度情報通信社会におけるマーケティング

名城論叢
87
2006 年3⽉
⾼度情報通信社会におけるマーケティング
―― USS の事例を中⼼として――
⼤
⽬
﨑
孝
徳
次
Ⅰ.問題提起
Ⅱ.技術⾰新とマーケティング
Ⅲ.事例研究:USS における IT 活⽤
Ⅳ.結論
Ⅰ.問題提起
違和感を感じずにはいられない。なぜなら,
マーケティングに⼤きな影響を与えてきた⾦属
インターネットを代表とする IT の社会への
活字,機械,鉄道,ラジオ,テレビ,⾃動⾞と
浸透に呼応し,IT がマーケティングに与える
いった過去の技術⾰新は,開発されてから,実
影響について,2000 年ごろから盛んに議論が⾏
際,マーケティングに影響を与えるまでに,⻑
われている。しかしながら,これらの議論にお
期の期間を要している場合が少なくないからで
いて2つの⼤きな問題が存在する。
ある。さらに⽣産設備の機械化,鉄道,ラジオ
1点⽬は,インターネットを中⼼とする IT
の技術的特性に注⽬し,議論を展開する研究が
のように他の技術との組み合わせにより,⼤き
な影響を与えたケースもある。
多く⾒受けられることである。筆者は,IT の
本研究においては,IT の技術的特性に注⽬
マーケティングに与える影響を考察することに
した分析ではなく,企業における IT の活⽤実
おいて,IT の技術的特性分析を実施する重要
態に基づく考察により,IT のマーケティング
性について否定はしない。しかしながら,IT
への影響について明確化させることを⽬的とす
という技術の実際のビジネスへの活⽤において
る。そのために,まず過去の技術⾰新がマーケ
は,技術上クリアできても商習慣といった既存
ティングを中⼼とする経営に与えてきた影響に
のシステムとの関係により,実践できないケー
ついて考察する。次に,中古⾃動⾞オークショ
スや,また逆に IT だけでは困難であっても,
ンを運営する株式会社ユー・エス・エス(以下
他のシステムとの組み合わせにより,実現可能
USS)を対象に事例研究を⾏う。こうした業種
なケースも存在するはずである。
においては,短時間に⼤量の商品を処理するこ
2点⽬は,現時点の企業におけるインター
とが強く求められ,IT は⼤きく貢献すると考
ネットを中⼼とした IT のマーケティングへの
えられる。⼀⽅,新製品のような同⼀の品質で
活⽤実態を重視することなく,将来において
はなく,商品ごとに品質に差があるという特性
IT が与え得る影響について議論している研究
を保有する中古⾃動⾞の取扱において,IT が
が多く⾒受けられるということである。とりわ
有効に機能しない点も多く存在すると考えられ
け,将来,IT がマーケティングに与える影響に
る。こうした IT 活⽤の有効性と問題点が顕著
ついて,強く否定的な⾒解に対しては,⼤きな
に並存する事例において,IT の活⽤範囲,効果,
88 第6巻 第4号
問題点およびそれをフォローするシステムを明
と指摘している。つまり商品を効率的に輸送で
確化させ,IT のマーケティングへの影響に対
きる鉄道のみでは,⼤量⽣産体制を確⽴するこ
する考察を深める。
とは困難であり,⼤量⽣産を実⾏するうえで必
要となる⼤量販売を成⽴させるためには,ラジ
Ⅱ.技術⾰新とマーケティング
オを活⽤した,プロモーションが重要な役割を
果たした。また当然のことながら,⼤量⽣産は
本章においては,まず⾦属活字にはじまり,
⽣産設備の機械化という技術⾰新により実現し
過去の技術⾰新がマーケティングに与えてきた
た。つまり鉄道・ラジオ・⽣産設備の機械化と
影響について考察する。次に IT がマーケティ
いう技術⾰新は,それぞれ物流・広告・⽣産と
ングに与えた影響について,1980― 1990 年代と
いう機能を⾶躍的に進化させ,⼤量⽣産・⼤量
インターネットが進展してきた 2000 年代の⼤
販売体制を確⽴させた。
きく2つに分類し,考察を⾏う。
こうして何百もに分断していた⽶国国内市場
は,全国的なマス・マーケットへ統⼀された。
1.技術⾰新によるマーケティングの変遷
各地の企業は,この統⼀された⼤きな市場での
技術⾰新により,マーケティングは⼤きな影
販売拡⼤を⽬指し,全国的な広告キャンペーン
響を受け,変遷を遂げてきた。1445 年,Guten-
の実施,
製品ポジションの強調,
顧客へのイメー
berg によって発明された⾦属活字の技術によ
ジ作りなどを積極的に展開した。また,こうし
り活字⽂化が開花し,さらに 17 世紀に⼊り,新
た競争は価格にも波及し,低価格,低マージン
聞,広告代理店が登場して以来,新聞を媒体と
化をもたらした。
する広告が社会に浸透してきた(清⽔ 1999,
このように従来,少量販売,⾼マージンであっ
pp. 28-29)。⽇本においては,19 世紀半ばごろ
たマーケティングは,マスメディアを活⽤した
より,こうした広告が普及し始める
(清⽔ 1999,
広告により,低マージン・⼤量販売を志向する
p. 40)
。
マス・マーケティングへと変容を遂げた。また,
その後,1920 年代に⼊り,アメリカ横断鉄道
市場の拡⼤に伴う消費者との距離の増幅は,必
が開通した。⼭﨑(2000)は,鉄道を移動その
然的に何段階かの中間業者の介在を求め,中間
ものを実現する空間克服⼿段と捉え,空間克服
業者の必要性を強調する結果となった(⽯原
コストを低下させ,交換活動を活発化させるこ
2000,pp. 77-81)。さらに拡⼤し,統⼀化され
とに注⽬している。つまりアメリカ横断鉄道の
た市場における競争は,従来の分断化していた
開通は,全⽶に効率的に商品を輸送するシステ
市場での競争とは,
⽐較にならないほど激しく,
ムが完成したことを意味する。
競争に勝ち残った企業の商品はナショナルブラ
また,この時期は当初,防衛や船舶関係など
ンドとなり,販売量は増加し,企業の規模も⼤
における通信⼿段にしかなり得ないと考えられ
型化していった。こうした創成期におけるマー
ていたラジオが,⼀般市⺠の間で,爆発的に流
ケティングの変遷を体系的に整理した代表的な
⾏ し た 時 期 で も あ っ た( Jomo 1924 )
。加 藤
研究として Tedlow(1990)がある。
(2002)は「⽶国では 1920 年代に⼤量⽣産体制
テレビという技術⾰新もマーケティングを変
が確⽴されたといわれているが,これはこの時
容させた。新聞やラジオと⽐較し,テレビは映
期にラジオといったマスメディアが登場したこ
像という豊富な情報伝達機能を保有している。
とと決して無関係ではないのである」
(p. 152)
よって,こうしたテレビの普及は広範囲に強い
⾼度情報通信社会におけるマーケティング(⼤﨑) 89
影響⼒をもたらすメディアの誕⽣を意味した。
もあるが,⼀般的な各部⾨の業務に使⽤され始
⽇本においては 1960 年代に⼊り,テレビが急
め た の は,1980 年 代 に ⼊ っ て か ら で あ る
速に普及してきた。こうしたテレビを活⽤する
( Bressler and Grantham 2000,p. 283 )
。
ことにより,⽣産者は他社商品との差別化を狙
Keen and Ballance(1997)は,1980 年以降の企
い,⾃社のブランドを強調した広告に重点をお
業間取引に影響を与えたコンピューターネット
くマーケティング戦略を実⾏した(⽯井 1998,
ワーク技術について,1980 年代前半は企業内
pp. 7-11)。その結果,消費者はテレビ広告によ
EDI(Electronic Data Interchange)であったが,
る刺激への反応として銘柄を指名し,購買する
1980 年代後半から業界標準 EDI に発展してき
ようになり,⼩売店の店頭における販売員の消
たと指摘している(pp. 12-23)
。
費者への影響⼒は弱まった。このようにテレビ
の出現は⽣産者の広告への依存度を⾼め,⽣産
2.1.企業内 EDI:1980 年代前半
者が消費者に接近することを可能にさせた。ま
1980 年ごろ,アメリカの⾃動⾞メーカーは,
た,⽣産者のなかには,中間業者を系列化する
⽇本の系列に基づく密接な取引関係によるリス
者も現れ,中間業者に対する⽣産者の影響⼒は
ポンスの早い効率的な仕組みに対抗し,受発注
強まっていった。
や⽀払い業務のペーパーレス化に取り組んだ。
⽇本においては,1970 年代に⼊り,マイカー
そのために業務を標準化し,
電⼦化を実施した。
ブームが到来し,⼩売店の姿は変容した。郊外
その結果,処理コストは 61 ドルから6ドルに
に広い駐⾞場を保有し,急激に増加する商品を
低下した(Keen and Balance 1997,p. 13)
。こ
幅広く取り揃える⼤規模⼩売店が出現し,
従来,
のように IT の当初の導⼊⽬的は,オペレー
主流であった駅前など町の中⼼部に位置してい
ションの迅速化・低コスト化など,効率の向上
た商店街を代表とする⼩売店に対する勢⼒を拡
を⽬指したものであった。Hammer & Cham-
⼤させていった。消費者は⾃動⾞にてワンス
py(1993)は,コスト,品質,サービス,スピー
トップ・ショッピングを⾏うようになり,購買
ドのような重⼤で現代的なパフォーマンス基準
⾏動は⼤きな変化を⾒せ始めた。また,⼤規模
を劇的に改善するために,ビジネス・プロセス
⼩売業者のなかには,チェーン・オペレーショ
を根本的に考え直し,抜本的にそれをデザイン
ンを導⼊した全国展開により,店舗数を急激に
し 直 す 取 組 で あ る BPR( Business Process
増加させ,巨⼤な調達⼒を背景に,⽣産者に対
Reengineering)における情報の共有・受発信,
する発⾔⼒を強めていく者も現れた。McNair
マニュアル化,意思決定などへの IT の貢献を
and May(1976)は,こうしたワンストップ・
⾼ く 評 価 し て い る( 野 中 監 訳 1993, pp. 121-
ショッピングの普及においては,⾷料品であれ
158)
。
ば当然ながら⻑期に渡り保存可能な家庭⽤冷蔵
その後,SIS(Strategic Information Systems)
庫という技術⾰新も寄与していると指摘してい
ブームが起こった。多くの企業は顧客や取引先
る(清⽔訳 1982, pp. 88-90)
。
に設置した独⾃仕様の受発注専⽤端末により,
顧客や取引先との⻑期に渡る関係性構築の実現
2.IT によるマーケティングの変容:1980 ―
1990 年代
を⽬指した。なぜなら,端末を他のものに移⾏
することは技術的にも⼼理的にも抵抗が⽣じる
IT のビジネスへの活⽤は,⼀部,数値処理を
ため,関係性構築に有効であると考えられたか
⽬的として,1950 年代から導⼊されていた事例
らである。しかしながら品揃えを充実させるた
90 第6巻 第4号
めには,複数業者との取引が不可⽋であり,そ
を⽬的としている(⼋ッ橋 2002)。また,ECR
の結果,多端末現象が⽣じ,端末による囲い込
は⾷品業界を中⼼に普及してきた EDI であり,
み の 効 果 は 薄 れ て い っ た( 古 賀 2002,pp.
効率的な品揃え,在庫補充,プロモーション,
70-71)。この点について⼩川(1999a)は,こう
商品補充における効率化を⽬標としており,基
した情報化は,⾃社にとっては⼤きなコスト低
本概念は QR と同様である。こうした EDI の
減をもたらしたが,各社,独⾃のシステムを採
導⼊により,低コストの延期型システムが実現
⽤する企業内 EDI であったため,互換性がな
した。効果的な EDI システムを構築するには,
く,顧客にとって不便なシステムであったと指
IT 導⼊以前に企業間の業務を擦り合せる必要
摘している(pp. 106-108)
。しかしながら,や
があり,企業間において単なる売買を超えた関
はり端末の有無により,取引は左右される訳で
係性が⽣じてきた。このように業界標準 EDI
あり,強固ではないものの,企業間における関
は企業間取引を迅速化させるとともに,企業間
係性に影響を与えたと考えられる。
における関係性の強化にも貢献した。
2.2.業界標準 EDI:1980 年代後半から 1990
年代
2.3.POS
⽇ 本 に お い て 1980 年 代 に ⼊ り,登 場 し た
⼩川(1999a)は,⾷品⼩売業界を筆頭に共通
CVS(コンビニエンス・ストア)は,以後,現
商品コードを使った電⼦発注システムが普及
在においても,その勢⼒を拡⼤させている。以
し,業界横断的に情報システムを利⽤する下地
下,CVS の原動⼒ともいえる POS に対する考
が完成したと指摘している(pp. 108-110)。つ
察を踏まえ,1980 ― 1990 年代において,IT の
まり,今まで企業により異なっていた EDI の
活⽤がマーケティングにもたらした影響につい
システムが,共通化された業界横断的な EDI
て考察する。
に拡⼤した。
POS とは,Point of Sales の略称で,販売時点
また,⽯井(1998)は,1980 年代後半以降,
で全てのデータを取得する仕組みであり,経済
情報システムが⽇本におけるマーケティング・
産業省の定義では,
「POS システムとは,従来
システムに与えた影響について,販売地点情報
のキー・イン⽅式のレジスターではなく,⾃動
をできる限りリアルタイムに⽣産・開発に結び
読み取り⽅式のレジスターにより,商品単品ご
つける実需対応型システムにおける,発注から
とに収集した販売情報,ならびに仕⼊・配送な
納期までのリードタイムが⻑すぎるという問題
どの活動で発⽣する各種情報をコンピュータに
点に対して,情報システムは有効に機能し,効
送り,各部⾨が有効に利⽤できる情報を加⼯・
果的な実需対応型マーケティング・システムの
伝達するシステムで,いわば⼩売業の総合情報
実現に貢献したと指摘している。
システムを意味する」
(荒川 1995,p. 18)となっ
こうしたシステムの代表的なものとして,
ている。もともと POS システムは精算時間の
QR( Quick Response )
,ECR( Efficient Con-
短縮,不正防⽌など,オペレーションの効率を
sumer Response)などがある。QR とは,アパ
⾼めるために開発された。その後,CVS など
レル業界を中⼼に発展してきたもので,製品の
において POS の活⽤による徹底した単品管理
企画段階から,店頭に並べるまでのリードタイ
が⾏われ,売筋・死筋管理,品切れ防⽌,在庫
ムを短縮することにより,販売機会の損失や売
削減が可能となり,ロジスティクスの分野にも
れ残りを削減し,顧客満⾜度を向上させること
⼤きな影響を与えることとなった。CVS が狭
⾼度情報通信社会におけるマーケティング(⼤﨑) 91
い店舗およびバックヤードにも関わらず,幅広
きを置く過程型管理への移⾏を意味し,属⼈的
い商品を取り揃えられるのは,POS の貢献によ
営業からの解放につながる(⼩川 2000,pp.
るところが⼤きい。⼤⽯は(2002)は,
「POS は
65-68)。
まだ発展途上にあってさまざまな限界があるも
また,POS は商品に関連する情報だけにとど
のの,⼩売業者の品揃え形成に⼤きな役割を果
まらず,年齢層や性別など顧客に関する情報も
たしてきたことは間違いない」
(p. 118)と指摘
同時に収集できる。レジ係が顧客の⾒た⽬によ
している。
り,レジの顧客層のキーを⼊⼒するため,精度
POS について,セブンイレブンの会⻑である
にはやや問題があるものの,
どのような顧客が,
鈴⽊敏⽂は「仮説のないところでは POS デー
何を,何時,いくつ買ったかという情報を把握
タは⽣きてこない」と強調する(鈴⽊・⽮作
することができるようになった(守⼝ 2003,
1993,p. 95)。チェーン・オペレーションでは,
pp. 11-12)。セブンイレブンの鈴⽊敏⽂会⻑
本部から連絡される注⽂量を微調整する⾃動発
は,「発注業務は⼩売業のマーケティング業務
注システムが⼀般的である。しかしセブンイレ
そのものである」
と⾔及しているが
(永川 2000,
ブンでは各店舗が本部からの新商品情報,仕⼊
p. 152),POS により収集される商品情報と顧
実績,販売実績,他店の状況などの情報をタイ
客情報が⼀体化した情報は,マーケティングに
ムリーに受信し,こうしたデータを参考に近隣
有効な情報となる。例えば,⽣産者の製品開発
でのイベントや天候などを考慮し,⾃らが発注
に対する助⾔,販促や広告の効果の検証などに
に関する仮説を⽴て発注し,その後の販売状況
活⽤でき,⽣産者に対する発⾔⼒を向上させる
を踏まえ,⾃らの発注に対して検証する。こう
効果をもたらした。また,こうした情報の送受
した仮説検証型発注システムを実⾏する道具と
信を迅速に⾏うために,1990 年の時点では既に
して,POS は初めて有効に機能するということ
ISDN(Integrated Services Digital Network)
である。
による情報ネットワークの仕組みを構築し,そ
POS を活⽤した仮説検証型発注システムの
れまで1週間ごとにしか集計できなかった販売
メリットについて,⼩川(1998)は以下4点を
情報が1⽇単位で集計できるようになっていた
指摘している。
(⼩川 2000,p. 149)
。
・発注担当者が責任を持って発注を⾏うように
なる
・発注担当者が持つ勘と経験のうち有効なもの
こうした IT の活⽤は本部から各店舗への⼀
⽅向であった従来のコミュニケーションを双⽅
向に変容させた。この点について,⽮作(1994)
を組織的に発注に活かすことができるように
は「セブンイレブンにおける情報ループは,各
なる
店舗から情報を吸い上げる個別 ― 全体の流れ
・保存されている情報を⾃由に組み合わせて仮
説を⽴て発注することができる
・本部では⼿に⼊らない地域に関する細かい情
報を発注に活かすことができる
と,全体レベルで情報を処理し,それが各店舗
に流れていく全体 ―個別の流れの2つから成り
⽴っている」
(p. 179)と指摘している。
このように当初,ロジスティクスの効率化を
主たる導⼊の⽬的とした POS は,商品情報と
こうした仮説検証型発注システムは,本部が
顧客情報が⼀体化した情報の収集や販促効果の
各店舗の販売⽬標を決め,その成果を管理する
検証など,マーケティング・リサーチのツール
という成果型管理から,成果を上げる過程に重
としても有効に機能している。また POS を活
92 第6巻 第4号
⽤した仮説検証型発注システムは従業員のモチ
三⼾(2002)は「情報技術の⾰命的衝撃は管
ベ ー シ ョ ン 向 上 に も 貢 献 し て い る。さ ら に
理において衝撃的な変化を求めるし,現に求め
チェーン・オペレーションにおける本部に対す
ている。その衝撃はどれだけの深さ拡がりをも
る各店舗の影響⼒,および⼩売業者の⽣産者へ
つか⾒当もつかない。だが IT は管理論の具体
の影響⼒を増⼤させるなど,企業間の関係性に
的様相の驚異的発展と変貌を促す契機とはなっ
まで影響を与えている。
ても,管理論それ⾃体の発展ではなく,まして
や管理論の転換ではありえない」(p. 29)
,「IT
3.IT によるマーケティングの変容:2000 年
代
インターネットを代表とする IT の社会への
は経営学すなわち科学的管理の理論的発展の延
⻑線上のものであり,経営学の転換を迫られる
ものではない」(p. 35)と⾔及している。
浸透に呼応し,IT が経営やマーケティングに
篠崎(2002)は「IT の本質は情報による計算・
与える影響について,2000 年ごろから盛んに議
思考の能率化ということになり,煎じ詰めれば
論が⾏われている。例えば,2002 年に開催され
ツールに他ならない。したがってそこに原理的
た⽇本経営学会第 76 回⼤会においては,
「IT
な連続性を⾒て取ることが出来る。その意味で
⾰命と企業経営」を統⼀論題とし,
「IT ビジネ
は 転 換 で は な い と い う こ と が で き る 」( pp.
スの現状と課題」
,
「IT ⾰命と企業システムの
45-46)と指摘している。
変⾰」
,
「IT ⾰命と労働・社会⽣活の変容」など,
國領(2002)は,IT が幅広い分野で経済的な
IT の経営に与える影響について,幅広い議論
利得を⽣み出す道具として使われていることな
が展開されている(⽇本経営学会 2003)
。
どを踏まえ,「現象的には⾰命的な側⾯を持つ
また,2001 年に開催された経営学史学会の第
情報化であるが,それは必ずしも既存の経営学
9回⼤会においては,IT により伝統的経営理
の分析フレームワークを否定することを意味し
論は転換を余儀なくされるのか,もしくは伝統
ていない」(p. 50)と⾔及している。
的経営理論の発展にとどまるのかを論点に活発
島⽥(2002)は,
「情報技術⾰命がこれらの経
な議論が⾏われている(経営学史学会編 2002)
。
営学の原則に⼤きな影響を与えることについて
例えば,稲葉(2002)は「コンピュータと通信
は間違いないが,それが転換をもたらすかにつ
システムが結合し,情報ネットワークが普及し
いてはそのようにならないというのが,われわ
たことにより,1980 年代以降,IT の世界は激
れの暫定的な回答である。というのは,情報技
しい変化のときを迎えることとなり,
その結果,
術の進歩は,汎⽤機→ PC →インターネットと
経営活動に関し,⑴情報活動における空間距離
⾮連続性があるが,デジタル技術とネットワー
の克服,⑵情報活動における速度限界の克服,
ク技術が持つ性質は変わらず連続性を持ってお
⑶情報の広範な同時共有,⑷組織編成・組織間
り,その影響は質的変化というよりも時空間に
編成の新展開,⑸情報受発信の双⽅向化,⑹情
おけるスピードと空間の広がりという量的変化
報ネットワーク基盤経営の成⽴,という事態を
と捉えられるからである。この性質は,汎⽤機
⽣じさせた」(p. 13)と指摘している。こうし
時代と同質なもので,その影響はその後,加速
た事態は経営理論に⼤きな影響を与えるとしな
したと捉えられ,経営のあらゆる分野に影響を
がらも,今後の経営理論が過去を継承し発展す
与えるものの,その萌芽は過去にあり,経営学
るのか,それとも過去と断絶し転換するのかに
には織り込み済みと⾔ってもよいだろう」(p.
ついては発展派のスタンスに⽴っている。
82)と⾔及している。
⾼度情報通信社会におけるマーケティング(⼤﨑) 93
このように IT は伝統的経営理論に⼤きな影
ないと主張しており(pp. 165-193),ポーター
響を与えるが,転換には⾄らないとする議論が
とほぼ同様の⾒解を⺬していると考えられる。
⼤勢を占めている。しかしながら伝統的経営理
IT のマーケティングへの影響についても,
論および転換の定義は明確に述べられていな
積極的な議論が展開されている。例えば 2001
い。また,議論は IT の技術的特性分析に基づ
年に開催された⽇本商業学会の第 51 回全国⼤
く将来の可能性に終始しており,事例研究など
会においては,
「情報と流通・マーケティング」
に基づく現段階での実態の確認は⾏われていな
を統⼀論題に情報の流通,消費者購買⾏動,営
い。
業,製品開発などに与える影響について議論が
Porter(1985)は当初,情報技術は業界が創
⾏われている(⽇本商業学会編 2001)。
り出し利⽤している情報はもとより,その情報
代表的な IT のマーケティングへの影響に関
を処理するため,互いに収斂し連結しあう広い
する研究をみると,例えば⼩川(1999b)は,デ
範囲の技術も包含するものであり,製品,製法,
ジタル情報⾰命と通信ネットワーク技術のマー
企業,業界さらに競争⾃体の性質さえ変えつつ
ケティングへの影響について,国境を超えたグ
あると⾔及し,IT により従来の経営⼿法は質
ローバルな産業と市場の創造・産業内部での組
的転換を迫られると捉えていた。しかしなが
織間関係の再編成・組織および個⼈のマーケ
ら,2001 年に発表した論⽂においては,イン
ティング業務の再構築・商品と情報が融合した
ターネットはほぼ全ての産業で,いかなる戦略
サービス商品の登場というレベルが異なる4つ
にも活⽤できる強⼒な道具であるとしながら
の層で起こっていると指摘し,これらをマーケ
も,インターネットが競争優位そのものになる
ティング情報⾰命と捉えている。
ことはほとんどないと主張している(Porter
⽯井(1998)は,マーケティングのシステム
2001)。また,競争優位を獲得するには⾰新的
について,規模の経済を重視し予想需要に基づ
なアプローチが必要という訳ではなく,実証済
いて⾒込み⽣産を⾏う投機型と,スピードを重
みの効果的な戦略に関する原則をおさえること
視し販売地点情報を迅速に企画・設計・⽣産・
が重要であると⾔及し,IT による経営の質的
在庫の諸決定に結びつける実需対応型の2つに
転換について否定的な⾒解を⺬している(Por-
分類し,効果的な実需対応型マーケティング・
ter 2001)。つまりインターネットを従来の競
システムの実現に⼤きく貢献した IT の役割に
争⼿法に対する補完的⼿段として活⽤する重要
注⽬している。IT のマーケティングへの影響
性を指摘している。こうした Porter(2001)の
については「1980 年代以降,いわゆる情報シス
研究においては,企業への聞き取り調査に基づ
テム化の波が⽇本の流通・営業システムを洗い
く考察が⾏われているが,BtoB(企業間取引)
始め,コンピュータの持つ⼤量データ処理・蓄
と BtoC(企業・消費者間取引)
,⼀般財とデジ
積⼒がデータ通信能⼒に結びつくことによっ
タル財が混在したまま,
議論が展開されている。
て,流通・営業システムは⼤きく変貌した」
(p.
加護野(1999)は,価値創造のプロセスとし
16)と指摘している。
て,情報獲得,意味発⾒,アクションという3
上原(2002)は,インターネットに代表され
つのプロセスを提⺬し,IT は情報獲得のプロ
るデジタル・ネットワークによるマーケティン
セスにおいては,⼤きな有益性をもたらすが,
グにおけるコミュニケーション⼿段の⾰新とし
その後のプロセスに与える影響はそれほど⼤き
て,
「時・空を越えた情報伝達の即時化」
,
「モノ
くなく,競争優位に⼤きな影響を与えることは
からの情報の遊離化」
,「情報の保存とその再現
94 第6巻 第4号
の効率化」の⼤きく3点を指摘している。こう
庫状況などに対する社内外からのリアルタイム
したインターネットの特性分析を踏まえ,マー
なアクセス,オンラインによる製品仕様の決定,
ケティングは顧客志向を徹底化する⽅向に進化
顧客の属性情報を活⽤したカスタマイズ,プッ
するという本質的性格を内在しており,イン
シュ広告,顧客情報のリアルタイムなフィード
ターネットを核とする情報ネットワーク技術の
バックが実現していると指摘している。このよ
⾼度化とそれによるコミュニケーションの⾰新
うにインターネットがマーケティングに新たな
である情報化により,消費者がグローバルな市
貢献をもたらすことに同意しながらも,こうし
場と接していく⽅向や企業の市場適応活動に消
た動向はマーケティングを強化することにとど
費者が積極的にコミットできる⽅向に進化する
まり,マーケティングを含めた企業の戦略が変
と⾔及している。
化するということはないと指摘している。
これら IT によるマーケティングの変容を積
⼀⽅,IT がマーケティングに⼤きな影響を
極的に捉える研究者がいる⼀⽅で,疑問を呈す
与えると主張する海外の研究者も多い。例えば
る研究者も少なくない。
Doyle(2000)は,
「インターネットはあらゆる
伊藤(2001)は,IT のもたらす新しい機能や
企業にパラダイムの転換を迫っている。イン
可能性が従来の流通機能と補完的関係にあるの
ターネットが登場し,世界中の⼈とほとんどコ
か,あるいは代替的関係にあるのかという視点
ストをかけずに瞬時にコミュニケーションがと
から考察しており,「IT ⾰命によって,⽇本の
れるようになったことで,ビジネス全体のあり
流通システムがどのように変化するかという点
⽅が変わり,情報と製品が結びついていた従来
は,実務家にとっても研究者にとっても,⼤変
のビジネスモデルは崩壊した。最初に変⾰をせ
に⼤きなテーマであり,今後時間をかけて様々
まられたのはコンピュータ,書籍などのロー
な成果が⾒えてくるだろう」
(p. 19)と⾔及し,
タッチ産業だが,いまや⾐服,⾷料,雑貨など
現段階での明⾔を避け,慎重な姿勢をとってい
のハイタッチ産業にもインターネットの影響が
る。
及びつつある」
(恩蔵監訳 2004,p. 563)と指摘
⽇ 本 国 外 の 研 究 に ⽬ を 向 け る と,Kotler
している。また「インターネットがもたらす変
(2004a)は,「インターネットを代表とする情
化は,顧客がパワーを持ち,より低価格で⾼品
報通信技術は,売り⼿・買い⼿の双⽅に対して,
質の製品やサービスを提供する競合他社へ簡単
⼤きな影響を与えており,現代の新しいデジタ
にアクセスできることなど,ほとんどがマーケ
ルな時代において⽣き残るために,マーケティ
ティングに関係している」(恩蔵監訳 2004,p.
ングを実践する者は,⾃らの戦略について考え
564)と IT によるマーケティングの転換を肯定
直し,現代の新たな環境に適応させなければな
的に捉えている。
らない」(p. 69)と⾔及している。しかしなが
Hanson(2000)は,インターネット・マーケ
ら,IT のマーケティングに与える影響につい
ティング戦略の基本フレームワークとして,
ては,IT の登場はマーケティングの本質を変
Digital・Network・Individuals の3つを取り上
えたとはいえないが,明らかに進化させたとい
げ,
「インターネットのインパクトは他のビジ
うレベルの⾔及にとどまっている(コトラー
ネスの要素と⽐較して,マーケティングにおい
2004b)。
て,とりわけ⼤きい」
(p. 4)と指摘している。
Porter(2001)は,インターネットの活⽤に
Frost and Strauss(1999)は,インターネッ
より,オンライン販売チャネル,顧客状況,在
トにより個別マーケティングの展開が可能に
⾼度情報通信社会におけるマーケティング(⼤﨑) 95
なったことに注⽬し,驚異的な⾰新と捉えてい
存のバリューチェーンを⾃らがデコンストラク
る(⿇⽥訳 2000,pp. 10-11)
。
ション(解体)し,複数の事業に分割させ,そ
Aaker and Joachimsthaler(2000)は,ウェブ
の各々が独⾃の競争優位の源泉を持つようにし
のユニークな特徴としてインタラクティブかつ
なければ,新規参⼊のコンペティターに駆逐さ
参加型・最新かつ⼤量の情報の提供・パーソナ
れてしまう危険性があることを指摘している。
ル化の3点を取り上げ,
「ウェブが消費者の前
このようにインターネットが⼀般の消費者に
に現れたのは⽐較的,最近であるにもかかわら
まで広く普及してきた 2000 年代における現代
ず,それはブランドとブランド構築に⼤きな影
の⾼度情報通信社会において,インターネット
響を与えている」と指摘している(p. 230)
。ま
を中⼼とする IT がマーケティングに与える影
たウェブを活⽤した有効なブランド構築の実現
響および⽅向性について,統⼀的⾒解は⺬され
に向け,ウェブサイト,広告およびコンテンツ・
ていない。しかも IT のマーケティングへの影
スポンサー活動,イントラネット,顧客エクス
響を考察する研究においては,⼤きく2つの問
トラネット,ウェブ PR,電⼦メールという6
題点が指摘される。
つのツールに注⽬する重要性を強調している
(pp. 237-241)。
1点⽬として,インターネットを中⼼とする
IT の特性に注⽬し,議論を展開する研究が多
Ries and Ries(2000)も,ブランド構築にお
く⾒受けられる。筆者は,IT のマーケティン
けるインターネットの影響について注⽬し,精
グに与える影響を考察することにおいて,IT
緻な事例研究を積み重ね,マーケティングにか
の特性分析を実施する重要性について否定はし
つてないほどの有益性をもたらすと結論付けて
ない。しかしながら,IT という技術の実際の
いる(pp. 8-12)。
ビジネスへの活⽤においては,技術上クリアで
こうしたなか,Evans and Wurster(1997)
きても商習慣といった既存のシステムとの関係
は,IT により,コネクティビリティ(つながる
により,実践できないケースや,また逆に IT
範囲)が爆発的に拡⼤し,情報が過去のような
だけでは困難であっても他のシステムとの組み
物理的伝達⼿段の制約から解き放たれる可能性
合わせにより,実現可能なケースも存在するは
があり,このことが⾰命的であると⾔及してい
ずである。例えば,ネット通販の優位性といわ
る。情報が物理的な伝達⼿段に埋め込まれてい
れてきた要因が戦⼒化しないことに対する,⽥
る限り,その経済性は「リッチネス」と「リー
村(2001)の「現在のネット通販は新しい IT が
チ」のトレードオフという基本的法則によって
潜在的に秘めている能⼒を⼗分に引き出せてお
⽀配される。「リーチ」とは家庭や職場などで
らず,
これは機動営業⼒やリレーショナル・デー
情 報 を 交 換 し 合 っ て い る ⼈ 数 を 意 味 す る。
タベースなど,⽇本企業の多くが抱える情報化
「リッチネス」は帯域幅・カスタマイズ度・イ
問題を反映している。しかし,もっと重要な点
ンタラクティブ性という情報そのものの3つの
は,ネット通販業者の品揃え幅・価格⽔準・個
側⾯によって定義される。こうしたトレードオ
別対応性などは,情報技術そのものだけで決ま
フはインターネットを中⼼とした IT の⾶躍的
るものではないということだ。それは情報技術
な普及による,接続⼿段の爆発的拡⼤・標準規
の利⽤の仕⽅を決める流通経営技術にも依存す
格の普及により解消される。このように情報の
るところが⼤きい。それは会計の基本を知らな
経済が進化することによって,既存のバリュー
い者が IT 技術だけで会計システムを設計でき
チェーンは次第に損なわれる。既存の企業は既
ないのと同じである」
(p. 15)という指摘は,筆
96 第6巻 第4号
者の考えの⼀側⾯を⽀持するものであると考え
味し,中古⾃動⾞オークションの運営を主たる
る。
事業とする。国内に 16 カ所のオークション会
2点⽬として,現時点の企業におけるイン
場を保有し,通信衛星を使った TV オークショ
ターネットを中⼼とした IT のマーケティング
ンも運営している。USS の 2004 年度のオーク
への活⽤実態を重視することなく,将来におい
ション出品⾞両台数は 214 万台,シェア 30%
て IT が与え得る影響について議論している研
で,2位以下を⼤きく引き離し,業界 No. 1 の
究が多く⾒受けられるということである。
地位を確⽴している(図1)
。また,買取専⾨店
こうした問題点に対して,
事例研究に基づき,
「ラビット」の全国展開により,⾃らも⼀般の
インターネットを中⼼とする IT のマーケティ
ユーザーから直接,中古⾃動⾞を購⼊し,オー
ングへの影響に対する考察を深めることを⽬的
クションに出品している。2004 年度の売上⾼
とする本研究は,有益な⺬唆を与えると考えて
504 億円,経常利益 210 億円で,経常利益率は
いる。
42%にも達する。企業概要は以下の通りとなっ
ている(USS 2005a)
。
Ⅲ.事例研究:USS における IT 活⽤
IT のマーケティングへの影響について考察
・企業概要(2005 年3⽉末現在)
商号
:株式会社ユー・エス・エス
するにあたり,中古⾃動⾞オークションを運営
本社所在地:愛知県東海市新宝町 507 番地の 20
する USS を対象に分析を⾏う。こうした業種
創業
:1980 年 10 ⽉
においては,短時間に⼤量の商品を処理するこ
代表者
:代表取締役社⻑ 服部 太
とが強く求められ,IT は⼤きく貢献すると考
資本⾦
:175 億 8,022 万円
えられる。⼀⽅,新製品のような同⼀の品質で
事業内容
:中古⾃動⾞のオークション運営,
はなく,商品ごとに品質に差があるという特性
中古⾃動⾞の買取販売業および廃
を保有する中古⾃動⾞の取扱において,IT が
⾃動⾞等のリサイクル業
有効に機能しない点も多く存在すると考えられ
従業員数
:353 名(社員 242 名,パート 111
る。こうした IT 活⽤による有効性と問題点が
名)
顕著に並存する事例において,IT の活⽤範囲,
グループ全体で 1,376 名(社員
効果,問題点およびそれをフォローするシステ
933 名,パート 443 名)
ムを明確化させ,IT のマーケティングへの影
響に対する考察を深める。
本事例研究は,2005 年5⽉ 31 ⽇,名城⼤学
にて実施された⽇経経営講座における USS 代
表取締役社⻑
服部太⽒の講演および 2005 年
7⽉ 22 ⽇,USS 本社にて,総務部係⻑
杉⼭
浩史⽒,瀬⼾宏⼆⽒に対して実施した個別訪問
⾯接調査に基づく。
1.USS とは
USS とは「Used Car System Solutions」を意
図1
USS の取扱台数とシェア
出所:USS(2005b)
⾼度情報通信社会におけるマーケティング(⼤﨑) 97
2.中古⾃動⾞のオークション
ムを⾒て,このようにボタンを押すことで落札
中古⾃動⾞のオークションでは,メーカー系
するシステムにすれば,多くの若者が興味を
ディーラーや中古⾃動⾞販売業者が下取った,
もって参加してくれるのではないかと考えた」
もしくは中古⾃動⾞買取専⾨業者が買い取った
と⾔及している。さらに,処理台数の増加に伴
中古⾃動⾞が出品され,そうした中古⾃動⾞を
う書類作成などの処理業務の効率化も重要な課
メーカー系ディーラーもしくは中古⾃動⾞販売
題であった。こうした問題を解決するために,
業者が競り落とすということが⾏われている。
1982 年,⾃社の業務にコンピュータやネット
USS の主な収益源は,オークションにともな
ワーク・システムといった IT を幅広く導⼊し
う⼿数料である。⼿数料は,出品⼿数料,成約
たのである。
⼿数料,落札⼿数料の3種類に分かれる。売り
⼿は,まず出品に際し,出品⼿数料を⽀払い,
3.2.IT の導⼊
さらに落札されると成約⼿数料を⽀払う。ま
IT の導⼊に関して,社内においては社⻑の
た,買い⼿は落札に際し,落札⼿数料を⽀払う。
トップダウンにより,スムーズに進捗した。し
2004 年度における1台あたりの平均⼿数料(リ
かしながら,⼀部の同業他社は,
「多額な設備投
ユース⾞除く)は,出品⼿数料 5,861 円,成約
資により経営が危なくなるのではないか?」
,
⼿数料 7,725 円,落札⼿数料 9,069 円となって
「新しいオークションのシステムは本当にうま
いる(USS 2005b)
。オークションは,例えば名
くいくのか?」といった噂を流すなど,反発的
古屋会場では毎週⾦曜⽇など,通常,週1回の
な⾏動が⾒られた。
ペースで実施されている。
⼀⽅,ディーラーからは従来よりも簡単で利
便性の⾼いシステムへの変更ということを重視
3.USS における IT の導⼊
したため,オークションのシステム変更につい
3.1.IT 導⼊の背景
て反発はなく,むしろ好意的に受け⽌められた。
創業時,オークションの実施において,いく
また,会場に来ることができないディーラー
つかの問題が存在した。まず処理能⼒の問題が
のために,ISDN 回線を利⽤し,遠隔地からも
あ っ た。IT を 活 ⽤ し な い ⼿ ゼ リ 形 式 で は,
オークションに参加できるシステムを構築した
200-300 台 / ⽇が限界であったが,売り上げ拡
が,タイムラグなどの問題が発⽣した。この問
⼤に向け,取扱台数を増やす必要があった。次
題に対しては,衛星回線を利⽤したシステムに
に,癒着の問題があった。これは⾃社のスタッ
変更することにより,解決した。
フとディーラー間において⾒られ,オークショ
ンを公平・透明な形式で運営できるように改善
3.3.IT 導⼊の効果
する必要があった。また,このころのディー
処理台数は,IT 導⼊以前,200-300 台 / ⽇で
ラーに若者の姿は少なく,今後の中古⾃動⾞ビ
あったものが,導⼊直後,3-4 倍の処理台数と
ジネス拡⼤のため,若いディーラーを増加させ
なり,現在では 8,000 台 / ⽇となっている。
る必要があった。そのためには,複雑な仕組で
オークションへの参加社数は,名古屋会場を例
ある⼿ゼリに変わり,ゲーム感覚で⾏うことが
にとると,会場の座席が 1,200 席,衛星回線を
できる簡単なオークション・システムの導⼊が
利⽤しての参加は 3,800 社にまで拡⼤してい
重要な課題であった。代表取締役社⻑服部太⽒
る。衛星回線を利⽤したオークションに参加す
は当時を振り返り,
「インベーダーゲームのブー
るためには,専⽤端末が必要となり,USS が有
98 第6巻 第4号
料にてリースしている。このことは,リースに
できる。しかしながら,USS が実施している
よる収益が得られることに加え,顧客の囲い込
「中古⾞バザール」というインターネット上に
み,ひいては関係性構築にも貢献するという効
おけるサイトにおいて,消費者はオークション
果をもたらしている。また,当初の狙い通り,
出品⾞両を確認できるものの,
購⼊はできない。
若い世代のディーラーから強い⽀持を得ること
消費者の近隣に所在する USS のオークション
ができ,若い世代のディーラーの進展に貢献し
に参加しているディーラーを紹介するという
たと考えられる。さらに,深刻な課題であった
サービスに限定している。これは USS の会員
オークションの透明性についても,癒着は消滅
であるディーラーに迷惑をかけないために,⼩
し,その信頼度は⼤きく⾼まっている。
売には参⼊しないという会社の⽅針による。こ
の事例は,IT を活⽤すれば可能な事業も,会社
3.4.オークションを⽀える⼈的システム
の⽅針によって制限される場合があることを⺬
衛星回線を利⽤したシステムでは現物確認が
している。また,同様に従来からの商習慣や取
できず,個別に状態が異なる中古⾃動⾞の場合,
引先との関係を考慮し,事業を制限するケース
買い⼿にとって深刻な問題となる。また,⼀⽇
は,多々,存在すると考えられる。
に⼤量の中古⾃動⾞が出品されるため,会場に
来ているディーラーでも購⼊を検討している全
4.今後の課題
ての中古⾃動⾞を確認することが困難な場合が
USS は 2006 年3⽉までに,全オークション
ある。こうした問題に対して,USS は 10 段階
会場にインターネットを利⽤した中継オーク
評価を⾏い,公表している。さらに買い⼿の希
ション・システムを導⼊する。2005 年度上半
望に応じて,買い⼿が気になる箇所のチェック
期,出品台数は増加したものの,成約率が低下
を USS が代⾏している。
したため,オークションに参加するディーラー
また,事前に売り⼿は落札希望価格を提⺬し
を増加させることを⽬的として実施する(⽇本
ているが,オークション実施中における買い⼿
経済新聞 2005.11.1)
。コストは従来の衛星回
からの⼊札される⾦額の動向に応じて,落札希
線⽤の専⽤端末と⽐較し,
5分の1程度となる。
望価格を調整したいとのニーズがあった。その
こうしたシステムが可能となる背景には,低コ
ため,希望する売り⼿は,運営を担当する USS
ストで安定したブロードバンドの普及がある。
スタッフに対して,オークション実施中に価格
従来の衛星回線⽤の専⽤端末を普及させること
に関する細かい指⺬が出せるようになってい
は,確かに顧客の囲い込みに有効であったが,
る。
現在は他者を圧倒する出品台数により差別化が
つまり,表⾯的には,IT により⼤量の中古⾃
実現しており,今後は顧客数の拡⼤を優先して
動⾞を多くのディーラーと迅速に取引するシス
いくということであろう。このように進展して
テムが実現したかのように⾒えるが,こうした
いく IT と⾃社のマーケティングとの調和は,
システムをディーラーの満⾜度を低下させるこ
⼤きな課題であるといえる。
となく実施するために,きめ細かな⼈的システ
また,USS は通常のオークションでは取引で
ムが整備されているということは注⽬すべきポ
きない低年式・多⾛⾏の中古⾃動⾞であるリ
イントである。
ユース⾞を専⾨とするオークション,廃棄⾃動
また,IT を活⽤すれば,USS による消費者
⾞の再資源化,中古部品としての再活⽤など,
に対する中古⾃動⾞の直接販売は,容易に実現
リサイクル事業にも積極的に進出しており,今
⾼度情報通信社会におけるマーケティング(⼤﨑) 99
後,こうした事業の規模や収益性を向上させて
ニーズへ対応するための商品の多品種化など,
いく必要がある。
多くの企業において今後ますます顕在化してく
さらに,海外における中古⾃動⾞オークショ
るマーケティングにおける課題と関連してい
ンの運営も検討するなど,更なる拡⼤に向け,
る。よって,多くの企業にとって,IT の導⼊お
積極的に取り組んでいる。
よびその周辺整備は重要なテーマとなり,IT
のマーケティングへの影響は決して限定的なも
Ⅳ.結論
インターネットにおける迅速かつ低コストに
のではないと考えるべきであろう。
今後,さらなる事例研究を重ね,IT のマーケ
ティングへの影響について,
考察を深めていく。
て,消費者との⼤量の情報の送受信を可能とす
る技術的特性により,インターネット直販が注
⽬されるケースが⽬⽴っている。しかしなが
謝辞
ら,本事例にて取り上げた USS においては,消
2005 年5⽉ 31 ⽇,名城⼤学にて実施された
費者への販売は実施していない。この事例は,
⽇経経営講座において,ご講演いただいた株式
技術的には可能であっても,ビジネス上の理由
会社ユー・エス・エス代表取締役社⻑
により実施しない事例として捉えることがで
⽒および 2005 年7⽉ 22 ⽇に実施した個別訪問
き,IT のマーケティングへの影響を考察する
⾯接調査にご協⼒いただいた総務部係⻑ 杉⼭
うえで,技術的特性にのみ注⽬することの問題
浩史⽒,瀬⼾宏⼆⽒に対して,感謝の意を表し
点を⺬しているといえる。
たい。
服部太
IT 導⼊の効果については,まず IT 化された
オークション・システムにより,⼤量の商品を
処理することが可能となった。また衛星回線を
利⽤することにより,多くのディーラーの参加
を実現している。このように IT の導⼊は⼤き
な成果をもたらしている。しかしながら,重要
なポイントとして,⼈的システムがこうした
IT システムを⽀援している点に注⽬する必要
がある。単なる IT の導⼊だけでは,真に顧客
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とである。また,こうした⼈的システムこそが,
lishing.
他者が模倣しにくい差別化の要素になり得る。
つまり,IT 導⼊そのものが差別化になるので
はなく,IT をいかに導⼊し,いかに⼈的システ
ムを整備するかが重要な競争優位性の源泉にな
るということである。
USS が取り扱う中古⾃動⾞は,商品ごとに品
質が異なるという特性を保有している。こうし
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⽮作敏⾏(1994)
『コンビニエンス・ストア・システム
の⾰新性』⽇本経済新聞社.
⼭﨑朗(2000)
「空間克服と資本主義の発展」⼭﨑朗・
⽟⽥洋編『IT ⾰命とモバイルの経済学』東洋経済
新報社,pp. 14-37.
顧客データの活⽤」流通経済研究所編『POS・顧
USS(2005a)『会社案内』.
客データの分析と活⽤―⼩売業と消費財メーカー
USS(2005b)『DATA BOOK 2005』.