農産物輸入関税と不足払い制度による 効率的な所得再分配

1
農産物輸入関税と不足払い制度による
効率的な所得再分配
武
藤
幸
雄*
要約 : 農業が比較劣位化している農産物輸入国では῍ 農産物輸入関税や不足払い制度を導入して自国
の農業生産者が直面する農産物価格を引き上げ῍ 農業生産者に所得を移転することができるῌ しかし῍
そのような政策の導入に伴って῍ 一般に῍ 消費者余剰の低下や納税者の租税負担増加が起こり῍ その
国の経済に死重的損失が生じるῌ 本稿は῍ 農産物輸入国の農業生産者に一定の所得移転を行えるよう
な農産物輸入関税と不足払い制度の組合せのうち῍ 所得移転に伴う死重的損失の発生量を最小に抑え
る組合せを῍ 効率的な所得再分配政策として定義するῌ そして῍ 効率的な所得再分配政策を構成する
関税と不足払いの組合せが持つ性質について分析するῌ 国際農産物市場で大国に該当する農産物輸入
国の場合῍ 効率的な所得再分配政策を構成する不足払いと関税の組合せが῍ 農業生産者への所得移転
の規模に応じて大きく変化することが本稿では示されるῌ
キ῍ワ῍ド : 農産物輸入関税῍ 不足払い῍ 効率的な所得再分配政策῍ 大国῍ 小国
ῌῌῌῌῌῌῌῌῌῌῌῌῌῌῌῌῌῌῌῌῌῌῌ
化を招くῌ
ῌῌ は じ め に
速水 ῏+320 : 0*῍0.ῐ は῍ 農業が比較劣位化してい
近年の日本では῍ 政府から農業生産者への補助
る農産物輸入国で῍ 農業生産者に一定の所得移転
金供与に依拠して農業保護を進める納税者負担型
を行うために不足払いと関税が別個で導入される
農政と῍ 農産物輸入関税に依拠して農業保護を進
とき発生する死重的損失を῍ 納税者の租税負担増
める消費者負担型農政の選択に関する議論が盛上
加や消費者余剰の低下量に基づき評価したῌ そし
+ῐ
がりを見せつつある ῌ 言うまでもなく῍ これら
て῍ 関税の導入時よりも不足払いの導入時の方が
の選択に関する議論は῍ 補助金や関税が生産者῍
死重的損失の発生が小さいことを結論したῌ ただ
納税者῍ 消費者のそれぞれに及ぼす影響を見極め
し῍ この結論を導く議論では῍ 所得移転を進める
ながら進める必要があるῌ 政府が農業生産者への
農産物輸入国が国際貿易論で言う小国に該当して
補助金供与の手段として不足払い制度を導入する
いて῍ 不足払いや関税の導入によってその国の農
場合῍ 生産者が直面する農産物価格を῍ 消費者が
産物輸入量が変化しても農産物の国際価格に影響
直面する農産物価格より高く引き上げながら῍ 農
が及ばないことが仮定されていたῌ 速水 ῏+320 : 0*῍
産物供給量や生産者の所得を高めることができ
0.ῐ の議論は῍ 国際農産物市場で小国に該当する
るῌ しかし῍ このとき῍ 不足払いへの政府支出に
農産物輸入国では῍ 関税に依拠した消費者負担型
伴って納税者の租税負担が増大するῌ 他方で῍ 農
農政よりも῍ 不足払いに依拠した納税者負担型農
産物輸入関税の導入は῍ 政府に関税収入をもたら
政の方がより効率的に農業生産者へ所得を移転で
し῍ 国内の農産物価格の上昇を通じて生産者の所
きることを示唆するῌ
得を改善する効果を持つが῍ 同時に῍ 消費者の直
政府が不足払いと関税を別個に導入するのでは
面する農産物価格も高めるために消費者の厚生悪
なく῍ 両者を適当に組合せて使いながら農業生産
* 京都大学大学院農学研究科
者へ所得を移転するケ῎スも実際には考えられ
農村研究 第 +*3 号 ῐ,**3ῑ
2
るῌ また῍ 国際農産物市場の需要において大きな
. 節では分析結果を要約し῍ 残された課題を述べ
シェアを占める農産物輸入国の場合῍ その国が農
るῌ
業政策の変更を通じて農産物輸入量を変化させる
と῍ 農産物の国際価格が影響を受ける可能性が考
えられるῌ つまり῍ その国が῍ 国際貿易論で言う
ῌῌ
不足払いと関税による農業生産者への所
得移転
大国に該当する場合が考えられるῌ 例えば῍ 将来
本節では῍ 農業が比較劣位化している国が῍ 不
の日本のコメ政策変化の効果をシミュレ῏ション
足払い制度と農産物輸入関税を組合せて使って農
分析した鈴木 ῐ,**/ῑ は῍ 過去の経験から῍ 日本の
業生産者へ所得を移転できることを説明するῌ
コメ輸入量が増えるとコメの国際価格がかなり上
図 + では῍ 農業が比較劣位化している国での或
昇するという想定を置いているῌ 国際農産物市場
る農産物の供給曲線と需要曲線が῍ それぞれ῍ 直
で大国に該当する農産物輸入国が῍ 不足払いと関
線 SS* と直線 DD* で表されているῌ 以下の議論で
税を組合せて使って農業生産者に一定の所得移転
は῍ この国を ῒ自国ΐ と呼ぶことにするῌ 自国の
を行い῍ かつ῍ その移転に伴って生じる死重的損
政府が農産物貿易を完全に制限し῍ 自国の農産物
失をできるだけ小さく抑えようとする場合῍ いか
市場に介入しない場合῍ そこでの市場均衡は῍ 直
なる不足払いと関税の組合せがその国にとって望
線 SS* と直線 DD* の交点である点 A によって表
ましいだろうか῎この問題について詳しく分析し
せるῌ この均衡では῍ 自国の農産物価格は Pa にな
,ῑ
た研究事例はまだ現れていない ῌ
り῍ 農産物の需要と供給は共に Qa になるῌ また῍
本稿は῍ 農業が比較劣位化している農産物輸入
自国の農産物市場での消費者余剰と生産者余剰
国で不足払いと関税を組合せて使って農業生産者
は῍ それぞれ῍ 面積 D* APa と面積 Pa AS* になるῌ
へ所得移転が行われる状況を考察対象に取上げ
自国が農産物貿易を行う場合に議論を移そうῌ
るῌ そして῍ 農業生産者へ一定の所得移転を行え
自国では農産物価格が Pa より低くなるとき農産
るような不足払いと関税の組合せのうち῍ 所得移
物の超過需要が生じるῌ 図 , では῍ 自国での農産
転に伴う死重的損失の発生量を最小に抑える組合
物の超過需要と農産物価格の関係が῍ 曲線 Pa M*
せを῍ その国の効率的な所得再分配政策として定
M+ で示されているῌ 農産物価格が S* を下回ると
義するῌ 本稿の課題は῍ この効率的な所得再分配
自国の農産物供給がゼロになるので῍ この超過需
政策が持つ性質について分析することであるῌ 本
要曲線は点 M* で図のような屈曲を示すῌ 他方で῍
稿は῍ 所得移転を行う農産物輸入国が国際農産物
図 , の直線 XX* は῍ 外国の農産物輸出供給曲線
市場で小国に該当する場合と大国に該当する場合
を表し῍ 外国の農産物輸出供給量と農産物の国際
とを共に取上げるῌ そして῍ 効率的な所得再分配
価格の関係を示すῌ 自国の政府が国内の農産物市
政策を構成する不足払いと関税の組合せが῍ 生産
場に介入せず農産物の自由貿易を認める状態を῍
者への所得移転の規模に依りながらどのように決
政府の市場統制が無い場合と呼ぶことにするῌ こ
まるか῍ を重点的に分析するῌ
の場合の市場均衡は῍ 曲線 Pa M* M+ と直線 XX*
次節では῍ 農業が比較劣位化している国が不足
の交点である点 G によって表せるῌ この均衡の下
払いと関税を組合せて使って農業生産者へ所得を
での農産物の国際価格を Pf と置き῍ 均衡におけ
移転できることを説明するῌ 第 - 節では῍ 不足払
る自国の農産物需要と農産物供給を῍ それぞれ῍
いと関税の組合せによって農業生産者へ所得移転
Qd ῐPfῑ と Qs ῐPfῑ によって表すῌ この均衡におい
が行われる状況で῍ 効率的な所得再分配政策がど
て自国の消費者余剰は面積 D* FPf になり῍ 生産者
のように定義できるかを説明するῌ そして῍ 農業
余剰は面積 Pf BS* になるῌ 前段落で述べた均衡と
生産者への所得移転の規模に依りながら῍ 効率的
比べると῍ 自由貿易の導入によって自国では農産
な所得再分配政策がいかに決まるかを調べるῌ 第
物価格が下落し῍ 消費者余剰の増大と生産者余剰
農産物輸入関税と不足払い制度による効率的な所得再分配
図 + 自国の農産物市場の状態
の大幅な減少が起こることが確かめられるῌ
図 , のように外国の輸出供給曲線が右上がりに
3
図 , 国際農産物市場の状態
り大きくすることが῍ 自国の政策目標に設定され
るものとするῌ 自国の政府がこのとき目標として
なる場合῍ 自国の農業政策の変化等により超過需
設定する生産者価格の高さを῍ Ps によって表すῌ
要曲線 Pa M* M+ の形状が変わると῍ 一般に国際価
図 + に描かれるように῍ 市場統制が無い場合の均
格 Pf の高さに影響が及ぶῌ このように外国の輸
衡価格 ῏Pfῐ と貿易が完全に制限される場合の均
出供給曲線が右上がりになる場合῍ 自国は国際貿
衡価格 ῏Paῐ との間に生産者価格の目標水準 Ps が
易論で言う大国に該当するῌ 一方῍ 外国の輸出供
設定されるケ῎スを῍ ここでは取上げるῌ 自国で
給曲線が水平になる場合῍ 超過需要曲線の形状の
は῍ 生産者価格が Ps に等しくなるとき῍ 農産物供
変化は農産物の国際価格に影響を与えられないῌ
給が Qs ῏Psῐ になり῍ 生産者余剰が面積 Ps ES* に
この場合῍ 自国は国際貿易論で言う小国に該当す
なるῌ 前段落で述べた政府の市場統制が無い場合
るῌ
に比べると῍ 生産者価格が Ps へ高められたおか
上述のように自由貿易の導入によって生産者余
げで῍ 生産者余剰が面積 Ps EBPf だけ伸びるῌ
剰が大きく減るのを避けるため῍ 自国で不足払い
上のように生産者価格を目標水準 Ps に一致さ
と関税が導入されるケ῎スについて説明するῌ 自
せながら῍ 市場均衡と両立するように自国の政府
国では自由貿易によって農業生産者の所得が大き
が不足払いと関税の組合せを導入できることを説
く減ることに反対する世論が広まっているものと
明しようῌ 自国の政府が生産者価格を目標水準 Ps
するῌ その結果῍ 生産者の直面する農産物価格 ῏生
に一致させ῍ 生産者に対して農産物供給 + 単位に
産者価格ῐ を Pf より高い水準に保つことによっ
つき r だけ不足払いを供与する場合῍ 自国の消費
て῍ 生産者の所得を政府の市場統制が無い場合よ
者が直面する農産物価格 ῏消費者価格ῐ は῍ 不足払
4
農村研究 第 +*3 号 ῎,**3῏
いの分だけ Ps を下回り῍ Psΐr に等しくなるῌ 消
死重的損失を最小に抑える政策は῍ 効率的な所得
費者価格が Psΐr であるときの自国の農産物需要
再分配政策としてみなすことができるῌ 以下で
を Qd ῎Psΐr῏ によって表す ῎図 + では῍ Pd῔Psΐr と
は῍ この考え方に従いながら῍ 前節で説明したよ
置いてある῏ῌ このとき῍ 自国では῍ 農産物の超過
うに不足払いと関税の組合せによって農業生産者
需要が Qd ῎Psΐr῏ΐQs ῎Ps῏ だけ発生し῍ 市場均衡
に所得が移転される場合に効率的な所得再分配政
の実現のためにそれと同じだけ農産物を輸入する
策がどのように定義できるかを説明する-῏ῌ
必要が生じるῌ 外国による農産物輸出量が Qd ῎Ps
ΐr῏ΐQs ῎Ps῏ に等しくなるときの農産物の国際
前述の供給曲線 SS*῍ 需要曲線 DD*῍ 外国の輸
出供給曲線 XX* の方程式が῍ それぞれ῍
価格を῍ Pw ῎r, Ps῏ によって表す ῎図 , 参照῏ῌ この
状況で῍ 自国の政府が農産物輸入 + 単位につき Ps
ΐrΐPw ῎r, Ps῏ だけ関税を課すならば῍ 国際価格
は῍ この関税分だけ消費者価格を下回るので῍ Pw
P῔S*ῒS+Q῍
ῌ
P῔D*ΐD+Q῍
῍
P῔X*ῒX+Q
῎
῎r, Ps῏ に等しくなるῌ そして῍ 外国による農産物
によって与えられるものとするῌ ただし῍ S+ と D+
輸出量が Qd ῎Psΐr῏ΐQs ῎Ps῏ に等しくなり῍ 市場
は正の定数で῍ X+ は非負の定数であり῍ 図 + に描
均衡が実現するようになるῌ
かれるように D * ῕ S * ῕ X * ῕ * が成り立つものと
上の議論より῍ 自国の政府が農産物供給 + 単位
につき r だけ不足払いを生産者に供与し῍ かつ῍
農産物輸入 + 単位につき PsΐrΐPw ῎r, Ps῏ だけ関
税を課すとき῍ 生産者価格が目標水準 Ps に一致
した状態で市場均衡が実現するῌ そして῍ 自国の
するῌ
式 ῌ を用いると῍ 生産者価格が Ps であるとき
の国内の農産物供給量は῍
Qs῎Ps῏῔῎PsΐS*῏ῌS+
῏
政府は῍ 政府の市場統制が無い場合に比べて生産
と表せるῌ 生産者価格が Ps に等しいときの自国
者余剰を面積 Ps EBPf だけ増やす形で῍ 生産者へ
の生産者余剰を p ῎Ps῏ とおくと῍ これは῍ 式 ῌ῍
所得を移転することができるῌ ῎上の不足払いと関
῏ より῍ 次のように表すことが可能であるῌ
税の導入によって自国の消費者余剰や納税者の租税負
担にも影響が及ぶが῍ その影響に関する説明は次節で行
うῌ῏
ΐῌ 効率的な所得再分配政策
本節は῍ 不足払いと関税の組合せによって農業
p῎Ps῏῔S+Qs,῎Ps῏ῌ,῔῎PsΐS*῏,ῌ,S+
ῐ
一方῍ 式 ῍ より῍ 消費者価格が Psΐr であると
きの国内の農産物需要量は῍
Qd῎Psΐr῏῔῎rΐPsῒD*῏ῌD+
ῑ
生産者へ所得移転が行われる場合に効率的な所得
と表せるῌ この他῍ 式 ῎῍ ῏῍ ῑ より῍ 前述の国
再分配政策がどのように定義できるかを説明し῍
際価格水準 Pw ῎r, Ps῏ が次のように表せるῌ
続いて῍ 生産者への所得移転の規模に依りながら
効率的な所得再分配政策がいかに決まるかを調べ
るῌ
ῌ 効率的な所得再分配政策の概念
Pw῎r῍Ps῏῔X*ῒX+ῐQd῎Psΐr῏ΐQs῎Ps῏ῑ
῔X*ῒX+ῐ῎rΐPsῒD*῏ῌD+
ΐ῎PsΐS*῏ῌS+ῑ
ῒ
Gardner ῎+321῏ によると῍ 農業生産者への所得
政府の市場統制が無い場合から前節で述べた不
移転の規模は῍ 納税者や消費者の厚生を犠牲にし
足払いと関税が導入される状態に移行するときに
てもたらされる農業生産者のレントの伸びによっ
自国で生じる死重的損失を L ῎r, Ps῏ によって表
て測ることができるῌ また῍ 農業生産者に所与の
すと῍ これは次のように評価できるῌ
所得移転を行う政策のうち῍ 所得移転から生じる
5
農産物輸入関税と不足払い制度による効率的な所得再分配
を lpPapPf だけ高めるような不足払いと
LrPspPfpPs
関税の組合せの中から その所得移転により生じ
+
D+Q,dPfQd, Psr
,
る死重的損失を最小に抑える組合せを見つけるた
rQsPsPsrPwrPs
QdPsrQsPs
῍
めには 次の問題 A+ を解くことが必要にな
る
A+
政府の市場統制が無い場合から前節で述べた不足
払いと関税が導入される状態に移行するとき 自
st
min LrPs
r῍*, Ps῍*
pPspPflpPapPf
῎
国では生産者余剰が図 + の面積 Ps EBPf だけ増加
し 消費者余剰が面積 Pd CFPf だけ減少する 式
制約 ῎ は 政府の市場統制が無い場合と比べて
῍ の右辺第 + 項は 前者の生産者余剰の増加量に
生産者余剰を lpPapPf だけ高めるように
+ を掛けた値であり その右辺第 , 項は 後者
生産者価格の目標値 Ps を設定する必要がある
の消費者余剰の減少量に等しい 式 ῍ の右辺第 -
ことを意味する r と Ps の値をそれぞれ問題 A+
項と第 . 項の和は 不足払いと関税の導入による
の解に等しく設定しながら 前節で述べたような
自国の納税者の租税負担の純増加を表す これ
不足払いと関税の組合せを導入するとき 自国の
は 生産者に供与される不足払い総額 農産物供給
政府は 所得移転に伴う死重的損失を最小化する
+ 単位あたり不足払い額と農産物供給量の積 から政
ことができる.
府の関税収入 農産物輸入 + 単位あたり関税額と農産
条件 ῎ を Ps について解いた解を 関数 P*s l
物輸入量の積 を引いた値である このため 不足
によって表す この関数は 所得移転量に関する
払いと関税が導入されるときの 自国における
制約 ῎ を満たす生産者価格の目標水準を表す
ネットの財政負担に対応する このような財政負
式 ῌ を用いると P*s l は
担を賄うために自国が農産物市場以外の市場で課
税を行うとき 一般に 課税対象となる市場で歪
みと死重的損失が生じたり 税務執行のために徴
P*slp+lpPa+lpPf
S* ῐ
῏
税費用が発生したりするが 本稿は 速水 +320 :
0*ῒ0. と同様に その死重的損失と徴税費用は十
と表せる 上の式より P*s が l の単調増加凹関数
分に小さいとみなして それらを分析から捨象す
であることと P*s +Pa が成り立つことが確か
る
められる 前述のように * l ῌ + を仮定すると
前節の冒頭で述べた貿易が完全に制限されると
きの自国の生産者余剰と その後で述べた政府の
市場統制が無い場合の自国の生産者余剰との差
は p Pap Pf である 自国が不足払いと関税
の組合せによって農業生産者へ移転する所得の量
は p Pap Pf 以下の正の値になるものとする
き PfP*slῌPa が成り立つ
問題 A+ における r の解を関数 r* l によっ
て表し 関数 t* l を次のように定義する
t*lP*slr*lPwr*l P*sl
῏
ῑ
この移転される所得の量を lpPapPf に
前節の最後の議論より 自国の政府が農産物供給
よって表す ただし l は所得移転の規模を測る
+ 単位につき r* l だけ不足払いを生産者に供与
パラメタであり + 以下の正の値を取る この場
し 同時に 農産物輸入 + 単位につき t* l だけ
合 所得移転後の自国の生産者余剰は p Pf を
関税を課すならば 生産者価格が P*s l に一致
上回り p Pa 以下になる
した状態で市場均衡が実現する 農業生産者に
政府の市場統制が無い場合と比べて生産者余剰
lpPapPf だけ所得移転を行えるような不
農村研究 第 +*3 号 ,**3
6
足払い制度と農産物輸入関税の組合せのうち そ
῏ は 不足払いの限界損失が 自国の
にする 式 ῑ
の所得移転に伴って生じる死重的損失を最小に抑
農産物輸入量に非負の定数を掛けた値と 農産物
える組合せは 農産物供給 + 単位につき r* l だ
輸入 + 単位あたり関税額に負の定数を掛けた値と
け生産者に支払う不足払い制度と 農産物輸入 +
の和に等しくなることを示している
単位につき t* l だけ課税する農産物輸入関税か
ら構成される 本稿の分析では この組合せが
生産者に対して lpPapPf
だけ所得移転を
῏ に 式 ῌ ῍ ῎ を代入すると
式ῑ
LrrPs
行うときの効率的な所得再分配政策を構成する
ῌ 関数 L の基本性質
問題 A+ を解くための準備として A+ の
目的関数 L の性質について考察する
,X+D+
r
D,+
,S+X+,X+D+D+S+
Ps
D,+S+
,S+D*X+,S*D+X+S+D+X*
D,+S+
ῒ
῏
式 ῍ の右辺での r の係数が +ῌD+ であることに
注意しながら L を r について偏微分すれば 偏
を導くことができる 上の式より 偏微分係数
微分係数 Lr r, Ps を次のように表すことができ
LrPs r, Ps は負の定数になるので 不足払いの限
る
界損失は Ps について単調減少である これは 農
産物輸入量 Qd Ps r Qs Ps が Ps について単
LrrPsQdPsrQsPs
調減少であることと 輸入 + 単位あたり関税額 Ps
(
ῌ
῎
῍+ PwrPs῏
(r
rPw r, Ps が Ps について単調増加であるこ
ῒ より 偏
とから導かれる性質である 一方 式 ῏
QdPsrQsPs
微分係数 Lrr r, Ps は正の定数になるから 不足
PsrPwrPs
ῌD+
払いの限界損失は r について単調増加である こ
X+QdPsrQsPs
ῌD+
の性質は 農産物輸入量 QdPsrQsPs が r
PsrPwrPs
ῌD+
῏
ῑ
不足払い額 r の増加は 不足払いへの政府支出額
rQs Ps の値 を増やす効果がある この他 自国
の農産物需要 Qd Psr の値 と農産物輸入 Qd
について単調増加であることと 輸入 + 単位あた
り関税額 PsrPw r, Ps が r について単調減少
であることから導かれる
῍ 効率的な所得再分配政策の特性ῌ小国の場
合ῌ
PsrQsPs の値 を増やす効果や 市場均衡と
自国が小国に該当し X+ がゼロになる場合の効
両立する農産物輸入 + 単位あたり関税額 Psr
率的な所得再分配政策について調べる この場
PwrPs の値 を低下させる効果も備える 農産物
合 農産物の国際価格は常に X* に等しいので 任
輸入 + 単位あたり関税額を所与とするとき 農産
意の r, Ps に対して Pwr, PsX* が成り立ち Pf
物輸入の増大は 政府の関税収入を増やし 所得
X* が得られる また l* より P*slPf
移転に伴う死重的損失を減らすのに寄与する 一
ῒ に rX+* を代入
X* も得られる よって 式 ῏
方 農産物輸入量を所与とするとき 農産物輸入
すると Lr*, P*slX*P*sl
ῌD+* を示
+ 単位あたり関税額の低下は 政府の関税収入を
すことができる これより 問題 A+ における
減らし 所得移転に伴う死重的損失を増やすのに
r の解は Lrr, P*sl* を r について解くこと
ῑ は こういった効果を合成させな
寄与する 式 ῏
によって求められ r*lP*slX** が得ら
がら r が限界的に増えるときの死重的損失の変
ῐ を用いて t*l* を導出
れる この結果と式 ῏
化量を算出したものである 偏微分係数 Lr r, Ps
できる これらは 効率的な所得再分配政策は不
を 以下では 不足払いの限界損失 と呼ぶこと
足払いを含むが 関税を含まないことを意味す
農産物輸入関税と不足払い制度による効率的な所得再分配
る 以上の議論と P*s が単調増加凹関数であるこ
とより 次を結論できる
命題 +
自国が小国に該当し *lῌ+ が成り
7
の関係式が成り立つ
PfX*X+QdPfQsPf
Pw*Pf
立つものとする このとき 農業生産者に対して
lpPapPf
だけ所得移転を行うときの効率
を用いて Lr *, Pf の値
X+* のとき 式 的な所得再分配政策は 不足払い制度から成り
が次のように評価できる
農産物輸入関税を含まない その不足払い制度に
おける農産物供給 + 単位あたり不足払い額は P*s
Lr*PfX+QdPfQsPf
ῌD+
PfPw*Pf
ῌD+
lX* に等しく l の単調増加凹関数になる
X+QdPfQsPf
ῌD+*
このように 小国の場合の効率的な所得再分配
政策は 制約 を満たす生産者価格の目標値と
この結果は 自国が大国に該当するとき 生産者
農産物の国際価格 X* の差を補填する不足払い
価格を Pf に一致させたままで不足払い額をゼロ
制度から成る l が + 以下の正の値を取る限り
から限界的に増やせば 自国の経済厚生に死重的
この性質は必ず満たされ 効率的な所得再分配政
損失が生じることを意味する
策に農産物輸入関税は含まれない 速水 +320 : 0*
他方で 前節の初めに述べたように 自国の政
0. は 小国において農業生産者へ所得を移転す
府が農産物貿易を完全に制限し 国内の農産物市
るために不足払いと関税が別個に導入される場合
場に介入しない場合 自国での農産物価格は Pa
を考え 不足払いの導入時の方が関税の導入時よ
になり 農産物需要と農産物供給は Qa に等しく
りも所得移転に伴う死重的損失が小さくなること
なる よって QdPaQsPaQa が成り立つの
を結論していた 第 + 節参照 本稿の分析では 速
で 式 より Pw*PaX* を導ける 図 + に描
水 +320 : 0*0. とは異なり 不足払いと関税を同
かれるように PaS*X* が成り立つので Lr *,
時に導入し 両者を適当に組合せて使って農業生
Pa の値は
産者へ所得を移転する機会が政府に認められてい
る 小国に該当する農産物輸入国の政府が この
Lr*PaX+QdPaQsPa
ῌD+
PaPw*Pa
ῌD+
ように拡張された所得移転の機会を持つ場合に
X*PaῌD+*
不足払いのみを用いることによって所得移転に伴
う死重的損失を最小化できることが 上で示され
と評価できる したがって 自国が生産者価格を
ている
Pa に一致させたままで不足払い額をゼロから限
ῌ 効率的な所得再分配政策の特性ῌ大国の場
合ῌ
次に 自国が大国に該当し X+ が正になる場合
の効率的な所得再分配政策について調べる
界的に増やせば 所得移転に伴う死重的損失を減
らすことができる
中節 における議論より LrPs *, Ps は負の定
数であり Lr *, Ps は Ps について単調減少であ
まず 問題 A+ における r の解が正になるか
る これと Lr*Pf*Lr*Pa* を用いれば
どうかを識別するのに役立てる目的で X+ が正に
P* と条件 Pf«
PPa を同時に満た
条件 Lr*«
なるときの Lr * Ps の符号の決まり方について
より この «
P が存在することが分かる 式 P
す«
調べる 前節で述べた政府の市場統制が無い場合
の値は
の均衡では 自国において農産物の超過需要が
QdPfQsPf* だけ生じる この均衡におけ
る農産物の国際価格は Pf だから 式 より 次
P
«
,S+D*X+,S*D+X+S+D+X*
,S+X+,X+D+D+S+
農村研究 第 +*3 号 ,**3
8
P のとき Lr *
と求められる そして Pf ῐ Ps «
は Ps について単調増加である よって P*sl
Ps * が成り立つことと «
P Ps ῐ Pa のとき Lr
より 次を示せる
Pf と式 *, Ps* が成り立つことが言える
l を次のように定
P を用いて 定数«
上で定めた «
t*lP*slPw*P*sl
PfPw*Pf*
義する
p«
PpPf
l
«
pPapPf
このように t* l が正になることが確かめら
p Ps は Ps について単調増加なので p Pf p
より *
PpPa が成り立つ よって 式 «
れる 式 を用いると t* l は
X+ X+῎
t*lῌ+
P*sl
῍ D+
S+ ῏
ῌD* S*῎
X*X+῍ ῏
D+ S+
l+ を導ける また 式 lp
は p«
PpPf«
«
PapPf を意味するので 関数 P*s の定義よ
l«
l のとき P*s が
P を導ける *l«
り P*s«
と表せる 上の式の右辺での P*s l の係数が正
P が成り立ち 上の
単調増加なので PfP*sl«
なので dt*ῌdl* と d,t*ῌdl,* を示せる
l
考察より Lr*P*sl* が得られる また «
lῐ+ のとき «
PP*slῐPa が成り立ち 上の考
察より Lr*P*sl* が得られる このほか
l* も得られる これらの結果より
Lr*P*s«
上の議論をまとめることによって 次の命題を
結論することができる
命題 ,
l が成り
自国が大国に該当し *lῐ«
立つものとする このとき 農業生産者に対して
生産者価格を P*s l に一致させて不足払い額を
lpPapPf だけ所得移転を行うときの効率
ゼロから限界的に増やすとき l が相対的に低け
的な所得再分配政策は 農産物輸入関税から成
れば所得移転に伴う死重的損失が増大し l が相
り 不足払い制度を含まない その輸入関税にお
対的に高ければ所得移転に伴う死重的損失が減少
のよう
ける輸入量 + 単位あたり関税額は 式 することが示唆される
に表すことが可能であり l について単調増加で
以下では 自国が大国に該当する場合を *l
凹である
l が成り立つケ スと «
l l ῐ + が成り立つ
ῐ«
ケスとに分ける 前者をケスと呼び 後者
上では 自国が大国に該当し 農業生産者への
をケス
と呼ぶことにする これらに場合分け
lpPapPf 以下の正の水準
所得移転規模を«
しながら効率的な所得再分配政策を求め その性
に設定する場合 効率的な所得再分配政策は不足
質について説明する
払いを含まず関税のみから成ることが示された
ケス : *lῐ«
l が成り立つとき
この場合 生産者への所得移転規模の増大と共に
このケスでは 上の議論より Lr*P*slῑ
農産物輸入 + 単位あたり関税額を高めることが
* が成り立つ 中節 における考察より Lrr *
効率的な所得再分配にとって必要になる
P * s l が正の定数なので r * のとき常に Lr
以上の分析と伝統的な最適関税論との関連につ
rP*sl* が成り立つ つまり 生産者価格が
いて簡単に述べる 外国の輸出供給曲線が式 P*s l に定められると 所得移転に伴う死重的損
によって表されるものとすると 農産物の国際価
失が r の上昇と共に増大する よって ケス
格が Pw に等しいときの外国の農産物輸出供給の
では A+ における r の解が r*l* によって
価格弾力性は +XPPwPwῌX+QXPw に等しく
与えられる
なる ただし QX Pw は 農産物の国際価格が
に
ケスにおける t*lは r*l* を式 代入して求められる 式 より PsPw *, Ps
Pw に等しいときの外国の農産物輸出供給量であ
l である場合 Lr*P*sl* が成立
る *l«
農産物輸入関税と不足払い制度による効率的な所得再分配
9
ῌ における t* l の表現を用いる
することと式 ῒ
ケスΐにおける t * l の性質について調べ
ことによって 効率的な所得再分配政策の下での
る P*s lῐPa が成り立つことと 上述のように
農産物関税率が次の不等式を満たすことを示せ
r* l が正の値を取ることを用いると 次の不等
る
式を導出できる
QdP*slr*lQdP*sl
t*l
Pw*P*sl
ῑQdPaQaQsPaῑQsP*sl
X+QdP*slQsP*sl
Pw*P*sl
ῌ を用いながら Lrr*
よって X+* のとき 式 ῏
lP*sl* を変形することによって
+
X
+P Pw*P*sl
῍
῎
t*lP*slr*lPwr*lP*sl
X+QdP*slr*l
l である場合 Lr*P*sl* が成り
一方 l«
QsP*sl
*
῍ における不等号を等号に置換え
立つので 式 ῎
ῐ
῍
た式が導ける 伝統的な最適関税論の文献では
を得る 以上のように ケスΐでは r* l と t*
大国にとって最適な関税率が外国の輸出供給の価
l が共に正の値を取るので 効率的な所得再分
格弾力性の逆数に等しくなることが指摘される
配政策に不足払いと関税の双方が含まれる
例えば Corden +31. : +01 を参照 これに対し
本稿の分析で自国が大国に該当する状況では l
ῐ に式 ῍
῏ を代入すると 式 ῐ
῍ における t *
式῍
l が次のように書き直せる
l であれば 効率的な所得再分配政策の下での
«
t*l
農産物関税率が外国の農産物輸出供給の価格弾力
l であれば 前
性の逆数に等しくなるが *l«
X+D+
P*sl
S+,X+D+
D* S*῎
X+ῌ
῍D+ S+῏
者が後者を下回るようになる
llῐ+ が成り立つとき
ケスΐ : «
῍
ῑ
ケスΐでは 上の議論より Lr *, P*s l が
上の式の右辺における P * s l の係数が負なの
負になる つまり 生産者価格が P*s l であると
で dt*ῌdl* と d,t*ῌdl,* を得る l の上昇が
きの所得移転に伴う死重的損失は r がゼロから
t* l の値へ及ぼす影響は 式 ῍
ῐ より r* l を
限界的に増えるとき減少する よって r の最適
介して t* l へ及ぼす影響と P*s l を介して
解 r* l は正の値を取る そして LrrP*sl
t* l へ及ぼす影響とに分けることができる r*
* を r について解くことによって
l は l について単調増加で Qd Psr は r に
ついて単調増加である よって l の上昇は r*
,S+X+,X+D+D+S+
r*l
P*sl
,X+D+S+
l を介して t* l を増加させるのに寄与する
,S+D*X+,S*D+X+S+D+X*
,X+D+S+
一方 P*s l は l について単調増加で QdPs
῍
῏
rQsPs は Ps について単調減少なので l の上
昇は P*s l を介して t* l を減少させるのに寄
と求められる 上の式の右辺は P*s l の一次関
与する この場合 後者の寄与の効果が前者の寄
数であり P*s l の係数は正である これは 不
与の効果を相殺することから l の上昇はトタ
足払いの限界損失 Lr r, Ps が r と Ps の一次関数
ルで t* l を減らす方向に作用し dt*ῌdl* が
ῌ のように表せることから導かれる性
として式 ῐ
導かれる 以上の議論より 次の命題を結論でき
質である この性質より dr*ῌdl* と d r*ῌdl
る
,
* が得られる
,
命題 -
llῐ+ が成り
自国が大国に該当し «
農村研究 第 +*3 号 ῏,**3ῐ
10
立つものとするῌ このとき῍ 農業生産者に対して
lῑp῏Paῐΐp῏Pfῐῒ だけ所得移転を行うときの効率
的な所得再分配政策は῍ 不足払い制度と農産物輸
入関税の双方から成るῌ その不足払い制度におけ
ῌ
る農産物供給 + 単位あたり不足払い額は῍ 式 ῍
のように表すことが可能であり῍ l について単調
増加で凹であるῌ 一方῍ その農産物輸入関税にお
ῌ のように
ける輸入 + 単位あたり関税額は῍ 式 ῏
表すことが可能であり῍ l について単調減少で凸
であるῌ
図 - 大国の場合の r* ῏lῐ の例
図 - と図 . には῍ 自国が大国に該当する場合の
r* ῏lῐ と t* ῏lῐ のグラフの例が描かれているῌ l
が + 以下の正の値を取るとき῍ t* ῏lῐ は必ず正の
値を取り῍ 効率的な所得再分配政策に関税が必ず
l を上回るときに限
含まれるῌ 不足払いは῍ l が«
lを
り効率的な所得再分配政策に含まれるῌ l が«
超えて上昇していくとき῍ 効率的な所得再分配を
行うためには関税額を減らし不足払い額を増やす
調整が必要になるῌ つまり῍ 所得移転に向ける政
策手段のウェイトを関税から不足払いへ移す調整
が必要になるῌ 自国が大国に該当する場合は῍ 小
国に該当する場合とは対照的に῍ 効率的な所得再
図 . 大国の場合の t* ῏lῐ の例
分配政策を構成する不足払いと関税の組合せが生
産者への所得移転の規模に応じて大きく変わるこ
外国の農産物輸出供給の価格弾力性の逆数に等し
とが示唆されるῌ
くなり῍ 伝統的な最適関税論 ῏例 え ば῍ Corden
最後に῍ ケ῎スῑでの分析と伝統的な最適関税
論との関連について簡単に触れるῌ ケ ῎ ス ῑ で
῎ より῍ 効率的な所得再分配政策の下での
は῍ 式 ῌ
農産物関税率が῍
῏+31. : +01ῐ を参照ῐ で指摘される大国の最適関税
率と同じように定まるῌ
ῒῌ む す び
本稿は῍ 不足払い制度と農産物輸入関税を組合
t*῏lῐ
Pw῏r*῏lῐ῍P*s῏lῐῐ
せて使って農業生産者に所得移転を行う農産物輸
X+ῑQd῏P*s῏lῐΐr*῏lῐῐΐQs῏P*s῏lῐῐῒ
῔
Pw῏r*῏lῐ῍P*s῏lῐῐ
配政策がどのように決まるかを分析したῌ 国際農
+
῔ X
+P ῏Pw῏r*῏lῐ῍P*s῏lῐῐῐ
ῐ
ῌ
入国において῍ 農業生産者への効率的な所得再分
産物市場で小国に該当する農産物輸入国の場合῍
効率的な所得再分配政策が不足払い制度から成
り῍ 農産物輸入関税を含まないことが示されたῌ
と表すことができるῌ したがって῍ 自国が大国に
一方῍ 国際農産物市場で大国に該当する農産物輸
l から + までの間にある場合は῍ 効
該当し῍ l が«
入国の場合῍ 関税は常に効率的な所得再分配政策
率的な所得再分配政策の下での農産物関税率が῍
に含まれるが῍ 不足払いは῍ 生産者への所得移転
農産物輸入関税と不足払い制度による効率的な所得再分配
の規模がある水準を超えるときに限って効率的な
所得再分配政策に含まれることが示されたῌ
11
せを調整する必要があるῌ
現在の日本では῍ 水田ῌ畑作経営所得安定対策
本稿の分析では῍ 単純化のために῍ 自国の農産
での麦ῌ大豆の生産補助金のように῍ 生産者への
物需要曲線ῌ供給曲線と外国の農産物輸出供給曲
補助交付額が῍ 過去の生産実績 ῐ面積ῑ と῍ 当年の
線が全て一定の傾きを持ち῍ 線形になることが仮
生産量ῌ品質によって決められるケ῏スも見られ
定されているῌ これらが非線形になる場合でも῍
るῌ このような交付方式を取る生産補助金が農産
各曲線の傾きの変化が十分に小さければ῍ 本稿で
物供給に与える効果は῍ 本稿の分析で採用された
の分析と同じように῍ 自国が大国に該当する場合
単純な形の農産物供給関数では的確に捉えられな
を所得移転の規模の大小に応じて二つに場合分け
い可能性があるῌ 生産補助の交付方式がこのよう
することが可能であるῌ そして῍ そのとき῍ 本稿
な形を取る場合に本稿の分析内容にどのような修
の命題 +῏- で述べた効率的な所得再分配政策に関
正が求められるかを分析することは῍ 今後の課題
する定性的結論のほとんどが῍ なお成立すること
に残されるῌ
が予想されるῌ
第 + 節で述べたように῍ 日本では῍ 生産者への
本稿では῍ 第 - 節で述べたように῍ 所得移転の
財政負担を賄うための課税から生じる死重的損失
補助金供与に依拠した納税者負担型農政と農産物
と徴税費用が分析から捨象されていたῌ 一方῍
関税に依拠した消費者負担型農政の選択について
Alston and Hurd ῐ+33*ῑ は῍ そのような死重的損
関心が高まりつつあるῌ 日本が生産者への補助金
失と徴税費用を所得移転に伴う死重的損失 ῐ本稿
供与の手段として不足払いを採用し῍ 不足払いと
の関数 L に対応するῑ の中に盛り込み評価してい
関税を組合せて使って生産者への所得再分配を効
るῌ 所得移転に伴う死重的損失が後者のように評
率的に行おうとするならば῍ 日本が保護対象とす
価される場合に本稿の分析内容にいかなる修正が
る農産物の国内外市場での需要関数と供給関数を
求められるかを調べることも῍ 今後の課題に残さ
/ῑ
把握し ῍ それらの関数の特性や生産者への所得
れるῌ
移転の規模に依存しながら関税と不足払いの組合
注
+ῑ 納税者負担型農政と消費者負担型農政の長短を比
べ論じた例として῍ 山下 ῐ,**.ῑ があるῌ
,ῑ Gardner ῐ+32-ῑ῍ Alston and Hurd ῐ+33*ῑ῍
輸入に対する関税ῌ補助῍ ῍ 自国の農業生産への課
税ῌ補助῍ ῎ 農業生産からディカップルされた生産
者への支払い῍ を政府が利用できると仮定してい
Alston and James ῐ,**, : +1*,῏+1*1ῑ は῍ 農産物輸
るῌ ῍ に関して῍ Moschini and Sckokai ῐ+33.ῑ
出補助金や農産物輸入関税を通じて政府が農業生産
は῍ 政府が徴税費用を負わずに農業生産に課税でき
者に所得移転を行うとき῍ 経済に死重的損失がどの
ることを仮定しているῌ 政府が個῎の農業生産者の
ように発生するかを議論しているῌ 一方῍ Hollo-
生産量を正確に捕捉するのが難しい場合῍ 農業生産
way ῐ,**,ῑ は῍ 農産物輸出国の政府が農業生産者
が課税されるようになると῍ ヤミ取引や脱税が広が
への所得移転を効率的に行うために῍ 農産物輸出補
りやすいので῍ この仮定は妥当性を失いやすいῌ ῎
助金ῌ輸出税と農業生産への補助金ῌ課税をいかに
における農業生産者への支払いを῍ Moschini and
組合せて用いるべきかを分析しているῌ
Sckokai ῐ+33.ῑ は῍ 農業生産のインセンティブに全
本稿は῍ 農産物輸入国が農業生産者へ所得移転を
く影響を与えない支払い形態として定義しているῌ
行う状況を分析対象に取上げるが῍ 分析の際に῍ 政
そのような支払い形態は῍ 生産者への一括支払いを
府が利用できる所得移転の手段を農産物輸入関税と
除くと῍ 実際に見つけるのは難しいだろうῌ 政府か
不足払いの二つに限定するῌ 他方で῍ Moschini and
ら生産者へ一括支払いが行われるとき῍ 生産規模の
Sckokai ῐ+33.ῑ は῍ 農産物輸入国における農業生産
大きい生産者ほど生産量 + 単位あたり支給額が小さ
者への所得移転政策について分析する際῍ ῌ 農産物
くなるῌ このため῍ 生産規模が相対的に大きい生産
12
農村研究 第 +*3 号 ῏,**3ῐ
者は一括支払いに不公平感や不満を持ちやすいだろ
への課税は高い徴税費用を要するため῍ 自国の政府
うῌ この点を考慮するとき῍ 生産者への一括支払い
が取り得る政策の選択肢に含まれないと想定するῌ
が政治的に実行可能かどうかについては῍ 議論の余
Bullock, Salfofer, and Kola ῏+333ῐ は῍ 政府が選択
地が残ると思われるῌ
する農業生産者への所得再分配政策を数学的最適化
-ῐ 農業生産者への所得再分配政策の効率性を捉える
問題の解から説明しようとした研究において῍ 目的
ための概念や指標を議論した文献としては῍ Gardner
関数や制約条件がどのように設定されてきたかを詳
῏+321ῐ のほか῍ Alston and James ῏,**, : +03/ῌ
+031ῐ があるῌ
しくレビュ῎しているῌ
/ῐ 日本国内の小麦市場での需要関数ῌ供給関数と῍
.ῐ 政府が自国での農産物生産に課税し῍ 生産者価格
国際小麦市場での需要関数ῌ供給関数を同時に実証
が消費者価格を下回るように誘導を図るケ῎ス ῏本
分析した事例としては῍ Love and Murniningtyas
稿のモデルで r が負の値に設定される場合に対応す
῏+33,ῐ があるῌ
るῐ も考えられるが῍ 本稿の分析では῍ 農産物生産
引用ῌ参照文献
速水佑次郎 ῏+320ῐ ΐ農業経済論῔ 岩波書店ῌ
鈴木宣弘 ῏,**/ῐ ῑコメ改革の政策論理と構造改革の展望ῒ ΐ農業経営研究῔ 日本農業経営学会῍ 第 ., 巻第 . 号῍ /ῌ
+1ῌ
山下一仁 ῏,**.ῐ ΐ国民と消費者重視の農政改革῔ 東洋経済新報社ῌ
Alston, J.M. and James, J. “The Incidence of Agricultural Policy,” Gardner, B.L. and Rausser, G.C. eds. (,**,),
Handbook of Agricultural Economics, Vol. ,B, Elsevier, +023ῌ+1.3.
Alston, J.M. and Hurd, B.H. (+33*), “Some Neglected Social Costs of Government Spending in Farm Programs,” American Journal of Agricultural Economics, Vol. 1,, No. +, +.3ῌ+/0.
Bullock, D.S., Salfofer, K. and Kola, J. (+333), “The Normative Analysis of Agricultural Policy : A General
Framework and Review,” Journal of Agricultural Economics, Vol. /*, No. -, /+,ῌ/-/.
Corden, W.M. (+31.), Trade Policies and Economic Welfare, Oxford, Oxford University Press.
Gardner, B. (+32-), “E$cient Redistribution through Commodity Markets,” American Journal of Agricultural
Economics, Vol. 0/, No. ,, ,,/ῌ,-..
Gardner, B. (+321), “Causes of U.S. Farm Commodity Programs,” Journal of Political Economy, Vol. 3/, No. ,,
,3*ῌ-+*.
Holloway, G. (,**,), “When do Export Subsidies have a Redistribution Role?” American Journal of Agricultural Economics, Vol. 2., No. +, ,-.ῌ,...
Love, H.A. and Murniningtyas, E. (+33,), “Measuring the Degree of Market Power Exerted by Government
Trade Agencies,” American Journal of Agricultural Economics, Vol. 1., No. -, /.0ῌ///.
Moschini, G. and Sckokai, P. (+33.), “E$ciency of Decoupled Farm Programs under Distortionary Taxation,”
American Journal of Agricultural Economics, Vol. 10, No. -, -0,ῌ-1*.
῍受付 ,**3 年 / 月 +- 日῏
῎受理 ,**3 年 1 月 +/ 日ῐ
農産物輸入関税と不足払い制度による効率的な所得再分配
13
E$cient Income Redistribution Through Agricultural
Import Tari#s and Deficiency Payments
Yukio MUTO (Graduate School of Agriculture, Kyoto University)
In a country with a low comparative advantage in agriculture, the government can use agricultural
import tari#s and/or deficiency payments in order to transfer income to agricultural producers by raising
agricultural producer prices. However, these policy measures generally exacerbate consumers’ and/or
taxpayers’ welfare, thereby yielding deadweight losses in the economy. This paper defines e$cient
income redistribution policy for such a country as the combination of agricultural import tari# and
deficiency payment that minimizes the deadweight loss associated with a given income transfer to
agricultural producers. The paper analyzes what combination of agricultural import tari# and deficiency
payment constitutes the e$cient income redistribution policy for such a country. In the case of a large
agricultural importing country, the income transfer level is shown to significantly a#ect the combination
of agricultural import tari# and deficiency payment that constitutes the e$cient income redistribution
policy.
Key words : agricultural import tari#, deficiency payment, e$cient income redistribution policy, large
country, small country