Paper

社会保障の世代間リスク・シェアリング効果
広島修道大学
前田純一
1.はじめに
本報告においては,所得の不確実性と人口変動の不確実性が存在する場合における,社
会保障システムのもつ世代間リスク・シェアリング効果について分析が行われる。
政府が賦課方式の社会保障システムを運営していることを前提とした場合,労働世代の
所得から政府が徴収した税収によって,その期の引退世代への社会保障給付が賄われるこ
とになるが,労働世代の所得に不確実性が含まれる場合,引退世代への給付にもその不確
実性が含まれることになる。すなわち,所得の不確実性から生じるリスクが,社会保障シ
ステムを通じて,労働世代と引退世代の間で分担されることになるのである。
また,引退世代への給付は労働世代からの税収によって賄われるのだが,人口変動が不
確実性を含む場合,財源を負担する労働世代の数が不確実性を含むことになり,給付額に
人口変動の不確実性から生じるリスクが含まれることになる。
Thogersen(1998)において,労働期にある世代の所得の一定割合を社会保障税として徴収
し,その税収を財源として引退期にある世代への給付を行うシステム(fixed tax rate の
ケース)が検討されている。このようなシステムを前提とした場合,生涯所得の期待値およ
び分散は,社会保障システムが存在しない場合より,期待値については大きくなり,分散
については小さくなるケースがありうることが確認されている。
Thogersen(1998)の分析をさらに発展させたのが Borgmann(2002,2005)である。Borgmann
(2002,2005)においては,所得の不確実性に加えて人口変動の不確実性が導入され,社会保
障システムのもつリスク・シェアリング効果についての分析に,人口変動の不確実性が与
える影響についての分析が加えられている。また,給付システムについても,fixed tax rate
のケースをさらに2つのケース(拠出建て(defined contribution)と給付建て(defined
benefit))に分類して,それぞれのケースについて分析が行われている。
本報告においては,Thogersen(1998),Borgmann(2002,2005)による分析をベースとしな
がら,Thogersen(2003)による所得が過去の不確実性の影響をうけるケースを導入し,拠出
建て(defined contribution)の給付システムと給付建て(defined benefit)の給付システム
について,それぞれ再検討を行っている。
2.モデル
t 期に生まれた個人(以後,t世代と呼ぶことにする)は労働期と引退期の2期間生存し,
労働期には1単位の労働を非弾力的に供給し,労働所得 $w_{t}$ を得る。労働所得は,
Thogersen(2003)にしたがい,以下のように決定されているとする。
wt=w0+β(wt-1-w0)+εt
(1)
w0 は第 0 期における労働所得を表し,β(0<β<1)は賃金ショックが影響を及ぼす程度を表
している。εt は期待値ゼロ,分散 σ2 の独立同一分布をもつ確率変数であるとする。な
お小国の仮定より,利子率 r は外生的に決定され,時間を通じて一定であるものとする。
したがって,現在価値で表したt世代の生涯所得 $y_{t}$ は以下のように表される。
yt=wt-τt+(Tt+1)/(1+r)
(2)
Gordon and Varian(1988),Thogersen(1998,2003),Borgmann(2002,2005)にしたがって,
期待値−分散型の効用関数(mean-variance utility function)を仮定する。
Ut=u(E[yt])-v(Var[yt])
(3)
u'>0,v'>0 であるとする。
次に,Borgmann(2002)にしたがって,
人口成長率に関する不確実性をモデルに導入する。
Nt+1=(1+n+ηt)Nt
(4)
n は定数であり,ηt は期待値ゼロ,分散σ2 をもつ独立同一分布の確率変数であるとする。
政府は,賦課方式(PAYG)の社会保障システムを均衡財政において運営しているものとし,
その徴収・給付のシステムとして,以下の2つのシステムを想定することにする。1つは,
労働期の所得に一定割合 γで課税し,その税収をもとに給付を行うシステムである。
τt=γ wt,Tt+1=γ(1+n+ηt)wt+1
(5)
所得の一定割合を拠出しているという意味で,このシステムは拠出建て賃金インデクセー
ション(defined contribution wage indexation)方式と呼ばれている。もう1つは,引退
期の世代が,
その期に労働期にある世代の所得の一定割合 ψを社会保障給付として受領す
ることのできるシステムである。
τt=ψ/(1+n+ηt-1)×wt,Tt+1=ψwt+1
(6)
労働世代の所得の一定割合を給付額として確保しているという意味で,このシステムは給
付建て賃金インデクセーション(defined benefit wage indexation)方式と呼ばれる。
3.拠出建て賃金インデクセーション方式の分析
(2)に(1)と(5)を代入すると,拠出建て賃金インデクセーション方式の場合の生涯所得
ytDC は次のように表される。
ytDC=(1-γ){w0+Σβt-sεs}+γ(1+r)-1(1+n+ηt){w0+Σβt+1-sεs} (7)
(7)より生涯所得の期待値 E[ytDC]を求める。
E[ytDC]=(1+(n-r)/(1+r)×γ)w0
(8)
(2)において τt=Tt+1=0 とおき,システムが存在しない場合(すなわち,積立方式の場合)
の生涯所得 ytF の期待値 E[ytF]を求める。
E[ytF]=w0
(9)
(8)と(9)を比較することで,以下の補題が確認できる。
補題1:r<n ならば,社会保障システムが存在する場合の方が,存在しない場合と比較し
て,生涯所得の期待値は大きい。
次に,(7)より生涯所得の分散 Var[ytDC]を求める。
Var[ytDC]=
γ 2(1+r)-2w02 σ η 2+(1- γ )2 σ ε 2 Σ β 2(t-s)+ γ 2(1+r)-2{(1+n)2+ σ η 2} σ ε 2
×Σβ2(t+1-s)
(10)
(10)においてγ=0 とおくと,システムが存在しない場合の生涯所得の分散 Var[ytF]は以下
のようになる。
Var[ytF]=σε2Σβ2(t-s)
(11)
(10)をもとにして,拠出割合 γと生涯所得の分散 Var[ytDC]$ の関係について検討してみ
よう。(10)をγについて整理すると,以下のようになる。
Var[ytDC]=αγ2-2βγ+β
(12)
ここで,α,βについては,以下のように定義している。
α≡ σε2{Σβ2(t-s)+{(1+n)/(1+r)}2Σβ2(t+1-s)}+(1+r)-2w02ση2+(1+r)-2ση2σ
ε2Σβ2(t+1-s)
β≡σε2Σβ2(t-s)
(12)をさらに変形すると以下のようになる。
Var[ytDC]=α(γ-β/α)2+β(α-β)/α
(13)
α,βの定義より,0<β/α<1, 0<β(α-β)/αである。また(12)より,Var[ytDC]│γ=0=
β,Var[ytDC]│γ=1=α-βなので,Var[ytDC]はγ=β/αにおいて最小値をもつ2次関数と
なっている。以上のことから,以下の補題が確認できる。
補題2:γ∈(0,β/α]ならば,Var[ytDC]<Var[ytF] となる。また,γ=β/αのとき,
Var[ytDC]は最小値をとる。
4.給付建て賃金インデクセーション方式の分析
(2)に(1)と(6)を代入すると,給付建て賃金インデクセーション方式の場合の生涯所得
ytDB は次のように表される。
ytDB={1-ψ/(1+n+ηt-1){w0+Σβt-sεs}+ψ/(1+r)×{w0+Σβt+1-sεs} (14)
(14)から,生涯所得 ytDB の期待値は,以下のように表される。
E[ytDB]={1+ψ/(1+r)}w0-ψw0E[1/(1+n+ηt-1)]
(15)
ここで,1/(1+n+ηt-1)は-(1+n)<ηt-1 の範囲で強い意味の凸関数なので,Jensen の不等
式より以下の関係が成立する。
1/(1+n+E[ηt-1])<E[1/(1+n+ηt-1)]
(15)と(16)より,以下の関係式が成立する。
(16)
E[ytDB]={1+ψ/(1+r)}w0-ψw0E[1/(1+n+ηt-1)]
<{1+ψ/(1+r)}w0-ψw0 1/(1+n+E[ηt-1])
={1+ψ/(1+r)}w0-ψw0 1/(1+n)
(17)
ここで,比率ψが以下の大きさである場合について考察する。
ψ≡γ(1+n)
このψを(17)の最後の式のψへ代入すると,拠出建て賃金インデクセーション方式の場合
の生涯所得の期待値 E[ytDC]を表した(8)と同じになる。
{1+ψ/(1+r)}w0-ψw0 1/(1+n)=(1+(n-r)/(1+r)×γ)w0=E[ytDC]
したがって,(17)より,ψ=ψの場合,以下の不等式が成立する。
E[ytDB]<E[ytDC]
(18)
次に,(15)の近似式を求めることにする。そのために,(1+n+ηt-1)-1 を E[ηt-1]=0 の
近傍で2次近似する。
1/(1+n+ηt-1)= 1/(1+n)-1/(1+n)2×ηt-1+2/(1+n)3×ηt-12
(19)
(19)を(14)へ代入して,期待値の近似式を求めると以下のようになる。
E[ytDB]= [1-{(r-n)/(1+r)(1+n)+2ση2/(1+n)3}ψ]w0
(20)
(20)より,以下の補題が確認できる。
補 題 3 : n<r な ら ば E[ytDB]<E[ytF] と な る 。 ま た , r<n の 場 合 は , σ η 2
<(n-r)(1+n)2/{2(1+r)}ならば E[ytF]<E[ytDB] となり,逆は逆である。
次に,拠出建て賃金インデクセーション方式の場合の生涯所得の分散について考察を行
う。(14)に (1+n+ηt-1)を1次近似した式((19)における第2項までの式)を代入すると,
生涯所得 ytDB は以下のように近似される。
ytDB= {1-ψ/(1+n)+1/(1+n)2×ψηt-1}(w0+Σβt-sεs)+ψ/(1+r)(w0+Σβt+1-sεs)
(21)
(21)から,生涯所得の近似値の分散は以下のように表される。
Var[ytDB]= {1-ψ/(1+n)}2σε2Σβ2(t-s)+w021/(1+n)4×ψ2ση2
+1/(1+n)4ψ2σησε2Σβ2(t-s)+(ψ/(1+r){2}σε2Σβ2(t+1-s)
(22)
(22)をψについて整理すると以下のようになる。
Var[ytDB]=ωψ2-2/(1+n)×βψ+β
(23)
ここで,ωは以下のように定義している。
ω≡ 1/(1+n)2σε2Σβ2(t-s)+w02 1/(1+n)4ση2+1/(1+n)4ση2σε2Σβ2(t-s)
+1/(1+r)2σε2Σβ2(t+1-s)
(23)をさらに変形すると以下のようになる。
Var[ytDB]= ω{ψ-β/(1+n)ω}2+{β{(1+n)2ω-β}/(1+n)2ω
(24)
定義より 0<β{(1+n)2ω-β}/{(1+n)2ω}である。また,n(1+n)2<ση2 であれば 0<β
/(1+n)ω<1 となる。以上のことから,以下の補題が確認できる。
補題4:n(1+n)2<ση2,ψ∈(0,β/(1+n)ω]ならば,Var[ytDB]<Var[ytF]となる。また,
ψ=β/(1+n)ωのとき,Var[ytDB]は最小値をとる。
5.2つの方式の比較
労働期の世代の賃金に一定割合γで課税し,その税収をその期に引退期にある世代に社
会保障給付として移転するシステムを想定し,
人口変動ショックにパラメータ ρを乗じて
給付額を調整することを考える。このシステムは,以下のように表される。
τt={1+n+ρηt-1}/{1+n+ηt-1}γwt, Tt+1=γ(1+n+ρηt)wt+1
(25)
(25)においてρ=1 とおくと,(5)で表された拠出建て賃金インデクセーション方式と同じ
システムになり,ρ=0 とおくと,ψ=ψとおいた場合の(6)で表された給付建て賃金インデ
クセーション方式と同じシステムになる。
(25)を(2)へ代入すると,このシステムにおける生涯所得 ytρは次のようになる。
ytρ=[1-γ{ρ+{(1-ρ)(1+n)}/{1+n+ηt-1}}]{w0+Σβt-sεs}
+γ{1+n+ρηt}/(1+r){w0+Σβt+1-sεs}
(26)
(26)より,生涯所得の期待値 E[ytρ]は以下のように表される。
E[ytρ]=w0-γρ w0-γ (1-ρ)(1+n)w0E[1/(1+n+ηt-1)]+γ(1+n)/(1+r)×w0
(27)
ここで,(19)を(27)の期待値の項に代入し,生涯所得の期待値の近似式を求めると以下の
ようになる。
E[ytρ]= w0-(r-n)/(1+r)×γ w0-γ (1-ρ)w02/(1+n)2×ση2
(28)
(28)より,∂ E[ytρ]/∂ ρ=γw02/(1+n)2×ση2>0 となるので,ρ=1 において E[ytρ]
は最大になる。したがって,生涯所得の期待値のみ考えた場合は,拠出建て賃金インデク
セーション方式が給付建て賃金インデクセーション方式より期待値を大きくすることにな
る。
次に,分散について検討を行う。(19)より (1+n+ηt)-1 の1次近似式を(26)に代入する
と,生涯所得は以下のように表される。
ytρ={(1-γ)+γ(1-ρ)/(1+n)×ηt}{w0+Σβt-sεs}
+γ{1+n+ρηt}/(1+r){w0+Σβt+1-sεs}
(29)
(29)より分散を求めると,以下のようになる。
Var[ytρ]=(1-ρ)2(γ/(1+n))2{w02ση2+ση2σε2Σβ2(t-s)}
+ρ2(γ/(1+r))2{w02ση2+ση2σε2Σβt+1-s}+(1-γ)2σε2Σβ2(t-s)
+γ2((1+n)/(1+r))2σε2Σβ2(t+1-s)
(30)
(30)をρについて整理すると,以下のようになる。
Var[yt]=A(ρ-B/2A)2+C-B2/4A
(31)
ここで,A,B,C については,それぞれ以下のように定義している。
A≡ (γ/(1+n))2{w02ση2+ση2σε2Σβ2(t-s)}+(γ/(1+r))2{w02ση2+ση2σε2Σ
βt+1-s}
B≡ 2(γ/(1+n))2{w02ση2+ση2σε2Σβ2(t-s)}
C ≡ ( γ /(1+n))2{w02 σ η 2+ σ η 2 σ ε 2 Σ β 2(t-s)}+(1- γ )2 σ ε 2 Σ β 2(t-s)+ γ
2((1+n)/(1+r))2σε2Σβ2(t+1-s)
(31)において,定義より,0<B/2A<1,C-B2/4A>0 となるので,Var[yt]は ρ=B/2A において
最小値をもつ。
6.おわりに
本報告においては,賦課方式の社会保障システムがもつ世代間リスク・シェアリング効
果 に つ い て , Thogersen(1998) , Borgmann(2002,2005) に よ る 分 析 を 参 照 し な が ら ,
Thogersen(2003)による過去の不確実性が現在の所得に影響を及ぼす設定を新たに分析に
導入し,生涯所得の期待値と分散を検討することで分析を行った。
社会保障システムについては,拠出建て賃金インデクセーション方式と給付建て賃金イ
ンデクセーション方式の2つの方式を検討し,それぞれの方式において,生涯所得の期待
値が,システムが存在しない場合と比較して大きくなるケースがあることが確認された。
また分散についても,システムが存在しない場合と比較して小さくなるケースがあり,か
つ,分散を最小にする税率が存在することも確認された。さらに,2つのシステムを比較
し,期待値については,拠出建て賃金インデクセーション方式の方が,給付建て賃金イン
デクセーション方式よりも大きくなることが確認された。
参考文献
[1]Borgmann,C.(2002),``Labor Income Risk,Demographic Risk,and the Design of(Wage-Indexed)Social
Security,''
Diskussionssbeitrage
des
Institut
fur
Finanzwissenschaft
der
Albert-Ludwigs-Universitat Freiburg,Nr 100/02.
[2]Borgmann,C.(2005), Social Security,Demographics,and Risk},Springer.
[3]Enders,W. and Lapan,H.(1982),``Social Security Taxation and Intergenerational Risk Sharing,''
International Economic Review,23,pp.647-658.
[4]Gordon,R.H. and Varian,H.R.(1988),``Intergenerational Risk Sharing,'' Journal of Public
Economics,37,pp.185-202.
[5]Thogersen,O.(1998),``A Note on Intergenerational Risk Sharing and the Design of Pay-As-You-Go
Pension Programs,'' Journal of Population Economics,11,pp.373-378.
[6]Thogersen,O.(2003),``The Risk Sharing Effects of Social Security and the Stochastic Properties
of Income Growth,''Discussion Paper 7/03,Dept.of Economics,Norwegian School of Economics and
Business Administration.