平成 26 年度 第1回 調査研究会 不動産所有者とその同族法人における 収入の帰属について(事例研究) 平成 26 年 5 月 22 日 関東信越税理士会 長岡支部 柄澤 秀夫 研究事例 (事実関係) 1 関信花子は、平成 10 年 夫 和夫の死亡に伴いその賃貸不動産等を相続し、不動産賃貸 業(年間収入約 1 億 1 千万円)を営む青色申告者である。 2 夫 和夫の生存中の昭和 63 年に㈲関信(同族法人)を設立し、賃貸物件の入居者の募 集・管理等をおこなっていたほか、自社賃貸物件を所有して、その貸付も行っていた。同 法人の代表者は、生前は和夫であり、死亡後は長男一郎が代表者となっている。花子は同 法人の設立以来役員に就任しており、二男の二郎も当初から役員となっている。 3 ㈲関信は、平成 2 年、和夫の自宅敷地の空地部分を和夫より借受け、貸店舗用の建物 を立て、事業者に貸付けていた。 4 花子は、平成 13 年自宅が老朽化したため、長男一郎と協議し、㈲関信の所有する貸店 舗の入居者も立退きに同意したため、自宅及び㈲関信所有の建物を取り壊した。 なお、花子と㈲関信の間においては、貸店舗の取壊しに係る損害賠償金等の支払い等の 取決めはされていない。 その自宅及び㈲関信の建物を取り壊した敷地に、13 階建ての賃貸マンション(1F部 分を貸店舗用、2∼12F部分を貸住居用、13F部分を自宅用)を建築し、所有者はいず れも花子であるが、賃貸用部分と自宅部分はそれぞれ区分所有登記を行った。その建築資 金は、花子名義の預金及びB銀行からの花子名義の借入金によりあてられている。 5 ㈲関信の貸店舗の入居者の立退きに際しては、A社のみは新築された貸マンションの1 階部分の貸店舗スペースへの再入居をさせる旨の条件が付されたが、立退く各入居者への 立退き料の支払はなかった。 6 ㈲関信の代表者である一郎は、①再入居するA社が㈲関信との契約を主張したこと、② ㈲関信所有の建物が滅失し、それに見合う収入がなくなることに対して、花子に収入補償 及び滅失した建物の残存価額の補償を求める主旨(以下、「損害賠償金」とする。)から、 A社と㈲関信との間で賃貸借契約を締結して、その賃貸料は㈲関信の収入金額として申告 を行っている。 また、貸店舗部分の一室を㈲関信の事務所として無償で使用していた。 7 花子は、建築したマンションの自宅部分以外に係る租税公課・減価償却費・借入金の利 息等の経費を、不動産所得の金額の計算上その全額を必要経費に算入している。 また、㈲関信はこれらの金額を損金に計上していない。 (問題点) 1 A社からの賃貸料収入は、花子又は㈲関信のいずれに帰属することとなるか? 2 1の判断によって、関信花子及び㈲関信の税務上の処理をどのように行うべきか。 (検 討) Ⅰ 本件における収入の帰属について A社からの賃貸料収入が、花子に帰属することとなれば、花子の収入計上漏れとなる。 当該賃貸料収入が㈲関信に帰属することとなれば、花子の損益計算において租税公課等 の必要経費の過大計上ということとなる。さらに、㈲関信においては、花子が負担した 租税公課等についての判断が必要となる。 1 花子と㈲関信に使用貸借契約が存在したか否かについて (1) 所得税法第 56 条(事業から対価を受ける親族がある場合の必要経費の特例)は「居 住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む不動産所得、事業所得又 は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払 いを受ける場合には、その対価に相当する金額は、その居住者の当該事業に係る不動産 所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入しないもの とし、かつ、その親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入すべき 金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得 の金額の計算上、必要経費に算入する。この場合において、その親族が支払いを受けた 対価の額及びその親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入される べき金額は、当該各種所得の金額の計算上ないものとみなす。」と規定し、居住者と生計 を一にする配偶者その他の親族がその事業に資産を貸与したこと等の事由によりその事 業から対価の支払いを受ける場合には、その対価の金額はその事業の所得金額の計算上 必要経費に算入されないこととし、その反面で、その親族が支払いを受ける賃貸料等に 係る所得の計算上必要経費に算入されるべき金額は、その事業者の必要経費に算入され、 また、その親族の各種所得の金額の計算上必要経費に算入されないこととなっている。 (2) A社に貸付けられていた店舗部分及び㈲関信の事務所として使用されていた部分に ついては、花子と㈲関信との間で使用貸借契約が存在していたとするならば、A社から の賃貸料収入は㈲関信に帰属するとの主張も理解できる。しかしながら、前記所得税法 第 56 条の規定から推量すれば、使用貸借部分の租税公課・減価償却費・借入金の利息 等の必要経費は、花子の必要経費に算入できないこととなるが、事実関係7のとおり、 花子の必要経費に算入されており、㈲関信に損金計上がないこと及び両者間において文 書等による使用貸借契約書が交わされていないことから、使用貸借契約の存在を認める ことはできないと考える。 2 賃貸料収入の帰属について (1) 所得税法第 12 条(実質所得者課税の原則)は「資産又は事業から生ずる収益の法律 上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の 者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとし て、この法律を適用する。」と規定するとともに、所得税基本通達 12−1(資産から生 ずる収益を享受する者の判定)では「法 12 条の適用上、資産から生ずる収益を享受す る者がだれであるかは、その収益の起因となる資産の真実の権利者が誰であるかにより 判定すべきであるが、それが明らかでない場合には、その資産の名義人が真実の権利者 であるものと推定する。」としている。 所得税法第 12 条の規定上、資産から生ずる収益を享受する者が誰であるかは、その 収益の起因となる資産の真実の権利者が誰であるかということにより判定すべきなので あり、同規定は、資産の法律上の帰属者と収益の経済的実質的な享受者とが異なる場合 には常に実質的な享受者の所得として課税するという趣旨のものでなく、資産の名義人 が「単なる名義人」である場合には当該名義人をもって収益の帰属者とはしない、とい う趣旨を定めているに過ぎないものと解されると考える。したがって、収益の起因とな る資産の真実の権利者が、たまたま当該収益を自己以外のもののために使用したとして も、第一次的には資産の真実の権利者が収益を享受しているものとして、収益は同人に 帰属するとみるべきものであると考えることが相当である(昭 55・7・4 東京高裁判 決 参照)。 法人税法第 11 条(実質所得者課税の原則)は「資産又は事業から生ずる収益の法律 上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の 法人がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する法人に帰属するもの として、この法律の規定を適用するものとする。」と規定されており、これは、所得税法 第 12 条と同趣旨の規定である。 したがって、地代家賃などの資産から生ずる収益については、当該資産の所有者(不 動産登記に公信力はないが、反証のない限り、登記名義人が実質上の権利者と推定され よう。)に帰属するものと解されると考える。 (2) 本事例について判断すると、①本件マンションの建築資金が、花子の預金及び同人名 義の借入金が充てられていること、②花子が減価償却費等の経費を計上していること、 ③本件マンションの登記名義が花子であること、④㈲関信の代表者である一郎も一種の 損害賠償金と考えていたことなどにより、本件マンションの実質的権利者は花子であり、 その収益を享受する者も同人と推定される。したがって、A社からの賃貸料収入は花子 に帰属し、同族法人である㈲関信は、花子からその収益を費消することについて認めら れていたにすぎないものと考えることが相当である。 また、一郎は一種の損害賠償金と考えており、仮に損害賠償金であれば花子の必要経 費として計上が認められることとなるが、①損害賠償金等についての取り決めがないこ と、②損害賠償金なるものは金額が確定されていることが通常であることなどから、損 害賠償金と認めることはできないと考えられ、花子の不動産所得の金額の計算上、必要 経費性はないものと想定される。 Ⅱ 本件収入が花子に帰属した場合の㈲関信の減額の請求について A社からの賃貸料収入が花子に帰属した場合、㈲関信がその賃貸料収入を申告に含め ていたことから、その収入金額(所得金額)減額を請求することができるか否かについ て検討する。 平成 18 年の税法改正により、法人税法第 132 条(同族会社等の行為又は計算の否 認)の改正が行われ、所得税法及び相続税法の適用関係に係る明確化措置として、所得 税法第 157 条や相続税法第 64 条の規定の適用による所得税、相続税又は贈与税の増 額計算が行われる場合に、税務署長に法人税における反射的な計算処理を行う権限があ ることが明定されている。 (1) 花子の収入と認定された金額について、㈲関信が花子に返還しなかった場合 返還がなされないことから、そのまま㈲関信にその賃貸料が留保される結果となり、 それは花子から㈲関信に寄付があったこととほかならず、㈲関信が収入金額に計上して いたことに誤りはなく、収入金額(所得金額)の減額の主張をすることはできないもの と考える。 (2) 花子の収入と認定された金額について、㈲関信が花子に返還した場合 ㈲関信から花子に対して預金振込み等により返還した事実が明らかになる資料を明 示してきた場合は、所得税法第 157 条にいう「同族会社の行為又は計算の否認」は本 件「実質所得者課税の原則」の一種であると思われること及び前述の改正があったこと から、減額の主張をすることにより減額されるものと考える。 (結 論) 1 2 A社からの賃貸料収入は、埼玉花子に帰属する。 ㈲関信が埼玉花子に返還した事実を証する書類を提示したうえで、㈲関信の収入金額 (所得金額)の減額を主張することができる。 (今後の解決策) A社があくまでも㈲関信との契約にこだわるのであれば、花子と㈲関信との間で第三 者(A社)への転貸を認める旨の特約条項を付した上で、㈲関信が管理料相当額を取得 する形での「又貸し」方式へ契約を移行する方法がベターと考える。 (以上、「事例研究」発表者の私見である旨付記させていただく。) (実質所得者課税に関する発展的検討) 不動産所得における実質所得者課税の原則の適用について、参考までに 2 点ほど裁 判例を掲げる。 (裁判例の紹介) ① 未分割の相続財産(賃貸不動産)から生ずる不動産所得は、指定又は法定相続分に 応じた割合により各相続人に帰属し、後日の遺産分割の結果、相続人が取得する財産 及び賃料額が指定又は法定相続分と異なることとなったときは、更正の請求等により 是正できる。(昭 61・8・6 大阪高裁判決) (注) 当該判決の後段部分の更正の請求等の部分については、税務官署側は更正の請 求はできないとしている(法定相続分等でなされた申告は何ら誤った申告ではないこ とから更正の請求の事由に該当しない。あくまでも相続人間において清算してもらえ ばよい話である。)ので、注意が必要である。 ② 老母及び未成年の子の登記名義となっている家屋から生じる家賃について、一応、 母及びこの所得として推認しつつ、実質的に、これらを扶養し、生計を主催してい る者に帰属する。(昭 32・9・24 大津地裁判決) この判決で、裁判所は老母や未成年の子が不動産収入を「家計とは関係なく、これ らの者のみの収益とするところとみることは疑問」と判断している。
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