WebCR2013/7 WebComputerReport 連載 IT新時代と パラダイム・シフト 第45回 米諜報機関によるネット監視の衝撃 日本大学商学部 根本忠明 英 ガ ー デ ィ ア ン 紙 は 、今 年 6 月 5 日 、米 NSA( 国 家 安 全 保 障 局 )が 米 電 話 会 社 の 通 話 記 録 を 収 集 し 個 人 情 報 を 覗 き 見 し て い た 事 実 を ス ク ー プ し た 。ア メ リ カ 諜 報 機 関 に よ る ネ ッ ト 監 視 の 暴 露 は 、2000 年 の エ シ ュ ロ ン 事 件 に 匹 敵 す る 米 国 史 上 最 大 級 の機 密流出 といってよく、オ バマ政権は対応に苦 労して いる。ここでは、この事件 の簡 単な経 緯と、このアメリ カ政府 によるネット 監視の 内外へ の影響につ いて、考 えてみることにする。 事件の経緯 まず、今回の事件の経緯について時間を追って説明しよう。この事件の騒ぎは、 英ガーディアン紙(6 月 5 日)と米ワシントン・ポスト紙(6 月 6 日)が、米諜報 機関による秘密裏な個人情報収集の実態をスクープしたことに始まる。 NSA と FBI と が 、極 秘 情 報 収 集 プ ロ グ ラ ム「 プ リ ズ ム( PRISM)」を 使 っ て 、テ ロ対策を名目にしてネット上の個人情報を監視していたという衝撃的な事実が、明 るみになってしまったのである。 し か も 、 米 政 府 機 関 の 秘 密 裏 の 情 報 収 集 に 、 イ ン タ ー ネ ッ ト の 接 続 業 者 や SNS や ク ラ ウ ド サ ー ビ ス な ど の 米 IT 企 業 の 大 手 9 社 が 協 力 し て い る こ と が 、 公 表 さ れ てしまった。すなわち、世界中のネット利用者が、米政府の情報監視下に置かれて 盗聴されている実態が、クローズアップされてしまった。 この内部告白によって、アメリカ国内だけでなく、欧米諸国や中国などからも、 米政府に対する批判の声が高まっている。サイバー攻撃を仕掛けてきた中国に対す るアメリカの強硬姿勢も、腰砕けになりかけている。 WebCR2013/7 34 WebComputerReport WebCR2013/7 WebComputerReport この秘密裏の情報監視を内部告発したのが、米国人エドワード・スノーデンであ っ た 。 彼 は 、 NSA の 外 部 契 約 会 社 社 員 で あ り 、 ま た CIA の 技 術 職 員 と し て 一 時 働 いていたとされる人物である。 ス ノ ー デ ン 自 身 の 経 歴 は 紆 余 曲 折 を 経 て お り 、NSA や CIA と い っ た 情 報 機 関 が 、 彼のような不可解な人物に、機密情報へのアクセスを簡単に許し内部告発される事 態に陥ってしまったのか、不思議である。 こ の ス ノ ー デ ン は 、 英 紙 の ス ク ー プ に 先 立 つ 5 月 20 日 に は 、 ハ ワ イ か ら 香 港 に 出 国 し て い る 。 こ の 際 、 ハ ワ イ の NSA 事 務 所 か ら 機 密 文 書 を コ ピ ー し て 持 ち 出 し たという。潜伏先として香港を選んだことからも、用意周到な計画の上で内部告発 がなされたことは、疑いの余地はない。 こ の 事 件 の 発 覚 後 、ア メ リ カ 政 府 は 香 港 政 府 に 対 し て 引 渡 し を 求 め た が 無 視 さ れ 、 当 人 は 6 月 23 日 に モ ス ク ワ 入 り し て い る と い う 。 ス ノ ー デ ン の 亡 命 に 、 中 国 、 ロ シアといった大国の駆け引きが垣間見える。あのウィキリークスのジュリアン・ア サンジも、彼の亡命を支援しているという。 アメリカの情報監視体制強化の内部事情 今回の事件の衝撃な点は、アメリカ政府がテロ対策を名目にして、世界中のウェ ブ上の個人情報を秘密裏に収集していたという事実であり、オバマ大統領や国家情 報 長 官 ( DNI、 米 政 府 諜 報 機 関 の 最 高 責 任 者 ) も 、 こ の 事 実 を 認 め て い る 。 ア メ リ カ は 、 911 事 件 以 降 、 テ ロ の 脅 威 に さ ら さ れ て お り 、 大 統 領 に と っ て テ ロ 対策は最重要課題になっている。アメリカは、イラクやアフガニスタンからの撤退 を余儀なくされており、テロ容疑者への過酷な取り調べも廃止せざるを得ない状況 に追い込まれている。 このため、それまでのテロ情報収集が困難になり、代わりに大きな役割を果たす よ う に な っ た の が 、「 プ リ ズ ム 」に よ る ウ ェ ブ で の 個 人 情 報 の 収 集 で あ っ た 。こ の 極 秘 情 報 収 集 プ ロ グ ラ ム は 、 ブ ッ シ ュ 前 政 権 が 2007 年 に 導 入 し た も の で 、 協 力 す る 民 間 の IT 企 業 大 手 は 、 当 初 は マ イ ク ロ ソ フ ト だ け で あ っ た 。 そ の 後 順 次 増 え 、 ヤ フー、グーグル、フェイスブック、アップル、ベライゾンなどの協賛企業の名前 9 社が公表されるに至っている。 こ の 「 プ リ ズ ム 」 に よ っ て 、 米 の 諜 報 機 関 は 大 手 IT 会 社 の サ ー バ ー に 自 由 に ア クセスし、パソコン、タブレット、スマホなどの利用者が9社のサーバーに蓄積し たメール、画像、通信記録などすべての個人情報を、自由に覗き見している。 ここで浮上した問題点は、次の 2 点である。1 つは、名前が公表されてしまった 米 IT 大 手 企 業 で あ る 。 彼 ら が 世 界 中 で サ ー ビ ス を 展 開 し て い る メ ー ル や ク ラ ウ ド サービス事業ほかについて、大きな支障がでてくる可能性がある。 何 故 な ら ば 、 米 IT 企 業 は 、 犯 罪 容 疑 の 有 無 に か か わ ら ず 、 こ の 「 プ リ ズ ム 」 へ WebCR2013/7 35 WebComputerReport WebCR2013/7 WebComputerReport の 情 報 提 供 を 拒 否 で き な い か ら で あ る 。ア メ リ カ の 外 国 諜 報 監 視 法( FISA)に よ り 、 諜報機関の要請があれば、これに従わなければならないのである。 2 つは、アメリカ国民の中で、政府のテロ対策を支援している人が、多数いると いう事情がある。秘密裏に個人情報を収集することへの批判派と、テロ対策上やむ を得ないとする賛成派が、現在、5分5分の状態に分かれているという。 このため、アメリカによる世界中のネット利用者が、米政府の情報監視下に置か れ覗 き見られる状態は、今後とも続 く可能 性が高 いといってよ いので ある。 ネット覇権国アメリカへの世界の反発 アメリカ政府が、世界中の個人情報を自由に監視しているという事実の暴露によ って、世界各国がアメリカへの不信を強めている。実際、世界の政府要人も盗聴さ れている実態が、その後も暴露されてきているのである。 英 紙 ガ ー デ ィ ア ン は 今 月( 2013 年 6 月 16 日 )、2009 年 の ロ ン ド ン の G20 で 、英 国 の 情 報 機 関 の GCHQ( 政 府 通 信 本 部 )が 、各 国 の 政 府 高 官 を 盗 聴 し 、ア メ リ カ の NSA が ロ シ ア 大 統 領 の 電 話 盗 聴 を 行 っ て い た と 報 じ て い る 。 これまでも、アメリカ政府による海外への不当な情報監視活動は、批判されてき た 。 2000 年 の エ シ ュ ロ ン 事 件 で 大 き な 問 題 と な っ た 。 日 本 も 例 外 で は な い 。 1995 年の日米自動車交渉で日本代表団達(橋本通産相)が盗聴されていたのである。 これまでは、海外へのハッカー攻撃やサイバー攻撃で、中国が世界中から批判を 浴び てきた。しかし、アメリカやイ ギリス も似た ようなことを やって いると 反論し てきた中国政府の主張が、正しかったことを、今回の事件は証明してしまった。 中国やロシアを含めた新興国などからの反撥は、米が主導権を握っているインタ ーネ ットの管理体制に向けられてい る。イ ンター ネットの基幹 部分が 米に集 中して おり、実質的にアメリカ政府の支配下に置かれているからである。 インターネットの主導権をアメリカから奪おうとする動きは、国連機関の国際電 気 通 信 連 合( ITU)の 場 で 、活 発 化 し て い る 。新 興 国 諸 国 は 、米 主 導 の 管 理 体 制 を 、 国連 主導のものに移管させることに よって 、これ を実現しよう としている。 こ れ が 、 昨 年 12 月 に ア ラ ブ 首 長 国 連 邦 の ド バ イ で 開 か れ た 国 際 電 気 通 信 連 合 ( ITU) の 会 議 で の 、 イ ン タ ー ネ ッ ト の 規 制 強 化 案 を 巡 る 対 立 で あ っ た 。 こ の 案 は ネット監視・検閲の強化を目指しており、欧米諸国のグループと中国・ロシアなど の新興国と、中東・アフリカのグループとの間で、対立がみられた。 こ の 会 議 で は 、 1988 年 に 制 定 さ れ た 同 機 関 の 条 約 に 代 わ る 新 条 約 が 採 択 さ れ た 。 89 ヶ 国 が 調 印 し た が 、 拒 否 ま た は 保 留 し た 国 は 55 ヶ 国 に の ぼ る 。 こ れ は 、 新 条 約 では、ネット監視が強化されたよう にも解 釈でき るからである 。この 行方に は、今 回 の 米 諜 報 機 関 の 情 報 監 視 問 題 が 、影 響 し て く る と 思 わ れ る 。今 後 の 動 向 に つ い て 、 注目していきたい。 WebCR2013/7 ( TadaakiNEMOTO ) 36 WebComputerReport
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