進化しつづける 慢性肝炎・肝硬変の治療

Medical Tribune 2014年 10月16日号特別企画より転載
Medical Tribune ウイルス肝炎セミナー
東 京
進化しつづける
慢性肝炎・肝硬変の治療
C型慢性肝炎治療の新たな選択肢として登場したダクラタスビル/アスナプレビル併
用療法は,インターフェロン(IFN)治療に不適格の患者や,IFN治療が無効となった患
者における有用性が期待されている。一方,B 型慢性肝炎は現在でも国内に HBs 陽性
患者が約150万人存在するといわれており,ジェノタイプ A 型の増加などによる肝炎
の慢性化が問題となっている。このたび,国家公務員共済組合連合会虎の門病院分院
長の熊田博光氏と,同肝臓センター部長の鈴木文孝氏が登壇し,それぞれ C 型慢性肝
炎とB型慢性肝炎について,今後の展望も含めて解説した。
講演
1
C型慢性肝炎治療を大きく変える
IFNフリーの新規経口2剤併用療法
演者
熊田 博光 氏
座長
国家公務員共済組合連合会
虎の門病院
分院長
井廻 道夫 氏
新百合ヶ丘総合病院
消化器・肝臓病研究所
所長
講演
2
現在のB型肝炎治療における
インターフェロンおよび核酸アナログの役割
演者
鈴木 文孝 氏
国家公務員共済組合連合会
虎の門病院 肝臓センター
部長
1
講演
1
C型慢性肝炎治療を大きく変える
IFNフリーの新規経口2剤併用療法
演者
熊田 博光 氏
国家公務員共済組合連合会 虎の門病院 分院長
ダクラタスビル/アスナプレビル併用療法の国内開発
効果が得られにくい前治療無効例に対しても有効性を
に携わった熊田氏は,そのエビデンスを紹介するとと
示す治療が望まれてきた」
と述べた。
もに,適応となる患者像や治療上の注意点について解
ダクラタスビル/アスナプレビル併用療法の
エビデンス
説した。
C型慢性肝炎治療の変遷と現在の課題
このような経緯の中,C 型肝炎ウイルス
(HCV)
ゲノ
ムのNS5A領域を標的としてウイルス増殖を抑制するダ
C 型慢性肝炎に対しては現在,IFNを中心とした治
クラタスビルと,第2世代プロテアーゼ阻害薬アスナプ
療が行われているが,IFNによる治療効果が低いとさ
レビル併用療法が国内で承認された。この治療法につ
れるジェノタイプ1型の症例に対してはIFNとリバビリ
いて開発当初から治験に携わっていた熊田氏は「IFNを
ン
(RBV)
の48週間治療が行われ,そのウイルス学的持
使用しない,内服のみによる抗ウイルス療法を目指し
1, 2)
続著効率
(SVR)は 約50~60% に な る 。 さ ら に,
た」
と述べ,ダクラタスビル /アスナプレビル併用療法
IFN+RBV 併用療法にプロテアーゼ阻害薬を加えた3
の国内第Ⅲ相試験について解説した。
剤併用療法によって,ジェノタイプ1b 型の症例に対す
対象はジェノタイプ1b型のC型慢性肝炎患者222例。
るSVRは70~90%前後まで向上
する3, 4)。熊田氏は「しかし,この
図1
3剤併用療法においても,IFNを
ダクラタスビル/アスナプレビル併用療法によるSVR(国内第Ⅲ相試験:主要評価項目)
(%)
用いた前治療が無効であった症
100
例では十分な治療効果が得られ
4,5)
と述べた。
ない 」
また,前治療無効で,プロテ
87.4
80.5
84.7
118/135
70/87
188/222
IFN 不適格未治療
/不耐容例
前治療無効例
全症例
80
アーゼ阻害薬に対する耐性変異
を保有する症例においての3剤併
用療法の治療効果も同様に,十
60
療再燃例や初回治療例では,治
療前からプロテアーゼ阻害薬に対
SVR
分とはいえなかった。一方,前治
40
する耐性変異があっても3剤併用
療法による治療効果が期待できる
という6)。なお,第2世代プロテ
20
アーゼ阻害薬を用いた3剤併用療
法で治療中に発現した耐性変異
ウイルスは治療終了後に自然消失
0
することが示されている7)。
また,同氏はわが国で C 型慢性
肝炎患者の高齢化が進んでいる
点に触れ,
「高齢やうつ病のため
IFN 治療が実施できない症例や,
対
象: 20∼75歳のジェノタイプ1b型のC型慢性肝炎患者222例。インターフェロン
(IFN)
を含む治療法
方
法: ダクラタスビル60mg1日1回+アスナプレビル100mg1 日 2回を24週間併用投与
に不適格の未治療患者/不耐容患者135例,前治療無効患者87例
従来の3剤併用療法では十分な
(Kumada H, et al.
2
2014; 59: 2083-2091)
このうちIFNを含む治療法に不適格の未治療患者/不耐
例中8例がSVRを達成した。
容患者が135例,前治療無効患者が87例で,全体の約
同氏は「治療期間中の肝機能管理について投与開始
10%に代償性肝硬変患者が含まれていた。いずれの患
12週目までは少なくとも2週ごと,それ以降は4週ごと
者群もダクラタスビル
(60mg1日1回)
およびアスナプレ
に肝機能検査を行うべきである。肝機能の悪化が認め
ビル
(100mg1日2回)
を24週間併用投与し,投与終了か
られた場合はより頻回に検査をし,投与を中止するな
ら24週後のSVRを主要評価項目とした。
どの適切な処置をすれば十分に副作用をマネジメント
その結果,全体のSVRは84.7%,IFN 不適格未治
できる」
と指摘し,
「虎の門病院ではALT値またはAST
療/不耐容群では87.4%,前治療無効群では80.5%であ
値が300IU以上,ビリルビン値3.0mg/dL以上の場合に
り,これまで治療が困難であった患者群においてもダ
は投与を中止している」
と付言した。
クラタスビル/アスナプレビル併用療法が有効であるこ
ダクラタスビル/アスナプレビル
併用療法が適応となる患者像
とが明らかとなった
(図1)
。また,性や年齢,ベースラ
インにおけるHCV-RNA 量,肝硬変の有無などの背景
因子にかかわらず,高いSVR が得られた。ダクラタス
熊田氏は,国内第Ⅲ相試験の成績を踏まえ,ダクラ
ビルに対する耐性変異に関しては,投与前にNS5A 領
タスビル /アスナプレビル併用療法は,代償性肝硬変,
域 の アミノ 酸 配 列 が 得 ら れ た214例 の うち,30例
70歳以上の高齢者,以前のIFN 治療でうつ状態となっ
(14.0%)
の患者でY93H変異が検出された。これらの患
た症例も含むうつ病患者,さらに前治療無効のC 型慢
者のSVRは43.3%であった。
性肝炎患者にも有用であると指摘した。先ごろ改訂さ
ダクラタスビル/アスナプレビル併用療法の安全性・
れた平成26年 B 型 C 型慢性肝炎・肝硬変治療のガイド
忍容性は良好であり,治験期間中の死亡例はなく,治
ライン
(2014年9月改訂版)
においては,IFN 不適格未
療完遂例は87.4%
(194/222)
であった。有害事象により
治療 / 不耐容例,前治療無効例では耐性検査が可能で
投与を中止した11例
(5%)
の中止理由は,10例で肝機
あれば検査を実施し,NS5A・NS3領域の耐性変異株
能検査値異常であったが,中止後2.5週
(中央値)
で速や
が認められない症例や耐性変異株があっても再度の
かにALT値の改善が全例で認められた。また,この10
IFN治療を望まない症例に対して,ダクラタスビル/ア
図2
インターフェロン治療と経口剤治療の選択肢(改訂2014年9月)
スナプレビル併用療法が推奨され
ている
(図2)
。
最後に,同氏は「C 型慢性肝炎
治療にとって肝がん抑制は重要な
目標であり,これまで治療が難し
Interferon適格の
初回・再燃例
Interferon
Non-responder
Interferon不適格
未治療/不耐容
かった高齢者などに対しても有効
な治療を積極的に実施していくべ
きである。今後もC 型慢性肝炎治
療は進歩すると期待されるが,新
しい治療法の登場まで待機を選
耐性検査が可能であれば
択する場合には,待機期間中の
発がんリスクを説明するなど,患
NS5A・NS3
耐性変異性あり
NS5A・NS3
耐性変異性なし
者に対する十分なインフォーム
ド・コンセントが求められる」
と結
んだ。
1)Y
amada G, et al. Clin Drug Investig
2008; 29: 9-16.
2)
飯
野四郎, 他 : 肝胆膵 2004; 49: 1099Daclatasvir+
1121.
Simeprevir
3)K
umada H, et al. J Hepatol 2012; 56:
Asunaprevirの
3剤併用療法
78-84.
経口2剤
4)H
ayashi N, et al. J Hepatol 2014; 61:
219-227.
「再度のIFN治療を
5)H
ayashi N, et al. J Viral Hepat 2012;
望まない患者」
19: e134-192.
6)A
kuta N, et al. J Clin Microbiol
2014; 52
(1): 193-200.
7)A
kuta N, et al. J Med Virol 2014; 86:
1314-1322.
(厚生労働省科学的根拠に基づくウイルス性肝炎治療ガイドラインの構築に関する研究班C型肝炎ガイドライン改訂版)
3
講演
2
現在のB型肝炎治療における
インターフェロンおよび核酸アナログの役割
演者
鈴木 文孝 氏
国家公務員共済組合連合会 虎の門病院 肝臓センター 部長
鈴木氏はB 型肝炎治療で現在広く用いられている核
部の患者では持続感染によって慢性肝炎・肝硬変へと
酸アナログ,エンテカビルを中心に,治療のポイントに
進展する。HBs抗原は,HBe抗原が陰性後も長期に陽
ついて解説した。
性を示す。HBs抗原が陰性化することでキャリアを離脱
したと判断される。このような経過をたどるHBVキャリ
アの病期は3期に分けられ,無症候性キャリアの時期を
日本におけるB型肝炎の現状と治療目標
免疫寛容期,肝炎が発症している時期を免疫排除期,
わが国におけるB型肝炎患者は約150万人にも上ると
非活動性キャリアの時期を免疫監視期と呼ぶ
(図1)
。肝
推計されている。B型肝炎ウイルス
(HBV)
のジェノタイ
硬変例を含むB型慢性肝炎患者では,HBs抗原の陰性
プはBとCが多数を占めるが,近年ではジェノタイプA
化により発がん率が抑制されることが明らかになってい
の急性肝炎が都市部を中心に増加傾向にあるという。
ることから1),同氏は「B型肝炎治療の最終的な目標は,
鈴木氏は「ジェノタイプAでは肝炎が慢性化しやすいこ
HBs抗原の陰性化によりキャリアを離脱し,肝がんリス
とが問題である。また,わが国では特にジェノタイプC
クを低下させることである」
と述べた。
の頻度が高いが,ジェノタイプCの症例はIFNに対する
IFNで長期著効が得られない症例では
核酸アナログが有用
治療反応性が悪く,ジェノタイプBの患者に比べてHBs
抗原の陰性化が難しい」
と指摘した。
B 型慢性肝炎患者のうち,35歳未満の若齢者には
HBV感染後,無症候性キャリアの時期は,HBe抗原
やHBs抗原の上昇が認められる。やがて肝炎を発症す
IFN 療法が第一選択となる。鈴木氏らが,1984~2008
ると,多くの場合は免疫応答によってHBe抗原が減少し,
年の期間にIFN 単独療法を施行した症例615例を解析
HBe抗体が陽性となって非活動性キャリアとなるが,一
した結果では,10年後の著効率は全体群で25%,治療
図1
HBVキャリアの経過とウイルスマーカーの推移(持続感染)
感染,
キャリア化
HBc抗体
HBs抗原
HBe抗原
HBe抗体
HBV DNA
ALT値
HBV DNA
HBs抗原
HBs抗体
HBe抗原
HBe抗体
HBc抗体(IgG型)
HBc抗体(IgM型)
免疫寛容期
HBs抗体
肝炎の持続→慢性肝炎,肝硬変症
+
+
­
+
­
+
­
+→­
+
­
+→­
­→+
+
­ or +
無症候性
キャリア期
HBe抗原陽性
肝炎期
免疫排除期
­
+
­
­
+
+
­
免疫監視期
非活動性
キャリア期
HBe抗原陰性
­
­
­ or +
­
+ or ­
+
­
キャリア離脱期
(鈴木文孝氏提供)
4
前 HBe 抗原陰性群で34%,治療前 HBe 抗原陽性群で
ている
(P<0.001, log-rank test)4)。
18%であった2)。HBs 抗原陰性化にはジェノタイプ A,
このようにエンテカビルは優れた抗ウイルス作用を
男性,30歳以上という因子が寄与することが明らかに
有する他,エンテカビルで初回治療を行った患者にお
されたが,
「遺伝子多型などの生体側因子についてはさ
けるウイルス学的ブレイクスルーの発現率は7年後で
らなる検討が必要」
と同氏は加えた。
5%未満,耐性発現率は7年後で3%未満と低率で
あった点を同氏は強調した
(図2)
。さらに,エンテカ
ビル投与により,HBs 抗原量が投与後5年で3.5%程
現在広く用いられているエンテカビルの有用性
度消失することが確認された。HBs 抗原の陰性化に
IFN療法を行ってHBe抗原の陰性化が得られない症
寄与する因子は,ベースライン時の HBs 抗原量
(<
例に対しては,IFNの再投与もしくは核酸アナログを
500IU/mL)
,HBV DNA量
(<3.0Log copies/mL)
で
選択する。現在,B 型肝炎に対する核酸アナログ治療
あった5)。
にはエンテカビルが広く使われている。鈴木氏は,自
最後に同氏は,B型慢性肝炎の治療法について次の
施設にてエンテカビルを6カ月以上投与した初回治療
ようにまとめた。
「新規治療においては,35歳以下や
例474例を対象とした検討について解説した。投与4
ジェノタイプAもしくはBの症例に対してはまずIFNを
年後のHBV DNA陰性化率は全体で96%,治療前HBe
試みるが,治療反応が十分に得られない場合には核
抗原陰性群で100%,治療前 HBe 抗原陽性群で93%で
酸アナログを用いる。年齢が高い症例や肝硬変例で
あった。ジェノタイプ別に投与4年後のHBV DNA陰
は核酸アナログを優先的に選択する。HBV DNA 量
性化率を見ると,Aが100%,Bが100%,Cが95%と,
が十分に低下しない場合には,薬剤耐性を鑑みてエ
ンテカビルなどへの切り替えや併用を考慮する」
とし,
いずれの型にも有効であることが示された。肝硬変群
「B 型肝炎患者に対して IFNと核酸アナログの適切な
での4年後のHBV DNA陰性化率は95%で,ALT値の
正常化率が76%と,高い効果が得られた。
使用を行い,HBs 抗原の陰性化を目指していきたい」
エンテカビル初回治療例でのHBe陰性化率は,投与
と結んだ。
3年後に37%,4年後は42%であったという。HBe陰性
1)A
rase Y, et al. Am J Med 2006; 119
(1): 71e9-e16.
2)S
uzuki F, et al. J Gastroenterol 2012; 47
(7): 814-822.
3)O
no A, et al. J Hepatol 2012; 57
(3): 508-514.
4)H
osaka T, et al. Hepatology 2013; 58: 98-107.
5)Hara
T, et al. J Viral Hepat 2013; Dec 16. doi: 10.1111/jvh.
12211.
化に相関する因子としては,ベースライン時のHBV
DNA量
(≦7.0Log copies/mL)
,ALT値
(>300IU/L)
,
4
,年齢
(>40歳)
などが示され
血小板数
(<12×10 /μL)
た3)。また,B 型肝炎患者に対するエンテカビルの投与
で,肝がん発症率が有意に抑制されることが確認され
図2
エンテカビル新規投与患者におけるウイルス学的ブレイクスルーと耐性発現
(%)
30
ウイルス学的ブレイクスルー
(%)
30
エンテカビル耐性
20
20
発現率
発現率
10
10
0
0
追跡期間
追跡期間
(Ono A, et al.
5
2012; 58: 508-514)