2016年3月23日(水) 15:00-17:00 日本船主協会主催 海上安全セミナー(於:海運クラブ 国際会議場) アラビア半島周縁部の安全保障問題 ーサウジ・イラン情勢とイエメン紛争の展望ー 公益財団法人 中東調査会 研究員 村上拓哉 [email protected] 2 ・中東地域は日本と欧州を結ぶ海上輸送路であり、 石油などの資源の調達先でもある. ・ソマリア沖・アデン湾での海賊対処には日本からも 自衛隊が参加. ・ホルムズ海峡における機雷掃海は安保法制でも 議論の対象に. Q. 現在、アラビア半島周縁部の海上輸送路の 安全を脅かす恐れがあるものは何か. ⇒ ①サウジ・イラン間の直接衝突 ②イエメンにおける武装組織の台頭 3 図1. アラビア半島周縁部地図 出所:Google Map 1.サウジ・イラン間の直接衝突の可能性 ・サウジ・イラン間の対立の構造 紛争(Conflict)=場(主体・争点・手段) 主体:政府間 or 社会間 or 政府・社会間 争点:権力闘争 or イデオロギー(宗派)対立 手段:軍事 or 外交 or 経済 or イデオロギー 場 :二国間 or 周辺地域(シリア、レバノン、イエメンetc.) ここでは、サウジ政府・イラン政府間の軍事的・外交的対立に注目. 両者の対立は地域覇権を巡る権力闘争の要素が強い紛争であり、 主要な紛争の場は周辺地域にある. ⇒周辺地域での「代理戦争」は二国間の直接衝突に波及するか? 国交断絶と対イラン制裁解除は二国間の緊張を高めるか? 6 図2.中東地域におけるイスラーム教徒の宗派分布図 出所:The New York Times; M. Izady, Columbia University's Gulf 2000 project 図3.サウジ・イランによる「代理戦争」関係図(16年3月現在) 注: 赤:軍事攻撃 青:政府支援 黄:反体制派支援 8 ・サウジとイランの国交断絶 <時系列> 1月2日:サウジがシーア派の聖職者ニムル師を含む47人を処刑. ⇒イランが反発、欧米諸国も懸念を表明. 1月3日:在イランのサウジ大使館・領事館が暴徒により襲撃される. ⇒サウジがイランとの国交断絶を発表. 1月4日以降、バハレーン、スーダンなどの周辺国がサウジに追随. ・2日の処刑は宗派主義を煽るもの? ⇒処刑者のうち43人はスンナ派.アル=カーイダ、「イスラーム国」 からも非難声明が発出. ・両政府が原油価格のために対立をエスカレートさせている? ⇒大使館襲撃は偶発的.イラン政府は難しい立場に.サウジの同盟 9 国の足並みにも乱れが. 図4.周辺国とイランの外交関係(2016年1月20日現在) 注:赤:国交断絶 桃:1月3日以前に国交断絶 橙:外交関係格下げ 黄:大使召還 10 ・国交断絶後の外交紛争と関係悪化の常態化 ロシア、トルコ、イラク、パキスタンなどが仲介を提案 ⇒ 機能せず <地域諸国の動向> ・1月10日 アラブ連盟緊急外相会合(カイロ) ⇒イランでの大使館襲撃を非難する声明が採択 ※レバノンが棄権 ・1月21日 イスラーム協力機構(OIC)緊急外相会合(ジッダ) ⇒イランでの大使館襲撃を非難する声明が採択 ※レバノンが棄権 <国交断絶状態の常態化> ・1月21日 OIC会合にアラーグチー副外相が出席 ・1月22日 世界経済フォーラムでザリーフ外相とトゥルキー・ファイサ ル元総合情報庁長官が非公開会議で同席 ・2月21日 トゥルキー・ファイサル「二国間での定期的な対話を支持」 11 ・制裁解除以降の軍事・経済動向 <イラン制裁解除と経済関係動向> ・1月16日 核合意の履行日(Implementation Day) ⇒ 制裁解除 ・要人往来:習近平国家主席の来訪(1月23日)、ロウハーニー大統領 のイタリア、フランス訪問(1月25-28日) ・2月16日 サウジ、カタル、ロシア、ベネズエラが増産凍結で合意 <軍事> ・2月14日 ・2月17日 ・2月18日 ・2月19日 ・2月25日 サウジ北部で20カ国による合同軍事演習「北の雷」が開始 ロシアがイランにSu-30SMを年内に売却予定と報道 ロシアがイランにS-300の配備を開始したと報道 ⇒否定 サウジがレバノン国軍への30億ドルの軍事支援を停止 欧州議会がサウジへの武器禁輸措置要請決議を可決 12 ・対イラン制裁緩和と地域のパワー・バランスの変化 ・制裁緩和によるイランの経済状況の改善が発生しても、直近の二国 間のパワーバランスに大きな変化は出ない。 表1:サウジ・イランの軍事費(1989-2012) (単位:100万ドル) 1989 1999 2009 2010 2011 イラン サウジアラビア 2012 4913 6060 15535 15801 14278 11453 19743 24997 46004 47879 48531 54913 出所: SIPRI Military Expenditure Database ・サウジ側は米国を「巻き込む」ことが戦略的に重要な目標。2015年5 月のキャンプ・デービッドにおける米・GCC首脳会談によって外敵から の侵略に米国が対応することは確認済み。 “The United States policy to use all elements of power to secure our core interests in the Gulf region, and to deter and confront external aggression against our allies and partners, as we did in the Gulf War, is unequivocal.” (U.S.- Gulf Cooperation Council Camp David Joint Statement, May 14, 2015) 14 1 3 2.イエメン情勢の悪化と武装組織の台頭 ・イエメン紛争の経緯 2011.01 2011.12 2012.02 2014.02 2014.09 2015.01 2015.02 「アラブの春」に影響を受けたデモが発生 サーレハ大統領がハーディー副大統領に権限を移譲 ハーディー政権発足、移行プロセス開始(任期2年) ハーディー政権の任期延長、連邦制への移行を宣言 フーシー派がサナアの要所を占拠 フーシー派がハーディー大統領らを監禁 ハーディー大統領らが南部アデンに脱出、フーシー派・サー レハ元大統領派が南部に向けて進撃を開始 2015.03 サウジ主導の連合軍がフーシー派への爆撃を開始 2015.07 サウジ主導の連合軍がマアリブ・アデンに地上部隊を派遣 2016.03 ハーディー派がタイズの一部を奪還 16 ・イエメン紛争における「代理戦争」 <サウジの立場> ・ハーディー政権は、国際社会に認められた正統な政府. これを保護 することは国際社会の責務. イエメンへの軍事介入は、イエメンの正統 政府からの正式な要請に基づくもの. ・フーシー派はイランから武器支援を受けている. 国連安保理決議違 反. ・和平交渉のためには、フーシー派が占領した地域から撤退するべき. <イランの立場> ・サウジによる軍事介入は人道上の危機を引き起こしている. ・イランの支援は人道支援. 武器支援は行っていない. 革命防衛隊も 派遣していない. ・和平交渉は即時に、無条件で開始されるべき。 図5. イエメン紛争における勢力図(2015年12月21日現在) 出所:Stratfor 17 ・紛争の長期化によるアル=カーイダの台頭 ・イエメンの東部や南部でアラビア半島のアル=カーイダ(AQAP)の影 響力が拡大.ハーディー派と共にフーシー派・サーレハ派との戦闘に 従事しているものの、本質的には相容れない存在.既にアデンなど でハーディー派とAQAPの衝突も発生している. ・混乱に乗じてAQAPがイエメン南部を抑えた場合、周辺の海上輸送 路への影響が出る恐れも. ⇒AQAPは、政府の樹立を志向するフーシー派、シーア派や異教徒の 殺害に執心する「イスラーム国」と異なり、欧米諸国の権益や石油・ ガス施設などの経済的なソフト・ターゲットへの攻撃の優先順位が高 い. 19 参考文献 川島淳司「アラビア半島の震源地イエメン」『中東研究』第523号、 31-41頁、2015年5月 中村覚「サウディアラビア・イラン間の安全保障のジレンマ――全 方位均衡論の応用から」『中東研究』第525号、39-51頁、2016 年1月 松永泰行「あの「聖なる防衛」をもう一度か?――イラン・イスラー ム革命防衛隊のイラクの対「イスラーム国」戦争支援の背景」 『中東研究』第524号、64-75頁、2015年9月 村上拓哉「サウジアラビアとイランの「冷戦」――「権力闘争」か「宗 派対立」か」『中東研究』第523号、42-52頁、2015年5月 村上拓哉「湾岸地域における新たな安全保障秩序の模索――GC C諸国の安全保障政策の軍事化と機能的協力の進展」『国際 安全保障』第43巻第3号、43-57頁、2015年12月 20
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