中小企業金融の将来像 - 経済学部研究会WWWサーバ

経済学部 池尾和人研究会
平成15年度三田祭論文
中小企業金融の将来像
金融機能パート
大林
田中
達典
正昭
小池
松本
2003 年 11 月
由浩
亜美
目次
問題意識 ...............................................................................................................................2
構成 ...................................................................................................................................... 2
序 .......................................................................................................................................... 3
分析視角............................................................................................................................ 3
中小企業金融の現状.......................................................................................................... 4
第一部
リレーションシップ・バンキングとその機能強化............................................... 10
1章
リレーションシップ・バンキングの全体像 ......................................................... 10
1-1
リレーションシップ・バンキングの定義 ........................................................... 10
1-2
リレーションシップ・バンキングの特徴・利点................................................. 10
1-3
リレーションシップ・バンキングの変遷 ........................................................... 13
1-4
リレーションシップ・バンキングの現状 ........................................................... 22
2章
リレーションシップ・バンキングの機能強化...................................................... 27
2-1
機能強化の必要性 ............................................................................................... 27
2-2
地域中小金融機関の改革 .................................................................................... 27
2-3
地域経済の活性化 ............................................................................................... 37
第二部
リレーションシップ・バンキングの補完と代替 .................................................. 52
3章
クレジット・スコアリングの利用........................................................................ 52
3-1
クレジット・スコアリングによる融資 ............................................................... 52
3-2
信用リスク情報のデータベース.......................................................................... 53
3-3
クレジット・スコアリングの発展可能性 ........................................................... 59
4章
リスク移転 ............................................................................................................ 63
4-1
証券化 ................................................................................................................. 63
4-2
ローン・パーティシペーションとローン売却 .................................................... 67
4-3
クレジット・デリバティブ................................................................................. 70
4-4
シンセティックCDO ........................................................................................ 72
4-5
信用補完 ............................................................................................................. 75
5章
創業企業への資金提供.......................................................................................... 79
5-1
はじめに ............................................................................................................. 79
5-2
ファンド型融資................................................................................................... 82
5-3
公的債務保証制度 ............................................................................................... 85
5-4
知的財産によるファイナンス ............................................................................. 89
[補論]金融仲介者のファイナンス手法と金融仲介行動への影響 .............................. 101
参考文献........................................................................................................................ 104
1
問題意識
日本全体の企業群の中で中小企業はその企業数や雇用数、成長力、生産性という観点から重要
であると考えられる。日本が現在の停滞から抜け出すためには、従来型の大企業依存ではなく、
中小企業が中心となって経済を活性化させることが必要である。
これまで中小企業は資本市場への直接のアクセスが困難であった。また、競争条件が厳しく企
業経営の安定化を図るのに必要な準備金まで十分に持つ中小企業は稀であり、一般的に手元流動
性が常時乏しく常に銀行に依存してきた。その結果として伝統的間接金融が定着した。しかし、
90 年代からの環境変化に伴い、資金の需要と供給が一致しないという事態が表面化し、一部の
中小企業に円滑に資金が供給されなくなった。また、金融機関の低収益構造が問題視されはじめ、
金融機関の方向転換の必要性が認識されるようになった。
このような問題を抱える中小企業金融の方向性を考えるためには、都市部と比較してその問題
が特に深刻である地方部の中小企業と金融機関の関係に着目してそこに解決の糸口を見つける
ことが適切だと考える。
構成
まず、序の中で分析視角として本論文で取り扱う中小企業像を定義し、次に中小企業金融の現
状で中小企業と金融機関の置かれている現状を分析し、今後の地域中小金融機関のとるべきビジ
ネスモデルを提示する。
1章ではリレーションシップ・バンキングの概念説明と、特徴・利点、変遷を説明して、リレ
ーションシップ・バンキングの現状分析につなげる。そして、1章で導いた現状でのリレーショ
ンシップ・バンキングの問題点について、2章では、その機能強化に着眼して論じる。機能強化
では、地域金融機関の収益性・健全性確保と事業再生・創業支援という地域経済の活性化を考え、
リレーションシップ・バンキングの今後の方向性を示す。
更なる発展として、3章以降ではリレーションシップ・バンキングの補完と代替について説明
を試みる。
3章ではクレジット・スコアリングという手法によって、新たな資金提供形態の可能性を考え
る。4章では、地域リスクを単一の地域中小金融機関に集中させるのではなく、多様なリスクの
引き受け手を創り出す方法を論じる。5章ではリスクの高い創業者へ資金を提供するために考え
られる資金提供主体と資金提供スキームを検討する。
最後に補論として金融仲介者のファイナンス手法と金融仲介行動への影響を付け加える。
2
序
分析視角
本論文では、中小企業の定義として資本金 3 億円未満の株式非公開企業を指すこととする。株
式非公開企業とは市場からのガバナンスが利かず、信用力の点でも劣る傾向が強い。情報の不完
全性・非対称性問題を抱えているといえる。
また、一括りに中小企業といっても一様ではなく、その特徴・性質ごとに必要とする資金の性
質・金融仲介者の役割(モニタリングの方法、審査プロセスにおいて依拠する情報の蓄積方法、
解釈方法、資金提供方法など)は異なる。したがってそのような区別を付けるために、中小企業
を下図のように①成長段階、②産業分野成熟度ごとに分類する。
中小企業
成長段階後期
A
B
成長段階中期
成熟産業分野
新興産業分野
成長段階初期
C
D
新規開業期
①
成長段階の軸
・成長段階中、後期の中小企業
資金調達の方途を資本市場に拡大する必要性を感じていない企業。多くの資金を必要としてお
らず、銀行による融資に頼る傾向がある。図では A、B に相当する。
・新規開業期、成長段階後期の中小企業
将来の成長に向けての資金需要は強いが、一般に事業・収益基盤が未成熟でリスクも高い企業
であるため、銀行によるリスク負担には限界がある。図では C、D に相当する。
3
②
産業分野成熟度の軸
環境情報=産業分野に関する情報(マーケットの成長過程、現在規模、今後の成長性等)
・成熟産業に属する中小企業
「環境情報」がある程度定まっているため、それを確立した価値基準として、企業の評価に利
用できる。図ではA,Cに相当する。
・新興産業に属する中小企業
「環境情報」が整っていないため、企業情報からしか企業を評価できず、ハイリスクとなる傾
向が強い。図ではB,Dに相当する。
中小企業金融の現状
① 中小企業の資金不足
中小企業は資金繰りに苦しんでいる。まずは中小企業全体の傾向を掴むために、図表1から読
み取れる2つの事柄について考える。
まず1つは、バブル崩壊直後の 90 年代初めから中小企業の資金繰りDIが一貫して悪化傾向
にある。大企業のそれが一時的な下落を除いて横ばいであることと比較しても、中小企業の長期
的な落ち込みは明らかである。つまり、90 年代を通して大企業金融がほぼ安定的であったこと、
中小企業金融が問題を抱えていたことが分かる。
次に特徴的な1時点に関して考察する。98 年前後に大企業・中小企業に関係なく資金繰りD
Iが悪化していることが分かる。これは、98 年度から導入された早期是正措置の発動を避ける
ために、金融機関が自己資本比率の引き上げを進めたことに起因する。その手段として、自己資
本比率算定上の分母となる資産の中で大きな割合を占める貸出残高を減らすことが有効だった。
この時、貸出先の質に関係なく金融機関貸出残高は減少した。そして、金融機関の自己資本比率
引き上げが一段落した後も、中小企業に対する貸出しは減少傾向を続けた。その理由は、比較的
リスクの高い中小企業向けの貸出しが金融機関にとって採算割れ1となっていたからである。
1 ここでの採算割れとは、中小企業向け貸出しをポートフォリオとしてみた場合、このポートフォリオか
ら得られる金利収入からでは、そのポートフォリオから生じる貸し倒れリスクをカバーできない状況と定
義している。
4
(図表1)資金繰りDI(好転−悪化)の推移
(引用)平成 14 年中小企業白書
DI:Diffusion Index 業況判断指数
従来、日本の銀行は借り手の信用力が異なってもあまり貸出金利には差をつけなかった。これ
は、どんぶり勘定的にすべての貸出先からの金利収入によって、全体の貸し倒れ損失をカバーし
てきたことを意味する。つまり、相対的に信用リスクの低い借り手はリスクに見合う以上に高い
金利を支払い、相対的にリスクの高い借り手は本来のリスクから見れば割安な金利で借入れを受
けることができていた。
しかし、金融自由化の時代に入ると銀行がこのような貸出金利設定を続けることはできなくな
った。リスクの低い借り手は次々と、銀行を離れて社債などの発行へとシフトした。そこで、銀
行からすれば、残された借り手からリスクに見合った金利を得なければいけない。銀行が、採算
割れとなっている借り手に対して、貸出金利の引き上げか、さもなければ貸出しを回収するとい
う姿勢は、金融機関自体の生き残りをかけた行動と言える。
5
② 中小企業の資本構成
企業には内部資金以外に外部からの資金調達手段として、直接金融や間接金融、企業間信用、
ファイナンス・リースなど、多様な選択肢がある。国民生活金融公庫総合研究所の実施する「中
小企業経営状況調査」(図表2)で、負債と資本の各項目の総資産に対する比率を見る。
まず、日本の中小企業では、銀行からの借入金が 2000 年度には 40%に達しており、この比率
は年々高まっている。それ以外の項目では、政府系金融機関からの借入金、経営者個人や家族・
その他からの借入金、自己資本の比率に特に変化は見られず、支払手形や買掛金といった企業間
信用は減少する傾向にある。また、社債・CPの発行による資金調達はほとんど見られない。さ
らに、調査結果を他の主体と比較すると、日本の中小企業は自己資本の割合が他に比べてかなり
低いことが分かる。
日本の中小企業は依然として金融機関からの借入れに依存していると言える。加えて、自己資
本比率が低いことから一般に日本の中小企業は資産構成が偏っており、経営が不安定であると言
える。法人税率が米国に比べて高いことから内部留保が蓄積されにくく、銀行融資が従来は安定
していたことから、自己資本比率が低水準となり、このような資産構成の傾向が定着した。現状
で資金調達多様化の必要性は認識されているが、他の資金調達方法として直接金融(社債・CP
の発行)は制約が多く、多くの中小企業にとって有効な資金調達手段とはならない。
このような資産構成を含む企業経営の数値を集めた財務諸表などの財務データは外部から資
金を借入れる際の有効な基準となる。だが、その財務データ整理と蓄積には費用とノウハウが必
要であり、多くの中小企業はデータが未整備のままである。このことが中小企業の経営をより不
透明にしている。
(図表2)企業の資金調達構造(1980∼2000)
日本・中小企業
6
日本の大企業
アメリカの中小企業
アメリカの大企業
7
(資料)国民生活金融公庫総合研究所「中小企業経営状況調査」
財務省「法人企業統計年報」
米国財務省「Quarterly Financial Report」
③ 資金需要と資金供給の不一致
ある中小企業は貸出金利を支払う意志があるにもかかわらず、融資を受けられないことや、融
資を引き上げられることから、金融機関側の融資態度の厳しさに不満を抱いている。一方で、必
要な資金は既に持っており、これ以上資金の借入れを必要としていないのに金融機関から資金提
供を申し入れられる中小企業が存在する。
また、金融機関は預金という十分な量の原資を持っており、運用して預金金利と利益を稼がな
くてはいけない。しかし、自らの融資基準を満たす融資先となる中小企業を十分に見つけること
ができずにいる。金融機関は安心して融資を行えるという意味の優良な貸出先を十分に得ていな
い。よって、既存の優良貸出先には資金需要を超えて融資を行うことで、手元の資金を運用しよ
うとする。しかし、そういった企業は経営が安定しており、資金の使い道があるわけではないの
で、融資取引は成立しない。他方で、融資を求めている中小企業は信用リスクが高いことや経営
が外部から観察しにくいことから金融機関側が融資を実行できないので、融資取引はやはり成立
しない。
ここで、公的金融や監督当局の関与が資金の需給に歪みを生じさせている可能性が考えられる。
例を挙げると、公的資金を受けた主要行には、監督当局から中小企業向け貸し出しの目標値が設
定されており、その目標を達成しない場合は何らかのペナルティーを課せられることが考えられ
る。それを恐れる金融機関が優良中小企業に対してのみ過剰な資金供給を行った。このような公
的金融と監督当局の関与については、我々の論文の範疇を超えていると判断し、詳述はしないも
のとする。
資金の需要と供給のミスマッチングを解消するのが金融仲介の主要な機能であるから、この問
題は金融機関側の努力で解決するべき問題であると言えないことはない。しかし、企業と金融機
関の両者の間に存在する情報の非対称性は、金融機関側の働きかけだけで解決できるものではな
く、両者の努力で解消するべき深刻な問題である。
現状ではその中小企業の置かれている状況に独特な構造的な問題が発生していることを考え
る。以下では、企業をその属性から“分析視角”で分類した企業群ごとにその構造問題を分析す
る。本論文ではその分類の中で特にA企業(成熟産業分野・成長段階中期∼後期)とD企業(新
興産業分野・新規開業期∼成長段階初期)の企業に焦点を当てる。
<A企業の現状>
Aの中には今後、期待できる高い成長力がなく、しっかりとした経営基盤を持っていない企業
が含まれている。それらには、十分な収益力がなく健全性を維持できない。信用リスクは高く本
8
来の適正金利は現実の金利よりも高いはずだ。しかし、その差だけ金利を上昇させることは企業
にとって大きな負担となる。
金融機関が企業の倒産を恐れて低利で資金を提供し続けて、健全でない企業を存続させている
事態が見受けられる。そのような企業には、再生の可能性があると判断すれば、ビジネスマッチ
ングや新規の事業を開拓する試みを実行し、再生の可能性がないと判断すれば、廃業を促す試み
を進めるべきだ。しかし、そのような動きが企業側からも金融機関側からも始まらないという現
状がある。
<D企業の現状について>
バブル崩壊以後の景気低迷長期化で、経済社会に蔓延する閉塞感は、開廃業率の逆転(開業率
<廃業率)という事態に象徴される。さらに、開廃業率水準を都道府県別に見ると、地方部ほど
総じて開業率・廃業率ともに低調であり、経済社会の新陳代謝の停滞は地方部ほど深刻であるこ
とが分かる。このことから、日本では開業率を上昇させること、つまりは、創業を増やすことが
必要となっている。地方ではその傾向が強く、地域に根付いたベンチャー創出には政策や地方自
治体も興味を示している。
90 年代半ば以降のベンチャービジネスブームは、バブル崩壊以後の経済社会の閉塞感を打破
していくための存在として、成長・拡大を志向するITやバイオの分野に代表されるようなベン
チャー企業を支援しようという動きが官民を挙げて急速に活発化したものである。だが、そうい
った高成長志向型の企業を支援するだけでは開業率の上昇、そして地域経済の活性化に向けて十
分でない。高成長は志向しないが、地域で必要とされる産業での創業や、既存の企業による“第
二の創業”に重点を置くことで、創業のすそ野を広げることが今取り組まれている。
創業において1番の問題は創業資金の調達である。個人で創業する際には、それを自己資金で
賄わなければいけない。その不足分を現状では多くの場合、親戚・知人などの“顔の見えるネッ
トワーク”から借りることで調達している。起業予備軍は十分に存在するのに、起業実現率が低
いという事態の大きな要因として、この資金調達の困難さがある。金融機関や投資家など、資金
の提供者はベンチャー企業が新興産業分野で業歴も浅いことから信用リスクや事業の可能性の
審査が十分にできずにいる。また、創業支援は資金提供だけでなく、経営のノウハウやマーケテ
ィング面でのアドバイスの提供も必要である。
以上で見てきた現状に対して、地域中小企業に地域中小金融機関が金融サービスを提供するた
めに、リレーションシップ・バンキングというビジネスモデルを提案する。なぜなら、このビジ
ネスモデルこそが前述した情報の非対称性問題の解決に有用であり、企業と金融機関の双方が協
力して問題を解決するからだ。さらに、地域中小企業の再生や起業を支援するために必要な情報
を十分に蓄積し、必要とされる金融総合サービスを提供するためには、地域中小金融機関が地域
に密着することが必要であり、リレーションシップはそのような取組みを可能とするのである。
9
第一部
1章
1-1
リレーションシップ・バンキングとその機能強化
リレーションシップ・バンキングの全体像
リレーションシップ・バンキングの定義
リレーションシップ・バンキングとは、金融機関が顧客との間で長期的な関係を維持すること
により、顧客である企業に関する情報、たとえば経営者の資質や事業の将来性などの情報を蓄積
し、この情報をもとに貸出などの金融サービスの提供を行うことで展開するビジネスモデルを指
すのが一般的である。また、企業経営のためになる貸付以外の金融サービスの提供も行う。顧客
は、地域の中小企業を想定し、金融仲介者は幅広く存在するが、主には地域金融機関を想定する
こととする。
A.W.A.Boot2は、リレーションシップ・バンキングを次のように定義している。
①:顧客特有の情報を独占的に入手する為の投資を行うこと。
②:①の投資の収益性について取引横断的かつ長期的に診断を行うこと。
ここでいう「情報」は以下の3点で定義する。
ⅰ:非公開情報である。
ⅱ:包括的取引を継続的に行うことによってのみ得られる情報である。
ⅲ:当該金融機関にのみ公開された情報であり、本来機密事項である。
この章では、大筋 A.W.A.Boot の定義に従ったリレーションシップ・バンキングについて述べ
ていくこととする。
1-2
リレーションシップ・バンキングの特徴・利点
邦銀の場合、リレーションシップ・バンキングとは、そのままメインバンク制度を指す場合も
多い。そして、その特徴をここで整理しておく。また、リレーションシップ・バンキングの特徴
と、利点は相互に関係を持っているので、ここでまとめて述べていくこととする。
コミットメント関係
「コミット」とは、自分が将来とる行動を表明し、それを確実に実行するということを約束する
ことであり、他に良い利益を与えてくれる相手に簡単に乗り換えるのではなく、その他の相手か
2
:Arnoud W.A.Boot(2000)゛Relationship Banking What Do We Know?゛Journal of Financial
Intermediation9,7-25
10
ら得られる利益を犠牲にしてもこれまでの相手との関係を続けることを、「コミットメント関係」
にあるという。これは、売買などの取引に伴う不確実性を低下させ「取引コスト」を節約させる利
益をもたらすが、もう一方では、別の行動に乗り換えたら得られるはずの余分の利益を失う、と
いう意味での「機会コスト」を生み出す。(「取引コスト」とは、一般的には信用調査など、取引を
するためにかけなければならない費用と定義される。これには、だまされたり、偽物をつかまさ
れたりすることによる損失も含まれる。)「コミットメント関係」とは、「取引コスト」を低減させ
ることを目的として、互いに「機会コスト」に対する対価を支払いつつ維持している関係であり、
地域中小金融機関と地域の中小企業も、まさにこの関係にあると考えることができる。
地域中小金融機関は、地域の中小企業への継続的な貸出を「コミット」することによって、中小
企業に対して、円滑な資金供給という安心を与えてきている。少なくとも、長期継続的な「コミッ
トメント関係」にある企業にとっては、資金が必要になったときには、これまでに提供してきた
信用情報に基づき迅速に対応してもらえるだろうという期待感は得られているはずだ。一方、地
域への貸出を「コミット」している中小・地域金融機関にとっては、専門金融機関として他に良い
利益を与えてくれる相手に乗り換えないでいることによる「機会コスト」が発生しているわけで
あり、中小企業としては、「コミット」してもらっているための対価として、やや割高な金利の支
払に応じてきたといえる。
他方、中小企業の側でも、現在の地域中小金融機関からの借り入れを続けることによって、金
融機関にとって安定した貸出機会を与えていることで、都銀など他の金融機関に乗りかえればよ
り安い金利で資金供給を受けることができるという利益を犠牲にしているという「機会コスト」
が発生している。この中小企業にとっての「機会コスト」に対して地域中小金融機関が支払ってい
る対価は、地域中小金融機関であれば、親身になって相談に乗ってくれる、という期待に応える
こと、すなわち、企業が抱える経営上のさまざまな問題に対する解決策をアドバイスしていると
いったことになる。
以上のことから、地域中小金融機関と地域中小企業の双方がコミットしあい、機会コストに対
する対価を負担しあうことによってコミットメント関係が成り立っていることがわかる。
そして、このコミットメント関係が以下のような利点を生む。
①
信用情報生産活動 (エージェンシーコストの軽減)
通常、資金の貸し手は、企業の真の信用状況を確認することが容易ではない為、信用状況のモ
ニタリング等によって、こうした弊害を抑制するためにはコスト(エージェンシーコスト)がか
かる。これに対し銀行は、顧客の流動性預金を保持することでキャッシュフロー情報を得ている
ほか、中長期的関係が築かれた場合には、外部からは入手しにくいより多くの地域・中小企業の
定性情報などの信用情報を入手することが可能である。これらを通じて両者の情報の非対称性を
軽減し、エージェンシーコストを軽減することができる。これは視点を変えると、銀行が、資金
の出し手が求める、借り手に関する信用情報を生産していることを意味する。
また、このリレーションシップ・バンキングによって得られた情報により、金融機関は当該取
11
引先との取引に関して競合先との関係で排他的優位に立ち、また、長期的視野に立った関係構築
を目指すため、短期的な収益性の悪化をある程度は許容できるようになる。さらに、蓄積した定
性情報により、定量情報では計りきれない無形の競争力を持つ顧客層を開拓することもできる。
貸出しという機能の本質は、貸出先に対する事前・事後の審査という情報収集・蓄積・加工と
いう活動だと言ってもよい。審査のポイントとして一般的に四項目が挙げられることが多い。そ
の項目を具体的に挙げると、業況・能力・担保・性格である。そして、その貸出先が中小企業で
あればハードな情報(業況・担保)よりも経営者の経営力、技術力や経営者の性格といったソフ
トな情報が貸出審査及び与信後の事後管理において重要となる。また、リレーションシップ貸出
においては「融資依頼を断り、貸出をしない」ということも重要である。なぜなら、真に顧客企業
の事業のためになる貸出のみが厳選されて実行されればリレーションシップ貸出の収益の確保
だけではなく、倒産確率の低下にも寄与するからである。
②
中長期的な顧客との関係を展望した景気サイクル平準化機能
借り手の信用リスクは景気局面に応じて変化するのが通常であり、仮に取引単位で貸出のプラ
イシングを行えば、例えば景気後退局面では信用スプレッドが拡大する。しかし、顧客との中長
期的関係を構築するため相当のコストがかかるのが通常であり、そうした関係を失うことに伴い
生じる調整費用の存在は、銀行に、景気サイクルに伴う信用リスク変化部分をプライシング上、
あらかじめ平準化し、当該企業の中長期的生存可能性を高める観点から行動するインセンティブ
を持たせる。
取引先にとっても、業況の短期的変動による金融機関の取引条件変動が緩和され、経営の安定
に繋がる効果ある。取引サイドにとっては、融資アベイラビリティーの向上、柔軟な取引条件、
長期的に安定した取引条件を得られるというメリットがあり、金融機関サイドにとっては、高マ
ージン、取引拡大による収益性の向上を得られる、という利点がある。
加えて、長期的な関係を前提とすることにより、景気変動にかかわらず貸出金利が平準化され
やすい、という点も挙げることができる。これは、取引ごとに貸出金利を決定する場合には、景
気後退により信用リスクが高まれば金利も引き上げられるなど、景気の変動に応じて金利も変動
することとなるが、長期的な関係の構築を前提とすれば、貸し手はあらかじめ金利の設定を平準
化し、借り手企業の事業の長期的な存続を図るインセンティブを有することになる。
③
能動的モニタリング機能
①で挙げた信用情報生産機能は、資本・労働市場の流動性が低い、といった制度的要因を背景
に、仮に貸出先企業が経営危機に遭遇した場合でも、法的整理を行なうよりは、銀行主導による
企業再生・再編を図ったほうが、暖簾代等をより高く維持することが可能となる根拠を提供して
いると考えられる。リレーションシップ・バンキングによって、信用リスクを適切に反映した貸
出の実施や借手の業績が悪化した場合に、適切な再生支援などが可能になるのである。加えて、
借手企業が経営危機に陥った場合でも、貸し手主導による企業再生などへのコミットメントが期
12
待できるのである。
④
不動産担保の広範な活用、及び株式含み益の活用
不動産担保は、その価格が戦後ほぼ一貫して上昇してきたこともあって、銀行がとるリスクを
大幅に軽減し、結果的に①から③の特徴を補強・促進する効果があったと考えられる。また、顧
客との中・長期的関係の象徴である株式持合いも、戦後長期に亘る株保有の結果として銀行に大
幅な含み益をもたらしたが、これも非常時の損失に対する機動的な備えとして、①から③の特徴
を支えてきたといえる。
こうしたリレーションシップ・バンキングの特徴が、預貸利鞘の変動に与える影響をみると、
①と②の特徴は中長期的視点に立った固定的な預貸利鞘の設定を銀行に促す方向で作用するほ
か、③の特徴は信用コストの顕現化そのものをスムージング化する働きがあったといえる。一方、
信用コストやその他の要因に伴う収益の振れは一時的事象とみなされ、④の特徴と相まって、預
貸利鞘よりも株式含み益などのバッファーで吸収される傾向が強かったといえる。預貸利鞘の水
準に与える影響を見ていくと、エージェンシーコストの軽減や、④の特徴である不動産担保の積
極的活用は信用コストを抑制する効果を持ったと考えられ、これが、邦銀の預貸利鞘が欧米銀の
預貸利鞘を、80 年代を含め長期間に亘って下回って推移した一つの背景ではないかと考えられ
る。
1-3
リレーションシップ・バンキングの変遷
これまで述べてきたように、リレーションシップ・バンキングにはいくつかの利点がある。し
かし現在、外部環境の変化により上手くリレーションシップ・バンキングが機能していない、と
いう指摘がある。そのため、ここで、リレーションシップ・バンキングの歴史的変遷を見ていく
ことにする。
80 年代の合理性
銀行は、借り手の経営が悪化し、本来であれば金利引上げが望まれるところを我慢する一方で、
借手の経営が改善し、本来であれば金利引下げがあってもよいところで引き下げをしないことで、
より高い利潤を得ることが出来る。そのため、銀行と借り手のつきあいが濃く長くなればなるほ
ど、銀行は、経済状況の変化等で借り手の信用リスクが一時的に変化しても、これに合わせて貸
出金利条件を変える必要は小さくなる。実際、日米銀行の過去 20 年間程の貸出利鞘の変化を比較
すると(図表 1.1)、米銀が 80 年代後半の信用コスト率の上昇に対応して、その後貸出利鞘を拡
大しているのに対して、邦銀の場合は、過去 20 年間 2%ポイントを中心に殆ど変化していないこ
とが分かる。また、同図表を見ると、米銀の貸出利鞘に比べて日本の貸出利鞘は非常に低いこと
がわかる。但し、信用コスト控除後の貸出利鞘を見ると、少なくとも 80 年代については、邦銀、
13
米銀ともに約 2%ポイントと大きな差は生じていない。これは、日本の場合、不動産価格が 90 年
代初まで恒常的に上昇を続けた結果、不動産担保の回収によって信用コスト率が低く抑えられて
いたことに起因している。
このように、日本の濃く長いリレーションシップ・バンキングは、低く安定的な貸出金利とい
う形で企業にメリットをもたらす一方、銀行自身も十分な収益を確保できたという点で、80 年
代までは一定の合理性を持ったシステムであったと言える。
(図表 1.1)日米銀行の貸出利鞘の推移
(1)
邦銀
14
(2)
米銀
(出所)内閣府
90 年代以降の機能不全
しかし、80 年代まで一定の成功を収めたシステムも 90 年代以降急に機能不全に陥ってしまっ
た。その原因として、外部環境の変化が挙げられる。具体的には、
①:持続的な高成長と安定した景気変動の喪失
②:①を背景とした持続的な不動産価格・株価上昇傾向の喪失
③:高いエージェンシーコスト
のことである。
①持続的な高成長と安定した景気変動の喪失
銀行が、借り手の信用リスクの変化にもかかわらず、長期にわたって安定的で低い貸出利鞘で
耐えていく為には、景気変動が比較的安定していると同時に、平均して高い経済成長が続く必要
がある。低貸出利鞘の下で、景気変動が大きく、低い経済成長が続けば、銀行経営は赤字に陥っ
てしまうからである。この点、例えば 70 年代や 80 年代の平均実質 GDP 成長率(前年比)は 4∼
5%と比較的高く、一方でその標準偏差は平均値を大きく下回ってきた(図表 1.2)。ところが、90
年代から平均的な成長率が大きく落ち込むと同時に、振れの大きさはむしろ拡大する姿となって
おり、日本のリレーションシップ・バンキングを支えてきた重要な外部環境の1つが、バブル崩
壊以降失われてしまったことが分かる。
また、景気変動と信用リスクの関係自体が最近変化しつつある。企業の倒産実績率と短観の業
15
況判断 DI の動きを比べてみると(図表 1.3)、80 年代初頭以降長期間にわたって、両計数は非常
に似た動きを示していたが、97∼98 年頃から急に乖離し始めたことが分かる。90 年代末以降、倒
産実績率が従来景気で説明できた以上に高まっていることを意味する。この背景として、自己査
定の導入等を契機に、銀行による企業の信用リスクを見る目が厳しくなったことと同時に、企業
業績自体の二極分化の進行が大きく寄与していると考えられる。
(図表 1.2)実質GDP成長率(前年比)の平均値・標準偏差の推移
(出所)内閣府
※白が平均、黒が標準偏差
16
(図表 1.3)企業の倒産実績率と業況判断DIの関係
(出所)内閣府
(備考)倒産実績は、東京商工リサーチが公表している業種別倒産負債総額を、法人統計で得ら
れる当該業種の負債総額で除し、これを各業種の倒産実績率とした上で、これらの業種
向け銀行貸出しのウェイトに基づき加重平均した。
②
持続的な不動産価格・株価上昇傾向の喪失
銀行の信用コスト率を見るために、不動産価格の推移を見ていく。80 年代までの不動産価格の
一貫した上昇は、仮に借入先が破綻しても、担保売却により貸出債権の回収率を高めることで信
用コスト率を大幅に抑制し、結果的に諸外国に比べ低い貸出利鞘を実現してきた。その逆に 90
年代以降の不動産価格の一貫した下落は、回収率を巡る環境を大転換させてしまった。株価にも
同じことが言える。
このように、日本のリレーションシップ・バンキングは、80 年代までは、不動産担保や株の
持合を上手く利用することで、低くて安定的な貸出利鞘を実現し、結果的に経済成長を支えてき
た。その一方で、90 年代以降の期待成長力の低下(図表 1.4)は逆に、こうした利点を全て巻き戻
してしまったことになる。マクロ経済環境の変化によって、これまでのような低い利鞘をベース
とした借入金利の設定が難しくなったとみることができる。
17
(図表 1.4)予想経済成長率の推移(今後五年間の見通し)
(出所)内閣府
③
高いエージェンシーコスト
一般に、借手の質を見るための費用が高いほど、銀行の活躍の場は広がる。逆に、市場参加者
であれば誰でも容易に質を判断できるようになれば、特にリレーションシップ・バンキングを主
とする銀行の役割は減ってしまう。80 年代以降の(※)金融自由化の動きを契機に始まった、金融
イノベーションの進展や、格付機関・直接金融市場の発展等は、銀行の役割を大きく変えてしま
った。 主に優良大企業を中心とした一部の借り手は、こうした変化によって、エージェンシー
コストを節約できるようになり、結果的にこれら企業の銀行離れが銀行収益を下押ししてしまっ
た。
このような厳しい状態というのはどの主要国も経験したことであり、日本だけの問題ではない。
日本の銀行は、これまで借手の質を見極める能力を高めてこなかったのではないか、という意見
があるが、その考え方に従うと、最近の銀行収益の不振は、①や②の条件の喪失を背景に、借り
手の質を見極める能力の不足が改めて表面化したものと捉えることができる。
(※)金融自由化の動き
1984 年に日米円・ドル委員会のまとめた報告書と当時の大蔵省がまとめた「金融の自由化及
び円の国際化についての現状と展望」によって、金融自由化の動きは本格化した。この、金融自
由化の動きにより、様々な変化が起こった。
18
①自由金利預金比率の高まり
国内銀行勘定の負債内訳(図表 1.5)をみると、80 年代後半に金融の自由化措置を受けて、自由
金利定期預金のシェアが急激に高まったことが分かる。79 年の譲渡性預金の創設以来、漸進的
に進められてきた預金金利の自由化は、85 年の MMC(市場金利連動型預金)と自由金利定期預金
(大口定期預金)の導入によって大きく進んだ。そして、国内銀行の自由金利定期預金比率は最低
預入金額の引き下げに伴い上昇し、90 年代半ばには自由金利での資金調達が負債全体の 7 割に
達した。
一方で、当座預金や普通預金など要求支払い預金の占める割合は、70 年代末の 3 割強から 80
年代を通じて減少し、90 年代には最低で 16%まで低下した。総合口座の導入で定期性預金の商品
性が改善されたことに加えて、家計や企業が金利選好を一段と強め、金利の低い流動性預金から
定期性預金に、規制金利定期性預金から自由金利預金へと預け替えるようになった。
その後、90 年代に MMC の最低預入金額規制が撤廃され、小口の自由金利定期預金に関する制
限がなくなり、94 年に預金金利の自由化は完了したと言える。定期性預金比率の上昇と自由金
利預金比率上昇は銀行にとって、預金調達コスト上昇を意味した。
(図 1.5)負債の種類別構成比
19
・ 要求払い預金は当座預金、普通預金、貯蓄預金、通知預金、別段預金、納税準備預金
の合計
・ 債券は社債と転換社債を含む。
・ 金融機関借入金は売渡手形と再割引手形を含む。
(資料)日本銀行『金融経済統計月報』
②平均調達コストの上昇
日本銀行はプラザ合意後の円高を受け、86 年 1 月から 87 年 2 月までの間に合計 5 回もの公定
歩合引き下げを実施し、その後 89 年 5 月まで 2,5%という低水準を据え置いた。金融緩和期には、
銀行の貸出金利が市場金利と比較して下げ渋るために、貸出利鞘は拡大する傾向にある。この預
金金利の自由化は、偶然にも金融緩和局面で実施されたのである。
国内銀行の平均調達コストと規制金利(図表 1.6)の関係を見ていくと、平均調達コストは 80
年代半ばまで、規制金利をほぼ一定幅上回っていた。しかし、80 年代後半には、自由金利定期
預金の比率上昇という大きな要因によって、銀行の調達コストが金融緩和局面にもかかわらず下
げ渋り、市場金利に近づいた。そして、負債の金利感応度が高まった結果、85 年頃までは、1%
程度であったスプレッド(平均調達コスト−3 ヶ月定期預金金利)が 89 年には 3%にまで拡大した。
預金金利自由化に伴い、銀行の調達コストが上昇した背景の一つとして、個人比率の高い MMC
を中心に自由金利預金の預入期間が長期化していたことが挙げられる。さらに、その自由金利預
金の預入期間の長期化は、89 年に導入された小口 MMC の影響によって、決定付けられた。
(図表 1.6)平均調達コストと規制金利の関係(国内銀行銀行勘定)
20
・ 調達コストは、負債項目ごとの調達レートを加重平均したもの
・ 定期性預金金利は、日本銀行のガイドライン利率
(出典)深尾光洋[2000]
③調達コストの上昇に追いつかなかった貸出金利
新規貸出金利と市場金利の関係(図表 1.7)を見ていくと、80 年、85 年、90 年に逆ざやが急激
に拡大していることがわかる。80 年の谷は公定歩合の引き上げに起因し、銀行が市場金利の上
昇を直ちに貸出金利に転嫁しなかったことが確認できる。85 年の谷は、大口定期預金の金利を
高めに設定したことによる調達コスト上昇が原因である。90 年の谷は、公定歩合によるものだ
が、谷が小さいのは、調達コストの上昇を貸出金利に転嫁できたことを表している。つまり、こ
のころから銀行は、金利リスクを回避するための調達金利に一定の利鞘を上乗せして貸出金利を
決定する「スプレッド貸し」に傾斜したのである。
銀行は、調達コストを直ちに貸出金利に転嫁しようとはせずに、相対的に高利回りである中小
企業・個人向けの貸出増加や人件費抑制で対応しようとした。そして、90 年代に入ってようや
く貸出金利への転嫁を行ったが、貸出金利の設定はそれ以降もリスクに対して甘かった。バブル
崩壊で資産価格が急落すると、不動産関連業種向け融資が焦げ付き、不良債権化してしまった。
銀行は業務利益や保有株式の含み益で不良債権の償却を進めたが、90 年代後半には不良債権拡
大と業務利益の伸び悩み、さらには株式含み益の枯渇が深刻な事態として認識されるようになっ
た。
金利自由化によって、競争制限的規制から自由競争へと構造が変化したのである。どの銀行も
普通に何もしなくても儲けられていた時代は終わったのである。そのため、中小・地域金融機関
は、リレーションというモデルを志向するようになった、と言える。
21
(図表 1.7)新規貸出金利と市場金利の関係(国内銀行銀行勘定)
(出典)深尾光洋[2000]
1-4
リレーションシップ・バンキングの現状
90 年代以降からリレーションシップ・バンキングがうまく機能しなくなり始めた、というこ
とを前節で述べた。現時点においても、
①
経営内容や事業の成長性などのリレーションシップから得られる定量化が困
難な情報が、十分に融資に活用されておらず、担保や保証に過度に依存している。
②
融資後もリレーションシップを通じたキャッシュフローなどの情報をモニタ
ーすることにより、経営指導、経営支援を行うといった適切な対応が十分になされてい
ない。
等の問題が指摘されていて、必ずしもそれに対する十分な対応が行なわれていない。
一方、中小・地域金融機関は、地域の中小企業・小規模事業者に対し、
1)
金利水準から正当化できない信用リスクの負担
2)
地域におけるレピュテーショナルリスクを恐れた問題の先送り
3)
採算性を離れたサービスの提供
等のコミットメント・コストを負担する傾向がある。コミットメント・コストの負担は、地域
中小金融機関にとって不可避である。この点を含め、現在顕在化してきたリレーションシップ・
バンキングの問題点を具体的に述べていくこととする。
22
コミットメント・コストの顕在化
最近において、金融機関の経営力(審査能力、モニタリング能力など)不足、借り手企業の弱
体化やモラルハザード、ガバナンスの限界、あるいは公的金融の存在、地域経済・財政の厳しさ
といった外部環境を背景に、コミットメント・コストの顕在化が著しくなっている。そして、結
果的に地域中小金融機関の収益力の低下、財務体力の低下、厳しい財務状況、をもたらしている
と考えられる。
こうしたコミットメント・コストの負担は、地域に根ざして営業を展開する地域中小金融機関
にとっては避けることが困難な面があることは否定できない。そのため、できる限り、当該金融
機関が健全性を維持するために、適正な金利・手数料を確保することにより、コミットメント・
コストの発生を抑制する必要がある。
現状では、金融機関側には、コミットメント関係形成のための対価を支払っている、という意
識は希薄であり、地域中小企業側にはほとんどない。その理由は、歴史に表れているといえる。
すなわち、日本では高度経済成長からバブル崩壊まで比較的安定した経済成長が続き、資産価格
が恒常的に上昇していたため、高まった担保余力が信用補完の機能を発揮し、取引コストを軽減
させた。つまり、多くの企業にとって円滑な資金供給を確保することは容易であった。このため、
特定の金融機関に特別高い対価を支払うことがなかった。一方で金融機関側は、仮に取引先企業
が破綻しても、担保売却で貸出債権の回収を見込めるため、一般に不良債権処理コストが低く抑
えられてきた。その結果、低い貸出利鞘であっても収益が維持でき、コミットメントに伴う機会
コストに対して、特に高い対価を企業側に求める必要性がなかったのである。
このコミットメント・コストというのは、バブルの形成と崩壊、その後の長期不況という歴史
的経緯によって変化してきた。そもそも、1985 年のプラザ合意をきっかけとした円高不況回避の
ための財政刺激・金融緩和策は、それ以前から顕在化しつつあった日本の金融機関と企業双方の
機会コストの増大を顕著なものとした。すなわち、日本経済の成熟化とともに、大企業の財務体
力は著しく強化されたため、大企業の側では、大手行とのコミットメント関係から離れ、直接金
融という別の行動に向かう動きが始まっていた。この結果、大手行は、これまでの相手である製
造業を中心とした既往顧客向け貸出からの利益が上がらなくなり、機会コストが大きく増大して
きたため、別の相手である新たな貸出先を求めて奔走し始めた。中小企業向け貸出や、住宅ロー
ンなどの消費者向け貸出はその優良な対象であったが、さらに当時急成長しつつあった流通産業
向けや、不動産開発がらみの貸出など、様々な別の行動からの利益の拡大を追求し始めたのであ
る。大手行による中小企業向け貸出分野への参入によって現在の行動からの利益減少の危機に見
舞われた地域中小金融機関の間でも、機会コストの増大に直面したため、伝統的な貸出形態であ
ったリレーションシップ・バンキング=コミットメント関係、から抜け出し、地銀を中心に、東
京などの大都市圏や海外に進出したり、大手企業の不動産開発に加わって別の相手を探す行動に
出たりするケースも多くなった。
こうした国中を挙げての動きが、バブルを現出させたと同時にその崩壊を招いたことは言うま
23
でもない。バブルが崩壊すると、当初、機会コストはマイナスに転じた。大企業向けなり、不動産
開発がらみの別の行動からの利益が減少するどころか、それを通り越して損失を生じるようにな
ったからである。これが、地銀を中心に、これまでの相手へのコミットメントを強める地元回帰
への誘因となった。しかし、その後も景気が長期低迷を続けている結果、別の相手からの利益の
減少ないし、損失が続いている上に、さらにこれまでの相手たる地域の中小企業からも不良債権
が発生するようになり、(損失を含めた)取引コストが増大し、現在の行動からの利益すら大き
く失われつつある。その結果、バブル期とは逆の理由で、再び機会コストが増大しつつあるとい
うのが、今日、地域中小金融機関が置かれている環境である。
機会コストが増大しているのであれば、これまでのコミットメント関係にとどまらず、別の行
動に踏み出したほうが有利になる、という一般的なコミットメント関係論がある。しかし、地域
金融機関は、その存立の理念、および法制上の制約から、地域の中小企業から離れることは出来
ない。ましてや、今日の経済環境においては、機会コスト増大の主たる原因は、現在の行動たる
地域の中小企業向け貸出からの利益の減少にあり、他方、余資運用などの別の行動からの利益の
増大は見込みにくい。とすると、一般論として「機会コストが増大しているのであれば、これま
での相手である地域中小企業とのコミットメント関係にとどまらないほうが有利になる」と言わ
れても、地域中小金融機関は別の行動にシフトするという選択を採るべきではない。
従って、現在の状況では、中小企業向け貸出からのネット利益を増大させるために、あらゆる
努力を傾けることが重要である。現在の行動からのグロス収益そのものを増大させるための量的
な貸出機会拡大の追及であり、目利きを養成し融資審査能力を向上させたり、企業相談能力を高
めたりすることによって、新規貸出や成長期企業に対する貸出を増大させていく努力が必要なの
である。また、増大してしまった取引コストの再削減に向けた努力も必要で、不良債権を進める
中で、最も求められているのが企業再生支援であることは言うまでもない。コンサルティングや、
顧客同士のビジネスをつなぐビジネスマッチングなど顧客が抱える経営上の問題に対する解決
策をアドバイスしていくことも、この努力に含まれる。リレーションシップ・バンキングでは、
コミットメント関係にあることの価値を再確認した上で、共同して、企業再生、地域再生に努力
していくことが求められているのである。
この、現在のリレーションシップ・バンキングの問題点であるコミットメント・コストの顕在
化の具体例として、企業側のモラルハザードであるソフトバジェット問題、銀行側のモラルハザ
ードであるホールドアップ問題が挙げられる。
・ソフトバジェット問題
リレーションシップ・バンキングの対象としている取引先企業の経営に問題が生じた際、その
企業が新たな資金供給先を見つけるのは困難で、リレーションシップ関係にある取引金融機関か
らの資金供給が命脈である。取引先金融機関が再建可能と判断した場合は、金利減免などを含む
契約条件の緩和を含めて追加的支援を行なうが、事後的な契約条件の変更を容易に行なうことは
24
契約の規律を弛緩させる。また、逆に取引先の再建への取り組みが不完全なものになるという問
題がある。これは、どうせ助けてくれるのなら、契約を守らなくてもいい、再建も頑張らなくて
もいい、と思ってしまうというモラルハザードである。リレーションシップ・バンキングは長期
的関係の継続を前提とするため、顧客企業との間の馴れ合いや不合理な経済活動を招きやすい、
といったモラルハザードの問題もある。
また、ロールオーバーを前提とした擬似エクイティ的融資は、地域中小企業の自己資本比率の
低さを補完する役割を果たしてきているとも考えられるが、一方でそれもモラルハザードをもた
らしていると考えられる。
対処法として、金融機関は当初契約時よりある程度担保や、保証を要求することで当該企業負
債の中で金融機関債権の法的優位性を確保する方法がある。これにより、追加支援の可否・条件
変更内容などの判断を客観的に行うことができ、支援後の再生経過へのモニタリングも支援打ち
切りを常に視野に入れながら行うことができるようになる。
・ホールドアップ問題
企業の取引金融機関が独占的地位にあることを利用して不当な価格設定をし、また自己の業況
が思わしくなく新規融資に応じられる余力がないような場合、当該金融機関に情報独占を許容し
ている取引先企業は、同条件で代替金融機関を得ることができず、新規融資による収益機会を喪
失する、という問題のことである。この問題は、財務状況が良い企業や成長力が高い企業などに
とって、資金調達源を多様化する誘因にもなる。それと同時に、これは金融機関にとって情報の
独占性を喪失することにもなり、リレーションシップ維持へのインセンティブが削がれることに
なる。その結果、リレーションシップ・バンキングの利点を双方が失うことになってしまう。し
かし、この問題自体リレーションシップ・バンキングの本質である、単一金融機関による情報の
独占と対価としての長期的取引関係の維持に起因する問題であるため、根本的な解決は困難とな
る。
対処法としては、長期コミットメントライン3を供与することで、少なくとも取引先企業側の
機動的資金調達に支障が生じる弊害を避けることができる。
定性情報の非伝達性
リレーションシップ・バンキングをビジネスモデルとする金融機関では、定性情報はまず、顧
客と直接接触するリレーションシップマネージャー(営業担当者)に集積される。この定性情報
には、企業の経営情報のほか、地域特性、取引先やコミュニティにおける評判なども含まれるた
め、定量情報のように数値化して組織内に伝達・還元することがほぼ不可能である。その場合、
3 長期コミットメントライン:ある条件(業況の極度の悪化、法的整理など)に該当した場合に、金融機関に
クレジットラインの利用を一方的に停止できる権利を生じるが、金融機関がライン利用の継続を許可した
場合には、従前と同一の条件でラインを提供する義務を規定したコミットメント(手数料)付クレジットライ
ンのこと
25
与信決裁の際に、審査部門に経営者からの情報が伝達されず、支障をきたしてしまう。そして、
結局は情報が非対称になってしまう。
対処法としては、リレーションシップマネージャーにある程度の与信権限の委譲をすると共に、
リレーションシップマネージャーの動向の管理と、実行した融資のパフォーマンスの管理に多く
の資源を割く方法がある。権限譲渡が行なわれている場合にも、リレーションシップマネージャ
ーと経営者の間で利害相反が起きる可能性を考えることが必要である。リレーションシップマネ
ージャーの業績は、主に最長一年程度の比較的短期間の収益により計られることが多いので、安
全性よりも収益性を優先し、リスクを過小評価し、また、取引先の業績悪化を秘匿するインセン
ティブが働きやすい。このため、結果的に健全性の維持、収益性の向上という経営目標とは相反
することになってしまう。
リスクの存在
特定の地域や業種に密着した営業を行う、というリレーションシップ・バンキングを掲げる地
域中小金融機関の特性上、金融機関の業況が地域経済全体や地場産業の状況に大きく左右されて
しまう、といういわゆる地域集中リスクの存在も、リレーションシップ・バンキングの弱みであ
る。さらに、地域リスクと景気変動リスクなどの信用リスクを資金仲介主体に集中させている点
も、問題点である。
リレーションシップ・バンキングの本質である長期的取引関係が、足かせとなりかねないこと
も弱みである。たとえば、貸出先の業況が悪化し始めても、取引関係の見直しにはつながりにく
い。リレーションシップ貸出が内包する「与信保険的」機能により、将来性のあまりない企業に
も貸出が継続される。短期的な業績悪化であれば、長期的な取引関係を重視するリレーションシ
ップ・バンキングの強みが活かされることになるが、場合によっては適切な対応が遅れ、問題を
先送りしてしまうというリスクと、表裏一体とも考えることができる。
26
2章
2-1
リレーションシップ・バンキングの機能強化
機能強化の必要性
リレーションシップ・バンキングは、戦後長く機能してきたメインバンク制下における産業金
融モデルに類似している。わが国の金融システムについては、市場金融モデル(価格メカニズム
が機能する市場を通ずる資金仲介)の役割がより重要になると見込まれるが、中小企業や個人な
どを対象とするリテール金融においては、産業金融モデルが依然として有効性を失っていないも
のと考えられる。
地域経済の現状を見ると、リレーションシップ・バンキングが有効に機能しているとは言えな
いが、その理由はリレーションシップ・バンキングというビジネスモデルが時代遅れであること
ではない。1章で述べたように、現在はリレーションシップ・バンキングの本来あるべき姿から
の乖離が大きく、負の効果が顕在化していることに原因がある。その負の効果を緩和して、さら
には、定性情報の蓄積に代表されるような正の効果を十分に生かせるように機能強化を行えば中
小企業金融にとってリレーションシップ・バンキングは有効である。
リレーションシップ・バンキングというビジネスモデルの中心にあるのは、
「人」と「人」の
関係である。中小企業は外部との情報の非対称性が激しく、その実状は多様である。そのような
中小企業一つ一つに対応するためには、長期的なリレーションシップを構築・維持して、それを
もとに、地域金融機関側が能動的に企業経営に助言をし、リスク管理を行うことが必要である。
機能強化を考える上では、リレーションシップ・バンキングの長期にわたる持続可能性の確保
と金融機関と企業の双方の経営を有効に規律づける仕組みを提示することを考慮しなければい
けない。これらの点に注意しながら、以下では、地域中小金融機関の経営改善と地域中小企業の
事業再生・創業支援を軸とした地域経済の活性化という視点から具体的な取り組みを考察したい。
2-2
地域中小金融機関の改革
地域中小金融機関が長期にわたってリレーションシップ・バンキングとしての役割を果たすた
めには持続可能な経営をしなければいけない。そのために必要なことは金融機関自体の収益性向
上と健全性の確保であり、さらにそれを持続させるガバナンス構造が必要である。
金融サービスの強化
金融機関にとって、収益力の向上は財務力の向上につながり、それが経営の健全性になる。し
たがって収益性の向上は不可欠なことなのだが、現状からも分かるように、地域金融機関は信用
リスクから乖離した低利な貸出金利に収入源を依存している。まずは、信用リスクに応じた適正
金利を設定することが必要である。当然それは、融資先の企業に適正な範囲で対価の負担を求め
27
ることを意味する。その金利負担に耐えられない企業に関しては、次節で述べる事業再生を進め
る必要があると考える。
さらに、金利収入への過度な依存から脱却するために、総合的な金融サービスの提供の対価と
して手数料収入を確保すべきである。地域企業との長期間にわたる取引関係によって蓄積された
地域の産業構造や地域経済の動向等の情報に加えて、決済機能を有することによって得られてい
る各企業のキャッシュフローに関する情報を有効に活用することで、経営に関するコンサルティ
ング機能や、取引先企業同士でのコーディネーター機能を活発化させて、付加価値の高い金融サ
ービスの提供をすることは可能である。以下では考えられる金融サービスを項目ごとに整理する。
①キャッシュフローに着目した融資
リレーションシップ・バンキングの何よりの強みは蓄積された融資先の情報である。金融機関
はその中でキャッシュフローに着目する必要がある。キャッシュフローとは、営業活動・資金調
達・資金返済・設備投資などを通じて生じる現金の流れのことである。一般にこのキャッシュフ
ローが大きければ大きいほど、外部資金に依存する必要が少ないため、企業財務の健全性を示す
指標として使われる。単年度で営業活動を評価する「利益」に対して、長期的な経営活動の評価
や意志決定のための指標となっており、企業価値の基準となる。日本企業はキャッシュフロー計
算書で、経営活動・投資活動・財務活動の三つに分けて開示することを義務づけられている。し
かし、中小企業には外部との情報の非対称性があるために、実際のキャッシュフローを評価する
ためには、キャッシュフロー計算書だけでなく、長期的な経営関与が必要性である。
地域金融機関が融資先中小企業のキャッシュフロー情報を適正に評価できれば、それは貸出審
査に大きく影響を与えることができる。従来はリスクが高くて貸出しが行えなかった企業に対し
ても、キャッシュフロー次第で融資の可能性が出てくる。この意味で、ミドルリスク・ミドルリ
ターン金融への対応が期待できる。
さらに、企業側でもキャッシュフロー経営と呼ばれる、手元の現金を重視した経営への傾斜が
見られる。つまり、キャッシュフロー融資は企業経営に、健全性の確保を規律づけることにも一
定の役割を果たしている。
②担保資産再考
貸出債権の健全性を維持することは重要である。そのために、貸出しを裏付ける担保の位置づ
けを明確にしなければいけない。不動産担保について考えると、金融機関が企業に融資をする際
に、企業のモラルハザードを回避することや、貸倒れの時の損失額を小さくするために不動産担
保をとることは正当である。従来は不動産担保評価が高騰して貸出基準が甘くなったことや、貸
出審査に不動産担保の所持だけを見ていたことに問題があった。しっかりと定性情報を考慮した
上で担保評価という基準を審査に加えることで、貸出資産は健全性を増すといえる。
不動産担保を評価する際には、原則として独立した不動産鑑定士による法的鑑定を用いること
を明文化するべきである。そうすることによってその担保評価は公正と言える。
28
また、従来の不動産中心の担保だけでは、現在資金需要があるにもかかわらず融資を受けられ
ていない企業に融資を拡大することは困難である。そのために、知的財産権、売掛債権、企業設
備に代表されるような新たな担保を活用する必要がある。
③売掛債権のファクタリング
「ファクタリング」は、通常、ファクターと称する特殊な組織が、支払期限以前の債権をその
所有者(クライアント)から現金で買取り、その債権の所有者となり、自己のリスク負担に基づ
いて債務者(カスタマー)からの債権の回収を行うことを主要機能とする。
(図表 2.1)ファク
タリングが融資と異なるのは、債権及びそれに関する全ての責任が販売譲渡できることである。
日本には手形制度があるために、ファクタリング・サービスへの需要は小さいものとされてき
た。しかし、短期においては売掛債権が制度として存在する。企業が持つ売掛債権は191兆円
と、土地や預金に匹敵する規模となっており、それらをうまく活用すれば最大で現在の借入残高
の 3 割に達する追加的な資金調達が可能となる。企業がこの売掛債権を資金化して利用しようと
することは極めて合理的である。
ここでは、ファクターとなるのは地域金融機関で、クライアントは地域中小企業を想定する。
(図表 2.1)
ファクター
現金
売掛債権
現金
売掛債権
クライアント
カスタマー
財・サービス
ファクタリングには多様な種類があり、3つの観点から以下で分類する。
・譲渡通知方式と譲渡秘匿方式
売掛債権の買収の時にはカスタマーからの債権譲渡承認が必要である。
譲渡通知方式では、クライアントがファクターに売掛債権のファクタリングを依頼する時に、
29
カスタマーより債権譲渡の承諾をとりつけ、確定日付のある債権譲渡承諾書を添付してファクタ
ーに売掛債権の譲渡をする。この場合、ファクターはクライアントから譲渡された売掛債権の代
金をファクター所定の手続きにより、ファクターの名において管理回収して回収後その取立て、
回収金相当額をクライアントに支払う。現状ではカスタマーが債権譲渡承認をしないことが多く、
この方式がとれないことがある。
一方、譲渡秘匿方式では、債権譲渡承諾書の添付について、クライアントとファクターの協議
によってこれを猶予するかまたは他の方法に代えることができる。ただしこの場合、ファクター
の都合によりいつでも、その猶予を取消すことができる。この場合、クライアントがファクター
に代わって管理回収を行い、回収した現金または手形をファクターに持参する。つまり、カスタ
マーによる債権譲渡承認が必要ない。
・満期方式ファクタリングと前払方式ファクタリング
満期方式ファクタリングでは、売掛債権の支払期日に現金化されたものをファクターがクライ
アントに支払う。これに対して、売掛債権の支払期日前に、クライアントがファクターに資金化
を申し込んでファクターから現金を受けることができる。ファクターは期日にカスタマーから受
ける支払いでファイナンスする。これが前払方式ファクタリングである。
売掛債権に対する現金回収というサービサーの役割をファクターが果たすことは同じだが、前
払い方式の場合、それに加えて、さらに一定の手数料を必要とするものの、売掛債権を支払期限
前に現金化して手元流動性を生み出すという機能がある。
・償還請求権留保方式と償還請求権放棄方式
償還請求権留保方式のファクタリングの場合、売掛債権の支払期日に、全部又は一部の支払が
拒絶された場合、もしくは支払期日到来前であっても拒絶される懸念があると認められた場合に
は、ファクターの請求によって、クライアントは直ちに当該売掛債権を請け戻す義務を負う。フ
ァクターが償還請求権を実行できるかどうかはクライアントの償還力に依存しているので、クフ
ァクターはクライアントに力点を入れて信用を調査する必要がある。
償還請求権放棄方式のファクタリングは、売掛債権の支払拒絶はファクターの負うリスクとな
る。この場合、カスタマーの支払能力が問題となるので、カスタマーに力点を入れて信用調査を
する。
つまり、この方式の選択によって、クライアントかカスタマーのいずれかの支払能力が高けれ
ば、金融機関は高いリスクを負わずに売掛債権を引き受けることができる。
さらに、以下ではクライアントがファクタリングを利用することのメリットとデメリットを考
察する。
・メリット
(ⅰ)金融
30
クライアントがファクタリングに最も期待するサービスは金融である。クライアントにとって
資金調達方法はいくつかあるかもしれないが、クライアントにとっては、資金を必要とする期間
にどういう条件が整えば安いコストで資金を調達しうるかが関心事である。ファクタリングは一
つの資金調達手段だがそのメリットは以下のように挙げられる。
・ ファクタリングの金融サービスは商品の製造・販売に伴う売掛債権の発生に関連し
ており、クライアントがファクターの審査を受け金融サービスを受け始めると、クラ
イアントは融資条件がすでに整っていると見なされるので、商品の製造・販売の増大、
売掛債権の増大にともなって必要となる資金調達を容易に行うことができる。ファク
タリングによる資金調達は安定かつ確実である。
・ ファクタリングの金融サービスは銀行の当座貸し越しサービスと非常に酷似してい
ると言われるが、ファクタリングは保有資産を担保とする必要がなく、売掛債権をも
とに金融サービスが受けられる。
・ 銀行の預金取引のような取引が今までになくても、クライアントはファクタリング
の金融サービスを受けることができる。
・ ヒアリング調査によると、クライアントは拘束預金を強要されることなく、迅速に
ファクタリングから資金調達を行うことができる。
(ⅱ)与信管理サービス
企業は与信管理事務(債権の記帳や期日管理、監督および取り立てなど)をファクターに事務
代行してもらえる。また、カスタマーへの与信限度のガイドラインを与えてもらうこともできる。
(ⅲ)信用保証
クライアントにとっての信用保証は売掛債権の回収が保証される一種の保険のようなもので
あり、融資とは関係がない。安い保証料で利用でき、クライアントはより多くの財・サービスを
カスタマーに販売できる。
(ⅳ)回収期間の短縮
ファクターは効率的なシステムを持っているので、ファクタリングの導入はカスタマーからの
回収期間を短縮化できる。回収期間の短縮化によってクライアントは、信用リスクを低下させる
ことができ、資金調達の必要額を減少させることができる。
(ⅴ)財務内容の改善
売掛債権の現金化は中小企業の財務にキャッシュフローを与え、信用リスクを低下させ、従来
の融資審査や前述のキャッシュフロー融資に有利となる。
・デメリット
(ⅰ)ファクタリング取引のイメージ
31
ファクタリングは債権買取業務と一般に訳されるが、社会的には債権買取りは“債権取立て”
であり、ファクターは“取立て屋”である。その取立て屋は暴力的取立てをイメージさせ、カス
タマーはファクターに商品購入代金を支払うのを嫌がる。ファクタリングに対する社会的無知の
ため、ファクタリングを利用しようとするクライアントは、カスタマーの目からは問題のある会
社と見なされ、悪いイメージを持たれる。
(ⅱ)費用
金融機関はサービスを提供しているのであり、その対価としての手数料を企業が負担しなけれ
ばいけない。
(ⅲ)与信管理コントロールの低下
与信管理政策の最終決定者はクライアントである。しかし、与信管理事務をファクターに依存
すると、与信管理状況を把握しなくなる。事務は代行に任せても、状況は常に把握しておく必要
がある。
(ⅳ)責任の共有
クライアントはファクターと協議して、カスタマーに対する与信限度額、売掛債権の管理・回
収手続きを決定する。クライアントとファクターはそれらの決定において共同責任を負っている
が、問題が発生した際に責任の所在がはっきりしないことが起こりえる。
総合的な金融サービスの提供を目指す地域金融機関にとってリスクを押さえたまま、貸出機能
を強化するために、売掛債権のファクタリングは有用だといえる。デメリットはあるが、いずれ
も克服可能なものであると考えられる。
④リース
リースとは、企業等が必要とする機械設備をその企業だけに比較的長期間にわたって賃貸する
こと、と定義される。レンタルとの違いは、レンタルが不特定多数の者に汎用性の高い物件を一
時的に賃貸するのに対して、リースは特定の者に特定の物件を長期間賃貸することである。企業
が設備投資を行う場合には、内部資金や外部からの借入金を使って設備を購入する方法の他に、
リースで設備を賃借するという選択肢がある。
・ファイナンス・リースとオペレーティング・リース
ファイナンス・リースとは、フルペイアウトで中途解約できないリースである。フルペイアウ
トとは、リース料のなかにリース物件の取得価格と諸経費がほぼ全額含まれている場合である。
リース期間中に投下資本を全額回収することが前提であることから、途中解約はできない。法的
32
には賃貸借契約だが、実質的には設備の購入資金を融資するのとほぼ同じ機能である。
これに対して、オペレーティング・リースはノン・フルペイアウトのリースである。リース料
は物件の取得価格全体ではなく、リース期間終了後の物件の残存価値を考慮して算定される。リ
ース期間はファイナンス・リースに比べて短いことが多く、事前に予告すれば中途解約ができる
場合がある。リース物件は契約終了後に第三者へと売却することが前提のため、汎用性があり、
中古市場が整備されているものに限られる。
・リースの利用に関するメリット
企業は設備導入に当たって一度に多くの資金を必要としない。さらに、減価償却や諸税の計算
などの設備所有に伴う事務が不要となる。オペレーティング・リースでは常に最新の機種を使用
でき、設備の陳腐化を防ぐことができる。リース料は全額経費として認められるので節税となる。
リース業務に資金を注入することは、金融機関にとって貸出資産のリスク管理を容易にする。
なぜなら、リースの場合は特定の設備投資に資金使途が決まっているためにリスクが予想しやす
いからだ。
中小企業に対するリース取扱残高は 2001 年度で 3 兆 5000 億円程度であり、大規模に行われて
いるとは言えない。さらに、リース料の水準は高いと言われている。しかし、商社系のリース会
社に加えてGEキャピタルなどの外資系企業がリース業務に参入している。そうした競争によっ
てリースのアベイラビリティーは高まり、リース料の水準が適正なところにまで低下することが
予想される。
地域金融機関はリース業務を行うにあたっては、専門の子会社を作る必要がある。しかし、実
際に全国の地方銀行の中にはそういった取り組みを既に始めているところもある。さらに、地域
経済動向の情報を蓄積している地方金融機関ならば、その地域でどのような物件のリースが存在
するかを判断できるし、設備所有に伴う事務手続きの代行業務も行える。オペレーティング・リ
ースにおける中古市場に対しても蓄積情報の活用が考えられる。
⑤資本と融資の分離
地域金融機関の貸出しの中には長く取引関係にある企業に対して、一定水準の金額が長期固定
的に融資され続けるという意味で、自己資本のように使われる疑似エクイティ的融資が存在する。
利払いが行われていれば正常な融資だという認識が貸し手にも借り手にもあるのだが、企業の実
態に即して、そのような融資を長期貸出しとして明確化するか、デット・エクイティ・スワップ
の手法を利用して資本という形にする必要性がある。
現状で見たように、日本の中小企業は自己資本比率が低い。その点を考慮するとデット・エク
イティ・スワップは、当該企業の自己資本比率を上昇させ、財務内容を改善させる。そもそも、
デット・エクイティ・スワップとは貸出し(デット)を資本(エクイティ)に転換することであ
33
る。中小企業の中には外部者に経営面での介入をされたくないと思うことが一般的であるために、
普通株ではなく、議決権のない優先株に転換することが有効だと考えられる。
もちろん、どのような中小企業に対してもデット・エクイティ・スワップが有効だとは言えな
い。その条件は、
・
借り手中小企業の経営努力による利益で確実な配当を期待できること。
・ 中小企業経営が経営上の制約を受けても、デット・エクイティ・スワップを通じた自己資
本比率向上というメリットを期待していること。
・
財務データが整理されており、会計上の取り扱いが明確にされること。
また、預金を原資とした地域金融機関が株式を長期的に保持することは好ましくない。よって
地域金融機関の保持することとなる株式は地域活性ファンドや投資事業有限責任組合へと移る
が、そうした投資家へのリスク移転が適切になされるスキームが整備されることが必要である。
〈コミットメント・コストの負担〉
コミットメント・コストは地域中小金融機関にとって大きな負担となっている。しかし、コミ
ットメント・コストの負担を一律に軽減することには賛同できない。なぜなら、その中には、地
域中小企業とコミットメント関係を結ぶために適正な対価が含まれているからである。
コミットメント・コストには前述の通り三種類が含まれている。一つ目の、金利水準からは正
当化できない信用リスクの負担については、収入面で信用リスクに対して適正な金利水準をとる
ということで解決されると考える。二つ目の採算性を離れたサービスの提供については、その一
部は手数料を取ることで採算性を確保できる。それでも採算性を離れたサービスについては、長
期的に考えて必要なサービスは提供すべきであるし、それを考えても正当化できないものは抑制
すべきである。三つ目の地域における悪評発生を恐れた問題先送りに関しては、適切な説明を行
うことで悪評発生をできることはその徹底により解決し、貸出行動や収益面での不利益にはつな
がらないようにして、コスト抑制に努めるべきである。
以上のような金融サービスの強化によって地域金融機関は健全性を得られると考えられる。こ
こで、もう一つ健全性が必要な理由を付け加えると、地域金融機関は、主要な貸出先である地域
産業の浮沈や自然災害に影響されやすいので、十分に慎重な貸出スタンスをとっても一時的には
金融機関が赤字決算を余儀なくされることがある。そのときに手厚い自己資本が緩衝剤として不
可欠であるといえる。
ガバナンスの強化
“地域金融機関が健全性を維持し、収益向上を進めるにはガバナンスの強化が必要である。健
全なコーポレート・ガバナンスが組織に定着しないと、銀行監督の機能度は低下する。従って、
銀行監督当局は、全ての銀行組織に対して有効なコーポレート・ガバナンスが存在することを確
34
かなものとする強い動機を有している。個々の銀行に適切な水準のアカウンタビリティーと相互
牽制が存在する必要性があることは、監督上の経験から明らかである。単純化して言えば、健全
なコーポレート・ガバナンスは監督当局の仕事を限りなく容易にする。健全なコーポレート・ガ
バナンスは銀行の経営陣と銀行監督当局の間の協力的かつ実用的な関係に寄与しうる。
”4
監督機関による規律づけの手段としては、早期是正措置と早期警戒制度がある。
前者は、破綻銀行の処理費用の増大によって、銀行が破綻する前に行政が何らかの措置を講ず
る必要性があるという認識に基づいている。96 年 6 月に成立した金融三法の金融機関等経営健
全化確保法により、98 年 4 月から銀行の自己資本比率の水準を基準とする早期是正措置は導入
された。
「経営健全確保」には事後的措置というよりはむしろ事前的措置を連想させ、
「是正」に
は銀行を閉鎖するというニュアンスはあまり感じられない。早期是正措置とは、
“金融機関の自
己資本比率の状況に応じ、行政当局が適時・適切に是正措置を発動する仕組み5”と定義され、
“金融機関が自己責任に基づき経営改善への取り組みを適時にかつ迅速に行うことを、行政当局
が客観的指標に基づき促すことを目的としたもの6”である。この「金融機関の自己責任」では
金融機関が作成する財務諸表に重点が置かれている。だが、金融機関自身のディスクローズに関
する誘因や、虚偽報告に対する罰則については何も言及せずに、前述の「金融機関の自己責任」
に任せることに問題がないのかは疑問である。銀行自身には破綻を宣言する誘因が乏しく、また
後述するが市場の規律にも過度に期待できないため、行政の裁量を極力排除した強力な早期介入
措置が必要である。「金融機関の自己責任」とは本来、経営の失敗に対して責任を負うことであ
り、客観的な財務諸表を作成し開示するのは、早期閉鎖政策における銀行の義務である。また、
早期是正措置には行政の裁量が残されており、それは癒着を生む根源となる可能性である。例え
ば、早期是正措置は段階的に3区分されている(図表 2.2)が、第3区分では、「それまでの経
営改善計画や個別措置の実施状況と今後の実現可能性、業務収支率等収益率の状況、不良資産比
率の状況、等を総合的に勘案の上、明らかに純資産価値が正となる見込がある場合には、第2区
分の措置を講ずることができる」としている。これは将来の見込に依存する曖昧なものであり、
行政の裁量による処理の先送りを許容するものである。また、
「突発的事情の発生や合併等によ
り自己資本比率が一時的に低下するものの、合理的と認められる自己資本増強策等が速やかに講
じられる見込みがある場合には、措置発動を一定期間猶予し又は当該金融機関に属する区分より
上の区分の措置を講ずることができる」としている。これらの「合理的と認められる自己資本増
強策等」、
「一時的」
、「一定期間」がどのように定義されるのかは不明瞭である。
4Basel Committee on Banking Supervision “Enhancing corporate governance in banking
organizations” 1999
5 旧大蔵省銀行局長の私的研究会である「早期是正措置に関する研究会」による
6 旧大蔵省銀行局長の私的研究会である「早期是正措置に関する研究会」による
35
(図表 2.2)早期是正措置の概要
区
自己資本比率
分
現行の国際基準
修正国内基準
1
8%未満
4%未満
措置の内容
経営改善計画の作成及びその実施命令
増資計画の策定、総資産の増加抑制・圧縮、新規業務
2
4%未満
2%未満
への進出禁止、既存業務の縮小、店舗の新設禁止、配
当支払いの抑制・禁止、役員賞与の抑制、高金利預金
の抑制・禁止等の命令
業務の一部又は全部の停止命令
但し、以下の場合には第2区分の措置を講ずることが
できる。
① 金融機関の含み益を加えた純資産価値が正である
場合。
② 含み益を加えた純資産の価値が負の値であって
も、ⅰ)それまでの経営改善計画や個別措置の実
3
0%未満
0%未満
施状況と今後の実現可能性、ⅱ)業務収支率等収
益率の状況、ⅲ)不良資産比率の状況、等を総合
的に勘案の上明らかに純資産価値が正の値となる
見込みがある場合
なお、同区分に属さない金融機関であっても含み益を
加えた純資産価値が負の値である場合や、負となるこ
とが明らかに予想される場合は、業務停止命令を発動
することがありうる。
また、後者の早期警戒制度は、これは金融機関の健全性を自己資本比率だけでなく、基本的な
収益指標、有価証券の価格変動による影響、預金動向や流動性準備を基準として、収益性・安定
性・資金繰りについてみるという方針から作成された。これは是正措置措置に先駆けて発動され
る命令である。金融機関が健全性を失った際に早期の再建・処理をすることが目的である。その
ためには、以前のように自己資本比率だけに着目するのでは手遅れとなる場合や、金融機関によ
って作成される自己資本比率自体にごまかしがあることが問題となるために複数の指標を活用
することとなった。
命令発動時の資産査定の基準となる検査マニュアルについては、中小・地域金融機関と都市銀
行とで同じとすべきかどうかという議論があるが、融資先の中小企業の特殊性を考慮すると別途
検査基準を設けるべきである。実際に監督機関である金融庁もその必要性は認めており、その効
36
果を強いものとするために具体的な基準は公開していないものの大手銀行とは別に基準を持っ
ている。
その検査基準を実際に運用する時に重要となってくるのが信用リスクの管理である。定性情報
を考慮して貸出を行うリレーションシップ・バンキングでは、そのリスクが定量化されにくい。
その点を補完するために、信用リスクのデータベース整備が必要であり、信用リスクの定量化や
信用格付けを目的として、中小企業の財務データ、デフォルトデータなどを集計する試みが進ん
でいる。このように、企業評価が活発化することで、中小企業の経営状況を客観的に評価できる
だけでなく、企業経営自体に経営状況を改善するという誘因づけができる。
地域金融機関はステークホルダーが限定されており、市場による経営のチェックが行われにく
い。そして、非上場銀行や協同組織金融機関についてはさらに市場による規律づけが行われてい
ないことが考えられる。だが、リレーションシップ・バンキングの担い手である地方中小金融機
関は地域に信頼されることを重視しなければならず、そのために、適切なガバナンスを保持して
健全さを株式公開企業並みにディスクロージャーして、預金者や地域、融資先からの信頼を得な
ければリレーションシップ関係は成立しない。
2-3
地域経済の活性化
事業再生
事業再生においては一般に次のような議論がされている。メインバンクの機能が有効に働かな
くなっているためにメインバンクによる事業再生は影を潜めつつあり、90 年代を通じて事業再
生の主体が不在の状態が続いた。つまり従来は、メインバンク、右肩上がりの経済成長、資産イ
ンフレという3つの要素が重なってそれがメインバンク主導の私的整理中心の事業再生メカニ
ズムにつながったが、90 年代以降この3つの条件が全て崩壊してしまい経済成長がほぼゼロに
近い形になり、資産デフレが続いたため、事業再生メカニズムの空白が起こった。従って、今後
メインバンクでない新たな事業再生の担い手が重要となる、というような議論である。これは全
くもって正しい議論である。
しかし、リレーションシップ・バンキングにおいては地域中小金融機関の主な貸出先である地
域中小企業に対する債権等は取引先金融機関がかなり限られているケースが多く、代替的・補完
的な手段として中小企業に対してクレジット・スコアリング等による資金供給がなされたとして
も、企業にとっては依然としてリレーションシップ・バンキングにおける銀行がメインバンク的
な位置付けにある可能性が高いので、ここではリレーションシップ・バンキングにおいて地域金
融機関がメインバンクとして行う事業再生の手法について述べる。
37
(図表 2.3)
事業法人やフ
ローンの
流通、証券
企業に
変調発生
ァンドなどによ
る企業再生
債権の移転
法制度、産業再生
貸出し
機構、RCC等の
(債権発生)
利用による再建
債権を保有
企業をモ
ニタリング
企業に
変調発生
再建可能性の
再建計画合意実現せず
ある企業の再建
計画合意努力
再建計画合意実現
メインバンク主導
の私的整理
事業再生の流れを概念図で示すと、(図表 2.3)のようになる。
地域金融機関は貸出しを行い、その時点で債権が発生する。次に発生した債権をどう扱うかで
2通りの方法が挙げられる。1つは、リレーションシップ・バンキング業務においてキャッシュ
フロー融資を行うことでローンの移転を容易にし、そのローンを、地域金融機関が証券化やロー
ン・パーティシペーション、ローン売却といった手法を用いてローンの流通、ローン債権の証券
化といった市場型間接金融の手法を活用することにより、銀行から機関投資家へのリスクの移転
がされ、事業法人やファンドなどが株主として企業再生の有力な担い手として参加するといった
ケースである。もう1つは、リレーションシップ・バンキング業務において発生したローンを地
域金融機関が保有し、債務者企業のモニタリングを行い、その企業が危機に陥った際にメインバ
ンクとして事業再生を行うケースである。以下ではこの後者のケースについて述べる。
さらに、リレーションシップ・バンキングにおいては債務者企業が倒産や窮境に陥った際に、
その企業が再建可能性を残している場合には、私的手続きまたは法的手続きを利用し、主に地域
金融機関がメインバンク的役割を果たすことによって事業再生が行われる。法的整理案件の方が
私的整理案件よりも倒産後の事業収益が改善しているといった実証結果も存在するが、法的整理
に関する法律の整備はほぼできているものの制度慣行的な障害があり、なかなか利用が進まない
現状がある。したがって、まず私的整理で再建可能性を探り、企業や債権者間の再建計画の合意
が速やかになされない場合には、産業再生機構や整理回収機構、さらには法的整理を利用すると
いうスタンスで話を進めていく。
38
①
早期事業再生
・
早期発見の必要性
債務者企業が倒産や窮境に陥った際には、債務者企業と全ての金融債権者との間で、私的整理
による再建計画について早期に合意が行われるのが理想である。また、全員一致でないと合意が
できない私的整理に対し、法的整理は多数決により決定を行うことができるため、私的整理で合
意ができなければ速やかに法的整理に移行することが合理的である。しかし、実態は必ずしも理
想通りには進んでおらず、メインバンクは債権者平等を主張し、非メインバンクはメインバンク
責任を主張するという具合に、債権者間で負担割合についての合意ができずに時間が経過し、や
むなく法的手続きに移行せざるを得なくなったときには、事態はより深刻になっているというの
が実状である。
しかし、事業に変調が生じ始めた早期の段階で企業が自ら事業再生に着手すれば、そのような
時間の遅れによる事業価値の毀損やコストの上昇を招くことなく事業の再生を行うことが可能
となる。また、早期着手の取り組みが過剰債務構造のような事態の悪化を招くことを未然に防止
するためにも有効である。そのためには企業、地域金融機関がそれぞれ事業の状態を今まで以上
に細かくチェックし、モニタリングを行っていくことが非常に重要である。地域金融機関はその
ように企業の状態を絶えずモニタリングできる環境にあるので、早期発見が可能となる。そもそ
も事業再生において最も有効な手段は早期に発見し、傷の浅いうちに再建を開始することである。
その意味でリレーションシップ・バンキングにおける事業再生の最大の利点は早期発見による事
業再生であると言える。
・
早期発見の仕組み
早期発見をするための手法については以下のような3つの点に留意する必要がある。
1つ目は、企業側・金融機関側が相互に企業の早期事業再生関連指標群を判断の指標にするこ
とである。具体的には、融資先企業のキャッシュフローベースの事業収益、キャッシュフローと
負債の関係(キャッシュフロー対有利子負債比率)、キャッシュフローと利払いの関係(インタ
レスト・カバレッジ・レシオ)、自己資本と負債の関係(自己資本比率など)を企業・金融機関
双方が把握し、これらキャッシュフローに着目した指標群を有効に活用することで事業の変調を
早期に把握することが可能となる。企業は事業に変調をきたした段階で取引金融機関に支援を要
請することができ、傷の浅いうちに報告することで事業価値の毀損を防ぐことができる。一方、
銀行にとっては、
「債務不履行」よりも前段階で事業再生の取り組みが促されることになるので、
それは金融機関側にとってのメリットとなるだろう。特にリレーションシップ・バンキングにお
いては顧客企業のキャッシュフローが容易に把握できるケースが多く、その意味でリレーション
シップ・バンキングを行う地域金融機関はメインバンクとして重要な役割を果たしていると言え
る。ただ、リレーションシップ・バンキングの場合はその特質上、数値では推し量れない定性的
な要素を十分勘案するとともに、企業規模や業種業態の特性などを加味し、絶対値よりも傾向が
重要であるという点にも留意することも必要である。
39
2つ目は、企業による自主的開示の促進である。いくら取引金融機関がリレーションシップ・
バンキングの特性を生かしたモニタリングに特化しているとは言っても、融資先企業と金融機関
の間にはやはり情報の非対称性が存在するという構造的問題は大なり小なり避けられない。リレ
ーションシップ・バンキングにおいては、金融機関のモニタリングも大切ではあるが、企業側が
積極的に情報を開示することが本来のあるべき姿である。その意味で、早期事業再生関連指標群
は企業が自ら活用するからこそ意味があり、企業にとっては早期事業再生関連指標を活用するこ
とで危機が大きくならないうちに発見でき、処置できるというメリットがある。企業がそれを開
示し、活用するためには企業自身がそのような情報の開示に積極的な姿勢を持つことが必要であ
るとともに、債権者である金融機関が企業に積極的に開示させるように働きかける、あるいはイ
ンセンティブ付けすることが重要である。
3つ目は、早期着手を促すためのメインバンクによるモニタリングを機能させることである。
事業再生への早期着手を促進するという観点からは経営の情報開示を進め、社内外から発せられ
るより多くのシグナルが効果的に経営者に伝わる仕組みを築くことが重要である。多くの中小企
業にとって、リレーションシップ関係にある取引先金融機関はメインバンクとなっており、メイ
ンバンクはキャッシュフローに代表される企業情報を豊富に保有しており、その意味でリレーシ
ョンシップ関係にある金融機関によるモニタリングや役員の派遣等が重要な役割を担う。
・
メインバンクによる企業再生
このようにして早期発見をした上で、再生の可能性がある場合にはリレーションシップ・バン
キングを行っている地域金融機関はメインバンクとして以下のような再建処置を行う。
再生手法の1つ目は権利請求の再交渉である。企業が事業に変調をきたした際、債務を履行す
ることが困難になるため、金利減免や元本の免除、元本返済や金利支払いを猶予するといったこ
とが必要になる。また、債務を担保する資産が減価する状況においても、期日が到来した債務の
リファイナンスや書き換えに応じたり、元本の返済を免除するといったことも行われる。つまり、
メインバンクは債権の履行請求の再交渉において危機に陥った企業に対して金融支援を与える
という形を通じて企業再生の補助をする。また、他の金融機関と交渉し、金利減免や元本支払い
の免除・猶予といったことについて調整をする。つまり、メインバンクは交渉の全体をとりまと
めたり、他の銀行よりも大きな金融支援を与えることによってコストを他の金融機関よりも多目
に抱えて企業再生に携わる。
2つ目は、新規資本の供給である。緊急資金を供給したり、少数の取引銀行とともに協調融資
を組成することによって、企業への新規資本の導入をまとめる役割を担う。地域金融機関の中で
も信用組合や第二地銀のような小規模金融機関は財務危機にある企業に対する新規資金供与に
あまり参加しない。一方で、地銀などのように比較的企業に対し優位な情報を握っている債権者
は情報が少ない債権者よりもメインバンクとして追加融資に応じるインセンティブが大きい。ま
た、メインバンクは当該企業に対して多くの債権を保有していることにより、多額の請求権を保
有していることになる。このため取引先企業が負債に脅かされるような事態を避けるためにも追
40
加融資に応じるインセンティブがあり、そうすることによって企業の再建に携わることになる。
3つ目の手法として役員の派遣がある。メインバンクは再建に当たって、企業の内部に役員を
送りこむことによって、企業の財務内容について十分な監査を行うことができ、リストラの進み
具合を監視できる。これは企業の内部に入りこむことになるので、メインバンクとはいえ従来外
部から監視していた状態よりもより一層情報収集ができることになり、実際に役員として経営に
携わることにもなるのでリストラを実際に監視して進めるという実行力が伴うことにもなる。
4つ目の役割として再建計画の策定がある。メインバンクは金融支援や負債の再交渉を行うに
あたって再建計画の承認を必要とする。なぜならば堅実な再建計画がなければいくら支援しても
立ち直るめどが立たないからである。再建計画には当該企業が財務問題から抜け出すための手段
が示されているが、具体的には不良資産の合理化や組織の変更、しばしば人員削減などが示され
る。さらに、将来のキャッシュフロー予想、借入金返済の時期と金額とともに負債に関わる譲歩
や金利の軽減などの要望事項も詳しく示されている。このように事業再生に必要なバランスシー
ト調整と損益計算書・キャッシュフローの改善という2本立てで再建を行っていく必要がある。
また、経営戦略や経営の方法、人材の改良等のビジネスそのものを改革し、収益力の向上やコス
トの削減を図ることを意識して持続可能な長期的視野に立った再建計画の作成スタンスも重要
である。このような再建計画をメインバンクは当該企業と吟味したり変更を加えたり大口債権者
として他の債権者と計画の調整をすることによってイニシアティブを取っていく。
5つ目は再建の核心としての資産売却と負債の返済である。文字通り、当該企業の資産を売却
した資金を負債に充てることで再建を図るのだが、これには2つの種類がある。1つは企業破綻
の主因である要廃棄過剰設備や要売却不動産資産の処分を行うこと、もう1つは負債の支払いを
行えるキャッシュフローを生み出すための資産処分を行うことである。前者は不必要な資産を切
り離す手法、後者は取引先の株式の売却等によってキャッシュフローを確保する手法とも言える。
6つ目は提携および結合である。これまで述べたような短期的・中期的手段をとる一方でメイ
ンバンクは長期的に当該企業が生き残れる手段を考える。その一環として、地域金融機関がリレ
ーションシップ・バンキング業務上で知り得た豊富な情報を生かして再建中の企業と相性の良い
他企業やより規模の大きい企業との提携や結合を支援する。
②
危険企業の事業再生
・
再建計画の早期合意の手法
①で述べたような事業に変調をきたし始めた段階の比較的軽症の企業でなく、すでに債務超過
構造を抱えているような重症の企業の再建をする際には、抜本的な再建計画や債権者の回収可能
な資産が大幅に減額される必要のある場合が多く、債権者間でなかなか再建計画の合意が得られ
ない。そのような場合、時間が経過して事業価値の毀損が進んでしまうので早期の再建計画の合
意を獲得することが必要である。また、そのような状態での合意努力の結果、合意の獲得ができ
たとしても既に事業価値の毀損が相当程度に進んでおり、再建が不可能となってしまうことがあ
る。そのような事態を防ぎ、再建計画の合意形成をできるだけ早める方法として以下のような方
41
法がある。
まず挙げられるのが、産業再生機構や RCC(整理回収機構)を利用する方法である。私的整理
における合意形成が進まない際に、債権者の利害調整をして債権集約化を果たすのが産業再生機
構や RCC(整理回収機構)である。危険債権の場合、メインバンクに責任やコストを求めるいわ
ゆるメイン寄せという現象が起こり、私的整理における合意形成はなかなか進まないことがある。
そのような事態を回避するために、産業再生機構や RCC は、再建を前提に非メインの債権を取得
してメインバンクとともに企業再生に取り組んでいる。その際に、債権者は一律にかなりの比率
の債権を放棄することで事業再生の一端を担うことになる。リレーションシップ・バンキングを
行っている地域金融機関は、メインバンクとしてこのような産業再生機構や RCC の「非メインの
債権の集約化機能」を利用することによって、産業再生機構(あるいは RCC)、メインバンク、
債務者企業という三者の連携によって事業再生を進めていくことが有効である。
もう1つの方法として法制度の利用がある。債権者間の利害調整がうまくいかない場合や、法
的整理を利用した方が事業の再生確率が上がると考えられる場合には、法的制度を利用すること
によって再建を行う。事業再生に利用する法制度としては民事再生法、改正会社更生法が代表的
である。それぞれの特徴を説明すると、民事再生法では、債務者企業の経営者が原則として再生
手続き開始を申し立てた後も、会社の経営権を握り、事業再生を進めることが認められており、
経営者が経営者として残れる DIP 型である。一方、改正会社更生法では現職取締役を厚生管財人
に選任できることが可能となったが、それは部分的であり、完全な DIP 型とは言えない。したが
って、経営者の交代がなかなか難しいことの多い中小企業においては、事業再生に利用する法制
度は民事再生法が多い。法的整理を利用した場合も、債権の割引などの手段で債権者は再建に貢
献することになるが、産業再生機構や整理回収機構を利用した場合よりも債権が大きく割り引か
れる場合が多い。民事再生法や改正会社更生法では DIP ファイナンスを活用するが、DIP ファイ
ナンスとは事業再生に取り組む企業に対して、その後の事業継続によって生み出されるキャッシ
ュフローに着目して行う融資のことをいう。
・
メインバンクによる危険企業再生
このようにリレーションシップ・バンキングを行っている地域金融機関は、事業再生のスキー
ムを利用して再生をできる限り早期に着手しようとしている。以下では、メインバンクが具体的
にどのような再建措置を実行しているのかを述べる。
基本的な再建措置は、前述した「メインバンクによる企業再生」の手法なのでここでは割愛す
る。ただ、危険企業再生の場合は債務超過が進んでいるケースが多く、メインバンクはそれに対
して権利請求の再交渉という形で、金利減免や元本の免除、元本返済あるいは金利支払の猶予と
いった手法を利用するのでは大幅な損失を抱えてしまう。メインバンクのみでなく、債務超過を
抱えた危険企業の再建は、債権者による債権の大幅な減額を行う場合が多く、それが再建におい
て大きな役割を果たすのは前述したとおりであるが、それを補完する方法として、債務リスクア
セットの再評価により債権を株式化することで、債権を‘大幅にまける’あるいは‘帳消しにす
42
る’といった事態は避け、それを過剰債務解消後に企業再生による公開益・値上がり益等を見込
むという方法、つまりデット・エクイティ・スワップ(DES)という手法を利用することが有効
である。債務者企業にとっては経営権の一部弱体化を招く可能性もあるが、債務がエクイティに
変わることで借入金の元利返済から逃れられるわけであるから事業再生の一翼を担うことにな
る。
また、上でも触れたように、民事再生法や改正会社更生法といった法的スキームを利用した場
合には DIP ファイナンスという手法も有効である。民事再生法や改正会社更生法を活用して事業
再生に取り組む企業に対して、その後の事業継続によって生み出されるキャッシュフローに着目
し て 融 資 す る DIP フ ァ イ ナ ン ス は 有 効 な 手 法 で あ る 。 DIP と は 占 有 継 続 債 務 者
(Debtor-In-Possession)を表し、DIP ファイナンスとは従前からの経営者が経営権を継続して
保有し、事業再生を行うことに対する融資という意味である。DIP ファイナンスはいわゆる倒産
企業に対する融資であるが、過剰債務が解消され事業に将来性があるケースが多く、仮に事業再
生に失敗して破産手続きに移行した場合でも、他の債権に比べて優先的に弁済が受けられるとい
う意味で比較的安全性の高い融資である。
今後、リレーションシップ・バンキングにおいて地域金融機関がメインバンクとして事業再生
を行っていくに当たっては、バランスシート調整や損益計算書およびキャッシュフローの改善な
どの様々な手法を用いるが、まず早期発見をすることが大前提であり、それが一番の有効な事業
再生手法であることは繰り返し強調しておきたい。
創業支援
現状分析にあるように、創業支援にはその必要性が十分にある。そこで、まず分析すべきこと
は、創業企業の経営者がどのような支援を求めているか、ということである。(図表 2.4)を見
ると分かるように、最も支援を必要としていることは資金面での融資である。さらに、マーケテ
ィングや人材・経営ノウハウ、手続きの面での支援が求められていることが分かる。
43
(図表 2.4) 創業時の困難性
(出所)中小企業庁「創業環境に関する実態調査」(2001)
(備考)複数回答のために合計は 100 を超える
では、このように支援を求めている創業期の企業に対して、地域金融機関がどのような支援が
可能なのかを考えると、以下のように、資金提供と情報提供による支援が重要であると言える。
①
資金提供による支援
創業期の企業と地域金融機関はコミットメント関係を構築できていない。よって、本来のリレ
ーションシップ・バンキングの貸出行動をとることは難しい。よって、金融機関の貸出行動は創
44
業期の企業を対象とした独自のものを考える必要がある。
創業期において、企業は自己の資源を全て本業である製造・販売といった工程に投入したいと
考える。販売には必ず与信が生じ、企業は与信管理をせざるを得ない。前述のように、ファクタ
ーがクライアントの企業に代わって与信管理事務を代行することは、本業に専念したい企業にと
って大いにメリットのあることと考えられる。さらに、ファクタリング業務は今まで取引のなか
った企業でも、容易に取引できるという特性を持っており、リレーション関係にある企業をビジ
ネスマッチングによって創業期の企業に紹介した後に、その紹介した企業からの売掛債権を対象
にしたファクタリング業務を行い、創業企業に必要な手元流動性の確保という支援をすることが
できる。カスタマーに関する情報は既に蓄積されているため、売掛債権の現金化に伴うリスクは
低い。また、創業企業の経営に関与することで、リレーション関係を構築して、将来の融資先に
なる可能性を高めることができる。
創業企業の中にも、いくつかの傾向があり、ここでは二つに大別してさらに資金提供の可能性
を分析する。一方は、バイオや IT 分野によく見られるような高成長を志向する企業で、他方は、
介護や地域産業に付随するような分野の高成長を志向しない“ふつうの創業”による企業である。
まず、高成長志向型企業についてだが、金融機関による融資という形態をとる以上、資金提供
は困難である。このような企業では、担保や信用が不足していることに加えて技術の評価が専門
家でない者には困難であり、貸出審査が十分にできない。地域中小金融機関の役割は、財団や投
資事業有限責任組合といった形態によるベンチャーファンドへの一参加者に限定される。
また、“ふつうの創業”企業については、創業者が地域中小金融機関の取引先経営者であるこ
とが考えられる。「第二の創業」と呼ばれるものだが、この場合は、今までの取引によって蓄積
された情報を部分的に流用することができ、一般の創業に比べてリスクは低いと考えられる。ま
た、創業者に関する情報がないような“ふつうの創業”に関しては、大きな成長の見込がない代
わりにしっかりしたビジネスプランがあれば、それを審査し融資することに対するリスクも高成
長志向型の創業企業と比較してそれほど大きくないと考えられる。よって、保証制度や担保は十
分に考慮しながら一定の融資を行うことは妥当だと考える。
結論として、いずれの種類であっても創業期の企業への資金支援は機能強化を図ったとしても、
限界があると言える。もちろん、ここで述べた範囲内でできる限り地域中小金融機関は資金提供
を試みるべきだが、それだけで資金需要に対して十分な量のリスクマネーが供給されるとは考え
られない。預金を原資とする金融機関では、貸出支援に関してはその機能強化を十分に検討して
も現状には対処できない。よって、その代替案として創業期の企業に対してより多様な資金提供
の方法を考える必要があるが、それは本論文の5章で再度検討したい。
②
情報提供による支援
創業企業に対して、地域金融機関が最も取り組みやすい支援は、地域中小企業とのビジネスマ
ッチング業務である。地域経済の情報を十分に蓄積しているために、販売チャネルや企業紹介、
市場動向についての情報を提供し、マーケット面での相談に対応できる。また、経営ノウハウに
45
関する助言も可能である。他にも、金融機関の取り組みとしては、各業界団体に対して、企業の
将来性や技術力を的確に支援するために、“見る目”を持つ人材を育成するプログラムを作り、
組織的に優れた人材をそろえられるようにするべきである。
支援すべき創業企業を発見するということは大変困難であるが、必要なことである。第二の創
業については地域金融機関が取引先の企業に呼びかけて拡大をすべきだが、全般的に地域金融機
関単独の活動では不十分であり、産業クラスター計画への参加が考えられる。
<産業クラスター計画>(地域からのベンチャー創出)
経済産業省の推進する、地域の比較優位性を踏まえて各地域で世界に通用するレベルの新事業
に支えられた産業集積を形成することを目指す計画で、平成 13 年度から推進されている。海外
でも、米国、ドイツ、フィンランドなど多くの国で産業クラスターの形成が進められている。
クラスターとは、本来「ブドウの房」の意味。アメリカ・ハーバード大学ビジネススクールの
マイケル・ポーター教授が地域の競争優位を示す概念として提唱したことで定着した。産業クラ
スターは、特定分野の関連企業、大学等の関連機関等が地域で競争しつつ協力して相乗効果を生
み出す状態をいう。
基本的な方針として挙げられているのは以下の四点
ⅰ
産学官の広域的ネットワーク
ⅱ
地域の特性を生かした技術開発の推進
ⅲ
起業家育成
ⅳ
事業化段階の支援
経済産業省地域経済産業局が地方地自体と共働して、世界市場を目指す企業を対象に、これら
企業を含む産学官の広域的な人的ネットワークを形成し、経済産業省の地域関連施策(技術開発
支援、インキュベータの整備など)を総合的、効果的に投入することにより、地域経済を支え、
世界に通用する新事業が次々と展開される産業クラスターが形成されていくことを目標とする
取り組みであり、地域の研究開発能力・産業集積の特徴を踏まえ、全国19の広域的地域・産業
分野について、産業クラスター形成を目指すプロジェクトを推進している。 (図表 2.5)
産業クラスター計画に参加することにより、産学官の広域的なネットワークを活用し、新たな
技術開発による新製品・新事業の創出が図られ、計画参加企業の新製品・新事業創出に伴い、当
該企業と取引関係にある企業や新たな取引関係を結ぶ企業の成長が期待される。産業クラスター
計画で展開される事業などを 1 つのモデルとして、同様の動きが誘発・促進され、地域経済全体
の活力強化、さらには世界的な独創性を持つ経済産業地域としての競争優位を獲得できる。
46
(図表 2.5)産業クラスタ−計画の一覧
地方経済産業局名
プロジェクト名等
北海道経済産業局
北海道スーパークラスタ
ー振興戦略
東北経済産業局
推進組織
IT分野
北海道情報産業
クラスター・フォーラム
バイオ分野
北海道バイオ産業 クラスター・フォーラム
高齢化社会対応産業振興プロジェクト
高齢化社会対応産業
クラスター協議会
循環型社会対応産業振興プロジェクト
(社)東北ニュービジネス協議会
循環型社会
対応産業クラスター委員会
関東経済産業局
地域産業
活性化プロ
首都圏西部(TAMA)地域
(社)首都圏産業活性化協会
中央自動車道沿線地域
中央自動車道沿線地域
ジェクト
新規産業創出推進協
議会
東葛・川口地域
東葛・川口地域産業集積活性化協議会
新産業
創出推進ネットワーク
三遠南信地域
三遠南信バイタライゼーション協議会
首都圏北部地域
首都圏北部地域
産業活性化推進ネットワー
ク
中部経済産業局
近畿経済産業局
バイオベンチャー育成
首都圏バイオ・ゲノム ベンチャーネットワーク
首都圏情報ベンチャーフォーラム
首都圏情報ベンチャーフォーラム
東海ものづくり創生プロジェクト
東海ものづくり創生協議会
北陸ものづくり創生プロジェクト
北陸ものづくり創生協議会
デジタルビット産業創生プロジェクト
中部デジタルビット産業創生協議会
近畿バイオ関連産業プロジェクト
NPO 法人近畿バイオインダストリー振興会議
近畿バイオ産業クラスター部会
ものづくり元気企業支援プロジェクト
ものづくりクラスター協議会
情報系クラスター振興プロジェクト
KISS(関西IT共同体)
近畿エネルギー・環境高度化推進プロジェ
EE ネット
クト
中国経済産業局
中国地域機械産業新生プロジェクト
(社)中国地域ニュービジネス協議会
産業ク
ラスターフォーラム
循環型産業形成プロジェクト
四国経済産業局
四国テクノブリッジ計画
四国テクノブリッジフォーラム
九州経済産業局
九州地域環境・リサイクル産業交流プラザ
九州地域環境・リサイクル産業交流プラザ (K
−RIP)
沖縄総合事務局
九州シリコン・クラスター計画
九州半導体イノベーション協議会
OKINAWA型産業振興プロジェクト
OKINAWA型産業振興プロジェクト
経済産業部
進ネットワーク
合計
47
約3800社、約200大学
推
(参考)
・約3800社(上場企業を除く)の売上高推計:約12兆円
(全製造業の約4%)
・約3800社(上場企業を除く)の従業者数推計:約40万人
(全製造業の約4%)
・地域の比較優位性を踏まえて、当面、約3800社の世界市場を目指す中堅・中小企
業が参加約20大学の参加を得て、全国で19プロジェクトを展開。今後とも拡充す
る。
マイケル・ポーターが「競争優位は経営資源を活用する際の優れた生産性が生まれるのは、よ
り高いレベルを目指し競争手法を革新・向上させる力が働くからである7。と指摘しているよう
に、産業クラスター政策には地域産業の内発的な革新と向上を引き起こし、競争力を高めていく
機能がある。しかし、日本ではその機能が十分に生かされてはいない。以下では、日本の産業ク
ラスターの現状と今後について EU 諸国との比較を通じて検証し、その中で地域金融機関が果た
すべき役割について検討する。
ⅰ
産業クラスター政策の現状と成果
産業クラスター政策では、地域の大学、研究機関、企業が問題意識を共有化して、密なコミュ
ニケーションのもとで、持続的な発展モデルを形成していくこと、また、こうした取り組みを地
域全体のイノベーションにつなげていくことが成果となる。
その意味では、フィンランドのオウルやアイルランドのタブリンの産業クラスターは代表的な
成功事例と言える。
一方で、日本国内は成功といえるのだろうか。その取り組みがまだ始まったばかりで具体的な
成果がでる段階ではないのかもしれない。しかし、EU諸国の取り組みと比較すると、クラスタ
ー形成に向けた取り組みの体制や進め方などにおいて、変革が必要と考えられる。
〈参考〉フィンランド IT 産業−国家主導のクラスター
ソ連崩壊の影響などを受け、1990 年代初頭に深刻な経済危機を迎えたフィンランドでは、森
林・パルプ業、鉱工業といったそれまでの中心産業に次ぐ「第 3 の支柱」の育成を、国家一丸と
なって進める決断を下した。ターゲットとしては、IT・通信分野、バイオ・ヘルスケア分野、科
学機器分野といった、付加価値の高いハイテク分野が選ばれ、まずは NOKIA を中心とする IT・
通信産業の発展を目標におき、それを達成するための支援機関の整備が進められた。
結果として、フィンランドの IT 産業は 90 年代を通じて飛躍的に成長した。90 年には 1 億ユ
7 「クラスターが生むグローバル時代の競争優位」
『DIAMOND
999.3
48
ハーバード・ビジネスレビュー』1
ーロに満たなかったハイテク製品の総輸出額は、2000 年には 11 倍(11 億ユーロ)を突破し、現
在では、2001 年に世界経済フォーラムの国際競争力ランキングで世界 1 位にランクされるなど、
世界でも有数のハイテク立国とみなされている。
産業の成長を達成できた第一の要因としては、「フィンランド・モデル」ともいうべき、独自
の地域産業集積モデルを確立できたことが挙げられる。このモデルでは、国家主導による「企業
化」への一貫した政策、産官学の強力な連携、R&D 支援の重視、企業の成長段階に応じたきめ細
やかなサポートを特徴としている。
起業の場として、産学が共同研究を行い、ビジネスのシーズを育成する「サイエンスパーク」
は、フィンランド国内に 14 ヶ所設置されている8。シーズがスピンオフし、企業のビジネスが発
展段階に入ると、資金面では Tekes や Academy of Finland、技術開発面では VTT(技術開発セン
ター)や大学による支援を受けることがでる。企業が創業する段階に入ると、Sitra(研究開発
基金)による資金援助を受けることができるようになる。さらに、市場へ本格的に参入し、国際
的なビジネス展開を図る段階になると、Finpro(貿易局)によるマーケティング支援・製品プロ
モーション支援を受けることができる。
国家の強力なリーダーシップをもとに、これらの国の機関による企業支援策が有機的に機能し、
次々と高度な技術を持つベンチャー企業を輩出できたこと、オウル市を初めとする地域クラスタ
ーの形成に成功したことが、フィンランドの IT 産業の高成長をもたらした一番の要因といえる
と考えられる。
ⅱ
クラスター形成過程の問題点
EUでは、産業クラスター形成を支援する「RIS(地域イノベーション戦略)
」というプロ
グラムを実施している。同プログラムでは、地域クラスター戦略形成支援や、スタートアップ支
援、スピンオフ支援、イノベーションのための人材支援などの総合的支援策が用意されており、
プログラムの対象となった地域は、こうした支援メニューのなかから地域の実情をふまえたもの
を選択することで、効率的なクラスター形成を推進している。このRISプログラムによる取り
組みからも、興味深い成果が具現化している地域がいくつか表れている。
ここでは、RISプログラムとの比較によって日本国内の産業クラスター形成過程における問
題点を指摘する。
・問題意識が共有化されていない
国内の産業クラスターの形成においては、ほとんどの地域で基本計画を策定し、そのなかで地
域の現状分析が行われている。しかしながら、問題の構造にまで踏み込んだ分析まで行っている
ことは稀である。クラスター形成に向けて何が課題になっているか、さらに、それがどういう構
造から生じているのかを明らかにしないと、有効な手立てを打つことができない。この点RIS
8 2002 年時点、Tekes(技術庁)資料より
49
プログラムでは、地域の中核機関が中心となり、大学やコンサルタントなどとの連携のもと地域
課題に対する綿密な分析を奨励している。
・支援体制の複雑さ
産業クラスターの形成に向けては、技術開発支援、技術移転支援、ベンチャー支援、資金調達
支援、経営指導、販売開拓支援、情報提供、人材育成といった多様な支援メニューがある。また、
それぞれの地域には、行政機関や産業支援機関、大学、商工会議所、工業会など、これらの支援
を行う機関が多く存在する。だが、それらの棲み分けが十分になされておらず、受け手の企業か
ら見て分かりにくい。資源が十分に生かされず、非効率的な支援となっている。
日本の産業クラスター計画では、中核機関となるものを位置づけ、支援の一元化が図られてい
るものの、関連機関の役割を明確に調整する段階には至っていないことが現状である。
この点、EUのクラスターであれば、地域の産業振興にあらゆる角度で係わっている。
・コーディネーターの不在
日本国内における産業クラスター形成の中核機関の成り立ちをみると、県や市の外郭団体や経
済団体であることがほとんどである。こうした機関には、そのトップにシンボリックな人材を配
置するケースが見られるが、実働部隊は、県や市、地元企業からの出向者である場合が通例であ
る。このため、企業経営の経験やノウハウを持つ人材がトップに立たない限り、あるいは、県や
市の強力なバックアップなしには、中核機関主導ではダイナミックな事業推進は望めない。
コーディネーターの確保という意味について、EUのケースでは、大きな予算の執行権限を有
する開発公社が中核機関になることが通例で、そのトップ層がコーディネーターとしての役割を
担う。また、中核機関と地元大学の交流にも積極的で、大学と企業経営や法律などの専門家をブ
レーンとして招くこともある。
ⅲ
産業クラスター形成に向けて
EUの取り組みを鑑みると、産業クラスター形成に向けては、しっかりとした中核機関の構築
といった、支援体制の変革が必要といえる。
上記の問題点をふまえると、行政機関、産業支援機関、大学、産業界といった既存の支援体制
の現状を分析し、体制の見直しを早急に実施すべきである。公設試験研究所の体制再編、拠点の
集約化といった動きは見られるが、この場合、組織の枠を超えた再編が求められるために、国が
主体となった実施が求められる。役割と機能の集約化により、相当の規模と予算とスタッフを有
する組織を中核機関として位置づけていくべきである。
次に、新たに再編された中核機関を中心に、産業クラスター形成に向けた戦略づくりを実施す
る必要がある。その戦略の中核は、地域の大学・産業支援機関・主要企業との密なコミュニケー
ションであることが必要である。
50
ⅳ
産業クラスター形成の中で地域中小企業に期待される役割
産業クラスター形成は、その地域の特性を見極めることから始まる。そして、地域の大学と企
業、それに公的機関が一体となって産業クラスターを形成する。その際に最も重要なことは、前
述の通り「密なコミュニケーション」である。そのためには、幅広く関係者が集まり、必要な情
報を参加者全てに行き渡らせ、理解を得なければいけない。その際の関係構築、関係維持にこそ
地域中小金融機関の役割の一つがある。
より具体的には、地域中小金融機関に対し、地域毎に地域中小金融機関等から構成される「産
業クラスターサポート金融会議」の立ち上げが決定された。その趣旨は、産業クラスター計画を
支援するため、産業クラスターサポート金融会議という形で関係者の交流連携の場を提供し、有
望な研究開発型企業と優良案件の発掘に資し、中小・地域金融機関の創業・新事業支援機能等の
強化を図ることである。 産業クラスターサポート金融会議の組織は、地方銀行、第二地方銀行、
信用金庫、信用組合のうち、産業クラスター計画の関係金融機関(プロジェクトの推進組織に参
加している金融機関及び同計画を支援しようとする金融機関)から構成される。また、財務局、
経済産業局及び産業クラスター推進組織がオブザーバーとして参加する。
平成15年5月には全国で最初に「近畿地区産業クラスターサポート金融会議」の第1回会
議が開催された。今後もこういった取り組みを通じて、地域中小金融機関が創業支援に携わって
いくことは、十分に可能であり、必要である。
51
第二部
リレーションシップ・バンキングの補完と代替
第1部では、リレーションシップ・バンキングに焦点をあて、その現状の問題を指摘し、解決
策として機能強化を論じてきた。しかし、そういった機能強化をもってしても、中小企業金融の
問題を十分に解決できるとは言い難い。よってこれから第2部では、リレーションシップ・バン
キングを補完、代替するものとして、クレジット・スコアリングの利用、リスク移転、創業企業
への資金提供の 3 点について述べていく。
3章
クレジット・スコアリングの利用
情報処理技術の発展や、CRD のようなデータベースの整備により、従来は馴染みにくいと考え
られていた中小企業金融においてもクレジット・スコアリングが利用されるようになってきてい
る。これにより、審査、調査コストの低下、審査期間の短縮が可能となり、また、信用リスク評
価の標準化された債権を大規模なロットでプールすることにより、証券化によるリスク分散も容
易となる。さらに、クレジット・スコアリングは、それを用いた融資に留まらず、中小企業の経
営支援や企業間信用への利用など、リレーションシップ・バンキングを代替する可能性を持って
いる。
3-1
クレジット・スコアリングによる融資
クレジット・スコアリングとは、データベースとの比較による PD(倒産確率)算定に基づき
融資の可否、条件などが客観的、合理的に決定される融資手法である。この手法には、PD の正
確性を確保するのに十分な量の企業およびオーナの信用状態に関する時系列データがインフラ
として必要となる。業歴が長く、トラックレコード(銀行取引履歴)が豊富で、好業績の企業ほ
ど好スコアとなり、融資のアベイラビリティは高まる。
クレジット・スコアリングによる融資は、金利水準が比較的高く、限度額や期間の設定が限ら
れているものの、無担保の上に審査期間が従来の融資に比べて大幅に短縮されることが期待でき
る。また、
「A という企業はその企業属性から見て、データベース上の B 企業群に属しているた
め、B 企業群の過去の倒産確率などから見て最低必要な貸出金利は C%となる」というベンチマ
ーク的な価格設定が可能になる
加えて、価格メカニズムを通じて、資金の出し手と借り手が結び付けられる金融システムを実
現する意義は大きい。というのも、これにより金融機関が貸出債権を流動化し、機関投資家など
に信用リスクを移転することが容易になると期待できるからである。
個々の金融機関も、これまで営々と磨いてきた自前の信用リスク審査モデルに、データベース
の利用を加え、さらに経営者の能力に関する情報なども加えることで、金利や保証条件などを裁
52
量で最終決定できることになる。
東京三菱銀行の TKC 戦略経営者ローンの仕組み
・
東京三菱銀行は税務会計事務所の取引先企業の信用情報データベースを用いた「無担保・無保
証・3000万円融資制度」を実施した。このデータベースは税理士・会計士にチェックされた、
いわばフィルターのかかった財務データであるため情報として信頼性が高い。この融資は事故率
がきわめて低いのが確認されており、2002年からは融資期間を一年から三年に延長し、しか
も優良企業への適用金利を優遇した。
他の都市銀行が同様の商品を売り出したが、融資申込み企業の情報にフィルター機能がかかっ
ていなかったため、大きな事故率となり、結局廃止となった。こうしてみると、財務データのフ
ィルター機能がいかに重要かということが明らかである。
3-2
信用リスク情報のデータベース
クレジット・スコアリングを可能にするためには、インフラとしての信用リスク情報のデータ
ベースが必要となる。これは極力全国を網羅し、かつ、倒産だけでなく可能な限り利息延滞や貸
出し条件を緩和したケースを含む、広義デフォルト確率についてのデータベースであるべきであ
る。
中小企業信用リスク・データベース(CRD)
中小企業庁主導で各都道府県が有する豊富な中小企業信用リスク情報のデータベース構築が
進展中である。これが CRD 運営協議会である。現在は任意団体であり、最終的には、社会的イ
ンフラとするべく非営利法人といった組織形態を検討中である。
これは精度、データ数、カバー率ともにフランスに次ぐ世界に冠たるものである。従来のデー
タベースと異なるのは、広義デフォルト(破綻+延滞)確率による定量格付けで、かつ全国網羅
的なスケールということである。2002年末において、全国中小企業法人の3分の2に相当す
る事業者数140万先(うち法人106万社、個人34万事業者)ものデータベースを構築し、
その分析を推進中である。しかも10.2万先のデフォルトデータ(うち法人7.6万社)を蓄
積しているのが特徴である。業種別・地域別の債務者データも豊富である。都銀の企業データベ
ースでも高々10数万社であることを考えると、CRD の豊富なデータベースは魅力である。継
続的な財務データが入手できるのは、全体の1割強の社数であるが、最近のデータモデル技術に
よって、かなり確度の高い信用リスク・データベースを構築できるとの統計数理専門家などの見
解である。もちろん、実際のプレイヤーである金融機関にとって使い勝手の良いモデル構築など
信用供与面のイノベーション競争は不可欠であるが、本データベースはそれを促すことになる。
本データベースの有用性が認知されるに伴って、CRD への参加が増加し、一段と充実したデ
ータベースになることが期待される。個人向け信用供与産業と同様に、企業向け信用供与のリス
クとリターンの関係が持続可能な信用制度の確立につながっていくことになる。また、本データ
53
ベースから、わが国全体の中小企業信用度の正確な分布(業種別、地域別など)および将来のデ
フォルト確率を引き出せることになれば、公的信用補完の度合いを含めて、より科学的でオープ
ンな信用秩序維持政策を打つ前提が確保できる。
CRD の精度と読み取れること
CRD はスコアリングモデルとして高い精度を持っていることが確認されている。(図表 3.1)
では、CRD に蓄積されている 2001 年の決算書を用いて、最初にスコアリングモデルによる各
決算書のデフォルト確率を算出し、それぞれをデフォルト確率の範囲に応じて任意に設定したⅠ
∼Ⅹまでの「ランク」に分類した。次に、各ランクの決算書のうち、決算後1年以内にデフォル
トに至った決算書数をカウントすることにより「実績デフォルト率」を算出し、
「予想デフォル
ト確率」
(モデルが算出するデフォルト確率の平均値)と比較を行った。この結果から、CRD の
モデルが算出するデフォルト確率は、全体として十分に高い信頼性を有していることが分かる。
また、
(図表 3.2)は、CRD のスコアリングモデルを用いて、債務超過かつ経常赤字の企業群
を分析した結果を示している。この表の上半分が、「資本合計ゼロ未満かつ経常赤字ゼロ未満」、
すなわち債務超過かつ経常赤字の企業群(9 万 2499 件)である。
これらの債務超過かつ経常赤字の企業群についてモデルを用いて分析してみると、デフォルト
確率が1%未満と予想される企業が相当数存在(2 万 1942 件)し、かつ実績デフォルト率も1%
未満にとどまっていることが読み取れる。
中小企業経営においては、
「債務超過」
「経常赤字」という要因だけでは推し量れない中小企業
の奥深さがリ、これに対してスコアリングモデルは、表面上の決算内容が悪い先であっても、相
当正確に信用度を測定できるということを表している。
(図表 3.1)
ランク
スコアリングモデルの精度(2001 年 1 月∼2001 年 12 月)
デフォルト確率
決算書数
予想デフォルト確率
デフォルト数
実績デフォルト率
Ⅰ
0.2 未満
53,888
0.14%
80
0.15%
Ⅱ
0.2 以上 0.4 未満
96,578
0.30%
222
0.23%
Ⅲ
0.4 以上 0.6 未満
71,748
0.49%
328
0.46%
Ⅳ
0.6 以上 0.8 未満
53,133
0.70%
341
0.64%
Ⅴ
0.8 以上 1.0 未満
40,718
0.90%
376
0.92%
Ⅵ
1.0 以上 1.5 未満
70,478
1.23%
883
1.25%
Ⅶ
1.5 以上 2.0 未満
44,055
1.73%
842
1.91%
Ⅷ
2.0 以上 3.0 未満
51,211
2.44%
1,449
2.83%
Ⅸ
3.0 以上 5.0 未満
44,054
3.83%
1,924
4.37%
Ⅹ
5.0 以上
40,836
9.28%
3,792
9.29%
566,718
1.73%
10,237
1.81%
総計
出典:
「信用金庫」2003.9
54
注)予想デフォルト確率:モデルが直接算出する 1 年以内デフォルト確率の平均値
実績デフォルト確率:決算後 1 年以内にデフォルトした企業の割合
2001年決算書
確率(%)
10.00
9.00
8.00
7.00
予想デフォルト確率
6.00
5.00
実績デフォルト確率
4.00
3.00
2.00
1.00
0.00
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
Ⅴ
Ⅵ
Ⅶ
Ⅷ
Ⅸ
Ⅹ
ランク
(図表 3.2)
資本合計
「債務超過」「経常赤字」企業群のモデル分析結果
経常利益
デフォルト確率
決算書数
(%)
0 未満
0以上
0未満
0以上
予想デフォル
デフォルト
実績デフォルト
ト確率
数
率
1未満
21,942
0.65%
105
0.48
1以上2未満
24,471
1.46%
332
1.36
2以上3未満
13,969
2.45%
412
2.95
3以上
32,117
7.24%
2,404
7.49
合計
92,499
3.43%
3,253
3.52
211,092
0.41%
869
0.41
1以上2未満
48,864
1.41%
783
1.60
2以上3未満
18,608
2.43%
522
2.81
3以上
23,864
5.68%
1,423
5.96
302,428
1.11%
3,597
1.19
1未満
合計
出典:
「信用金庫」2003.9
次に、CRD に蓄積された大量データを用いて個別指標単位での実績デフォルト率を測定して
55
みると、(図表 3.3)で示すとおり、利益関連指標ではデフォルト判別力が総じて弱く、特に売
上高経常利益率の分析においては、
「若干の黒字先(範囲区分5)のほうが、若干の赤字先(範
囲区分4)よりも実績デフォルト率が高い」という不自然な現象が生じていることがわかる。こ
の原因は、赤字を出すと債務者区分が引き下げられ、円滑な融資が受けられなくなるかもしれな
いという経営者心理が働くためではないか、と容易に想像される。
しかし、一方では、表面財務を用いた分析であっても、B/S 指標や借入金関連指標の中には、
実績デフォルト率との相関がきわめて高い財務指標が多数存在するという事実も判明している。
これらの指標は、決算操作の影響を受けにくい指標と位置づけられる。
以上の分析結果から、デフォルト判別に有効と判断される指標を選定し、それらの指標を統計
的に最適な形で組み合わせれば、精度の高いスコアリングモデルを構築することが可能になる。
(図表 3.3)
個別財務指標とデフォルトの相関
56
出典:
「信用金庫」2003・9
今後の課題
CRD データベースが、サブ・パフォーミングローン債権の流通市場形成に向けて利用される
など、より広範な社会的インフラとなるためにはいくつかの課題がある。
第1には、企業情報収集の効率化である。現在信用保証協会で手あるいは OCR 入力により
MT(磁気テープ)に記録し、CRD センターには MT が持ち込まれている。これを、銀行等か
らのデータ伝送とし、保証協会での入力負荷を軽減、誤入力防止を実現する。各種財務報告用の
情報を作成・流通・利用できるよう標準化された言語である XBRL の活用が有効な分野でもあ
る。
XBRL とは、各種財務情報を元とするビジネス報告書に関し XML(eXtensible Markup
57
Language)技術を利用することにより、その作成・流通・利用の効率化、タイムリー化、正確
化を企図したグローバルな標準言語である。XBRL の利用により、企業は財務情報の適時開示
を迅速かつ正確に行うことができるようになる。XBRL により作成された財務情報が企業によ
って入力され、直接もしくは証券取引所や情報ベンダー等を通じて,銀行,証券、保険等の金融
機関、さらには金融監督当局、税務当局等に提供,再利用されることで,財務情報の一連のサプ
ライチェーンが形成されることになる。
第2には、企業コードの統一である。国内外の信用情報サービス機関では、それぞれ統一の企
業コードを持っており、情報照会や認証に大いに役立っている。CRD の場合にも、全国信用保
証協会ベースでの統一が不可欠となる。
日本では今後、総人口の減少とともに、地域間の経済成長率格差の拡大が加速する傾向にある。
人口減少は、小売・建設業など個人消費や住宅投資関連企業を減少させる。地域経済の主体であ
る個人や中小企業の活動量が細ることになれば、金融機関の融資量や保証協会の保証量の縮小も
不可避となる。
特定の地域内において「一つの籠にすべての卵を盛る」リスクを回避し、貸出債権や信用保証
債権のポートフォリオ分散を図る動きが強まることも十分に予想される。企業コードの統一は、
その際に必須のインフラの整備になるといえる。
第3には、企業情報の実名での収集、活用である。現在は信用情報の統計データの共有が重要
な段階にあるため、企業を特定できない形式で財務情報を収集している。しかし、将来的には
CRD の貴重な信用情報を、中小企業自身の資金繰りや商取引拡大などのために有効活用するた
めにも、実名で提供することが必要になってくる。これにより、金融機関や信用保証協会のフィ
ルター機能を経た信頼度の高い情報を当該企業が希望する相手先にだけ開示するという、公共性
の高い社会インフラを提供できることになる。後述のようなインターネット上の「電子ファイナ
ンス市場」で名乗りを上げて、自ら積極的に資金の出し手を探し出すことも可能となる。
第4に、民間データベースとの関係である。民間においても各種信用リスク情報のデータベー
ス構築は進行している。東京都民銀行や三井住友銀行、三菱商事など22社が構築した RDB と
呼ばれる企業審査システムがその代表である。これは、取引先の中小企業の業種や売上高、期間
損益、有利子負債など106項目の財務データを入力し、経営破綻した企業の情報も含め、合計
17万8千社の情報を蓄積したデータベースである。2000年10月に稼動を始めた RDB を
各行は中小企業向け無担保ローンの審査に活用し、2002年9月にはより規模の小さな個人事
業主の審査にも使用している。
中小企業庁は特定の金融機関の営利に偏らない公的なデータベースが必要であるとして、信用
保証協会と共に CRD を構築したが、その CRD が RDB のような民間データベースを圧迫して
いるという問題がある。データベースの利用料は RDB が年間880万円なのに対して、CRD
は年間400万円と半分以下に設定されており、こうした CRD の低価格が RDB を圧迫してい
るという側面もある。
もともとは両データベースとも、融資の貸し倒れリスクを即座に計算し、企業の資金需要に迅
58
速に対応するためというほぼ同じ目的のために作られたものであり、今後は、両データベースを
統合するなどの対処が必要であると考えられる。
3-3
クレジット・スコアリングの発展可能性
クレジット・スコアリングはそれを用いた融資だけではなく、中小企業金融に多くの選択肢を
与える可能性を持っている。
電子ファイナンス市場
電子ファイナンス市場とは、中小企業が自らの CRD デフォルト確率を提示しながら、インタ
ーネット上の電子ファイナンス市場において、全国のノンバンクを含む金融機関に対して、無担
保・無保証ベースでの融資を申し込む。それに対して、金融機関サイドでは、CRD デフォルト
確率に自ら保有する格付け、業種別・地域別などのポートフォリオ方針や経営者に対する個別情
報などを加味して、融資額や金利水準を提示する。交渉が成立した金融機関との間で融資が実現
されるという仕組みである。
現在の日本における金融の大きな問題は、企業向けの貸出金利が年3%前後に集中しており
(図表 3.4),5%∼15%のミドルリスクのものが少ないことである。そのことにより、短期
の運転資金として、審査期間の短いミドルリスクの融資を必要としている中小企業の多くは、商
工ローンなどを含めたノンバンクから年15%を超えるような高金利で資金調達せざるをえな
くなっている(図表 3.5)。電子ファイナンス市場の整備により、そのような企業側の求めるミ
ドルリスクの資金を低コストで提供することが可能になると考えられる。
(図表 3.4) 銀行の利子率別貸出金比率(2001 年 12 月)
出典:中小企業金融の新たな手法に関する研究会
59
(図表 3.5)
出典:
(社)全国預金業協会連合会「平成 13 年版預金業白書」
電子ファイナンス市場は、企業の側から金融機関に対し、どういった融資が可能かの交渉が可
能となるような場を作ることである。こうした信用リスク情報を中心に据えたビジネスの場とし
ては、これまでの日本には、金融機関内部の内製型モデルを除くと、企業信用情報提供会社のデ
ータ利用のパターンと、スコアリングモデル提供会社が中心となったパターンが存在した。前者
として典型的なのが、帝国データバンク社、東京商工リサーチ社、D&B(ダン・アンド・ブラ
ッドストリート)社のデータベースを中心としたビジネスモデルである。また税理士事務所経由
で蓄積された中小零細企業の財務情報に基づく TKC データベースとリンクした金融機関の「無
担保・無保証・3000万円融資」といったビジネスモデルもすでに実績を挙げつつある。
後者としては、欧米ではクレジット・スコアリングモデルのスタンダードとなっているフェア・
アイザック社が国内金融機関向けに提供している事例が挙げられる。
この点、電子ファイナンス市場は、基本的に全国165万社の中小企業のうち現在すでに10
0万社以上の信用リスク情報をカバーする膨大なデータ量を保有する CRD の強みを生かし、か
つその将来デフォルト確率を算出できる CPC 社などのクレジット・スコアリングモデルを、自
前のモデルがない先でも外部から購入できることで可能となる。中小企業自身が、こうして得ら
れた自社のデフォルト確率を掲げながら、インターネット上で、広く全国の金融機関に対して、
無担保・無保証の融資申込みを行うビジネスモデルである。最も有利な条件を提示する金融機関
との間で融資が決まる。
もちろん、金融機関ごとに当該中小企業に対する企業価値評価は異なる。したがって、融資実
行に伴う付加価値の付け方も金融機関ごとに異なり、金融機関同士の競争も促される。
60
標準化された情報の意義
信用リスクのデータベースにより各企業の信用リスクが標準化された情報としてスコアリン
グされることは、各企業の経営状態が信頼可能な情報として利用可能になることを意味し、様々
な意義を持つ。
第1に、経営判断への利用が考えられる。スコアリング結果を参照することにより、今まで経
営計画数値の計算をするために費やされていた多大な労力が、経営計画数値の実現に向けて何を
するべきかという本当に必要とされる知恵を絞る力に変化していくことが期待される。データベ
ースの大量データに基づいて独自に構築した倒産確率算出モデルにより、現状の倒産確率だけで
なく、将来の財務収支に対する倒産確率も算出することができ、その長期的な推移をみることで、
より客観的に今後経営をどうするべきかといった判断の材料として用いることができるように
なる。
第2に、企業間ネットワークへの利用が考えられる。各企業はクレジット・スコアリングによ
り算出された自らの信用リスクを開示し、それをもとに自らの企業の経営内容を相手企業に提示
することができる。このことは自らの信用リスクを公開する自信のない企業は、このシステムか
らは排除されることを意味し、敗者を信頼できるネットワークから退出させるという市場原理が
働くこととなる。
信頼できる企業間取引ネットワークの再構築は、「ディスオーガニゼーション」という形で進
行しつつある企業間信用の縮小に歯止めをかけ、再び拡大させることに貢献する。さらには、こ
れからの拡大が期待される企業間電子商取引市場に不可欠なインフラにもなる。
金融仲介者へのインパクト
CRD に代表されるような各種データベースが整備されることにより、中小企業の信用リスク
という依然は限られた主体にしか扱われていなかった情報の量は格段に増大する。それらの情報
が各主体によって共有されることは、金融仲介者にどのような影響を与えるのであろうか9。
一般に、取引においては、①探索を行い、情報を収集するコスト、②交渉を行い、契約を締結
するコスト、③監視を行い、履行を強制するコストが存在し、これらを取引コストと呼ぶ。そし
て、取引費用の発生につながる問題の多くが、技術的な意味での情報伝達の困難性というよりも、
個々の主体が自己の利益を最大化しようとしているという誘因の面から生じている。
情報技術の発展は、戦略的に情報を操作する余地を拡大するものであり、情報化とともに、逆
に誘因問題は深刻化する懸念がある。すなわち、人々が、戦略的に情報操作を行う機会が拡大す
ることに対して、なんらの対応もしなければ、逆選択やモラル・ハザードといった資源配分の非
効率化につながる現象が頻発することになるだろう。このことを考慮すると、情報化の進展に伴
9 池尾和人[2001]
61
って人々の間の情報共有が進み、完全情報状態に近づくといった見方は思慮の不足した思い込み
でしかないことがわかる。むしろ、情報化の進展に伴って、これまで以上に、逆選択やモラルハ
ザードなどの減少の顕在化を抑制する努力を強いられるようになる。
この意味で、情報量の増大は、中抜き現象を引き起こすものではないと考えられる。というの
も、自らきわめて高いネームを持つ主体以外は、別の高いネームを持つ仲介者の助けを借りるこ
とが必要になるからである。このことから、電子ファイナンス市場や電子商取引のような、デー
タベースの情報を共有化し、潜在的取引者が一同に会せる場を整備することは、取引の「中抜き」
をもたらすのではなく、むしろ仲介者の役割を一層重要にすることがわかる。
また、情報量の増大によって、仲介者の情報の処理という役割も重要になる。最終的な取引者
に大量の情報をそのまま提供するのではなく、編集・要約して提供する、あるいは最終的な取引
者に代行して情報処理を行うという働きが求められることになる。この役割は、大量の情報を処
理しなければならないという最終的取引者の負荷を軽減するというニーズに応えるものである。
こうしたクレジット・スコアリングの利用範囲の拡大は、リレーションシップ・バンキングと
いう地域金融機関のビジネスモデルを代替する可能性を持っている。確かに、リレーションシッ
プ・バンキングの持つ優位性は依然として存在するものの、与信審査における情報生産上の優位
性は相対化されると考えられる。
クレジット・スコアリングの有効性が一般に認識されるようになり、リレーションシップ・バ
ンキングを行ってきた地域中小金融機関においても、それを導入すべきという考えもあるかもし
れない。しかし、第一部で述べたように、リレーションシップ・バンキングの機能強化とは、リ
レーション型の強みを生かすことであり、その対極にあるクレジット・スコアリングの利用、少
なくともそれを用いた融資を導入することは慎重を期す必要がある。組織が大きく、定性情報の
伝わりにくい大手地銀や店舗範囲が広い大規模信金などには、その導入を検討する意義はあろう
が、小規模金融機関の場合は、疑問視せざるを得ない。
クレジット・スコアリングを利用した金融サービスの拡大は、地域金融機関から金利や手数料
に敏感な顧客を奪う可能性を持っている。しかし、一方で、機械的な対応を好まず、柔軟な対応
を求める、またはそれが必要な顧客が存在することも確かである。地域金融機関としては、リレ
ーションシップを蓄積しながら、顧客ニーズに柔軟に対応していくことが今後重要であるといえ
る。その際に、顧客と持続可能な関係を構築する必要があるのは第一部で述べたとおりである。
62
4章
リスク移転
従来は、いわゆる護送船団方式によって金融機関が企業の信用リスクを抱えることが可能であ
った。しかし、自己資本比率規制や時価会計導入によって金融機関自身も信用リスクにさらされ
るようになり、自らの資産の健全化やスリム化を実行することを余儀なくされてきている。また、
それらのことを実行しなければ破綻という事態に否応なく追い込まれる状況となっている。
特に地域金融機関のようにリレーションシップ・バンキングを行っている金融機関においては、
第一部の2−2で述べたように、地域金融機関の資産には地域集中ストレスが存在し、それらが
リスクに転化し得る。地域集中ストレスとは、具体的には地震等自然災害のリスク、地域金融ク
ランチリスク、特定産業依存地域リスクがあるが、それらについて原債務者の地域集中度に応じ
て地域属性を検討し、ストレスを勘案し、リスク分散に努めることが非常に重要となる。
また、この論文で論じている信用金庫、信用組合、地方銀行、第二地方銀行といった金融機関
は預金を主な原資としている。預金は元本保証性がある程度あり、現金に近い一般受容性を持つ
という性質があるため、リスクをできるだけ移転する必要がある。
以下ではリスクをいかに移転するかという手法を4−1、4−2、4−3で紹介し、それらの
特長を複合した一つの手法として4−4でシンセティックCDOを挙げ、4−5でこれらのリス
ク移転手法を実現させる鍵となる信用補完について述べることにする。
4-1
証券化
証券化のスキーム
︶
SPC
キャッシュフロー
証券の売却
家
資産の譲渡・売却
証券購入代金
投 資
産
キャッシュフロー
譲渡・売却代金
特別目的会社︵
資
貸し付け
資産保有者
(図表 4.1)
元利金・配当
証券化とは、
「金融機関や事業会社が、特定の資産の保有を目的とする別の主体(特別目的会
社10)を設立してそこに自ら保有する資産を移転し、さらに移した当該資産が将来生み出すキャ
10特別目的会社(Special Purpose company;SPC)
:証券化する資産の保有を目的に設立される組織。譲
渡あるいは売却する側の金融機関とは資本関係が分断されており、当該金融機関による経営的・資本的影
響力を排除している。
63
ッシュフローを原資として支払いを行う金融商品(証券)を発行し、売却する手法」11のことを
指す。
証券化には信託を利用したもの、SPCを利用したもの等、様々な形態があるが、ここでは典
型的な例として特別目的会社(SPC)を使った証券化で、優先劣後構造(詳しくは 4-5 の信用
補完の節で解説)を組み込んだものについて述べる。また、中小企業に資金を円滑に供給するた
めには、貸出しの他にも私募債の発行や、中小企業が保有する売掛債権を買い取るという方法も
有効であり、それらの債権・債券の抱えるリスクを移転するという観点から証券化することが重
要であるが、ここでは貸出債権の証券化のケースについて考察する。
(図表 4.1)の概念図(貸出債権の証券化の例)で言えば、前提として、ローンを抱えている
金融機関は将来その返済金を受け取る。つまり、返済金はローンが将来生み出すキャッシュフロ
ーということになる。証券化の段階では、まず、貸出債権を保有する(債権者である)金融機関
は譲渡もしくは売却という形式で貸出債権を特別目的会社(SPC)に移す。次に、貸出債権を
譲り受けた特別目的会社は受け取る返済金であるキャッシュフローを原資として元利金や配当
を支払う証券を発行し、それを投資家に売却する。これが証券化の基本的な仕組みである。
なお、金融機関の保有する複数の企業向け貸出債権を証券化したものをCLO
(Collateralized Loan Obligation;ローン担保証券)、企業の発行した複数の債券を証券化し
たものをCBO(Collateralized Bond Obligation;債券担保証券)、CLOとCBOを総称し
てCDO(Collateralized Debt Obligation;多数債権プール型資産担保証券)という。
証券化の意義
リレーションシップ・バンキングにおいて、中小企業向け融資を行っている地域金融機関から
見た証券化の意義とは何なのだろうか。以下、5点を順番に述べていくことにする。
まず1つ目として、最も重要な意義であるオフバランス化が挙げられる。銀行は貸出債権ある
いは債券を証券化によってオフバランス化することでリスクアセットが削減されるため、バラン
スシート(貸借対照表)の使用コストを下げることが可能となり、自己資本比率の改善につなが
る。一般に貸出しを増やせばそれに応じてより多くの資本金が必要になり、保有する資本金の額
によっては自己資本比率規制を満たすことが難しくなってしまうことがある。資本金を増加させ
ることがその解決策の1つになるとも言えるが、それが難しい場合には証券化によって貸出債権
をバランスシートの資産項目から外し、貸出債権を減らすことができる。それと同時に、資産を
証券化することで資産を現金化できるのでそれを保有する負債の一部返済に充てることによっ
てバランスシートの負債額を減らすこともでき、負債資本比率を改善することも可能となる。
さらに、証券化では特定の資産だけを選んでそれをバランスシートから切り離す(オフバラン
ス化する)ことができるので、オリジネーター(原債権者)12は保有する特定のリスクを選んで
他者に移転することが可能となる。資産を証券化して売却することは現在の確実な資金を受け取
11 大橋和彦[2002]
12 オリジネーター(原債権者):流動化するための資産を所有していた主体のこと。
64
り、その資産が将来生み出す不確実なキャッシュフローを購入者へ渡すという行為になるため有
効なリスク移転技術である。先に述べたように様々なリスクを抱えている地域金融機関は地域集
中ストレスの高いリスクを選んでオフバランス化することによって、それを債権の購入者に移転
することができる。
このように特定の資産を選んでそれをバランスシートの資産項目から取り外すことができる
という特性から証券化は財務指標をコントロールする手法としても重要な役割を果たす。
2つ目の意義はニューマネーの創出である。従来、地域金融機関とリレーションシップ関係に
ある借り手企業は資金の貸し手が誰であるかを把握しており、借り手の知らないうちにローンの
売買を通じて貸し手が変わることを嫌がるとされてきた。つまり、ローン市場における借り手と
貸し手のリレーションシップ関係というのは、「ローンをオリジネートし、保有している」こと
であるという前提があった。これは現在でも大多数の借り手企業にあてはまると考えられるが、
一部の企業には別の認識も生じつつある。借り手企業にしてみれば、資金調達のために多くの銀
行と相対取引をするのは煩雑である上、企業ごとあるいは業種ごとに与信額があらかじめ一定枠
に制限されているケースもあり、円滑な資金のファイナンスを望む企業にとっては銀行側が債権
を売買したとしても、それによって資金の供給が円滑になるのなら銀行がローンを保有している
必要はないといった見方も出てきている。つまり、「ローンをオリジネートし、保有している」
状態では増えなかった貸出しが、債権流動化によって与信額が増加するというニューマネー創出
効果が期待される。貸出しに対して前述したような自己資本を十分に積む必要がなくなるため、
ローンのオリジネートが増加し、借り手企業の資金ニーズに応えることが可能となる。これがニ
ューマネー創出効果である。
3つ目の意義としては手数料(フィー)収入の増加がある。証券化スキームにおいては、証券
化商品の元利金・配当として投資家にキャッシュフローを支払う必要があるが、その管理・回収
を行うのがサービサーである。サービサーの業務は譲渡・売却した裏付債権の元利返済(キャッ
シュフロー)の管理・回収を行うことで、その多くは債権を譲渡・売却した原債権者(オリジネ
ーター)である金融機関かその関連会社であるケースが一般的である。金融機関がサービサーと
なった場合、サービサーとして管理・回収の委託手数料を得ることができる。
また、多くの証券化ではプールされた債権を優先劣後にトランチングし、キャッシュフローの
弁済順位に優劣を付けている。その中で原資産全体のリスクの凝縮された部分であり、原資産の
信用リスク(クレジット・リスク)の劣化によって最も大きな影響を受ける劣後の部分をオリジ
ネーター(原債権者)である銀行が保有し、一部のリスクを抱えるケースが多いが、逆の見方を
すれば、原債権利回りが高ければ劣後部分の利回りも大幅に上昇し、リスクを抱えた対価として
の手数料が期待できる。
4つ目の意義は、資産の売却が容易であるという点である。もしも対象資産を容易に売却でき
るのならば上の議論を見る限り、実は証券化という手法でなくてもリスク移転は簡単に達成でき
るということになる。すなわち、資産を売却してしまえばそれでよいという意味で、後述するロ
ーン売却によっても実現可能となる。しかし、証券化には小口化や流動性の付与という特長を持
65
つことによって、対象資産をそのまま売ろうとするよりも比較的容易に売却できるというメリッ
トがある。通常、資産を売却する際には売却の対象とする資産の価値額は大きく、それをそのま
ま購入することは大きな資金力を持ったごく少数の投資家しか存在しない。しかし、この資産を
裏付けとして多数の証券を発行することによって、一つ一つの証券の価値額は小さくなり、あま
り資金を持たない投資家でも購入することが可能となる。これが小口化である。資産が生み出す
キャッシュフローを受け取ることを約束する証券を発行して小口化することで、購入者となり得
る投資家の数が増え、対象資産の売却も容易となる。また、いくら投資の際に必要となる金額が
少額であったとしても購入後の転売が難しければ投資家は購入をするのを躊躇してしまう。この
点、投資対象が証券であれば、そうでない場合に比べて転売は容易になる。証券化すれば対象資
産への投資対象として魅力も増し、それだけ転売も容易になる。すなわち、証券化することで証
券化商品の流動性が付与されるということになる。
5つ目の意義としてストラクチャリングがある。ストラクチャリングとは、トランチングとい
う作業によって証券化商品の裏付資産を優先劣後に分け、異なる支払金の構造を持つ、異なる証
券化金融商品を作ることをいう。大まかに言えば、優先部分は支払い順位が早いために比較的リ
スクが低くその分リターンも低いのに対し、劣後部分は支払い順位が遅いために比較的リスクが
高くその分リターンも高いということになる。ストラクチャリングを行うことで対象資産のキャ
ッシュフローを投資家の需要に適合するようにコントロールして切り売りすることが可能とな
る。需要に合わせて売却するものを設計するということであるから、証券化金融商品への需要は
対象資産そのものへの需要よりも大きくなり、結果として証券化商品の売却もより容易になる。
証券化の問題点と課題
証券化を行うにあたって、ローンの譲渡・売却を行う場合には債務者企業への通知またはそれ
に代わる行為(登記事項証明書の交付や広告など)が必要となる。また、預金取扱金融機関によ
る貸付債権の場合、原債権者が預金という形で原債権と相殺可能な反対債権を持ちうることにな
る。つまり、債務者企業が特定の金融機関に預金をしている一方で、そこから融資も受けている
ケースでは、債務者である当該企業が倒産した場合に、その企業に対する貸出債権が当該金融機
関にあるその企業の預金によって相殺されてしまい、債権の回収が困難になるという事態が起こ
ってしまう。そのような事態を避けるために、債務者に対して誰に弁済すべきかを知らせる債務
者対抗要件を具備することが必要になるのだが、そのためには債務者の異議なき承諾が必要とな
る(債務者対抗要件の取得が必要)
。しかし、債務者企業に対して譲渡・売却があったことを知
らせるという行為は、リレーションシップ・バンキングにおいては金融機関が融資先企業との関
係を大切にしていないというような顧客感情を引き起こす可能性があり、リレーションシップ関
係を損なう恐れがある。
また、地域金融機関は、現状では適正金利よりも低い金利をとっているために、証券化を利用
することによるコストを考えると、証券化するインセンティブが低下してしまうという問題もあ
る。第一部で述べたように今後、地域金融機関が適正金利を設定することにより、多くのケース
66
では金利が上がることが予想されるが、それによって低金利体質から脱却し、証券化のコスト高
の問題が解決され、地域金融機関による証券化のインセンティブが上昇することが望ましい。
さらに、構造的な問題として地域金融機関の持つ貸出債権は価格付けがしにくいというスコア
リングの問題がある。リレーションシップ・バンキングでは、貸出しに際して定性情報を含んだ
金利設定であったり、金利・担保・弁済にかかる規定などの点で相対性の強い取引条件である。
すなわち、貸出債権は定性的な要素を含んでいたり、貸し出しの契約規定が統一していないなど
の理由で、定量的かつ画一的に債務者プールの評価ができなくなってしまう。その結果として債
権価格のスコアリングが困難になるという問題がある。
その対処方法としては、格付けの利用や、定性情報も加味した信用リスクのデータベースを充
実させること、あるいは地銀協会や信金中金等が中心となってその業界内での独自の信用リスク
のデータベースを構築すること等によってスコアリングの精度を高めていく必要がある。なお、
格付けにおいては外部の格付機関による格付けを利用するのが一般的であるが、地域金融機関の
取引先企業は地域中小企業であるケースが多いのでその地域中小企業について一つ一つ外部格
付けを行うのは困難である上に、行われたとしても限界がある。したがって、代替策として、地
域金融機関による内部格付け(行内格付け)を充実させていくことが肝要となる。内部格付けで
は、金融機関は取引上知り得た情報等を参考に、投資や取引対象となる多くの中小企業を段階別
に格付けし、同じような基準で格付けを行い、数多くのデータをそろえることで、それぞれの格
付けレベルにおける倒産確率の数字を計算することができるようにし、その値を安定化させると
いう手法を用いることで次第にスコアリングの精度が上昇するものと考えられる。
4-2
ローン・パーティシペーションとローン売却
貸出債権の流動化にあたっては、債権の支払いが困難となった場合に、一定部分の貸倒損は売
主が負担することにしたり、想定される負担額だけ当初の売却額を割り引いたり、あるいはその
損失部分だけ担保として譲渡する扱いとするような措置をとるが、そのような売り主のリスク負
担のことを売り主への「リコース」という。また、リスク負担付き流動化のことを「ウィズ・リ
コース(with recourse)」といい、特に全額リコースするものを「フル・リコース(full recourse)」
という。これに対し、このようなリコースを行わない完全な売り切りは、「ウィズアウト・リコ
ース(without recourse)」や「ノン・リコース(non-recourse)」という。リコースにも度合い
によって様々なものがあるが、この論文では、便宜上、ローン・パーティシペーションをフル・
リコースの債権流動化と定義し、ローン売却をノン・リコースの債権流動化と定義することにす
る。
<ローン・パーティシペーション>
ローン・パーティシペーションのスキーム
67
(図表 4.2)
貸付債権現在価値
原債権者
(銀行など)
参加者
(投資家)
利息・元本の返済
利息・元本
ローン
の返済
直接求償権はない。原債権者破綻の場合には、参加者は
原債権者に対する一般債権者の扱い。
債務者
ローン・パーティシペーション(参加契約)とは、金融機関と企業との間のローン契約はその
ままとし、ローン契約の中の金利支払請求権と元本返済請求権の分配に投資家(参加者)が参加
する形態のことをいう。金融機関(原債権者)と投資家(参加者)との間で、ローン・パーティ
シペーション契約を締結し、譲渡における譲受人に当たる参加人(participant)として投資家
が参加権購入代金の名目で貸付債権の現在価値に相当する代金を支払い、その対価として貸付債
権の経済的な利益分配に参加する権利(具体的には原債権の元本と利息)を受け取る。原債権者
としての金融機関と参加者の二当事者契約であり、相対取引の形になる。リコース付きの流動化
であり、厳密な意味での債権譲渡ではない。
ローン・パーティシペーションの意義
リコース付きの流動化には貸倒引当金を積む必要があるため、厳密な意味での債権譲渡ではな
い。そのような契約を譲渡と同様の会計・税務上のオフバランス効果を認めてよいのかという議
論があるが、これについては国際的な取扱いに倣うということで、最終的にオフバランス化を認
めるという公認会計士協会の見解が出されている。そのため、ローン・パーティシペーションに
は証券化のところで前述したような、オフバランス化による効果やニューマネー創出効果、サー
ビサー的役割を果たすことによる手数料(フィー)収入の増加といった効果が期待される。
また、ローン・パーティシペーションは実際には資産は移転せずリスクと金銭のみが移転する
契約であるので、債権譲渡登記ファイルに登記するだけで債権譲渡の対抗要件を具備することが
できる。つまり、ローン・パーティシペーションは貸付債権とは独立した金融機関と参加者の二
当事者契約であり、原債務者はこのような契約の存在を知らず、また参加者は原債務者に対して
契約の存在を認識させることを禁じられているので、法理として債務者の承諾取得の必要がない。
したがって、リレーションシップ・バンキングにおいて、リレーションシップ関係が損なわれる
ような危険性はなくなり、リスクの移転を容易にする手法として利用しやすい手法であると言え
る。
68
ローン・パーティシペーションの問題点と課題
ローン・パーティシペーションでは、原債権者である金融機関と企業との間のローン契約はそ
のままであるために、債権を売り渡した側の金融機関が債権の管理・回収業務を実質的に行うこ
とになる。その場合、原債権者である金融機関が破綻等の理由により管理・回収業務が困難とな
った場合には、原債権者に対して参加者は一般債権者の立場で請求権を有するに過ぎない。すな
わち元利金の回収に対する保証は必ずしも十分ではないため、ローン・パーティシペーションの
参加者が原債権者リスクを抱えることになる。さらに、参加者は契約によって債務者企業が倒産
した場合にそのリスクを負担しなければならないので二重のリスクを抱えることとなる。
また、上に挙げたとおり、ローン・パーティシペーションでは原債権者としての金融機関と参
加者の二当事者契約であり、その当事者同士が相対で債権の価格付けを行い、契約を決定すると
いう形をとるので、市場を利用するといったような流動性はない。つまり相対取引なのでリスク
と金銭を売り渡す時の流動性が低くなってしまう。そのため、債権を売りたい側の地域金融機関
にとっては取引相手が容易に見つからず、リスク移転が困難となってしまうという問題がある。
さらに、ローン・パーティシペーションにおいても証券化と同様で、リレーションシップ・バ
ンキングにおける中小企業に対する貸出債権を流動化するため、スコアリングの問題が存在する。
<ローン売却>
ローン売却のスキーム
(図表 4.3)
原債権者
買取代金
新債権者
(銀行など)
(投資家)
債権譲渡
利息、元本返済
ローン
新債権者と債務者の直接の関係となる。原則として
債務者
譲渡以降、原債権者は無関係。
ローン売却とは、真正譲渡を前提としたノン・リコースの債権譲渡であり、債権の支払いが困
難となった場合の保証を原債権者が行う必要はない。原則として譲渡後は原債権者は無関係であ
り、新債権者が債権の元利管理、回収業務を行うことになる。原債権者としての金融機関と新債
権者の二当事者契約であり、相対取引の形になる。
69
ローン売却の意義
ノン・リコースの債権譲渡であり、権利関係が完全に移転するので、真正譲渡による譲渡・売
却である。そのため、証券化の節で述べたようなオフバランス化による効果やニューマネー創出
効果が期待される。
また、それと関連することではあるが、原債権者から債権に対する権利関係が切り離されてお
り、原債権者がサービサー的な役割を果たすことがなくなるので、ローン・パーティシペーショ
ンと違って原債権者の破綻等によって債権の元利回収ができなくなるというリスクが回避でき
る。
ローン売却の問題点と課題
ローン・パーティシペーションと違って真正譲渡することになるので、売却の際に債務者へ通
知し、承諾を得る必要がある。そのため、証券化と同様、リレーションシップ・バンキングにお
いてリレーションシップ関係が損なわれる危険性が生じる。
また、ローン売却では、原債権者としての金融機関と新債権者の二当事者契約であり、その当
事者同士が相対で債権の価格付けを行い、契約を決定するという形をとるので、市場を利用する
といったような流動性はない。つまり相対取引なので流動性が低くなってしまうというローン・
ペーティシペーションと同様の特徴を持つ。そのため、債権を売りたい側の地域金融機関にとっ
ては取引相手が容易に見つからず、リスクの移転が困難となってしまうという問題がある。
さらに、ローン売却においてもリレーションシップ・バンキングにおける中小企業に対する貸
出債権を流動化するため、スコアリングの問題が存在する。
4-3
クレジット・デリバティブ
クレジット・デリバティブのスキーム
デリバティブとは、資金ポジションとリスク・エクスポージャーを分離して管理することので
きる技術であると言えるが、クレジット・デリバティブでは資産自体とその信用リスク(クレジ
ット・リスク)をそれぞれ別々に管理できる技術であると言える。別の言い方をすれば、資金ポ
ジションと信用リスクに付随するリスク・エクスポージャーを一体として扱うという煩雑さを排
除することができ、それぞれを分離可能とする金融技術であるということになる。
その中でも金融機関が貸出債権に内包するリスクを移転する主な手法として、クレジット・デ
フォルト・スワップ(CDS)と呼ばれる金融技術が存在するが、この節では主要なクレジット・
デリバティブであるクレジット・デフォルト・スワップの説明をすることによってクレジット・
デリバティブの説明とする。
70
(図表 4.4)
<正常な状態>
リスクの移転
リスクの売り手
(プロテクション
の買い手)
(A)
リスクの買い手
(プロテクション
プロテクション
の売り手)
(B)
対価(フィー)の支払い
ローンや債券
(リスクの売り手
参照クレジッ
が債権者でなくて
ト・リスク
もよい)
(C 社)
<クレジット・イベント発生>
リスクの売り手
リスクの買い手
イベント決済
(プロテクション
(プロテクション
の買い手)
(A)
の売り手)
(B)
参照クレジッ
ト・リスク
(C 社)
リスクを外したいと考える主体は、リスクの売り手(A)として、リスクの取り手である B に
対して対価(フィー)を支払う。クレジット・リスクの主体である C 社について、支払い不履行
や法的破綻などのクレジット・イベントと呼ばれる事象が発生すると、リスクの取り手である B
からリスクを外している A に対して支払いがなされる。この取引は C 社のリスクが A から B に移
転しているという構造になっている。このリスクの移転をプロテクション(Protection)という
概念で捉えて、C 社のクレジット・リスクに対する保護=プロテクションを、A が B から購入し、
その対価を支払っているという。ここで、クレジット・リスクの主体である C 社は参照組織
(Reference Entity)、リスクを外す A はプロテクションの買い手、リスクを取る B はプロテクシ
ョンの売り手と呼ばれる。
71
クレジット・デリバティブの意義
クレジット・デリバティブの意義としてはまず第1に、容易なリスク移転が挙げられる。デリ
バティブとは市場リスクのみ取引できることであり、クレジット・デリバティブでは信用リスク
のみを取引の対象としているため、債権譲渡を行う時のような煩雑な事務上の手続きをすること
なく、比較的容易に信用リスクの移転が可能となる。また、デリバティブ契約によって債権の元
本保証がある程度受けられるようになる。
2つ目は、債務者へ通知の必要がないということである。信用リスクを売買するのであって、
ローン自体の譲渡・売却がされるわけではないので原債権者である地域金融機関は証券化やロー
ン売却で問題となったリレーション上の問題を考慮する必要がなくなる。ややトートロジーにな
るが、リレーションシップ・バンキングにおいて地域金融機関と債務者企業の関係を危うくする
ようなことは全くないということである。
クレジット・デリバティブの問題点と課題
クレジット・デリバティブは手軽にできるリスクヘッジの手法のように思えるが、問題点と課
題も含んでいる。
まず1つ目は、取引形態が相対であるということである。債権のスコアリングやデリバティブ
契約を結ぶ際には個別の相対取引となってしまうため、買い手がなかなか見つからないという問
題や流動性が低いといった問題がある。
2つ目がバランスシート使用コストである。CDSによってローンの信用リスクが移転できた
としても、ローン自体はオフバランス化せずに保有していることになるのでバランスシートから
切り離したという効果は完全には得られずにバランスシート使用コストがかかることになる。と
はいっても、信用リスクは移転できているのでその分だけ他のリスクを負う余地ができ、与信の
増加につながる可能性もある。つまり一種のニューマネー創出効果が期待できるという面はある。
さらに、クレジット・デリバティブとはいえ、元の債権はリレーションシップ・バンキングに
おける中小企業に対する貸出債権であるため、上に挙げた他の商品と同様、スコアリングの問題
も存在する。
4-4
シンセティックCDO
ここまでの議論でそれぞれの金融技術は一長一短であるということが明らかになった。証券化
では売却が容易だとしても、資産がオリジネーターから完全に売却されている真正譲渡が必要で
あり、債務者に対して債権譲渡の旨の通知・承諾を行うためにリレーションシップ上の問題が生
じてしまう。ローン・パーティシペーションではリレーションシップ上の問題は生じないが、相
対取引であるために流動性に欠ける。ローン売却ではオフバランス化のメリットを享受でき、原
債権者リスクからも解放されるが、リレーションシップ上の問題や相対取引であるため流動性に
欠けるといった問題を孕んでいる。クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)ではリスクの
72
移転が比較的手軽であり、リレーションシップ上の問題を考慮する必要はないが、相対取引であ
るために流動性が不足し、債権の売却が容易でないという問題点を孕んでいる。
このような問題点を解決する一つの展望として、CDSを利用したシンセティックCDOが近
年着目されつつある。シンセティックCDOは、売却が比較的容易であるという証券化のメリッ
トと、リレーションシップ上の問題を考慮する必要がないというクレジット・デリバティブのも
つメリットを複合しているものである。以下に説明するシンセティックCDOでは、CDSを利
用したケースを想定して述べることにする。
シンセティックCDOのスキーム
(図表 4.5)
担保(国債などの高
格付けで流動性のあ
るもの)
シニア債投資家
担保債の
発行代わり金
スワップ・カウンター
パーティー
プレミアム
元利払い
SPC
シンセティック CDO の元利払い
メザニン債投資家
(プロテクションの
売り手)
(プロテクションの
発行代わり金
買い手)
クレジットイベント
発生時に損失金額を支払う
エクイティ債投資家
参照資産のポー
トフォリオ
(複数企業)
シンセティックCDOとは、証券化スキームに信用リスク移転の技術としてクレジット・デリ
バティブを組み込んだものであり、国債等の高格付資産を担保資産とし、これに加えてクレジッ
ト・デリバティブを用いた信用リスクを取り込み、それを証券化することによってできる。SP
73
Cへ参照資産13の信用リスクとリターンを移転する方法としては主にCDSが用いられ、プロテ
クションの買い手はクレジット・デリバティブの参照資産をローン・ポートフォリオの銘柄に一
致させることにより、信用リスクの移転を行っている。ローン・ポートフォリオとあるようにシ
ンセティックCDOでリスク移転の対象となる信用リスクは、通常のCDSと違って複数の企業
である。プロテクションの売り手であるSPCとプロテクションの買い手であるスワップ・カウ
ンターパーティー(銀行等)の間でCDS契約が結ばれ、SPCはシンセティックCDOを発行
して投資家から資金を集める。その資金を元に高格付資産を購入し、それをCDS契約の担保と
して保有し、クレジット・イベント発生時には高格付資産を売却した代金を保証に充てる。一方
で、投資家は高格付資産のクーポンや元本、及びクレジット・デリバティブから得られる手数料
(フィー)をリターンとして得る。
シンセティックCDOの意義
4-1 で述べたような一般のCDO(現物CDO)では、貸出債権などの資産を譲渡・売却する
際に債務者企業に対して通知・承諾の必要があったため、リレーションシップ・バンキングにお
いては金融機関が融資先企業との関係を大切にしていないというような顧客感情を引き起こす
可能性があり、リレーションシップ関係を損なう恐れがあった。しかし、シンセティックCDO
では資産そのものではなくローンや債券に内在する信用リスクを移転するため、クレジット・デ
リバティブ契約を結ぶことになり、リレーションシップ上の問題が生じない。すなわち、証券化
商品の中にある債務者対抗要件に関わる問題を解決できることになる。
また、原資産ポートフォリオがローン、債券、CDSなどの混合体である場合には現物CDO
のように異なる資産を寄せ集めるより、クレジット・デリバティブでリスク移転を行った方が組
成が簡単であるというメリットもある。
一方、クレジット・デリバティブを組み込むということは、前述したような相対取引によって
債権のスコアリングやデリバティブ契約を結ぶ際に買い手がなかなか見つからないという問題
が発生する可能性があるように思える。しかし、シンセティックCDOではクレジット・デリバ
ティブの原資産となる参照資産は複数の企業の信用リスクポートフォリオである。つまり、シン
セティックCDOは証券化の持つ小口化や流動性の付与という特長を持つことになるので、対象
資産をそのまま売ろうとするよりも比較的容易に売却できることになる。
シンセティックCDOの問題点と課題
このように、証券化とクレジット・デリバティブのコラボレーションによって双方のメリット
を併せ持つ、あるいは一方のデメリットをもう一方のメリットによって補完しているのがシンセ
ティックCDOであるが、問題点と課題もある。
CDSと同様、シンセティックCDOでは現物CDOと違ってバランスシートから債権が完全
13 クレジット・デリバティブの原資産となる資産を参照資産と呼ぶ。
74
には分離されないためバランスシート使用コストは依然として残ってしまう。とはいっても信用
リスクは移転できているのでその分だけ他のリスクを負う余地ができ、CDSと同様に与信の増
加につながる可能性もあり、一種のニューマネー創出効果が期待できるという面もある。
また、シンセティックCDOでも、原資産である参照ポートフォリオは中小企業に対する貸出
債権の信用リスクであるため、上に挙げた他の商品と同様スコアリングの問題が存在する。
シンセティックCDOの展望
以上見てきたように、シンセティックCDOは非常に高度な金融技術を駆使しており、スキー
ム全体も証券化とクレジット・デリバティブを併せるという複雑なストラクチャーをしている。
シンセティックCDOは近年急増しており、最近の例では、2002 年 9 月に発行されたみずほ
コーポレート銀行による 1.3 兆円のシンセティックCDOや 2002 年末に発行された三井住友銀
行による中堅・中小企業向け債権を裏付けとするシンセティックCDO、2003 年 3 月に発行さ
れた UFJ 銀行による総額 1 兆円の中堅・中小企業向け債権を裏付けとするシンセティックCDO
が代表的である。
しかし、大手金融機関によるものがほとんどであり、地域金融機関によるシンセティックCD
Oはなかなか実現されていないのが現状である。とはいっても、シンセティックCDOは高い金
融技術と豊富なデータを持ってさえいれば非常に有効なリスク移転手法であり、地域金融機関が
今後十分な努力によって実現することが望まれる。逆に言えばそれを実現するくらいの努力をし
なければ貸出債権の持つ地域リスクの移転は困難である。
4-5
信用補完
4-1 から 4-4 まで、リスク移転についての手法を紹介してきたがそれぞれに共通する根本的な
問題として、スコアリングの問題がある。前述したようにリレーションシップ・バンキングを行
っている地域金融機関の貸出先企業は中小企業であるケースが多く、中小企業は一般に信用リス
クを画一的に処理し、定量化することが困難である場合が多い。また、定性情報に基づいた貸出
しも、信用リスクを定量化することの難しさの一つの要因である。スコアリングが困難なことに
より、ローンや証券化商品の裏付けとなる原債権の価格付けが困難になり、その結果として実際
の価格と実勢の価格との間にズレが生じてしまう。
今後、ある程度は信用リスクの定量化技術が向上するにせよ、依然としてこのような事情は構
造的な問題として残ってしまう。したがって、スコアリングの不備を解決することも重要だが、
その不備を補完する方法が証券化、ローン・パーティシペーション、ローン売却、クレジット・
スコアリングの発展にとって重要な鍵となる。その有効なスキームとして信用補完が挙げられる。
信用補完とは、債権の経済的利益の移転において債務の弁済を担保するための措置を指し、原
債権からの一時的な回収遅延に対応するという流動性補完の機能と、原債権からの回収不能が生
じた場合にこれを補完するという補填機能から成る。信用補完は、4-1 から 4-4 で挙げたような
75
債権の経済的利益を移転させる手段におけるリスクを管理し、それらの手段の信用を高める一連
の措置であり、原債権からのキャッシュフローを確実にすることを目的としている。信用補完は
信用補完者の分類により、内部信用補完と外部信用補完とに分けられるが、両者は同一のスキー
ム内で併用されることが多い。以下、内部信用補完、外部信用補完の順にそれぞれ見ていくこと
にする。
内部信用補完
内部信用補完は、しばしば証券化スキームに用いられる。第三者の信用を利用せず、証券化の
仕組みを工夫することによって証券化を始めとした金融技術スキームの信頼度を高める方法で
ある。
内部信用補完の代表的な手法としては3つある。まず1つ目は、超過担保の設定であるが、こ
れは証券化商品の元利金支払い債務を証券化商品の裏付資産となる原債権の価値よりも小さく
し、オリジネーターにその差額を一定水準以上に保つように義務付ける、というオリジネーター
による信用補完である。オリジネーターが、いわば‘入ってくる金額と出ていく金額の差’を担
保として積むという手法である。そして、原債権のデフォルト等により、その差額が一定の水準
を下回る場合には、オリジネーターが追加的に担保を積み増すという仕組みを作ることによって
原債権に信用保証を与えている。
2つ目は、スプレッド・アカウントという手法である。これはSPCにおける信用保証であり、
原債権から発生するキャッシュフローから、投資家に支払う元利金とサービサーへの手数料等を
差し引いた残余資金を、スプレッド勘定としてSPC内部に積み立てておく。これも‘入ってく
る金額と出ていく金額の差’を担保として積むという手法である。そして、原債権のキャッシュ
フローが減少した場合には、このスプレッド勘定を取り崩すことで証券化商品の元利金支払い債
務を担保することによって原債権に信用保証を与えている。
3つ目は、優先劣後構造である。販売される証券化商品を 2 つ以上のクラスに分け、それぞれ
元利金支払いの優先度によって優先クラス、劣後クラス等に分けて発行し、劣後クラスを優先ク
ラスの信用補完として機能させる手法である。これによって優先クラスのデフォルト・リスクを
減少させるという効果がある。例えば、プールされた債権を優先劣後にトランチングし、キャッ
シュフローの弁済順位に優劣を付ける。これによって異なる格付けの商品を作るのだが、各トラ
ンシェの支払い順位を端的に表す表現として最上格(AAA 格)をシニア、次格(A または AA 格)
をシニアメザニン、BBB または BB クラスをジュニアメザニン、最下の無格付け部分をエクイテ
ィと呼ぶことが多い。トランチング方法によって異なる分け方もあるが、いずれにせよ最も下の
トランシェは原資産全体のリスクの一番凝縮された部分であり、原資産の信用リスクの劣化によ
って最も大きな影響を受ける。多くの場合、このエクイティ部分をオリジネーター(原債権者)
である銀行が保有することによって内部信用補完を果たす。
外部信用補完
76
外部信用補完は、第三者(信用補完者)の信用力を利用して証券化を始めとした金融技術スキ
ームの信用度を高める方法である。原債権のキャッシュフローを信用補完する方法である間接方
式と、証券化商品のキャッシュフローを信用補完する方法である直接方式に分類される。以下、
それぞれについて順に述べていく。
①
間接方式
間接方式による外部信用補完の形態には2つある。まず1つ目が、中小企業向け貸付債権に対
する信用保証であるが、これはCLOにおいて裏付資産となる個々の中小企業向け貸付債権に対
して信用保証を行い、証券化するスキームである。
日本では信用保証協会の保証付き貸付債権の証券化が認められており、実際に証券化の事例が
みられる。その具体例としては、東京都CLOにおいて 1995 年度から 2001 年度にかけて三回で
約 1900 億円の信用保証協会保証付き新規貸出が実行された。また、福岡県も 2002 年 4 月から「福
岡県新金融システム」として同様の制度を開始している。
なお、中小企業向け貸付債権に対する信用保証は証券化スキームの中での貸付債権に対する保
証という形で捉えられることが多いが、これはローン・パーティシペーションやローン売却、C
DSの信用保証にも応用できる可能性がある。
2つ目の間接方式の形態として、債権買取りの際に支払い保証等を行うという手法が挙げられ
る。ファクタリング会社や銀行等が中小企業の保有する債権を買い取る際に、債権が回収不能と
なった場合に支払い保証を行うことによって証券化を支援するスキームである。これは金融機関
が保有する貸出債権のリスク移転手法を補完するということではないため、若干本章の趣旨とは
ずれるが、中小企業の売掛債権を取引金融機関が買い取る場合などにその作業に対して信用補完
が付されることになるので、中小企業に対する資金供給を円滑化するという点で有効な信用補完
手法である。ファクタリング会社が被保険者となる民間ベースの取引信用保険に対して再保険を
付すスキームなどはこれの一種と言えるが、現状の公的信用補完制度の枠組みではファクタリン
グ会社が保証の対象金融機関に含まれない等の障害がありこの種の信用補完はなかなか進んで
いない。今後、ファクタリング会社や銀行による債権流動化が進むにつれ、公的なサポートの充
実が必要である。
②
直接方式
直接方式による外部信用補完にも2つの形態がある。まず挙げられるのが、証券化商品そのも
のに対する保証・保険であるが、これは中小企業保有債権を裏付資産として発行された証券化商
品に対して保証・保険(再保証・再保険も同様)を付すことにより証券化を支援するスキームで
ある。現行の公的保証制度では証券化商品に対して保証を行うスキームは存在しないが、私募債
をまとめて証券化するCBO(社債担保証券)については実現可能である。今後は複数債権を証
券化するCLO(ローン担保証券)等についての信用保証を充実させていくことが必要である。
もう1つ、証券化商品の一部引き受けも証券化商品を直接引き受けているので直接方式による
外部信用補完と言える。中小企業保有債権を裏付資産として発行された証券化商品の一部を引き
77
受けることによって証券化を支援するスキームである。原債権者が劣後部分(特にエクイティ部
分)を保有するというケースもこの一形態であり、一般化しているが、日本銀行や政策投資銀行
等の政府系金融機関による証券化商品の引き受けを活発化させていくことも証券化を円滑にす
るためには重要である。
以上、4 章ではリレーションシップ・バンキングを行っている地域金融機関による貸出債権の
リスクを移転する手法と、それらの手法の持つ問題点を補完するという形で信用補完が重要であ
るということを述べた。今後、これらリスク移転、信用補完の技術がさらに発展し、地域金融機
関がそれらの技術を活用することによって効率的なリスク移転が可能となることを期待したい。
78
5章
創業企業への資金提供
創業企業への資金提供に関しては、預金によるファイナンスを行っている金融機関の直接融資
は一般に困難である(補論参照)。リスクマネーを供給する仕組みが必要となる。
5-1
はじめに
(図表 5.1)資金提供の分類
投資
VC
投資的融資
Participation Loan
Completion Bond
エンジェル
有担保融資
ファンド型
公的債務保証制度
任意・匿名組合方式
無担保融資
知的財産権担保融資
融資
① 投資
ハイリスク、ハイリターンの原則が前提にあり、投資家は、企業が保有している技術やノウハ
ウに投資をし、事業が成功した場合、多くの利益を得ることができる資金のことをいう。つまり、
投資した資金は莫大なキャピタル・ゲインとなる可能性もあるが、逆にゼロになってしまう可能
性もあることを承知の上で、企業に資金を供給する形態であるともいえる。
② 融資
ローリスク、ローリターンが原則といえる。すなわち、融資は元来、実行されたならば最終的
には返済になるという考えが前提にある。投資も融資も企業に資金が供給されるという点では同
様であるが、基本的コンセプトが異なる性質の資金である。
③ 投資的融資
通常よりもリスクが高いと考えられる企業、または個人に、リスクを最小化する手段を用いて
融資によりリスクマネーを供給する形態。
79
従来、投資は VC やエンジェルと呼ばれる個人投資家が主に資金提供者として存在しており、
また融資などの間接金融は、銀行などの金融機関が中心であった。ところが、ここに来て、将来、
急成長する可能性を秘めたベンチャーと呼ばれる企業が台頭するようになると、融資という基本
形を堅持するために、リスクを可能な限り低くするようなスキームが考案され始めてきた。ここ
ではこれらを一括して投資的融資と呼ぶこととする。
創業者の経営支配を維持するという観点では、「投資」による資金調達よりもむしろ「投資的
融資」により資金を調達しようという傾向も強まっている。また、ベンチャー・ファイナンスに
おける間接金融の優位性14も少なからず存在すると考えられる。
ⅰ)資金調達の迅速・簡便性
スタートアップ∼成長期においてベンチャー・キャピタル等から出資を受けるにせよ、株式を
公開して広く公募の形態で新株発行を行うにせよ、直接金融による資金調達には、公開基準の充
足、経営情報の公開、出資者へのプレゼンテーション等数多くのハードルが存在する。資金需要
の大きさにキャッシュフローの成長が追いつけないため、慢性的には資金不足状態に陥りがちな
ベンチャー・ビジネスにおいては、間接金融のアベイラビリティの高さは、それ自体が重要なメ
リットとなる。
ⅱ)エージェンシーコストの削減による調達コストの軽減効果
融資先である銀行と企業が長期の取引関係を結ぶことによって両者の情報格差が埋められ、エ
ージェンシーコストが削減されるため、企業は相対的に低いコストで資金調達を行うことが可能
になる。一方、直接金融における情報格差縮小手段は、経営情報の公開とアナリストの企業調査
だが、起業段階の企業に対して十分な経営内容の調査を行うことは不可能であるし、経営者も自
らのアイディアの流出につながりかねない経営内容のディスクロージャーには消極的なのが普
通である。したがって、とりわけ起業段階の企業に対する直接金融ルートの資金調達は、どうし
ても相対的に割高となる傾向が否めない。
ⅲ)ベンチャー・ファイナンスにおける「戦略性」の実現
直接金融では、資金配分を司るのは市場メカニズムであり、資金調達コストと規模を決定する
のは、市場で形成された価格である。これは、アプリオリに定められた一部企業に経営資源を優
先配分しようという「戦略的」な資金配分システムとは基本的には両立しないシステムである。
仮に直接金融ルートで戦略的な資金配分を実現しようとすれば,何らかの形で価格形成メカニズ
ムをゆがめるしか方法はないが、それはもはや公正な資金配分を実現する資本市場ではない。
14 新美・翁[1995]では、ベンチャー・ファイナンスにおいて直接金融が優位性を持つという通説は必
ずしも説得的でないとしている。
80
投資的融資には以下のものが考えられる。
(a)
Participation Loan
低利の融資をする見返りとして、営業活動で得た利益の一部を貸し手が得ることができるよう
に投資的な要素を持った融資スキーム
(b)
Completion Bond
例えば、有名なゲームソフトなどは、最終的に商品として完成すれば、ある程度の売り上げが
見込める。この場合、企画段階から始まったソフトを商品として完成させることができるかどう
かが問題となる。そこで完成することを保証する保険(Completion Bond)を付けるというスキ
ームである。未完成で終了した場合、保証が履行され融資金額が返済される。
(c)
ファンド型
従来の審査基準では判断が難しい先への融資を行う際、問題となるのはリスクの程度というこ
とになる。そこでファンド形式をとることによって最大リスクを確定しておこうという手法であ
る。各金融機関の個別の事情や資産を勘案し、最大リスクを決定し、その範囲でファンド運営を
していこうという考え方である。一般的な金融機関が行う融資形態としてはある程度現実性のあ
るタイプであるといえる。
(d)
公的債務保証制度
財団法人ベンチャーエンタープライズ(VEC)、情報処理振興事業協会(IPA)
、産業基盤整備
基金などの公的債務保証を活用した融資形態
(e)
知的財産権担保融資
従来、金融機関が担保として考えていた不動産、有価証券、預金などに変わるものとして、知
的財産権が注目されている。ただし知的財産権については評価手法の確立やセカンダリーマーケ
ットの創設など、多くの問題を持っていることも事実である。知的財産権自体に相当の価値が存
在する場合とそうでない場合とでは、投資的融資という一つのカテゴリーは、融資の要素や投資
の要素が、強弱すると考えられる。
以下、リスクを最小化する手段を用いて、リスクマネーを供給する仕組みである「投資的融資」
について、見ていくこととする。
81
5-2
ファンド型融資
ファンド型融資の概観
1998 年に施行された投資有限責任組合法によって、ベンチャー企業向けファンドの設立が容
易となった(図表 5.2)。中小企業総合事業団や新規事業投資㈱によるファンドへの出資制度が
整備されたことも追い風になって、全国的に自治体を中心としたベンチャー・ファンドの設立が
続いている。ファンドを設立した自治体は既に9を数え、それ以外の多くの自治体でも検討が進
んでいる。
(図表 5.2)中小企業等投資事業有限責任組合数の推移
出典:中小企業金融の新たな手法に関する研究会
ベンチャー・ファンドのスキームは多岐にわたり、多数の参加者がいろいろな面で連携するの
で、以下にはその一例となる図を載せる(図表 5.3)。まず、ファンド管理会社は地域の金融機
関、企業などから情報を集めて、有望で出資すべきベンチャー企業を見つけ、ファンドを組成す
る。そして、ファンド管理会社は無限責任を持って、ベンチャー・ファンドに投資して、見返り
に配当をもらう。さらに、ファンド管理会社はベンチャー企業が順調に運営されるようにその管
理をする。また、有限責任の範囲で、自治体・主要行・地域金融機関・地域有力企業・投資家が
融資の形でベンチャー・ファンドに出資する。この場合、その見返りはあらかじめ決められてい
る利払いということになる。
82
(図表 5.3)
ファンド型融資のスキーム
(有限責任)
(無限責任)
自治体
ファンド管理会社
主要行
地域金融機関
地域有力企業
融資
配当
組成、管理、投資
ベンチャー・ファンド
利払い
投資家
配当
投資
ベンチャー企業
現在までに各地で設立された地域ベンチャー・ファンドは、当初の設計が十分に行われないま
ま設立したケースが多く、投資先が見つけられないなどの問題点が出ている。今後、実効性のあ
るファンドを構築していくためには、以下の対応が必要である。
(1)ファンドのコンセプトの確定:ファンドが経済的にも成り立つためには、リスクとリタ
ーンが見合う必要があるが、地域ベンチャー・ファンドの場合、この大原則が十分認識されな
いでスタートするケースが多い。地域ベンチャー・ファンドのリターンは、金銭上の収益に限
らず、地域におけるノウハウの蓄積や企業誘致、人材育成さらには雇用効果など幅広く考慮す
ることが可能であるが、この点を考慮しても、ファンドのコンセプトを最初に明確にすること
が重要である。
(2)シーズの確保:スタート段階で具体的なシーズ(投資先)の見通しがある程度、立って
いること。「先にファンドありきではなく、先にシーズありき」の考え方が必要である。
(3)自治体等による支援:ファンドを経済的に成り立たせるために、GP(ジェネラルパー
トナー、無限責任を負うファンド管理会社など)の管理費補助や地銀のネットワークの活用な
どによる地元支援が必要。
(4)GP・自治体の緊張関係:ファンドの成否はGPの頑張りにかかっており、自治体とし
てはGPの報酬に関しても成功報酬部分を多くすることで、インセンティブを高め、投資後も
83
適切にモニタリングを行うなど、GPとの緊張関係を保つことが大切である。
(5)地域独自の柔軟な仕組み作り:シードやアーリーステージの案件の場合、融資での対応
は難しいが、ミドルからレーターステージの案件の場合は、出資よりも金融機関の融資に伴う
モニタリング機能を活かした方が良いケースも考えられる。
ファンド型融資の今後
ハイテクベンチャーに関しては、そのファンド組成に、政策投資銀行の果たす役割が期待され
る。インキュベーションファンドを通じたベンチャー・ビジネス支援として、日本政策投資銀行
では、平成11年から新規事業投資(株)と合同でハイテクシーズの事業化に絞ったインキュベ
ーションファンドへの投資を、平成14年からは日本政策投資銀行が独自に大学発のハイテクシ
ーズの事業化に特化したインキュベーションファンドへの投資を開始し、インキュベーションフ
ァンドを通じてベンチャー・ビジネスの支援に取り組んでいる。
『インキュベーションファンド』とは、シード段階にある技術やコンセプト段階にあるビジネ
スプランを、目利きでもあるファンド・マネージャーが掘り起こし企業化し、ファンドを通じて
リスクマネーを供給すると同時に『ハンズオン型の経営指導』により企業の成長をサポートし企
業価値を高め、投資した企業や、M&Aを通じて投資資金を回収し、ファンドへの出資者に対し
てもキャピタル・ゲインという形で投資リターンを提供する仕組みのことである。
リスクが高く、資金回収に長期を要する事業のスタートアップ、アーリーステージの企業に対
して必要資金を供給する仕組みとしてベンチャー・ビジネスにとって必要不可欠であるだけでな
く、技術革新を加速し新たな産業を創出する起爆剤として、日本経済にとっても重要なものであ
る。日本政策投資銀行は、大口出資者(LP)として、ファンド・マネージャーが企画するイン
キュベーションファンドに参画し、リスクマネーを供給することを通じてインキュベーションフ
ァンドが組成されることを支援する。
ハイリスク分野における投資事業を行なう投資事業組合(いわゆるベンチャー・ファンド)は、
IPO 等を通じたキャピタル・ゲインにより投資回収を図ることを目的としているため、原則と
して投資先ベンチャー企業の株式を取得・保有する。現行の中小企業等投資事業有限責任組合制
度は、そうしたベンチャー投資の実態・ニーズを念頭に整備を図ったため、投資事業の範囲が株
式投資などに限定されているのが現状である。
しかし、必ずしも上場・公開を目指さない中小企業等に投資をし、それが営む事業の生み出す
収益の分配(インカム・ゲイン)により、投資回収を図ることを目的としているベンチャー・フ
ァンドが存在していることも事実である。今後は、株式の取得・保有以外の多様な投資手法を用
いる必要があり、投資対象範囲の拡大、事業収益の分配を受けるための投資事業の追加、ファン
ド・トゥ・ファンドの対象拡大、投資先への補助的事業の拡大等により、多様な中小企業にリス
クマネーが供給されることが望まれる。
84
5-3
公的債務保証制度
(図表 5.4)日本の主な公的債務保証制度
VEC
保証対象者
IPA
産業基盤整備基金
(1) 一般債務保証制度
新規性のある事業を実
中小・中堅企業で新技術、新
・ 情報処理サービス業ソフ
施しようとする具体的
製品の開発およびその企業
トウェア業および一般企
な計画のある企業
化をしようとする具体的な
業
(新規事業法)
(1) 研究開発型債務保証制度
計画を持っている企業
(2) 知的融合型債務保証制度
・ 業歴 2 年以上の企業
(2) 新技術債務保証制度
小・中堅企業で新たなサービ
・ 新技術を活用したプログ
スの開発およびその企業化
ラム開発に取り組む情報
をしようとする具体的な計
処理サービス業・ソフト
画を持っている企業
ウェア業
・ 業歴は問わない
保証限度額
(1) 研究開発型債務制度
(1) 一般債務保証制度
社債および借入金の元
本の 70%かつ 15 億円
借入金額の 80%でかつ1億
借入総額の 95%(借入総額
円以内
は所要資金の 80%以内で、 * 1 知 的 財 産 権 担 保 は
(2) 知識融合性債務保証制度
借入金額の 80%でかつ 5000
万円以内
1プロジェクト 1 億円以
別記
内)
(2) 新技術債務保証制度
借入総額の 95%(借入総額
は所要資金の 100%以内で
1プロジェクト 1 億円以内)
保証期間
8年以内(据え置き含む)
(1) 一般債務保証制度
原則として 3 年以内
10 年以内(借入金の据え
置き期間は 3 年以内)
(2) 新技術債務保証制度
原則として 5 年以内
担保・保証人
保証金額(借入金額の 80%)につ
保証人は必要である。
被保証人が法人である
いては担保不要。残りの金額(借
場合、その法人の代表権
入金額の 20%)については、金融
を有するもの(旧償債務
機関と相談。
の 100%)
保証人は必要。原則、代表取締役
他の資力のある法人(旧
償債務の 50%)
*2免除する条件は別
記
85
*1
知的財産権担保融資に係る保証
知的財産権を担保とする借入のポイント
・ 別記の*「免除する条件」の保証人免除枠とは別枠で債務保証
・ 該当部分の 80%を基金が債務保証(保証限度額 3 億円)
・ 保証人は免除、保証料率も低率
*2
次の要件を満たす場合で、さらに被保証人の財務内容などにも特段の問題がないと認めら
れる場合には他の資力のある法人の保証が免除可能である。
・ 保証金額が 3 億円以下であること
・ 親会社が存在しないこと
・ 資本金が 10 億円以下であること
産業基盤整備基金
産業基盤整備基金は、事業者が事業資金を調達するための金融機関からの借入れ及び発行する
社債について債務の保証を行なっている。基金債務保証には、法律の承認、認定を受けた事業者
に対するものと、法律の規定に基づく事業に対するものがある。いずれも、保証にあたっては事
業計画等を基金が独自に審査する。
(図表 5.5)
産業整備基金を用いた融資スキーム
申請
主務省庁
借入申込
事業実施会社
承認認定
保証委託
貸付機関
審査
調査意見書作成
融資
保証委託
保証申込
保証承認
保証
産業基金
(1)事業実施会社
代表権者
再保証担保提供
審査→保証決定→保証書発行
(2)資力ある法人
86
情報処理振興事業協会(IPA)
IPA では、情報処理サービス業、ソフトウェア業、及び一般企業が、プログラムの開発又は、
情報処理技術者の教育・研修等に必要な資金を融資銀行から借入れる場合に、その借り入れが円
滑に行なわれる為の支援措置として債務保証事業を行っている。
この事業には、一般債務保証制度と新技術債務保証制度がある。
(図表 5.6)IPA を用いた融資スキーム
企業
債務保証
IPA
申請
申請
融資
申請
融資銀行
債務保証
・IPA 債務保証の特色
ソフトウェア産業というのは、技術力が頼りの産業である。また、資産(担保)力がなく、大
企業ではなく、中小企業が大半である。そのため、これらの企業に対する資金供給はハイリスク
にならざるを得ない。ここで、IPA の債務保証が意味をなす。IPA の債務保証ならば、ソフトウェ
ア販売需要について技術側面を含めて審査し、さらに中小ソフトウェア企業に関する金融知識に
よる審査もし、無担保保証が実現される。この点が、他の政府系金融機関、民間金融機関にない
特色である。IPA は債務保証を行うことにより、民間金融機関を補完しているのである。
・債務保証の社会経済的効果
IPA の債務保証は、潜在成長力のあるソフト企業の成長に寄与している。具体的には、IPA は
70 年設立以来、延べ約 1200 社に債務保証を行ってきている。そして、保証時点から現在まで、
1200 社の売上伸び率は 2 倍に、従業員数は 4 万人に増加している。そのうち、上場実績は 21
社(2%)にのぼる。
87
ベンチャーエンタープライズ
債務保証の効果として、第1に直接効果がある。ベンチャー企業は、研究開発投資のための資
金を調達するにあたって、信用(実績と担保力)に乏しい。こうした状況において、ベンチャー
エンタープライズは、その技術力と将来の収益性を評価し、債務保証をすることにより、ベンチ
ャー企業の金融機関からの資金調達を可能にしているのである。
第2に金融機関に対する情報効果などがある。すなわち、ベンチャーエンタープライズの支援
は、研究開発資金に限定され、運転資金、増産拡充資金などを対象としないという点では、制度
的にはかなり限定的である。しかし、ベンチャーエンタープライズの支援を受けたという実績は、
後者の資金を金融機関から調達する際にも、信用という点で、一定の役割を果たしている。
しかし、効果があるとしても、実際は支援を希望する企業はあまり多くなく、その原因として
は、知名度の低さ、手続き上のコストなどが考えられる。
公的債務保証制度については、モラルハザード等、資源配分を歪める可能性もある。金融機関
が良い案件に対しては、公的債務保証制度を利用せずに自前のファンド資金で投資をし、ファン
ドでの投資がためらわれる案件に対して制度を利用するということも考えられる。また、実行ま
でに審査などで時間がかかったり、資金の用途が縛られ、ベンチャー企業の資金計画が柔軟性に
乏しくなることなども懸念されている。
ベンチャー企業は本来、市場メカニズムのなかで企業家の旺盛な創造力によって起こされるべ
きものである。よって、市場メカニズムを歪めるような過剰な公的関与は好ましくなく、公的機
関は市場が有効に機能するための環境整備に重点を置くべきである。
しかし、環境整備が進展しているにもかかわらず、ベンチャー投資が活発に行われない我が国
においては、民間の投資家によるベンチャー投資が活性化するまでの繋ぎとして、公的機関がよ
り積極的な関与を行うことも正当化されよう。その場合にはできるだけ市場メカニズムを阻害し
ないような手段が望ましい。
公的機関が本当に優良なベンチャー企業を見極めることができるのかという問題もあるが、
これに対しては、ベンチャー企業の選定にあたって、公的機関の裁量ではなく明確な評価基準に
基づいて判断するとともに、情報開示の徹底をはかることで解決可能であろう。また、債務保証
のみでなく、公的機関がファンドの一参加者としてベンチャー・ファイナンスに関わることも有
効であると考えられる15。
15 現在、ベンチャー・ファンド向けの支援施策として、中小企業総合事業団が「新事業開拓促進出資事業」
を実施している。国内の成長初期段階(アーリーステージ)にあるベンチャー企業等に対する投資事業を
目的として組成される中小企業等投資事業有限責任組合に対して、同事業団が有限責任組員として出資を
行なうもので、出資額は、1組合につき出資総額の2分の1以内(地方公共団体が出資を行なう場合は当
該出資額と合わせて2分の1以内)かつ10億円を上限としている。
88
5-4
知的財産によるファイナンス
エクイティファイナンスが主流の米国とは異なり、国内のベンチャー企業へのファイナンスは、
銀行等の金融機関の融資が大きな役割を担っている。しかしながら、自社保有の有形資産に乏し
いベンチャー企業にとって、融資を受けるには担保条件が大きなネックになり、十分な資金を調
達するのは難しい。そこで、ベンチャー企業が保有する特許権や著作権といった無形の資産価値
に着目し、それを担保に融資を行う「知的財産権担保融資」が注目されている。また、知的財産
の生み出すキャッシュフローを担保に証券を発行する「証券化」が法整備の進展等により可能と
なってきている。
知的財産とは何か
「知的財産」16とは、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動
により生み出されるもの、商標、商号、その他の事業活動において用いられる商品または役務を
表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報をいう。
また、
「知的財産権」17とは、特許権、実用新案権、育成者権、意匠権、著作権、商標権その
他の知的財産に関して法令により定められた権利または法律上保護される利益に係る権利をい
う
① 工業所有権
・ 特許権
発明を保護するための権利であり、特許権を取得すると、その発明については絶対的な独
占権が認められる。たとえ独自に発明したとしても、また特許権の存在を知らなかったとし
ても、第三者は原則として特許発明を実施できないという強い権利となる。
特許の要件としては、技術レベルが高いか否かのみが判断基準ではなく、以下の要件を満
たさなければならない。
ⅰ)発明性
発明とは「自然法則を利用した技術的思想の創作」と定義され、科学的発明や、人為的
な取り決め、経済法則などは特許の対象とはならない。ただし、近年ビジネスモデルを特
許と認めるべきという議論もある。
ⅱ)新規性
特許出願前に、当該発明が発表されていたり、既に実施されたりしている場合には、た
とえ自社が公表したものであっても、原則として特許の対象とはならない。
ⅲ)進歩性
新規性のある発明であっても、普通の技術者が容易に思いつくような発明は、特許の対
象にはならない。
「容易」の判断については、主観的な側面もなるため判断は困難だが、一
般には審査基準や判例の蓄積による一定の基準がある。
16(知的財産基本法 2 条 1 項)
17 (知的財産基本法 2 条 2 項)
89
・ 実用新案権
特許権の保護対象となる発明ほど高度なものではない「考案」が保護対象となる。また、
物品の形状、構造とその組合せに係るものに限られ、特許権とは違って方法は対象とならな
い。既存の技術よりも進歩したものであること、産業上利用できることなどが要件として求
められるのは特許権と同じである。平成 6 年より施行された実用新案権新制度は無審査主義
となり、出願から登録までが特許権と比べ大幅に短くなった。この点は特許権制度と大きく
異なるところである。ライフサイクルの短い商品、すぐに保護対象とする必要があるときに
は、特許権よりもふさわしい制度といえる。
・ 意匠権
物品の斬新なデザインが保護対象であり、工業生産品に利用できること、オリジナリティ
のあることなどが要件となっている。広義でのデザインという言葉は漠然としているが、形
状に結びつく模様や色彩も保護対象となる。特許権や実用新案権が、方法やシステム、工夫
を保護対象としていたのに対して、意匠権は物の印象を決定づけるのに大きな役割を果たす
デザイン自体を保護対象としている。
・ 商標権
自社の製品やサービスを他社のそれと区別するために付けられる名前、マークなどが保護
対象となる。ただし、かな文字・ローマ字1文字の商標は原則的には登録できない。また、
国旗を模したものや公序良俗に反するマークなども同様である。他の3つの工業所有権には
存続期間が定められているが、商標権だけは1製品にとどまらず、その所有する者の経済活
動すべてに係るシンボルであるということから、更新が認められている。
② 著作権
人格的な利益を保護する「著作人格者権」と、財産的な利益を保護する「著作権」の二つ
に分かれる。「著作権人格者権」は著作者だけが持つ権利で、譲渡・相続はできない。一方、
財産的な利益を保護する「著作権」は他の財産権と同様に、その一部又は全部を譲渡したり
相続したりすることができる。
知的財産の評価手法
○コスト・アプローチ
対象となる知的財産を作り出すのにいくらのコストがかかったのかということに着眼した
考え方
・ ヒストリカルコスト法
開発、権利取得、維持などのために費やした過去の費用をインフレ率で調整して現在価値
とし、その合計が資産価値であるとする考えに基づくもの。研究開発費、人件費、出願費用、
90
権利一次費用、インフレ率などのデータがあれば算出できる単純明快な方法で、未利用特許
や事業買収時の知的財産評価に用いられている。ただし、研究開発に費用をかければ、それ
に応じて将来収益も増えるというものではないため、将来得られるはずの経済的便益が直接
反映されていない、という点に問題がある。
・ 再構築費用法
価値算定しようとしている知的財産を再構築する、すなわち同様の知的財産をもう一度作
り直す場合の費用を直接計算する考え方。ソフトウェアなどのように再作成のために労力や
費用が算定しやすい分野では適用が容易だが、将来の経済的便益が直接反映されていない点
はヒストリカル法と同様である。
○マーケット・アプローチ
同種類と考えられる知的財産が実際に市場で売買されている価格に着眼した考え方
直接法と間接法がある。
・ 直接法
評価しようとしている知的財産と類似の知的財産の売買額やロイヤルティ料率を調べ、適
正価格を推定する方法。未利用特許の売却やライセンスアウトを行う場合に適した価値評価
方法であるといえるが、特許権などの売買金額やロイヤルティ料率のデータを入手すること
は現状では困難である。そもそも特許権は、ほかに同じような技術が存在しないからこそ権
利になっているという面があるため、類似の特許権という概念自体、非常にあやふやなもの
になる。
・ 間接法
株式市場データなどに基づいて、知的財産の価値を推定するもの。つまり、株式時価総額
や M&A における事業買収額から、有形資産の評価額を差し引けば無形資産の時価評価額とい
うことになり、この無形資産の評価額を無形資産の種類別に配分し、知的財産への配分額を
さらに個別の特許などに配分することにより評価額とするもの。市場の評価額を用いる点で
客観的な評価法であり、ある事業に関連する全無形資産の価値の合計を算定するには適した
方法だが、有形資産の時価を算定するのが困難であること、無形資産全体の評価額を個別の
特許などにまで配分していく場合の比率が必然性に乏しいなどの問題がある。
○インカム・アプローチ
対象となる知的財産を利用することによって得ることができる将来価値を現在の価値に引
き直すという点に着眼したもの。
事業において計画されているフリー・キャッシュ・フローの合計に、評価しようとしてい
る知的財産の寄与率を掛け合わせて評価額とする。この寄与率は産業分野や具体的な知的財
91
産の内容に応じた、合理的な推定値を用いる。初期投資が何年後に回収できるかという、い
わゆる投資回収期間基準と同様の価値評価法だが、同じ金額の収入でも、一年後のキャッシ
ュと十年後のキャッシュとでは現在価値が異なるため、この違いを調整するために、すべて
のキャッシュフローを資本の機会コストを用いて現在価値に割り戻してから合計する。
正味現在価値 NPV を求めるために、各年のキャッシュフローCt を 1+k のt乗で割って現在
価値にした上で合計する。正味の事業価値を算定するために初期投資 I を差し引くが、事業
の途中でも投資コストが発生する場合は、投資額も同様に現在価値に割り戻してから差し引
く。ここで、割引率に用いている資本の機会コストとしては、事業を行っている企業の WACC
(加重平均資本コスト)が多く用いられている。
この方法は、企業財務における事業価値評価に広く用いられているので、財務担当者には
なじみの深い手法である。また、先に自己実施予定の特許権や既にライセンスアウトしてい
て、安定的なキャッシュフローが望める場合の価値評価方法としては非常に優れており、手
法としても一般的である。
事業リスクが事業ステージによって異なることを考慮する方法として次の三手法がある
・ リスク調整割引アプローチ
T
NPV = ∑
t =1
E (Ct )
−I
(1 + k1 ・・・
)
(1 + k t )
DCF 法において事業リスクがステージごとに異なることを考慮するために、割引率を直接調
整するもの。各年のキャッシュフローの期待値を、資本の機会コストをステージごとのリス
ク情報に基づいて調整した、リスク調整済み割引率で割り引く。医薬品開発事業のように、
事業ステージごとにリスクが異なる場合にも適用可能。
・ 確実性等価アプローチ
T
NPV = ∑
t =1
at E (Ct )
−I
(1 + r1 ・・・
)
(1 + rt )
ある年の不確実なキャッシュフローの現在価値と等価な現在価値を与える、同じ年の確実
なキャッシュフローを確実性等価として、これをリスクフリーレートで割り引くことにより
現在価値を求めること。
リスクの問題を分子の確実性等価で考慮し、時間の問題を分母のリスクフリーレートによ
る割引計算によって考慮することにより、リスクの問題と時間の問題を分離して考える点に
特徴がある。
・ 確率的 DCF アプローチ
「モンテカルロ DCF」とも呼ばれるが、事業によるキャッシュフローに影響を与えるパラメ
ータを用いて事業の数学的モデルを構築し、乱数発生による多数回のシュミュレーションを
92
行って事業価値の分布を求めるもの。パラメータごとに感度分析を行うことによりバリュー
ドライバーを見つけることができ、価値分布をビジュアルに出力することが可能であるので、
直感的に把握することができる。
知的財産担保融資の現状
(図表 5.7)、
(図表 5.8)の示すように、これまで行なわれた知的財産担保融資は、その多く
が政府系金融機関によるものであり、大半の民間金融機関は知的財産担保融資には消極的である。
日本政策投資銀行に関連する案件の担保対象は、業務用ソフトウェア、データベースなどのほか、
医療分野、半導体分野、輸送用機械分野、電気機械分野、一般機械分野など多岐にわたっている。
また、いくつかの案件では、都市銀行、長信銀、地方銀行、信用金庫との協調融資となっている。
横浜産業振興公社との協調融資という例もある。一方、民間金融機関や中小企業金融公庫が手が
ける案件については、汎用アプリケーションソフトなどのソフトウェア分野が中心である。
全般的に融資金額は、一部協調による巨額のものを除けば、1 億円前後が多い。融資時期は、
平成7∼8年が多くみられる。ただし、都市銀行等の民間金融機関は平成9年度以降、知的財産
権担保融資に慎重になっていることが報告されている。
しかし、産業基盤整備基金の行なった調査によると、多くの金融機関が経済の活性化のために
知的財産担保の必要性を感じており、良い条件があれば行なうとしている。これは、今後知的財
産担保融資を取り巻く環境が改善されれば融資実現に向けて動き出すポテンシャルが大きいこ
とを示している。
(図表 5.7)主な知的財産担保融資の案件
融資先
(株)ダイナウェア
担保対象
汎用アプリケーションプログラムの著作権
融資内容
住友、平成 7 年 3 月
(譲渡担保)
(株)ダイナウェア
ワープロ文書上への、表やグラフの貼り付き切り貼り
住友、平成 8 年 3 月
用ソフト(譲渡担保)
(株)システムコンサル
既開発のソフトウェアの著作権と関連一式(質権)
興銀、3 年、2 億円、
平成 7 年5月
タント
(株)システムコンサル
データベース統合ソフト「エクセレント・フリーウェ
中小公庫、1 億円、
タント
イ」の著作権など
平成 11 年
エー・エム・アール
インターネット検索ソフト「ホットページ」の
中小公庫、平成 9 年 1 月
著作権
エクス・ツールス
三次元 CG 作成ソフト「shade」シリーズの需要機能
中小公庫、1 億円 500 万円
を網羅したプログラムの著作権
平成 11 年 3 月
出典:産業基盤整備基金「知的財産権担保を活用した融資に関する調査・研究(2002)P23
93
(図表 5.8)日本政策投資銀行が関与した案件
融資先
担保対象
融資内容
ケミカル・データ・サービス(株)
化学産業総合データ検索システムの著作権
第一勧銀・大和・三菱との協調融資、
(譲渡担保)
平成元年 12 月
(株)ツアーネット
旅行業向け共同利用型総合処理システム
平成5年 12 月
日本テクトロン(株)
卓上型臨床分析装置関連の出願特許など
1 億円、平成 7 年末
(譲渡担保)
ユニコロイド(株)
天然高分子による人工皮膚関連の特許権な
1,300 万円、平成 7 年末
ど(譲渡担保)
(有)ニュークリエーション
半導体ウェハーID 番号読取装置関連の出
1,500 万円、平成 7 年末
願中特許(譲渡担保)
ランセプト
LAN を利用した業務ソフトウェアのプロ
平成 7 年
グラム著作権
(株)ビーエスエス
業務処理の進捗管理、機密保護の徹底を
平成 8 年 11月
図るための総合業務管理パッケージソフト
ウェアのプログラム著作権ほか(譲渡担保)
インターサイエンス
ドーム
企業の特許権管理支援ソフトのプログラム
5 年、3,000 万円、
著作権、出願中特許、商標権
平成 8 年 4 月
画像圧縮関連技術のロイヤルティ債権
第一勧銀・三和・日債銀との
協調融資、6 億 4,000 万円、
平成 8 年 11 月
高性能電子基礎体温系に関する特許権、
地方銀行との協調融資,9,000 万円、
意匠権
平成 8 年
東京アールアンドデー
高性能電動スクーターの出願特許
平成 8 年
イーディーコントライブ
ISDN 利用のマルチメディアネットワーク
平成 8 年
ニシトモ
の特許権ほか
チャフローズコーポレーション
新スポンジの出願中特許権
1 億円、平成 9 年
ビーエスエル
レーザー波形制御に関する特許
5,000 万円、平成 10 年 2 月
ヘルツ工業
防振台の支持構造の実用新案権
横浜産業振興公社との協調融資、
1 億円、平成 10 年
ワイズマン
老人保健施設管理システム
4,000 万円、平成 10 年
ワイズマン
在宅介護支援センター管理システムと訪問
1 億円、平成 11 年
看護ステーション管理システム
ビー・ユー・ジー
ISDN 対応通信機器のプログラム著作権
札幌信用金庫との協調融資、
1 億円、平成 11 年
出典:産業基盤整備基金「知的財産権担保を活用した融資に関する調査・研究(2002)P22
94
知的所有権担保融資の課題と意義
知的財産を担保化するにあたっては、ライセンス料収入に着目する手法と、当該知的財産それ
自体の価値に着目する手法とがありうる。前者の場合には、ライセンス料債権それ自体を質権も
しくは譲渡担保の目的とし、または知的財産権に質権を設定してライセンス料収入から優先弁済
を受ける18など、通常の収益財の担保化の手法をそのまま用いればよい。
しかし、知的財産それ自体の価値に着目する際には、多くの検討すべき問題が生じる。ライセ
ンス料収入を度外視した場合の知的財産の経済的な価値は、それ自体として直接に実現されるわ
けではなく、当該知的財産を用いた製品を製造・販売することによってはじめて収益をあげるこ
とができる。
このことから、知的財産を担保として取得する場合にも、その担保権を実行して目的となった
知的財産を売却することを想定する以上、買受人が当該知的財産を用いて商品を製造・販売して
収益を上げるために必要となる複数の特許権・意匠権・ノウハウ・顧客リスト等をワンセットに
して担保取得しておかなければ意味がないことになる。
また、知的財産の経済的価値(交換価値=担保価値)の評価に当たっても、その知的財産が関与
する製品に係る事業活動全体から生ずる収益を予測し、これを現在価値に引きなおす手法が採ら
れるべきことになる。
担保権の実行に関しては、知的財産については市場が存在していないこと、事業資産担保であ
るために事業収支の悪化が担保価値の下落と連動することが多いこと、周辺のノウハウなどの移
転を確保するため技術指導などの措置をとる必要があることなど、知的財産の特質に由来する困
難が存在するが、法律制度面においても、民事執行法上の諸制度が知的財産担保になじむもので
あるか否かについては検討の余地があるように思われる。
実務的には、担保権実行(特に売却手続き)に伴う困難を回避するために、多くの場合、譲渡担
保あるいは流失特約付の質権設定契約が用いられている。流失特約付知的財産権質と仮登記担保
法との関連、さらには一般的な商事質に置ける流失特約の効力などについても、学理的検討が尽
くされているとは言い難い。
知的財産担保は、当該知的財産の関連する事業活動それ自体の価値に着目した担保であり、そ
の担保価値評価も、当該事業それ自体の収益性評価に他ならない。その意味では、知的財産担保
融資の活性化は、物(特に不動産)の価値に着目した融資から事業の将来性に着目した融資への転
換の動きを象徴するものとして、積極的に評価しうるものと思われる。
不動産担保融資について考えてみると、少なくとも建前としては融資対象事業に十分な収益性
があり任意の弁済が確実視されるからこそ融資をするのが原則で、一部の特殊な業者を除いて、
最初から担保権の実行を予定して融資をするという基本姿勢をとる金融機関はなかったであろ
うと思われる。融資の可否を決するための事業評価が担保価値評価に先行するのは、金融実務の
18
特許法 96 条など参照
95
常道であり、知的財産担保に特有のものではないといっても過言ではないであろう。問題は、万
一の場合にも売却して債権回収に資することができないかもしれない財産を担保取得すること
に意味があるか、という点にある。
この点については、元来、担保には当該担保からの債権回収を主目的とする責任担保型のもの
(これにも、実現可能性をあまり期待していない「添え担保」がある)と、どちらかといえば任意
の履行を間接的に強制することや、債務者ないし担保権設定者を自己の支配下に拘束することを
主目的とする履行担保型のもの(いわば「人質的」担保)が存在してきたということもできる。
知的財産担保は、こうした点も含めて、そもそも担保とはいかなるものであるかを考えさせる契
機も含んでいるといえる。
知的財産権担保に新たな活用可能性を見いだすことには、ベンチャー企業等、有形資産を持た
ないが将来有望な企業に対し、円滑な資金供給を図るという社会的な意義がある。加えて、以下
の4点の意義があると考えられる。
第1は、従来型担保とは異なる目的を持つ担保という点での意義である。知的財産権担保も従
来型担保も、担保の持つ債権履行確保の目的、つまり融資に伴う債権回収・収益獲得の不確実性
のリスクをカバーする点は、同じである。しかし、従来型担保は、不測の事態が起こったときの
債権回収を、担保によって図ろうとする立場であるのに対し、知的財産権担保は、事業の収益性
に着目し、企業が獲得した収益から、債権者としての収益配分を確実に受けていこうとするもの
である。このような新しい性格を持つ担保の活用可能性を考えることには意義がある。
第2は、未利用価値の活用という点での意義である。事業収入の源泉である知的財産権には、
確かな資産価値があるにもかかわらず、その価値が利用されていない。これを有効に利用してい
く意義がある。
第3は、知的財産権が、非常に代替し難い資産であるという点である。企業にとって、土地等
の有形資産は、第三者に譲渡しても新たに他から調達が可能であるが、知的財産権は、一度手放
すと、再度獲得することが難しくなる。このような性格の資産は、活用法を大切に検討する意義
がある。
第4は、金融機関にとっての意義である。知的財産権の担保化に取り組むことは、事業収支に
連動する事業資産担保融資のリスク判断能力を磨いて、近代産業金融の原点に立ち戻ることを意
味する。金融機関としての事業機会を、新しい融資領域に拡大するという意義がある。
知的財産の担保化は債権履行確保にとって十分条件とはいえないまでも、必要条件と考えられ
る。今後セカンダリーマーケットの整備や価値評価ノウハウの構築などが行われれば、ベンチャ
ー企業にとって資金調達のツールが増えるのは確かである。
96
知的財産権の証券化
知的財産権の担保化に加えて、近年その証券化が知的財産を用いたファイナンス手法として注
目されている。
(図表 5.9)SPV を利用した知的財産権流動化の仕組み
SPV
知的財産権
知的
譲渡
所有者
社債
財産権
知的財産権
証券
発行
優先出資
証券市場
投資家
代金
代金
管理・処分の委託
投資家
利益
受託者
(図表 5.10)
知的財産権の資金調達手段としての活用法(ロイヤリティ収入があるタイプ)
知的財産権の所有者
委託契約
譲渡
代金
SPV
知的財産権に伴う
ライセンス権
利益の配当
配当
代金
証券発行
証 券、ラ イセンス
権 から得ら れ る利
益の配当
知的財産権
トラスティー
ライセンス
買
投資家
売
買
投資家
売
投資家
証券市場
97
権の付与
サービサー
アドミニストレーター
ライセンス・フィー
+手続き費用
ライセンシー
スキームとしては、まず知的財産権の所有者(オリジネーター)から SPV が知的財産を譲渡
される。SPV は原資産の取得と対応する証券の発行以外の業務を行わないため、譲渡された知
的財産権から得られるライセンス料の回収などの収益事業に関することは、下にある別の管理会
社(図では受託者)などに委託する。この受託者が知的財産の収益化を行い、その収益が将来
SPV に還流していくことになる。SPV はこの将来収益を裏付けとして各種証券を発行し、投資
家から資金を調達する。これらの証券はその種類に応じて、先ほどの将来収益によって元利金が
償還されたり、配当が支払われたりする。SPV はこのようにして集めた資金を、譲渡された知
的財産権の代金としてオリジネーターに支払う。実際には、以上のような時系列でイベントが発
生するわけではなく、銀行の短期融資などを利用してスキーム全体がうまく機能するようにする
こともある。
SPV としては、わが国の資産流動化法に基づく特定目的会社が代表的であるが、そのほかに
有限会社、組合、または一定の海外法人などでも同様の機能を果たすことができる。また、その
ような法人や組織を新たに設立せずに、第三者に信託して信託受益証券を発行することによって
も可能である。
知的財産権証券化を促進するためには、パテント・プールが極めて有効なシステムであるとい
える。パテント・プールとは、特許権などの複数の権利者が、それぞれの所有する特許または特
許権のライセンスをする権限を一定の企業体や組織体に集中し、当該企業体や組織体を通じて、
その構成員または第三者が必要なライセンスを受けるとする協定である19。
例えば、1999 年に DVD―ROM 及び DVD−ビデオのフォーマットに関し、東芝、日立、松
下電器産業、三菱電機、タイムワーナー及びビクターの間でパテント・プールの協定が結ばれて
いる。協定の内容は、以下のとおりである。
(1) 参加企業は相互にプールされた特許権を自由に実施可能で、自己の特許権を第三者に自由
にライセンスできる。
(2) 参加企業が DVD に不可欠であるとして提示した特許権に対し、専門家がその不可欠性に
つき判定を行うと共に、4 年ごとに全特許権に対する包括的な見直しを行う。
(3) ロイヤルティ・レートは、DVD プレイヤーの総販売額の4%と、DVD ディスク 1 枚の販
売につき 7.5 セントとする。
(4) 特許権ポートフォリオから得たロイヤルティ収益の参加各企業への配分は、各特許権の利
用頻度、存続期間技術標準への必須度によって定める。
このようなパテント・プールが証券化に適していると考えられる理由は、以下の点にある。
第1に、プールされる特許権は、実質的に技術標準を支える特定の技術、周辺技術及びこれ
19 公正取引委員会事務総局「特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針」
(1997.7)
98
らの改良技術に関するものであるから、その経済価値を維持することにつき、参加企業が共通の
利害を有している。
第2に、将来収益を生み出す特許権の割合は、全特許権に対してきわめて小さく、一般に証券
化が困難とされるが、プールされる特許権は、専門家の精査を受け、技術標準に対して真に価値
を有するもののみが厳選され、収益に対する寄与度も算定されており、ロイヤルティ・レートが、
公正市場価格に基づいている。
第3に、一般に、特許権ベースの証券化は、キャッシュフローの予測が困難であるとされるが、
プールされる特許権は、将来のロイヤルティ収益が、各社の個別の事情を超えて、特定の技術標
準を利用するマーケット全体の規模に依存するから、収益予測が比較的容易であり、かつ安定し
ている。
加えて、プールされた特許権を第三者が侵害した場合、参加企業共通の不利益となるため、侵
害行為を排除することにつき、相互の協力体制を築きやすく、第三者に対する牽制が働く。また、
オープンな契約に基づいているので、ロイヤルティ・レート等の情報開示について、参加企業が
抵抗感を有していない。
そして、プールされた特許権を一括して証券化することにより、得られた資金を改良技術また
は次世代技術の共同開発に充てることも、原理的には可能である。
米国においては、近年、司法省と連邦取引委員会が、一定の条件の下でパテント・プールを容
認する方向に姿勢を転じた。わが国でパテント・プールというとパチンコ機業者への排除勧告が
想起されネガティブな印象を持つ向きもあろうが、公正取引委員会は技術標準のためのフォーラ
ム活動やパテント・プール自体は私的独占の問題とならないとの解釈をベースとしつつ、独占禁
止法上問題となる行為類型とその考え方を示している20。競争秩序を維持する独占禁止法に反す
ることなく、知的財産権証券化のベースとしてパテント・プールが活用されることが期待される。
知的財産証券化においてオリジネーターのメリットとしては、以下の点が指摘される。
ⅰ)資金調達の多様化
あらゆる事業、資産または一個人の将来獲得収益にいたるまで、キャッシュフローの源泉とな
り、その予測が一定程度可能な資産は原理的にすべて、証券化の対象となり得る。
したがって、知的財産を保有する企業において、ファイナンスの選択肢が広がることとなり、
スタートアップ時のベンチャー企業のように、不動産などの固定資産を所有していない場合にも
利用可能である。また、オリジネーターのニーズと投資家のニーズ(リスク選好や償還期間)に
応じ、条件の異なる様々な有価証券を組み合わせて発行することができる。
20 公正取引委員会「技術標準と競争政策に関する研究会報告書」
(2001・7)
99
ⅱ)資金調達コストの軽減
ストラクチャード・ファイナンスにおいては、信用補完により、オリジネーターの信用力とは独
立に、原資産の信用力を高くすることが可能であるから、特にオリジネーター自身の格付けが高
くない場合に、社債発行などによる資金調達よりも低コストの資金調達が可能となる場合がある。
ⅲ)投資効率の向上
研究開発→商品販売→投下資本回収というスパイラルをたどる限り、次の研究開発に充てる資金
の獲得は、常に将来のある時点に発生する。知的財産権の証券化を行えば、将来収益をあらかじ
め獲得して資本投下できるので、投資効率が高まり、R&D における競争力を向上させることが
できる。
ⅳ)ノン・リコース
一般に証券化においては、リスクを投資家に転嫁する結果、オリジネーターは債務不履行の責
任を問われない。仮に、ロイヤルティ収益が予想よりも少なく、債務返済が不可能となった場合,
債権者たる投資家が取り得る手段は、担保となっている知的財産を売却した分配を得ることのみ
である。
そして、そのような場合でも、オリジネーターは、その知的財産を売却した場合とさほど変わ
らない額の一時金を手に入れたままでいられる。
ⅴ)資産再保有・利益獲得の可能性
資産を単純に売却する場合、再取得することは一般に不可能であるが、証券化においては、ロ
イヤルティ収益などにより債務を償還すれば、担保とした知的財産へのコントロールを取り戻す
ことが可能である。特に、債務の償還期間より長い寿命を有する知的財産の場合において、注目
される点であるといえる。
また、固定金利による利払いの場合、あるいは予想より大きな収益がある場合に、各期ごとの
元利金を返済した残りを、オリジネーターの利益とするスキームを採り得るから、オリジネータ
ー自身のインセンティブを維持することができる。
ⅵ)従業員のインセンティブ向上
IT 系のベンチャー企業においては、従業員にストック・オプションを供与し、インセンティ
ブ向上に利用されている。また、トラキング・ストック(特定の事業部門や子会社の業績にリン
クした株式)も同様に、企業役員のインセンティブ報酬として利用されている例がある。
知的財産担保証券も、業績やロイヤルティ収益に依存する利払いを保証することにより、同様
のインセンティブ効果を発揮することができる。
100
[補論]金融仲介者のファイナンス手法と金融仲介行動への影響
Ⅰ
預金を主とするファイナンス
<特徴>
他の金融商品と比較して元本保証性がある程度あり、現金に近い一般受容性を持つ。
・
金融仲介主体(銀行・信組・信金)の金融仲介行動
ⅰ)預金は決済機能という公共性の高い特徴を持つために金融仲介主体はリスクの高い融資に消
極的で、規制を多く受けることにより機動性が低下する。
ⅱ)決済機能を保有しているために企業のキャッシュフローを見ることができ、それの動向によ
って企業の信用リスクを把握することができるため、融資活動が円滑化される。
Ⅱ
CP・社債を主とするファイナンス
<特徴>
① 社債
設備投資資金などの長期資金を不特定多数の投資家から調達する(直接資本市場から資金を調達
する)為に発行する債券のこと。ある一定の期間が到達した時点で、元本を返済する形態になる。
企業はある一定期間に発生した利益によって投資金額を回収し、その時点で、元本返済を行う。
②
CP
公開市場で運転資金調達を目的として振り出す短期の無担保約束手形のこと。日本の CP は、信用
力のある優良企業が市場を通じて機関投資家から無担保で短期の資金調達を行うための手段と
して位置付けられている。発行適格は A3 以上。
・
金融仲介主体(ファイナンスカンパニー)の金融仲介行動
CP・社債を主な資金調達源とするファイナンスカンパニー
ⅰ)社債・CP とも預金によるファイナンスよりも融資・運用の規制が少ないので機動的に融資・
運用できる。
ⅱ)社債による資金調達は、負債である社債の流動性が低い(社債は長期資金である)ので短期・
中期に限らない融資・投資が可能である。
ⅲ)社債・CP とも格付けが高ければ資本コストは安くなるのでその分、融資・運用手段も多様
化できる(リスクとリターンが裁量的である)
。逆は逆。
ⅳ)多くのファイナンスカンパニーは商業銀行に比較してリスクの高い(ハイレバレッジな)企
業に対する融資に特化している。
ⅴ)金融・情報技術のイノベーションの成果を有効活用したミドルリスク向けの審査ノウハウ、
リスク管理ノウハウの蓄積をする過程で他の金融機関では対応のできないニッチ市場への
101
融資もできる。
日本のファイナンスカンパニーは90年代後半まで資金調達源が銀行借入に限定されていたの
で以下のような仲介行動をとっていた。
従来の、銀行借入を資金調達源としていた日本のファイナンスカンパニー
ⅰ)預金による資金調達であったため、資本コストが高かった。
ⅱ)融資・運用の際の金利を高く設定しなければならず、リスクの高い投資を行っていた。
Ⅲ
流動化・証券化によるリファイナンス
<特徴>
資産の証券化とは、金融機関や事業会社が特定の資産の保有を目的とする別の主体(特定目的
会社)を設立してそこに自ら保有する資産を移転し(流動化)、さらに移した当該資産が将来生み
出すキャッシュフローを原資として支払いを行う金融商品を発行し売却する手法。
・
金融仲介主体(全金融機関、主に主要行・ファイナンスカンパニー)の金融仲介行動
ⅰ)リスクアセットをオフバランス化することでリスクが軽減され、ニューマネーが創出される。
ⅱ)証券化する場合、オリジネーター(原債権保有者)は劣後部分を保有することが多い。その
場合、オフバランス化した債権の質が悪いと損失が発生する。また、サービサーになる場合、
債権の質が悪いと回収できなくなる。これらの事態を避けるために貸出時の信用リスク管理
のインセンティブが向上する。
102
Ⅳ
エクイティを主とするファイナンス
<特徴>
①残余財産の分配を受けるにとどまる劣後性
②配当金額決定における企業側の裁量(利潤証券)
③当該企業の所有権(支配証券)
④リターンの獲得方法はキャピタルゲイン(+配当)であり、リスク許容度が大きい
⇒ハイリスクの事業に、機動性を持って長期資金を提供できる
・
金融仲介主体(プライベートエクイティ)の金融仲介行動
私募の形で投資家からリスクマネーを募り、変革を試みる企業や事業に選別的に投資をする。
単にハイリスク・ハイリターンを求める投機的なものではなく、中長期的視点に立って投資先企
業の経営に積極的に関与し、その企業価値を高め、キャピタル・ゲインによる投資リターンの最
大化を求めていくことを目的とする。
投資対象の違いから以下の2種類に分類される
○ベンチャー・キャピタル
若いベンチャー企業を投資対象に、成長期に不足する資金、ネットワーク、経営上の助言を与
え成長を支援する。
○バイアウト・ファンド
主にある程度成長した企業を投資対象とし、様々の手法で事業の再生や成長の加速を図る。
注)プライベートエクイティによるファイナンスは果たして直接金融に属するのか、間接金融に
属するのか、その分類は曖昧である。投資先の信用リスクを最終的に負担するのは投資家で
あり、それを考慮すれば直接金融であるといえる。
しかし、ここで重要なのは直接か間接かという分類ではなく、プライベートエクイティの
仲介者としての存在であり、それの果たす役割である。
103
参考文献
名前
書名
出版社
E.M.ルイス/著 アコム・プロジェクト・ 『クレジット・スコアリング入門』
金融財政事情研究会
チーム/訳 [1997]
IP 法務研究所[2002]
『知的財産管理&戦略ハンドブック』 ソフトバンクパブリッシング
L.T.ケンドール/編 M.J.フィッシュマン
/編 日本興業銀行産業調査部/訳
前田和彦/訳 小池圭吾/訳 [2000]
『証券化の基礎と応用』
東洋経済新報社
『MBAファイナンス』
ダイヤモンド社
『戦略と経営』
ダイヤモンド社
グロービス・マネジメント・インスティテ
ュート/著 [1999]
ジョーン・マグレッタ/編 DIAMOND ハ
ーバード・ビジネス・レビュー編集部/
訳[ 2001]
デュワイト・B.クレイン/[ほか]著 野村 『金融の本質 21 世紀型金融革命の 野村総合研究所広報部
総合研究所/訳 [2000]
羅針盤』
ポール・ミルグロム/著 ジョン・ロバー
ツ/著 奥野正寛/[ほか]訳 [1997]
『組織の経済学』
NTT出版
リチャード・ブリーリー/著 スチュワー
ト・マイヤーズ/著 藤井真理子/監訳
国枝繁樹/監訳、マイヤーズ [2002] 『コーポレートファイナンス上・下』
日経 BP 社
ロバート・C・マートン/編著 大野克人
/編著 [1996]
『金融技術革命』
東洋経済新報社
青木昌彦〔1996〕
『日本のメインバンク・システム』
東洋経済新報社
阿達哲雄/著 [1997]
『ノンバンク その実像と役割』
東洋経済新報社
池尾和人/著 [1995]
『金融産業への警告 金融システム 東洋経済新報社
再構築のために』
池尾和人/著 [2003]
『銀行はなぜ変われないのか 日本 中央公論新社
経済の隘路』
池尾和人[1990]
『銀行リスクと規制の経済学』
東洋経済新報社
「情報化と金融仲介」(池田・奥野編
[2001]『情報化と経済システムの転
池尾和人[2001]
換』)
東洋経済新報社
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資産流動化研究所
資産流動化研究VolⅠ∼Ⅸ
SFI会報1∼36号
108
編集後記
「偏っているようで絶妙にバランスのとれているパート」というのが私のこのパートに
対する評価だ。
マサ、王子、あみちゃん、そしてパート長からなる我がパートは実によく役割分担がで
きていた。とりあえずやりたいことを主張してどんどん進めてレジュメを作り上げてくる
マサ、いつもポジティブで独自の時間の進み方を会得している王子、パートでは物静かだ
が、テニスを始めるとパートで最も持久力のあることが判明したあみちゃん、そして、ち
ょっとパソコン使っているだけなのにアキバと呼ばれてしまったパート長。そんな3人の
パート員を使いこなせるはずもなく、なんだか私が穴掘り係(雑用係)としての地位を確
立していたのは気のせいだろうか。
論文作成開始当初、漠然とした不安を抱えていた。誰一人として論文を書いたことがな
く、あまり知らない人が四人集まってしまった。論文のテーマがすんなりと決まるわけは
なく、遠回りをずいぶんとしたような気がする。人間同じレベルの生産性を半年もの長期
間維持することは不可能である。つまり、締め切り前にがんばればいいのだ。この論文に
は夏合宿と最終発表、最終の締め切りという三回の締め切りがあったが、その直前の我が
パートの生産性の高さはかなりものだったと思う。しかも、毎回間に合うかどうかの瀬戸
際で踏ん張れた。そしてその後には打ち上げをしなければならない。特に夏合宿後の打ち
上げは松本家の迷惑も顧みすに、マンション最上階のベランダでバーベキューと花火をや
った時は楽しかった。他にも、マサとアキバはテニス初心者だったが、パートで定期的に
テニスをすることで、そこそこ上手くなれたと思う。このような息抜きこそ、パートの結
束力を強め、土壇場の踏ん張りを生んだと私は確信する。
論文の中身については、満足している。こんなに一つの事に関して深く知識を付けて、
議論したことは初めてだ。売掛債権証券化の限界を感じて中小企業金融というテーマにな
んとなく流れ着いたのだが、こんなに多くのことを考えなければいけないなんて想像もし
ていなかった。大学三年生の夏休みを潰すという対価を払っただけの完成度はあると思い
たい。
みんなとはまたワインでも飲みに行って潰れたいと思う。
最後に、未熟な私たちに適切な指導を与えて下さった池尾和人教授と、くだらない質問
にも真摯に対応してくださった9期の先輩の方々なしに、この論文は完成しなかったはず
です。ありがとうございました。
2003 年 11 月 金融機能パート
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