第 22 巻第 2 号,2007 年 症 例 骨盤内放線菌症の 1 例 弘前大学医学部産科婦人科学教室 二 神 真 行・柞木田 礼 子・横 山 良 仁 樋 口 毅・水 沼 英 樹 A case of pelvic actinomycosis Masayuki FUTAGAMI, Ayako TARAKIDA, Yoshihito YOKOYAMA Tsuyoshi HIGUCHI, Hideki MIZUNUMA Department of Obstetrics and Gynecology, Hirosaki University School of Medicine 表 1.初診時の検査所見 は じ め に WBC ▲ 13980/μl RBC 448×104/μl Hb 12.5 g/dl Plt ▲ 45.1×104/μl Neut ▲ 78.0% Fibrinogen ▲ 568 mg/dl CRP ▲ 3.7 mg/dl CA125 31 IU/L 放線菌症は,Actinomyces 属による稀な慢 性化膿性肉芽腫性感染症である。婦人科領域 では子宮内避妊器具(intrauterine device : IUD)との関連性が注目されている。今回 我々は,尿路感染症として治療をうけていた が改善せず,当科で骨盤内放線菌症を疑い診 腟培養 陰性 カテーテル尿培養 陰性 子宮腟・頸部細胞診 Ⅱ 子宮内膜細胞診 陰性 断治療しえた 1 症例を経験したので報告す 介され手術を予定していた。しかし,子宮傍 る。 結合織の板状硬結が骨盤壁まで達し,あたか 症 例 も癌性浸潤を思わせる局所所見を認めたた 35 歳 め,悪性疾患も念頭におき,同年 9 月精査治 妊娠分娩歴:5 妊 1 産(1 回自然分娩,2 回自 療目的に当科紹介となった。 然流産,2 回人工妊娠中絶) 初診時検査所見(表 1) :白血球の増加,血小 月経歴:初経 11 歳,28 日周期で整。10 年前 板の上昇,フィブリノーゲンの増加,CRP の に IUD 挿入。 上昇を認めた。腟細菌培養・尿培養検査とも 既往歴:特記事項なし に陰性,子宮頸部・内膜細胞診も異常を認め 現病歴:平成 16 年 4 月に右側腹部痛・発熱の なかった。 ため近医を受診した。その際,腎盂腎炎・尿 初診時内診所見:子宮の右後方に弾性硬で可 管結石の疑いで入院治療を受けた。しかし, 動性不良の腫瘤が触知され,圧痛が著明で, 同年 8 月になっても症状が改善せず市内の総 右の子宮傍結合織に硬結を触知した。 合病院を受診し,子宮筋腫と右水腎症とを指 経腟超音波検査;子宮の背側に径 6 cm 大の 摘された。水腎症は尿管ステント処置により 腫瘤を認め低・高エコー域が混在する嚢胞性 改善した。水腎症の原因として子宮筋腫によ 腫瘤を認めた。 る尿管圧迫が疑われ,同病院の産婦人科を紹 入院後経過:入院直後に骨盤 MRI 検査を行 ― 13 ― (81) 青森臨産婦誌 図 1 骨盤 MRI 検査 T2 強調画像.径 6 cm の変性を伴う腫瘤を認めた。 図 2 開腹所見 右卵巣由来の白色調の腫瘤で,小腸・子宮・直腸・ダグ 図 3 摘出標本 内容は充実性で膿汁を含んでいた。 ラス窩および膀胱子宮窩腹膜と強固に癒着していた。 い,超音波検査と同様に径 6 cm 大の変性を伴 迅速病理診で炎症性腫瘤との診断であった。 う腫瘤を認めた(図 1)。入院時も右下腹痛と 本人に挙児希望がないこと,炎症が子宮・膀 38 ℃台の発熱を認めた。慢性の炎症が疾患 胱子宮窩まで及んでいたため,子宮摘出と右 の中心にあると考えられ, 鑑別疾患としては, 付属器切除を行った。左卵巣は正常であり温 変性子宮筋腫・付属器の膿瘍・子宮内膜症・ 存した。出血量は 504 g で希釈式自己血輸血 虫垂膿瘍などを考えた。しかしながら IUD 800 ml を施行した。 の長期挿入例であったことから,骨盤内放線 摘出標本(図 3):内容は充実性で膿汁を含ん 菌症を最も強く疑った。そこでペニシリン製 でいた。 剤を 5 日間点滴静注した。使用後に発熱はや 病理組織標本(図 4) :右卵巣実質内に肉芽腫 や軽快したものの依然として 37 ℃台の微熱 と膿瘍が形成されており, Grocott 染色陽性の が続き,右下腹痛も改善せず,入院 14 日目に 菌塊(ドルーゼ)を認めたため,骨盤内放線 開腹手術を施行した。 菌症と確定診断された。 開腹時所見(図 2) :右卵巣に由来する白色調 術後経過:平成 16 年 11 月に経過良好で退院 の腫瘤で,小腸・子宮・直腸・ダグラス窩お した。術後 2 か月間経口ペニシリンの内服を よび膀胱子宮窩腹膜と強固に癒着していた。 行い,現在も経過良好である。 ― 14 ― (82) 第 22 巻第 2 号,2007 年 別は困難であろうと思われる。 骨盤内放線菌症の診断は,術前に確定ない し臨床診断がついたものはわずか 20 %未満 との報告もあり困難である4)。しかし,IUD 使用歴の有無が大変重要である。さらに臨床 症状・内診・炎症マーカー・画像診断を総合 的に判断すれば,少なくとも骨盤内放線菌症 を疑うことは可能かもしれない。本症例も前 医では水腎症があったため,単純な尿路感染 症として治療されていた。また,紹介された 図 4 病理組織像 卵巣実質内に肉芽腫と膿瘍が形成され菌塊 前医の婦人科でも最初は骨盤内の腫瘤を子宮 筋腫と診断し,そのための水腎症とされてい (ドルーゼ)を認めた。 た。しかし子宮筋腫のみで水腎症に至る場合 は,非常に大きな筋腫であることがほとんど 考 察 であり,逆に臍を超えるような大きな筋腫の 産婦人科領域では約 30 年前に IUD 使用者 場合でも水腎症を呈することは多くない。当 の骨盤内放線菌症が報告され,その後多数の 科の診断では,採血で炎症所見があり,骨盤 報告があるが,日常の臨床では非常に稀な疾 MRI 検査で骨盤内膿瘍が疑われ,IUD の長期 患である1)。感染経路としては,子宮頸部,子 使用例ということから放線菌を強く疑うこと 宮傍結合織へは主として粘膜損傷による直接 が可能であった。このことから,IUD の使用 侵入,子宮付属器 / 骨盤腹膜へは主として経 歴と骨盤 MRI 検査による膿瘍の診断が診断 卵管性感染が考えられている。 の一助となろう。そのためわれわれ産婦人科 臨床症状は,腹痛・発熱・体重減少・悪臭 医は,IUD の長期例では骨盤内放線菌症を常 帯下で PID と同様である。内診所見は特徴 に念頭におく必要があると思われる。 的で woody induration と呼ばれ,まるで癌性 確定診断は病理組織学的な菌塊の証明であ 前 病変を触知するかのごとくの所見であり2), り,本症例でも確定診断はこれによった。こ 医および当科でも同様の内診所見が得られ れまでに子宮頸部,内膜細胞診で診断した症 た。そのため,子宮頸癌の子宮傍結合織浸潤 例5)や経腟超音波ガイド下に生検して診断し やダグラス窩の播種性病変などの悪性疾患と えた症例6)も存在するが稀である。本症例で の鑑別が難しいことも多い。しかし癌が不規 もいずれの細胞診でも異常はなかった。また 則で不均一,周囲との境界が比較的明瞭であ 子宮腔内分泌物や骨盤内膿瘍の嫌気性培養か るのに対し,炎症性病変ではさらに硬く比較 ら放線菌を検出した例もあるが,放線菌の培 的均一で,周囲との境界は不明確でびまん性 養はきわめて困難とされており Hager らは 3) であり,圧痛がやや強いといわれている 。 2%にすぎないと報告している7)。本症例で 画像所見としての特徴は,嚢胞形成腫瘤の も培養をこころみたが,検出はされなかっ 場合,悪性腫瘍と比べ腫瘤壁が不規則で凹凸 た。 を認め,内容もデブリスを含んで不均一とさ 治療は古くからペニシリン G の大量長期投 れている。当科で施行した経腟超音波検査, 与が原則とされている。6 か月から 12 か月の 骨盤 MRI 検査では境界はやや明瞭であるも 内服治療が有効との報告もあるが,いまだ議 のの,内容の膿汁を反映して変性を疑うよう 論の余地のあるところである。また薬物治療 な混在性のエコー,MRI 信号強度であった。 のみでは再燃の可能性も高いとされるが,文 そのため,画像診断単独では悪性疾患との鑑 献上は予後良好とされており,島袋ら3)の報 ― 15 ― (83) 青森臨産婦誌 726-732, 1973. 告でも 11 例中 9 例で抗生剤のみで治療が可能 であった。しかし慢性陳旧性病変が高度であ 2 )Goodman HM, Tuomala RE, Leavitt T : Actinomycotic pelvic inflammatory disease simulating malignancy. J Reprod Med, 31 ; 625-628, 1986. る場合は,手術療法を選択することが必要と なる場合もある。本症例でも放線菌症を疑う までに 5 か月以上の期間がすでに経過してお 3 )島袋 史,佐久本哲朗,長井 裕,仲里 巌,金 城忠雄,金澤浩二:IUD 使用者の骨盤内放線菌症 11 例に関する臨床的検討.産と婦,70;1264-1268, 2003. り,ペニシリン製剤使用後も軽快しなかった ため,手術に踏み切らざるをえなかった。治 療を迅速に行うためにも,まずこの疾患の存 在を念頭において診療にあたる必要があると 4) FiorinoAS : Intrauterine contraceptive device associated actinomycotic abscess and Actinomyces detection on cervical smear. Obstet Gynecol, 87 ; 142-149, 1996. 思われる。 お わ り に 5) 嶋村勝典,田島里奈,武田 理:子宮頸部・内膜 細胞診にて術前診断を得た骨盤内放線菌症の1 例.沖縄医学会雑誌,40;39-42,2001. 稀な疾患である骨盤内放線菌症を経験し た。IUD 装着者が下腹痛などの臨床症状を 呈した場合は,まず本疾患を疑う必要がある 6) 大野原良昌,津戸寿幸,高橋弘幸,皆川幸久:経 腟超音波ガイド下生検にて確定診断し得た重症 骨盤内放線菌症の1例.日産婦誌,53;1795-1798, 2001. と思われる。 本論文の要旨は,第 119 回日本産婦人科学会東北連 合地方部会(青森市)および第 53 回日本産科婦人科学 会北日本連合地方部会総会(福井市)で発表した。 7 )Hager WD, Douglas B, Majmudar B, Naib ZM, Williams OJ, Ramsey C, Thomas J : Pevic colonization with actinomyces in women using intrauterine contraceptive devices. Am J Obstet Gynecol, 135 ; 680-684, 1983. 参 考 文 献 1 )Henderson SR : Pelvic actinomycosis associated with an intrauterine device. Obstet Gynecol, 41 ; ― 16 ― (84)
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