解答のヒント まず、今回の記事にある「懲役」 「禁錮」といった刑の種類、 「執行猶予」 「保護観察」 「仮 釈放」といった制度を整理しましょう。もちろん、これらは記事を読むうえで事前に知識と して要求されるものではありませんが、より理解を深めるために以下に解説します。 ◇刑の種類 刑の種類は重いものから順に、死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留及び科料があります。その うち、 「懲役」は刑務所に身柄を拘束して労働を強制するものであり、無期と有期(1ヶ月 以上 20 年以下)があります。一方、 「禁錮」は労働の強制を伴わないものであり、無期と有 期(1ヶ月以上 20 年以下)があります。 ◇刑の執行猶予、仮釈放 ① 執行猶予……執行猶予期間中に被告人が再び罪を犯さないことを条件として、刑の執 行が猶予されることです(例えば、 「懲役3年、執行猶予5年」の判決であれば、5年 間罪を犯さなければ刑務所で服役することはありません)。しかし、期間内に被告人が 再び罪を犯すと執行猶予が取り消され、決められたとおりの刑が執行されることにな ります。前科がない者などについて、3年以下の懲役・禁錮または 50 万円以下の罰金 を言い渡すときに付けることができます。 ② 保護観察……社会の中で更生するように、保護観察官及び保護司の指導監督や支援を 受けながら遵守事項を守って生活するというものです。期間中に遵守事項に違反した 場合は、執行猶予や仮釈放の取り消しなどを受けます。 ③ 仮釈放……刑期満了前に刑務所から釈放し、残りの期間は社会内で保護観察を受ける というものです。 次に、今回の記事のポイントである「刑の一部執行猶予制度」についてみていきましょう。 ◆記事のポイント<「刑の一部執行猶予制度」の施行> 本制度の対象は「3年以下の懲役か禁錮」の判決ですが、主に薬物犯罪が想定されていま す。従来だと、例えば「懲役3年」であれば、仮釈放後の保護観察期間を入れても最長で3 年間しか改善指導ができませんでした。しかし、本制度の施行によって、 「懲役3年、うち 1年を2年間の執行猶予」という判決を言い渡すことが可能になり、実刑(執行猶予の付い ていない刑)と執行猶予を合わせて、4年間にわたる、より長期の立ち直り支援ができるよ うになりました。この場合、最初の2年間を刑務所で服役させた後に、執行猶予の2年間で さらに経過をみることになります。 では、なぜ薬物犯罪を想定して、そのような制度が実施されることになったのでしょうか。 その背景には、薬物犯罪の再犯率の高さがあります。記事にもあるように、覚醒剤事件での 服役後に再入所する割合は、出所後1年間は3.4%であるのに対し、5年間だと48.8% に上昇します。刑務所で一時的かつ強制的に薬物の誘惑を断ち切ったとしても、薬物は依存 性が高いため、犯罪の誘惑の多い社会の中で再び薬物に手を出してしまうというケースが 多いのです。薬物犯罪の再犯防止のためには、社会内で長期間、薬物離脱に取り組む必要が あるという認識から、本制度の施行に至りました。 とはいえ、薬物犯罪者には長期にわたる専門的な治療が必要とされるため、刑務所で服役 させるよりも、むしろ病院に入院させて治療に専念させた方がよいという意見もあるかも しれません。また、刑の「一部」を執行猶予にするのではなく、全面的に執行猶予にして社 会の中で指導監督を受けながら改善・更生をめざした方がよいという意見もあるかもしれ ません。 しかし、刑の目的はただ犯罪者の治療や社会復帰だけにあるのでしょうか。そもそもなぜ 刑が科されるのでしょうか。ここで、改めて刑罰を科す目的について考えてみたいと思いま す。 ◆刑罰を科す目的とは 刑罰を科す目的を考えるうえで、被害者、犯罪者にとって刑罰が果たす機能、またそれら が社会的に持つ意義について考えてみましょう。 まず被害者のいる犯罪の場合において、その被害者の側面から考えてみましょう。例えば、 あなたが毎日通学で利用している自転車が誰かに壊された(器物損壊)とします。あなたは、 それに対してどのように感じるでしょうか。自転車通学の代わりに、毎朝1時間も早く起き て徒歩で通学しなければならないとしたら、苦痛や犯人に対する怒りを感じるかもしれま せん。また、犯人が分かれば仕返ししたいと思うかもしれません。ですが、自分が被害に遭 ったからといって、相手に報復してもよいと全員が考えると、復讐の連鎖が起きて社会の秩 序は乱れてしまいます。とはいえ、被害を受けたあなたからすれば、そのまま何もせず犯人 をゆるすことはできないのではないでしょうか。そこで、罪に相応する報いとして罰を与え る(応報)という考え方が生まれます。被害者に代わって司法が刑罰を科すことで、被害者 の感情にも配慮することができます。しかも、私たちは誰でも犯罪に巻き込まれて被害者に なる可能性があります。罪を犯した者に刑罰を科して社会から隔離し矯正することは、私た ちが身の危険や恐怖を感じることなく安心して生活することを可能にするという意味があ るのです。 では、犯罪者の視点から考えると、刑罰はどのような機能を果たすのでしょうか。まず、 刑務所で服役することは、犯罪者が社会から隔離されることを意味します。他方で、それは、 社会から一時的に離れて、改めて自分と向き合い、自らの犯した罪について考える機会にも なるのではないでしょうか。特に、薬物犯罪のような「被害者なき犯罪」は、二次的な犯罪 を引き起こす危険があるにもかかわらず、犯罪者の罪の意識が希薄であると考えられます。 刑罰は、そういった犯罪者に対しても罪の意識を自覚させ、かつ反省させたうえで、社会復 帰に向けて改善指導や教育、更生支援を促すのに有効であると考えられます。しかも、私た ちは誰でも罪を犯す可能性があります。罪を犯せばその報いとして必ず罰を受けるという ことを広く社会に知らせることは、私たちが新たに罪を犯すことを抑止したり、罪を犯して はいけないという規範意識を強化したりするという意味があるのです。 このように、どのような犯罪をとっても、その罪を取り巻くすべての側面(罪を犯した者、 被害者、社会など)から、刑罰の機能や目的を捉えることができると思います。もとより、 刑罰のあり方は、古くから様々な形で議論されてきました。なぜ刑罰を科すのかを説明する ためには、普遍的な理論(すなわち犯罪の種類や軽重、罪の自覚や反省、更生への意欲など によらない理論)を構築すべきだという考え方があります。その一方で、いかなる刑罰にも、 「応報」 「犯罪者の隔離」 「犯罪者の矯正・教育・更生保護」 「犯罪抑止」 「国民の規範意識の 強化」といった目的が、多かれ少なかれすべて含まれているという考え方もできるでしょう。 後者の場合、刑罰の目的のいずれに着目するのかによって、刑罰制度に対する評価も変わっ てきます。例えば、 「犯罪者の矯正・教育」を重視する立場は死刑制度に対して否定的でし ょうし、 「応報」を重視する立場では死刑制度の必要性を主張するでしょう。私たちは自分 がふつうの生活を送ってさえいれば、犯罪や刑罰など自分には関係ないと思いがちですが、 誰でも罪を犯したり犯罪に巻き込まれたりする可能性があるということを念頭に、改めて 刑罰のあり方を考えてもらえれば、幸いです。 ◇終わりに 今回は、 「刑の一部執行猶予制度」の施行のねらいを明らかにしたうえで、刑罰の目的に ついて掘り下げて考えてみました。しかし、そのほかにも記事の内容を踏まえて、様々な論 点を提示できると思います。例えば、今回はそこまで踏み込みませんでしたが、制度自体の 是非について展開して、施行にあたっての問題点などを指摘してもよいかと思います。また、 「犯罪者の更生支援のあり方」について、現状の問題点を分析しその解決策を提示してみる のもよいでしょう。 最後になりますが、小論文で議論を展開するポイントとして、ただ自分の主張を述べるだ けでなく、自分とは異なる立場や意見はありえないだろうか、と考えてみるとよいのではな いでしょうか。自分とは異なる意見も考えてみることによって、自分の主張にもより説得力 のある根拠を持たせることができると思います。 (山口 郁)
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