性分化疾患をめぐる医療・社会の動向 山梨大学大学院医学工学総合

性分化疾患をめぐる医療・社会の動向
山梨大学大学院医学工学総合研究部
大山建司
性分化疾患は、「染色体、性腺、または解剖学的性が非定型である先天的状態」と
定義されている。 性分化の異常を有する症例は、疾患の性質上また社会通念上、隠
蔽される傾向にあり、長くその実態は明らかにされてこなかった。しかし近年、性分化
機構の解明が飛躍的に進歩し、疾患の原因が明らかになるにつれて、疾患への関心
が高まり、患者が抱える様々な問題点も注目されるようになってきた。このような社会環
境の変化の中で、我が国でも従来使用されてきた疾患名の見直し、性分化疾患の実
態把握、社会的緊急性が高い新生児期の初期対応が検討されてきた。
従来、インターセックス、間性、真性半陰陽、仮性半陰陽、雌雄同体、等を総称して
性分化異常症としていたが、これらの用語には倫理的問題や侮蔑的な意味合いを含
むものもあり、命名法の再検討が必要と考えられるようになった。2006 年性分化異常
症の専門家による国際会議が開催され、新たな英文病名が提唱された。その結果、
Disorders of Sex Differentiation は Disorders of Sex Development (DSD)に変更された。
これに伴い、2009 年日本小児内分泌学会総会で、日本語病名を性分化異常症から
性分化疾患に変更することを決定した。 同時に、性分化疾患の用語の中で、前述し
たインターセックス、半陰陽、雌雄同体など以外に、類宦官症(低または高ゴナドトロピ
ン性類宦官症)、睾丸性女性化症、副腎性器症候群などは使用すべきでない用語と
して周知していくこととなった。具体的に、真性半陰陽は卵精巣性性分化疾患、男性
または女性仮性半陰陽は新たな用語となる 46,XY または 46,XX 性分化疾患に含まれ
る。卵巣に対応する呼称として睾丸は精巣に改める(停留精巣、精巣形成不全、精巣
機能低下症等)などがあげられる。
性分化の基本型は女性であり、在胎 12 週までに性腺•性器の性分化は完成する。こ
の間、時間的、空間的に、適切に男性化因子が作用することによって男性へと分化す
るが、異常があればその時点で男性化は停止する。そのため、外性器はほぼ男性型
から曖昧な外性器、女性型ときわめて多様で、出生時の性の判別が困難となる。在胎
15-25 週にかけて男性ではテストステロンが大量に分泌されることによって脳の性分化
(脳の男性化)がほほ完成すると考えられている。しかし、その機序および出生後の脳
の性分化に関しては不明な点が多く残されている。
外性器異常を有する児が出生した時、まず問題となるのは適切な社会的性の選択と
親への対応である。戸籍法では、出生届は14日以内だが、遅れても受理されること、
名前、性別は未記載でも届け出が可能となっている。しかし、家族にとっては緊急の
課題である。日本小児内分泌学会性分化委員会では、初期対応の標準化を図るため
初期対応の手引きを作成した(日本小児科学会雑誌115:1-12,2011)。その冒頭に「性
分化疾患は、その取り扱いについて経験の豊富な施設で扱うべき疾患である」と明記
し、性分化疾患への深い理解を共有している経験豊富な医療チームに患者を集約化
して初期対応にあたることが適切であるという考え方を示した。保護者への説明で最も
重要と考えたのは、1)虚偽を述べない 2)わかりうる情報を可能な限り提示し共有す
る 3)「わからない」「不完全」「異常」といった不安を与える表現は使用しない 4)診
断を変更することのないよう、安易な説明はしない、ということである。具体的な例とし
て「外性器の成熟が遅れている」という表現を提示した。「未熟である」 という表現より
も治療の可能性を示唆した緩やかな表現を目指している。
性の決定は親が行うものであるが、性分化疾患では担当医の意見が優先される場
合が多い。性の変更という事態が起こらないように、個人ではなく専門家チームによる
判断が必要である。従来、主として外性器の性状と外科的治療の可能性から性の決
定が行われてきたが、最近では、疾患によっては脳の性分化を考慮した判断の重要
性が指摘されてきている。性分化疾患では性同一性が重要な課題であるとの認識が
深まりつつあり、内科的•外科的治療の適応、時期についても、今後は性同一性の観
点からの再検討が必要となってくると思われる。
講演では、性分化の概略、最近演者らが行った実態調査と初期対応、性同一性に
関する調査結果を中心に述べる。性分化疾患は性同一性障害ではないが、性分化疾
患の中にも性同一性障害をきたす場合がある。性分化疾患への理解を少しでも深め
ていただければ幸いである。