2011 年 8 月 23 日 私の研究テーマ−宇宙からの降雨観測− 初めて外国に行ったのは、意外と遅く 32 歳のときであった。今は国が無くなってしまった ユーゴスラビアのドブロブニク市で 1978 年に開催された第 29 回国際宇宙連盟の総会で、「宇 宙からの降雨観測用の降雨レーダのシステム提案」について発表するために出張したのだった。 ドブロブニク市は、アドリア海の真珠といわれるとおり、美しい中世の城砦都市で、現在はク ロアチアに属する。その後震災の被害を受けたと聞くが、現在は、復興しまた美しい町に戻っ たと聞いている。 昨年 9 月に、ルーマニアのトランシルバニア地方のシビウ市で開催された第 6 回欧州レーダ 気象学と水文学会議に参加した。シビウ市もイスラム教徒との激戦の遺跡を残す中世ヨーロッ パの古い町で、図1に示すような屋根に目がある家が特徴的な落ち着いた町並みを持った素敵 な町であった。ここでも、「宇宙機搭載のレーダとマイクロ波放射計複合システムによる降雨 観測」、ならびに「TRMM(熱帯降雨観測衛星)の現状と TRMM 降雨レーダアルゴリズム」につ いて発表した。 図1 ルーマニア シビウの町並み 思うに、降雨レーダ以外のことについてもこれまで研究を続けてきたが、30 年以上、衛星か らの降雨のリモートセンシングの研究を主要な研究テーマとして選び、現在に至るまでも同分 野で研究を続け、学生の卒論のテーマにも熱帯降雨観測衛星(TRMM)のデータ解析をいまだに 選んでいるというようなことになってしまった。最近、はやりの司馬遼太郎氏の坂の上の雲の 主人公の一人の「秋山好古」氏は、人間は一生に一事を成せば十分と言っておられるので、な んとなく慰められるが、TRMM 衛星を中心とした衛星からのレーダを用いた降雨のリモートセ ンシングとそのアルゴリズムならびにそれに関する全地球の降雨マップ作成の研究で一生を 終わりそうである。 TRMM 衛星は、1997 年 11 月 28 日に、わが国の H-II 6 号機で打ち上げられた日米共同の熱 帯降雨を観測する目的の人工衛星で、世界で初めて、衛星に降雨レーダが搭載された。この降 雨レーダは、わが国の宇宙関連企業(東芝、NEC)、当時の郵政省通信総合研究所、宇宙開発事 業団の技術陣が総力をあげて開発したものであり、私は、構想の段階、概念設計、重要部品の 試作の段階において、通信総合研究所でリーダーの役割を果たすことができ幸いであった。 TRMM 降雨レーダは、2009 年 6 月にトラブルがあったが、その後回復し、現在に到るまでも 14 年近く正常に動作し、データを取り続けている。その概観図を図2に示す。一番下の四角い 大きなセンサが降雨レーダである。TRMM 衛星は、日米共同で開発された地球環境を観測する ための衛星であり、地球的規模の気候変動に重要な影響を及ぼし、エルニーニョ、ラニーニャ などの異常気象と関係の深い熱帯降雨を観測することを目的としている。 昨年度の卒論の一つで、TRMM の軌道高度変更後の 2001 年 8 月から 2010 年 2 月までの期間 において、TRMM 降雨レーダが観測した北緯 40 度∼南緯 40 度の範囲における全地球、海上、 陸上、その他の地域(沿岸など海と陸を含む地域)における月平均降雨量のトレンドを調査し た。用いたのは、TRMM 降雨データの緯度×経度が 5°×5°のセルの月平均降雨量である。 図2 TRMM(熱帯降雨観測)衛星概観図(図面提供 JAXA/NICT) 図3に昨年度の卒論から引用した全地球(北緯 40 度∼南緯 40 度)における月平均降雨量の 月別の変化を示す。5°×5°の合計 1152 個のセルの月平均降雨量を示したものである。図の 横軸は年月、縦軸は月平均降雨量(mm/month)、図中の直線は、各月の平均降雨量のトレンドを 近似する回帰直線である。回帰直線の傾きから、全球において、月平均降雨量は増加傾向にあ るように思われる。この傾向は、特に陸上において顕著であった。地球の温暖化との関係を議 論するのは早計であるが、引き続き、今年の卒論で研究を続けている。 全球における月積算降雨量のトレンド(2001/08∼2010/02) 84 Rain Rate(mm/month) 82 80 78 76 74 72 y = 0.033x + 73.149 2 R = 0.2094 70 68 66 2001/08 2002/08 2003/08 2004/08 2005/08 2006/08 2007/08 2008/08 2009/08 Time 図3 TRMM 降雨レーダを用いた全地球における月平均降雨量のトレンド 衛星計画は、水物であることは否めない。早い話がロケットの打ち上げが失敗すると、衛星は軌道 に投入できず、ミッションは達成されない。降雨レーダの基礎研究、衛星の構想から開発、打ち上げ までの間、TRMM 衛星は約 20 年かかっている。TRMM は、うまく打ち上げられ、予定のミッション期間の 3 年 2 ヶ月を遥かに超えた現在もデータを取り続けているのは、非常に稀な幸運なケースと言えよう。 通常の衛星はもう少し短期間で開発されるかもしれないが 10 年以上の準備期間が必要である。そ の長い歳月の努力がロケットの打ち上げで一瞬にしてフイになることもあるのである。近い例では、我 が国初の金星探査機「あかつき」が 2010 年 5 月 21 日早朝、種子島から打ち上げられ金星を目 指した。同年 12 月 7 日に金星に最接近したが、残念ながら金星をめぐる軌道への投入は失敗に 終わった。2015 年 11 月に金星に再会合させることが計画されているが、これまでの関係者の努 力を思うと同情に耐えない。 世の中は、成功例として、幾多の困難を克服して小惑星イトカワまで到着し、イトカワの砂のサ ンプルを回収した「はやぶさ」の快挙をこぞって賞賛している。勿論これは、立派な世界に誇るオ リジナリティのある業績であることは間違いない。しかし、成功は、多くのそれ以前の失敗の教訓 の上に成立していることも忘れてはならないと思う。 失敗と成功は、結果からみれば、雲泥の差があるかもしれないが、払った努力の多寡に変りは ないと思う。先において結果に大きな差が出ることは致し方がないことであり、自分がすべきこと は、今現在において最善を尽くすことだけだと何時も思っている。 ****************************************************************************** 2012 年 3 月 12 日 春よ来い、早く来い 今年は、1月下旬から2月いっぱい、毎週のように雪が降った。今日は、3月12日であるが、未 明からみぞれのような雪が一日中降っている。今晩は積もるかもしれない。明日も雪の予報であ る。今年は特に春が待ち遠しい。 3月6日は、久しぶりに暖かで、朝からウグイスが鳴いていたが、広島地方気象台は、中国地方 で「春一番が吹いた」と発表した 1)。この日、低気圧が日本海側を東北東に進み、中国地方では 南よりのやや強い風が吹き、多くの都市で高い気温が観測された。広島では、気温が14.9℃とな り、南南西の瞬間最大風速が 15 メートル毎秒の風が観測された。鳥取でも最高気温が 17.3 度 まで上昇したとのことである。春一番は、立春(2月4日ごろ)から春分(3月21日ごろ)までの期間 に、その年初めて吹く南よりの風をいう。春一番が吹いた後は、また冬型の西高東低の気圧配置 に戻り、寒さが戻ることが多い。従って、春一番は、春の到来を告げる暖かい風ではない。鳥取 でも平均気温は、3月6日に 10.2 度になった後、下降し続け、昨日の3月11日は、2.8 度と真冬 の寒さに戻り雪が降った。3月7日のお昼ごろ一時日が差したとき、大学構内で気の早いひばり が空高くさえずっていたが、その後はひばりの声は聞かなくなった。 それにしても今年は雪が続いた。鳥取市内の最深積雪は、2月9日:59 cm、2月18日:61cm、 2月19日:71 cm であった。降雪量は、2月2日:27 cm、2月9日:40 cm 、2月17日:27 cm で あった 2)。鳥取市内の積雪深、降雪量などは、市内吉方の鳥取地方気象台の露場(ろじょう)での 観測データと思われるので、そこからあまり離れていない鳥取環境大学でも似た様な値であった のではないかと想像する。北海道の富良野市から来ている I さんに富良野の方が雪が多くて大 変でしょうと言ったら、鳥取の雪も馬鹿に出来ません、富良野では鳥取のように一晩でどさっと降 ることはありません、とのことだった。 気象庁が、2月27日に発表した異常気象分析検討会の分析結果は、テレビや新聞でも報道さ れた 3)。以下、この分析結果を紹介する。それによると1月後半から2月前半は、中央アジアから ヨーロッパにかけて顕著な寒波に見舞われ、多数の死者が出た。また、北日本、東日本および西 日本では低温となり、寒気のピーク時には、大雪となり、北日本から西日本の日本海側では、最 深積雪が多くの地点で平年を上回った。この冬の平均的な大気の流れの特徴は、上空 8km か ら 13km あたりを吹く偏西風(寒帯前線ジェット気流と亜熱帯ジェット気流)のうち、寒帯前線ジェ ット気流が、西シベリア付近で北に蛇行しシベリア高気圧の勢力が非常に強くなったこと、また寒 帯前線ジェット気流と亜熱帯ジェット気流が日本付近で南に蛇行し、日本上空に強い寒気が断 続的に流入したことである。亜熱帯ジェット気流の蛇行は、ラニーニャ現象によるインド洋東部か らインドネシア付近にかけての活発な積雲対流活動が一因であるとのことである。また、寒帯前 線ジェット気流の蛇行については、北大西洋熱帯域の活発な積雲対流活動とラニーニャ現象の 影響が合わさった可能性があるとのことである。 ラニーニャ現象は、熱帯太平洋の大気・海洋において観測される平年とは異なった異常現象 であるが、その影響は赤道周辺に限られることなく、地球の非常に広い範囲に及ぶ。ラニーニャ 現象は、エルニーニョ現象と対をなす異常現象である。エルニーニョ時においては、通常時に赤 道付近を東から西に吹いている貿易風が弱くなり、熱帯太平洋の西部に溜まっていた暖かい海 水が中部から東部太平洋の方へ流出する。また、通常時には貿易風と地球自転のコリオリ力によ って熱帯域から中緯度方向に排出される表面海水の抜けた穴を埋める様に南米ペルー沖の深 海から海面まで湧き昇ってくる冷たい海水が、エルニーニョ時には観測されない。これらのため、 中部から東部熱帯太平洋の海水温が通常時より上昇する。高い海水温からの水蒸気の蒸発によ って形成される活発な積雲対流活動の領域も通常時の西部熱帯太平洋域から、エルニーニョ時 には中部から東部熱帯太平洋域に移動する。 ラニーニャ時には、これとは逆に通常時に比べて、東向きの貿易風が強くなり、海水温が上昇 する領域が通常時よりもさらに西部のインドネシア付近の熱帯太平洋域に移動する。また、中部 から東部熱帯太平洋の海水温が通常時よりも下降する。活発な積雲対流活動の領域もインドネ シア領域に移動する。このインドネシア付近の活発な積雲対流活動がこの冬の偏西風の蛇行の 一因と考えられている。気象庁は、3月9日に、昨年8月末から続いていたラニーニャ現象が2月 に終息したことを発表した。 エルニーニョ・ラニーニャ現象について、熱帯積雲対流による降雨域ならびに表面海水温度 の通常時からの変動を観測できる人工衛星に熱帯降雨観測衛星(TRMM)がある。TRMM は、 1997 年 11 月 28 日の打ち上げ以来、14 年以上を経過した現在も降雨観測データを取得し続け ている日米共同の地球観測衛星である。 この文章を書いている間も雪は間断なく降り続いている。先程雷も鳴った。あと一週間もすれ ば春分の日になり、黄道上の太陽も天の赤道を南から北へ横切ることになる。暖かくなって欲し い。3月20日の春分の日は卒業式でもある。 参考資料 1) 広島地方気象台お知らせ今日(6日) 、中国地方で「春一番」が吹きました。 http://www.jma-net.go.jp/hiroshima/siryo/osirase_20120306.pdf 2)気象庁 Home page 気象統計情報 http://www.jma.go.jp/jma/index.html 3) 気象庁報道発表資料(平成 24 年 2 月 27 日) 平成 24 年冬の天候と大気の流れの特徴につ いて∼異常気象分析検討会の分析結果の概要∼ http://www.jma.go.jp/jma/press/1202/27b/h24fuyunotenkou120227.pdf
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