「嫌悪」を表す動詞(句)の意味分析-「嫌う」と「疎む」を中心に 馬場 典子 (名古屋大学大学院国際言語文化研究科学術研究員) 【要旨】 発表者 の研究テーマは、「マイナスの感情を表す動詞および動詞句の体系化」である。こ れまでの研究では、「怒り」を表す動詞および動詞句の性質を明らかにし、分析対象語句の 意味分析を行った(馬場(2009))。その結果、「嫌悪」の感情と連続性があるものがあることが 明らかになった。よって、現在は「嫌悪」を表す動詞および動詞句の性質および意味を明らか にすることを目指している。本発表はその一部に当たるものである。 本発表で分析対象とした語(句)は「嫌う」「疎む」「うんざりする」「飽きる」「顔をしかめる」「眉を ひそめる」である。この6つの動詞(句)は、動詞(句)としての振る舞いから見て、3つに分けられ る。その分類には、金水( 1989)の「報告」、柳沢( 1994)の「報告性」、鷲見( 1996)の「テイル形の基 本的意味」、そして中道・有賀(1993)の「感情表現の性質」を援用している。 「嫌う」、「疎む」は、「一人称感情主の感情をテイル形で報告できる」点、また「三人称感情主の 感情を報告する際、テイル形のみで報告できる」という点から、観察記述的な性質を持ち、感情を 表す動詞(句)の中では典型的なものと言える。これに対し、「うんざりする」と「飽きる」は、「一人 称感情主の感情を基本形またはタ形で報告できる」点、また「三人称感情主の感情を報告する 際、『らしい/ようだ/みたいだ』のような後接成分があった方が容認度が上がる」という点から、感 情形容詞的な性質を持つ。また、「顔をしかめる」と「眉をひそめる」は、それぞれ「顔」と「眉」という 身体部位語を構成語に持っている。そしてその「顔」や「眉」の動きがそのまま嫌悪を表す表現に なっている。この2つの動詞句が「一人情感情主の感情の報告」には使いにくいのは、自分の顔ま たは眉の動きは自分で見ることができないためであると考えている。一方、「三人称感情主の感情 の報告」には、感情主の顔や眉の動きが容易に観察できることから、容易に使われると考えられ る。 以上の結果を踏まえ、「嫌う」と「疎む」、「うんざりする」と「飽きる」、「顔をしかめる」「眉をひそめ る」という3つの組にして意味分析を行ったが、その結果、「嫌う」は「困る」という他のマイナスの感 情との連続性が見られた。また、「顔をしかめる」は生理的反応を表す表現があり、それが嫌悪と いうマイナスの感情を表す表現に転用されていると考えられる。さらに、「顔をしかめる」には新奇 な用法として「悔しさ」を表す例が複数見られた。これは特にスポーツ選手が感情主になっている ことが特徴的である。 【参考文献】 金水 敏(1989) 「『報告』についての覚書」『日本語のモダリティ』(仁田義雄・益岡隆志編) pp.121-129 くろしお出版 鷲見幸美(1996)「テイルの意味機能」『名古屋大学日本語・日本文化論集』第4号 pp.41-63 名古 -1- 屋大学留学生センター 中道真木男・有賀千佳子(1993)「感情表出表現における副詞のはたらき」『日本語学』 Vol.12, No.1, pp.85-93 明治書院 馬場典子(2009)「怒りを表す動詞(句)の意味分析」名古屋大学大学院国際言語文化研究科 日本言語文化専攻博士学位論文(未公刊) 柳沢 浩哉 (1994) 「テイル形の非アスペクト的意味 -テイル形の報告性- 」『 森野宗明教授退官記念 論集言語・文学・国語教育』 pp.165-178 三省堂 -2-
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