インダストリアルデザイナーと意匠権

意匠制度研究
インダストリアルデザイナーと意匠権
Office CWs 代表 インダストリアルデザイナー (一社)日本デザイン保護協会 意匠研究会 会員 堀越敏晴
はじめに
り、それは職能呼称の変遷に見ることが出来る。
20世紀に生まれたインダストリアルデザイナーと
まず、戦後間もなくから、意匠、図案家からの決
いう職能と、彼らが生み出すデザイン創作物につい
別の意味を込めた“工業デザイナー”に。次いで高
て、21世紀は産業構造が劇的に変化し、インダスト
度成長期、自動車、家電をはじめ、ほとんどの大手
リアルデザイナーの活動領域も多岐にわたるように
消費財製造業が社内にデザイナーを抱えた時代の
なったが、そのデザイン創作物の権利と保護の在り
“インダストリアルデザイナー”。1980年代頃は、企
方についてどのような課題があるのだろうか。
業内デザイナーを経験後に独立したフリーランスデ
本稿では、創作者の立場から考えていることをま
ザイナーが増え始め、中小企業や地域の伝統産業へ
とめ、
(一社)日本デザイン保護協会の意匠研究会
のデザイン導入に目を向け、大量生産品のデザイン
にて発表の機会を得たが、その際いただいた意見な
ばかりでなく、少量生産品のデザインも手掛けてい
どを参考に加筆修正したものである。
る意味を込めた“プロダクトデザイナー”との呼称
も生まれた。そして、産業のサービス化を視野に入
Ⅰ.イ ンダストリアルデザイナーの意識
と立ち位置変化
れ、インダストリアルを“工業”ではなく“産業”
20世紀は、大量生産を可能にする標準化、設計を
への回帰である。
含むインダストリアルデザイン技術と大量販売を可
市場も大型量販店に代表される大量販売システム
能にするマーケティング技術の結合により、世界規
は、情報化の進展と共に成熟を迎えた社会の中で伸
模の生産と販売が可能になった。特許、意匠、商標
び悩み、大手メーカーによる「買い替えませんか」、
と読み替えた“インダストリアル(産業)デザイナー”
など産業財産権に関わる法律は、産業上の利用によ
「もう一ついかが」、というマーケティング手法の洗
り産業の発展に寄与するという目的通り大きな役割
練をもってしても20世紀型流通業は衰退した。メー
を果たした。
カーは、既存の流通に頼らない新たな販売チャネ
の拡がりによる大企
ル*2 探しに向かわざるを得ず、20世紀初頭、産業
業の高効率化、国際化により、生み出される製品は
革命の各国への伝播とともに、その産品の販路開拓
技術的にも価格的にも成熟を迎えた。同時に安価な
のために博覧会、展示会が盛んだった時代と同じく、
パソコンとソフトウェアの進化によりIT技術は大
再び、展示会、見本市で新たなバイヤーを探す時代
衆化、情報が溢れる社会へと変化し、大企業が独占
となった。それからは、千葉の幕張メッセやお台場
してきた大量生産、大量販売という20世紀型の生産
の東京ビッグサイトでは、年間を通じひきも切らず
販売モデルには退潮の兆しが見え、代わって、サー
様々な展示会が開催されている。
21世紀に入ると、IT革命
*1
ビス化、多次産業へという流れになっている。産業
とは切り離せない関係にあるインダストリアルデザ
イナーの意識と立ち位置も幾度か変化してきてお
*1 IT革命:コンピューターやインターネットなど情報技術
(Information Technology)の発展、普及に伴う社会の急激
な変化。
DESIGNPROTECT 2015 No.108 Vol.28-4
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