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第一話
魔王討伐
近頃、世間は混沌としている様子だ。
これまでも魔物は度々、人々を恐怖に陥れてきた。
たが今回の騒動は、これまでとは少し質が違うようだ。
風の噂では、どうやら魔物達の王、魔王イカルスが復活を遂げたのだという。
その魔王を倒すべく各地で猛者達が次々と名乗りをあげた。
だが、その多くは見事に返り討ちにあい、民を不安と恐怖が支配していく。
しかし心配は無用である。
理由は「私がいる」から、である。
自分で語るのも少々気が引けるが、事実であるから仕方ない。
私は最強である。
剣を握らせれば世界一。
弓でも斧でも槍でも、あらゆる武器を私は器用に使いこなす。
更には、魔法も得意である。
上級魔法など眠っていても唱えられるし、究極のアルティメット魔法だって難なく習得した。
武勇伝だって数知れずある。
――それなのに、何故私は目立たないのだろうか?
別に地位や名誉や金が欲しい訳ではない。
しかし、少しは皆の注目を集めてもよいのではないか。
今も、こうやって人が多く行き交う往来の、ど真ん中を私は堂々と歩いている、のにもかかわらず誰
一人として私に注目していない。
なんなら聞こえる程度のヒソヒソ話しでも構わない。
だが、そんな素振りすら全くない。
そんな賑わう街中に突如、魔物が現れた。
「きゃー!」
「助けて!」
「もう駄目だ……」
そんな人々の悲鳴が辺りに響き渡った。
なんの!心配ご無用。
遂に人々の目の前で活躍する時がきた。
私は剣に手をやった。
――その時だった!
「おい、皆。クレアだ。クレアが来てくれた。」
誰かが大声で、そう叫んだ。
その声に大勢の人々は歓喜した。
クレア――その名は私にも聞き覚えがある。
最近、売り出し中の女剣士だ。
クレアは金色の長い髪をなびかせながら登場し細身の剣を抜いた。
「見せてやる。我が剣の奥義。シンクレア!!」
熊タイプの魔物を自慢の剣で突き刺し、一撃で討伐した。
「皆、安心していい。私が魔王を倒してみせる。」
集まった人々は狂喜乱舞した。
「クレアならきっとやってくれる!」
「クレア!クレア!」
沸き上がるコールをクレアは制してから口を開いた。
「誰か、私と一緒に魔王退治に行く強者はいないか?」
その言葉に、今まで盛り上がっていた群衆は急に声を潜めた。
「共に世界を平和に導こうという者は前に出よ!」
――誰も出てこない。
クレアは少し焦っているようだった。
そんな中、私は一人考えていた。
あんな雑魚に奥義をもって倒すとは……
私なら普通の剣技で充分だ。
魔法なら低級魔法で間に合うだろう。
いや、むしろ素手でもやれる。
確実に私の方が強い!
にもかかわらず民衆はクレアの名を叫ぶ。
私には目もくれず。
私の強さは自信過剰なのか……いや、そんなはずはない。
「おう!戦士が出てきたぞ!」
なに?――気がつくと私はクレアの前に歩み出ていた。
「よくきた!これで我々のパーティーは完成した。これより魔王討伐に向かう。」
成り行きとはいえ、こうして私は女剣士クレアのパーティーに加わった。
私の他にも槍使いのムーンという男と、クッキーだかポッキーとかいう魔法使いがクレアの一行だ。
こんな時にこんな事を言うのは、どうかと思うが言わずには、いられない。
どう考えても、この中で一番強いのは私だろう。
口に出して言いたいのを我慢し、我々は魔王の住むクロシカ山を目指した。
道中、幾多の魔物と遭遇し、戦った。
少しずつ疲れがたまり、傷を負う皆――私以外
体力と魔力は減る一方だった――私以外
こうして私達は遂に魔王イカルスの元へとたどり着く。
「いいかい。私が正面から突っ込む。ムーンは左から回り込め。 クッキーは後方支援。そして……お
前は右から頼む」
今のクレアの変な間はなんだ?
若干気になるが、とりあえず今は戦闘に集中する。
なにせ、世界を滅亡させようと企む魔王だ。
それなりに強いはずだ。
――三時間後
戦闘は熾烈をきわめた。
味方は全員ボロボロだった。
私は一人浮かない様に皆と同じく弱ってる様にみせる。
本音を言えば「魔王といえども、こんなものか」である。
力尽きそうな我々……いや、私以外の者に対して魔王は言い放った。
「人間の戦士達といえども、こんなものか!ハハハ」
それは、私のセリフである。
その時、クレアは立ち上がり叫んだ。
「みんな、最後の力を振り絞れ!いいかい皆の必殺技を同時にぶつけるんだ。人間の力を見せつけて
やろう。」
四人は力強く頷いた。
頷いたのは、いいが私の全力をぶつけてしまったら、ここにいる全員跡形もなく吹き飛んでしまう。
……中級魔法くらいにしておこう。
「いくぞ!だぁぁぁ!」
「うぉぉぉ!」
「どりゃゃあ!」
「よいしょっと」
四人の必殺技が魔王を捉えた。
「おのれ!人間どもめ!……恐るべし」
魔王は倒れ、世界に平和がもたらされた。
「やった。倒した。全員よくやったよ。私は力全て使い果たして起き上がるのもやっとだよ。」
「俺もだ。もう無理だ。」
「僕もそうです。もう一歩も歩けないよ」
「私は全然。なんなら、もう一体くらい魔王倒せますけど。」とは、言うことはできず、ただただ頷い
た。
そしてクレアは、ボロボロの身体を引き摺りながら、
「さあ、帰ろう。たくさんの人々が待っているんだから。」
私は待っていました、といわんばかりに飛び起きた。
なんせ腹が減ってたまらなかったのだ。
街へ凱旋すると、噂はもう広まっていた。
「おかえりなさい。勇者達。」
「クレア。クレア。」と、またクレアコールが巻き起こる。
まずい……これでは魔王を倒し世界を救ったのは、
「勇者クレアと、その仲間達になってしまうではないか」と。
もう一度、言うが別に地位や名誉や金が欲しい訳ではない。
「ムーン様もブラボー!」
「クッキー、お疲れ様。ありがとう。」
私はハッ!とした。
それでいい。その労いの言葉で今は満足しよう。
「……よくやったよ。……えーと……ありがとう!」
今のは私への言葉なのか?
いや、待てよ。
そういえば、この仲間達ですら私の名前を呼んだことがない。
いや、こいつらだけではない。
街の者からも呼ばれたことが一度もない。
そうか!それが私が、これまで抱えてきた違和感なのかもしれない。
知らぬなら教えてしんぜよう、そして今こそ声高らかに言おう。
我が名を。
「私の名は、ペンカタハカタドラキューリアバンブツリヨウカヤナカラシモツ……長すぎるからか!」
私は空を見上げ、涙が零れないようにした。
涙で滲んだ目には太陽の光が当たり虹色に耀いていた。
――よく晴れた日であった。
第二話
烏賊野郎
魔王を倒した後、クレア達と別れて半年が過ぎようとしていた。
私は己の名前の長さに絶望し、なんとか略すことができぬか試みたが、なかなか上手くいかなかった。
そこで、これからは「ジャン」と名乗る事にした。
特に意味合いはないが、より親しみやすく覚えやすいものをチョイスしたつもりだ。
そんな私が今、向かっている港町には最近、漁師達を悩ませる化け物が現れるという噂がある。
その化け物はクラーケンと呼ばれているそうだ。
私は激怒している。
そんなイカだかタコだか分からぬ生物ですら世間に名が知れ渡っているということに、だ!
――だが、まあよい。
私は新たな名を手に入れたのだ。
そしてクラーケンを倒した男として世に私の仮の名が広まるだろう。
街に着くと、すぐさま船着き場へと向かった。
潮の香りが風に乗って爽やかに鼻に届いた。
ふと見ると、その一角に人だかりができていた。
近寄ってみると、漁師達がクラーケン退治の者を募っている最中であった。
「誰か我こそはというものは居ないか?もしクラーケンを倒してくれたら賞金を出すぞ!」
漁師が用意した、クラーケン退治に向かう船には既に数名が乗り込んでいる。
屈強そうな男や胡散臭い魔術師に混ざって一人銀髪の、やたら品のある若い男が乗っていた。
「キャー!ロベルト様素敵!」
「こちらを向いてください!」
「私ロベルト様と目が合ったわ。どうしましょう。」
黄色い歓声が船に向けられていた。
私は別に彼に対抗心があるわけでも、女性にもてたいわけでも、ましてや金が欲しいわけでもない。
――ただ有名人になりたいだけである。
すぐさま私も船に乗った。
そしてクラーケン退治の船は大海原へと飛び出した。
――数時間後
突然だが私は、とても強い!
恐らく、この世界に生きる全ての生物の頂点に位置するだろう。
あの魔王ですら、あの程度だ。
クラーケンなど秒殺だ。
だが最強の敵は海の中ではなく船の中にいた……船酔いである。
気分は最悪で身体に力が入らず、産まれたての小鹿のように足がガクガクする。
「大丈夫かい?これを飲みなさい。船酔いには、これが一番だ。」
ロベルトは、酔い薬を差し出した……別の者に。
「おのれロベルト。それを私にもくれまいか」とは、言えず私はただただ耐えた。
やがて、甲板で船員達が騒ぎ始めた。
「クラーケンだ!」
その声を聞いたロベルトや他の者は、直ぐに飛び出した。
私は遅れまいと、必死に這いつくばって続いた。
船上では既に戦いは始まっていた。
銛を打ち込む者、魔法で攻撃する者、ロベルトは大きな弓矢を放っている。
だが、どれもクラーケンに弾き飛ばされてしまった。
「やはり私の出番だ。こんな気味の悪い生き物は、私の低級魔法で終わりだ!」
私は、船の先端に立った。
その時だった!
海水で足を滑らせた私は海へ投げ出されてしまった。
だが、心配ご無用!
最強な私は泳ぎも得意なのであります。
クラーケンは落ちた私に容赦なく襲いかかってくる。
私は剣に手をやった……ない。
船を見ると私の剣が手すりにぶら下がっているではないか。
だが私は、冷静沈着である。
こんな時に取り乱すのは、まだまだヒヨッ子なのだ。
私は素手で戦う事を決意した。
素手で充分だ。
「このやろう!ぶっ殺してやるぞ!」
私は、奮闘した。
まず奴の足を一本もぎ取り、その足でクラーケンを、ぐるぐる巻きにして捕獲完了。
「みたか!私の力を!」
私は振り返り船を見た……が、船の姿はもうなかった。
「ちくしょう!!」
私はクラーケンを引っ張り泳いだ。
何時間も泳ぎ続けた。
そしてようやく岸にたどり着いた。
一晩中、泳ぎ続けたせいで、さすがの私も少々疲れ果てた。
そして岸にクラーケンを引き揚げたところで力尽き意識を失った。
――目覚めると陽は、もう傾きかけていた。
ふと見ると隣にクラーケンの姿はなく、引き摺られた形跡だけがあった。
街の方からドンドン!と太鼓を打ちならす音と人々の騒ぐ声が聞こえた。
おそらく、今日はクラーケン退治を祝うお祭りなのであろう。
私は立ち上がり街とは反対方向へ歩きだした。
真の英雄とは何も語らず黙って去るのみである。
綺麗な夕日を眺めながら歩く海岸もなかなかロマンチックではないか。
そんな気分に浸りながら、ひたすら歩いた。
そして私は重大な過ちに気がついた。
「しまった!……名を名乗るのを忘れていた!」
今さら戻るわけには、いかない。
――私の苦悩は、まだまだ続きそうである。
夜になり冷たい風が吹き抜けていく。
とても寒い、寂しい夜だった。
「寒っ!」