第 28 回心理学講義 資料 「愛着理論 ②」

第 28 回心理学講義
資料
2016.2.11
「愛着理論 ②」
1.愛着とは
(1)愛着とは何か
愛着とは、仏教では愛着は煩悩の一つで、根本的な3つの煩悩のうち貪り(貪:とん)と
いわれるもので、苦しみを生じさせるものとされる。
心理学的には、
「愛着」という概念は、養育者との情緒的な特別な結びつきのことを言い、
乳幼児期の赤ちゃんが心身の健全な成長のために必要な安心・安全を提供するものとする。
この講義では、心理学的概念としての「愛着」についての理論を講義する。
(2)愛着は生物学的な現象
愛着は、人間だけに見られるものではなく、猿などの霊長類や犬、馬などにも見られるも
ので、成長のために組み込まれているものと言える。鳥における刷り込みなどもそうである。
すり‐こみ【刷(り)込み】
生まれたばかりの動物、特に鳥類で多くみられる一種の学習。目の前を動く
物体を親として覚え込み、以後それに追従して、一生愛着を示す現象。動
物学者ローレンツが初めて発表した。刻印づけ。インプリンティング。
(デジタル大辞泉より)
観察実験で、出産直後1時間以内の赤ちゃんでも、単純な絵よりも、人間の顔の絵の方を
目で追う傾向があることがわかっている。また、他の音よりも、人間の声に耳を傾けるとい
うことも実験結果でわかっている。
人間は、赤ちゃんから子ども時代・思春期をへて大人になっていくが、赤ちゃんは自分で
は何一つできない。すべてを面倒見てくれる人がいなければ生きていけない存在だ。愛着は
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そうした面倒を見る人と赤ちゃんとの間で形成されるものである。
愛着は、生物として成長し生存していくためには必要で、個体の生存と種の保存のために
は必要であると「愛着理論」ではいう。
(3)愛着は母子の相互関係
赤ちゃんは自分の欲求に応えてくれる母親の存在があればこそ成長していくことができ
る。適切な世話は母親が赤ちゃんを可愛いと思い愛着していくことでうまくできるようにな
る。
乳児が相手の顔を見つめ微笑み、声を出す「天使の微笑み」とも言われるものがあり、ど
んな人でも赤ちゃんのその微笑みを見ると可愛いと思い愛着を誘う。そうして母親の愛着が
芽生え、愛情深い親身な世話の原動力になる。愛情深い親身な世話によって、赤ちゃんも母
親に愛着するようになる。このように愛着は母子の相互関係で成立する。
自分の欲求に対して応えてくれる対象に愛着が作られると、子どもは愛着の対象とそれ以
外の存在をはっきり区別し、愛着対象だけを追い求めるようになっていく。そして、世話を
されるのが愛着対象でなければ子どもは十分に満足しなくなる。
この乳幼児期の愛着の仕方がその後の対人関係をはじめ、ストレスや困難にぶつかったと
きの処し方に影響するということがわかってきている。
2.愛着形成に必要なもの
(1)アカゲザルの実験からわかること
前回の講義で、アカゲザルの実験をご紹介したが、それに引き続き行われた実験について
みてみる。
前回ご紹介したのは、以下のような実験である。
アカゲザルの実験とは、代理母として、哺乳瓶をつけた針金製の母ザルと、哺乳瓶をつけ
てない柔らかい布製の母ザルを作り、子ザルの行動を研究したものである。
子ザルは、空腹を満たせる針金製の母ザルよりも空腹は満たせないが、柔らかい肌触りの
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母ザルと過ごす時間が圧倒的に多く、不安や恐怖を感じる場面では、柔らかい感触の母ザル
にしがみつくことが確認された。このことで、心地よい身体接触(スキンシップ)が重要な
意味を持つことがわかる。
この実験の前に実験室で、子ザルたちを1匹ずつ区分けして、栄養や感染症に気をつけて
育てていた。そうして育てられていた子ザルたちの様子はおかしかった。生気がなく、陰気
で好奇心にも欠け、ぼんやりとして、体を揺すり続けたりした。また、大人のサルと一緒に
されることに拒絶反応を起こした。
このことから、前回紹介した実験が行われ、心地よい身体接触(スキンシップ)が愛着形
成に重要な意味を持つことがわかったのであるが、その後、愛着形成に必要なものがそれだ
けでないこともわかった。
(2)決定的に必要な要素「応答」
布の柔らかい母ザルに育てられた子ザルにも異常がみられたのである。外界に対して無関
心で、非社交的で他に対する不安が強かった。
では、何が欠けていたのだろうか。それは、活発な応答性だった。
泣けばすぐにそれに応え、話しかけたり、見つめ直したりなど、赤ちゃんの反応に対して
丁寧に応答してやることである。布の母ザルでは、柔らかな心地よい感触はあっても応答は
してくれない。
そこで、布の母ザルを天井からぶら下げて揺れて動くようにした。子ザルが抱きつけば動
くようにしたのである。それだけのことで、非社交的な無関心さや自傷行為などの子ザルの
異常な行動はなくなり、活発さ、好奇心が出てきた。
さらに、子ザルを雌犬と一緒に飼ったところ、子ザルたちの生育は、吊されて動く布の母
ザルと育つよりも良かった。特に社会性の発達はたいへんよかったということがわかった。
犬は本当の母ザルほど世話ができなくても、吊されて動く母ザルに比べこれだけ発達に効果
があるのである。犬も子ザルが泣けば舐めたりして、動く布の母ザルよりも応答性は高くな
ることがその効果なのだろう。また、スキンシップのときに生きものの体温・温もりを感じ
ることができるという点も重要なのだろうと思われる。
人間でも活発な応答が必要なことは、実証されている。前回の講義で紹介した、気むずか
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しいという素質を持つ赤ちゃんによる実験などがそうある。
そして、このしっかりとした応答が、自分を見守っていてくれるという安心感を生み(=
基本的信頼感および基本的安心感の形成)、愛着の対象を「安全基地」としてその後の成長
が促される。
3.愛着に問題を抱える人の特徴
(1)自己否定的
卑屈、
親から愛されない(しっかりした応答や世話を受けなかった)
→ 自分には価値がないと感じてしまう。
(2)
「よい子」を演じる
親から愛されない → どうしたら愛されるか → 親の気に入る「よい子」になる
認められるために頑張りすぎる。自分の本来の感情を抑えて気に入られようとする。
(3)完璧を求める(「全か無か」、こだわりが強い)
完璧であることで親に認められるので。
完璧でないと自分の価値を感じられない。
(4)安心感がない
しっかりと応答をしてもらえなかったことで、見守ってもらっているという安心感
が得られず「基本的安心感」が形成されなかったことによる。
(5)傷つきやすく、ものごとを否定的に受け取る
愛されないことで自己否定的になり、こんな私に対して人が好意を持って接してく
れるわけがないという思いが、人の自分に対する反応を否定的なものと捉え、傷つく。
4.愛着をうまく形成できない親(養育者)の類型
(1)不安定な親
母親自身も自分の親との愛着が不完全で不安定な愛着スタイルである。
①愚痴、人の悪口・批判を子どもにはき出す
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傷つけられたことを愚痴、悪口、批判として子どもに聞かせる。聞かされた子ども
は、その批判の対象に対して「お母さんを傷つけたひどい人だ」という認識とともに
怒りを生じさせる。
その対象が父親や祖父母などの場合、父親、祖父母に感じている子どもの愛情を歪
めてしまい、素直に愛せなくなる。子どもが苦しむことになる。
そして、その対象だけでなく、人間というものに対して否定的な感情を持ってしま
うことにもなる。
②依存の強い母親
「女は弱いが、母は強し」という言葉があるように、母性は優しさがその特徴であ
るが、弱いだけでなく強さも兼ね備えている。
しかし、強さのない、依存が強く、主体性がなく、決断力のない母親もいる。その
場合、父親に依存し従属する。このような父親は横暴な人であることが多い。母親は
従属はしているが心からそれを従っている部分ばかりではないので、愚痴も出る。上
記の①にも通じる。
このような親の元で育つと、子どもは自分が父親に従わないと母親を困らせること
になると思い、それを避けるようになる。そうすると、家庭内だけでなく、外でも自
己主張できない、相手に合わせてしまうという性格になってゆく。人の気持ちを察知
して相手を嫌な思いにさせないように自分を抑えてしまう。
(2)自己愛の強い母親
自己愛が強いというのは、母性が弱い、あるいは欠如しているということが言える。
母性とは、自己犠牲を厭わない面がある。赤ん坊が夜中に泣いても、おむつを替えた
り、お乳を飲ませたりと世話を行う。
しかし、自己愛が強いと、自分が一番可愛いので、子どもの世話を疎ましく思ってし
まう。そうすると当然、しっかりと子どもの状態に合わせて応えてやることができず、
子どもとの間に愛着形成がされにくくなる。
①自分を内省できない
自己愛が強いということは、自己中心だということで、自分の気持ちや自分の都合し
か考えない。子どもの気持ちを理解できない。
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自分を内省できないので、自分がいかに自分勝手で、子どもの気持ちを考えていない
かがわからない。
②自分の好みの子しか可愛がらない
自分が可愛いので、自分を満足させない好みでない子どもを可愛がることがない。
例えば、女の子が欲しかったのに、男の子だった(その逆もある)という場合、自分
の好んだ存在でないので、親身な世話はしない。
また、自分の言いなりになる子は愛するが、そうでない自分の意志を持った子は愛さ
ないということもある。言いなりになる子は母親お気に入りのお人形さんという感じだ。
このような子は自分ひとりではなにもできず、意志が育たず、無力感、自己否定観も強
まることになる。
このように自己愛的な母親に愛された子は、甘やかされ自立心が育たず、思春期にな
って苦労することになる。
「資料」
:ユングのいう現代人の母性の欠如
深層心理学者のユングは現代人の母性の欠如について著作のなかで述べている。
自然とのふれあいがなくなってしまったことで、深い情動的なエネルギーも失ってし
まった。大地の母なる深い意味合いを失った、ということを述べている。
(『人間と象徴 上』 C.G.ユング著
河合隼雄監訳 河出書房新社 参考)
(3)生真面目な母親
母性というものは、本来、寛容さ、大きい許容力というものを備えている。それゆえに、
子育てという忍耐を要する仕事もできる。しかし、生真面目な親の場合、得てしてそれが
足らないこともある。
①潔癖な親
規則やルール、こうあるべきであるという価値観を押しつける潔癖な親の場合、子ども
は親の厳しい枠から外れることができず、心とは裏腹に「よい子」を演じる。しかし、思
春期になるとそれまで鬱積していた不満が爆発して極端な反抗的態度をとって、親を慌て
させることもある。
「あんなにいい子だったのに、どうしたの」と。
一方、このように「よい子」を演じることなく、小さいころから親に逆らう「悪い子」
になっていく場合もある。
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また、完全主義、「こうあるべき」という潔癖性の親は、自分の意に沿わない子どもに
対して虐待に走るケースにもなる可能性が高い。
②頑張る親
仕事もこなし、子育てもそつなく行っている頑張っている母親。もちろん、それが悪い
わけではない。
「しっかりしたお母さん」、自立した母親は子どもに安心感を与えるが、自分がしっか
りしている分、子どもにも厳しい面がある場合がある。そして上記①のようになる。
頑張っている分、ストレスが溜まりやすいということはあるだろう。そうしたときに、
つい子どもに厳し過ぎることもある。
ありきたりだが、このような例を考えると、子育てというのはつくづく難しいものだと
認識させられる。
5.問題ある愛着の克服
愛着に障害があるということは、成長、自立できていないということである。
そこで、成長し直すということが、その克服につながる。 そのためには、自分の生き
にくさの問題が愛着の問題であることに自覚が必要である。その自覚のもとに以下のよう
なことに取り組んでいく。
(1)反抗期のやり直し
愛着に問題がある場合、
「反抗期がなかった」という人が多い。
「よい子」として振る
まい反抗期がなかった。反抗期は親から自立して行くためには必要なプロセスである。
ため込んでいる親に対する不満、批判をし、反抗することで、成長し、親との関係を
修復していく。この場合、親もそれを受け止めていくことが、必要だ。親が受け止めて
いくことで、親子ともに変化し、成長していける。
(2)甘え直し
幼児返りをして、甘えることで回復していく。これも親が受け止めて行くことが必要
だ。それができれば、ある時点で自然に子どもは幼児状態から抜け出し、成長していく。
(3)親から適度な距離をとる。
上記の(1)(2)のように親が受け止める場合はいいが、それができない親の場合
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は、親の支配から抜け出すために距離をとることが望ましい。
(4)親もしくは親代わりが安全基地となり、愛着の傷を癒やす
親自身が改善努力をして安全基地となる。もしくは、安全基地となってくれる第三者
が存在することによって回復していく。しかし、これは一生面倒をみていく覚悟がなけ
ればできることではない。現実問題として、そこまでの覚悟を持って関わっていける人
は多くはいないと思われる。
(5)自分が誰かの親代わりになる
自分が得られなかったものを他の親代わりになることで、それを与えることで、自分
の傷を乗り越えていく。
はじめから親代わりが難しい場合は、仕事で他を育み援助する仕事をすることで、少
しずつ癒やしていくこともできる。
愛情を注ぐことで、与えることで、愛着の回復が得られるということである。
また、部下がいれば部下に対して共感に基づいた反応をして育てていくことを行う。
これは人間でなくてもペットでも育てることで他を慈しむという特性を得ることが
でき、少しずつ回復していくことにもなる。
(6)自分が自分の親となる
親や親代わりを期待することができない場合、自分が自分の親になるということで改
善されていく。
不安定な愛着による欲求や行動は、言い換えると「内なる子ども」の欲求・行動と考え
る事ができる。すねたり、不安になってしがみついたり、子どものようなものである。
その内なる子どもに対して、その子が欲していることに感受性、共感をもって応答する。
まるで感受性、応答性を備えた母親が子どもに対するように。共感的反応をしていくこと
によって、自分のなかに共感や反応する心が育ち、安定した状態になっていく。
これは、イメージのなかで内なる子どもにその子が欲していることをしてあげるという
ヒプノ・セラピー(催眠療法)のなかにあるやり方と類似している。
自分が内なる子どもを受け入れることで、自分を受け入れることができるようになる。
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自己を肯定できるようになっていく。愛着障害というのは、自己を受け入れられないこと
が大きなポイントであるから、この点は重要である。
自己否定的で自己の価値を感じられないということは、自分は好かれるわけがない、愛
されるわけがない、誉められるわけがない、認められるわけがないという思いになり、見
捨てられるのではという不安、あるいは、他と関わることは自分が傷つくから回避しよう
という方向へ向かうことになる。
それは養育のなかで愛情こもった反応をしてもらえないことで、自分を受け入れてもらっ
ている感覚が育たず、自分には価値がないという自己を否定する気持ちになっていった結果
である。
自分の親になるということは、そのように受け入れてもらえなかった自分を受け入れ、
作業を行うことで、そこには「受け入れられる自分(内なる子ども)」と「受け入れる自
分(今の大人の自分)
」がある。
これは、受け入れられなかったということの癒やし(修復)と、自他を受け入れること
ができるようになるということの修復が同時に起こるということになる。
6.愛着の問題は母親の問題か?
愛着の問題は母親の責任であるという短絡した見方をしないことは重要だ。
親自身も愛着に問題を抱えていて、それが子どもに連鎖していることも多い。
親もその親との関わりのなかで問題を抱えてきているので、単純に親の責任にはできない。
また、愛着の形成は、遺伝か養育環境かということで、遺伝が25%
環境が75%と
いう研究結果がある。ただ、愛着形成は相互関係なので、同じ母親であっても子どもの素
質によって結果は変わってくる。
親の育てられ方に影響されやすい子とされにくい子がいる。
不安の強い遺伝子タイプを持つ子は、そうでない子により、親の育て方に敏感に影響を受
ける。そして、日本人を含むアジア系の子どもと白人の子どもでは、親の育てられ方に影響
されやすい子の割合に違いがある。
アジア系の子どもは3分の2が育てられ方に影響されやすい子で、白人では4割がそうで
あった。
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このことから考えると、アジア人種は母親の責任の負担が大きいと言える。日本の母親は
白人種の母親よりたいへんであると言える。
他にも社会的要因など検討すればあると思われるが、その点については、またの機会に譲
りたい。
【参考文献】
『愛着崩壊』 岡田尊司著
角川学芸出版
『愛着障害』 岡田尊司著
光文社
『ポジティブ心理学入門』 クリストファーピーターソン著 宇野カオリ翻訳 春秋社
『母という病』 岡田尊司著 ポプラ新書
『人間アレルギー』 岡田尊司著 新潮社
『人間と象徴 無意識の世界 上』 C.G.ユング著
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河合隼雄監訳 河出書房新社