酸感受性イオンチャネルの生理的役割 - 名古屋市立大学大学院医学

Nagoya Med. J.(
) ,
―
第 回
名古屋市立大学医学会総会
特
別
講
演
Ⅲ
酸感受性イオンチャネルの生理的役割
鵜
川
眞
也
名古屋市立大学大学院医学研究科 機能組織学
Physiological roles of acid-sensing ion channels
SHINYA UGAWA
.はじめに
ASIC(acid-sensing ion channel:酸感受性イ
オンチャネル)遺伝子 フ ァ ミ リ ー は,DEG/
ENaC(degenerin/epithelial Na+ channel)スー
パーファミリーに属するアミロライド感受性の
陽イオンチャネル分子群であり,感覚器を含む
神経系に広く発現している ).この遺伝子ファ
ミリーには,ASIC ,ASIC ,ASIC ,ASIC
のサブタイプが存在し,さらにスプライシング
に よ っ て ASIC は ASIC a と ASIC b に,
ASIC は ASIC a と ASIC b に 分 類 さ れ る.
いずれのクローンも他の DEG/ENaC チャネル
と同様に,細胞膜
回貫通型という特徴的な構
造を有し,ホモマーやヘテロマーとして機能す
る(図
図 .酸感受性イオンチャネル遺伝子ファミリー
のトポロジー(A)と遺伝子系統樹(B)
.
ASIC b には N 末端配列の異なるスプライ
スバリアント ASIC b- も存在する ).
)
.ASIC 遺伝子は,線虫機械刺激受
.酸味受容体としての ASIC
味覚は,塩味,酸味,苦味,甘味,うま味(グ
容チャネルの哺乳類ホモログであることから,
ルタミン酸および類似アミノ酸の味)の
哺乳類におけるメカノセンサーとしての役割が
味から構成される.味物質が味蕾内の味細胞に
基本
想定されているが,今なお直接的な証拠は得ら
接触すると,味覚受容体の活性化を介して味細
れていない.一方,水素イオンが ASIC チャネ
胞が興奮し,その興奮はシナプスを経由して味
ルを活性化することが明らかになり,この遺伝
神経,味覚中枢へと伝えられる.味覚受容体は
子ファミリーが水素イオンを介する様々な(病
味蕾という微小器官に存在するため,その単離
態)生理現象と深く結びついていることが明ら
には困難を要し,味覚受容体遺伝子は長い間不
かになった.本総説では,ASIC の酸味受容・
明であった.そこで我々は,ラット味細胞の塩
痛覚惹起・聴覚受容における役割について言及
酸に対する応答の一部がアミロライド(利尿剤
する.
の一種)により抑制されることに着目し,味細
胞に発現するアミロライド感受性の水素イオン
応答性陽イオンチャネル分子の単離をめざし
た.
方法として,まず,ラット舌味細胞 cDNA
ライブラリーを作製し,上皮型アミロライド感
受性ナトリウムチャネルに相同性を示す分子を
網羅的に選び出した.次に,これらの遺伝子を
順次,アフリカツメガエル卵母細胞に強制発現
させ,水素イオンに応答するものを電気生理学
的に検索した.その結果,一つのクローンが水
素イオンによって活性化され,この応答は
μM のアミロライド存在下で完全に抑制された
(図
A)
.そこで全塩基配列を明らかにした
ところ,非翻訳領域の一部は異なるものの,
ASIC a(同定した当時は MDEG と呼ばれて
いた)と同一蛋白をコードしていた ).特異的
な抗体を作製し,免疫組織化学を行ったとこ
ろ,約 %の味細胞が ASIC
(図
a 陽性であった
B)
.
古くから我々人類は,酸味の調味料として酢
を用いてきた.その主成分である酢酸は,塩酸
などの無機酸よりも酸っぱいことが知られてい
た.面白いことに,酢酸あるいは塩酸を使って
同じ pH に調整した溶液を,ASIC a を発現さ
せたアフリカツメガエル卵母細胞に投与したと
ころ,酢酸の方が塩酸よりも強い応答を誘発し
た(図
C)
.すなわち,酢酸などの有機酸存
在下では酸味の強度は増強されるという味覚の
複雑な特性を,ASIC a の単一分子が備えてい
たことになる.この事実は,ASIC a が酸味受
容体として機能していることを強く裏付けるも
のであり,これら一連の発見は世界初の味覚受
図 .酸味受容体 ASIC a.
(A)アフリカツメガエル卵母細胞に強制発
現させた酸味受 容 体 候 補 遺 伝 子 の 酸(pH
.)に対するチャネル応答(左)
.この応
答はアミロライド(
μM)の存在下で完
全に抑制された(右)
.
(B)ラット葉状乳頭
味蕾における ASIC a の発現.味細胞の約
%が ASIC a 陽性であった.間 接 蛍 光 抗
体法による免疫組織化学写真.
(C)塩酸と
酢酸に対する ASIC a の応答性の違い.同
一 pH 条件下にもかかわらず,酢酸の方が
より大きな応答を引き起こした.
容体遺伝子の報告となった ).
更なる解析の結果,ラットの味細胞において
ターンは異なるものの ),この遺伝子ファミ
ASIC a と ASIC b が複合体を形成しているこ
リーが広く哺乳類において酸味受容に関わって
と が 判 明 し た ).ま た,ASIC a と ASIC b の
いるようである.
他に,ASIC a,ASIC も発現していることが
わかった(未発表データ)
.ヒト舌味細胞から
.痛覚受容体としての ASIC
も ASIC ,
ASIC ,
ASIC ,
ASIC の メ ッ セ ン
虚血性心疾患,リウマチ関節炎,筋肉痛など
ジャー RNA が単離され,酸味脱失患者の舌に
の虚血や炎症時には,局所的にアシドーシスが
は ASIC 遺伝子が転写されていないことも報告
生じ,貯留した水素イオンが痛みを引き起こ
された ).マウス味細胞には ASIC と ASIC の
す ).この酸による痛覚受容体(痛覚ジェネレー
みが分布しているなど,動物種によって発現パ
ター)の候補として,水素イオンにより活性化
される陽イオンチャネル TRPV (transient receptor potential/subtype- :カプサイシン受容
値化には,pH .により引き起こされる痛みを
点,無痛を
点とする visual analog scale を
体)および ASIC が挙げられる.両者は,脊髄
使用した.その結果,pH を .から下げてい
後根神経節・三叉神経節の痛覚受容器(主に C
くと(酸性度を上げていくと)
,ほとんどの被
線維)に発現することから,痛みの発生に関与
検者は pH .近傍で痛みを感じ始めることが
すると想定されていたが,実際,ヒトにおいて
わかった.さらに pH の低下とともにその痛み
どのようにはたらくのか不明であった.そこで
は増大し,pH .付近で最大の痛みを感じるこ
我々は,ヒト疼痛誘発モデルをデザインし,両
ともわかった(図
チャネル分子の痛覚ジェネレーターとしての役
割について解析を行った.
はじめに,ヒト前腕掌側皮下に pH .から
.の酸を微量注入することにより惹起される
A)
.
次に,酸誘発痛に対する ASIC チャネルの阻
害剤アミロライド,TRPV チャネルの阻害剤
カプサゼピンの効果を調べた.pH .で生じる
痛みに対して,アミロライド(
μM)を同
痛みの強さと pH との関係を,その時に生じる
時に投与すると,痛みは pH .のコントロー
痛みを数値化して,二重盲検にて解析した.数
ルレベルにまで軽減した(図
B)
.一方,同
図 .酸によるヒト疼痛誘発試験.
(A)皮下注入した刺激溶液の pH と誘発された痛みとの関係.
(B)pH .の刺激で誘発された痛み
に対するアミロライド(ASIC ブロッカー)およびカプサゼピン(TRPV ブロッカー)の鎮痛効果.
アミロライドが著効した.
(C)
pH .あるいは .による痛みにはアミロライドが有効であった.
(D)
pH .による誘発痛をコントロールレベル(pH .)にまで抑制するにはアミロライドとカプサゼピ
ンの同時投与が必要であった.ami.,
μM アミロライド;CPZ,
μM カプサゼピン.
μM)を同
歯類で想定されている MET チャネルのアミロ
時投与した場合は,痛みの抑制効果は認められ
ライドに対する親和性が ASIC 遺伝子ファミ
なかった.これらの結果から,pH .による疼
リーのものと近似していることに着目し ),機
痛誘発の条件下では,ASIC が主要な水素イオ
械刺激受容体候補遺伝子でもある ASIC が蝸牛
ンセンサーとして機能していると考えられた.
有毛細胞において MET チャネルとして機能し
生体内の病的な状態で生じるアシドーシスの
ているのではないかと考え,以下の実験を開始
じ痛みに対してカプサゼピン(
多くは,pH .以上である(心筋梗塞で pH .,
筋肉痛で pH .,
リウマチ関節炎で pH .とさ
した.
まず,マウス蝸牛(C BL /J,
週齢♂)
れる)
.そこで,pH .と .の場合に生じる痛
における ASIC メッセンジャー RNA の分布に
みについて同様に検討したところ,これらの痛
ついて
みはアミロライド投与により完全に消失した
た.その結果,蝸牛管全長に渡り,内・外,両
(図
有毛細胞に ASIC b メッセンジャー RNA の強
C)
.逆に,より強い酸性溶液(pH .)
hybridization 法を用いて検討し
を用いて痛みを誘発した場合,この痛みを抑え
い発現を認めた(図
るにはアミロライドとカプサゼピンの同時投与
節にも中等度の発現を認め,水素イオンを介し
が必要であった(図 D)
.これらの結果は,pH
た情報伝達に関与していることが示唆された
A)
.また,ラセン神経
.以上のアシドーシス条件下では,ASIC が
(大抵の場合,シナプス小胞内は酸性である)
.
酸による痛みの受容体として機能し,厳しいア
他のASICサブタイプに関しては,
一部(ASIC a
シドーシス条件下では,ASIC と TRPV の両
と ASIC )ラセン神経節において軽度∼中等
者が痛覚惹起に関与していることを意味してい
度の発現を認めたものの,有毛細胞における発
る ).
現は確認できなかった.
それでは,どの ASIC サブタイプが痛みの発
生に関与しているのであろうか?
ASIC ファ
次に,ASIC b 蛋白の C 末端を特異的に認識
する抗体を作製し,免疫組織化学法を用いて感
ミリーのラット脊髄後根神経節における発現を
hybridization 法を用いて検討したとこ
ろ,ASIC a と ASIC が小型から中型の細胞体
を持つ感覚神経細胞(主に C 線維)に分布し
ていることが判明した ).また,ヒト三叉神経
節においても同様の結果が得られた(未発表
データ)
.これらの結果から,ASIC a と ASIC
が主要なアシドーシスによる痛みの発生装置で
あると考えられた.それぞれのサブタイプに特
異的な阻害剤は,鎮痛剤として臨床応用可能で
あることから,現在,いくつかの製薬会社にお
いて激しい開発競争が行われている.
.聴覚受容体としての ASIC
内耳有毛細胞の感覚毛には,感覚毛の屈曲に
より開閉するイオンチャネル(mechanoelectrical transduction channel; MET チャネル)すな
わち聴覚受容体が存在し,鼓膜の振動に由来す
る機械刺激を電気信号に変換しているが,その
分子実体は不明である.我々は,マウスなど齧
図 .マウス蝸牛における ASIC b の発現.
(A)感覚上皮(コルチ器)の模式図(上)
と ASIC b メ ッ セ ン ジ ャ ー RNA の 分 布
(下)
.ASIC b メ ッ セ ン ジ ャ ー RNA が
列 の 内 有 毛 細 胞(IHC,矢 頭)と 列 の 外
有毛細胞(OHC,矢印)に局在しているこ
とがわかる.スケール, μm.
(B)ASIC
b の免疫反応(矢頭)は感覚毛の基部(感
覚毛とクチクラ板の交差部位)で認められ
た.スケール,
nm.
覚 毛 に お け る 局 在 を 検 討 し た.そ の 結 果,
ASIC b の免疫反応は感覚毛の基部,ちょうど
文
献
)Waldmann R, Champigny G, Lingueglia E, et
クチクラ板への挿入箇所で認められた(図
al.: H+ -gated cation channels. Ann. NY Acad.
B)
.生理学的には,聴覚受容体分子は感覚毛
Sci.,
の先端付近に 位 置 す る こ と が 想 定 さ れ て い
)
:
- ,
.
)Ugawa S, Ueda T, Takahashi E, et al.: Cloning
る .ASIC b が聴覚受容体であると仮定する
and functional expression of ASIC-beta ,a
と,これまでの生理学的な定説と相反すること
splice variant of ASIC-beta. Neuroreport,
-
になるが,感覚毛の屈曲に伴う膜張力変化の程
,
:
.
度が最大である箇所に ASIC b チャネルが位置
)Ugawa S, Minami Y, Guo W, et al. : Receptor
していることは,ASIC b が機械刺激により開
that leaves a sour taste in the mouth. Nature,
閉されている 可 能 性 を 示 唆 す る も の で あ ろ
)
:
-
,
.
)Ugawa S, Yamamoto T, Ueda T, et al. :
う .
現在,我々は ASIC b ノックアウトマウスを
Amiloride-insensitive currents of the acid-
作製し,聴力検査および有毛細胞における機械
sensing ion channel- a(ASIC a)/ASIC b het-
刺激電流の測定を行っている.予備実験の段階
eromeric sour-taste receptor channel. J. Neuro-
ではあるが,ノックアウトマウスには中等度難
sci.,
:
-
,
.
聴が認められ,外有毛細胞における機械刺激電
)Huque T, Cowart BJ, Dankulich-Nagrudny L,
流も有意に減少していた(未発表デ ー タ)
.
et al. : Sour ageusia in two individuals impli-
ASIC b チャネルは機械刺激に感受性を示すも
cates ion channels of the ASIC and PKD fami-
)
のの ,機械刺激により直接活性化されるとい
lies in human sour taste perception at the ante-
う証拠はまだ得られていない.したがって,
rior tongue. PLoS. One, : e
,
.
ASIC b が機械刺激受容体であるとは断言でき
)Richter TA, Dvoryanchikov GA, Roper SD, et
ないが,ノックアウトマウスを用いた解析結果
al.: Acid-sensing ion channel- is not necessary
からは,ASIC b が聴覚受容(機械刺激受容)
for sour taste in mice. J. Neurosci. ,
,
の少なくとも一部を担っていると考察できる.
:
-
.
ただし,ASIC b 遺伝子を欠損させても完全に
)Ugawa S, Ueda T & Shimada S: Acid-sensing
は難聴にならないことから,他のチャネル分子
ion channels and pain: therapeutic potential ? .
の関与も予想され,両者が協調的に機能してい
Expert Rev. Neurother., :
-
,
.
)Ugawa S, Ueda T, Ishida Y, et al.: Amiloride-
ると考えられる.
blockable acid-sensing ion channels are leading
.おわりに
総会では,ASIC a の gain-of-function クロー
acid sensors expressed in human nociceptors.
J. Clin. Invest.,
:
-
,
.
ンを過剰発現させたトランスジェニックラット
)Ugawa S, Ueda T, Yamamura H, et al.: In situ
についても紹介した.このラットには顕著な小
hybridization evidence for the coexistence of
脳萎縮が認められ,ヒトにおける対応疾患の存
ASIC and TRPV
在も予想できるが,現在解析中でもあり本稿で
neurons. Brain Res. Mol. Brain Res.,
は割愛した.一般に神経系特異的分子と考えら
,
within rat single sensory
:
-
.
れている ASIC 遺伝子ファミリーであるが,膀
)Rusch A, Kros CJ & Richardson GP: Block by
胱上皮など非神経系組織においてもその発現が
amiloride and its derivatives of mechano-
)
証明されており ,その分布に関してはより慎
electrical transduction in outer hair cells of
重な解析が必要と思われる.
mouse cochlear cultures. J. Physiol.,
.
:
-
,
)Hackney CM & Furness DN : Mechanotransduction in vertebrate hair cells: structure and
function of the stereociliary bundle. Am.
Physiol.,
:C - ,
J.
.
)Ugawa S, Inagaki A, Yamamura H, et al.: Acidsensing ion channel- b in the stereocilia of
mammalian cochlear hair cells. Neuroreport,
:
-
,
.
)Ugawa S, Ishida Y, Ueda T, et al. : Hypotonic
stimuli enhance proton-gated currents of acidsensing ion channel- b. Biochem. Biophys. Res.
Commun.,
:
-
,
.
)Kullmann FA, Shah MA, Birder LA, et al :
Functional TRP and ASIC-like channels in cultured urothelial cells from the rat. Am. J.
Physiol. Renal. Physiol.,
:F
-
,
.