製造業のサービス化 新春特別号

January 2013
Vol.17
新春特別号
特別寄稿
製造業のサービス化
∼製造業におけるサービス化進展マトリックスによる考察∼
産業能率大学 学長
原田 雅顕
製造業における外部からのサービス支援
製品の使用権提供サービス
関連基本サービスのバンドリング
製造業における「サービス財生産」・「サービス財販売」
連 載
社長の座右の銘とその理由
“上野陽一語録”
2013 The SANNO Institute of Management
製造業のサービス化
∼製造業におけるサービス化進展マトリックスによる考察∼
産業能率大学 学長
原田 雅顕
Masaaki Harada
早稲田大学第一理工学部卒業、スタンフォード大学大学院修士課程修了(OR専攻)。工学博士。
主な編著に『サービスイノベーション』、『MOTの新展開』(いずれも産業能率大学出版部刊)など多数。
製造業におけるサービス化進展
の背景
GDPに占める製造業の比率は20%を切
り、しかも年々低下している。また、GDPに
占めるサービス業の比率は70%を超え、
「製造業のサービス化進展マトリックス」を導
入して分析してみたい。
製造業におけるサービス化進展
マトリックス
横軸にサービス財生産か物財生産を示し、
年々増加している。
製造業のサービス化を考えるとき、製造
縦軸にサービス財販売か物財販売かを示
業自体が外部から受けるサービス支援と製
して製造業におけるビジネスの形態をカテ
造業が外部に提供する物財のサービス化
ゴライズした2×2マトリックスを製造における
の二つの面からみていく必要がある。これを
サービス化進展マトリックスという(図表1) 。
図表1:製造におけるサービス化進展マトリックス
サービス財生産
生産
物財生産
サービス財
販売
①アフターサービス
販売
物財販売
②アウトソーシングサービスの提供
●製品の使用権提供サービス
③ソリューションビジネス
(レンタル・リース)
●関連基本サービスのバンドリング
●製造業における外部からのサービス
支援
①サービス財が付加された製品販売
②マスカスタマイゼーション
(アウトソーシング)
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製造業における外部からの
サービス支援
供サービスである。これは図表1の右上の
セルに位置づけられる。製品の使用権提
製造業は、いうまでもなく物財を生産し、
供サービスの進展を主導したのは、大型コ
物財を販売する産業である。本来図表1の
ンピュータ市場を席巻したかつてのIBMであ
右下のセルに位置づけられるのが製造業
るといわれている。大型機を購入するには
である。製造業のサービス化でまずあげら
莫大な初期投資を必要とするが、所有権
れるのは、物財を生産・販売に関する機能
移転から使用権提供に移行させることに
の一部を外部からのサービス支援、すなわ
よって、導入企業の費用負担を長期にわ
ちアウトソーシングに依存する状況に大きな
たって平滑化することができたからである。
進展がみられることである。その背景には、
製造業製品の使用権提供サービスには、
かつて製造業が理想とした自前主義が後
レンタル方式とリース方式がある。レンタル
退し、自社の資源を中核的機能の強化に
方式は一定の在庫を保有し、製品を一定
集中し、他の経営機能を他者からの支援に
期間賃貸する方式である。一方、リース方
よって補充する流れが定着したことである。
式は製造業がリース事業者を介して製品の
ロジスティクス機能のアウトソーシングは古
使用権サービスを提供する方式である。す
くからあるが、研究開発機能をアウトソーシ
なわち、リース事業者が製造業者と特定の
ングする製造業も増加している。また、設計
顧客の間に入って、顧客のために製品を購
機能のデザインハウスへの委託も増えてい
入し、それを長期にわたって賃貸するサー
る。その他、販売・マーケティング、アフター
ビスである。リース業の機能は、本質的には
サービス、会計・経理、福利厚生、情報シ
資金を貸し出し、これを分割して回収する
ステム関連、コールセンター、防犯・警備な
金融機能であり、特定顧客はカネの使用権
ど、製造業が自社の個別事情に応じて外
提供サービスを受けている。
部委託している業務の例は枚挙にいとまが
ないほどである。
製品の使用権提供サービス
関連基本サービスのバンドリング
1.サービス財が付加された製品販売
図表1の左下のセルに位置づけられるの
製造業が生産した製品を販売する代わり
が関連基本サービスのバンドリングである。
に、サービス財としての製品の使用権を販
モ ノ 自体による差別化は限界にきている
売するビジネスが製造業における使用権提
ケースが多く、この場合、製品にサービスを
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付加することによって差別化がはかられる。
型汎用化方式がある。
製品に付加する保証内容や保証期間の充
前者は、技術、設計、部品のバリエーショ
実、保険契約における特典の付加、ローン
ンを豊富に用意しておくとともに、一方でそ
金利や支払い条件の優遇、商品販売に関
れらの共通化もはかりながら、共通化され
する一括ワンストップサービス提供などに
た部品は量産によって徹底したコストダウン
よって、差別化をはかり、顧客を獲得する
を実現する。次に、共通化した部品の組み
方策が講じられている。トヨタ自動車は、カ
合わせを核にして、種々の部品を多様に組
ンバンシステムに精通し工場の改善をリード
み合わせるパターンをつくり出し、顧客の要
してきた人材をディーラーに送り込み、モノ
望に応えてカスタム品を提供する。
づくりで培ったエンジニアリングのノウハウを
後者は個別顧客の多様なニーズに的確
販売活動におけるサービスの改善に活用し、
に対応し、しかも提供する製品を高付加価
成果をあげている。これもサービスが付加さ
値の汎用品とする方式である。通常の方法
れた製品販売の好例である。
ならば、顧客ニーズが異なれば提供する製
品も異なるが、これを工夫して高付加価値
2.マスカスタマイゼーション
の汎用品として開発し量産するのである。
マスカスタマイゼーションとは、個々の部
情報システムやソフトウエアを製造業製品
品のマスプロダクションにより、部品レベルの
とみなした場合、個別企業向けの情報シス
製造コストを低減し、部品を顧客のニーズ
テムやソフトウエアは、顧客企業の要望に
に合わせて自在に組み合わせられる部品
合わせてカスタマイズ するのが一般的で
設計に英知を結集し、カスタマイズされた
あった。これに対して個々のニーズのほとん
製品を顧客に提供できるように製品にサー
どをカバーできるように、システムやソフトウ
ビス要素を付加することである。マスカスタ
エアをつくりあげるのが個別ニーズ対応型
マイゼーションは、マスプロダクションとカスタ
汎用化方式である。パッケージソフトはその
マイゼーションの言葉の一部を組み合わせ
一例である。個々の顧客からみれば、パッ
た造語である。これはコストダウンと個々の
ケージソフトの中に使用しないものがあり、そ
顧客ニーズへの適合をともに実現すること
れが顧客によって異なっていても問題はな
によって、差別化をはかろうとするサービス
い。顧客は量産化による価格低減のメリット
化の方法である。
を享受したほうが得策だからである。
マスカスタマイゼーションには、組み合わ
ファクトリーオートメーション用のセンサー
せパターン多様化方式と個別ニーズ対応
を中核とするメーカーとして高い利益率を
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維持しているキーエンスは、個別ニーズ対
ど、高度の運用支援サービスを必要とする
応型汎用化方式でビジネスを営む代表的
ケースも増加している。エレクトロニクス部品
企業である。
が組み込まれる比率が高まっている自動車
などでは、修理を行う場合には町の修理工
製造業における「サービス財生
産」・「サービス財販売」
場ではなく、自動車メーカー独自のサービ
図表1の左上のセルに位置づけられるの
アフターサービスにおいても、製造業のほう
が、アフターサービス、アウトソーシングサー
が専業のサービス事業者よりも競争優
ビスの提供、ソリューションビジネスである。
位に立てるケースが増えている。
スステーションに持ち込むほうが確かである。
プラント業界では、従来のエンジニアリン
1.アフターサービス
グ・調達・建設(=EPC)にビフォーサービス
優れた製造業は「製造」の枠内に閉じこも
としての「事業ファイナンス」、アフターサー
ることなく、顧客が本当に求める価値を追求
ビスとしての「事業運営」を加えたトータル事
し実現するためのサービスを生みだし、提
業を構想して顧客企業や行政体にコミット
供している。
できるかどうかが競争優位に立つための決
製造業を「モノづくり」と「つくったモノを顧
め手となる時代が到来しているのである。
客に届け、顧客満足を高めるようにモノの利
製品のライフサイクルコスト(LCC)に占める
用を効率的・効果的に支援すること」に分け
モノの割合は比較的小さい。ICTの分野で
て考えると、後者はアフターサービスに相当
いえば、サーバーなどの機器コストは、シス
する。自社製品を対象にサービスを提供す
テム構築や運用・保守を含むシステム全体
ることが、製造業のサービス事業の第一歩
のライフサイクルコストの5分の1以下である
である。
といわれている。このことは製造業において、
メンテナンスビジネスは、基本的に製品の
長寿化をはかるサービスで、顧客にとって
保守・運用段階にビジネスの機会が多くあ
ることを意味しているといえる。
重要である。製品の複雑化に伴い、製造業
者自体がサービスを提供することの必要性
2.アウトソーシングサービスの提供
が増している。単なるアフターサービスばか
製造業におけるアウトソーシングサービス
りでなく、製品やシステムの利用・運用段階
の提供とは、顧客企業の業務を、自社資源
での技術支援、要員派遣、オペレーターの
を活用して受託することである。これは自社
教育指導、そのための教育機関の設置な
の業務の一部を外部に委託することと逆の
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対応である。
エレクトロニクス業界では、EMS事業が注
加価値の高いソリューションを提供するビジ
ネスである。
目されている。これは自社のエンジニアリン
顧客がモノを購入する場合、それは顧客の
グおよび製造部門をまとめて独立した収益
何らかの課題解決につながるものと考えら
部門に仕立てあげ、社内の生産を担うととも
れるが、真の課題はもっと次元の高いところ
に、アウトソーサーとして他社の生産も受託
にある場合が少なくない。
する事業で、アメリカのソレクトロンはよく知ら
れている。
わが国のある大都市における生鮮食料品
の中央卸売市場で、駐車場の混雑緩和が
台湾のパソコンメーカーであるエイサーの
問題になったことがある。早朝の買付けに
スタン・シー元会長は、パソコン業界の利益
来場する鮮魚店や八百屋を営む小売業者
構造はコモディティ化した製品の生産・組立
用の駐車場が年々混雑の度を増し、小売
では利益が低く、前後の部品開発やサービ
業者からクレームが殺到するようになった。
スで高くなっており、この様子を「スマイル
駐車場は物財であり、その機能はいうまでも
カーブ」と表現したことで有名である。EMS
なく利用者である小売業者の駐車スペース
は利益が低い生産・組立部門を束ね、他
を提供することである。
社製品の生産・組立も受託して量産効果に
「駐車場の混雑緩和」という課題を解決す
よって利益を確保しようとするもので、スマイ
るソリューションの候補として、物財としての
ルカーブを逆手に取る戦略であるといえる。
駐車場を増設する案、具体的には「新たな
製造業が自社資源を活用して他社業務を
駐車場用地の確保」と「現駐車場の立体
アウトソーサーとして受託するものとして、開
化」が俎上にのぼったが、いずれも実現性
発・設計業務の受託サービス、開発・製造
がなかった。前者は莫大な費用がかかり、
業務の受託サービス(ODM)などがある。ま
後者は一定期間市場機能を停止しなけれ
た自社のアフターサービス資源を活用して
ばならないからである。
他社製品のアフターサービスを受託して事
業を拡大する企業もある。
そこで「駐車場混雑緩和」の高次の課題
設定が行われた。すなわち、何のために駐
車場の混雑を緩和しなければならないのか、
3.ソリューションビジネス
その目的が問われたのである。その結果、
ソリューションビジネスとは、課題設定の次
真の課題は「駐車場利用者の退場時刻の
元を上げて顧客の真の課題をみいだし、付
遅延を防ぐ」ことであることが判明した。駐車
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場の混雑が激しいと利用者(小売業者)が
踏みながらネットワーク型ビジネスと同様の
買付けた商品を中卸業者の人手を借りて
「収穫逓増の法則」が働く状況をつくりだす
車に積み込むまでに想像を超える時間を要
ことができる。ソリューションについて一度完
し、退場時刻が遅れて開店準備に影響を
璧な提案書を作成しパターン化しておけば、
およぼすことがわかったのである。「駐車場
客先ごとに内容は変わるにしても、同様の
利用者の退場時刻の遅延防止」が真の課
課題に対して費やす時間やコストを数分の
題であるならば、「駐車場の混雑緩和」にま
1に削減することができる。IBMがソリュー
ともに取り組むより、「場内におけるモノの流
ションビジネスの成功でよみがえったゆえん
れのシステム化」を徹底したほうがより効果
である。
的である。かくして課題を「駐車場の混雑緩
和」から次元を上げて「駐車場利用者の退
以上述べてきたように、製造業のサービス
場時刻の遅延防止」に設定することによっ
化が加速し、サービス業の領域にまでビジ
てスコープを拡大し、「場内のモノの流れの
ネスの範囲を拡大している。製造業のサー
システム化」という当初の問題解決とは異
ビス化は今後ますます進展し、サービス業
質のソリューションが提示されたのである。
との区別がつけ難い状況が出現するものと
思われる。
■
ソリューションビジネスの重要性は、目前
の利益確保を超えて、競合他社との差別
化や顧客の囲い込みなどにも寄与すること
である。
サービス事業、とりわけソリューションビジ
ネスには、ソリューションのシステム化によっ
て、製造事業とは異なる経済法則が働く。
その都度、ゼロからソリューションを生み出
すやり方ではサービスの事業効率は向上し
しないが、システム化ができれば事業効率
は飛躍的に高まるのである。ビジネスの仕
組みができるまでは多くの投資が必要であ
るが、システム化の体制が整えば、場数を
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どんな小さなことでも、ある目標を立
ページ︶
て、それに到達することができれば、
それが成功である。
︵
上野陽一選集3 己を活かす法
85
上野陽一語録
∼日本最初のマネジメント・コンサルタント(本学創立者)の言葉∼
上 野 陽 一 (1883 ∼1957 年)
本学のプロフィール
産業能率大学の創立者。日本最初のマネジメント・コンサルタント。
生涯、信念としたのは「人または物のもつ『もちまえ』を十分に発揮させる」ことでした。
日本と産業の未来という大きな視点からいまを凝視し、産業と企業に貢献する「マネジメント」のあり方を
具現化させていった彼が目指したのは、徹底した現場主義と組織をリードする人材の育成でした。
現場に立って産業と企業のニーズに応
えつづけた90 年の歴史と創立者の理
念が、本学の質の高い実践教育に受け
継がれています。
“社長の座右の銘”とその理由
産業能率大学は" 上野陽一" によって
設立された、企業のニーズに実践で応え
る、社会人教育と学生教育の2つの活動
を持つ大学です。
■ 「成功の秘訣は成功するまで続けること」 (製造業 48歳)
自分の思想・理念を貫くことが大切と考えるから。
本学のルーツである「日本産業能率研
究所」は1925 年に創立されました。
■ 「無知と無理は事故を招く」
知らない人は幸せである。
現在、社会人教育事業では
コンサルティング
企業内研修
■ 「温故知新」
原点回帰。
オリジナル教材・ツール開発
アセスメント
公開セミナー
通信研修
を通じて、企業のご支援を継続的に実施
しています。
(その他 64歳)
(その他 56歳)
■ 「今 目に見える物は全て過去の物」 (卸売・小売業 62歳)
過去の物をなぞるだけでは模倣でしかない。常に新しい事に挑戦する気
概を失えば凋落しかないと思うから。
■ 「言行一致」 (土木・建設 54歳)
出来ないことは言わない、行動と言葉に違いが無いように。
経営、戦略、組織、人事、生産、販売、
財務、物流、研究開発などの分野の専
<出典:本学企画広報部が2011年に実施した“ 社長へのアンケート” へのご回答>
門家が、90 年の実績によって培われた
理論や最新の手法・ノウハウを駆使して、
様々なご要望にお応えしています。
http://www.hj.sanno.ac.jp
本誌創刊にあたって
経営者は何を指針とし、どのように考えて行動しているのか?
☆ 読者の皆様の「座右の銘とその理由」を下記メールアドレス宛にお寄せ下さい。
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本誌に関するお問い合わせ
03-5758-5115 経営管理研究所 チェンジマネジメント支援センター
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学校法人産業能率大学は、日本の企業経営・事業運営をよりよいものへと後押しするために、経営に携わる方々ならびに経営活
動に関心のある方々へ情報をお届けしようと本誌を作成いたしました。今後も、皆様方のお役に立てる情報をお届けしてまいります。
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