KCSES - 神戸女学院大学

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Newsletter No.28
MARCH 2013
第37回神戸女学院大学英語英文学会(KCSES)大会報告
英文学科長
立石
特別講演
浩一
ジェイン・オースティンと邸宅
英文学科卒業生・大学院生・大学院修了生の研
神戸市外国語大学英米学科教授
究発展および在学生の向学意欲の推進を目的とし
て設立された神戸女学院大学英文学会(KCELS)は、
新野 緑
「地方の村の三つか四つの家族こそ、小説で取
2011年度の第35回大会より名称を神戸女学院大学
り組むのにうってつけです。
」オースティンが姪ア
英語英文学会(KCSES)と改称し、3年目を迎えた。
ンナに書き送ったこの言葉は、彼女の小説世界を
例年通り11月の最終金曜日、30日に午後2時から
典型的に表すものとして、しばしば引用される。
L-28教室で開催された。特別講演とOG・院修了生
の研究発表という2部構成で、今回は英米文学・
「地方の村の家族」とは、
「ジェントリ」と呼ばれ
る裕福な上層中産階級を指し、彼らの住まうカン
文化コースが学会準備を担当した。
トリー・ハウス、つまり田園地帯にある邸宅が小
特別講演は、神戸市外国語大学英米学科教授の
新野
説の主な舞台となる。しかし、オースティン小説
緑先生に、「ジェイン・オースティンと邸
において、カントリー・ハウスは、物語の背景と
宅」という標題でご講演いただいた。
「田舎の邸宅
して存在するのではない。『ノーサンガー・アビ
(カントリー・ハウス)」が、小説の単なる舞台背
ィ』(1818)や『マンスフィールド・パーク』(1814)
景としてではなく、オースティンの時代の地主層、
など、複数の作品が屋敷の名称を表題とすること
ジェントリ階級の象徴として描かれ、屋敷の描写、
は、彼女の小説におけるカントリー・ハウスの重
あるいはその欠如が、当時のジェントリ階級の上
要性を示唆するだろう。代表作を取り上げながら、
流階級としての価値観、輪郭、そしてそれらの喪
田舎の邸宅が作品に持つ意義を探ってみよう。
失を描写する表象になっている事を指摘された。
活発な議論が行われ、大変興味深いご講演であった。
研究発表では、本学卒業生で、現在関西学院
大学大学院文学研究科博士後期課程在学の
江崎
早 苗 氏 よ り 「A Minimalist Approach to
Tough-Construction」
、そして本学大学院文学研究
科英文学専攻博士後期課程在学の姫野
智子氏よ
り「The Ruined Cottage MS BからMS Dへの改訂に
見られる対話の重要性」についてご発表いただい
た。どちらも大変興味深い内容で、質問も活発に
『ノーサンガー・アビィ』は、1790年代をピークに
行われた。
イギリスで流行したゴシック小説を揶揄する作品と
当日までご尽力くださった主幹幹事の溝口先生、
評されている。たしかに、ヒロインのキャサリンがバ
ご参加くださった皆様、及び日頃KCSESをご支援い
ースで出会った青年ヘンリーの館を訪れ、中世の僧院
ただいている会員の皆様に厚く御礼申し上げます。
を改良したその屋敷に愛読するゴシック小説を重ね
て、様々な失態を繰り返すこの物語が、
『ドン・キホ
ーテ』と同じく、過去に流行した文学ジャンルのパロ
ディを企図しているのは明らかだ。しかし、ヘンリー
1
の父親で館の当主のティルニー将軍がもたらした最
サザトンや、エドマンドが赴任する牧師館ソーント
新の「改良」を批判するキャサリンのまなざしは、同
ン・レイシーの「改良」が、登場人物達の熱心な興味
時に、近代消費社会のジェントリ階級への浸透の様を
の対象として詳細に描かれる。しかし、先に見た二作
暴き出してもいる。将軍にゴシック小説の暴君を重ね
品とは異なり、サザトンの屋敷は当主の人格について
るキャサリンの妄想と思われたものが、はるかに洗練
何一つ語らないし、奇妙なことに、肝腎のマンスフィ
された知性や感性を持つヘンリー兄妹でさえ捉える
ールド・パークの館や庭が具体的に描写されることも
ことのできない将軍の本質を明るみに出す皮肉。揶揄
される者と揶揄する者とが一瞬の内に立場を変える
ほとんどない。そこに示されてあるのは、すでに明確
な文化的、社会的意義を失い、輪郭が揺らぎつつある
オースティン特有の瞬間が、屋敷の描写を通して浮き
ジェントリの有りようだ。したがって、以後彼女がジ
彫りになる。
ェントリの凋落をテーマとする作品を書いて行くの
『ノーサンガー・アビィ』に続く『高慢と偏見』(1813)
も当然の成り行きと言える。
は、近隣の屋敷に引っ越して来たビングリーの友人で、
オースティン小説の邸宅は、確かに16世紀からのカ
血筋の良さと莫大な財産を誇るダーシーが、舞踏会で
ントリー・ハウス・ポエムの伝統を引いている。しか
見せた高慢な態度に憤り、彼を忌み嫌っていたヒロイ
し、その屋敷の描写の変遷の過程をたどれば、イギリ
ンのエリザベスが、その歪んだ「第一印象」を是正さ
ス社会の中心をなし、作家自身が属するジェントリ階
れる過程を描く。彼女がダーシーへの偏見を捨て、そ
級とその文化への密かな危機感と、移り行く時代への
の本質を見きわめる物語のクライマックスが、彼の屋
尖鋭な社会感覚をはっきりと読み取ることができる。
敷であるペンバリーをエリザベスが訪問する場面と
なるのは、この物語におけるカントリー・ハウスの重
要性を明らかにする。圧倒的な館の優美さを目の当た
発表要旨
りにしたエリザベスが、
「この屋敷の女主人になるの
も悪くはない」と考えるのは、富や地位に敏感な彼女
A Minimalist Approach to Tough -Construction
キーワード:A/A-bar,Wh - movement, Theta-role
の現金さの表れとされてきた。しかし、彼女の視線を
なぞるように描かれる屋敷の詳細な描写は、彼女の心
を動かしたものの正体を示唆する。屋敷の解読を通し
江崎
て、彼女はそれまで見ることのできなかったダーシー
早苗
関西学院大学大学院文学研究科博士後期課程
の優れた本質に触れたのだ。庭園をも含めた屋敷の在
Tough-Movement (TMov)がtensed S conditionに従う
り方がその当主の精神性を象徴するという設定は、
『ノーサンガー・アビィ』にも通じるが、
「人間観察
か否かの点において個人的方言差が存在する事実と、
家」を自負するエリザベスが、ダーシー本人を直接「見
idiom chunksからのTMovがA-movementと同様の特徴を
る」のではなく、屋敷や肖像画といった表象を間接的
に「読む」ことによってのみその本質を理解するのは、
示すことから、Tough-Construction (TC) はA/A-bar
エリザベスとダーシーの結婚でめでたく幕を閉じる
法の選択には地域的方言差ではなく個人的方言差が存
このシンデレラ物語に、微妙な陰影を与えもするだろ
在することを前提とし、Nanni(1977)とは違う新たな
う。階層にふさわしい教養とマナーとを重んじるジェ
A-movementにおける統語的メカニズムを提案し、その妥
ントリ的価値の維持や継承への危機感が、そこに見て
当性を示した。ここでは、Tough-predicate adjective
とれる。
『ノーサンガー・アビィ』と同じく、屋敷名を表題
にTheta-role の様な意味に関するものをexternal
positionに出す場合とそうではない場合のパラメター
とする『マンスフィールド・パーク』は、准男爵サー・
を設定し、そのパラメターによってTMovが起きる場合と
トマス令夫人となった伯母の館に引き取られた貧し
Expletive (It)が挿入される場合があるとした。このこ
い軍人の娘ファニーが、最終的にその価値を認められ
とにより従来の研究では説明困難なTCにおける統語的
て館の次男エドモンドと結婚、館の将来の後継者とな
特異性を過不足なく説明できTMovとItが挿入される場
ることを暗示される一種の「みにくいアヒルの子」の
物語である。サー・トマスの実の子供たちの道徳的堕
合との違いを説明した。
movementの両方どちらにおいても生成され、
その生成方
落が次々と露呈し、館の秩序の崩壊が明らかになる一
方で、マライアの結婚相手ラッシュワスの屋敷である
2
発表要旨
キャンパスニュース
<2013年4月より就任>
The Ruined Cottage MS BからMS D
への改訂に見られる対話の重要性
姫野
*Goran VAAGE氏が、専任講師として本年4月に
就任されます。
智子
神戸女学院大学大学院文学研究科英文学専攻博士後期課程
国際学会発表
ワーズワスは唯一の戯曲、The Borderersを書き終
*栗栖和孝氏
えた直後の1797年4月に“The Ruined Cottage” (MS
東京、国立国語研究所で開催されたThe 20th
A)に着手した。
“The Ruined Cottage”はその後MS B
Japanese/Korean Linguistics Conference(2012年
(1798年), MS D (1799年), MS E (1814年)と修正が
10 月1-3 日) にて研究発表。“The Phonology of
なされ、MS Eは1814年にThe Excursionの一部となっ
て出版された。更にワーズワスはMS Eに1845年に最
Emphatic Morphology in Japanese Mimetics”
後の修正をするものの、
“The Ruined Cottage”を一
*奥本京子氏
つの独立した作品として認めたのは彼自身ではなく、
中国、西安の陜西師範大学で開催された 中国平和
Jonathan Wordsworth に な り 、 彼 の The Music of
学会第3回大会(2012年4月21-22日)にて研究発表。
Humanity (1969)においてであった。本発表において、
“The Arts-Based Approach in Conflict Transfor-
なぜワーズワスが50箇所近くを変更したのか、その
意図を考察した。その結果、ワーズワスは友人コー
mation: Based on the TRANSCEND Theory”
三重大学環境情報センターで開催された
ルリッジを通してドイツ文学に触れていたことから
International Peace Research Association
ゲーテの詩Der Wandererに大きく影響されていたこ
(2012年11月24-28日)にて研究発表。
“Dynamic
とが明白になった。ゲーテの詩を通してワーズワス
Peace and Art That Reveals and Highlights
は、対話形式の詩を試みたのだ。それは、一方的な
Conflict”
主観性を抑えるべく、他者と対話することで、読者、
ひいては、自然を含む第三者との精神のより根源的
れた中国平和学会第4回大会(2013年1月5-6日)
な部分での繋がりを生むための配慮をしたといえる
にて研究発表。
“Peace to Be Taught and Nurtured:
のではないだろうか。
”The Ruined Cottage” (MS D)
NARPI Project”
中国、ハルビンのハルビン師範大学で開催さ
で加筆された「対話」をとおして、ワーズワスは他者
との心の「対話」を大切にする人間本来の喜びを忘れ
*齋藤安以子氏
た状態を「悲劇」と捉えようとしたことがわかる。
マルタ共和国、コリンシア・サン・ジョージ
ホテルで開催されたPoetics and Linguistics
Association (PALA) (2012年7月6-18日)にて研
英文学科卒業論文・プロジェクトコンテスト
究発表。
“Are You Fair? Are You Honest?: A Study
2008年から卒業論文および卒業プロジェクトの
on a Japanese-English Dictionary Revision
コンテストを開催することとなり、今年度は担当
Project with Bilingual Peers”
教員からの推薦による応募を受けつけた。全体で
は17名の応募があり、2月に英米文学、英語学、グ
tional Association of Performing Language(2012
ローバル・スタディーズ、通訳・翻訳の各部門で選
年8月7-8日)にて研究発表。“Micro Acting for
考が行われた。最優秀賞受賞者、優秀賞受賞者は次
Young EFL Learners in Japanese Elementary
の通り。なお、最優秀者の論文は、
『優秀卒業論文・
Schools”
カナダ、ヴィクトリア大学で開催されたInterna-
プロジェクト集』
(2013年度春刊行予定)
に掲載する。
*高村峰生氏
ベルギー、Université de Louvainで開催され
<個人情報保護のため割愛>
た”Paradoxes of the Threshold”: Literature,
Place and the Environment in the 19th-21th
3
Century Literatures (2012年10月25-26日)にて
<個人情報保護のため割愛>
研究発表。
“Meditated Spatiality and the Post-
会員による出版紹介
human Body in Don Delilo’s Novels”
◇東森勲氏
*田辺希久子氏
『語用論』
(中島信夫編、共著、朝
倉書店、2012年8月刊)
イギリス、University of East Angliaで開催さ
『意味とコンテクスト』(ひつじ意味論講座6)
れたBAJS Conference 2012 (2012年9月6-7日)にて
研究発表。
“A Study on Japanese Translators’ Lived
(澤田治美編、共著、ひつじ書房、2012年11月刊)
Experiences”
◇小杉世氏
He Maramataka Hapanihi(3言語版
CD付、Kaitoro Publishers, 2012年11月刊)
*Yolanda TSUDA氏
◇奥本京子氏
アメリカ、John Jay大学で開催された10th Biennial
John Jay International Conference on Global
『みんながHappyになる方法:関
係をよくする3つの理論』(平和教育アニメーシ
Perspectives on Justice, Security and Human Rights
ョン・プロジェクト編集、共著、平和文化、2012
(2012年6月5-9日)にて研究発表。
“Language Rights as
年2月刊)
Human Rights in a Monocultural Society: A Case Study
『グローバルキャリア教育:グローバル人材の育
of Japan”
成』
(友松篤信編集、共著、ナカニシヤ出版、2012
年3月刊)
*鵜野ひろ子氏
米国、デンバーで開催されたThe Triennial
『平和ワークにおける芸術アプローチの可能
性:ガルトゥングによる朗読劇 Ho’o Pono Pono:
International Conference of the Society for
Pax Pacificaからの考察』(単著、法律文化社、
the Study of American Women Writers(2012年
2012年3月刊)
10月10-14日)にて研究発表。
“The Study of Emily
The Role of Stylistics in
Japan: A Pedagogical Perspective (Language
Dickinson’s Poetry in Japan”
*
◇齋藤安以子氏
田純子氏
and Literature May 201221: 226-244, 共著、
米国、ボストンのSimon Collegeで開催された
SAGE, 2012年5月刊)
Children’s Literature Association (2012 年 6
月13-16日)にて研究発表。
“The Wounded Healer
◇田辺希久子氏
『ケン・ブランチャード リーダ
in a 21th Century‘Hansel and Gretel’: Katherine
ーシップ論[完全版]』
(ケン・ブランチャード他著、共
Paterson’s ‘The Same Stuff as Stars”
中華民国(台湾)、台北市の東呉大学で開催さ
訳、ダイヤモンド社、2012年12月刊)
れ た Taiwan Children’s Literature Research
Association (2012年11月16-17日)にて基調講演。
“Constructed Children as In-between Spaces
by Hyphenated American Writers”
神戸女学院大学英語英文学会
東京、大東文化大学で開催された日本イギリ
会則
(1995年 4月 1日施行)
(2005年 9月22日改訂)
(2010年 3月 2日改訂)
ス児童文学会国際シンポジウム“Research in
Children’s Literature from Asian Perspectives”
(2012年11月24-25日)にてコーディネーター・司
(1) 名称
会を務める。
本学会を神戸女学院大学英語英文学会と称する。
(2) 目的
記念賞
本学会は本学英文学科卒業生および大学院英文学専
2012年度、以下の学生に対して、次の学内の記
攻修了生の学術研究の継続と発展を奨励し、それら
念賞が授与されました。
研究活動の発表と交流をはかり、あわせて在学生の
4
向学研究意欲を推進することを目的とする。
(3) 構成
本学英文学科卒業生、大学院英文学専攻修了生有志
および本学英文学科教員、元英文学科教員を正会員
とする。在学生を準会員とする。
(4) 活動
年一回、英語英文学会大会を開催する。
Newsletterを発行し、会員の活動、英文学科の現況、
本学英語英文学会その他の活動の内容を報告する。
その他。
(5) (a)上記の活動運営のために運営委員会をおく。
(b)運営委員会は、学科長、学科会計委員と、若干名
で構成されるものとする。
内規
I.大会での発表について
(1) 発表希望者は毎年7月1日までに、発表論文の
簡単なレジュメと略歴を添えて、英文学科事
務室まで申し込み、KCSES運営委員会で
審査の上、決定する。
Ⅱ.維持費・参加費について
(1) 在学生を除き学会参加者は参加費500円を学会
当日に納入する。
(2) 英文学科教員は年に500円を維持費として納入
する。
(3) 維持費・参加費の徴収、及び郵送費などの経
費の支出は、学科の会計委員が担当する。
(4) (3)に関しては、KCSES専用の口座を利用
する。
KCSES Newsletter 編集委員
(2012年度運営委員)
編 集
○Shawn BANASICK ○溝口薫 ○立石浩一 (ABC順)
後 記
よりグローバル化した社会の実態を反映させる
KCSES Newsletter No.28
べく、KCSESとして新たなスタートをきって、無事
編集発行 神戸女学院大学英語英文学会
2年が過ぎました。今後とも何卒変わらぬご支援
〒662-8505 西宮市岡田山4-1
の程よろしくお願い申し上げます。
Tel(0798)51-8548 Fax(0798)51-8532
会員消息・出版物のご連絡、ありがとうございま
http://www.kobe-c.ac.jp/english/gakkai/gakkai.html
した。会員の皆様のご協力に感謝申し上げると共に、
2013年3月発行
今後の益々の研究の発展をお祈りいたします。
5