A.5.2 遺伝子組み換え作物

A5.2
アメリカにいる多くの人は、自分たちが 1990 年代半ば以来、遺伝子組み換え食物を摂取
していることに気付いていない。アメリカのスーパーマーケットの棚に並べられている加工食
品〔例えばピザ・チップス・クッキー・アイスクリーム・サラダ用ドレッシング・そしてベーキング
パウダーなど〕のうち、その 60%以上が遺伝子組み換え大豆、トウモロコシ、カノーラからの
成分を含む。ここ 10 年かそこらで、加工食品に入り込んだバイオテクノロジー植物は、温室
育ちの変なものから巨大な規模(13 カ国、1 億 3000 万エーカー)で栽培された農作物へと飛
躍した。遺伝子組み換え農作物を栽培しているアメリカの農地面積は、1996 年の 360 万エ
ーカーから、2001 年には 8820 万エーカーまで、およそ 25 倍に増加した。
遺伝子組み換えそのものは決して新しい物ではない。人類は千年にわたって、最良の農
作物の種を保存して、翌年植えたり、より甘くし、大きくし、長持ちさせるために、様々なもの
を栽培、後輩しながら、植物の遺伝的組成を変化させてきた。このようにして、野生のトマト
はおはじきサイズのものから今日のような大きくてみずみずしく、真っ赤なものへと形質を変
えてきたのである。まさにここ数十年、植物の育種家は伝統的な技術を使って様々な小麦
や米を作り、高い穀物生産高を実現した。また、放射線照射や突然変異誘発化学物質によ
り、数百に及ぶ新しい変異体を作製してきた。
だが、遺伝子工学の技術は新しく、従来の育種とは全く異なるものである。伝統的な育種
家は遺伝的組成が似ている近縁の植物を交配する。そうすることで、数万に及ぶ役割不明
の遺伝子を移動させるのである。一方、今日の遺伝子工学は一度にほんの数個の遺伝子
だけ、遠縁の、あるいは全く関係ない種に移動させることができる。レタスにラットの遺伝子
を移して、ビタミン C を産生するようにしたり、アカスジシンジュサンのスプライシング遺伝子
をリンゴに移して、リンゴや洋なしに害を与える細菌症から保護したりする。目的は同じだ。
すなわち、目的の特徴を持つドナー体からその特徴を持っていない個体へ 1 つあるいは複
数の遺伝子を挿入するのである。
「食品供給のどこにでもリスクはつきものだ」と植物生化学者の DellaPenna は指摘してい
る。バイテク産物の先頭に立つ開発会社のスポークスマンの Eric Sachs によると「ピーナッ
ツアレルギーにより毎年 100 人近く亡くなっている。遺伝子組み換え食物について、厳密な
検査を行うことによってリスクを最小化する。」「遺伝子組み換え作物は我々が食べている他
のどんなものよりも多くの試験を経る。潜在的な毒性やアレルゲンなどをスクリーニングす
る。また、栄養価やタンパク量、他の化学物質量を調べて、遺伝子組み換え植物がこれまで
の植物とほぼ変わらないことを調べている。」
1990 年代半ば、バイテク企業はブラジル豆の遺伝子を大豆に組み込む計画を開始した。
そこで選ばれたブラジル豆の遺伝子は、ある必須アミノ酸に富むタンパク質を作るものであ
る。その目的は、飼料用により栄養価の高い大豆を作ることだった。ブラジル豆はアレルゲ
ンを含むことが知られているので、この企業はまた、ヒトが産物に対してどう反応するか、遺
伝子組み換え大豆が偶然にもヒトの食料に入り込んだ場合を想定して、検査を行った。検査
の結果、ヒトが組み換え大豆に反応することが分かった際、計画は破棄された。
これを、遺伝子組み換え食物についての検査がうまく機能していることを示す適例だ、と
する人がいる。だが、科学者や消費者グループの中には、アレルゲンや他の危険物質がセ
ーフティーネットをすり抜けるのでは、という恐れを抱く者がいた。科学者たちは、ブラジル豆
に含まれているタンパク質の中には、ヒトのアレルギー反応を引き起こすものがあること、ま
たこのようなアレルギー性タンパク質をいかに検査するか、といったことを知っている。しか
し、従来の方法で作り出された新しい食物でも起こりうるように、アレルギーを引き起こす可
能性のある新規のタンパク質が組み換え食物で生じ、検出されずに流通する可能性があ
る。
遺伝子組み換え作物に関する安全性の問題のうち主たるものは、ヒトではなく環境に関
するものである。「本当のデータを持つ前に種が拡散したら、呼び返すことはできない」植物
生態学者の Alison Snow は述べている。Snow は「遺伝子流出」に関する研究で有名である。
遺伝子流出とは、花粉や種を介してある植物集団から別の集団に遺伝子が移動することを
いう。
多くの生態学者は、バイテク植物に関して最も被害の大きい環境的影響は遺伝子流出で
あろうと考えている。害虫や病気、過酷な生育環境に対する耐性を生み出す遺伝子を導入
した場合、競争における利点を雑草にもたらし、その結果、雑草が生い茂ることになるので
はないだろうか?「花粉が風やハチといった受粉を媒介するものにより運ばれた場合は常に
食物から雑草へ遺伝子は流出する。」と Snow は述べる。「導入された遺伝子が組み換え作
物から近縁種へと飛び移ることは間違いない。」だが遺伝子流出は通常、近縁種間でしかな
されないため、また、多くのアメリカ産作物は近くで近縁種を育てていないため、遺伝子流出
により問題を抱えた雑草が生み出されることは極めて考えにくい。
それでもなお Snow は述べる。「極めて可能性の低い事柄であっても、食用作物が数千エ
ーカーに及んで植え付けられていることを考えれば、それは起こりうることだろう。」また発展
途上国では、主要な作物は近縁種と近いところに植え付けられていることがしばしばあるた
め、導入された遺伝子が流出する危険性はより高い。超雑草が現れたということはないが、
Snow はそれが時間の問題かもしれないと考えている。
「地球上の 80 億ものヒトが栄養不良に苦しんでいる。そしてその数は増え続けている。」と
農学者の Channapatna Prakash は述べる。遺伝子組み換え作物は食物不足と飢餓という喫
緊の問題に対処する上で大いに役立つだろうと Prakash はじめ多くの科学者は考えている。
遺伝子組み換え作物により収穫は増え、病害虫や病気に耐性を持つ作物種が作られ、干
ばつや痩せた土地、過剰な塩分に悩まされている土地など、通常は農業に向かない土地で
作物を栽培する方法がもたらされるのである。「この技術は極めて有用性が高い。そして生
産者にとっても扱いやすい。なぜなら、それは種に組み込まれているからだ。生産者は単に
種を蒔き、種は植物に新しい特徴をもたらす」と Prakash は説明する。
遺伝子組み換えを批判する者は、飢餓や栄養不足の解決法は既存の食料供給を再分配
することにある、と主張する。多国籍企業が重要なバイオテクノロジー技術や遺伝子情報に
ついて所有権を持っているため、公的部門がこの技術を使って自給農家のニーズに応えよ
うと努力しても、それが無効化してしまうと考えている人もいる。批判的な人々はまた、投資
が十分に見返りを生まないという理由で、大企業が自給農家のために、育種技術を発展さ
せるための十分な投資をしていない、とも指摘する。
Prakash は、世界には十分な食物がある、との主張に同意している。「だが、食料の再分
配など、なされそうにもない」と述べている。「政治的背景からバイテクに反対するのは、グロ
ーバル化への不満の増大、多国籍企業の持つ力への恐れに対する身代わりである。この
技術は大企業に利益をもたらすだけだ、と人々は言う。これは一理ある。だが、大企業が有
用な作物を作製する過程で得てきた知識は、発展途上国を支援する際、短期間で移管・応
用されうる。」
問1
【解答例】
(1)従来の育種技術では近縁種の交配による新品種育成などしかできなかったが、遺伝子組
み換え技術によれば、はるかに遠縁の生物種の遺伝子の導入が可能で、目的の少数の遺
伝子のみを導入するため、その効果や安全性は予測による検査ができる。実際に、遺伝子
組み換え食品は在来食品以上に細かい検査を受けている。遺伝子の組み合わせの変更は
自然にも起こるものだし、従来の育種もそうであった。管理が厳重ならば、遺伝子拡散による
生態系への悪影響も防ぎうる。病虫害・乾燥・塩分過多等に強いといった、従来は望みえな
かった新品種の作出が可能で、食料供給の不平等の解決が見込み薄な現在、飢餓に悩む
貧困地域の人たちへの力強い味方となることができる。
(2)今までも遺伝子の組み合わせは変化していたといっても、それは近縁種間での遺伝子の
移動であり、遺伝子組み換えのような遠縁の生物の遺伝子導入には、どこか無理があるので
はなかろうか。また、毒素やアレルゲンなど生物災害の原因が組み込まれないように検査が
厳重になされているとしても、検査に絶対安全はありえないし、遺伝子拡散も、これが最大の
問題だが、発展途上国での栽培の実態から、栽培規模が大きくなるにつれて危険は増大す
るだろう。組み換え作物の種子は、大資本により作出、広範に供給され、莫大な利益が大資
本のものとなっている。世界の食糧問題は絶対量の不足が原因ではなく、政治的要因からの
配分の不公平が原因なのである。
う。
問2
【解答例】
条件付きで推進派に賛成する。遺伝子は決して固定的なものではなく、トランスポゾン(動く遺
伝子)の染色体への移動、レトロウイルスの逆転写による宿主細胞への組み込み、さらに、
共生細菌の驚くほどの短期間でのゲノム縮小化の実例その他、意外とも思える変貌は、実は
珍しくない現象なのである。組み換え DNA 技術もやや強引な感じは受けるが、長い目で見た
場合、生物知識の進歩により生まれるべくして生まれてきた技術といえよう。ダーウィンの進
化論は発表当時は激しい批判・非難にさらされたが、今は常識になっている。もちろん、生物
災害の紛れ込みに対して今以上に検査を厳重にし、遺伝子拡散を回避する方策も確立する
必要がある。大資本への利益の集中も、政治家や民間の知恵で緩和せねばならない。しかし、
人口爆発が問題とされる現在、遺伝子組み換え作物は食料不足解決のための強力な手段と
なりうるという現実も直視すべきである。