人間工学的手法を配慮した椅子の開発 VDT作業における腋下支持の肩部負担軽減効果に関する検証 友延憲幸 *1 本明子 *1 石川弘之 *1 The Development of the Chair in Consideration of the Ergonomic Technique Effect of axillary fossa support on shoulder muscle activity during VDT work Noriyuki Tomonobu, Akiko Moto, Hiroyuki Ishikawa 近年の情報化社会の発展に伴い,VDT作業を行う労働者は9割強にも達し,椅座位作業者への健康面の配慮は欠か せない時代となっている。このような社会背景の中,本研究は作業負担・疲労等に配慮した人間工学に基づく事務 用・作業用椅子の開発を目指した。H15年度に実施した基礎研究は,作業による疲労が肩部の負担の大きさに起因す ることを見いだし,作業中の肩部の負担を軽減する必要性を示唆した。そこで,本年度は肩部の負担軽減を考慮し た椅子として,作業姿勢を腋下から支える腋窩下アームを備えた椅子を提案し,その椅子を使用した際のVDT作業中 の肩部負担軽減効果について検証を行った。その結果,腋窩下アームによる作業姿勢の支持が,肩部の抗重力筋で ある僧帽筋の負担を大幅に軽減することを明らかとなった。 1 はじめに 劇的に変化する現代の情報化社会において,椅座 試作した。ここでは,腋窩下アーム付椅子の作業中 の肩負担軽減効果について検証結果を報告する。 位作業によるストレス,疲労,健康障害への配慮は 欠かせないものとなっている。国際標準化機構(ISO) 2 研究,実験方法 では,エルゴノミクス(人間工学)に関する技術委員 腋窩下アーム付椅子の肩部負担軽減効果は,座面 会を設置し,椅座位作業の中でもその中心となるVDT のみの椅子(図1中央)とアームレスト付椅子(図1右) 作業(Visual Display Terminal:パーソナルコンピ を比較対象として検証を行った。腋窩下アームに関 ュータ(PC)機器を使用して,データの入力,文書の しては,アームによる支持によって受ける圧迫感な 作成・編集,プログラミング等を行う作業)に関わる ど腋窩への弊害を考慮し,固定式[身体の動きに全く エルゴノミクス規格を作成する作業を進めている。 追随しない]タイプと可動式[身体の幅方向(体幹側) IT化戦略を推進する福岡県は,県職員のVDT作業の長 に自由度がある]タイプの2種を用意した。被験者は, 時間化を危惧し,様々な情報を提供して健康阻害対 健 康 な 成 人 男 性 7 名 (22 歳 ∼ 28歳 [平 均 23.85±1.95 策に努めている。 歳],大学・大学院生6名,社会人1名)である。彼ら このような社会背景の中,本研究は,VDT作業を は温湿度22.7±1.3℃,45.3±9.1%RH,机上面の照度 含めた椅座位作業による生理的・心理的な負担軽減 が701.4±16.0lxの部屋において,各椅子条件の下, を目的とした事務用・作業用椅子(エルゴノミクスチ 高 さ 700mm の 机 上 に 配 置 し た ノ ー ト PC(VAIO ェア:エ ルゴ チェ ア)の開 発を H15年 度 から 独 自の 視 PCG-855)を 使 用 し 30分 間 (10分 間 ×3回 )の 英 文 タ イ 点により進めてきた。H15年度に実施した「エルゴノ ピ ン グ 作 業 を 行 っ た 。 同 様 に デ ス ク ト ッ プ PC(FMV- ミクスチェアデザインの要素把握・抽出」研究では, 事務用・作業用椅子に関する人間工学的配慮として 作業による疲労を与えないためには,肩部の負担を 軽減することが重要であると確認した 1) 。これを踏 まえ,本年度は肩部負担軽減を考慮した椅子の開発 にあたり,作業姿勢を腋下から支持する「腋窩下ア ーム」を備えた椅子(腋窩下アーム付椅子:図1左)を 図 1 本研究で使用した椅子(左:腋窩下アーム付, 中央:座面のみ,右:アームレスト付) *1 インテリア研究所 5133DE4)を用いた作業も実施した。座面の高さや腋 移動距離は有意に短かった(図4)。この結果は,腋窩 窩下アームの幅・高さ,アームレストの高さは被験 下アーム付椅子(固定式,可動式ともに)とアームレ 者ごとに作業しやすい位置に設定した。 スト付椅子が作業中の肩部の位置を一定の高さに保 作業中の肩部の筋活動,位置(鉛直・水平)と動き 持し,姿勢を安定させたことを示唆する。 (総移動距離)をみるため,筋活動は,肩の抗重力筋 70000000 である僧帽筋(上部)の筋電図(時定数0.03sec,Hicut 算出,位置と動きは動作解析を用いて肩峰点を矢状 面から経時的に追跡(1回/2秒)した。これと同時に筋 60000000 積分値(μV・msec) off)を導出・記録し,その波形データから積分値を ** ** ** ** :固定式アーム付椅子 :可動式アーム付椅子 :座面のみの 椅子 :アームレスト付椅子 50000000 40000000 30000000 20000000 電図は短橈側手根伸筋,脊柱起立筋を記録,位置と 10000000 動きについては肘部・手首部・腰部を追跡した。ま 0 短橈側手根伸筋 僧帽筋 脊柱起立筋 た,30分間の英文タイピング作業中,被験者は10分 図2 各筋部位の積分値(平均値+標準偏差, おきに一旦手を休め, 「心身の疲労」 ・ 「肩の凝り」 「腋 **:p<0.0001) のしびれ(腋窩下アーム付椅子[2種]における作業条 件においてのみの評価)」について 全くない から 高い ↑ 31 * * * 30 非常にある を両極とした7段階スケールを用いて 申告した。 29 肩の高さ [鉛直方向] 28 (相対値) 3 結果と考察 27 各筋部位の積分値について, 「 椅子」, 「 パソコン」, 「時間」を要因とする3元配置の分散分析を行った結 26 ↓ 低い 25 固定式アーム 可動式アーム 果,僧帽筋の積分値は「椅子」の要因に主効果があ り(p<0.0001),各椅子条件により積分値に差がある 座面のみ アームレスト 図 3 作 業 中 の 肩 部 の 鉛 直 方 向 の 位 置 (平 均 値 +標 準偏差,*:p<0.01) ことを示唆した。このことから僧帽筋の積分値につ いては,下位検定としてFisherのPLSD検定を行った。 長い ↑ 120 その結果,僧帽筋の積分値は腋窩下アーム付椅子(固 アームレスト付椅子よりも有意に減少した 総移動距離 60 (相対値) (p<0.0001,図2)。この要因の1つとして,タイピン 40 グ時の腕の挙上に伴う肩甲骨の挙上及び上方回旋に 推測される。 次に身体各部位の位置と移動距離について「椅 子」, 「パソコン」, 「時間」を要因とする3元配置の分 散分析を行った。その結果, 「椅子」の要因に主効果 があったものは,肩部の鉛直方向の位置(p<0.01)と ** 80 定式,可動式)による作業において座面のみの椅子, より,活動する僧帽筋の負担を腋下支持が抑えたと * ** 100 20 ↓ 短い 0 固定式アーム可動式アーム 座面のみ アームレスト 図 4 作 業 中 の 肩 部 の 総 移 動 距 離 (平 均 値 +標 準 偏 差,**:p<0.0001,*:p<0.01) :固定式アーム付椅子 :可動式アーム付椅子 非常にある 7 ↑ 6 * * 20分後 30分後 5 肩部の総移動距離(p<0.0001)であった。 「椅子」の要 腋のしびれ 4 因に主効果があったこれらの指標は,FisherのPLSD 3 検定を行った結果,腋窩下アーム付椅子(固定式,可 動式)と アー ムレ ス ト付 椅 子は 座 面の み の椅 子 より も肩部の鉛直方向の位置は有意に高く(図3),また総 2 ↓ 全くない 1 作業開始から10分後 図5 腋 の しび れに 関 す る経 時的 な 主 観評 価(平 均 値+標準偏差,*:p<0.01,†:p<0.05) 各種の主観評価は3元配置(「椅子」,「パソコン」, 「時間」)の分散分析を行った結果,「腋のしびれ」 において「椅子」と「時間」に主効果があった。Fisher のPLSD検定では,可動式タイプは固定式タイプより も腋のしびれが有意に少なかった(p<0.01,図5)。 4 まとめ 以上,本研究は腋窩下アームの肩部負担軽減効果 を実証したが,腋窩下アームによる支持の大きな問 題として腋への影響がある。腋は神経束や動静脈血 管が集中している箇所であり,神経束の圧迫や血行 障害などについては十分に留意しなければならない。 本研究では,2種のアーム形状を検証し,可動式タイ プは固定式タイプよりも腋のしびれを有意に減少さ せたが,さらにアームの形状,材質については検討 の余地がある。 5 参考文献 1) 福 岡 県 工 業 技 術 セ ン タ ー 研 究 報 告 , 第 14 号 , p.77(2004)
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