胱側から病巣のマーキングを行 い,一部を腹腔と交通させた. ため,診断が遅れがちである.その結果,患者 は原因不明の疼痛に苦しみ,その改善を希望し て医療機関を転々とすることも少なくない.骨 盤子宮内膜症が進展した結果,腸管子宮内膜症 をきたすことはけっして稀ではないが,一般に .一方,膀胱子 正確な術前診断は難しい〔1―3〕 宮内膜症は比較的稀な疾患であり,間質性膀胱 炎との鑑別が難しいことがある〔4〕 .腸管子宮 内膜症では腹痛,血便,排便障害など消化器症 状を,膀胱子宮内膜症では頻尿や排尿時痛を訴 図8 えるが,こういった症状は子宮内膜症に特異的 病理所見 膀胱移行上皮粘膜直下の筋層にまで内膜腺様組 織を認めた. なものではない.またとくに病状が進行した場 合,疼痛は慢性化し,症状の発現が月経周期に 関係するとは限らない.すなわち臨床症状のみ 除,ダグラス窩開放,両側卵巣嚢腫切除を行っ で診断を確定することはできず,異所性子宮内 た.手術時間5時間2 5分,術中出血量不明. 膜症の診断には,その存在に疑いをもち慎重な 病理検査所見:膀胱切除部には移行上皮直下の 画像検査を組み合わせることが重要となる. 筋層に及ぶ子宮内膜腺様構造を認め,膀胱子宮 われわれが用いたゼリー法による骨盤 MRI 内膜症と診断した(図8) .その他,子宮腺筋 は,直腸子宮内膜症におけるダグラス窩病巣の 症,卵巣子宮内膜症,骨盤腹膜子宮内膜症を病 状態評価に有用との報告がある〔5〕 .今回の直 理学的に確認した. 腸子宮内膜症症例ではダグラス窩病巣だけでな 手術後経過:術後8日に膀胱造影を行いリーク く,より口側に存在する直腸 S 状部病巣の同 のないことを確認し,尿道カテーテルを抜去し 定にもこのゼリー法による MRI 検査が有用で た.その後1日2 0回程の頻尿を認めたが,術後 あった.直腸 S 状部の病巣は,ダグラス窩病 1 0日退院となった.その後経過観察したところ, 巣部の疼痛により大腸鏡では確認することがで 徐々に頻尿は改善傾向を示した. きなった.直腸子宮内膜症の術前診断では,大 考 察 異所性子宮内膜症は病変部位の同定が困難な 腸鏡や直腸超音波が有用との報告もある〔3〕 〔6〕 .しかし,本症例のように疼痛により検査 精査により診断に至った重症慢性骨盤痛を伴う異所性子宮内膜症の2例 151 が行えない場合もあり,ゼリー法の MRI 検査 療に有効な手段であった.一般的な診察や検査 はきわめて有用な検査であると考えられた.ま で明らかな子宮内膜症病変が検出されなくて た膀胱子宮内膜症症例では通常排尿後に内診を も,慢性骨盤疼痛を訴える患者に対しては異所 行うが,あえて膀胱に尿を充満させて経腟超音 性子宮内膜症を合併している可能性に注意を払 波を行うことで明瞭に膀胱病変を描出すること い,慎重に精査を行うことが重要である. ができた.これをきっかけに泌尿器科の協力を 得て膀胱鏡検査を行うこととなり,膀胱鏡所見 により術前診断に至ることができた. 異所性子宮内膜症は薬物治療では改善困難な 疼痛を伴うことがあり,こういった場合には外 科的治療による病巣部の摘出が有効という報告 1〕 .ただし,腸管や尿路系へ手術 も多い〔7―1 侵襲を加えるにあたっては,術後合併症のリス クについて注意を払う必要がある.合併症のリ スクを最小限にするために,他科と連携をとり, 術前の病変評価,周術期の患者管理を行うこと が重要である.また,予測される術後合併症に ついて術前に十分なインフォームドコンセトを 行い,患者の理解を得ることも不可欠である. 膀胱子宮内膜症の症例では術前に泌尿器科へ依 頼し膀胱鏡を行い,尿管口との位置関係を含め 病変部位の確認を行い,術中は膀胱鏡を併用す ることで確実な病変切除を行うことができた. これまでの報告をみると膀胱部分切除のみでは 術後後遺症をきたすことはないようである〔1 0 ―1 2〕 .しかしわれわれの症例では,膀胱容量の 減少に伴うと考えられる頻尿が出現した.尿道 カテーテル抜去直後は1日に2 0回以上の頻尿が 認められ,患者の負担は大きかったが,1ヵ月 ほどの経過観察により,自然に軽快した.今後, 術前説明の際に頻尿の可能性について伝える必 要があると考えられた.2症例とも術後合併症 なく経過した.また,術後に慢性骨盤痛症状の 顕著な改善がみられ,腹腔鏡手術による外科的 治療がきわめて有効であった. 結 語 今回,われわれの経験から,ゼリー法による MRI 検査や膀胱充満時の超音波検査が術前診 断に有用であり,腹腔鏡下手術が確定診断と治 文 献 〔1〕Bartkowiak R et al. 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