グリーンレポートNo.488(2010年2月号) 視 点 鉄コーティング種子による水稲湛水直播栽培 鉄コーティング種子の大量製造と 直播成功のポイント 独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 近畿中国四国農業研究センター 産学官連携推進センター 推進リーダー 山内 稔 製造には、このようにデリケートな配慮が必要なうえ、 米輸入、食料自給率の低下、高齢化にともなう耕作放 棄など、さまざまな問題が稲作を取り巻いている。苗づ 1年に一度の作業であるので、失敗は許されない。その くりなど手間ひまのかかる移植栽培を、省力的な直播栽 ため、生産者のなかには、でき上がった鉄コーティング 培に切り替えることができれば、これら問題の解決につ 種子の入手を希望する人が多い。このような事情で開発 ながる。鉄コーティング湛水直播では、発芽直前まで浸 されたのが、鉄コーティング種子の大量製造技術である。 種した種子を、鉄粉でコーティングして乾燥させて保存 この技術で、一度に処理できる種子量は乾籾重で500 しておき、代かき後に土壌表面に播く。鉄コーティング 種子は①水中で浮かない②スズメの食害を受けにくい③ è、10ha分に相当する。浸種して発芽直前の状態になっ た種子を、3人で半日かけて鉄粉と焼石膏で造粒する 農閑期につくり置きできる④資材が農薬にカウントされ (写真−1) 。浸種が不足していると播種後の初期生長が ず安価⑤表面播種であり生育を確認できるなどの長所が 遅れる。2日間で錆の発生、放熱、乾燥の工程を完了す ある。その反面、種子コーティング作業中に熱で種子を る(写真−2) 。このようにしてつくられた種子はビニー 傷めやすい、カルパーでコーティングした種子に比べて ル袋に入れて(写真−3)密封しておけば、室温で2年 初期生長が遅いという短所もある。 間保管できる(図−1) 。そのため、鉄コーティング種子 を余分につくっておき、その年の播種に余れば翌年使う ここでは、育苗センターで鉄コーティング種子を大量 100 製造して、生産者ができ上がった種子を受け取り直播栽 培するという新たな取り組みについて説明する。 2年後 育苗センターでの鉄コーティング種子の大量製造 発 95 芽 率 ︵ % ︶ 90 鉄コーティング種子では、鉄の粉が錆びて籾がらに付 着し、その錆が糊の役割を果たしている。錆を発生させ 1年後 ヒノヒカリ るために焼石膏を鉄粉に混ぜ、水をスプレーする。鉄が 錆びるときには熱が出るため、放熱を怠ると種子の温度 コシヒカリ 85 が上がり、種子が傷んで発芽率が下がってしまう。鉄コ 200 ーティング直後の種子は湿っているので、乾かして保存 600 800 図−1 大量製造後の鉄コーティング種子の発芽率の推移 性を高める。 写真−1 鉄粉と焼石膏による種子の造粒作業 冬場の作業であり、種子は催芽機(写真左後方) を使って発芽直前の状態まで浸種する。コンクリ ートミキサーを使い、一度に40∼80èを造粒する。 400 製造後日数 種子はビニール袋に入れ室温保管している 写真−2 大量製造機の利用 鉄粉と焼石膏で造粒した種子を大量製造機に入 れ、中で水をスプレーしながら通風することによ り、錆を発生させながら放熱する。最後に35℃で 通風乾燥する。 2 写真−3 鉄コーティング種子の保管 でき上がった鉄コーティング種子は、ビニール袋 に入れ紐で封をして、播種時まで室温で保管する。 グリーンレポートNo.488(2010年2月号) こともできる。 1週間後に落水状態にする。数日間落水処理した後は間 大量製造技術の実用性を確認するため、JA尾道市の育 断潅漑を行い、田面に亀裂が入るのを防ぐ。本葉が出た 苗センターで実証試験を行った。2008年2∼3月に1,380 ら湛水して一発除草剤を散布する。この後の管理は移植 è、2009年2∼3月に1,693èを鉄コーティングし、4 月末から6月にかけて、近隣の生産者がこれらの種子を 栽培と同様である。 カモの食害が発生するとき 使って直播栽培を実施したところ、良好な結果を得ている。 カモによる食害は湛水状態で発生するため、被害が予 測される場合、播種後は浅水または落水管理する(図− 鉄コーティング直播成功のポイント 2③) 。このとき、鉄コーティング種子は乾いているの 鉄コーティング直播栽培では、雑草問題が大きいので、 で、落水管理中であっても十分に水を吸わせることに留 通常の代かき前に荒代かきをして十分に雑草を抑える。 意する。種子が十分に吸水できないと初期生長が遅れる。 代かきは、ていねいに行い均平化する。均平化が不足し 代かき後から播種前の植代時に使用できる除草剤( 「テマ ていると、浅水管理ができず、高いところに雑草が多く カットフロアブル」や「サキドリEW」 )は効果があるが、 発生する。逆に排水不良の部分は苗立ち不良になる。 出芽時に水たまりができると薬害が出るので注意する。 代かき後、鉄コーティング種子が沈まない程度に土壌 また、鉄コーティング比(鉄粉/種子重比)0.5以上で が落ち着いたら、保存しておいた種子を土壌表面に播く。 播種量が乾籾5è/10aであれば、落水処理や浅水管理 浸種処理などの面倒な播種前の作業は不要である。播種 中のスズメの食害を軽減できる。鉄コーティング比また 時期は、移植栽培における移植の直前または直後である。 は播種量を減らすとスズメによる食害が大きくなる。 播種と水管理の方法には3パターンある。 散播のとき 苗立ち期の防除と倒伏軽減策 育苗期の防除と同様に、直播栽培では播種から苗立ち 代かき水を張ったまま散播する(図−2①) 。 条播または点播のとき 期の防除が重要である(写真−4) 。イネミズゾウムシが 出芽中の種子を傷つけ、苗立ち不良をもたらすことがあ 代かき水があると播種機を使えないので、一時的に水 位を下げて播種した後、再び水を入れる(図−2②) 。播 る。このほかに、アメリカの湛水直播ではカブトエビ、 種後に「サンバード粒剤」を散布する。自然減水により ザリガニ、ユスリカ、イネハモグリバエが苗立ちに影響 ① ︵ 耕 入 荒 本 播 サ なイ 起 水 代 代 種 ン どネ バ のミ ・ か か ー 防ズ 草 き き ド 除ゾ 押 粒 剤ウ さ 剤 ︶ム え をあたえるといわれている。殺虫剤の散布や落水処理が 自 然 減 水 間 断 潅 漑 シ 入 水 ︵ 本 葉 1 葉 期 ︶ 一 発 除 草 剤 有効である。林や耕作放棄地に隣接した水田、移植栽培 で箱施用剤を使用している地域では、苗立ち期の防除を 検討する。 散播したイネは、条播または点播したイネに比べて倒 落水 1週間 ② 耕 入 荒 本 播入サ 起 水 代 代 種水ン バ ・ か か ー 草 き き自 ド 押 然 粒 さ 減 剤 え 水 な︵ どイ のネ 防ミ ズ 除ゾ 剤ウ ︶ム シ 伏しやすくなっている。そのため、倒伏しやすいコシヒ 1∼2週間 自 然 減 水 間 断 潅 漑 カリのような品種は条播または点播する。倒伏を軽減す 入 水 ︵ 本 葉 1 葉 期 ︶ 一 発 除 草 剤 入 水 ︵ 本 葉 1 葉 期 ︶ 一 発 除 草 剤 るには、肥培管理、気象条件、圃場の排水に留意する。 現在のところ、直播栽培の収量は移植栽培と同等か1割 減である。 【GR】 落水 1週間 ③ 1∼2週間 耕 入荒 本 植 播 起 水代 代 代 種 ・ かか時 草 ききの自 押 除然 さ 草減 え 剤水 間 断 潅 漑 浅水∼落水 1週間 図−2 落水 写真−4 播種後に食害を受けた苗 A:出芽直後の被害、B:本葉展開中の被害、C:被害の小さいイネ(播種3週 間後、同一の水田) 直播では、本田における種子の発芽と苗の生育を観察して、異常があれば防除 を検討する。 1∼2週間 播種と水管理 ①は散播、②は条播または点播、③はカモによる食害が発生するときの水管理 3
© Copyright 2024 Paperzz