僕の街を生き返らせた英雄は。

【Potcast リリース記念企画】
〜弱者のための逆転心理学〜
僕の街を生き返らせた英雄は。
岸正龍
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僕は商店街の中で産まれた。
そしてアーケードの下で育った。
僕が物心ついた頃、僕の商店街は絶頂だった。
東映、大映、松竹、日活。ずらり並んだ映画館はいずれも盛況で、中山律子がテ
レビで初のパーフェクトを達成して一気にブームになったボーリング場は 3 時間
待ちが当たり前。スケートリンク(山田みどりや浅田真央や安藤美姫や村上佳菜
子を排出している名門リンクだ)はいつ行っても芋洗い状態で、街全体がアルカ
ロイドを喰らった脳味噌のように浮かれていた。
北に2km の地に当時まだ全国的に珍しかった地下街ができたのは、小学校に上
がった年。一瞬だった。オオカバマダラやヌーのようにどどどどど。人が北に大
移動し、僕の街は週末でもアーケードの下で缶蹴りができるような門前雀羅を張
る商店街になった。
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北の街は、反比例するように、人を飲み込みぶくぶくと膨れていく。新しい百貨
店がオープンし、新しい地下街が開かれ、新しいテナントビルが建ち、ロスアン
ジェルスと姉妹有友好都市提携をした証の新しい公園ができた。
北の街にはセレブご用達の大きな百貨店が3つあり、
ヤングに人気のブランドショップが無数にあった。
全国津々浦々の美味い料理がずらりとあって、
金で買えるキレイな女がすらりと待っていた。
それに比べて。
僕の街にはなにもなかった。
昔ながらの射的屋やスルメ屋や駄菓子屋や包丁研ぎが珍しいくらいで、他に人を
魅了するようなものはなにもなく、じいちゃんばあちゃんが入れ歯を落としに来
るか、ヤンキーがカツアゲに来るだけの、全国のどこにでもあるウラブレタ商店
街になった。あとは死んで腐るだけ。その商店で生まれ育った覚めたガキはそう
思っていた。
ところが、である。
ガキの予想に反して、街はいきなり復活した。
人が増え始め、じいちゃんとばあちゃんとヤンキーの吐いた痰がこびりついてい
る舗装道路の上を、わさわさと、うきうきと、以前と変わらない数の人たちが再
び闊歩するようになったのだ。
奇跡と言われた。
というか、奇跡だった。
3つも4つも年上の郡部からきたヤンキーに小虫のように踏みつけられ、財布ご
と巻き上げられていた僕にはこの現象がどれくらいの奇跡かよくわかる。断言し
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よう。死んでいたのだ、僕の街は。死して腐るだけになっていたのだ。そこから
息を吹き返すなんて、エントロピーが減少するのと同じくらい尠少な確率。
アクション大須。
商店街復活のために、僕の先代や先先代の商店主たちが取り組んだ運動はそう名
づけられていた。そのとき僕は中学一年。バカだと思った。いい歳こいた大人が、
見ている客の方が少ない中で、見世物小屋をかけフォークギターをかき鳴らし金
粉をまとって踊り寸劇をやり落語を弁ずる……そんなことしたって北の街には勝
てっこないのに。
勝てっこないと思ってたのに。
僕の街には再び人が戻ってきた。
以前に負けない大勢の人が戻ってきた。
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さて、今度は僕の話。
僕は 20 年前、モンキーフリップという名の7坪に満たない小さな眼鏡雑貨店を
オープンした。いまでこそストリート系アイウェアブランドとして、全国そして
海外にも卸販売できるようになったが、ここにくるまでには、いっそ死ねたら楽
なのに、と思ったことが大きくは三度ある。
一度目は、二店舗を出店していたマイカルが経営破綻し、売上金が凍結されたと
き。
死ぬと思った。
凍結されたまさにそのとき僕の店は合計で四店舗だったが、マイカルの中に出店
していた二店舗が売上の 7 割を上げていたのだ。
インショップの場合、日々の売上金は一度その館に納め、ある日数が経過してか
ら必要経費を引かれて送金されてくる。つまりその月のその日までの二店舗分の
売上げが入ってこないということ。
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どうやったって月末の支払いにお金が足りない。
足りない金をどうしよう、と目先の資金繰りだけでも死にたくなるのに、売上の
7 割を作っていた優良店舗を失ったのだ。先の不安が暗澹たる気持ちを加速させ
る。これからどうやって生きていこう……僕は僕が持っているすべての武器を点
検し、使えそうなものを片っ端から使用した。
結論から言うと、救ってくれたのはコピーライディングの力だった。何を隠そう
僕のはじめての職種はコピーライター。3 年間が修業期間の徒弟制の広告制作会
社でミッチリとしごかれ叩き込まれた人の心を動かす文章術。
詳しい話はまたの機会に譲るが、僕は僕の中にある文章を書く力を使って、取引
先に支払いの分割を許可いただき、お客さまに送った DM で反応率 50%超えとい
うミラクルを起こし、そこからマイカル以外の二店舗の売上げを急速にあげてい
った。
谷あれば山あり。
しばらく後にモンキーフリップはこの世の春を謳歌することになる。
僕が僕の街に出した赤い店「Super MonkeyFlip」。
この店が開店直後から、爆発的に売れた。
こんなに売れてどうしようって言うくらい売れた。
資金繰り?
それなに?
って感じでお金があり、実際、バカみたいなことにたんまり広告費を使っても全
然なくならなかった。
しかし。山あれば谷あり。
この世の春は一年持たずに過ぎ去り、あれだけたんまりあったお金も気がつけば
カツカツに枯渇し、またしても資金繰りで胃が焼ける懐かしき日々が戻ってきた。
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そこに蜂。泣いてる面に蜂がきた。
僕の店のすぐ側に、イケイケで伸びていた二部上場の会社が僕の店の 8 倍以上の
売り場面積をもつ旗艦店を出してきたのだ。
死ぬと思った。
情報源をフル活用して集めたその店の売上目標は僕の店を潰すに十分の大きさで、
しかも勢いに乗る会社だったから情報の信憑性は高く、つまり僕はもう死ぬしか
ないと思った。 出店情報を掴んだのが真夏。出店時期は 12 月。ド不幸中の幸い
は、僕に 4 ヶ月ほどの時間が与えられていたこと。生き延びるための足掻いて足
掻く貴重な時間……僕はまた僕が持っているすべての武器を点検し、使えそうな
ものを絞り出し対策を練った。
結果、その年の 12 月の僕の店は、過去二番目の売上げを記録した。
戦いになんとか勝つことができたのだ。
なにをしたか?
端的に言えばイベントだ。キャンペーンといってもいい。小阪裕司氏が主宰する
ワクワク系マーティング実践会でグランプリをいただくまで学び身につけた僕の
マーケティングのすべてを使った「MonkeyFlip 冬の陣」。その企画が、多くのお
客さまに支持され、有り難いことに死を免れたのだ。
が、相手は巨像だ。こっちは小猿だ。
いましばらくは小手先のイベントで難を逃れることができたとしても、体力勝負
の長期戦では負け戦が見えている。僕はそう考え、会社自体の戦略を店舗展開か
らブランディングに変更。マニアと呼ばれる濃いお客さまを対象としたニッチな
ブランドへと転身していった。
上手くいった。
3 年という時間を要したが、全国約 50 店舗のお店さんとご縁をいただき、目の前
の巨像ともお客さまの棲み分けができ、モンキーフリップは爆発的ではないが、
底堅いビジネスになることができた。やれやれだ。このときは心底そう思った。
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そう思ったのに。
二度あることは、そう、三度ある。
しかも三度目は、手の打ちようがない波だった。
コアなお客さまに支えられ底堅い売上を続けていた僕の店が突然売れなくなった。
いや、とゆうか、商店街のほぼすべての店が急に売り上げを落とした。街にはた
くさんの人が遊びに来てくれているのに、モノが恐ろしく売れないのだ。
「ネットの仕業だ」
と、商店街のアチコチで誰もが言った。
はたしてそれは本当か、確かめるためにそのとき一番勢いがあると言われていた
ネットショップオーナーのセミナーに参加した。ビシッと七三に分けた講師は開
口一番、
「リアル店舗がネットショップに勝ってるところって、もはやありません」
と言い切った。プロジェクターの燈りに照らされたスクリーンにはこんな文字が
踊っている。
ネットショップが勝っているところ
・ 安い!
・ 圧倒的な品揃え
・ 詳細に書かれた商品情報
・ 他店との価格の比較が容易
・ 口コミや他人の評価がわかり安心
・ 24 時間どこに住んでいても買えて便利
確かに、その通り。
リアル店舗には耳の痛い話ばかりだ。
じゃあ、リアル店舗はもうお払い箱ってことなのか?
「皆さん、逆にリアル店舗が勝っているところってどこか考えて、隣の人とシェ
アしてみてください。実際に試着できるとか、買った商品をその場で持ち帰るこ
とができるとか、これ以外にあるようなら、ぜひ考えてみてください」
講師が言って、僕は考える。
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考える。考えている。考えているっていうのに「いやぁリアル店舗もう無理です
よね。だって僕、ここ 3 年ぐらいリアルの店で買い物したことないですし。買い
物は全部ネットです。圧倒的に便利だし。あなたはどうですか?」と、僕の隣の
ウエリントンを小粋にかけこなした 20 代半ばに見える男が言ってくる。
確かにネットは便利だ。
欲しい商品があるとする。スマホを取り出しどこよりも安いところをググり口コ
ミなんかを参考にクリック一発。大体次の日には家の玄関まで運ばれてくる。か
さばるものだって重いものだって関係ない。海外からでも、鮮度が命のものでも、
想いのままにやってくる。
柔らか軍手。充電式ニッケル水素電池。ソイプロテイン。辛口焼酎ハイボール。
ボールペン(アクメ)のリフィル。三脚。ボクシングインナーグローブ。ポータ
ブル DVD ドライブ。そして多数の本……僕が楽天かアマゾンでここ一年に買った
もの。
商店街で産まれ育ち、いま商店街に店を構えている僕なのに、こうしてネットで
買ってしまう。
だって安いんだもん。
だって便利なんだもん。
だってだってだって……
「けれど、お店がなくなったら寂しくないですか?」
自分に感じているやるせなさを振り切るように隣の眼鏡に言ってみる。
「え、どこがですか? 別になんでもネットで買えるんだし、リアル店舗なくても
いいんじゃないですか? あ、飯屋は要りますよ。ホテルとか飛行機とか、あと風
俗とかも。けど物販店は必要ないでしょう」
僕は北の街を思い出す。
北の街ができて、僕の街がダメになったときのことを思い出す。
北の街には新しいものが何でもあり、僕の街には腐ったものしかなかった。
酷似した状況。
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「お店で買ってよかったって経験、あなたは何もないのですか?」僕は聞く。
「うーん、思い出せないですね。逆にあなたはあるのですか?」隣の眼鏡が聞い
てくる。
「いまの話じゃないんですけど、とゆうかネットはおろか CD もなかった時代の
話ですけど、その頃、高円寺に住んでて、北商店街入ったすぐの二階にある貸レ
コード屋に通ってました。そこの兄ちゃんが絶妙に良い音楽を教えてくれるから
です。僕が借りようとカウンターに持っていった 3 枚のレコードをちらりと見て
『このレーベルが好きなんだ。アンビエント系は外れがないよね。けど僕として
はもうちょっと怪しいの?
ざわざわするの?
それも悪くないって思っててさ。
良かったらこの辺聞いてみなよ』とか言いながら追加で数枚貸し出し袋に入れて
くれる。そこで出会う音楽がいまの僕を作ったと言っても過言ではありません。
これ、リアルなお店のネットにない良さじゃないですかね?」
「そうですか?
アマゾンとかのリコメンド機能と同じと思いますけど」
いや、違う、と思う。
違うと思うが、何がどう違うのか僕には答えることができない。
関連商品を推薦してくれるという事実だけをみればまったく同じ。けれど僕には
同じとは思えない。けれどどこが違うのか答えることができない。モヤモヤした。
そのモヤモヤを抱えたまま僕は僕の街に帰った。
あーくそ!
次の日になっても僕のモヤモヤは消えなかった。こんなモヤモヤしていたら何も
手につかないし、講師の台詞が頭の中で回りまくってるし、勝てないのか?
アル店舗はネットには勝てないのか?
生きる術はもうないのか?
リ
なんてグル
グルしながら店番していた僕の目に一枚の芝居のチラシ。アクション大須を仕掛
けた一人の名前がそこにあった。
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ああ、そうか!
これは天啓だ!
聞けというんだ、商店街を救った偉大な先輩に。
どうして、この街は復活できたのか?
どうして、あのアクションは成功したのか?
チラシに書かれた番号に電話したら本人が出て、そういうことならいまから来な
よ、と想像以上の素早い反応が返ってきて、倒けつ転びつあわあわ指定された場
所に行くと、偉大な先輩は真っ昼間から焼酎のお湯割りを煽っていた。
「なんだよお前、自分で店やっててそんなこともわからないのか」
多少怪しい呂律で、けれど僕の目を真正面から見ながら先輩は僕の質問に答えて
くれた。
「北の街は確かに強かった。この街にないものを全部持っていた。武器だけで考
えたら負け戦だ。じゃあどうするよ?
簡単だろ。人の行く裏に道あり花の山。
北の街ができないことをやればいい。ええか、北の街はお利口さんたちがお行儀
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よく商売をしてる街だ。そんな奴らができないこと。つ、ま、り、バカだよ、バ
カ。バカをやるのさ。金玉もケツの穴も見せるようなバカをやる。徹底的に、余
すところなく、骨の髄まで、おらが街を心から愛するバカをやるのさ。
ええか、そういうバカは伝わるんだ。伝われば人は動いてくれるんだ。動いて助
けてくれるんだ。人をなめるな。バカをなめるな。ま、そうしたバカの成れの果
てはおれみたいなバカでしかないが、バカも悪くないぜ。第一こうして昼から酒
が飲める」
と、僕の街を生き返らせた英雄は、歯をむき出して笑った。
焼酎の匂いが濃く漂ってきた。
カッコよかった。
バカか?
バカだ。
高円寺の二階の貸レコード屋の兄ちゃんはバカだった。
身体のどこを切っても音が流れてくるようなバカだった。
バカか?
バカだ。
僕はそんなこともわからないバカだった。
いつしか僕はこんな単純で大切なことを忘れていたのだ。
ああ、僕は、この街で生まれて良かった
ここで店をやっていて良かった。
死に物狂いでバカになろう。
そう決めた瞬間から、モンキーフリップは三度目の浮上をはじめた。
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