ゲンジボタルとヘイケボタルの種内および種間における光コミュ ニケーションについて 井口 豊 〒394-0005 長野県岡谷市山下町 1-10-6 生物科学研究所 [email protected] 全国ホタル研究会誌 38: 21–24 (2005) 全国ホ タル研究会誌 ,(3働 :21-24,(2005) ゲンジボタルとヘイケボタルの種内および種間 にお け る光 コ ミュ ニ ケ ー シ ョンにつ い て 井口 豊 (長野県岡谷市) 1 . は じめ に ゲ ンジボ タル ガ″がθ力 びr 〃 び力 r 夕とヘ イ ケボ タル Z . ル r θ r ″ガJ は 近縁種 で あ り, 平 均的サ イズ こそ 違 うが形態 的 に類 似 してお り, 成 虫 の生息場所や 生息期 間 も部分的 に重な り合 う。近縁種 の生物間 で は 自然交雑が起 きる ことは珍 しくな い が , ゲ ンジボ タル とヘ イケボ タル の 自然 交雑 は報告 されて いな い。両種 とも場所 によって は , 数 百個体 以 上の 発生 を見 る が , 自 然交雑 は滅 多 に起 きな いよ うであ る。それで は , ど の よ うに して交 雑が回 避 されて いるか疑 間で はあるが , そ れ に つ いて調 べ た研究 はな い。 ホタルの発光パ ター ンは種 固有 の もの と考 え られ , ゲ ンジボ タル とヘ イ ケボタ ル の発光 パ ター ンもかな り異な る。 した が つて 両種 の発光 パ ター ンの相違が 交雑 の 回避 に役 立って いる可能性 が ある。 し か しなが ら, 明 滅光 に対す る両種 の反応 は厳密 に規定 されて い る ものではな く, タバ コの火や車 の ウ ィンカ ー の 点滅 にも 引き寄せ られ る ことが 知 られて い る ( 大 場, 1 9 8 6 , 1 9 8 8 ) 。 そ こで 本研究で は, ゲ ンジボ タル とヘ イ ケボタル の混合集団 の 中で, 一 方 の発光 に他方が どのよ うに -21- 反応す るか を観察 した。 また , ゲ ンジボ タル とヘ イケボ タルで は, 雄 が雌 の ところに飛翔 アプ ロー チ し, 交尾 に至 る とい う生態的特徴 を持 つ 。 し か しなが ら, 雄 が 何 らかの特徴 を持 った 雌 に選択 的 にアプ ロー チす るのか , そ れ とも ラ ンダム にアプロー チす るのか不明 である。ゲ ンジボ タルで は , 雌 の体 長 と 産卯数 に正 の相 関が ある ことが 知 られて お り ( 勝野, 1 9 6 6 ) , 雄 は相 対 的 に大 きな 雌 を選 択 してアプ ロー チ して いる可能性 もある。本研究 では , ゲ ンジボ タル雄 の 選択 的 アプ ロー チ の有無 にかんす る知見 も報告す る。 2.方 法 長野県 茅野市菊沢 の 回沢沢川 ( 幅0 . 5 1 . O m ) にお いて, 2 0 0 3 年 7 月 上 旬 に以下 の 2 種 類 の観察 がな され た。 この 時期 に はゲ ンジボ タル とヘ イ ケボ タルの成虫が 混棲 して いた。 観察 1 : 7 月 1 0 日夜, 川 沿 い約 1 0 m に 1 0 個体 以 内 の 静止 発光 個体 が散在 ( 約 1 3 m 間 隔) し て見 られた 区域 を観察地 と して設定 した。 個体 密度 が比較 的低 い場 所 を選 んだのは ,大 場 (1988)も指摘 し た通 り,個 体 密度が高 くな る と個 体 間 の 光 コ ミュニケ ー シ ョンの識別が 困難 にな るか らである。 この 区域 内で22i30-23:30 に静止発光 して いたホタル の種類,性 別 , 個体数 を記録 し,飛 翔 ホタルが どの 静止 発光個体 にアプ ロー チ (接近)するか確 認 した上で ,そ の 飛翔 ホタルの種類 ,性 別 , 個体 数 を記録 した。 この場合,飛 翔個体 が静止発 光個体 に向か い約50cm以内に接 近 した時 ,ア プ ロー チ とみな した。 さ ら に,ア プ ロー チ個体 に対す る被 アプ ロー チ個体 (アプ ロー チ された個体 )の 反応 を観察 し,ア プ ロー チ個体 が被 アプ ロー チ個体 のそ ばに着地す るか どうか も調 べ た。 3 . 結 果 および 考察 観察 1 : 表 1 に 結果 を要約 した。 アプ ロ ー チ個体 は全て 区域外 か ら飛来 した雄で あ り, い ずれ も被 アプ ロー テ個体 に接触 す るに至 らず , 観 察 区域外 へ 飛び去 った。 今 回は, わ ずか 3 例 の観察 で あったが, ゲ ンジボ タル , ヘ イ ケボ タルの いずれ の 雄 も, 同 種雌 を正確 に認 識 して アプ ロー チ して い るので はな い ことが 推察 された。 今 回 の 飛翔ゲ ンジボ タル雄 の場合, 複 数 存在 した 同種雄 には全 くアプ ロー チせず , 1 個 体 のヘ イケボ タル雌 にのみ アプ ロー チ した。ゲ ンジボ タルの場合 , 雄 は 同種 雄 の発光 に引き寄せ られ る ことも珍 しく な い。今回のよ うに同種雄 に全 くアプ ロ ー チ しなか ったのが 偶然な のか ,そ れ と も異種 で も雌 に 引き寄せ られ 易 い性質が あるのか は不明で ある。 ゲ ンジボ タル と ヘ イケボタル の アプ ロー チ行動 につ いて さ らに観 察例 を増やす必 要が あるが, 両 種 とも静止発光個体 か ら数c m の距離 まで 近 づ いてか ら, そ れが 同種雌 で あるか否 か判 断 して い る ことが 予想 され る。 この 性質 は 両種が人工点滅光 に 引き寄せ られ やす い とい う性 質 ( 大場 , 1 9 8 6 , 1 9 8 8 ) と矛盾 しな い。 今回観察 され た ヘ イ ケボ タル雄 のアプ ロー チで は, ゲ ンジボ タル雄 の 強発光 を 受 けて着地す る ことな く飛び去 った。上 述 の よ うに, ゲ ンジボ タル雄 の 発光 は同 種雄 を引き寄せ る働 きが あ り, そ の場合, 接近 した雄 同士が 相互 に強発光 を繰 り返 観察 2:7月 11日22:00-23:00に ,半 径 にゲ 約20-50cmの範囲 ンジボ タル雌 2個 体 が静止 発光 してお り, しか もいずれ の 雌 か らも 2m以 内 に他個体 が存在 しな い 場所 を選定 した。 これ らの雌 が 放 つ 光が 草木 に邪魔 されな い ことも確認 した。そ の よ うな条件で ,飛 翔す るゲ ンジボ タル 雄が どち らの雄 の 近 くに舞 い降 りるか 調 べ た。そ の後 ,両 方 の雌 を採集 して体長 と腹部第 5節 (発光器 の ある節)の 幅 を 測定 し,ど ち らの雌 が大き いか調 べ た。 本研究で は井 日 (2002)同様 ,頭 部 を除 いた体 の長 さを体長 とした。体長 と腹部 第 5節 幅 の相 関係数 として ,Spearman順 位相 関係数 を使用 した。 表 1.ゲ ンジボタルとヘイケボタルの静止発光個体と飛翔アプローチ個体 時刻 静 止発 光個体 22:30 質 ンプ督│ 飛翔 アプ ロー ア プロー チ を チ個体 l A ) 受 けた個体 0 ) ゲンジ♂1 23:20 質 プ 十 才 督 ゲンジ♂1 23:30 ヘ イケ♂ 1 質 才 プ督! ヘ -22- A の着 地 A に対 す る B の反応 ヘイケ♀1 有 無 イケ♀1 有 無 ゲンジ♂l 有 3 秒周 期 の 強発光 す行動が見 られ る。 しか しなが ら, ヘ イ ケボ タル に対 して は , ゲ ンジボ タル雄 の 強発光が異種で ある ことを示す 一 種 の 警 告 シグナル とな った可能性が ある。 もち ろん, ゲ ンジボ タル雄 の側 か らすれ ば, 近 づ いて きたホタルの発光 に単純 に応 答 しただけか もしれな い。 しか し結果 的 に, 自分 の 強発光が ヘ イケボ タル雄 をそれ以 上近 づ けな い役割 を果た した。 観察 2 : 図 1 に 示 した よ うに, 雄 の体長 と腹部第 5 節 ( 発光器 の ある節) 幅 の 間 には強 い相 関が認 め られた。 しか しなが ら, 図 2 に 示 した よ うに, 飛 翔雄 は必ず しも大 きな雄 にアプ ロー チ して いな い。 それ どころか 飛翔雄 は , む しろ小 さな雌 にアプ ロー チ して い るよ うにさえ見える。 今 回 のサ ンプルサ イ ズ ( n i 5 ) は小 さいの で正確 な議論 はで きな いが , 飛 翔雄 が ア -23- プ ロー チ の段階で大 きな雌 を選択 して い るわ けではな い ことが 予想 され る。 も し そ うな らば , 少 な くとも飛翔雄 のアプロ ー チの段階では , 小 さな雌 で も不利 にな らな い よ うな仕組みが働 いて いる と言 え る。 引用文献 井 口豊 2 0 0 2 , 行 動 生態 学 か ら見たゲ ン ジボ タル成虫 の雌雄サ イズ の違 いにつ いて, 全 国ホ タル研 究 会誌, ( 3 5 ) : 2 3 26. 勝野重美 1 9 6 6 , 辰 野町 の ホタル と人工 孵化養殖 . 昆 虫 と自然 , 3 ( 6 ) i 1 5 - 1 7 . 大場信 義 1 9 8 6 , ホ タル の コ ミュニ ケー シ ョン. 東 海大学 出版会 . 大場信義 1 9 8 8 , ゲ ンジボ タル. 文 一 総 合 出版 . 5 pく0.001, 4 3 2 ︵日日 ︶理 撮 0賦 稲嬰 13 15 17 19 体 長 (mm) 図 1 . 雌 の体長 と腹部第 5 節 ( 発光器 のある節 ) の幅の相 関 r s はS p e a r m a n 順 位相 関係数 を示す 。 4 弧 3 懸 2 1 0 -3 -2 -1 0 アプ ロー チ され た雌 の 体 長 一 アプ ロー チ され なか った 雌 の 体 長 ( m m ) 図2 . ア プローテされた雌とアプローチされなかった雌の体長差 十のデータは, ア プローチされた雌が大きいことを示し, 一のデータは, ア プローチされなかった雌が大きいことを示す. -24-
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