Essay 2009 年 6 月 8 日(2009-12) Sapiarc.com オバマ大統領 オバマ大統領の 大統領のカイロ演説 カイロ演説は 演説は「新しい始まり」となるか 前の大統領で,よく準備された演説をした のはジョン・ケネディでした. 2009 年 6 月 4 日は記憶されるべき日にな るでしょうか.この日,オバマ大統領は, カイロ大学の講堂に集まった聴衆(イスラ ム教徒が大多数と思われる)に対して,ア メリカとイスラム世界との間に「新しい始 まり(a new beginning)」をもたらそうと呼 びかけました. オバマ氏のカイロ演説は下記のような特 徴を持っています. (1)言葉遣いに細かい配慮が見られたこ と.①「テロリスト」の代わりに,「暴力的 極端主義者(violent extremist)」が用いら れました.これは,ブッシュ政権下では, イスラム教徒とテロリストが同一視される ような時期があったことを考慮に入れて, オバマ氏はブッシュ政権との違いをはっき りさせたかったのでしょう.②祖国を意味 する homeland という言葉がしばしば使われ ました.これは,パレスティナとイスラエ ルの双方に対して使われています.③イス ラム教国という言い方は使われず,一貫し て「イスラム教徒が多数を占める国 (Muslim-majority country)」が使われまし た.これは,どの国にも少数派が存在する ことに配慮したものと思われ,実際に,レ バノンのマロン派キリスト教徒,エジプト のコプト教徒に関する言及がありました. ④ナチス・ドイツによるユダヤ人のホロコ ーストに言及したとき,国名として第三帝 国(The Third Reich)が用いられました.こ れは,オバマ氏がエジプトの次に訪問する ドイツに対する配慮だったのでしょう. 私は,この演説は,オバマ氏が大統領に 就任してから行った演説のなかで最も重要 なものではないかと思ったので,ワシント ン・ポストから全文(細かい字で A4 判 8.5 ページ)を取り出して読み,約 55 分に及ん だ演説をニューヨーク・タイムズが配信し たビデオで聴きました.また,この演説に 関して,ワシントン・ポストとニューヨー ク・タイムズが掲載した論説を読んでみま した.日本の新聞もこの演説の要旨を掲載 しましたが,関係する記事はこの演説の重 要性をとくに強調したものにはなっていな かったと思います. アメリカの大統領には,演説の草稿を書 くことを専門にしている人たち(speech writers)が付いているのですが,この人た ちは,アメリカ国内のイスラム教徒の団体 から意見を求めるなど,今回の演説の草稿 を書くにあたって入念な準備をしたそうで す.オバマ氏は,そうしてできた草稿に自 ら手を入れるのに長い時間をかけたと言わ れています.こういうことをするのは,世 界中でアメリカの大統領だけではないでし ょうか.また,オバマ氏はとくにそういう ことに熱心な人だと思います.オバマ氏以 (2)コーラン(英語の Koran の発音はコ ラーンに近い)に関する言及が多く,引用 が重要な場面でなされたこと.演説が始ま って直ぐ,コーランの「神を意識して,常 1 Sapiarc.com に真実を話しなさい(Be conscious of God and speak always the truth.)」が引用さ れ,オバマ氏は,自分はできる限りそうす るよう努力すると述べました.演説は,イ スラム教のコーラン,ユダヤ教のタルムー ド,キリスト教のバイブルからの引用で終 わりました.これまで,アメリカの大統領 の演説には,バイブル,とくに旧約聖書か らの引用が多かったことはよく知られてい ますが,今回の演説はその伝統を他の2つ の宗教にまで拡大したものになっています. 言しました.パレスティナについては, 人々が置かれている劣悪な状況は許せない (intolerable)ものだとして,アメリカはパ レスティナの人々の正当な要求に背を向け ることはないと述べました.その反面,イ スラエル市民に対する暴力の行使を止める よう要求しました.そのうえで,イスラエ ルとパレスティナ双方の人々に,オスロ合 意に基づくロードマップの下での義務を守 るよう呼びかけました. (5)イランが目指している核兵器の開発 に関して,イラン政府と前向きな話合いを する用意があると述べたこと.オバマ氏は, これまでにアメリカとイランの間にあった いろいろな経緯に触れ,過去にいつまでの こだわらずに(Rather than remain trapped in the past),双方の不信を乗り 越えて,勇気と公正さと決意をもって新し い関係を築こうと呼びかけました.また, 核不拡散条約の加盟国になれば,イランが 必要とする原子力の平和利用は可能になる ことを指摘し,これについては全ての国々 が同じ条件下にあると述べました.この発 言は,核不拡散条約に加盟していないイス ラエルにも向けられているものと考えられ ます. (3)アフガニスタン進攻とイラク戦争の 性格を区別したこと.アフガニスタンへの 進攻は,9・11 で現実のものとなった安全 への脅威に対処するために選択の余地なく 行ったものだったが,イラク戦争はブッシ ュ政権によって選択されたものだったと述 べました.オバマ氏としては,これによっ て自分とブッシュ政権との違いを明確にし ておきたかったのでしょう.しかし,オバ マ氏は,アフガニスタンとイラクに対する アメリカの今後の責任を明らかにしました. (4)アメリカがイスラエルとパレスティ ナを含むアラブ社会の双方に深い関係を持 っていることを強調し,双方に理解を示し たこと.同時に,両者に対して厳しい注文 を付けており,発言のバランスを取ること に気を配ったこと.オバマ氏は,アメリカ がイスラエルと強い絆で結ばれていること はよく知られているとおりで,それは切る ことのできないものと言い切りました (This bond is unbreakable).また,ナ チス・ドイツによるユダヤ人のホロコース トはなかったと言う人たちがいることに強 く反発しました.オバマ氏は翌6月 5 日に ドイツに行き,ワイマールの近くのブーヘ ンワルト(Buchenwald)にあったユダヤ人強 制収容所を訪問し,ホロコースト犠牲者追 悼碑に白いバラ一輪を捧げて,カイロでの 発言を裏付けました.しかし,イスラエル が,本来の領土ではないヨルダン川西岸地 区で入植地(settlements)を着々と増やして きたことには正当性(legitimacy)がなく, アメリカは受け入れることはできないと明 以上に述べたこと以外に,民主主義,女 性の権利,経済発展,教育・科学・技術な どについても発言がありましたが,差し迫 った重要問題は,イラクとアフガニスタン における不安定な状態,パレスティナ問題, イランの核開発への対処であることは疑い ないところです.オバマ氏自身が述べてい るように,これらの問題は簡単に解決する ようなものではありませんが,世界の平和 は,アメリカとイスラム世界との関係に大 きく依存しているという現実があります. オバマ政権が何らかの突破口を見つけるこ とができるかどうかは,世界の将来を左右 することになるでしょう.今週から,オバ マ政権の特使がこの地域で活動を開始する ことになっているそうですが,その成果が 注目されます.(おわり) 2 Sapiarc.com
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