屋外広告物の文字情報が景観に与える影響に関する研究 立命館大学大学院理工学研究科 髙橋 了平 立命館大学大学院理工学研究科 小中 良介 立命館大学大学院理工学研究科教授 山 正史 1.研究の背景・目的 景観法の成立によって、自治体が景観計画、景観重要建造物、景観地区等を定めてその規定に基づいて屋 外広告物を規制できるようになった。また、改正屋外広告物法では、許可地域(許可を受けなければ屋外広 告物を表示できない地域)の追加、禁止地域の追加、禁止物件の追加、簡易除去の対象の範囲の拡大などに ついて定められ、これまでより厳しい規制が可能になった。このように、近年日本でも屋外広告物の規制が 本格的に行なわれつつある。現在の屋外広告物規制に関する法制度は、広告物の大きさ、色彩、位置などに ついての規制を行なっており、文字情報については規制していない。しかし、屋外広告物が景観の評価やイ メージに影響を与える要素は、文字情報も考えられる。文字は意味作用を持ち、それが人に何らかのイメー ジや概念を与え、景観全体のイメージや評価に影響を与えていると考えられる。本研究では、①屋外広告物 の文字情報が景観に影響を与えるか、②どのような屋外広告物の文字が景観に悪影響を及ぼし、その影響は どの程度かを把握する事を目的とする。 2.研究の方法 実験Ⅰでは、20 種類の屋外広告物の文字について、人々がそれらを見たときに持つイメージを把握した。 また、主成分分析を行い、どのような広告文字がどのようなイメージをもたれているかを把握した。その結 果から、広告物文字を5つのグループに分類した。実験Ⅱでは、文字の無い景観(文字無し景観)画像 20 例について、人々がそれらを見たときに持つイメージを把握した。また、主成分分析によって、どのような 文字の無い景観がどのようなイメージをもたれているかを把握した。その中から特徴的なイメージを持つ景 観画像を5例選択した。 実験Ⅲでは、調査Ⅱで選択した景観画像5例について、<好ましい―好ましくない>10 段階で評価しても らい、それぞれの景観の評価を把握した。実験Ⅳでは、5例の文字無し景観と、5種類の広告物文字グルー プとを組み合わせ、 合成した画像 25 種類について、 <好ましい―好ましくない>10 段階で評価してもらい、 それぞれの景観の評価を把握した。どのグループの広告文字がある場合、また、どの文字無し景観画像の場 合に、景観の評価が高く/低くなるのかを把握した。実験Ⅴでは、広告物文字グループと、文字無し景観と の調和度を5段階で評価してもらい、平均値を求めた。文字無し景観5例と、広告物文字グループ5種類の 組み合わせで、合計 25 種類について調和度把握した。 実験Ⅰ、Ⅱは、立命館大学の土木・建築系学科の学部生・大学院生 27 人を被験者とした。実験Ⅲ、Ⅳ、 Ⅴは立命館大学の土木・建築系学科の学部生・大学院生 29 人を被験者とした。 3.屋外広告物の文字のイメージ 京都市中京区、京都市山科区、滋賀県草津市、また、ウェブサイト上の景色の画像から、屋外広告物の文字 を収集した。それらの中から、様々な業種を網羅するように配慮し、任意に屋外広告物に書かれた文字 20 例を選択した。その後、27 名の学生に対してアンケートを行った。20 例の広告物文字ごとに、イメージを 表現する言葉 10 個(表2)について、それぞれのイメージの強さを5段階で評価してもらった。20 例の広 告文字は表1の通りである。それぞれの文字について 10 個のイメージごとに、平均値を出した。そのデー タから主成分分析によって、それぞれの広告文字のイメージ分析を行った。第一主成分を<大衆―高級>、 第二主成分を<疎遠―身近>とした。その結果から、広告文字のイメージ分類を行い 5 つのグループに分類 した(図1) 。5 つのグループのそれぞれの文字の種類とイメージは表3の通りである。 1 4.文字無し景観のイメージ 様々な景観の画像の中から、幅広い種類の景観を網羅するよ うに、任意に 20 例を選択した。その後、画像処理ソフトを用 いて、文字を入れ替えることのできる文字が無い白い広告物を 4つずつ設置した。また、画像内の他の広告物の文字は、ぼか すなどして読み取れないようにした。 その後、27 名の学生に対してアンケートを行った。20 例の文字無し景観について、10 個のイメージを表現 する言葉(表4)それぞれについて、イメージの強さを5段階評価してもらった。その後、それぞれの文字 について 10 種類のイメージを表現する言葉ごとに、平均値を出した。そのデータから主成分分析を行った。 第一主成分を<静か―うるさい>、第二主成分を<古い―新しい>とした。それぞれの文字の無い景観のイ メージは図2のように表された。その中から、特徴的なイメージのもの(図2の中の丸で囲んだもの)を選 択した。それぞれのイメージは表4の通りである。 5. 「文字無し景観」と「文字がある景観」の評価 5−1 文字無し景観の評価 2 主成分分析の結果、選択した5種類の文字無し景観画像(表5)について、それぞれ、 「好ましい―好まし くない」の 1~10 の 10 段階の評価をしてもらった。それぞれの景観画像について平均値を出した(表4) 。 この数値は、後に、文字無し景観の評価と文字がある景観の評価との相関を見るためのものである。 主成分分析において、 「静かで古いイメージ」となった景観画像が最も高い評価の 8.05、次いで、 「新しいイ メージ」となった景観画像が 6.05 であった。また、評価が悪かったもの(好ましくないと評価されたもの) は、 「うるさくて古いイメージ」となった景観画像で、1.60 であった。 5−2 文字がある景観の評価 先に選んだ5例の文字無し景観の画像(表5)の広 告物の空白部分に、画像処理ソフトを用いて、グルー プ化された広告文字グループ((1)∼(5))を挿入する。 5 例の文字無し景観画像と、5種類の広告物文字グル ープの組み合わせで、合計 25 種類の景観画像を作っ た。アンケートを行い、その 25 種類について、 「好ま しい―好ましくない」 を 10 段階で評価してもらった。 25 種類それぞれについて、評価の平均値を求めた。 最も評価の高かったものは、 「静かで古いイメージの 景観」の中に、 「高級で身近なイメージの広告文字」が ある場合で 8.69 点であった。次いで評価の高かったも のは、 「新しいイメージの景観」の中に、 「高級で疎遠 なイメージの広告文字」がある場合で 6.24 点であった。 また、最も評価の低かったものは、 「静かで古いイメー ジの景観」の中に、 「大衆的で疎遠なイメージの広告文 字」がある場合で 1.97 点であった。 表6では、景観の評価平均点と文字無し景観の評価平均点との差が正のケースを桃色、負のケースで絶対 値が5以下のケースを水色、負のケースで5以上のケースを青色に塗った。文字が無い場合と比べて最も評 価点数の変化が大きかったものは、 「静かで古いイメージの景観」の中に「高級で身近なイメージの広告文字」 がある場合であった。 「静かで古いイメージの景観」は、広告文字グループ(4)以外と組み合わせた場合に 大きく評価を下げた。また、文字無し景観が③と④の場合、全てのケースで、広告文字がある景観の評価平 均点の方が高かった。一方、文字無し景観が⑤の場合は、全てのケースにおいて、広告文字がある景観の評 価平均点の方が低かった。 6.文字無し景観と広告文字との調和度 6−1調和度の把握 実験Ⅴでは、文字無し景観と、広告文字との調和度を把握した。 文字なし景観画像 5 例、広告文字グループ5種類の組み合わせ 25 通りである。25 通りについて、文字の無い景観と広告文字グループ との調和度を、アンケートで把握した。ここでは、実験Ⅳのように 広告文字を景観画像に組み込むのではなく、被験者に別々に見せて 調和度を評価してもらった。調和の程度が<高い>―<低い>で1 から5の5段階評価をしてもらい、それぞれの調和度の平均を求め た。 6−2.調和度と景観評価との相関 調和度と景観の評価の相関があるか、またその相関がどの程度強 いものかを把握する。相関が強い場合は、 「広告文字のイメージと景 観のイメージとの調和の程度」が、景観の評価に影響していること 3 が分かる。また、相関が無いときは、調和度は、景観の評価(好ましいか好ましくないか)に関係していな いことが分かる。結果は、相関係数は 0.8977、無相関の検定は1%以下となり、相関関係が認められ、調和 度が景観の評価に大きく影響していることが明らかになった。 7.広告文字のイメージと景観評価との相関 文字グループのイメージの種類〈(1)∼(5)〉と景観評価点数との相関があるかを把握した。相関が強い場合 は、景観の評価が、その景観の中に含まれる広告文字のイメージによって大きく左右されることが分かる。 また、相関が無い場合は、広告文字のイメージは、景観全体の評価(好ましいか好ましくないか)とは関係 ないことが分かる。文字をイメージごとに分類したグループ(イメージの種類)をカテゴリ変数として、相 関比を求めた。結果、相関比は、0.0141 となり、相関が無いことが明らかになった。従って、屋外広告物の 文字のイメージは、直接的には景観の評価には影響しないことがわかった。 8.まとめ 本研究では、屋外広告物の文字情報が景観の評価に影響しているか、また、どのような屋外広告物の文字 が景観に悪影響またはよい影響を与えているか、またその影響の程度はどれほどかを把握することを目的と して、アンケートによる心理実験、イメージ分析を行った。広告文字のイメージ分析では、広告文字につい て 10 個のイメージを表現する言葉ごとにイメージの強さの点数をつけてもらい、主成分分析を行ったとこ ろ、<大衆―高級>、<疎遠―身近>の軸で複数のイメージに大別できた。 文字無し景観画像5例と、5種類のイメージの広告文字グループを合成した、25 例の景観画像についての 評価では、 「静かで古いイメージの景観」の中に「高級で身近なイメージの広告文字」がある場合、25 例の 全景観画像中最も評価が高く、 「大衆的で疎遠なイメージの広告文字」がある場合全景観画像中最も評価が低 かった。両者の景観(文字の無い景観)は同一であり、広告文字だけが違うものであった。以上のことから、 景観全体の評価は、広告文字の影響が大きいことが知られた。 文字無し景観に、広告物文字を合成した場合、評価がどのように変化するのかを把握した。特に、 「静かで 古いイメージの景観」②は、広告文字グループ(4)以外と組み合わせた場合に大きく評価を下げた。また、 「特徴の無い景観」⑤も、広告文字があることによって評価を下げた。一方、 「うるさく古いイメージの景観」 ③と、 「うるさいイメージの景観」④は広告文字によって評価が下がることは無く、若干上がった。以上のこ とから、屋外広告物の文字があることによって評価が大きく下がる景観、また、下がらない景観があること が知られた。 また、調和度と景観評価との相関を把握することでも、景観の評価における屋外広告物の文字情報の影響 が大きいことが分かった。 「文字が無い景観と広告文字との調和度」と、 「景観の評価」との相関が大きく、 景観と広告文字との調和度が、景観の評価に影響していることが明らかになった。広告文字のイメージが直 接的に景観評価に影響するというよりは、そのイメージと景観とが調和するかどうかが景観評価に大きく影 響しているということが知られた。 参考文献 1)林 周二(1961) 「企業のイメージ戦略」 2)水島恵一 上杉 喬(1983) 「イメージの基礎心理学」 3)辻大輔(2005) 「景観における屋外広告物のコントロールに関する研究∼近畿2府4県を対象として∼」 立命館大学大学院 2004 年度修士論文 4
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