脂溶性生理活性物質の腸管吸収における 複合ミセルの機能に関する研究

脂溶性生理活性物質の腸管吸収における
複合ミセルの機能に関する研究
独立行政法人食品総合研究所食品素材部・脂質素材研究室長 長尾��昭彦
■ 目 的
食品に含まれる脂溶性生理活性物質の中にはカロテノイドのように生体利用性が低いものがある。一
般的に、脂溶性生理活性物質は、消化管中に分散されたのち複合ミセルに可溶化されて、小腸上皮細胞
に取り込まれる。その過程において様々な因子が生体利用性に影響する。我々は、これまでに、腸管複
合ミセル可溶化カロテノイドの小腸モデル細胞 Caco-2 への取り込みが、ミセルを構成するリン脂質に
よって大きく影響されることを見出している。本研究では、脂溶性生理活性物質の吸収を調節する食品
素材の開発のための基礎的知見を得ることを目的とし、複合ミセルの構成成分がそれらの腸管吸収に与
える影響を解析する。
■ 方 法
タウロコール酸、オレイン酸、モノオレオイルグリセロール、リン脂質の 4 成分からなる複合ミセル
を腸管ミセルの標準モデルとして調製した。すなわち、ミセル構成成分と脂溶性生理活性物質であるβ
- カロテンを有機溶媒中で混合し、有機溶媒を留去後、無血清 DMEM 培地に分散させ、0.22μm のフィル
ターを通して得た濾液を複合ミセル溶液として用いた。ヒト結腸がん由来腸管モデル細胞 Caco-2 を 12
あるいは 24 穴の培養プレートに 3 週間程度単層培養したものを実験に供した。2 時間、37 度で細胞と
ミセル溶液とをインキュベートした後、ミセル溶液及び細胞に含まれるβ-カロテンを HPLC で分析した。
■ 結果と考察
複合ミセル中におけるβ-カロテンの可溶化状態の安定性に関しては、遊離脂肪酸が不安定化、モノ
アシルグリセロールやホスファチジルコリン
(PC)
が安定化させる作用が認められ、また、細胞によるミ
セル構成成分の吸収によっても可溶化状態が不安定化することが示唆された。長鎖アシル -リゾホスファ
チジルコリン(LysoPC)は顕著なβ-カロテン取り込み促進効果を示したが、短鎖及び中鎖の脂肪酸(C6:0
~ C10:0)をもつ LysoPC は取り込み促進効果を示さなかった。促進効果はその親水性 - 親油性バランス
(HLB)に依存することが示唆された。また、コリン以外の極性基をもつリゾ型グリセロリン脂質も取り
込みを促進した。
一方、長鎖アシル -PC はβ-カロテンの取り込みを著しく抑制することをこれまでに見出していたが、
短鎖脂肪酸(C4:0、C6:0)のみで構成される PC は取り込みに影響を与えなかった。中鎖脂肪酸(C8:0、
C10:0 あるいは C12:0)で構成される PC は取り込み促進効果を示した。PC がβ-カロテンの取り込みに
与える影響は HLB に依存して正反対の効果をもたらすことが分かった。また、グリセロリン脂質の極性
基によっても全く異なる効果が見出された。
ミセルに可溶化されたβ-カロテンの UV-VIS 吸収スペクトルはヘキサン中でのスペクトルとかなり異
なっていた。特に、長鎖アシル -PC 含有ミセルでは極大吸収波長が長波長側へシフトし、さらに著しい
hypochromic 効果が認められた。これらの結果から、長鎖アシル -PC 含有ミセルではβ-カロテンが強
い親和性で保持されることが示唆された。この強い親和性のため、Caco-2 細胞への取り込みが抑制さ
れるものと考えられた。このように、リン脂質のアシル残基数、アシル基炭素数、極性基の種類等が複
合ミセルからのβ-カロテンの取り込みに大きく影響することを見出した。その作用機構には、リン脂
質の界面化学的性質、β-カロテンとミセルの親和性、細胞内代謝が関与していることが示唆された。
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