①将来を見据えたさらなる安定への布石~有限会社

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澡 早川工業所
(取材:平成20年2月)
会社概要
①企業名(事業所名) 有限会社早川工業所
②所在地
埼玉県春日部市
③従業員
14名
④資本金
300万円
⑤代表者
代表取締役 早川 芳夫 氏
取締役部長 早川 純 氏
⑥創業年月
昭和54年
⑦業種
製造業(金属板金加工)
⑧商品・サービス
食品包装機械部品、建築金物、
早川芳夫氏(代表・左)
と純氏(息子・右)
モニュメント等
既存事業の概要
∼人脈に支えられて事業拡大!∼
今回の事例は、創業者であり現社長の早川芳夫氏と、長男で後継者の早川純氏に話を
伺った。経営革新塾には、将来の事業承継を踏まえて純氏が受講。次期後継者となる立
場での経営革新成功の事例である。
早川工業所の設立は、昭和54年。しかしその4年前には独立開業の準備として、実家
の畑に芳夫氏が約1年間の歳月をかけて自らの手で第一工場を建設。
創業までの4年間は、建てた工場を倉庫として貸し出し、自らはもともと働いていた
工場勤めを続けながら、その勤務とは別に少しずつ個人業務として仕事を分けてもらい、
機械と場所を借りながら仕事をしていた。そして昭和54年についに創業を果たし、現在
に至る。従業員は14名で平均年齢が30歳代と若く、現場は和やかな雰囲気の中活気に
溢れている。会社が堅調な上、社長の人柄や地元での信用もあり、多くの中小企業が抱
える若手の人材難には無縁の様子だ。そのうちの半数が技術者で、設計や加工等それぞ
れの得意分野を生かした役割分担で専門領域に磨きをかけている。
事業内容としては、食品包装機械部品、各種充填タンク・ホッパー、カバー、半導体
用特殊フィルター、コンベアー、建築金物、モニュメント等を製造する金属加工業で、
主に食品メーカーを中心に「単品モノ」の依頼を受ける受注生産方式の事業である。
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ここで驚くべきは、創業以来、早川工業所では“特に営業活動らしい活動”を行なっ
ていないことである。発注依頼は、芳夫氏の前の勤務先である鉄・ステンレス加工会社
時代の人脈を中心に、紹介や口コミがほとんどだ。これは、社長の人柄や職人として一
切の妥協を許さない技術力に、取引先が信頼を寄せている証しであり、現在の早川工業
所の「信頼関係を大切にする経営の強さ」を垣間見たエピソードである。
経営革新の動機
∼将来を見据えたさらなる安定への布石∼
経営革新の必要性を意識したのは、長男の入社がきっかけ。ただの一度も「継いでく
れ」と口に出さなかった芳夫氏。
「俺もそろそろ会社を手伝うよ」と先に声をかけたの
は純氏であった。それまでは設計関係の会社等に勤め、外の世界を勉強していたが、一
生懸命に黙々と働く父の背中を見て事業承継を決意した。芳夫氏にとっては、これまで
の苦労や辛さを一番良く知っている純氏からの言葉に、胸が熱くなったと言う。
現在は受注も安定しているが、近年の激しい環境変化や将来の不確実性を考えると、
現状維持ではいずれ衰退の時期が来る。その前に、事業を引き継ぐ息子に何か新しい取
り組みに挑戦して欲しいと考えたのだ。純氏は熟練技術者と最新設備の融合で、受注対
応のみにとどまらない“提案型企業”への経営革新を目指し、経営革新塾を受講した。
新規事業の概要
∼「金属加工110番!」金属加工のことなら当社にお任せください!∼
新規事業のテーマは、
「金属加工110番」
。
最新のレーザー加工機導入により事業領域
を拡大し、経営革新を図るというものだ。
既存加工機の機能不足により、やむなく外
注に出していた仕事を、何とか内製化でき
ないかと考え、最新のレーザー加工機導入
を検討したのである。今回のプロジェクト
は、純氏が中心となって、商工会議所の経
営指導員の力を借りながら事業計画を作成
した。そして無事に計画の承認を得て、今
導入した最新のレーザー加工機
まさに経営革新を推進中である。
金属加工業界では、各業者に得意不得意分野があり、総合的に対応できる会社が少な
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いと言う。ここに早川工業所は、新たなビジネスチャンスを得たのである。当社では、
これまで培った技術やノウハウだけでなく、新たなレーザー加工機や仕入先・取引先等
の関連会社とのアライアンス(連携)を活用して、総合的に「何でも相談に乗ります」
、
「お任せください」といった、
「金属加工110番」事業を立ち上げた。つまり、顧客の利
便性を第一に考えたのである。新しい製品開発を検討している顧客は、完成までにあら
ゆる業者に依頼をして製品を作り上げていく。そこで早川工業所がネットワークを生か
して、すべての業務を一貫して引き受けるサービスを提供したのである。この「金属加
工110番」では、発注元、依頼元、当社のすべてにメリットがあり、
“WIN−WIN−WIN”
の関係が構築できた。
しかし、これらのサービスを提供するには、金属加工に関する高い知識や技術、総合
的なコンサルティング能力が必要である。そのため、当社では研究開発部門を新たに立
ち上げ、技術力の向上や研究開発に余念がない。
経営資源の補完方法
∼デジタル化対応により人手不足を解消∼
現在抱える経営資源の悩みは、何と言ってもマンパワー不足。顧客の要望にはすべて
応えたいと語る芳夫氏は、若手社員の持つ新しい技術やネットワークを活用して受注を
こなし、フル稼働で対応している。
特に、レーザー加工機やそれに付随する「CAD・CAMシステム」の導入は、人手不
足の補完に大いに役立っているという。今までの手作業から、デジタル化により飛躍的
に生産性が向上した。しかしこの陰には、ベテラン技術者の経験や技能と若手従業員の
新しい知識の融合があることは言うまでもない。
「今後も、顧客のニーズに対応できる
ように、若手従業員の育成や技術の伝承に力を入れていく」と純氏は語る。
新規事業の現況
∼既存事業との相乗効果でさらなる飛躍を∼
新たに導入したレーザー加工機での仕事は、好調に推移している。これは、新設備に
よる生産性の向上と、これまでの技術に裏打ちされた早川ブランドとの相乗効果である。
外部環境等の変化が要因ではなく、これまで築き上げてきた取引先各社との関係性によ
るものだ。「早川さんにお願いすれば問題ない」と指名で依頼してくる顧客が大半で、
経営革新による新規事業は順調に拡大している。
さらにホームページ(HP)の立ち上げが間近に迫る。当社の技術力をアピールする
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には、ホームページによる実績の掲載が大変効果的であるが、これまで忙しさもあって
HPは持っていなかった。今回の経営革新の一環でHP製作を進めているが、当社の製品
はすべて、お客様の単品モノ。当社のオリジナル製品がなく受注生産品であるという特
徴から、HPに写真を掲載するとなると、当然、依頼主である顧客企業の許可が必要な
わけだ。
「装置のコア技術」に関わる知的財産問題もあり、了承が進みにくいのが大き
な悩みとなっている。
経営革新塾を受講して
∼後継者としての自覚が芽生える∼
「社長に進められ、少しでも企業経営の知識が学べたら」との思いから受講した純氏。
塾の中では若手であり、自分の知識不足を感じながらもなんとか最後まで受講した。今
回承認を得た事業計画の完成は、経営革新塾を受講してからしばらく経ってからであり、
商工会議所のアドバイスを得ながら提出に至った。無事、計画を承認してもらえるまで
根気強くやれたのは、受講する人たちの熱心さに後押しされたからだ。また、経営のこ
とがよく分からない自分が、事業計画を作成して新規事業を立ち上げることができたの
は、経営革新塾のお陰だという。
春日部商工会議所の経営指導員である仲宗根賢一氏は「純さんには、自分が後継者に
なるという自覚が感じられた。オヤジさんが作り上げたものを今の若い従業員に伝えた
い。そのためにも自分で勉強したいという強い決意が感じられた」と受講当時の印象を
語ってくれた。
今後の事業展開と展望
∼業界を超えたネットワークの構築∼
今後の事業展開としては、新たな分野への進出である。常に最新工作機械の情報収集
を怠らず、顧客の期待に応える仕事を継続する。また、必要とされれば、既存業界の枠
を飛び越えたネットワークを構築し、新たな分野(介護業界や健康福祉業界)への進出
も検討中である。
「技術力を基盤として、常に創意工夫を怠らず、お客様から高い評価を得続けること
によって、地域社会へ貢献する」を経営理念に掲げる当社らしい考えだ。
今後の課題としては、
「社内体制の再構築」
、
「後継者を支える若手・中堅層の人材育
成」
、
「経営者としての勉強」だと言う。現状に満足せず、常に先を見越した経営を実践
している当社の今後は、芳夫氏・純氏の業界に捉われない自由な発想と幅広い視点に支
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えられている。
経営革新を目指す方へのメッセージ
∼創業者の経験が実感できる∼
「私と同じ立場の後継者の方へ一言。経営革新塾では、新規事業に取り組むことによ
り、創業者が会社を設立したときの経験に近いものが実感できると思う」と語る。経営
革新と事業承継を意識した後継者の純氏らしい意見である。
商工会議所とのかかわり
∼商工会議所は経営の身近なパートナー∼
春日部商工会議所とは創業以来の関係で
ある。当時は資金調達も大変で事業継続に
苦しんでいた。そこで助けになったのが春
日部商工会議所である。資金調達のアドバ
イスで国民生活金融公庫から200万円の資
金を借りることができた。当時としてはか
なりの額の融資であるが、そのお陰で現在
の早川工業所があると言う。その後も商工
会議所は最も身近なパートナーであり、よ
き相談相手でもある。一方、芳夫氏も会議
所の青年部や工業部会長を務めたり、会議
社員の方々と春日部会議所森田彰氏(最左)
、
春日部会議所仲宗根賢一氏(最右)
所の企画による「医療向け特許製品」の製作に携わるなど親密な関係を構築している。
★商工会議所からのコメント
早川社長は、経営革新計画の作成に取り組んだことで、
「自社の経営を見直す良い機
会となり、将来のビジョンが明確になった」と話されていましたが、当所としても、創
業者である早川社長・後継者の純氏と、お二人の思いを聞かせていただいたことで、多
くの中小企業が課題としている「事業承継」を考える際のヒントを得られました。
また、経営革新計画の承認によるメリットとして、設備投資にあたり、より低利の県
制度融資を活用することが出来ました。商工会議所や国、県等の施策を効果的に利用す
ると大きな成果を得られると思います。
(春日部商工会議所 仲宗根賢一氏)
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★事例に学ぶ・ここがポイント
①「生粋の職人気質」と「明るさ・笑顔」
まずは、
「死ぬまで職人は職人。体は動かしていたい」と語る「技術者としての」芳
夫氏の根っからの職人気質。また、金属加工という仕事が好きで、一切の妥協を許さな
い仕事ぶりは、顧客からの信頼や人望を集めている。もう一つが「経営者として」の明
るさと笑顔。特別に営業活動をしなくても仕事がもらえると言うのは、芳夫氏の明るい
人柄であり、笑顔であろう。後継者の事業承継の決断にも、経営者の明るさはきっと大
きな影響を持つ。純氏の妹で事務を担当している侑子さんの明るく、テキパキした対応
も、社員の方々の明るさも、芳夫氏の人間的魅力の影響が大きいのではないだろうか。
②金属加工のコンサルティングサービス
当社が安定した経営を続ける背景には、地域に密着した事業展開と関係会社との信頼
関係がある。この強みを最大限に生かした戦略が「金属加工110番」
。仕入先や販売先業
者とのネットワークを構築し、顧客の抱える課題や問題を一括して引き受け、解決策を
提案するコンサルティングサービスは、顧客に利便性と付加価値を提供する。しかも、
「高品質で適正価格」な仕事ぶりは、早川ブランドの一層の求心力になっている。受注
品は、オリジナルな「単品モノ」の加工であるため「早川なら任せて安心」という信頼
感が一番の宣伝であり営業活動なのであろう。
③商工会議所の有効活用
今回の取材には、春日部商工会議所から中小企業相談所所長の森田氏と経営指導員の
仲宗根氏に同行いただいたが、インタビューのやりとりから同社と春日部商工会議所の
関係の深さを見て取ることができた。商工会議所を身近なパートナーとして有効に活用
し、積極的にアドバイスを受けたことが成功につながっているし、一方の商工会議所も
応援・協力を惜しまない信頼関係がある。創業者で現社長の芳夫氏と、次期後継者の純
氏。事業承継も視野に入れて経営革新に取り組んでいる、素晴らしい経営を続ける当社
の今後に期待したい。