8.「アラブの春」と近代性 1.「アラブの春」の統一性と多様性 2.近代化と西欧化 3.アラブ世界の世俗化 4.「アラブの春」にみる伝統と近代 5.イスラム化とイスラム主義 6.「アラブの春」以後の課題 7.アラブは「近代」を克服できるか 1.「アラブの春」の統一性と多様性 「アラブの春」の当初における特徴 • イデオロギー性の欠如 • 若者が主導 • インフォーマルな手段による情報伝達 「アラブの春」の現時点(2013年10月)における特徴 • イスラム勢力の台頭 • 若者の孤立化 • 国内世論の分裂 • アラブ諸国内の分裂 2.近代化と西欧化 • 日本についてですが、日本は近代性の観念をヨーロッパの独占か ら救い出した国ですから、日本もしくは日本的観点はこの論争の 中で重要な役割を果たします。ヨーロッパからは、日本という国は 常軌を逸脱した存在と見られていました。日本の発展への努力は、 一時は憫笑を誘ったものです。日本は・・・あくまでも外の国として 扱われました。現在、現段階においては・・・日本の近代性に異議 を唱えようとするものは誰一人いないでしょう。日本の近代性は単 なる西洋化にすぎないと言う者はいないでしょう。誰にとっても、日 本は近代的でしかも日本的であるというのは明らかです。日本は 日本のままであっても、なおかつ日本の民主主義的制度機構が 存在すること、日本の科学技術能力の優れていることに、異議を 唱える者はだれもいないでしょう。 (エマニュエル・トッド/ユセフ・クルバージュ『文明の接近:「イスラーム vs 西 洋」の虚構』藤原書店、2008年、2頁) 3.アラブ世界の世俗化 タラル・アサドの「世俗化」論 『宗教の系譜』(2004年)、『世俗の形成』(2006年) • アサドは「世俗化」と「世俗主義」を区別する。彼は、いかなる国家や社会 といえどもそれを受けざるを得ない近代の時代状況を「世俗化」と呼んだ。 それは、近代の国民国家形成に付随して生じる、社会生活における「私」 と「公」の関係の見直しのことである • この近代の「世俗化」の過程を推進したのは、世俗主義である。これは、 近代欧米社会に出現した、「私」と「公」の分離というプログラムを主張す る政治的主義主張、つまりイデオロギーである。 • 「世俗化」は、近代が経過する過程で、ヨーロッパで長い時を経てさまざ まな概念、実践、感性が集合して進行した社会変革の一つである。そし て、それを政治的教理として理論化したのが世俗主義である。 • したがって、「世俗化」は「世俗主義」に先行していた。それにもかかわら ず、順序を逆にして、「世俗化」を「世俗主義」に基づく社会変革の過程と 考えるところから、多くの混乱と誤解が生じることになる。その典型が、 「世俗」と「宗教」を対立的に捉え、イスラム世界をその原理において「世 俗化」を否定する世界であるとするものである。 • これはアサドによれば、「世俗化」と「世俗主義」の混同である。というもの、 「国民国家」という理念はヨーロッパで形成されたとしても、それはヨー ロッパ勢力の地球規模での拡大によって、非ヨーロッパ世界においても それを受容せざるを得ないからである。それが時代状況というものであり、 この時代状況では、イスラム世界にあっても「世俗化」の過程、すなわち 社会生活における「私」と「公」の関係の見直しは進んでいる。 • もちろん、それはヨーロッパの「世俗化」の過程とは性格とスピードにおい て異なっている。イスラム文明の伝統を持つイスラム世界がヨーロッパと 同じ過程で「世俗化」を歩むはずはない。しかし、それでも、「私」と「公」の 分離というスローガンのもとではないものの、イスラム世界において「私」 と「公」の関係の見直しは確実に進んでいる。重要なのは、ヨーロッパを 「世俗」、イスラム世界を「宗教」と対立的に捉えるのではなく、ヨーロッパ とイスラム世界との差異を、同じ「世俗化」過程にある「私」と「公」の関係 の差異として分析することである。 国民国家形成における地中海の北と南の同時進行 • ヨーロッパの19世紀は、現在のヨーロッパ政治体制の基礎が固まった時 期であった。そのなかで、現在のヨーロッパ諸国家が形成されていく。こ の過程で核となった理念はナショナリズムであるが、ナショナリズムに基 づく国民国家建設は、当時のヨーロッパでもいまだ過渡期にあった。 • イタリアのリソルジメント(イタリア統一運動)の終結が1861年、プロイセン を中心にドイツ帝国という形でドイツが統一されたのが1871年。なお、日 本の王政復古は1868年である。 • この点において、地中海の北と南とで、基本的な政治状況の違いはな かった。地中海の南、オスマン帝国領においても、同じ政治過程が展開 していたからである。国民国家というと、まずヨーロッパに成立し、次いで それが非ヨーロッパ世界に伝播したと考えられがちであるが、現実には、 国民国家の形成は地中海の北と南で同時並行的に進行していた。 • つまり、こと国民国家の建設という次元でみるかぎり、当時、ヨーロッパと イスラム世界はともにナショナリズムに基づく国民国家への道を歩んでお り、国民国家の建設において、ヨーロッパがイスラム世界に対して圧倒的 に先行していたわけではない。そのため、国民国家建設の施策において、 イスラム世界がヨーロッパに先んじる状況も生まれていた。エジプトはそ の典型である。 6 4.「アラブの春」にみる伝統と近代 アラブ社会の「私」と「公」 • 「アラブの春」における情報の伝達については、ソーシャルメディアの重 要な役割が指摘されてきた。 • しかし、こうした具体的な情報伝達手段の議論を超えて、アラブ社会での 公共空間の形成の在り方に注意を向ける必要がある。この点において 忘れてはならないのは、金曜礼拝である。週に一度は金曜日にイスラム 教徒がモスクに集まるという生活パターン以上に、人びとを集会にいざな うメッセージはない。 • イスラム社会には「公的空間」がないといわれることがある。しかし、それ は近代ヨーロッパ的な意味においてであって、イスラム社会ではモスクこ そ公的空間であった。民衆の政治運動を恐れる政権にとって、これほど 厄介なものはないであろう。「アラブの春」のリーダーたちはこの点をよく 理解し、この「公的空間」を最大限に利用した。 • また、情報伝達の方法は「伝統的」であるが、その伝達手段は「近代 的」な情報伝達の在り方にも注目する必要がある。有名なイスラム法学 者(ウラマー)の意見(ファトワ―)と新聞やテレビの人生相談との接合、 新聞やテレビ、さらにはインターネットのウェブサイトを使った民間伝道師 や俗人説教師などである。 7 • エジプトで革命後に政権を担うことになったムスリム同胞団は独自のテレ ビチャンネルをもっていた。このようなメディアを使っての伝道は、第二次 世界大戦後のアメリカにおけるプロテスタント教団では当たり前のことで あった。現在、イスラム世界では、同じことが起こっている。 • そして、それらの演説や説教のなかで多用されたのが、アドルとズルム に象徴されるイスラム的な含意を帯びた用語である。アドルは正義、ズル ムはその対語として不正を意味するが、ともに神と結びついたイスラムの 価値観、社会観を示し、為政者の正当性を糾弾する言葉として使われた。 • このように、イスラムが前面に出なくても、住民のマジョリティがイスラム 教徒であるアラブ世界では、政治行動といえども、日常生活にはめ込ま れたイスラム的行事のなかで展開していく。このことが、「アラブの春」が アラブ世界を超えてイスラム世界に及んだことを一部説明する。 • しかし、このことは同時に、「アラブの春」がアラブ・イスラム諸国にインパ クトを与えたほどには、その他の国に影響を与えなかったことの理由でも あろう。アドルとズルムのような言葉は「伝統」に根差しているがゆえに大 きな感情を引き起こすが、と同時に、それが「伝統」と結びついているが ゆえに、異なる伝統を持つ社会ではその含意は理解されづらい。 5.イスラム化とイスラム主義 • 出来事というものは、われわれには何よりもまず、社会シス テムにおいても社会学の精神構造においても不意に出現す る情報として考えられるべきであると思われる。・・・出来事= 情報というものは、まさしく、構造の性質とシステムの機能を 理解させてくれるもの、すなわち情報の統合(または拒絶)調 整プロセス、言い換えればシステムのなかにもたらされるに せよ、システムによってもたらされるにせよ、修正の統合(ま たは拒絶)調節プロセスを理解させてくれるものにほかなら ない。生物学的アナロジーを用いるのを許していただけるな ら、出来事とは、ストレスであり、不調である。そしてこれは、 抑圧や取消によるにせよ、統合と進化、すなわち修正と変化 によるにせよ、生物体内部の均衡回復プロセスを始動させる のである。 (エドガール・モラン『出来事と危機の社会学』 1990 :210-11頁) 6.「アラブの春」以後の課題 「アラブの春」の何が新しいか? • 国内的、域内的に見た新しさはともかく、世界史的、国際的 にみて、「アラブの春」は何が新しく、何がこれまでになかっ た政治運動なのか? (1)「民主化革命」か (2)「情報革命」か (3)「若者革命」か (4)「民衆革命」か cf. イラン・イスラム革命 • これらを複合させ、「アラブの春」を新しい政治運動とさせて いるのが、世界のグローバル化という現代の時代状況 7.アラブは「近代」を克服できるか 1.アラブ諸国体制の桎梏 • 弱小国家の集合体 • 国内・地域・国際政治のすくみ合い 2.多様な社会集団の共存と国民国家との間の齟齬 • 住民の複合的な帰属意識と伸び縮みする「地域」 3.伝統と「近代性」との格闘 • 試金石としてのマイノリティ問題
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