集約型都市構造の構築に向けた都市計画制度の取組み

集約型都市構造の構築に向けた都市計画制度の取組み
~フランスの都市計画制度を参考にして~
岡井 有佳
集約型都市構造,フランス、SCOT,PLU
1.はじめに
では主となる 2 点について述べる。
人口減少時代や高齢化社会、さらには地球環境問題の
高まり等を背景に、無秩序拡散型の都市構造を見直し、
①SCOT による市街化の抑制
集約型都市構造を実現する視点が重要になっている。し
都市化を行うためには、直接土地利用を規制するPLU
かしながら、実際の都市部の人口の動向をみてみると、
の中で、新たに都市化するエリアを定めることが必要と
戦後増加した DID 人口は、都市によっては 1980 年代か
なる。SRU法以前においては、策定主体であるコミュー
ら減少傾向にあるところも少なくない一方で、DID 面積
ヌがPLUを自由に改正することができたが、SRU法はそ
は一貫して拡大しており、また人口、面積ともに増加し
れを認めず、都市化にあたっては、広域的観点が求めら
ている都市についても人口に比して面積の増加割合の高
れるようになった。すなわち、PLUの中で新たな都市化
いところが多く、結果として DID 人口密度は低下傾向に
のエリアを定めるためには、SCOTの中であらかじめそ
なっている。特に、地方都市においてはこの現象は顕著
のエリアを都市化する旨を記載することが必須となった。
となっている。
PLUはSCOTと整合していることが義務付けられている
このような都市をとりまく社会経済状況をかんがみる
ため、SCOTで予測されていなかった都市化については、
と、集約型都市構造を実現するためには、自然にまかせ
PLUの中で定めることはできない。また、SCOTが策定
るのではなく、意図的に集約型都市構造に方向転換させ
されていないコミューヌにおいては、原則、新たな都市
る方策が必要であると考えられる。
フランスにおいても、
空間の消費、
既存の地区の衰退、
社会資本の負荷、自家用車の増加等の要因となる都市の
スプロールといった課題 1を抱えていた。そのため、持
続可能な発展と都市の再生を目的として、2000 年に「都
市の連帯と再生に関する法律:SRU法」が制定され、長
らく 2 層式の都市計画制度として知られてきた基本計画
(Schéma Directeur : SD) と 土 地 占 用 プ ラ ン (Plan
d’Occupation des Sols:POS)は、地域統合計画(Schéma
cohérence territoriale:SCOT)と都市計画ローカルプラン
(Plan local d’urbanisme:PLU)へと抜本的な改正が行われ
た。さらに、2007 年以降、サルコジ大統領の主導によっ
て新たな環境政策である「環境グルネル 2」が進められ
ており、2009 年の「環境グルネル実施に関するプログラ
ム法:グルネルⅠ」と、2010 年の「環境のための全国的
取り組みに対する法律:グルネルⅡ」の 2 つの法律の制
定によって、より具体的方策で都市の拡大を抑制する方
向へと、都市計画制度の改正がなされている。
そこで本稿では、日本の集約型都市構造の構築に寄与
化を行うことは不可能となった。その適用範囲は、都市
するフランスの都市計画制度の近年の取組みについて検
討を行う。
2.集約型都市構造に寄与するフランスの取り組み
(1)広域計画 SCOT の役割
SRU 法は、新たな都市化を行うための条件として、広
域計画である SCOT に新たな重要な役割を与えた。以下
化の圧力を考慮して、当初は「人口 5 万人以上の都市圏 3
もしくは海岸線から 15km以内に位置するコミューヌ」
とされていた 4。しかし、近年の都市化の多くは、この
「都市化の制限の原則」の対象外で発生していることが
問題視されていたことから、グルネルⅡはその対象範囲
の段階的な拡大を決定し、2013 年 1 月 1 日以降は、
「人
口 1 万 5 千人以上の都市圏もしくは海岸線から 15km以
内に位置するコミューヌ」が対象となり、2017 年 1 月 1
日以降はフランス全域が対象となることが定められた。
これにより、フランス全域において、広域計画(SCOT)
がないところでは、新たな都市化が制限されることとな
り、また都市化を行う場合においても、広域的観点から
都市化が認められたエリアでのみ都市化が許容されるこ
ととなり、無秩序な都市化の抑制が期待されている。
②新たな市街化の条件
グルネルⅡは、新たな市街化の条件として、a)公共交
通が整備されていること、b)建造物、工事、整備に対し
て、エネルギー性能もしくは環境性能の高いものを取り
入れること、c)インフラと情報通信網の分野で質の高い
規準を順守すること、あるいは、d)緑の空間の維持もし
くは創造において到達すべき諸目標を決定することが必
要条件となる区域を、SCOTの中に規定できるとした 5。
SCOTは直接土地利用を規制するものではないが、PLU
らかじめ数値化して定めていること、そして、公共交通
はSCOTとの整合が義務付けられていることから、PLU
等のインフラが整備されているところで高密度化を実現
にSCOTの条件が記載されることで市街化の条件が担保
していることは、今後の日本の集約型都市構造の実現に
されることになる。
参考となるべき示唆を含んでいると考えられる。
(2)空間消費の目標の数値化
消費空間の倹約を具体化するため、SCOT と PLU の双
方において消費空間の数値目標の設定が義務付けられた。
SCOT については、その承認後 10 年間の自然・農業・
森林空間の消費に関して事前に分析し、将来の土地の倹
約した消費を数値化した諸目標を定めることとされた。
これを受け、PLU においても、自然・農業・森林空間
の消費の分析を行い、都市の拡大への対策の諸目標とと
もに消費空間の数値化された諸目標を定めることとされ
た。
このように、都市化する空間量を数値という形で明ら
かにすることで、より具体的に消費空間を倹約しようと
いう動向がみてとれる。
(3)特定地区の高密度化
公共交通が整備されているエリアにおいては、建築物
の密度を高めるための 2 つの施策が位置付けられている。
1つに、公共交通の利便性、公的施設の存在、及び、
環境もしくは農業の保護を考慮して範囲を定める区域に
おいては、SCOT の中で建築物の最大密度の下限値を設
定できるとされた。これを受けて、PLU はその最大密度
を、SCOT で定められた数値以上としなければいけない。
2つに、既存のもしくは計画中の公共交通の周辺地区
では、SCOT の中で建築物の最低密度を義務付ける地区
を規定できるとされた。これにより、PLU において建築
物の最低密度を設定することで、規制力を持つ基準とな
る。
このように、公共交通の整備状況などを条件に一定の
地区において建築物の密度を高めるといった配慮がなさ
れており、公共交通整備と一体となった集約拠点の形成
が推進されている。
3.おわりに
図1:自然・農業・森林面積の年平均増減率(ルーアン
都市圏)
脚注
1
2000 年 2 月 3 日に国民議会に提出された SRU 法の法案の提
案理由の中で、当時の設備・交通・住宅大臣である Jean-Claude
GAYSSOT が示した課題の1つ。
2
グルネルは大規模な首脳会合を意味する一般的表現であるが、
この環境政策に関する一連の施策が、自治体や NGO 等を含む
幅広い層を一堂に介した懇談会に起因することから、施策全体
を「環境グルネル」と称している。
3
どの住宅間も 200m 以内で、かつ、人口 2,000 人以上の地域に
よって部分的にもしくは完全にカバーされる複数のコミューヌ
から構成されるエリアで、コミューヌ界域などの行政界域に影
響されない。
4
都市化の制限の原則が定められた SRU 法では、都市圏の人口
要件は 1 万 5 千人以上と定められたが、地方からの反発が大き
く、2003 年の都市計画・居住法により 1 万 5 千人以上の都市圏
を対象とするように改正が行われている。
5
その他、市街化にあたっては、地域の状況に応じて、①水、
衛生、電気網が整備され、すでに市街化されている区域に位置
する土地の利用、②環境に関するプロジェクトの影響のインパ
クト調査、及び、③規制市街地の密度の調査を事前に実施でき
るとされた。
SRU 法やグルネルⅠ、Ⅱは、集約型都市構造を目指し
て制定されたわけではない。しかし、都市の拡大を抑制
し、かつ、公共交通沿いに集約拠点を設置しその密度を
高めようという取り組みは、日本の集約型都市構造の構
築に向けた取り組みの方策の1つとなるであろう。
特に、
都市計画制度(SCOT-PLU)を介して、都市化の条件を
定めることで都市化を抑制していること、消費空間をあ
参考文献
・岡井有佳・内海麻利(2011)
「フランスの低炭素都市の実現に
向けた都市計画制度の動向に関する研究―環境グルネルにみ
る統合性と国の役割」
、
『日本都市計画学会都市計画論文集
Vol.46, No.3』pp.967-972