千 葉 菌 類 談 話 会 通 信 30 号 / 2014 年 3 月 屋久島のきのこ調査 古川 久彦 もう 40 年も前の事で、記憶はかなり薄れ ています。アメリカからコ-フ博士(Richard P. Korf : チャワンタケの専門家で、後のア メリカ菌学会長)が来日されるのを機会に、 日本菌学会からも会員数名が参加して、屋久 島の菌類調査を行うことになりました。その とき選ばれたのが小林義雄先生(当時、国立 科学博物館研究部長、総括) 、印東弘玄先生 (当時、東京教育大学理学部教授、水棲菌類) 、 椿 啓介先生(当時、発酵研究所研究室長、 不完全菌類) 、曽根田正巳先生(当時、東京 家政大学講師、酵母) 、それに私(当時、国 立林業試験場技官、きのこ)の5名でした。 コ-フ先生を交えて私達は夜汽車で東京 を発ち、翌日夕刻に鹿児島に到着、京大時代 に一緒だった鹿児島大学農学部の田島教授 を訪問、夕食を共にしたのち深夜の船で屋久 島に向かって出航、鹿児島湾を抜ける頃から 永田岳へ向かう途中、花之江河をすぎて黒味岳を望む。 38 波は荒くなり、船は大きく揺れました。乗り 物には強かった私は幸いにして異常はなか ったが、同行者の多くはひどい船酔いで苦し んでいました。 夜が明ける頃から屋久島の姿がはっきり と見えはじめ、朝日が射す頃には安房港に入 港、ひとしきり坂を登ったところの旅宿・安 房館に落着きました。宿はこじんまりとして おり、小さな部屋が二つしかありません。畳 はかなり古く襖も茶色に染っており、普段は 泊まり客が殆どいない様子でした。ただ一つ、 心が和んだのは宿の人たちの親切な応対で した。今でも印象として強く残っているのは、 お手伝いに来ていた隣家の幸ちゃんです。彼 女は年の頃は 17-8 才、日焼けした丸ぽちゃ な顔があどけなく、方言まるだしで一生懸命 に尽くしてくれました。私たち一行はこの親 切さにほだされて、ここを本拠にして採集す ることにしたのです。 屋久島は、1年 366 日雨が降ると言われて いる程で雨が多い島です。しかも地形は、海 岸線から島の中央にそそり立つ宮ノ浦岳 (1935 m)までの標高差があり、したがっ て植生も非常に豊富で、ことに垂直分布が明 確で興味がある自然立地です。島の森林は殆 ど全部が国有林で、用材運搬のために安房か ら大杉谷まで森林鉄道が通じています。道路 が未開発のために自動車は海岸線を一周す る乗合バスの他に営林署が所有するの数台 千 葉 菌 類 談 話 会 通 信 30 号 / 2014 年 3 月 の車だけです。だから森林鉄道は島民の唯一 の交通機関として利用されていました。 私たちも森林鉄道に乗って大杉谷へ採集 に出掛けました。鉄道と言っても客車がある わけではなく、木材を乗せる台車の上に腰掛 けているだけです。だから速度の速いカ-ブ では、しっかり掴まっていないと振り落とさ れそうになります。それだけにスリルがあり、 また鬱蒼とした天然林をくぐり抜け、時には 深緑の滴る渓谷を渡るなど、実に爽快な旅で す。この日は営林署の作業小屋に泊めてもら った。豊富に流れる渓谷の水を利用した簡易 水力発電機が、充分な電力を補ってくれまし た。お陰で雨に濡れた衣服も、そして採集し たきのこも乾かす事ができました。 林内風景 くねらせて素早く靴に吸付いてきます。僅か なズボンの隙間から中には入って皮膚に食 い込み、容赦なく血を吸います。それが、一 匹や二匹ではありません。余りの凄さに気持 ちが悪くなって、身震いがします。世界の険 しい森林を又にかけて調査してきたコ-フ 先生も、これにはさすがに手を挙げたようで した。急いで宿に帰り、早速風呂に入ろうと して又驚きました。ズボンを脱ぐと両足の内 腿に、血を吸って赤く膨れあがった5-6匹 のヒルがぶら下がっています。なんと気持ち の悪い事か。一旦喰い入ったヒルは、引っ張 った位では離れません。仕方なくタバコのヤ ニで退治しました。 滞在中は殆ど毎日雨に降られたので、靴が 乾く暇がありません。予定した日程を無事に 終わり、さて帰ろうとしたが船が出ません。 時は 10 月、台風のシ-ズンです。持ち金も 少なくなって心細くなったが、ここは台風の 通過を待つより他はありません。嵐のために 外出できないまま3日間、じっと我慢の末よ うやく帰途に着く事が出来ました。屋久島の 10 日間は、様々な体験もあったが、それにも 増してきのこの収穫も多く、忘れられない思 い出の一つです。 森林鉄道 コ-フ先生の希望で永田岳へ出掛けた時 の事です。かねてからヤマヒルが多い所と聞 いていたので、それぞれ厳重に身支度を整え て山に入りました。落葉の陰に潜んでいたヒ ルが、一歩足を踏み出した途端に細い身体を なお、この稿は「きのこ学閑話」297 編の 中の一つである事を申し添えておきます。 (2000.01.05) 39
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