詳細はPDFをご覧ください。

第7回
2011 年 8 月 31 日(水曜日)開催
〈ゲストスピーカー〉
安積朋子/デザイナー
〈トークテーマ〉
デザイナーとして、生活者として 伝えていくこと
安積朋子/あづみともこ
1966年広島生まれ。1989年京都市立芸術大学環境デザイン科卒業後、設計事務
所に勤務。1992年に渡英し1995年英国王立芸術大学院(Royal College of Art )
家具科卒業。卒業制作の「Table=Chest」がV&Aのパーマネントコレクションに
選定される。1995年から2004年までパートナーシップ AZUMI を共同主宰。2005
年に t.n.a. Design Studio 設立。家具、照明器具、展示会什器ショップイン
テリアからジュエリーまで幅広いデザインを手がける。2006年よりRoyal
College of ArtのDesign Products科とLondon Metropolitan University デザ
イン科の客員講師。2007年よりグッド・デザイン賞の選考委員を務める。
文/猪飼尚司
建築と家具と、その間にあるもの。
まずは簡単な経歴からお話しましょう。私は日本で建築の勉強をした後、設
計事務所に勤務し、スケールの大きな建築に関わっていました。しかし、もっ
と身近なもののデザインに興味があることに気づき、家具の勉強をするため RCA
(Royal College of Art/英国王立芸術大学院)の家具科に入学。その卒業制
作においてつくったのが、この家具「Table - Chest」です。
伝統的な日本家屋では、一番日当りのいい部屋で食事し、夜になるとちゃぶ
台を片付け主人の寝室にしていたと思います。このことからインスピレーショ
ンを受け、自分が育ってきた日本の生活背景をヨーロッパの家具に置きかえた
らどうなるのかと、取り組んだものです。
これが、私の家具デザイナーとしての出発点でもありました。95 年に RCA を
卒業、昔の相方である安積伸と 2004 年までの 10 年間、デザインユニット「AZUMI」
として仕事をしていました。安積伸は元 NEC 在籍のプロダクトデザイナーであ
り、彼からはプロダクトデザイン的考えに基づくものづくりのノウハウをたく
さん学びました。AZUMI で自主製造販売を行ったことがきっかけとなり、クライ
アントと仕事も増え、展示会にも参加していくようになります。
2005 年にユニットを解散。独立の第一作として、家具メーカー「ISOS
Collection」の新作発表のために、什器と空間デザインを担当しました。世界
に船出をしていくメーカーの作品群が船団を組んでいるような雰囲気を出し、
その船出を祝うという気持ちでデザインしました。
英国工芸家協会の陶器展「Table Manners Collection」のための会場構成。
陶器の歴史と作家の個性を見せながらも、巡回展だったため、什器をそっくり
そのまま次の会場にもっていく必要がありました。折り畳んだり、分解したり
することができる什器(家具)をデザイン。その家具をもって空間を構成する
必要があったのです。私のなかにはこうした建築と家具、そして中間にあるも
のに対する興味がずっとあるのです。
昨年イギリスで開催された「Lab Craft」の展示空間をデザインしています。
本店は、光成型やレーザーといった先端技術を使いながらつくる工芸品を紹介
する展示会。ここでは、素材の選び方に非常に気を遣いました。また、先端技
術という難しい内容をどのように見せれば来場者に分かってもらえるかといっ
たビジュアルとコミュニケーションもキーになっています。あたかも宙に浮い
ているような浮遊感で軽やかに見せつつ、カラーリングを効果的に活かして先
端技術と工芸の交わり表現しています。
一方、イギリスの木工家具メーカー、ベンチマークからは、連結していろい
ろつながったり、スタックして小さくまとめることができるローテーブル
「Hexad low tables」を発表しました。家具のデザインそのものだけでなく、
いかに薄く小さくして、少量の素材でたくさんの家具にすることに挑戦してい
ます。
また、「AT-AT」は、スターウォーズに登場する帝国軍の 4 本脚を持つ地上兵
器「AT-AT」(通称:スノーウォカー)から発想を得た居間用のデスク。パソコ
ンをおいて仕事をしたり、携帯を充電したりしながらも、くつろぎたいときに
は扉をぱたんと閉めて、電気系ガジェットを完全に見えなくしてしまうもの。
伝統的な家具を、近代的な装備に対応しながら時代に合わせ進化させています。
材はペアウッド(桃の木)を使っています。
デザインが及ぶ領域を再考する。
ソロの事務所を始めてから、生活態度を一新しました。19 時以降は仕事をし
ない。土日は休む。森のなかを歩くなど、できるだけ人間らしい暮らしをする
ように心がけています。
マックスレイ社のオリジナル照明「Twiggy Lamp」(2007)は、冬木立のなか
を散歩しながら着想を得たものです。寒い冬に、森のなかを歩いていると、斜
めから光が入ってきて、その姿がどんどん移ろいでいく。この“木の重なり”
を家に持ち帰りたい。そんな気持ちからデザインしています。
シェードには、トムソン型(ベニヤや樹脂の板に鋼の刃を埋め込こんだもの)
で型抜きした 1.6 メートルの紙を使用。それを3重に巻き付け、中から光を当
てることで、手前の層に影が映り込み、木立を再現しています。しかし、デザ
インプロセスのなかで、自分が描いた枝のラインが自然に負けているような気
がしてきて、
「作為がない方が美しいのでは」と思うことがありました。そこで、
森のなかで拾ってきて小枝からフォルムを写し取り、そこから幾何学的に 5 種
類の形をつくりました。それを無作為にバラバラッと撒いたところから、最終
的なパターンを抽出していく。このようにある程度、偶然に任せることもデザ
インに取り入れているのです。
Twiggy Lamp から発展したところにあるのが「Little Woods」。〈パチカ〉とい
う加熱型押しをすると半透明になるファインペーパーをシェードに使用したも
のです。本来であれば、職人さんがきちんとコントロールして、半透明の部分
をクリアに表現することができるのですが、ここでは敢えてクシャッとさせて
ムラが出しています。偶然に出てくるところが味になっていて、私はおもしろ
いと思うのです。また、Little Woods はフラットパックにすることもできるの
で、小売店で購入したらそのまま持ち帰ってもらえます。いかに分量を減らし、
搬送の手間を軽減するかということも考えているのです。
富山のタカタレムノスで製作した「Cube clock」。アルミの鋳物の時計ですが、
ブックエンドとして使うことができます。表面の文様は、木の経年変化を示し
ています。木は、磨きをかけているうちに痩せてきて、木目がより見えてくる
でしょう。その形をアルミ素材で固定させて見せたものです。最初は技術者に
も敬遠されたのですが、抜き型をいろいろと研究していくことで、商品化する
ことができました。
「Twiggy Lamp」の製造過程でも同じことを感じましたが、日本の職人さんの
良いところは、
「こういうデザインがしたい」ときちんと伝えれば、大変だと言
いながらも、黙々とトライしてくれて、ほかのどの国よりもクオリティが高い
ものをつくりあげてくれることです。トムソン型で型抜きしたものは、仕上が
りの良さからレーザーカットでやったと思う人もいるほどです。しかし、実際
には、トムソン型のおかげでレーザーよりも安価で抑えられており、だからこ
そ商品としても成り立っている。これこそ日本のものづくりの素晴らしいとこ
ろだと思います。
イギリスのスパ「Luke Hughes & Co.,」のためのベッド。ホテルの地下ある
ビューティーサロンのための仕事です。プライバシーを守るために目隠し用ス
クリーンが欲しいが、それほど予算がない。そこで、一枚の薄いベニヤ板から
切り出し、立体に組み上げルーバーにすることで、コストや素材を抑えながら、
クライアントが望む商品へと近づけています。高価なものが扱われるラグジュ
アラスなマーケットにも、日々考えている知恵が応用できたのです。
デザイナーとしてのエゴを消す。
最近、私のスタジオは、デザインの見えがかりを消そうという傾向にありま
す(※見えがかり=建築用語で建築物の表面に見える部分)。その一例がイギリ
スの最高裁判所ためにデザインした家具です。
必要な空間、レイアウトをベースに、そこでどのくらいの書類が使われるか?
収納はどのくらい必要か?
ていくか?
必要となる IT 技術は?
今後 10〜20 年で進化し
諸条件を加味し、いかに裁判官たちの仕事に支障にならないよう
な、視覚的ハーモニーをもった仕事場にするかということが私の課題でした。
また、最低 25 年はもたなければいけないという持続性も求められました。年月
が経って、自然と周りの環境と溶け込んでいる必要もあったのです。
私が考えたのは「いかにこの空間のなかで家具が消えるか」ということ。聴
聞会が開かれているときに、家具の存在感など必要ないでしょう。デザインの
エゴをなくし、機能と快適さを備えながら、消えてしまう家具をデザインする
ことができるというのも、デザイナーの職能の一つになるかもしれないと思っ
たのです。
もう一つ、デザイナーのエゴがないという例から、「Harry’s of London」と
いう靴ブランドのショップデザインをご紹介します。Harry’s of London は、
高級な革とカジュアルなソールを組み合わせ、高くもないが安くもない、しっ
かりした靴を提供しているブランド。その2号店がロンドンの伝統的な店が並
ぶアーケードに出店する際、その内装を担当しました。伝統のある場所に流れ
る歴史、その裏に隠れているところを表に出し、そこにしっかりとした品質を
提供するというブランドの意識を素直に提示しました。すでに 1 号店で、靴箱
をインテリアとして使っていたので、それは継承しています。写真では靴箱が
積み重なっているように見えますが、実は細い鉄板の棚が配置し、整然と並ぶ
仕掛けをつくっています。図面はしっかりと描いているのですが、最終的なイ
ンテリアのなかでは、その作業が消えているのです。
豊かなものづくりがある場所。
最初から最後まで、どのようにプロジェクトが進むのかを、例を挙げながら
ご説明したいと思います。ロッキングチェア「Ro-Ro Rocking chair」は 2007
年から携わっているプロジェクトです。
北東イタリアにあるウディネは、マジス、B&B、カッシーナといったイタリア
の家具メーカーのなかでも特にビックネームの企業の木工部門の下請けを一挙
に引き受けていた街。1980 年代までは世界の椅子の 80%ほどを生産していたと
いわれるほどです。しかし、経費削減のために、製造の現場が次第に国外へと
移っていきます。ウディネの街の仕事はみるみる減り、2ヶ月に一件の割合で
会社が閉鎖するようになりました。ウディネの企業「ジリオ」の三代目のカル
ロはどうにかこの状況から脱却したいと思い、スロベニア人の建築家に相談を
持ちかけます。
(スロベニアはイタリアと国境を接しており、ウディネからスロ
ベニアの首都リュブリャナまでは車で約 30 分)
この建築家というのが、実は私の大学時代の同級生でした。手弁当だが手伝
ってくれないかと言われ、軽く引き受けたのですが、実際に訪れてみると非常
に素晴らしいところでした。
この地域は、ドイツとオーストリア、スロベニアの国境にもほど近く、さま
ざまな文化が混じっています。元々オーストリア領だった時代もあり、トーネ
ット社でも使われている伝統的な蒸気曲げ木の技術が伝わっていました。この
工法は部材の無駄が少なく、美しい曲線が出ることで知られています。
曲げた木を美しく見せるにはロッキングチェアしかないだろうと、私はデザ
インに取りかかります。まず 5 分の 1 の模型をつくり、ロッキングの中心のバ
ランスや、曲げ木の美しさが見えるかという検討。次に 1 分の 1 モデルの製作
に入ります。本当は木工でつくりたいのですが、私のスタジオには工作機械が
ないため、紙のモデルを製作しました。紙でできているため本当は座れません。
座面下に本などを積み重ね、とりあえず座れるようにしてみると、背のあたり
やアームの角度などの具合が分かります。私が座ると椅子が大きいが、欧米人
が座ると小さいというように、座る人の体の大きさによってボリュームを調整
しながら、データをつくりかえていくのです。
一方、ジリオは、データを送ってもそのまま立体にすることはできないので、
昔ながらの二次元の図面(天面、正面、側面)を起こし、モックアップをつく
ってもらいます。微調整をした後、曲げ木のサンプルもつくり、実際に座るこ
とができる試作品へと仕上げます。この試作を元に、もっと細かく座面のかた
ちやエッジの角度を整えたり、部材を小さくできないかという研鑽も行います。
また、一度スタジオに持ち帰り、最初のモックアップとの差異を研究すること
で、ようやく二つ目の試作に入るのです。
二つ目の試作があがると、再び現地に行って、つくっている様子実際に目
で確かめます。実際にデザイナーが行くということはとても重要です。この街
はすべてが分業になっているので、鉄工所、合板屋、無垢材の切削、塗装とい
うように小さな工場がたくさん並んでいて、連携している。現場にデザイナー
がいることで、職人たちも力をいれてやってくれますし、こちらも修正をかけ、
図面に反映しやすくなる。また、付き合いが続くことで、彼らが得意としてい
ること、逆に苦手なこと、どういうものを作り、どのような販路にもっていっ
たらよいかということが、経験値を経てコンサルティングができるようになる
のです。
こちらが手弁当で行っていることもあり、途中休憩や夜には、おいしい食事
を用意してくれます。ここに豊かな家具産業があったことは、豊かな食生活が
みていても分かります。実は、大麦のリゾット発祥の地であり、スローフード
もここで発想を得て、提唱されるようになったとも聞きます。それから、車、
ファッションに続いて、家具製造はイタリアにおける製造業のトップスリーに
入るんですよ。それだけに支えている人のプライドも高い。彼らが潤沢に飲み
食いすることで、地の人々の暮らしがまわってきたというところもあるのです。
だから家具業が潰れていくと、食文化を含む地域産業全体が落ち込んでしまう。
4 年目に入った現在はフラットパックにできる折り畳み椅子の製造も行って
います。ボリュームダウンし、運搬しやすくしたことで、販路も広がり、ヨー
ロッパ各国や日本、また通販でも販売をしています。
自分を通して歴史と現代を融合する。
古い歴史を新しいデザインで意識してみようと、100 年前のビクトリア時代の
建物の屋根瓦に使われていたリッジタイルを使った鳥小屋「Reclaimed Rooftile
Birdhouse」をデザインしました。タイルを短く切り、屋外の使用に耐えうる針
葉樹のパイン材にレーザーでカッティングし、同時に模様を入れています。で
きるだけ少ない工程を求め、事務所のインターンが組み立て、自己製造販売を
はじめました。
またこれを応用し、震災後にミラノ在住の日本人デザイナーが中心となり開
催されたチャリティーボックスデザインの展示会にも出展しました。震災の復
興に向けて、鳥小屋を加工して、紙幣をいれてもらうと鳥が鳴くというボック
スをデザイン。その行為を楽しんでもらい、それで喜びと引き換えに、チャリ
ティーに参加してもらう。震災を経て、デザイナーとして何ができるのだろう
と考えていましたが、小さくともデザインで貢献できるあることに気づきまし
た。また、古いものと組み合わせることで、デザインしたものがメッセージを
運ぶだけでなく、デザインする行為自体を伝えることに興味が湧きました。
週末になると、私は車に自転車を積み、ロンドン郊外に出かけては走ってい
ます。所持している自転車は全部で 5 台。なかには 1904 年製のものもあります。
ずいぶん古いものですが、乗り心地は最高です。このように自転車に乗り始め
たことで、いろんな変化が訪れるようになりました。自転車はメカなので、き
ちんとメンテナンスしていないと、楽しむことすらできません。プロダクトデ
ザイナーとして学ぶべきところも多いのです。風をきり、汗をかき、自然を体
で感じることもできます。走っていると、突然アルパカに出会います。
「このア
ルパカの毛は誰が紡いで、誰が着るんだろう……」などと、考えを馳せます。
雲の動きなど自然の変化にも敏感になってきて、都市のなかで小さくてもたく
ましく育つ雑草にも興味を持つようになる。そういったものがすべて見逃せな
くなるのです。
スタジオの入り口に置かれているチーズ型のドアストッパーは、もう 7 年
くらい使っているのでしょうか。代替わりの新品を買ったのに、まだ古いもの
を使っています。使い続けているうちに、風景に溶け込み捨てられなくなって
しまうのです。新しい素材を使っても実現可能なのでは……そんなものづくり
がしたいと思うようになりました。
私がイギリスで一番好きな家。ケンブリッジにあるテイトギャラリー(現在
のテイトモダン、テイトブリテン)の初代館長の自宅で、
「ケトルズヤード」と
いうギャラリー。典型とも呼べるイギリスのカントリー調の椅子に自然とアー
トが融合したすばらしい空間です。
歴史のなかに存在するこうした椅子を小さなプロダクトとして再現しようと、
紙製の椅子に背景と床を加え、ハガキ大の大きさでパックにしたのが“16 分の
1”を意味する「1 to 16」です。
私はたまたま古いものを持っていたパートナーと知り合ったこともあり、普
段ビクトリア様式の家に住み、歴史のある椅子を使っています。しかし、同じ
世界観をもっとたくさんの人に伝えたいと思っても、こうした椅子はそう簡単
に買えるものではありません。手のひらに乗る 16 分の 1 の模型にして再現すれ
ば、世界観を共有することもできるのではないか……。
ウィリアム・モリスの壁紙とモリス商会で売っていた椅子「サセックスチェ
ア」を第一弾として発表。第二弾は「シェーカー」を考えています。紙の工作
所から発表された「テラダモケイ」さんを見て、すごく触発されたこともあり、
自分でやるほうが早いと始めたプロジェクトです。
例えば、ヒロコレッジさんの着物。現代的な柄ですが、伝統工芸士の染めを
担当し、帯も西陣織の手づくり。元々自国で使っていた普通の椅子を、シェー
カー教徒たちが実践する合理的な教義に合わせ、装飾性を排除し、強度とつく
りやすさを極めていったように、ヒロコレッジさんの着物は、歴史あるものを
今の生活に近いスピリットで作り直したデザインと呼べるでしょう。大袈裟か
もしれませんが、伝統のもの、歴史のなかにある良いものを、現代ではこうい
う楽しみがあると後世に伝えたい。
着物はその一つでもあり、私自分が使い、日本の良いものとして体現したい
のです。海外で公の場に出るとき、日本人としてしゃきっと胸を張れる。パー
ティで胸や背中が開いた洋式のドレスを着ても、太刀打ちできるものではあり
ません。しかし、着物を着たときに、自分がプライドをもって、自国の文化を
これほど気持ちが良く思えるのだと気づいたのです。この楽しみを伝えていき
たい。
これまで私がデザインしたもののなかで、ボリュームも少なくスタジオで在
庫を抱えても売り出せるものについては、自分のホームページで物の生まれる
背景、開発している様子をどんどんアップしながら、売っていこうとも思いま
す。また、それを見たい、使いたい、手に入れてみたいと思った人が直接買え
るようにリアルショップを開こうと思っています。ここでは、自分の作品だけ
でなく、自分の好きなもの──日本の精緻なつくりの日常の道具──を扱いた
いのです。
ものづくりのもう一つ手前にあるもの。
自分自身が消費者として買い物をするとき、メーカーはもちろん、デザイナ
ーがどのように苦心しているのか、ここがうまくいかなかったのか……と、ど
うしてもものづくりの背景にある苦労が目に映ってしまいます。だからこそ、
多くのものに愛情を注いでしまう。自分の生活のなかでは、がちゃがちゃして
いるのはきらいですし、ノイズのない生活をしているので、そこに合うものは
すぐに分かりますし、好き嫌いもはっきりしています。
イギリスに渡って 20 年。そろそろライフスタイルを少し変えたくなって、海
辺や森の中にスタジオを構えることを考えています。椅子の原寸大模型をつく
るための工作機械は今の環境ではスペース的におけない。そこで、ロンドンか
ら 2 時間半くらいの田舎に引っ越し、工作機械をおいて、じっくりと時間をか
けてものづくりに取り組もうかと思っているのです。
都市にいるメリットはありますが、今こうしてイギリスから日本にやってき
て面白いものを見て、食べて、感じているように、ロンドンは出かける場所に
してもいいかもしれません。
ウディネのジリオ社は、家具が売れると「売れたよ!」と電話がかかってき
た。関係の職人とバールにいって乾杯、きちんと週末には集まってパーティを
する。そんなことかいとも簡単に想像できる生活がある。人々のつながりこそ、
開発を続けていこうモチベーションとなる。ヨーロッパには、このように都市
部に住んでいなくても、豊かに暮らしている人も多いのです。それを目の当た
りにし、自分もそのようになってもいいかなと思うようになりました。
日本も例外ではありません。私は愛知県の多治見にあるギャラリー「百草(も
ぐさ)」が大好き。陶芸家の安藤雅信さんの工房の横に、ファッションデザイナ
ーで奥様の明子さんがやっているギャラリーがあり、いろんな作家ものも取り
扱っています。しかし、この場所に行くのは結構大変で、名古屋から特急で 40
分かけ、駅からは歩いて 1 時間くらい。バスに乗っても結構時間がかかる。
しかし、へんぴな場所でも質の高い創造活動をしていると、人が集まってコ
ミュニティが育っていき、ものづくりの妥協のなさが生まれていくのです。
このように日々の生活の態度から、質の高い暮らしが生まれるのだと思うので
す。私はデザイナーで、メーカーとの関わりのなかで仕事をしていますが、そ
の基本となるもう一つ手前のもの、私自身の生活を今一度育てるべきかと思っ
ています。