(会議所ニュース 2013 年 10 月 21 日号掲載記事) アメリカからの安価なシェールガスの輸入がエネルギー問題解決の魔法の切り 札のようにいわれている。だが、実態はどうなのか。常葉大学の山本隆三教授に 解説してもらう。 シェールガス輸出を難しくする米国の事情 日本の輸入価格下落は期待薄 常葉大学 経営学部教授 山本 隆三 氏 シェールガスの日本向け輸出が米エネルギー省に認可された。今後米国から の天然ガス輸出により輸入価格が下落すると期待する声もあるが、最近米国で は天然ガス輸出を難しくする出来事が次々と起こっている。 それは、環境政策による天然ガスの米国内需要の増加、パイプライン輸送能 力の制限、原料需要の増加などだが、さらに、輸出価格も日本で期待されてい るレベルにまでは下がらない可能性が高い。 まず、オバマ大統領の環境政策による天然ガスの需要増がある。6月に発表 された温暖化対策により今後米国内での天然ガス需要が一段と増加することか ら、輸出にどの程度の数量が回るか疑問が出てきている。 オバマ大統領の政策が天然ガスの需要を増加 オバマ大統領は1期目から温暖化対策への取り組みを表明していた。二酸化 炭素を主体とする温室効果ガスが太陽の反射熱を閉じ込め温暖化を引き起こし ているとの主張を認め、二酸化炭素の排出削減を試みようと取り組んだ。しか し、議会の協力を得ることができず、削減策は葬られることになった。2期目 の大統領は温暖化対策を6月末に発表した。今度は議会の協力なしに米環境保 護庁の規制を利用し二酸化炭素を削減する政策だったが、これはCNNを初め とする米国のマスコミに「オバマの石炭への戦争」と呼ばれることになった。 温暖化の原因とされる二酸化炭素を削減するために、米国の二酸化炭素の3分 の1を排出している石炭火力発電所からの排出削減を打ち出したためだ。代替 するのは二酸化炭素排出量が相対的に少ない天然ガスだ。 米国の電力を支える火力は 「石炭からガスへ」だが 日本では1959~60年の三井三池争議を契機に年間 5000 万トンを超え ていた石炭生産は減少を始め、石油に燃料としての地位を奪われていく。米国 1 でも第二次世界大戦後、石油の消費増はあったが、日本と地質条件が大きく異 なるために安価な採炭が可能な石炭は、発電用を主体にその地位を保っていた。 石油の価格が一挙に4倍になった 73 年のオイルショックを契機に先進諸国では 価格競争力のある石炭が再度注目され、日本でも輸入炭を燃料とする発電所が その後、北海道から沖縄まで全国に建設されることになった。 米国でも石炭は安定的に発電の 50%を賄う主要燃料としての地位を確実なも のにしていった。オイルショック以降、米国の石炭生産は徐々に増加し、年産 10 億トンに達するが、その 90%以上は発電所で使用されている。10 億トンの 石炭は日本のエネルギー消費を全て賄うことができるほどの量だ。しかし、電 力の 50%を石炭が賄う姿は数年前から変わってきた。シェール革命のためだ。 天然ガス価格は再上昇 頁岩(シェール)の中に含まれている天然ガスを安価に取り出す技術が20 00年代後半に商業的に確立し、シェールガスの生産が本格的に開始された。 同時にシェールガスの生産は、 (図‐1)のとおり急増し、11 年には天然ガス生 産量の約 30%を占めるまでになる。 シェール革命の前、天然ガス価格はカロリー当たりで石炭の7~8倍してい た。石炭は環境対策コストも灰処理費用も必要であり天然ガスより不利だが、 2 これだけ価格差があると石炭は追加のコストを含めても天然ガスと十分競争が できた。シェールガスの生産増を受け、08 年の6月に百万BTU(英国の熱量 単位)当たり 12.17 ドルを付けた米国の電力会社向け天然ガス価格は、12 年5 月には 2.68 ドルと5分の1近くまで下落する。 電力業界では石炭から天然ガスへの切り替えが行われたが、この天然ガス転 換は全米で同じように起こったわけではない。転換が行われたのは、炭鉱から 遠く輸送費がかかる発電所だ。天然ガスは全米に張り巡らされたパイプライン で供給されるために輸送費は高くない。一方、石炭は鉄道を主体に輸送されて いるので、輸送費は高い。 天然ガス価格は 12 年5月を底に上昇を始め、(図‐2)のとおり価格が安定 的に推移している石炭との価格差が再度拡大を始めた。12 年には 37.4%までシ ェアを落としていた石炭火力のシェアは 13 年前半には天然ガスのシェアを奪い 返し 39%に回復することになる。米国の電源別発電シェアは(図‐3)のとお りだ。天然ガスの価格上昇の背景には需要増があるが、さらに、天然ガスの消 費増により輸送の問題が生じつつあることも見逃せない。 3 パイプラインの輸送能力に大きな問題が 米国ではガス輸送用のパイプラインが縦横に張り巡らされている。米エネル ギー省によると総延長は 30 万 6000 マイル(約 49 万キロメートル)に達する。 しかし、シェールガスの生産増により問題が出てきた。一つは、新たな州での ガス生産による輸送の問題だ。新たにシェールガスの生産地になったノースダ コタ州は日本の半分の面積を持つが人口はわずか 70 万だ。十分な能力のパイプ ラインはない。 もう一つは、産炭地から離れた発電所が輸送費のかる石炭から天然ガスへの 切り替えを進めたために、ガスの流れが変わり、輸送に問題が生じ始めた。例 えば、ニューイングランドと呼ばれる米北東部ではほとんどの石炭火力発電が 天然ガスに切り替わった。今年の1月には需要増に応えられないパイプライン 能力がネックになり、ニューイングランドの天然ガス価格が百万BTU当たり 34.67 ドルを付けた。日本の輸入価格である約 15 ドルの2倍以上だが、このと き周辺のオハイオ、ペンシルベニア州の天然ガス価格は、わずか3ドル台だっ た。 シェールガス生産と需要の変化に合わせたパイプラインの建設は 35 年までに 1万 9000 マイル、その投資額は314億ドルとパイプライン事業者の団体、米 4 国州際天然ガス協会は予想する。この投資を賄うためにガスの輸送料金の値上 げは避けられないだろう。輸出の場合には液化設備への投資も事業には重荷に なる。日本の鉄鋼、重工メーカーにはビジネスチャンスになるが、その投資額 は価格に跳ね返る。 燃料と原料としての天然ガスの需要増 オバマ大統領の環境政策の詳細が9月 20 日に米環境保護庁から発表され、二 酸化炭素補足貯留装置(CCS)なしの石炭火力発電所の新設を不可能にする 規制値が発表された。この規制が実行に移されれば、電力業界での天然ガス使 用量は再び増加に転じることになるが、燃料以外に原料としての需要増もあり、 輸出にも影響を与えそうだ。 米国では天然ガスを原料とする化学プラントの新設計画が 97 案件発表されて おり、総投資額は720億ドルと言われている。 さらに、電気炉による鉄鋼生産を行っているニューコア社は、天然ガスを利 用する鉄鋼生産を開始すると発表している。このニューコア社をはじめ、大手 化学会社ダウケミカル社などは、シェールガス輸出により国内価格が上昇し、 産業に影響が生じるとして、議会の一部も巻き込みシェールガスの輸出に反対 している。 一方、天然ガスの生産を行っているエネルギー企業も議会を巻き込み、輸出 促進を訴えている。その理屈は市場に任せるべきということだが、価格になる と話は別で、市場に任せることにはならないようだ。 シェールガス革命の恩恵は供給源の多様化 現在の世界の天然ガスの長期契約は、原油価格にリンクする形で決まってい る。このため、欧州もアジアも米国との比較では数倍高い天然ガスを買ってい る。米国からシェールガスの輸出が開始されると、この構図が崩れ、天然ガス 価格が安くなると期待されているが、おそらく実現はされないだろう。 原油価格にリンクした契約を変更する試みは、欧州でもアジア諸国でも行わ れている。今後新規の液化天然ガスの輸出プロジェクトが立ち上がれば可能か もしれないが、輸出するエネルギー企業の思惑は違うようだ。エクソン‐モー ビル社は今年7月、第2四半期の決算に関する機関投資家との質疑応答の中で、 同社は「今後数年間で立ち上がる新規プロジェクトの価格は原油リンクになる」 と明言している。輸出向け価格が国内向けより高いからこそ、大きな設備投資 を行えるということだ。 日本をはじめとする輸入国が、果たして長期契約の価格体系を大きく変える ことができるのだろうか。さらに、先述のパイプライン、液化設備のコスト、 5 資金調達時の保証問題も考えると、コスト面からも現状より大きな価格の下落 は期待できない可能性が高い。 シェール革命が日本のエネルギー問題を解決するなどと期待すると大きなし っぺ返しにあうことになる。供給源の多様化により安全保障が改善されること がシェール革命のメリットと考えるべきだ。(了) 6
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