温暖化の目撃者 工藤光治さん「失われる白神山地・ブナの森」 「私は、代々続くマタギ(猟師)の家系で育ち、わずか 15 歳の とき、マタギ集団に入りました。以来 50 年以上にわたって、白 神山地の山に 入り暮らしてきました。今は、エコツアーガイドと して、白神を訪れた人々に、ブナの森の素晴らしさや自然を 残す重要さを伝えています。遠くから見ただけで は一見豊か に見えるブナの森も、ここ数年大きな異変が起きていると感じ ています。積雪が減り、毎年、ブナの実を食べる害虫が大量 発生しているのです。」 森のサイクルに異変が起きている ここ数年、気温の上昇で、豊かだった森の状況が徐々に変化しています。最も大きなことは、積雪が減っていること です。雪が減ると、川の水位が下ります。白神の沢の水は平均水温 17 度前後。川の周囲は夏でもひんやりと気持 ちがいいのですが、水位が減ることによって、森全体の気温が上昇するという悪循環が起きています。 また、草花の咲く季節も徐々に早まっています。 虫の大量発生 さまざまな森の異変の中で、私が最も気になっているのは、ブナの実を食べる虫が白神全体で大発生していることで す。実るまでに虫に食べられてしまうと、ブナは子孫を繁栄させようとして、その次の年も花を咲かせてしまいます。 その繰り返しが 8 年くらい続いています。これを見ていると、私は、ブナが疲れて実をつけなくなってしまうのではない かと心配しています。また、周辺の栄養源もなくなってしまうのではないかと心配です。 影響はクマにも及んでいます。クマは、初夏に交尾をし、秋にたくさん食べて、栄養満点になると初めて受精卵が子 宮に着床し妊娠します。しかし、ブナやどんぐりの実が不作だと、十分な食べ物が得られず、仔が産まれません。 ブナの森の恵み ブナはふつう 5 月の連休くらいに芽吹き始めます。その勢いがすごい。標高の低い沢から尾根にめがけて一気に芽 吹くのです。芽吹いていく様が、まるで山を駆け上がるように緑になっていくので、私たちは「ブナの峰走り」と呼んでい ます。雨が降って、一晩して目が覚めると、すぐ目の前まで緑になっている。本当に生命力の強い木です。 ブナの森を歩くとスポンジのようにフカフカしていて、どんなに晴れていても湿っていることに気付くと思います。ブナの 森は豊富な腐葉土に覆われていて、その下にブナの根が張り巡らされています。腐葉土の働きによって地面にしみ こんだ雨水は、ブナの根の働きで、更に深く地面に入り込んでいきます。こうした水は栄養をじっくりと蓄えながら、15 年以上かけて地上に染み出し、川となって海に流れ込みます。この養分を含んだ水は、プランクトンや海藻にとても 良い影響を与えると言われています。ブナは森の動物を育て、植物を育て、そして海の動物をも育てているのです。 その白神のブナ林は、8000 年前に今と同じ生態が完成されていたと言われています。しかし、このまま温暖化が進 むと、21 世紀の終わりには、ブナ林の 9 割が消滅すると予測されています。たった 100 年程度で、このブナの森を 絶滅させていいのでしょうか。縄文時代からずっと引き継いできたこの貴重な宝物を我々も次の世代に譲っていく責 任があるはずです。 <科学的根拠> ブナ林は、日本を代表する落葉広葉樹林で、世界遺産の 白神山地ブナ林が有名です。しかし、温暖化が進み、気温 が上昇すると、ブナ林の分布域は大幅に減少すると予測さ れています。そのため、日本の森林生態系が大きな影響を 受ける可能性があります。 環境省が 2014 年 3 月に発表した「地球温暖化―日本への 影響~新たなシナリオに基づく総合的影響予測と適応策」 によると、ブナ林の天然分布を、気候要因を含む環境要因 から統計的に予測する分布予測モデルでは、潜在生育域 は、現在気候の 105,931km2 に比べて RCP8.5 シナリオ〈最 も気温予測の高いシナリオ〉では 27,037km2、つまり、25% にまで減少し、保護区においても 20%に減少すると予測さ れています。本州太平洋側から西日本においては、ほとん ど消失するでしょう。白神山地においても、ブナ林の分布適 域は著しく減少すると予測されています。 予測される森林の急速な変貌を監視し、温暖化と森林環 境に関する因果関係を予測し,対策を講じて,美しい自然 を次の世代に遺していく責務があります。(2014/3 更新) 温暖化の目撃者 佐野藤右衛門さん「桜と地球温暖化」 「私は、京都右京区の山越という場所で造園業を営んでいます。先祖は御室の 仁和寺領で、御所の手入れなどをしていました。かつて日本では、桜の花の開 花を、田植えや漁業の目安に使っていました。それだけ人間の暮らしに密着して いたのです。桜は、その年によって、花の数や色が異なります。そのほとんどは、 前年の夏の気候が影響しています。最近は、冬がなくなってきているので、桜も 完全に変わってきています。また、全国的に植えられているソメイヨシノは、雨が 多いと根腐れがおきやすい。このまま大雨が多いなどの異常気象が続けば、全 国のソメイヨシノはかなり危機的でしょう。」 天候によって変わる桜の花 桜は、その年によって、花の数や色が異なります。そのほとんどは、前年の夏の気候が影響しています。 夏は桜にとって、成長の季節。葉桜の時期は、桜は根から吸い取った養分を枝先に運んで光合成を促し、それが 落ち着つくと、今度はその養分は幹に回ります。本格的に幹が太りはじめるのはお盆過ぎ。この頃、次の春に花を咲 かせる花の芽が出来るのです。これをゼロ芽といいます。つまり、桜の花はこの時期に準備が始まるわけです。 いったん芽吹いた桜の芽は、植物の生理現象で、冬の間に、つぼみの中にどんどん、どんどんエネルギーを溜め込 んでいきます。それがある時期になると、ぐうっとふくれ、ちょうど 15 度から 20 度くらいの気温に定まったときに、花が 開くというわけです。 2009 年はすでに 2 月の時点で 15 度くらいまで気温が上がってしまったために、まだつぼみが小さいときに、びっくり してぱかっと口を開いてしまいました。それが 3 月に入ると再び寒くなったため、中途半端な状態で枝にしがみついた まま、次の営みに移れない。そんな状態が 2 週間も続きました。 気候変動に弱いソメイヨシノ ヤマザクラ、ヒガンザクラ、オオシマザクラというのは、日本の自生の桜です。 今、日本では園芸品種を含めれば、300 種類以上の桜はあります。ただ、最近人気のあるソメイヨシノは人間の手で 作られた桜だから、種がありません。寿命も短く、子どもが生まれることはありえません。幹もなく、土から枝が出てい る状態ですから、雨や暑さなどの天候にも弱い。最後まで人間が関わらないと生きていけない運命にあります。 このところ、夏に大雨が降ることが増えていますが、ソメイヨシノは雨が多いと根腐れがおきやすい。このまま大雨が 多いなどの異常気象が続けば、全国に植えられているソメイヨシノはかなり危機的でしょう。 名桜と称えられる桜が枯れかけたら、人間は大騒ぎして保護しようとしますが、目の前の一本だけを保護しても意味 はありません。自然がおかしくなっているのではなく、人間の生き方がおかしくなって、自然界全体に影響しているの です。変えていくべきなのは、消費一辺倒で使い捨てをする、人間の暮らしのほうではないでしょうか。 <科学的根拠> 日本全国に普及しているソメイヨシノはいわばクローンで、開花すると きにはいっせいに咲くという特徴があります。その開花は、気温条件と 強い相関性があります。近年の平均気温の上昇で、ソメイヨシノの開 花は早まってきました。気象庁によると、日本全国平均では、この 52 年で 4.2 日早くなっています。大都市の平均では、都市のヒートアイ ランド現象の影響も加わって、50 年間で 6.1 日早くなっており、中規 模の都市では 2.8 日早くなっています(全国 6 大都市と中小規模の 都市 17 地点のうち桜の開花を観測している 11 地点)。 一方、桜の開花には、春先の暖かさだけではなく、冬の低温も関係し ています。桜は秋に休眠に入りますが、それを解除するためには、冬 の低温の期間が 一定以上続くことが必要です。休眠が解除された 後に、一定以上の暖かさの期間があってはじめて開花します。温暖 な地方では、冬季の気温が上昇することに よって、低温期間が不 足してきており、桜の生態に影響が出始めています。いずれは桜の 生存そのものが困難になる地域もあると予想されます。 環境省 2008 年 6 月発表の「気候変動への賢い適応」によると、2082 年から 2100 年の間に、1981 年から 2000 年の桜の平均開花日から比べて、東日本、北日本においては、さらに 14.5 日早まると予測されています。また開花 時期の変動が大きくなる可能性があります。桜の開花は、古来から農業や観光に活用され、日本人の生活に深く溶 け込んでいます。桜の開花がずれると、日本人の季節感そのものが変わってゆくかもしれません。
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