はじめに 少子化の現代社会、妊娠・出産は女性の一生の中でも貴重な経験となってい ます。産む女性や生まれてくる命にとって、そしてその家族にとって、安心で満足 のいく妊娠・出産とするために様々な試みが日本全国で取り組まれています。 産 科 医 療 の転 機 を迎 えている岩 手 でも、助 産 師 の専 門 性 を十 分 に発 揮 し、 妊産婦に満足のいくケアを提供できる「助産師外来」や「院内助産院」に注目が 集まっています。でも・・・「院内助産院」の開設は簡単な道のりではありません。 そこで、まずは助産師が専門性を発揮する場として 「助産師外来」 をつくる ことからはじめてみませんか。 レッツ、トライ、「助産師外来」「院内助産院」!! このガイドは、「助産師外来」を開設してみたいと考えている助産師や産婦人 科 医 に活 用 していただくために、岩 手 県 医 師 会 産 科 医 療 対 策 検 討 会 において 医師と助産師が共同で作成いたしました。 皆様のお役に立てていただければ幸いです。 平成 17 年 9 月 岩手県医師会 産科医療対策検討会 ◎ 助産師外来 や 院内助産院 とは何ですか ? 「助産師外来」とは・・・ 助 産 師 が医 師 と役 割 分 担 しながら自 律 して、妊 産 褥 婦 やその家 族 の意 向 を尊 重 し ながら、健康診査や保健指導を行うことが「助産師外来」です。 全国各地の病院施設で「助産師外来」が実施されており、岩手県においても助産師 の専門性を生かした「助産師外来」が注目されています。 「院内助産院」とは・・・ 緊 急 時 の対 応 ができる病 院 で、助 産 師 が妊 産 褥 婦 やその家 族 の意 向 を尊 重 しな がら、妊娠から産褥 1 か月まで、正常異常の判断をして助産ケアを行うシステム。 これらを医師と役割分担しながら助産師が自律して行うこと。 (H17日 本 看 護 協 会 助 産 師 職 能 委 員 会 の定 義 案 ) ◎ 「助産師外来」のメリットは何ですか? 助産師外来では、助産師が 30 分 から 60 分ほどの時間をかけてゆっくりと妊婦さん や褥 婦 さんと関 わることができます。通 常 の外 来 に比 べて助 産 師 外 来 では「ゆったり」 「ゆっくり」時間が流れますので、妊 婦さんや褥 婦さんの不 安なことや心配なこと、悩 み などに耳を傾けることができます。そしてお話を聞きながら個人に合わせた適切な保健 指導が提供できます。それによって次のようなメリットが生まれます。 ゆったり、ゆっくり <受診する妊産褥婦にとってのメリット> 1. 妊婦や褥婦の不安の軽減や疑問の解決につながる。 2. 自分自身を受容してもらう、認めてもらうという安心感や肯定感が持てる。 3. 妊娠中の健康を妊婦自身が自己管理できる力を引き出す。 4. 高 血 圧 や体 重 増 加 、貧 血 など、合 併 症 や異 常 妊 娠 の徴 候 に対 し保 健 指 導 を行 う ことにより、悪化を防ぐことが出来る。 5. お産や育児に対する積極的・主体的な気持ちや自信が持てる。 6. 妊娠・出産が女性の満足できる体験となる 安心のための確かな保健 指導を 提供できる、ということですね。 それは女性の産む力を引き出す、 安全で満足 な出産にもつながる、 ということですね。 <地域住民のメリット> 助 産 師 外 来 を経 験 する女 性 たちは、妊 娠 ・出 産 を通 して健 康 管 理 を積 極 的 ・主 体 的 に 行 う力 を持 つことができます。その力 は、出 産 後 の育 児 への取 り組 みやその後 の長 い家 族 の健康管理にもつながっていきます。 女 性 が妊 娠 ・分 娩 をどのように体 験 するのかということは、母 性 意 識 の発 達 に関 与 する 重要な要因のひとつと報告されています 1)2)3)4) 。助産師によって妊娠に伴う不安や悩みに 丁 寧 に対 応 してもらい、自 分 自 身 のあるがままを受 け止 めてもらいながら、母 親 としての自 覚 を高 め、出 産 に臨 むことで、女 性 は、自 分 自 身 の力 で妊 娠 ・出 産 を乗 り切 ることができた という満 足 感 や効 力 感 を持 つことができます。その効 力 感 は、母 親 という役 割 を含 めた女 性 自 身 のアイデンティティの再 構 築 につながります。アイデンティティの再 構 築 は、女 性 の 「母 性 」や「育 児 性 (育 児 行 動 、育 児 能 力 につながる『母 性 』よりも実 質 的 な概 念 )」の発 達 に大きくつながっていきます 5)6) 。 つまり、助産師外来でアイデンティティの再構築がスムーズにでき、母性意識や育児性を 獲得できることは次のようなメリットを生み出します。 1. 育児の意欲や自信が高まり、育児不安や児童虐待の軽減が期待できます。 2. もう一 度 出 産したい、次 の子 どもももうけたい、という意 欲につながり、少 子 化への 歯止めが期待できます。 3. 育 児 中 の子 どもの健 康 管 理 を、医 療 機 関 任 せではなく、母 親 として積 極 的 ・主 体 的に行う姿勢と力が持てます。 4. 子どもだけではなく、家族みんなの健康管理に対しても積極的・主体的になれるた め、結果的に将来、女性自身も含めた家族の健康維持や向上にもつながります。 <助産師にとってのメリット> 1. 助産師が自律的に専門性を発揮する場が得られる。 2. 助産師としての達成感や自信が得られる。 3. 助産師の助産診断能力や技術の向上につながる。 妊 婦 さんとじっくり関 わって、 その方 の反 応 や変 化 の手 ごたえを実 感 できるということは、自 分 の助 産 ケアの 評 価 にもなります。楽 しみですね! やりがいがありそうですね! ◎ 「助産師外来」ではどのようなことをするのですか? すでに実施している施設の資料を見ると、助産師外来で助産師が行う主な業務は 次のようなものです。 しかしどのようなことを「助産師外来」で行うかは、施設によって 異なり、それぞれの特徴があるようです。 ・ 妊婦と胎児の健康診査と助産診断(問診、視診、外診、計測、聴診、内診など) ・ 超音波断層法や NST ・ 褥婦の健康診査と助産診断(産褥一か月) ・ 妊娠各期の保健指導(集団指導、個別指導) ・ 栄養指導や生活指導 ・ 妊婦や褥婦の乳房ケア ・ 育児指導、育児相談 ・ 情報提供 ・ 相談対応 etc・・・・ ここに挙 げていることすべてができなければいけない、ということではなく、助 産師 外来で どのようなことを行うかは、各施設の状況やスタッフの人数によって異なってきます。 助 産 師 外 来 に関 わる、助 産 師 、医 師 が十 分 に話 し合 い、どのようなケアを提 供 するか、 その施設ごとに検討するとよいでしょう。 その施設 独 自の方法で、妊 産褥 婦 や育 児中 の母親 、家 族 に対して、「安全」で「快 適」な ケアが提供できればよいのです。 ◎ 助産師外来受診の対象となる妊婦はどのような妊婦さんですか? ・ 単胎で正常 に経過しており、今後も正常に経過 するであろうと予測される妊婦 ・ 産科以外の既往歴のない妊婦 ・ 助産師外来 の趣旨を理解し、受診を希望する妊 婦 * これは一 応 の目 安 です。どのような妊 婦 を妊 娠 何 週 から、または、どのような時 期 に 助 産 師 外 来 の対 象 とするかは、その施 設 の状 況 やスタッフの人 数 によって、助 産 師 と医師で話し合って決めていくとよいでしょう。 ◎ どのような場合に医師との共同管理、相談が必要となるのですか? すでに実施している施設のガイドラインや、「日本助産師会」で発行している「助産所 業 務 ガイドライン」から、次 のようなケースの場 合 は、医 師 との共 同 管 理 、または医 師 の診察・治療・管理にする必要があると考えられます。 ・ 切迫症状がある ・ 破水感がある ・ 胎動がない ・ 母体の全身状態が正常から逸脱している ・ 治療薬を必要としている 安 全 のための連 携 は欠 かせません。 その施 設 で話 し合 ってガイ ドラインを 作 ると安 心 ですね。 施 設 の受 診 状 況 やスタッフの人 数 などにより、助 産 師 外 来 でどのような妊 婦 を対 象 とするのか、どの程度の症状がみられたら医師へ連絡するか、事前に院内の助産師と 医師で話し合いを持ち、くわしい基準を決めておきましょう。 ◎ ひとりの妊婦さんにどのぐらいの時間をかければ良いのですか? 30 分から 60 分の時間をかけることで、ゆっくりと話を聞くことができ、個別にあわせた 保健指 導も行えます。時 間にゆとりがあれば、担 当する助 産 師自身もあせらずに余裕 を持って妊婦健診や保健指導ができるので安心です。 ◎ どのような外来環境だと良いのですか? 望ましい環境としては、受診する妊婦さんたちが、緊張を解き、リラックスできるような 空間で、助産師と向き合ってゆっくりお話ができるような環境です。施設によっては、畳 やじゅうたんを敷 いて、音 楽をかけ、アロマを香らせ、お部 屋 の壁 や家 具も明 るい色 調 にする等、病院内の他の外来とはまったく異なる空間を演出している施設もあります。 今 すぐに、そのような空 間 を準 備 できなくても、現 在 の産 婦 人 科 外 来 で、様 々な工 夫 ができます。他 の患 者 さんの受 診 が少 ない平 日 の午 後 や土 曜 日 に開 設 したり、リネン 類や置物に工夫を凝らしたり・・・・。保健指導やお話が他の人に聞こえない工夫も、静 かな音楽をかけたり、ついたてやカーテンでちょっと仕切ったりすることで大丈夫。 担当 する助 産師のセンスと好みで環境を工夫 し、やれる場 所で、やれるところから、 やってみましょう。 ◎ 助産師外来の開設に向けて、どのようなことを考える必要がありますか? 「こうしなければいけない」といった決まりはありません。それぞれの施設 で、どのような ことができるのか考 えてみましょう。今 ある状 況 の中 で、工 夫 すればできる、ということか ら考えてみましょう。 開設に向けて考えていったほうが良いことは、次のような項目です。 ¾ 助産師外来を何曜日のどの時間帯に開設するのか ¾ 助産師外来の開設頻度(週に何回か、毎週か、隔週か、月 1 回か、など) ¾ 誰が担当するのか ¾ 外来に何人の助産師を配置することができるか ¾ 担当する助産師の研修として、どのような内容が必要か ¾ 予約制にするのかどうか ¾ 何人まで予約可能か ¾ 妊娠何週から助産師外来の受診を開始するか、何回継続するか ¾ どのような流れで何を行うのか・・・フローチャートの作成 ¾ 医師と合同で診察するのは妊娠何週のときにするか ¾ どのようなときに医師に連絡すればよいのか ¾ 開設場所はどこにするのか、(従来の外来スペースあるいは他の場所) ¾ 必要物品や機材はなにか ¾ 妊婦への周知、説明はどのような方法で行うのか ¾ 利用料金をどのように設定するか etc・・・・ ◎ 助産師外来の開設までの具体的な準備の流れを教えてください。 総合病院で助産師外来を開設するためには、さまざまなハードルがあります。ソフトラン ディングのためには、それをあらかじめ予測して行動することがポイントになります。 ここでは助産師外来開設に向けた具体的な準備のひとつのモデルを示します。 (1)施設の状況を把握する ①外来および病棟の助産師数・看護師数 現状で産婦人科外来・産婦人科病棟に何人の配置になっているか 他病棟・他科に配属になっている助産師がいるか ②午後の業務の点検・見直し 午後に助産師外来ができるように業務を見直せるか ③外来の構造 (2)一緒に助産師外来を推進する仲間をつくる 推進リーダーは一人でなく複数の方が行き詰まることなく、すすめやすい。 “助産師外来”の本を購入し、他施設の情報を得る。 (3)計画書を作成する なぜ助 産 師 外 来 が必 要 なのかを文 書 にして(県 立 釜 石 病 院 の資 料 を参 考 )、外 来 看 護 師 長 ・病 棟 看 護 師 長 に相 談 しておく。そのために必 要 な事 項 もピックアップしてお く(外 来 助 産 師 の増 員 または病 棟 助 産 師 の応 援 、開 催 曜 日 、週 に何 日 、1日 何 人 の 妊婦を対象とするかなど)。 (4)看護科の理解と協力を得る 特に看護部長(あるいは総看護師長)の理解を得る。現在、岩手県、岩手県医師 会、岩手県産婦人科医会、岩手県看護協会、日本助産師会岩手県支部も助産師外 来を推進しているので、堂々と主張する。 (5)医師・産科診療科長の理解と協力を得る 理解のある産婦人科医ならば、直接相談し、共同ですすめていくことを確認する。 理解が得られにくい産婦人科医の場合は、看護科に持ち帰り、看護師長と対応策を 検討する。 対応策の 1 例として、他の病院では助産師外来が一般化しており、岩手県医師会、 岩手県産婦人科医会も助産師外来を推進している情報を発信する。 (6)プロジェクトチームを組織する 助産師数名のプロジェクトチームを作り、具体的手順を作成する。メンバーには、産 婦人科医・看護師長を加え、定期的にミーティングを行うことが必要である。 (7)医師コール基準の作成 産婦人科医と助産師で相談の上、リスクの判定方法や医師連絡の基準を作成する。 継続性のため、できるだけ、効率がよくスマートな基準を作成する。 (8)病院長の許可を得る 病院長の許可が一番大切である。十分に周りを固めた上で身近な管理者(看護師 長など)にお願いする。 (9)健診料金の設定 医師が立ち会わないことを理由に、安く設定してはならない。 産婦人科医と医事課を交えて通常の健診料金が徴収できるように進める。 (10)計画倒れしないように進める 最初から、ローリスク全例助産師外来、初期から出産まで全て助産師外来など人 員的に無理のある計画はうまくいかない。徐々に実績を積み上げ進めていくと良い。 ◎ 大切なのは専門家同士のコミュニケーション いかがですか。助産師外来開設に向けて、夢が広がってきましたでしょうか。 助産師外来の開設・運営に向けて大切なことは、病棟・外来の助産師と産婦人科医、 病 院 管 理 者 との話 し合 いを行 い、その施 設 の特 性 に合 った助 産 師 外 来 のあり方 を考 えて いくことです。 助産師と医師、助産師同士、専門 職がお互いを信頼し合い、よいコミュニケーションを もつことが、助産師外来を成功させる秘訣です。 ぜひ、具体的な準備の流れを参考にして、さっそく医師と助産師で話をしてみましょう。 岩 手 の妊 産 婦 さん、赤 ちゃん、そして 助 産 師 の将 来 の活 躍 のために がんばりましょう! <引用文献> 1) 大久保功 子 他:出産後 における女 性の心の健 康とその関 連要因、日 本看護科 学 会誌 19(2)、42-50、1999 2) 大 久 保 功 子 :親 となることに関 連 する理 論 と研 究 から、ペリネイタルケア、19(1)、 8-13、メディカ出版、2000 3) 進 純 郎 :出 産 のヒューマニゼーション、周 産 期 医 学 32 巻 増 刊 号 、142-145、東 京医学社、2002 4) 新道幸恵:母性の心理社会的側面と看護ケア 57-76、医学書院、1990 5) 松岡恵:母親、助産学大系5 母子の心理・社会学、227-231、医学書院、2002 6) Reva Rubin : Maternal Identity and Maternal Experience、新道幸恵、後藤桂 子著、 母性論、医学書院、1997 <参考文献> 1) 江角 二三 子 編:実 践から学ぶ助産 師 外来 設 営・運営 ガイド、ペリネイタルケア新 春増刊号、メディカ出版、2005 2) 小 笠 原 敏 浩 :周 産 期 のマイナートラブル 産 前・産 後 の悩みへのパーソナルケア、 メディカ出版、2005 3) 鈴井江三子他:日本における妊婦健診の実態調査、母性衛生 46(1)、154-162、 2005 4) 日 本 助 産 師 会 安 全 対 策 室 編 :助 産 師 業 務 ガイドライン、(社 )日 本 助 産 師 会 、 2004 5) 日本看護協会監修:新版 助産師業務要覧、日本看護協会出版会、2005 6) 原田香織他 :助産師外来実践報告 開設後一 年を経過して、日本看護学会論文 集第 34 回母性看護、79-81、2003 7) 石塚和子他編:助産所開業マニュアル、(社)日本助産師会、2002 8) 秋山順子他:助産師外来開設から 10 年目の振り返りと今後の課題 助産師外来 に関する意識調査より、茨城県母性衛生学会誌 22 号、54-57、2002 9) Cragin LE:Comparisons of care by nurse-midwives and obstetricians : birth outcomes for moderate risk women, UCSF doctoral dissertation, abstract, 2002 10)マースデン・ワーグナー、井上裕美・河合蘭 監訳 : WHO 勧告にみる望ましい周産期 ケアとその根拠、メディカ出版、2002 11) Turnbull,Deborah et.al:Randomised,controlled trial of efficacy of midwife-managed care, Lancet 07/27/96, Vol.348 Issue 9022, 213-219, 1996 12) Waldenstr U, Nilsson CA : Women’s satisfaction with birth center care – a randomized, controlled study, Birth 20, 3-13, 1993 岩手 県医師会 産科医療対 策検討会 メンバー ■ (社 )岩 手 県 医 師 会 石川 育成 岩動 孝 小原 紀彰 黒川 賀重 川村 英一 ■岩手県産婦人科医会 小林 高 吉﨑 陽 小笠原 敏浩 ■ (社 )日 本 助 産 師 会 岩 手 県 支 部 野口 恭子 佐藤 ムツ ■ (社 )岩 手 県 看 護 協 会 村田 千代 兼田 昭子 高橋 美智 福島 裕子 「助 産師外来開 設のための ガイド」 平成 17 年 9 月 発行 編集 岩手県医師会 産科医療対策検討会 発行 岩手県医師会 盛岡市菜園二丁目 8 番 20 号 電話 019(651)1455 http://www.iwate.med.or.jp
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