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御南中学校 学校だより『 トライ!』 第 28 号
3年生 新たな旅立ち!
H.27
平成28年3月16日
3月15日、3年生281名が無事に卒業式を迎えました。
どの顔にも、多くの思い出を胸に、中学校生活を精一杯過
ごした充実感とこれから始まる新たな生活へのやる気がみ
なぎり、“人生の春”の到来を感じさせてくれました。
くれぐれも健康に留意するとともに、今後のさらなる発
展と頑張りを心より期待したいと思います。
学校長 卒業式「はなむけの言葉」より
さて、281名の卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。皆さんは、『人生の春』とい
う言葉を知っているでしょうか。人生の中で最も輝いている青年期を表す言葉です。中学校の卒
業証書を手にした皆さんは、今、まさに思春期を卒業し、『人生の春』に向けて新たな一歩を歩み
出そうとしているのです。古来、“春”という言葉には、“植物 の根がしっかり張る”という意味
が込められていると言われています。皆さんは、早春の若木のように、御南中学校で過ごした3
年間で、しっかりと大地に根を張り、幹を太らせ、若葉を茂らせ、人間的に見違えるような成長
を遂げました。
改めて、皆さんの成長の跡を振り返ってみて、入学以来、私が常々感心させられるのは、皆さ
んの自転車置き場の様子です。先生方に一度置き方の説明を受けただけで、以後整然と自転車が
置かれ、それは3年間が経過した今でもほとんど変っていません。『正直者がバカを見ない学年に
しよう ! 』という学年スローガンのもと、先生方の指導や助言を受け入れ、他人への気配りも自
然な形で出来る皆さんの素直さが、ここまで成長をとげられた第一の要因であったと思われます。
しかし、いくら生命力豊かな草花でも、水や光がなければ成長は出来ません。皆さん方の健や
かな成長を願い、まるで大切な草花に毎日水やりをするように、多くの学校支援ボランティアの
方々が、落ち着いた校内環境づくりのために校内見守り活動や花壇の整備などをしてくださいま
した。さらにまた、個別学習支援という形でも、日々愛情を注いでくださいました。このように、
家族はもとより多くの方々の愛情という水や光があったからこそ、ここまで
成長できたということを決して忘れてはいけません。
そして、三つ目の要因は、茎や幹をしっかりと力強いものにし、将来大きな花
を咲かせる基盤を作ろうと、3年間をかけて計画的に行われたさまざまな体験
的な学習活動が、皆さんの心を太らせる大切な肥やしとなったことです。日々
の部活動だけでなく、広島や沖縄を訪れ平和の大切さを体感した平和学習、命
の尊さを学んだ人権や福祉の学習、特に岡山盲学校の竹内 昌彦先生からお聞き
した差別に負けず力強く生きることの大切さや「命をはぐくむ授業」で赤ちゃ
んから実感させてもらった命の温もりなどは、おそらく皆さんに感動を与え、
感性を磨き、心の糧になったことと確信しています。
このようにしっかりと成長を遂げた皆さんは、部活動でさまざまな優秀な成
績を上げるだけでなく、地域のボランティア活動へ多くの人が参加するようになるなど、幅広く
学習成果の蕾をつけるようになりました。そして、体育会のフィナーレを飾るダンス・パフォー
マンスでは、その蕾が鮮やかに大輪の花へと開花した瞬間を見たように感じました。クラス毎に
衣装と振り付けに創意をこらし、統制が取れた中にも個性を感じさせるダンスを底抜けに明るい
表情で楽しそうに踊る姿は、皆さんが秘めている活力の無限の可能性を感じさせてくれました。
また、生徒会主催「オータムフェスティバル」をやり終えた直後に生徒会執行部が流した達成感
と充実感が入り交じった涙にも、大輪の花を見させてもらいました。今、御南中学校ではどの学
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年も大きな声で合唱ができるようになりました。この雰囲気を作り出すきっかけも、皆さんの思
いのこもった歌声だったと思います。近年必ずしも芳しい風評だけではなかった御南中学校に、
校歌の歌詞にあるように『豊かな文化の香』を再び漂わせてくれた皆さん
には、心からの敬意を表すとともに感謝の言葉を送りたいと思います。
「もう少し積極性があればなぁ… 勿体ないなぁ…」とは、皆さんに関わっ
た人たちが一様に漏らす感想です。ほぼ自立を遂げ、りっぱな社会人となる
資質を十分に培った皆さんには、将来社会の中核として地域社会のリーダー
となって欲しいとの期待が寄せられています。
そこで、これからの皆さんの生き方の指針にして欲しい人物の生涯についてお話し、はなむけ
の言葉にしたいと思います。その人物は、宮沢賢治です。宮沢賢治は、独特の世界観や人間観に
基づき、『銀河鉄道の夜』『風の又三郎』『注文の多い料理店』など、多くの作品を残した童話作家
として知られています。その宮沢賢治は、明治29年に岩手県花巻市に生まれました。賢治が生
まれ育った東北地方は、現在でも東日本大震災の災禍からやっと立ち直りかけたところですが、
昔から、津波や冷害など自然災害にたびたび見舞われ、人々が飢饉に苦しめられ続けた地域です。
賢治自身は裕福な家庭に生まれましたが、生活に苦しむ農民の姿を見て、小さい頃から、「この人
達を助けたい。」と強く心に思うようになったようです。成人した賢治は、農民の生活を安定させ
るために、土地改良や農業技術改善の方法を花巻農学校で教えながら、実際に農民たちの生活改
善の支援を粘り強く続けていきました。その傍ら、さまざまな思いを童話という形で表現してい
ったのです。農民たちのために誠心誠意奔走した賢治は、その疲れから結核に罹り、わずか37
歳という若さでこの世を去るのですが、賢治は亡くなる数時間前にも、尋ねてきた農民の土地改
良に関する相談にきちんと正座して対応していたそうです。
東日本大震災の復興支援をきっかけに、一人一人では弱い人間同士の助け合いの大切さや必要性
が再認識させられました。それは、“絆”という言葉として日本全国に浸透しつつあります。その
ような中、“絆”の象徴として、宮沢賢治の生き方が多くの人々から改めて高い評価を受けている
のです。これから皆さんが生きていかなければならない社会には、多くの難問が山積しています。
そこで、さまざまな難局に直面するでしょう。その時こそ、それを切り抜けていくために何より
も必要なものは、人と人の心の“絆”なのです。そして、自分が他人からいただいた支援に感謝
し、感謝の気持ちを出来る範囲でさりげなくお返しすることが、人と人の“絆”の原点であるこ
とを常に心に置いておいてほしいと思います。ともすると自己中心的な考え方や振る舞いが横行
する昨今ですが、宮沢賢治の生き方を一つのモデルとし、人と人が心の根っこを絡ませ合い、し
っかりと支え合っていく時、きっと沢山の善意の花が開いていくと確信しています。皆さん一人
一人には、そんな花になり、ここ岡山の地を綺麗なお花畑にして欲しいと思っています。それで
は、宮沢賢治の死後、彼が愛用していた手帳から発見され有名になった、『雨ニモ負ケズ』
という詩を朗読し、私からの最後の言葉とします。
『雨にも負けず』
雨にも負けず
風にもまけず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだをもち
慾はなく
決して怒らず
いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と
味噌と
少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく見聞きし
分かり
そして忘れず
野原の松の林の陰の
小さな葺ぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば
行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北に喧嘩や 訴訟があれば つまらないからやめろといい
日照りの時は
涙を流し
寒さの夏は
おろおろ歩き
みんなにデクノボーと呼ばれ
褒められもせず
苦にもされず
そういうものに
わたしは
なりたい
皆さんが、『そういう人』になってくれることを、心から願っています。
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